7・出発


「あの……本当によかったのでしょうか?」


 ホロウを倒してから2日目。

 俺たちは町を出発していた。あの騒ぎで出発は予定より遅れた。と言っても1日だけ。あんなことをがあったのにと言われてしまえば、そうだけれど。


「あぁ。さいわい町自体には被害はなかったからな」

「それもそうなんですが……その、サヴィーさんのそばに……」


 ナイトが気まずそうに視線を迷わせている。

 声は尻つぼみに小さくなっていて、わかりやすい。


「ふっ。大丈夫だ。それに、逆に俺たちがいる方がサヴィーも色々思い出してつらいだろうし」


 ボロボロに満身創痍まんしんそういになりながらも町に帰った。そんな俺たちを見て、みんな安心したように涙を流し、そして喜んでくれた。

 もちろん、その中には一人逃げかえったサヴィーもいた。

 サヴィーは声をあげることなく、静かにポロポロと大粒の涙を流していた。


 俺たちを残してしまったことの後悔と不安、それと罪悪感。

 多くのもを一気に背負っていた。

 誰よりも、長い夜だっただろう。

 

 町のみんなを守る、という使命を持たせたつもりだった。

 だけど、それらをすべてを包みこんで胸にしまうことはできない。たとえ、それが世界を救うためと言われても、難しいことだろう。



『セイ。ごめんなさい。迷惑をかけて……』




 ベットの中にいるサヴィーはポツリとそう言葉をこぼした。

 心身とも疲弊していたサヴィーは俺たちの姿を見て、張り詰めていた糸が切れたように倒れた。

 ホロウにさらわれたものの、すぐに気を失ったらしくホロウによって負った傷は少なかった。どちらかと言えば、逃げる際に負った傷の方が多かった。すり傷と足の捻挫で、軽傷と診断された。しかし精神的な負担からも治療院で数日療養してもらうことにした。

 それらの傷はサヴィーが恐怖と不安で思い通りに動かない自分の体を精一杯戦ったことを証明であると察することができた。


『たしかに夜中に孤児院を抜け出すなんて褒められたことじゃないけど、それ以外のホロウによる騒動はすべて偶然にすぎない』

『でもっわたしが魔獣にさらわれなければ、セイだって、ユーリも、ナイトさんも……3人が森に入って、戦う必要なんて、なかったのに……』


 ぎゅっとベットを握る手はわずかに震えている。思い出しているのだ。あの日に起きたことを。


『それは違う。サヴィーがさらわれなければ魔獣は町まで来ていた可能性もあった』

『でも、それでもっ』

『もしかしたら、なにかすれば。そんな”たられば”なんて誰にもわからない。だからサヴィーが何でもかんでも責任を感じる必要はない』

『でも、でも……ごめんさい』


 サヴィーは絞り出したような声で、何度も謝罪の言葉を繰り返した。

 そしてまた大粒の涙をサヴィーはこぼした。身体中の水分が出てしまうんじゃないかと心配になるぐらいに。


『なぁ、サヴィー。だれもサヴィーを責めてなんかいないだろ? みんながサヴィーに求めるのはそんな言葉じゃない』


 そっと腕を伸ばして、サヴィーの頭をゆっくり撫でてやる。

 びくりと体を震わせたあと、おずおずとした視線を俺に向けてきたサヴィーに静かに語りかける。

 このまま間違ったままいてほしくない。


『サヴィーが元気になって、笑ったり、怒ったり、治療院うちの中で動き回ったりしてくれること』

『そんなっ……普通なこと、ゆるされない、よ』

『許されないんじゃない。サヴィーは自分が許せないだけ。それでもいい。だけど、みんなサヴィーが理由もなく規則を破る人間だと思っていない。みんな心配したんだ』


 他人おれの言葉をすぐには信じられないだろうし、自分を簡単に許せないこともわかる。

 それでも伝わってほしい、知ってほしいことがある。


『サヴィー? 自分のことをないがしろにするな。すべての自分を否定しちゃダメだ。失敗も認めて責めるなら、頑張った自分も認めてあげなきゃな』


 泣き続けて目元を真っ赤に腫れさせてしまったサヴィーと視線を合わせる。


『普通なことだけど、俺は特別で大切なことだと思うよ』

『うん……』


 俺の言葉にサヴィーは小さく頷いた。

 これからどうなるかはサヴィー次第だ。

 でも、きっと、リマジハに戻ってくるときにはとびきりの笑顔で迎えてくれるだろうと思っている。


 これは俺の勝手な希望で、願い。

 だけど、そうであってほしいと思わずはいられない。



「なんで・・・勇者の旅なのに徒歩なんだよぉぉ!!」



 サヴィーとの交わした時間を思い出していると、耳馴染みのありすぎる声が現実に引き戻した。


 やれやれ。まったく、落ち着くヒマがない。

 相変わらずユーリは元気うるさいと思って様子を眺めていると、困惑の表情を浮かべているナイトが視界の端に入った。


「え、えっと。ユーリ様?」


 ユーリ初心者にとって、目の前で繰り広げられている状況は意味不明な行動に見えていることだろう。

 だが、これから長い付き合いになるであろうナイトにも慣れてもらわねばならないなと、この旅の小さな目標を立てる。


「いや、だってさー。この世界には魔法とかあるんだから、もっとドバーンと空を移動したり、みたい瞬間移動とかできたって、いいんじゃんかぁぁ!!」

「どばー? ど●でもどあ?」


 なんとかユーリ語を理解しようとしているナイトの姿は健気で胸を打つものがある。

 だがしかし。

 ナイト、それら全部理解しなくてもいんだぞ。なんとなくでいいんだ。なんとなくで。とにかく元凶を止める。


「ユーリ、落ち着け」

 

