森の中に入って、食用となる植物を採取をする。

 言葉にすれば簡単だけど、案外、難しい作業でもある。地域によって、育つ植物も生き物も変わってくる。

 どれが食べていいのか、毒はあるのか。

 単純に判断できればいいけれど。果実は食べても問題ないが、葉には毒がある。そんな風に一概いちがいに判断できないものがあるからやっかいなのだ。

 それに町から出たことがない俺は書物でしか見たことがないものもある。


「勉強しないといけないな」


 ただ、いまいる場所はリマジハから遠く離れていないということもあって、馴染みのある植物が多い。おかげで選別するのはそこまで難しくはなく、杞憂きゆうで終わった。


「ふぅ。こんなもんだろう」


 植物はいたむのが早いから、食べれる分だけを採取するのが基本。

 しかし、これから旅を続けていく上では長期保存が可能なものを備蓄すべきなのかもしれない。だけど持てる荷物量は限られている。日常生活しかしてこなかった俺は体力に自信がない。荷物を増やして、歩き続けるのは・・・ユーリではないが、俺もつらいものがある。


「うん、ナイトに相談だな」


 旅の素人が考えるより、遠征などで経験があったであろう騎士であるナイトの方が実践的で役立つ答えを教えてくれるだろう。

 とりあえず採取ポーチにまとめてユーリの場所に戻ると、火の近くでかがんでいるナイトの背中が見えた。


 もう戻ってきたのか、はやい。

 このあたりの地域だったら俺の方が分かると思ったんだけど。やっぱり、遠征とかで慣れているんだな。


「あ、ナイト」

「あのっ、しず、あ、っと……」


 なぜか小声で、身振り手振りをしながら慌てているナイト。手元には捕まえてきたらしい鳥が逆さまにいる。

 なんか、いろいろと不釣り合いだし、とても挙動不審だ。


「?」


 不思議に思いつつナイトに近づいてみて、その理由はすぐに判明した。


「あー……寝ちゃったか」


 ナイトの足元には香り袋を手に、ころりと寝入っているユーリがいた。

 雲もなく、陽だまりの元では眠りに誘われるのも仕方がない。とは言え、頼んでいたはずの火起こしもやらずに寝るとは……まったく手がかかる幼馴染である。


「よいしょっと」


 ユーリとの足元側に置いていた自分の旅行鞄からブランケットを取り出して、そっとユーリにかけてやる。陽射しがあるとは言え、肌寒かったらしい。ブランケットのはしを掴みでみずからくるまると、むにゃむにゃと満足気な声を漏らした。


