「ここまでで大丈夫です。セイ様はここで待っていてください」


 カシュリの森に到着してすぐ、ナイトに森周辺の地形を説明した。

 ナイトはそれだけで魔獣の巣の目星がついたようだった。


「なにを言っているんだ。さっきの説明だけじゃ心許こころもとないだろ?」

「しかし」

「俺は小さい頃から住んでるし、この森だって庭みたいなものだ。危なくなったら逃げるのだって出来る」


 これは本当。子供の頃はもちろん、今も薬草の採取で度々足を運んでいて、子供の時以上に地形を理解している。

 しかし俺の提案にナイトはすこし困った表情を浮かべ笑った。

  

「いいえ。お気持ちだけで……こんな私では頼りなく不安に思われるでしょうが必ず、彼女、サヴィーさんを連れて帰ってきます」

「だけど……」

「信じて待っていてください」


 そうナイトに控えめに微笑まれてしまえば、なにも言えなくなってしまった。


「……わかった。ここで待っているから、必ず帰ってこいよ」


 森の中に入って魔獣に出会ったことはないに等しく、出会ったとしても小型魔獣で危害を加えられるよう事もなかった。町の中だけで言えば、経験はある方だと言える。だが、ナイトと比べれば子供騙しのようなもの。実戦的であると胸を張って言い切れるような戦闘経験はない。

 唯一、俺が役立つことができるとすれば、癒すことだけ。

 まざまざと見せつけらる現実。


「はぁ……。俺もユーリみたいに鍛えれば良かったかな。ユーリ、信じてなくて悪かった」


 胸の内に溜まってしまった吹き溜りのようなよどんだ想い。

 ひとりごとだけど、ひとりごとじゃない。

 ナイトが森の闇に消えたのを確認してから、この想いを吐露したのは、ユーリにも聞いて欲しかったからだ。


「別に……」


 物陰から静かに出てきたのはユーリ。


「……セイ、いつから……気付いてたんだ?」


 ぼぅっと影のようにつぶやかれた言葉にちからも陽気さもない。

 どんな時でも謎の自信と言葉に違わぬ才能つよさを発揮している人物とは思えないほどの様変わりようだ。


「最初の方から、かな。ナイトも気付いていたと思う」

「そうか……」


 それもあって、ナイトは俺にここで待っていて欲しかったんだと思う。

 きっと俺がナイトについていってしまえば、ユーリは必ずついてくる。

 そういう人間であることを俺は知っているし、ナイトも気付いているのだろう。

 もし、そうなったら、俺もユーリも巻き込んでしまう。

 関係ないわけではないが、一般人を巻き込みたくないというような気持ちが強いのもだろう。

 ナイトはどこまでも真面目で誠実な騎士なんだと思った。

 反面、もうすこし、俺たちが頼れる人間であればと悔しい気持ちもある。どこか冷静な自分が評価を下す、役に立てる人間ではないと。

 俺たちはここでナイトとサヴィーの帰りを待つしかないのだ。


「ユーリ。俺はお前の話をただの空想で、面白いって思ってた」


 気をまぎらわすと言うのは言い訳で、ユーリに話しておきたかった。

 ユーリのことを友だと慕いながらも無意識に線引きをしてしまっていた後悔と気づき。

 俺の言葉を聞いたユーリは静かに首を振った。


「別に……それはいいよ。理解できないのは当たり前だし。馬鹿にしたり、病気だとか遠ざける奴もいたのに、セイはイヤだ、なんだと言いながらも受け入れてくれてただろ? オレは嬉しかったよ。たとえそれが運命だったとしても」

「運命なんて大それたことじゃないよ。でも悪かった」

「ううん。いいんだ…」


 力なく返事をするユーリは胸元に手を当て握りしめている。

 俺にはその姿が心臓こころを守るようにも見えた。


「ユーリ、どうしたんだ?」


 ユーリの息を飲む音が森のさざめき中、よく聞こえた。


「いつもなら我先に乗り込んでただろ? 危ないって言っても聞かずに」


 命知らずで、我が道を行く。

 いつも前だけを見ていたユーリがいまは足元ばかり見ている。顔色も悪い。


「だって……違うんだ。俺が知っているストーリーと違ってるんだよ」


 泣きそうな声だと思った。


「すとーりー…たしか予知夢みたいやつだよな?」

「そう……きょ、凶暴化したホロウは……もっとレベルアップしたあとに出てくる最初の試練で……サヴィーが巻き込まれるはずじゃ、なかったのに……」


 つっかえながら紡がれたユーリの言葉はまるで懺悔ざんげのようだった。

 ぶつぶつと呟き、最後は口元を両手で覆ったユーリの瞳はどこかうつろだ。


「ユーリ。それとこれは別だ。サヴィーのことは関係ないだろ。不運が重なっただけでお前に責任はない」


 思ったままのことを伝えたものの、ユーリの顔は晴れない。

 なにかしらの夢見と重なってしまったのだろう。

 ユーリは時々、本当に時々、未来を言い当てることがあった。不思議ではあったけれど、そこまで突飛な内容ではなかったし、相手を知っていれば予想できないこともない。ありそうだなと思えた内容だったから、そこまで気にかけたことはなかった。

