第4話
「きぃは、どうしてうまれたの?」
彼が問うものだから、当然のように僕は答えに窮する。見ず知らずの子供に問われたから?
それも一つある。その出生の意図に触れるよりも、彼の保護者を探すべきだろうという正常な意思も少しだけ働いた。
でも、本質的にはそこではない。
その問いは、かつてゆうひがしたものだった。
目を伏せればありありとその記憶がよみがえる。
「私たちは、どうして生まれたんだろう?」
それに対する答えを、僕自身が十分に持っていなかった。「生きていることが幸せだ」となどとは到底言えず、無理に答えを出そうとするなら、「死が本能的に怖いからだ」としか答えようがない。
仮に、死がもう少しだけ怖くなかったら、命を投げ出すことはそう難しくないのだろうし、もう少し生きていられる人間は減るんじゃないだろうか。そんな仮説をゆうひと話した覚えがある。今していたものはその焼き直しに過ぎないとだっていえる。
結論として、僕たちにとって、生きているという感覚は潜っている感覚に近かったのだと思う。息をつなぐように定期的に水面の近くまで浮上して、次の楽しみを設定して、それを浮上地点を決めて、浮上地点までなんとか体内の酸素だけでやりくりをするような感覚。
処世術として、その質問……「何のために生きるのか」に至らないように思考を誘導していくものなのだと答えを出した覚えもある。
ぼんやりと視野を制限して、暗い水底よりも明るい水面に視線を向けていけるように。油断をすれば思考はどんどんと水底によって行くから、努めて体の力を抜いて、思考をやめて、水面のほうに浮上できるように。
そうしていくことを、ゆうひと約束した覚えがあった。
そして、僕らにとってこの問いの答えがそうだったとして、こんな幼い少年に何と答えられるだろう。
例えば、
「始まった時点で、苦しみながら生きていずれ死ぬか、怯えながら死ぬかの二択しかないものなの。その始まりに僕たちの意志はほとんど関係ないけれど、その終わりまでの道筋の苦悩は僕たちの意志がすべてでもある。
でも、道筋の幸せもすべて僕たちのものだよ」
といったとして、その言葉が明るく響く気もしない。
困ったように、僕は周りを見渡す。僕以外の誰かに問えば「どうしてもなにも、生きるのは楽しいでしょう?」ときっといる。
だから、「答えを得る問いには適した相手がいるんだよ」と答えようとしたけれど。
きいちゃんは、ずっと変わらずにまっすぐに刺すように僕をみつめていた。
それは純粋な疑問というよりは、値踏みをするような視線だ。「いつからお兄さんは、そんなにつまらない人間に成り下がった?」と聞こえたような気がした。そんなこと言われてなどいない。いないのに。どうしてかそういわれた気分だった。
「やっぱり、そうだね。きっと答えられないだろうって、ゆうひ姉が言ってた。」
呆れと嘆きがない交ぜになったように彼はつぶやいた。
……ここで、ゆうひの名前が出てくるのか?
隣のゆうひに目を向けようとして、思いとどまる。彼女の姿を見ている人は僕以外にはいなかった。彼にも見えているはずがなく、これが僕の抜け出せない幻覚であることは疑いようもない。
「自重で崩壊する生命体が、望むものを手に入れる方法について。それが条件魔法なんでしょう? そう、ゆうひ姉は言ってたよ」
「・・・・・・きみは、何をいっているの」
「だって、きっとまだ、ゆうひ姉はそこにいるんでしょう?いっていたもの。
一緒に生きてそばにいることはできないから、
一生を死んだままそばにいることにしたんだよって。」
きいちゃんと名乗る少年はそう儚げに呟いた。
ゆうひを振り返って こむぎこ @komugikomugira
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