 さっきのユーリの言葉を要約すれば、つまり「現在の状況が不満だ」ということである。

 いま、歩いている道は片側に木々が生茂る森がある街道。特別、珍しい道ではないし、多くはないが乗り合い馬車など走るだけあって獣道のよう荒れてはいないから比較的歩きやすい道になっている。

 しかし、戦闘能力が高いけれど、面倒くさがりなユーリは数時間足らずで、不満を爆発させた。

 最初の頃はルンルンと鼻歌混じりに歩いていたから、飽きたという方が近いのかもしれない。

 町を離れて半日しか経っていないけど、まぁ、もったほうか。


「えっ、そ、その、ユーリ様がおっしゃっているモノ?はよくわからないのですが、その馬車などでは走れる道は限られてしまいますし、この先は道すらない獣道なども多くありまして……」


 意味のわからないユーリ語が入っていたものの、なんとなくユーリが言いたいことに辿り着いたらしい。

 真面目なナイトはわからないなりにユーリにこの旅路の状況説明をしている。うん、俺の幼馴染がすまない。


「くぅー!! なんで、そういう設定は現実的なんだよー! この世界はファンタジーだろー! ふぃくしょーん!!」


 その場で何度も足を振り下ろし、ダンダンと音を立て地団駄じだんだを踏むユーリ。

 うん、その元気があるなら歩き続けてくれ。


「ええっと……」

「あっ! そうだっ魔獣! 魔獣に乗るとかアリだろ!!」


 困惑するナイトの横で、またしてもユーリが突飛な発言をした。この切り替えの早さもさすがユーリというべきか。


「ま、魔獣!? あ、あの基本的には人になつきませんし……それに魔獣使いであれば、もしかすれば可能かもしれません」

「やった! じゃあ……」

「あっ。ですが、その……彼らは戦闘を好まないので協力要請したところで断られてしまうかと……」

「がぁーー!! そうだよな。そういうだったよな……うっうっ……異世界なのに現実みがあり過ぎてツラい」


 ナイトの言葉を聞いたユーリはひざから崩れ落ちた。

 地面に手をつき、わざとらしく泣きに入る。


「え? あの、ユーリ様……」


 俺は慣れているが、ナイトは感情表現の波がありすぎるユーリに右往左往とオロオロと視線を迷わせている。


 目の前で繰り広げられている2人の会話は……うっうっ、オロオロと混沌に満ちている。

 ナイトはさておき、ユーリをこのまま歩かせることをできないこともないけれど。いまはこっちがいいだろう。

 


「ユーリ、こっち向け」

「うっうっ。なんだよぉーー…うわっ!」


 振り向いたユーリに向かって、小袋をひょいっと山を描くように投げる。

 ユーリは驚きつつも落とすことなく受け取る。その瞬間、ユーリの手からふわりとこぼれた、ささやかな甘さが波のようにたゆたう。

 それはどこか懐かしく、馴染みのある香り。


「あれ、この匂いなんだっけ……」


 ユーリも気づいたらしい。

 小袋に顔を寄せたユーリはくんくんといでいる。

 そうして馴染みのある香りの名を思い出そうと、静かに考えはじめた。


「よし、落ち着いたな。ナイト、この間に休憩がてら食事を取ろう」

「あ、はい。セイ様、ユーリ様になにを渡したのですか?」


 静かになったユーリに荷物番けん、火起こしをまかせて、ナイトと2人で食材を探しにいく。

 途中、ナイトは不思議そうに尋ねてきた。

 あれだけ騒いでいたユーリがピタリと静かになったのが余程、気になったらしい。

 

「香り袋。中身はムーンドロップだ。不眠とか、そういうのにも使われることが多いけど、心を安らげる効果がある」


 香り袋の元になった筒状の霧吹き瓶を見せる。その中には黄色にあわく色づいた花、ムーンドロップが一輪いちりんひたしてある。

 本来なら、睡眠不足などの人に対して処方しょほうするもの。

 そしてユーリにとっては少しばかり思い入れがあるものでもある。

 子供だましみたいなものだけど、ユーリには効果抜群なムーンドロップはリマジハの孤児院で不安で寝れなくなった子供によく使用していた。

 ユーリが必要としたことは少なくても、小さい頃から過ごしていた孤児院で身近だったもの。深層的に落ち着く匂いと認識しているのかもしれない。


「俺たちの町では一般的な薬草なんだ」

「そうなんですね。勉強不足ですみません」


 ただし、起きているユーリに使用できるのは付き合いの長い俺たちだからの感覚もある。気苦労が絶えないナイトに貸したいところだけど、使いこなせすのは難しいだろう。


「謝るほどのことじゃない。王都じゃ使っている方が少ないだろうからナイトのように知らない人が多いだろう。ムーンドロップの採集には……特別な条件があるんだ」

「特別な条件、ですか?」


 近衛騎士にとって役に立つ情報はない。

 それでもナイトは控えめでありながら、その興味深々な姿勢を見せる。


「これは”月明かりの下”でしか採取ができないんだ」

「月明かりの、下。それは、もしかして・・・」


 ナイトは俺の言葉で気づいたらしい。

 その視線は驚きより、優しく温もりをまとっている。


「あぁ。サヴィーが旅の餞別せんべつにって、くれたんだ」

「そうなんですね。お二人のこと、深く想っているんですね」

「えぇ、自慢の幼馴染みなんです」

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