1・準備


「すみません……わたしが不甲斐ふがいないばかりに」


 自宅けん治療院の裏側にある小屋の前で旅の準備をしていると、従者あらため騎士であるナイトは眉を下げ、謝罪をくちにした。


 ユーリに王令を伝えにきてくれた従者、だと思っていたナイトはなんと・・・近衛騎士だったと判明した。その上、旅にも同行するらしい。

 いや、たしかに。王令でかつ国家機密ともいえる重要事項を、いくら王都から遠く離れた田舎町とは言え、従者がになうには重すぎる任務だと、いまなら推測できる。

 冷静なつもりであったが、やはり内容が内容なだけに、俺も混乱していたのかもしれない。


 近衛騎士といえば、王族の警備にも当たる花形。

 王都であれば、ナイトの顔を見ればすぐに気付いたのであろう。


 しかし、残念ながらここは田舎だ。そんなうるわしき花形より、田舎は農作物をたがやしたり、畜農したり。あと、王政の状況や領主様の納税だのと、生活に必要な情報以外は興味がない。

 そもそも新聞を取るような習慣も数少ないし、嗜好品だ。無料で配られる号外や国民への周知である御布令おふれなどが主な情報源であるのだから・・・そう、気づかなかったのは仕方がないのだ。


 ただ、さすがに「勘違いしていました」なんて本人に冗談でも言えるワケもなく、お互いに紹介し合うなかで発覚した事実に内心驚いていた。

 もちろん、全力で平静顔を保った。


「…いいえ。気にしないでください。俺たちは慣れていますが、ユーリはなかなか強烈でしょう。心中察します」


 あと、聞いていた近衛騎士と雰囲気が違っていた。

 ナイトはうつむきがちで繊細な雰囲気をまとっている。

 もしかしたら、ユーリとの数週間にいろいろあったのかもしれないと察することはできるが、それだけではないと感じさせる控えめな立ち振る舞い。

 そう言った点からも従者だと判断してしまっていた。


 こうして今、改めて見ると体格はしっかりしているし、腰に下げている剣のかざりもこまかく、従者にしては不自然な組み合わせだったと気付いた。


「あ、ありがとうございますっ」


 ナイトは落としていた視線を上げたかと思うと、感極かんきわまったように声を震わす。


 近衛騎士は花形で、貴族の子息が多く苦労知らずな人が多いと耳にしていた。


 しかし、こうも苦労があふれ出てくると、なんとも庇護欲ひごよくというか、いたわりたくなる。

 記憶を振り返れば、俺もここまで衰弱はしなかったけど、ナイトの状況は身に覚えがある。

 ユーリについて、町の人ならば慣れている言動ではある。

 それでも、ユーリが想像力豊かな意味不明な言葉を口にしはじめた頃はかなり戸惑っていた。

 さすがに5年も一緒にいれば慣れるというものである。


 だから、ナイトが王令とはいえ「勇者を呼びに地方に向かったら、とんでもない人(変わり者)だった!」と困惑するのも当然だ。

 そもそも”勇者”という存在はお伽話のようなもの。

 多くの夢と希望で構築された勇者と、ユーリはかけ離れ過ぎている。ユーリはそんなつもりもないだろうけれど。


「もっと気を楽にしてください。一緒に旅に出る仲間なんですから」

「セイ様っ」


 ナイトは真面目で誠実なのだろう。

 人として大変好ましいことではあるけれど、そのままではナイトの心がもたない。世界を救う前に、ナイトが気苦労だけで倒れてしまいそうだ。

 そう思っての言葉だった。

 そんな俺の言葉に感動したのか、みどりの瞳を潤ませるナイト。

 このリマジハから王都、王との接見、そして再び、リマジハへ。


 ……本当に大変だったんだろうな。


 そう察せずにはいられない。

 慣れない環境ユーリで体調が万全でないのか現状いまのナイトは弱々しく頼りなく見えなくもない。

 だが、勇者との旅に同行するよう王様に任命されているのだから、貴族としての身分も、そして実力もあることは間違い無いのは確かだ。


 俺には、ナイトのような繊細な心も、立場もなかったからすぐに慣れたが、5年前の自分を思い出し、ナイトにそれを重ねる。 

 冒険に出る前、剣を交えることなく、ナイトとの謎の親近感で繋がることができたのは、ユーリが変わった幼馴染だったからかもしれない。


「俺はこの町を出たことがないので迷惑をかけてしまうことがあると思います」

「い、いいえ。そんなっ」

「だから、いろいろ教えてもらえると助かります」

「もっ、もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします!!」


