9(完)


「と、まぁ、いろいろ計画的なんだか行き当たりなんだかわからないまま出発しているから、今後について確認しよう」

「おう!」


 空腹も疲れも思考を低下させる。休憩と食事をして満たされたの俺たちは話し合いに万全の状態だ。

 本当なら出発前に確認すべきことだったが、ホロウの事件もあり、落ち着いて話すことができなかった。


「も、申し訳ありません。私が至らないばっかりに……」

「いや、そんなことはないですよ。だって……」


 もはやお決まりとなりつつ、ナイトの謝罪の言葉。

 たしかに冒険初心者の補佐役としてナイトが同行しているから、中心となって俺たちに説明確認しなければならないと思う。が、そうできない事情があったではないかと、ごく自然の流れで頭に浮かんだ記憶にハッとする。


ーーー王令を受け取って、すぐさま旅に出ようとしていたユーリ。


 うん。ユーリのあの勢いを思い起こせば、事件があってもなくても考える時間も確認する時間もなかった。


「まぁ、そのナイト。あまり気負い過ぎないでくれ」

「セイ様……ありがとうございますっ」


 俺に向けられたナイトのキラキラと輝く眼差しで察してしまう。

 たぶん、いや絶対「セイ様はなんてお優しい方なんだ」と、感動しているのだろう。俺はそんな聖人ではないのだが。


「ごほん。じゃあ、状況の確認からしていこう。いま王都を中心に魔獣の凶暴化、邪気の影響と思われる異変が起きている」

「はい。その通りです」

「邪気の影響。一番に考えられる要因は邪気を浄化する役目をもつ聖樹ガイアが、なにしかしらの理由で機能していないということ。そのため聖樹ガイアの活動状態の確認。異常が起きているのであれば正常に戻す必要がある」

「はい。王も民を思いうれいて、あらゆる方々かたがたと協議を行っていました。そんな時に神の御告おつげがあったと聞きました」


 なるほど。あながち、ユーリの想像は大きくはずれていないようだ。

 ユーリの様子を確認するために視線を動かすと、やたら自慢げに胸を張っている。


「……で、その御告げにより、俺たちは聖地ネリヤカナヤ?に向かうってことで合っているか?」

「はい」

「えっと。そもそもの根本を折ってしまうけれど、聖地ネリヤカナヤって正直、存在していると思っていなかった。その”神の御告げ”を信じるならば、あるってことでいいんだよな?」


 そう。代々語り継がれてきた物語だけあって、聖樹ガイアはお伽話で、非現実的な存在

 地図にっている、場所がわかっているのなら旅なんて話にならないだろうし、最初から「1週間ほどで到着する」とか伝えるだろう。

 だけど、王令にもただ「勇者として任命する」「勇者の共として任命する」として”役割しか”書かれていなかった。


「ある、はずです。場所は不明です」


 自信なさげに、言葉を詰まらせたナイトはウロっと視線を彷徨わせた。


「あー。たしかにゲームの中でも、場所はマップ上にも表示されてなかったような……うーん。記憶がぼやってて思い出せないー」


 頭を抱えるように手を当てたユーリ。またしてもユーリ語を混ぜてぶつぶつと語り出している。

 それらの意味は考えれば分かりそうだが、いまは確認をすることが先決なのでそのまま聞き流すことにする。


「え、えっと?」

「ナイト。ユーリの話は半分でいいから。場所が不明となると、場所がわからないまま国中を探し回るってことなのか?」


 場所が不明。やみくもに探し回るというのは、歩くのが面倒だと言ったユーリではないが、かなりしんどい状況だ。

 状況を想像しただけで、その過酷さに眉間に力が入ったのが分かった。


「いっいいえ。神の御告げ、女神様は勇者の任命の啓示とともに、聖地ネリヤカナヤに向かう方法も教えてくださいました」


 ナイトが慌てて説明した言葉に違和感を覚える。


「方法?」


 場所を啓示するのではなく、

 聖樹ガイアが機能しなくなったからとしてを選んだ。

 早く改善した方が良いはずなのに。

 女神にとっても不測の事態だった?

 というか、女神でも場所がわからないというのはどういことだ?

 女神は世界を統べる存在なのではないのか?