「・・・」


 相変わらず、じっと静かにしているナイトと目が合う。


「こいつ、寝起きが悪くて、一度寝るとなかなか起きないんです。大声でしゃべらなければ気づきもしないですよ。俺たちは昼食の準備をしましょう」

「あ、はい」


 俺がそう声をかけると、ナイトは意外そうな表情をした。

 きっと、俺がユーリのことを起こすと思っていたのだろう。そこまで俺は意地悪ではない。





「ユーリはさ、図太いんだけど繊細なんだ」


 俺とナイトはユーリから少し離れた場所で火を起こし、食事の準備をはじめた。

 そこで俺はどうして起こさなかったのか、その理由をナイトに説明することにした。


「あ、は……いえ、その……」

「とは言え、ナイトとしては図太いとも、繊細とも言いにくいよな。これは俺のひとり言みたいなもんだけど……聞いてほしいんだ」


 ほぼ見知らぬ人間と旅をするのは精神をけずられる。

 でも、お互いを理解するには余裕がない。

 だからこそ、勘違いしてほしくないことは伝えたいし、これから時間を共にするのだから分り合いたい。


「ユーリは自分がこれと決めるとなかなか折れないし、発言も突飛すぎるから分かりにくい」


 注ぎ口のついた小さな鍋に採取した葉を入れて、水を入れて煮込む。


「だけど、繊細なんだ。なんだかんだ言ってここ数日寝れてなかったみたいだし」


 ナイトは静かに鳥をさばいて食肉加工をしている。


「責任感が強いっていうと美化し過ぎなんだけど、でも責任を持っているのは確かなんだ。期待に応えなきゃとか、いろいろ。ユーリはユーリになりに一生懸命に考えてはいる」


 拾ってきた小枝を焚き火に足す。


「その結果が俺たちに理解できないことだったりして困らせることもあるけど。だけど、ユーリってそんな奴なんだ」


 パチパチを音立てながら、足した小枝に火が燃え移りはじめる。


「だから、それをすべて受け入れてほしいってワケじゃなくて、アホだなーって思って流していいんだよ」


 ゆらゆらと立ち上がった炎が小鍋を囲みはじめる。


「ナイトはすごく真面目で誠実なんだろうって思う。でも、それはすべてじゃないと思うんだ」

「それは……」


 ナイトはかたまりとなった肉を細く長い枝に串刺しにした。

 そして焚き火を囲むように地に刺していく。焚き火であぶり焼くようだ。


「弱気なところも、へこんだりすることもあると思う。情けないとか、見せちゃダメとか思っているかもしれないけれど、それだとナイトも疲れちゃうと思う」


 ぽつ、ぽつ、と鍋の中はゆっくり沸き立ちはじめた。

 これぐらいがちょうどいいだろう。


「これから長い時間一緒にいるんだからさ。ナイトも困るなら困ったとか、遠慮しないで言ってほしい。俺も言うから」


 焚き火越しに合ったナイトは困ったように笑った。


「そう、ですね……善処します」

「うん。強制するつもりはない。ただ、吐き出していいってことは知っていて欲しかったんだ」


 そろそろ、ユーリを起こそうと立ち上がる。


「あ、あのっ。セイ様の言葉は嬉しいと思いました! なので、その……」


 ぎゅっと握った手を胸にあてながら、必死に言葉を出そうとするナイト。

 簡単に変われるもののでも、理解できることでもない。

 

「ありがとう。それだけでも俺は嬉しいよ」


 言葉がすべてじゃない。

 真摯な姿勢で伝わることもある。

 たった一言で変わることもある。

 できることからはじめれればいいと思う。


「ユーリ、起きろ。昼飯できたぞ」

「んー・・・昼飯ぃ?」

「そうだ。ほら、しゃんとしろ」


 しょぼしょぼとハッキリと動かないまぶたのユーリは重そうに目をうっすらと開けた。

 数日の寝不足のことはわかっているが、最後まで甘やかすつもりもない。

 のっそりと起き上がったユーリの背中をぱんっと軽く叩いて刺激する。


「うおー…! セイ、なんか院長マザーみたいだ」

「なにを寝惚ねぼけてるんだ」

「ん? いい匂いがする!」


 話しかけてきたと思えば、まったく違う方向へ会話が飛ぶ。

 ナイトが準備した串刺しの肉から香ばしい匂いが流れはじめていた。確かに無視できるような匂いではない。


「だから、昼飯だって言っただろ」

「早く、食おうぜ」


 数秒前まで寝ていたとは思えないぐらい、俊敏に動きはじめたユーリ。

 俺と視線を合わせたナイトも苦笑している。


「はぁ。今回は特別だからな。次回からちゃんとお前も作るんだぞ」

「もちろんだぜ!」


 そう気持ちのいい返事をしているものの、肉の前に陣取って、視線も肉に注がれたままだ。

 まったく、仕方がないな。

 小鍋で作ったスープをそれぞれの円柱型の器についで、手渡していく。

 3人分を揃ったのを確認したユーリは、手をパチンを合わせた。


「いただきます!」

「いただきます」

「いた、いただきます?」


 これはユーリ特有の食事作法。

 ご飯を食べる際に、神に祈りを捧げる場合があるけれど、ユーリのこれはちょっと違うらしい。食材となった植物や生き物などに感謝するらしい。ユーリと過ごすうちに慣れてしまい、言葉にしなくても、つい手を合わせてしまうようになった。

 不思議そうにしながらもナイトはユーリにならって同じ言葉を繰り返して、食事をはじめている。

 あとでこれも説明しとかないとな。とにかくまずは腹を満たそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る