 だけど、ユーリは違っていたのだ。

 自分の夢見は当たる。だから自分が伝えていれば、この最悪な事態を避けられたのではないか。

 町で騒ぎになってからずっと、思い悩み、ひとりで抱えてこんでいたのだ。


 ユーリはちょっと変わっているだけ、心の根がいい人間だ。

 だからこそ、負わなくていい責任を感じて、潰されそうになっている。


「でも……」

「大丈夫だ。俺たちはナイトとサヴィーが無事に戻ってくることを祈ろう」


 無駄に自信家だったり、かと思えば、不安に負けそうになる。ユーリは本当に手のかかる弟分である。

 そう思いながら、いつものように頭を撫でて安心させようとした時だった。



 再び、あの獣の咆哮が空気を震わせた。



「なっ!?」

「やっぱりっ!!」


 俺の驚きと同時に、ユーリは悲鳴に似た声をあげた。

 遠くで、断続的に衝撃音が響く。木々が倒される音に混じって、獣が暴れるような鳴き声も聞こえてきた。

 反射的にナイトが、サヴィーに危機がせまっていると思った。


「行っちゃ、ダメだ……」


 ガクッと自分の体が止めれた。

 そこで無意識に森の中へ飛び込もうとしていたことに気づいた。


「え?」


 そして森の中に入ろうとした俺を引き止めた手。小刻みに震えてているその手を辿たどるとうつむくユーリが視界に入ってきた。


「だって、あいつはちゅうボスみたいなもんで、倒すには、レベルもアイテムも足りない……死んじゃう……セイ、死んじゃうよ……」


 俯いてまま話し続けるユーリの表情を見ることはできない。

 だけど、泣いていることは分かった。


「オレぇ勇者、だけど……ホントはぜんぜん、弱くて……いざ、目の前にしたら……こわくて、動けない……オレ……オレは」


 嗚咽おえつが混じって途切れ途切れに吐き出される言葉。振り絞りだされた声はか細く頼りない。

 だけど、俺は知っている。


「怖いことは悪いことじゃない。俺も怖い」

「逃げよう……だれも……怒ったりしない……」

「なら、なんでユーリ、お前は来たんだ?」


 俺の問いかけに、ユーリはビクリと体を揺らした。


「そ、れは……」

「見過ごすことができなかったんだろ?」

「だって、オレは……弱いし……」


 俺を引き留めたユーリの手を上から包むように重ねる。


 これ伝わるだろうか。

 俺だって怖くて、震えてる。

 だけど、そうじゃないだろう。


「そうだな。俺も弱いし怖い。完璧な人間なんていない」

「だったら……」

「だから人はおぎない助け合うんだろ? 俺はお前がいて心強いし、勝てるとは言いきれないが」


 ユーリの手がびくりと震えた。

 本当に……手のかかる幼馴染である。


「逃げ切れる気がするのはたしかだな」

「え?」


 珍しく俺が根拠もなにもない発言をしたことに驚いたらしい。

 顔をあげたユーリはポカンとくちを開けている。

 その様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。


「ははっ。お前のやたら大きくて太い自信が伝染したのかもしれないな」

「セイ、なに言って…」


 涙でぐちゃぐちゃになったユーリの顔がよく見える。


「なぁ、ユーリ。お前は将来、になるんだっけ?」


 ユーリはその変わった言動で揉め事を起こしていた。

 ただし、自分からケンカを売るようなことはしていなかった。


 もし、ユーリが誰かと争っているとしたら、それは誰かを助けるため。

 たとえ、どんなに体格差があろうと、勇敢に立ち向かっていた。ボロボロになりながらも、いつも誰かのために頑張っていることを俺は知っていた。


「オレは・・・」


 俺の言葉に目をパチパチとさせて、なにかに気づいたらしいユーリは乱暴に顔をぬぐった。


「世界を救う勇者になる男、だ」


 言い切ったユーリの顔つきは変わっていた。


「さて、俺たちの庭で暴れまわる魔獣から二人を奪還して、逃げ切るのが第一目標だ」

「あぁ……やってやる!」

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