幕間・味の偏り

 リマジハを離れて1週間。

 徒歩移動とは、かなり離れたようだ。


「ナイト。この木の実は食べられるのか?」


 ナイトに聞きながら、すこしずつ旅知識を増やしていく。徒歩移動の仕方、野宿の仕方、火起こしなど。それでも覚えることはたくさんあるし、知識だけでは補えないこともある。


「はぁ〜。スキップされがちな冒険メシが食べれる日が来るとは……」


 山菜を集めてきて今日の拠点である場所に戻ってくると、ユーリは光悦こうえつとした表情でまたよくわからないことをつぶやいていた。


「おい、ユーリ。ご飯を食べたいなら、ちゃんと準備を手伝えって言っているだろ」

「うげっ! 見つかった!」

「サボっている自覚があるなら、もうすこし考えて行動してくれないか?」


 準備をサボっているというのに、いつものように想像力豊かな妄想をしているユーリが座っていたのは、食事をしようとして選んだ平坦な場所。

 ここにいて、なぜ見つからないと思っているのか不思議でならない。


「あ、ははは。いやー、悪いとは思ってるんだけど。現代っ子にはファンタジーじゃないリアルよりのものなんて難易度高すぎだからさー」


 焦りながらも理由を語るユーリ。

 だがしかし、ユーリ語が多すぎて意味がわからない。


「ナイトは優しいから。お前を甘やかしているだろうけど、俺はそうじゃないってわかっているだろ?」

「くっ。最強の癒しキャラなのに、真面目すぎて全然、優しくないー!!」


 それでも喚き続けるユーリに向かって、すんと目元を細めてみれば、ピタリと動きを止めた。


「なんか言ったか?」

「な、なんでもありません。でも、まじ火起こしか、山草採りで手を打たないか?」

「じゃあ、肉が足らないだの、肉が食いたいだの文句を言うな」

「えぇー! そんな殺生せっしょうなー! 育ち盛りの男子と言えば肉が主食じゃないかよぉぉ!」


 駄々をこねる幼子のように、悲痛な声を上げるユーリ。


「はぁ。だったら、狩りに協力しろ」

「うぐっ」

「いや、だってですね。現代っ子には狩りは厳しいって言うか、なんと言うかですね」


 ユーリは両方の人差し指をつけて、もじもじと動かしている。


「だからなにもお前に狩りをしろとは言っていないだろ。協力しろと言っている」

「いや〜。それが、その協力が厳しいと言いますか……」


 視線だけでも俺から逃れようと、ユーリはつつつと視線を動かした。

 この話し合いは初めてではない。何度も話し合っている。


「魚はよくて、鳥や猪、鹿をさばくのは無理とか。なにを子どもみたいなわがままを言っているんだ。どっちも生き物だろが。なにが違うんだ」


 そう、ユーリはまったく理解ができない理由で、狩りの協力ーー獣をさばいて料理の準備をすることから逃げているのだ。


「全然、違う! 魚はさ、一人暮らししてたし、節約のために捌いていたから抵抗はないけど。猪や鹿はさ……無理だよ! 毛皮を剥いで、その上、内臓を取り出して……えっぐぅー……えぐすぎるんだよ!」

 

 お酒を飲んだ酔っ払った大人たちのように、ぶつぶつと話したかと思えば、突然大きな声を出す。言動が支離滅裂すぎる。


「一人暮らしなんてしたことないだろ。何を言っているんだ」

「この世界じゃなくて、前世ではしてたんだよぉ……」

「あー。わかった、わかった。とにかく協力できないなら、肉を欲しがるのはやめろ」

「うぅー……」


 諦めきれないのか、唸り声を上げるユーリ。

 肉への執着心が強い。それだけの想いがあるならば、頑張って習得してほしいのだが。


「ナイトばっかりに負担がかかるだろ。お互いの負担を軽くするために、当番制にしただろうが」

「ぐっ」

「いつまでも経っても覚えないままでは、ナイトになんかあった時、肉が一切食えなくなるぞ」

「ぐぅ!」


 ユーリはばたりと地面に倒れ込んだ。


「正論すぎて、何にも言い返せない〜〜」


 少々、意地悪し過ぎたか?

 いやでも、このままだと甘えに甘え倒してしまうだろうし。リマジハにいるときはじっちゃんばっちゃんはもちろん、町全体としてユーリのことを受け入れていたが、今後いつまでも続くかわからない旅をする中、ナイトに頼れない状況が必ず出てくる。が、ユーリは落ち込みすぎると、なかなか気持ちが浮上してこない。

 この状況もまた、ナイトが心配してしまう。


「はぁ。なにも今すぐとは言っていないだろう。こう言う俺も生き物を捌くの苦手だ。だから、一緒に覚えていこう」

「一緒に?」

「そうだ。俺たちの付き合いは長い。だからお互いの出来ること、出来ないことを痛いほどわかっているだろう。おぎない、助け合っていこう」

「セイ……」


 地面からゆっくり起き上がったユーリ。顔は地面につけていたので泥だらけだ。


「ほら、手をだせ。起こしてやる」

「ほんと、セイってたまに主人公より主人公らしいよな」

「それ、俺にはよく分からないって言ってるだろ」


 そう言うと、ユーリはフヘッと変な音を立てて笑った。

 

「そうだな。でも、嫌いじゃない」

「それは分かってる」


 ドサドサと物が落ちる音が聞こえる。


「ん?」


 そこにはあわあわと口を動かしているナイト。足元には採取してきたであろう木の実などの食材が落ちている。


「お、お二人の関係はやはり、やはり……」

「?」

「幼馴染だが??」


 なにを今さら確認をしてきたのか。

 ナイトは時々、よくわからないところで驚いたりする。


「ふぇ!?」


 やはり貴族と俺たち平民との間には見えない壁のような一般常識があるのかもしれない。


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