ゆうひを振り返って

こむぎこ

第1話

 夕日を振り返って思うことはそう多くはない。そう多くはないのだから簡単に語りつくせるはずで、きっとすぐに話は終わってしまうのだろう。そんな程度のお話。


 まずは、夕日のもの悲しさを語ろう。

 夕日は急速に僕を「ものがなしい」に引きずり込む。夕日は壺なのだ。中から脱出するには苦労が付きまとうタイプだ。なにより手をかける場所がない。出てみようともがけばもがくほど、出口付近の狭くて身動きの取れない空間に押し込められる。それならいっそ、どろどろとした底で静かに息をしているほうが息が楽だったりもする。

 ふとした拍子にびんがひっくり返って、ぽんと気分が晴れるのを待つのが賢明と編み出しつつある。


 では、何が寂しいのか、だ。

 大きく分けて三つ。

 過去、現在、未来。

 そのすべてが、まんべんなく、さみしい。


 過去を思い起こせば、綺麗だった思い出が今の自分の醜さを引き立てる。後悔する行いが、今の自分の胸を刺し殺す。なにもしなかった期間が、今の自分の……何を刺しているのかもわからないけれど、とにかくダメージに近いものを与える。


 現在に思いを巡らせれば、なんとなくで生きてきた自分の適当さが、すこしだけ嫌いになる。わるいもんじゃあないけれど、それでも、何かのために頑張っているわけでも、頑張ったからここにいられるわけでもなく、それでいて今の条件魔法使いとしての地位に漫然とした不満を抱き、それもこれも、自分の立ち位置というものに納得するだけの力と行いが足りていないのだと突き付けられる。ああ、なんとも悲しさがあふれてくる。


 未来に思いをはせれば、きっとこのまま僕は果てていくのだろうという虚無感がそこにいる。なにもなせぬまま、なににも満ち足りぬまま、本当の好みを知ることも、人の熱意を羨むくせに、自分の熱意一つ燃やすこともできぬまま。


「どこかでもっと頑張っていたら、僕はこうじゃなかった?」

「僕は、この地位で満足して一生を終えるのか?」

「僕は、何が欲しくて生きてきた?」

 

 答えはきっと簡単で。

 僕は何もほしくなどなかった。

 それがいいらしい、と。基準に従って足が動いて、顔が水につかって、流れて、偶然つかんだ船に乗って、船が流れて、それから。


 欲しかったものなど、ほとんどなく。

 あったのはなんとなくの不満と、なんとなく不満を抱いてるだけの僕に対する明確な不満。

 だのに、決まりきった帰り道を今日もとぼとぼと歩き続ける。

 これだから僕は救われない。


「なら、変えちゃおうよ」

 僕の背後で、ゆうひが、真っ赤に笑って言った。

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