 お互い自然と手が伸び、固く握手を交わした。

 そうして苦笑をしながらも、これからの旅に向けて意気投合していると


「いいぞ! もっとやれ!」


 その場にそぐわない声が響いた。


「は?」


 声のする方を見ると、そこには物陰から顔を出し、鼻息を荒くしているユーリがいた。

 俺の怪訝けげんな声を気にすることなく、言葉を続ける。


「女子はな! そういう男子同士がくっつくのが好きなんだ! そうなるとだな! 腐女子ふじょしにウケて、人気も上がる!」


 ……何を言っているんだ? ふじょしって、あぁ、あれか。


 一瞬、なんのことかと考えを巡らせたが、長年付き合ってきた経験からか、そう時間をかからずに答えを浮かべることができた。

 ちなみに、ナイトは「ふじょ、フジョシ?」と耳慣れない言葉をつぶやいていた。説明してあげたいところだが、ひとまずは目の前のユーリを止めないと。


「はぁ。あのな、ユーリ。前にも言ったが、ご婦人たちをそのような総称するのはやめろ」

「えー!? 人気が出るのにー」


 ぶぅと、ふてくされたように唇をとがらせたユーリ。


「たしかに勇者は人気というか、人徳はあった方がいいとは思うが。それならば言葉遣いも大事なことだ。今までは目をつぶってきたが、いまや国を代表する勇者が、そんな変な言葉をしていては品位も疑われるし、本物かどうかさえ信じてもらえないかもしれない可能性もある」

「そうなのか!?」

「そうだ。貴族社会は厳しいからな。それに、だ。だれかれかまわず女性に対して女史じょしなんて言葉を使うのは失礼だ」

「あっ! また間違えているな、女史ではなく女子だって言ってんだろう? 女の子と書いて、女子だから問題ないぞ!」


 …ユーリは時々、新しい言葉を生み出す。

 本人的には生み出しているのではなく、前世の知識で、日常の中で使われていた言葉らしいが、真実はわからない。確認しようもないし、正直、俺自身もそれらを”ユーリ語”と聞き流してきたし、ただの町人であれば「面白い表現するのね」なんて笑って済まされる話だったが、これからは違う。

 ため息をつきたくなったのを我慢し、ユーリに近づく。揺らぐ肩を抑え、視線をしっかりと合わせる。


「ご令嬢に、ご子息だ。お前の言いたいことは分かるが、俺たちはこれからの旅先で貴族の方たちにお世話になることがある。

 この町は身分なんぞ気にしないところだが、いくら王令とは言え、どこぞの貴族に不敬罪を問われたり、うっかり抹消されてしまうかもしれないんだぞ?」


 まっすぐ聖地へ。

 なんてことができたら国の騎士だけで済む話だろう。

 それが出来ない”なにか”があるからこそ”勇者”を任命した。

 そして山や谷、森や川を突き進みながら、我を失った魔獣を相手にしながら旅をしていくなかで、その経路にある町や都市で貴族のお世話になることになるだろう。

 これは俺が生存するためにも非常に重要なことだ。ユーリと一緒に行動するということは、ユーリと同一とみなされ、巻き込まれる可能性があるということ。

 ユーリには言わないけど。


「これはお前のためでもあるんだ。わかるな?」

「うっ」


 ユーリは自分の想像を語っているときはまっすぐな視線をぶつけてくるのに、逆にその視線をぶつけられるのは苦手らしい。

 どんなに大騒ぎしていても、こうして目線をまっすぐ合わせると落ち着いてくれる。

 ユーリいわく、前世は”こみゅしょう”とか言う部類で目線を合わせないようにしていたとかで、慣れないのだともごもごと小さな声で言っていた。


「お前もみんなを悲しませたくないだろ?」

「わ、わかった。……俺もバットエンドは嫌だ」


 ばっとえんど。

 またユーリ語が出てきた。”最悪な結果”という意味らしいが、これは説明されなければ意味がわからないし、そこまで引っかかる言葉ではないので見逃すことにする。急に変われるものではない。変わろうと意識することが大事なのである。


「じゃあ、これからは気をつけろよ?」

「おぅ!」


 まるで子供のように元気よく返事をしたユーリ。

 継続できるかはさておき、ユーリの説得が一段落した。


 ふと視線を感じ、その方へ顔を向けると、ナイトがなんだか星のような輝きをもって俺を見てきていた。首を傾げ、疑問を表すと


「さ、さすがです! ユーリ様への対応っ」


 まるで神でもあがめるごとくに賞賛してきた。

 相当、いや、かなりユーリの対応に困っていたのだろうが……感動し過ぎでは?

