第3話 立ち上がることができない
あれからなんとかサラの両親が止めに入ったことで俺は逃げ切ることができた。とは言え、あれだけ情熱的な告白をされながら全く返答をしないというのも失礼なんじゃないかと思い悩みながら剣を振っていると、再び背後に人の気配を感じた。しかし、今度はさっきまで一緒にいた人の気配だから誰かはわかる。
「どうした、キマリス」
「……お久しぶりです、アレイスターさん」
そんな挨拶の為だけにわざわざこんなちょっと薄暗い森の中まで来たのか。まぁ、昔はキマリスも俺と一緒に帝国騎士団に入るって夢を語ってここで剣を振っていたから、俺がいるならここだろうと思ったんだろう。それか、サラに聞いたか。
俺が魔剣アルマデルを地面に突き刺してから切り株に座り、薄紫色の髪の毛を揺らしながらこちらを見つめるキマリスを見つめ返す。なんというか……昔の子供らしさからは考えられないぐらい、立派な青年に育ったな。
「アレイスターさんに、頼みたいことがあって」
「俺に? まだ帰ってきたばかりなんだけどな」
別にこの村ではまだ問題らしい問題は……さっき起こしていたけど、それ以外にはなにもしてないんだけど。
俺が何のことだろうと思いながら首を傾げていたら、キマリスは勢いよく頭を下げた。
「俺に、剣を教えてください!」
「嫌だ」
「えっ!?」
多分、キマリスも俺が元聖騎士であることを知っていて、そこから俺に頼めば剣の振るい方とかを教えてくれると思ったんだろうが、俺は即座に断った。理由なんて実に単純で、俺が朝から剣を振っているのはあくまでも習慣だからであって、騎士らしく働くつもりなんて全くない。なにより、俺は騎士団内でも独学で剣を振っていたせいで人に教えるのが滅茶苦茶下手だったのだ。何度後輩の騎士たちにわからないって言われたことか……だから、俺からキマリスに教えてやれることなんてない。
話はそれだけみたいなので、俺は再びアルマデルを手に取って立ち上がる。同時に、キマリスはすぐ近くまでやってきて俺の手を掴んだ。
「お願いします! 身一つで村を飛び出し、実際に騎士になったアレイスターさんなら!」
「嫌だよ。なんで今更、剣なんて……お前はこの村で普通に生きてきたんだろ?」
「それは……そう、ですけど」
俺の記憶が正しければ、キマリスだってそろそろ20歳のはずだ。今から剣を学ぶことを遅いとは言わないが、剣を学んだってこの村では特に役に立つこともないはずだ。それを俺に教えてくれなんていきなり言われて、頷くはずがない。
「……最近、ゲーテ村の近くに魔獣が出るようになったんです」
「魔獣?」
魔獣とは、普通の獣と違って魔力を身体に溜め込んだ生物のことで、遥か古代に悪しき神が生み出した存在だとか、どうとか……とにかく、魔力を持った凶悪な生物の総称で、普通の猟師が戦っても一瞬で殺されてしまうような存在だ。
「魔法を使うみたいなんです」
「魔法を……魔獣の中でも中型以上の個体だな」
魔獣は基本的に小型、中型、大型、超大型と分けられる。魔力量によって大きさが異なるとか色々な研究の仮説なんかも出ているが、現実として中型以上の存在が魔法を使ってくる。中型以上の魔獣は、魔法が使えるだけの知力も兼ね備えているという訳だ。
「はい。村長は領主様に連絡しているみたいなんですけど、どうやらどこもそんな感じらしくて、魔獣退治の手が回っていないんです」
「そりゃあ、そうだろう……中型以上の魔獣が出てくるとしたら、腕利きの騎士か冒険者に頼むしかないからな」
冒険者……まぁ、簡単に言うと金さえ払えば依頼をこなしてくれる「何でも屋」だな。元々は冒険者を名乗った男がいて、そいつが魔獣退治も素材採集も傭兵稼業もやっていたから、いつの間にか何でも屋みたいな意味になった冒険者だが、今ではザガン帝国が正式に管理する冒険者協会に所属する人間だけを指す言葉だ。
騎士の仕事は基本的に国の守護になるので初動が遅いし、魔獣如きでそう簡単には動いてくれない。だから、地方の貴族領主たちが魔獣退治なんかによく使うのが冒険者だ。彼らは免許制でしっかりと身分が保証されているから、今では魔獣退治の専門家みたいな扱いをされている。
「それで、騎士も冒険者も来ないから、自分が剣の腕を鍛えてやってやろうと?」
「はい」
「そうか。そんなに死にたいのか」
「そ、そんなことないです!」
「そういうことだろ……お前、まさかちょっと剣を振っただけで魔獣が倒せるなんて思ってるのか?」
中型以上の魔獣となると、ザガン帝国騎士団員でも単独で相手しないように言われるぐらいだ。今までまともに訓練も受けてこなかった村人が、ちょっと剣の腕を鍛えたぐらいで殺せる相手じゃない。
「死にたいなら止めはしないけど、そうじゃないなら諦めな。魔獣はそんな甘い存在じゃない……妄想だけなら家の中でやってな」
「……変わりましたね。昔の貴方なら、魔獣が出たって話を聞いただけで自分が倒すって言ってましたよ」
「そりゃあ昔の話だな。誰だって時間が流れることで大人になる。お前だってもう20歳なんだから、領主様が対応してくれるのを待ってるんだな」
俺は既に騎士としての立場を失った人間で、魔獣に襲われれば返り討ちにするぐらいの気力はあるが、正義感だけで飛び出して退治に行くほど夢見がちな人間には成長できなかった。
俺の言葉を聞いて怒ったのか、キマリスは俺が右手に持っていた魔剣アルマデルを奪ってこちらに向けてきた。
「この剣、きっといいやつなんだろ!? だったら、これを使えば俺にだって!」
「……」
「なんとか言え──」
「──やめとけ」
アルマデルを両手で持ってこちらに向けてきたので、そのまま奪って背後に回り込む。今の一瞬の動き、キマリスは全く目がついていかなかっただろう。これでも、聖騎士と呼ばれるぐらいには優秀な人間だったんだ……夢見がちなだけの村人だった時とは違い、魔力を活用することで人間の限界を超えた速度で動くことだってできる。
俺の動きを見ることもできなかったからなのか、キマリスは目を見開いたまま固まっている。昔は一緒に騎士になろうなんて言っていたが、村を飛び出してまで騎士になった俺と、結局は村に残ってただの村人になったキマリス。差ができるのは仕方がないことなんだ。
「お前は自分が力のない人間だってことを理解して生きろ。魔獣退治なんてのは、専門家に任せておけばいいんだよ」
「っ!? 貴方は……アレイスターさんは違うんですか!?」
「俺は……心が折れたただの情けない男だよ」
魔獣退治なんて、とてもできる気がしないね。
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