幼馴染の勇者がうるさい〜前世だのチートだの意味はわからないけれど、世界を救う旅に出ます〜

リマジハ

 春の穏やかな風がいでいる。


「なぁなぁ! オレの話、聞いてるかっ!?」 


 俺の名前はセイ。17歳。

 王都から馬車で1週間ほど離れたセキトウ地方にある山合いの小さな町リマジハに住み、家族でしがない治療院を開いている以外、特徴のない平凡な人間だ。

 今日も今日とて、薬草と向き合っている。


「頼むよ! セイは絶対、オレのパーティーに必要なんだよ!

 たしかに、こののんびりとした田舎町と違って旅は危険なこともあるけれど、大丈夫!

 なんたって勇者たるオレがいるんだからな!」


 町の人間は小さい頃から顔見知りで、町全体が大きな家族とも言える。

 地方の外れに位置する町だけど、地方都市には週一、乗り合い馬車という交通手段があり、物品の流通も良い。

 小さな町にしては整った交易と自然の豊かさが貴族の休養地として隠れた人気があると聞く。


「はっ! もしかして自分にはちからがないって不安に感じているのか!? 大丈夫! そこも問題ないぞ!

 今は平々凡々へいへいぼんぼんちからしかないが、必ず、お前は最高の癒しキャラになる!

 それに! お前がいるかいないかで、今後のストーリーの難易度が変わってくるんだよー!」


 ・・・絶対、最後のが本音だろ。


「はぁ……」


 いろいろ聞き流そうとしたけれど、ついに顔を上げてしまった。

 さっきから、もくもくと薬草の在庫管理をしていた俺の隣りで熱く(うるさく)語り続けている男は、ユーリ。



 数日前に突然、国王から”勇者”として指名された男である。



「あっ! 危険なことはあるけれど、きちんと手順を踏んでレベルアップをしていくから心配すんな!」


 ユーリは自分の胸を右手でドンと叩く。


「それになんと言っても、俺には”転生チート”というものがあってだなぁ……この時まで前世の記憶を元に、いろんなシュミレーションをしてきたから計画バッチリだぞっ」


 いつものように”意味不明な言葉”を混ぜるユーリは「ふっふっふ」と気味が悪い笑い声をこぼしている。


「いや、あのな……」


 本来であれば”選ばれし勇者”に誘われるなんて、光栄なことになるはず、だが。

 このユーリという男は、ちょっと……いや、かなり、変わっている人間であることを幼馴染みの俺は知っている。


 出会いは遠く幼い頃のこと。

 ユーリは身寄りがなく、孤児院育ち。孤児院と治療院を開いている我が家は交流があるのは当然で。両親の手伝いとして行った孤児院。

 気づいた時にはユーリは隣にいて、よく喋り、遊んでいた。

 ユーリはどこにでもいるような顔に黒髮茶目な俺と違って、金髪碧眼という貴族のような容姿と、整った顔立ち。

 幼い頃からその美貌は有名であった。

 しかし、ユーリはその美貌を鼻にかけることもなく、田舎町の純朴で明るい元気な少年で”あった”のだ。


 それが5年前のこと。


 俺たちが12歳になった時、ユーリは突然の高熱で倒れた。

 以来、ユーリは変わった。

 数日続く原因不明の高熱で1週間寝込んだユーリ。周囲が心配する中、やっと目覚めたユーリは開口一番『オレもついにイセカイテンセイしちゃった』とつぶやいた。

 孤児院のシスターもオレも、どういう意味なのか分からなかったが、高熱で意識が混濁しているのだろうと聞き流し、とにかく目覚めたことを喜んだ。

 しかし、ユーリはそれから『前世』だの『チート』だの、意味不明なことをよく口にするようになっていた。

 ユーリいわく、チートと言うのは……その、前世からくる魔力みたいな能力のこと、らしい。

 正直、いまだにちゃんと理解している自信はない。

 とりあえず「へー。そうか」と聞きながら「変わってはいるが想像力豊かで面白いことをいうなー」なんて思っていたし「将来は吟遊詩人ぎゆうしじんにでもなるんじゃないか」と、むしろ微笑ほほえましく、ユーリの物語はなしを聞いていた。

 まさか、そんなに不思議な物語が現実に起きるとは、夢にも思わなかった。


『俺たちが17歳になったら、聖なる大樹ガイアの邪気が溢れ、各地の魔獣たちが狂い出し、世界に危機が迫る』


 ユーリは口癖のように何度も繰り返して語っていた物語。


『そして、俺は勇者になる!!』

『へー』


 正直、本気にはしていなかった。

 なぜなら、ユーリが言っている”ガイア”は世界の邪気を吸収し、そして、浄化する役目をもつ大樹で、聖地ネリヤカナヤに存在しているとされている。

 魔獣は魔力を持つ生き物で人々と共存している魔獣もいるし、害をなす魔獣もいる。

 ただ、聖樹ガイアも聖地ネリヤカナヤも、実際に見たこともない空想的なモノ。

 確かに、そのガイアが邪気を浄化しきれず、魔獣たちが狂い、人々に襲いかかる暗黒な時代はあったらしいけど……それは何百年前の話で、子供でも知っている、おとぎ話として語り継がれていただけのはずだった。のに。


「なぁ! 最初から、俺のパーティーに入ってくれよ!