 これから王都とこの町の往復以上に長い時間、過ごしていくのに大丈夫なのだろうか。

 繊細なナイトが図太いユーリに慣れるにはかなりの時間がかかりそうだな。


 ・・・旅がはじまる前から前途多難である。


「なぁなぁ! 早く旅に出ようぜ!」


 手持ち無沙汰になったのか、それとも飽きたのか。会話をする俺たちを気にするでもなく旅の催促をしてきた。


「ユーリ……。まったく、落ち着け。今日の今日で出れるわけないだろ? それに王都と町との往復で疲れているだろう?」

「オレは疲れてない! むしろ早く旅に出たくてうずうずしているっ!」


 ・・・また、変な体勢をした。

 片手を腰にあて、もう片方は親指と人差し指を伸ばして顎に沿わせている。

 ユーリいわく何かをきわめた技のようにも見える、その体勢は”決めポーズ”なるものらしい。

 これも前世の知識?なるものらしいが、その体勢をされると、不思議と音が聞こえる錯覚が起きる。


「そうか。お前が旅をとても楽しみにしているのは分かっているが、旅はお前だけじゃないんだぞ? ナイトも日々鍛えているとはいえ、慣れない王族との謁見は緊張するだろうし、環境の変化は知らず知らずに疲れを溜め込む」

「ふむ。確かに」


 珍しく神妙な顔をしたユーリ。

 実のところ、体調の心配は事実でありユーリやナイトへの気持ち半分、それ以外は俺自身の理由があるんだが。

 なんせ、旅に出るとは思っていなかったから、俺は準備も何もしていない。


「セイ様っ……」


 だからナイト。そう、嬉しそうな顔をしないでくれ。俺の良心がじくじくと痛む。

 というか、ナイトは少しばかり、ほだされやすくないか?

 正直、今までの日常でさえ心配になってきた。そう、たぶん。安易な想像ではあるけれど、ナイトは無駄に高い壺とか騙されて買わされてそうだ。貴族の子息令嬢は世間知らずなんてことを聞いたことがあるが、ナイトの場合は世間知らずというか、純粋すぎる気がする。


「……とにかく、俺の準備も整ってないんだ。それに途中、協力している領主館に泊まれるとは言え、野宿がおもになるだろ。せめて、町を出る前にベットで寝かせてくれ」


 明日も寝れると思って寝るベットと、もう当分味わえないと思って寝るベットでは全然違う。

 これから無防備に、自由に、気楽に寝れる個人空間なんてなくなるわけなんだから、今日の今日に野宿とか嫌だ。もう少し心の準備をしたい。


「ベットで味わいたいっ! えっ、はっ! な、ナイトと、もうそんな仲に!?」

「……落ち着けユーリ」


 またしてもユーリがよく分からない空想をしているな。

 いつものように言葉を流すが、いまだに慣れていないナイトは何故かソワソワと落ち着きがなくなった。


「いや、ナイトもそんなに挙動不審にならないでほしい。ユーリの言葉をいちいち気にしていたら1週間ももたないぞ」

「は、はいっ。しし失礼しました」


 ナイトのこういう風に反応してしまうのが、ユーリの空想に拍車をかけてしまうのだろうな。


「よろしく頼む」


 俺はあまりにもユーリの対応に慣れているものだから、多少のことではそうそう動揺はしなくなった。

 それに加えて表情変化も少ないらしく「落ち着いている」と評される。でも実際は口にしていないだけだ。心の中ではいろいろ言葉にしている。

 ただ『口はわざわいのもと』という言葉があるように、時として、面倒事を引き寄せてしまう。


「とにかく、だ。なるべく早く旅に出れるように準備するから、ユーリ、お前は今のうちにやっておくこと…いや、手伝えることは手伝っておくんだ」


 ユーリに”やれること”と抽象的なことを言うと、遊びかねないので、あえて明確にする。


「おっ! そうだなー。当分、帰ってこれないから、日頃の恩返しも兼ねて手伝わなきゃなっ!」


 言動やら考え方が変わっているだけで、基本、ユーリも良い人間やつなのである。

 だからこそ、言動が変わってしまったユーリを町の人も温かく受け入れた。


「よし、じゃあーー」

「セイっ! 旅に出るって本当なの!?」


 やっと落ち着いたと思ったのもつか

 呼吸をみだした赤髪の少女が飛び込んできた。


「ぐぅっ」


 ずしんと重く沈む衝撃と共に。

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