 次々と浮かび上がる疑問。頭の中でぐるぐると渦巻く。


「はい。女神は啓示の中で、聖樹ガイアに関する伝承がある地を巡ればおのずと導かれる、と」

「伝承がある地を巡ればおのずと導かれる?」


 いくためにはってことか。儀式みたいなものだろうか。

 だから場所を俺たちに教えることができない。教えたところで、直接行くことができないから。

 でも『伝承がある地を巡ればおのずと導かれる』とは、なんとも曖昧な手がかり。ほのめかしとも言える。なにもないよりは絞られたものの、伝承がある地は少なくはない。条件も不明だし、巡るということは1箇所ではない。


「あぁ! そうだった! そうだった!」


 突然、大きな声を出したユーリ。


「マップの中、はじからはじまで歩いたわー。だけど途中に入るエピソードがまじヤバくてさー。周回するのも悪くないなーって思ってたら、いつの間にかガイアんとこ行ってたわ」


 腕を組み、何度もうんうんと1人うなずくユーリ。

 ナイトの説明にユーリは疑問ではなく、納得しているようだった。


「わかった、わかった。あとで話は聞く」


 とりあえず、儀式かなんか、場所に行くための準備、素材が揃うまでは歩き回るってことは間違いない。

 これはかなり長い旅になりそうだ。


「はぁ」


 思わずため息をがこぼれる。


「あ、あの。やはり、このような終わりの見えにくい旅はおいやですよね?」


 ナイトは、俺がこの旅について出した結論を察したようだ。


「いや、想像より長い時間がかかりそうだなって思ったぐらい」


 そう世界を救う旅が、そう簡単にできることだとは思っていない。


「ですが……ユーリ様は逃れることはできませんが、その、セイ様はまだ逃れる道が……」


 心なしか、暗い影が落ちたように見える。

 ぽそぽそと力なく続く言葉も仄暗ほのぐらい。


「いやいや。なんでそんな後ろ向きには考えてない。一度、受けたからには最後までというか」

「え?」

「それに……町に現れたホロウの時に思ったんだ」


 胸の内に静かに、そして重く残っていた想い。


「あれは邪気によって狂わされてしまった魔獣だよな?」

「えぇ、そうですが……?」

「あのホロウには子供がいただろう? 邪気に狂いながらも子を守ろうと、最後までもがいたんだと。俺は、そう思ったんだ」


 あのあとすぐ、倒した魔獣の回収とカシュリの森の調査が入った。

 その際に判明した巣穴の奥にいた幼い魔獣の子供たち。

 本質は変化しないとしても、邪気に狂わせられた状態は苦しかったに違いない。


 だから、たとえ親としての本能であったとしても、子を巣穴に隠し、餌を集めたことは、あのホロウなりのもがきだと俺は思った。


 魔獣は人に害する場合もあるけれど、それは人が魔獣に対して害を与えた場合が多く、魔獣からというのはごく一部。

 基本的には、魔獣と人間は共存をしている。


 ホロウの子供たちは王都の魔獣管理局に保護されたと聞いた。

 ほっとしたと同時に胸が苦しくなった。

 それは、邪気によって変わってしまった未来だと感じてしまったから。


「だからさ、たとえ魔獣でも自分の意思をげて終わるようなことはなくしてあげたい。全部とは言わないし、偽善だと言われてしまえばそれまでだけど」

「セイ様……」

「俺はたいした魔術も使えなし、治癒術にちょっと自信があるぐらいの一般人だけど・・・最後までよろしく頼む」

「はいっ!」


 めずらしく張りのある声を出したナイト。どこにどう感動したのかわからないけれど、ナイトの瞳はすこし潤んでいて、太陽の陽が射してキラキラと輝いていた。

 本当にナイトは純粋すぎる。


「いいぞ! もっとやれ!」


 離れているはずのユーリの荒い鼻息が聞こえてきた。

 なんだか既視感がある。ごくごく最近で。


「はぁ。ユーリ、ちょっと落ち着いてくれ」

「えーっと、ユーリ様?」

「こんな序盤に信頼度が爆上ばくあがりとか、なにこれ。俺のチートとかじゃないよな……」


 またしても、ぶつぶつとまた別の空想をはじめたユーリ。

 当分、現実に戻って来ないのは経験済み。


「ナイト。コレはユーリの通常の行動だから、深く考えなくていいからな」

「は、はい」

「あと意味も。とりあえず、俺たちは現在いま、どこに向かっているんだ?」


 昼食の片付けをしながらまとめた旅行鞄を背負う。


「あっ! すみません。現在、リマジハから近いリリエール領です。そこには領主のみに引き継がれている伝承があります」

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