幕間・おやつの思い出

 俺は困惑していた。


「ユーリ。これはどういうかぜの吹き回しなんだ?」

「どういう風の吹き回しだって?」


 なにかと食い意地を張っているユーリが、今日は珍しく「コレを食べてみろ!」と食べ物を持ってきたのである。しかもーー


「な、なんで、こんなにもアホみたいな量になっているんだよ?」


 そう、俺たちの目の前にはマンジュウが大量に積まれていた。

 俺、家の仕事がまだ残っているんだけど??

 ユーリはふふんと謎に腰に手を当て、胸を張る。最近、高熱で倒れて以来、ユーリはよくわからない言葉を喋るようになった。


 うん。この状況を説明してほしい。切実に。


「セイさ。マンジュウを食べたくないか?」

「ん?」


 ユーリの言葉尻には疑問符がついているものの「食べたい」という返事以外は用意されていないと俺は察した。


「とぼけたってダメだぞ。ティムがこの前、旅行に行ってきて食べたって言うマンジュウの話をさ。物欲しそうに聞いてただろ?」


 ユーリの「ティム」と言う言葉に、その時のことを思い出そうとしたけれど、それよりも最後の言葉に引っ掛かりを感じた。

 

「も、物欲しそう……に??」


 ユーリは時々、言葉選びが悪い。


「物欲しそうと言うか……」

「大丈夫だ。幼馴染のオレに隠すことはないぞ!」


 けれど、ユーリにこうも自信満々に言われると、なかなか否定しにくくなる。

 そんな時があっただろうか。あんぱんを物欲しそうになる瞬間なんて。


 裕福でもなんでもない、しがない治療院をやっている我が家。

 どこかに出かけることはないけれど、治療院にやってくる患者さんや時々休養としてリマジハやってきた貴族の人にお駄賃代わりに王都の菓子をもらうこともあった。


 その時か? でも、ティムって言ってたらか、孤児院か?

 孤児院では町の子供達に週に1回、勉強会を開いている。たしか、その勉強会にティムも参加していたような。でも、そんな雑談が出来るような時間があったのだろうか。


「なんだ、金の心配でもしているのか?」


 もう少しで答えが出そうになった時に、視界に突然、ユーリの顔が入ってきた。


「そういうわけじゃ。てか、ユーリ、顔が近いぞ」


 ユーリの額に手を当てて、距離を離す。

 最近のユーリは距離がおかしい。近付いたかと思えば、なにかに驚いて遠くに離れる。


「安心しろ。これはオレが作ったからお金はかかっていないぞ!」


 ユーリが作った? この量を??

 いや待て、作ったとはいえ、材料はどっから持ってきたんだ?

 ユーリが作ったと言う点で、味にも不安があるけれど。それよりも何よりも、どこからこの量を作れるだけの材料を手に入れたと言うんだ。


 とてもつもなくお揃い予想が頭に浮かんでしまう。

 恐る恐る顔をあげると、ユーリはふふんと鼻を鳴らした。


「大丈夫だ。オレの前世知識でバッチリ完璧に作られているから味は保証する!」

「そうか」

「おう!」


 ほら早く食べろ、と言わんばかりに俺が手を伸ばすのをじっと待っている。


「その前に1つ確認したいことがあるんだけど……」

「なんでも聞いてくれ! あ、でも、レシピを教えてくれって言うのはなしだ。オレのチートでもあるからな!!」


 ユーリがなにを言っているか、わからないが、その意味を聞くよりも確認しなければならないことがある。


「このマンジュウの材料って……」


 その時、バンっとドアが弾けるような大きな音が聞こえた。

 孤児院のマザーがはぁはぁと息を切らしている。


「あ、マザー!」

「ユーリ。あなた……」


 ユーリとマザー。それざれがお互いを見つけて、声をあげた。

 しかし、その声の高さには、かなりの差があった。


「備蓄用にとっておいた小麦粉と、生誕祭用の酒種を無断で使ったわねぇー!!」


 マザーの怒りに満ちあふれた言葉聞いて「あぁ、やっぱり」と思った。


「え。ダメだったのか?」

「ダメに決まっているでしょうがー!」

「マザー。落ち着いて。でもこれはこの世に存在しない組み合わせ。この町の名物になれるよ! 大ヒット間違いなし!!」


 マザーでなくても、頭を抱えたくなる。

 まったく話が通じていない。


「あなたには1週間の罰を与えます! 孤児院の草刈りをしてもらいます!」


 孤児院の草刈りは、お手伝いで一番やりたくない仕事だ。


「えぇ!? なんでーー!?!?」


 マザーとユーリの攻防戦を聞きながら、俺はユーリがつくったマンジュウに手を伸ばす。

 食べ物を粗末にするわけにはいかない。

 それに、マザーの話から推測するに酒種が入ったマンジュウ。孤児院にいる子どもたちで食べれる子は少ないだろう。あと、純粋に興味が出てしまったのだ。


 ぱくりとひと口。口に入れると酒種の、ほのかな香りがした。

 生地もしっとりとしていてアンコの甘さが舌の上に広がる。


「……美味しい」

「そうだろう。やっぱりオレのチート、すげぇ!」


 ほろりと僕との口からすべり落ちた言葉に、ユーリは楽しげに笑った。

 いろいろ問題点はあるが、食べ物に罪はないし、美味しいのは事実だ。


「……仕方がないから、俺も手伝ってやるよ」

「さすが、心の友よ!」

「なに言ってんだ?」


 ユーリは時々、意味不明だ。だけど、基本は心根がいいやつなのだ。



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