第2話

「なあ、いつまで喋るんだよ、きみ」

「いつまでも、木秋が私を捨てるまでだよ」


 輪郭もはっきりと見えるこの少女は、明らかに幻なのに、こうして話が成立してしう。

 

「もう何度だって、いいって言っただろ」

「そうだっけ?」


 きっと、僕は寂しいのだろう。

 だから彼女のことを突き放しきれないでいる。付きまとい続ける彼女の声に、返事を期待してしまっている。

 この会話がなかったなら、正気を保ってやいられないだろうから、こんな会話に縋り付いているのだろう。これが嘘でできているとしても。


「多分、僕はこう生きるべきじゃあなかったんだよ。もっと、人と触れ合うのが好きだったんだろうし、そうしないのは寂しい。寂しいとわかって、寂しいままいるのは到底まともではないけれど、そうでしか有れないんだよ。

 そして、同じ寂しいなら、きっと、もっと、モノを作るために全力で生きていたかったんだと思うんだ。こういう、手を抜いた、細々とした、時間ばかりただ過ぎていく、歯車みたいな生き方じゃなくて。

 この生き方は苦手でもないけれど、どこか満足しないんだよ」

「そう。でも、木秋は、仕事なんてなんだっていいんだって言ってたじゃない」

「投げやりだったんだよ、きみが死んだから」


 ため息の代わりに、ぶっきらぼうに返す。


「あはは、それはごめんねえ」

「謝る気なんて、ないでしょう」

「それは、まあ。ほら、必要だったから」


 彼女はよく、そう口にする。


「なんのために?」


 そのたびにこう問い返すのだけれど、明確な答えは得られない。 


「それはまだ言えないな。それより、ほら、もういいって言ってる割に、こうして私と話しているじゃない」

「独り言だよ、偶然聞いて、偶々相槌を打っただけだろ」

「そ。木秋が言うなら、きっとそうなのね」


 ふいに、木秋がとぼとぼと進んでいた足を止めた。


「やっぱり仕事なんて、なんだっていいんだよ」

「またそれ?」


 苦笑する声すら、聞こえてきた気がした。これだって全部、夕日がかけた幻だっていうのに。


「仕事は、生きるために必要だからすることであって、生きる上でしたいこととは、きっと別物なんだよ。だから、仕事に必要なのは、生きるすべを供給できるか……それから、僕自身をなんとか騙せるか、であって、そこに、楽しみとか、自分らしさとか、そういうものまで見出そうとするのは期待のし過ぎなのだと思うんだ」

「そう? 期待したっていいじゃない」

「期待して、全部できるなら、それが一番いい。けど、それを羨むのは心が疲れてしまうよ。だから、仕事なんてなんだっていいと、虚勢を張っているほうが楽なんだ、多分。心の底ではきっと仕事だって楽しくて、自分を自分だと肯定できる方が全然いいと思ってるんだろうよ」


「要するに、木秋は条件魔法使いが嫌いなの?」


 どこか憂いを含んだような尋ね方に聞こえるのだって、全部僕が見ている幻で。

「いいや、そうでもない。条件魔法使いとして、世界を縛り続けるのは、嫌いじゃない」

「そう」

「ただ、なんとなく不満なんだよ」

「なにがかな?」

 

 不満の内容なんて、山ほどあって、それをゆうひにぶちまけたい衝動もあった。でも、なにかがつっかえてその言葉はうまく音にならなかった。

 代わりに、別の不満を音に乗せる。 


「ゆうひが死んでも、世界がちょっとだって変わらないことに」

「私をなんだとおもっているの?」

「きれいな人、可愛い人、僕が、一生愛したかった人」

「あら、うれしいこといってくれるのね」

「死人にいったって仕方ないのにね」

「そう? このうれしいは、きっと本物よ」

「その反応だって、ゆうひが生前に、僕にかけた魔法だろう。条件魔法が、僕に幻覚と、幻聴を感じさせているんだから」

「幻と、現実に一線を引く必要があるかしら?」

「あるさ、幻は幻だからきれいなんだよ」

「それは悲しいわ、私を綺麗といったのも、幻だから?」

「綺麗なのはそう、可愛いのはもとから」

「70点、もう少し誉め言葉には気を使ってほしいわ」

「そう、幻覚でも、君はそっくりなことを言うんだね」

「幻覚ではないのだけれど、と何度言えばわかるのかしら」

「幻覚はたいてい、そういうんだよ」

「そう思うならそれでもいいけれど。

でも、木秋と話ができるのは、木秋がそう望んでいるからだよ」

「唯一の本音を伝えられる相手が、死人の幻覚というのも、なんだかね」

「だれもいないより、よっぽどいいわ」

 

 その声を、否定できないから、僕はゆうひと、もう4年も話し続けている。

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