 どうせ、今、入らなくても、最後には入ることになるストーリーなんだよ! だったら、最初から入ろうぜっ」


 ただ明るく、太陽のような存在であったユーリがおかしいことを言い出したからといって、変わることなく「また言ってるなー」「はいはい」なんて、面白ろおかしく笑いあって、俺たちは離れることなく関係は続いていたが、これはさすがに……


「ユーリ、まず落ち着こう」


 やたら手振り身振りを大きく動かすユーリに、いつものようにゆっくりと言葉をかける。

 ユーリは瞳をキラキラと輝かせると、ぴたりと動きを止めた。こういうところは本当に素直で良い奴なんだよな。


「その、誘ってくれることは名誉あることだとは分かってはいるが、俺は普通の魔力しかないし、治療術だって普通だし、お前が言うようなチート?とか言う特別の力だってないんだぞ? 戦闘経験だってないしな……」


 想像力豊かなユーリは目の前のことを忘れて突進して転ぶ。

 そのため、忘れているであろう俺の状況ーー旅には不向きであることを列挙する。旅をしたことがない俺でも分かる、不向きな人間だと言うのに。


「大丈夫だ! これからだ! これから!

 それに最高の癒しキャラでもありつつお前は、戦闘より何より、便利なアイテムや物語にとって大事なことに気づく、キーキャラなんだぞ!」


 なんだ・・・その太陽のごとくキラキラとまぶしい自信顔は。まるで自分の感覚が間違っているのではないかと錯覚してしまいそうになる。


「・・・」


 が。やっぱり、相変わらず言っていることが意味不明すぎる。

 そもそもキーキャラってなんだ。前々からキャラキャラ言ってたけど、今日は一段としつこいな。

 それに、それはお前の想像上の物語であって、そんなに自信満々に言われたって、まったく説得力がないし、どうしたものか。


「ゆ、勇者、さま…?」


 ハープのような繊細な声が耳に届く。

 あー…ほら、見ろよ。周りの、国王の関係者さん達が青い顔しながら動揺してるじゃないか。

 顔とか見た目はいいし、頭も悪くないはずなんだけど、ユーリは発言が色々残念なんだよな。


「はぁ」


 この町に住んでいる人たちは、ユーリの空想に慣れているけど、王都からお前を迎えにきた従者なんて「この人を本当に王様の前に連れていっていいのか」なんて不安な顔しているぞ。

 俺も同じ立場だったら、確実にそう思うだろう。

 そして「神の御告げの聞き間違いではありませんでしたか?」と、確認に戻りたい。

 しかし、この街から王都まで馬車でも1週間以上もかかる上に、王にそんなこと気軽に聞けない。というか、不敬罪だ不敬罪。最悪、首が飛ぶ。物理的に。


 あ、従者さんが腹のあたりに手を当てている。胃が痛いんだろうな。

 手に取るように従者さんの不調が伝わってくる。

 俺の幼馴染が変わっているばっかりにすみませんね。無償で治療しますね。

 

「…とにかく、ユーリ。お前はな。いま、神の御告げを元に、王都に呼び出されているわけだ。

 そこに知らない男が一緒についてきたら、おかしいだろう?」


 とにかく、いまはまず、想像を超え妄想が暴発しているユーリに落ち着いてもらわねばならない。

 そして、お迎えに来ている従者さんに大人しくついて行ってほしい。

 なぜなら、今、ここは、俺の職場。治療院の受付である。


「ユーリは今日も元気じゃなー」

「そうですねぇ」


 待合室にいるじっちゃん、ばっちゃんたちは慣れたもので、俺たちの様子を微笑ましく見守っている。


「はっ! それもそうかっ!」


 ユーリは俺の指摘でやっと気付いたらしい。

 もっと気付いて欲しいことは山ほどあるが、いまはそれで良い。この好機を逃すわけにはいかない。


「そうだろ? お前も好きな子を誘ったのに、突然、知らない奴を連れてこられて来たら嫌だろ?」


 今、気付くべきことか?なんてツッコミは心の中にとどめて、再び落ち着きなく体を動かしはじめたユーリの肩に手を置き、ひとまず上下の動きを止める。


「ふむふむ。確かに。よし、わかった! とりあえず、王様に許可とるわ!」


 俺の言葉に深く頷いたユーリ。

 そうしてやっと、理解してくれたらしく、ユーリは明快な返事をする。


「あぁ。そうしてくれ」


 ふっと自分の肩から力が抜けたのが分かる。


「心配するな! 俺は選ばれし勇者だ! お前の権利をもぎ取ってくるぜっ」


 力が抜けた俺の表情を心配していると受け取ったユーリは声高らかに笑いながら、扉の音を立て、意気揚々と飛び出していった。

 そんなユーリを俺は生暖なまあたたかい目で見送る。


「……絶対、無理だと思うけど」


 王様が特出した魔力も経験もない平凡な男を、無謀にも旅の仲間に入れるなんてことはしないだろう。

 ユーリの背を慌てて追おうとしている従者さんは見るからに憔悴しょうすいしきっている。

 事前情報なしに、予想外の行動を取るユーリと付き合っていくのは大変だろう。激励の意味も込めた心ばかりの胃腸薬をそっと手渡した。

 そう、俺に出来ることはした。


 あとはーーー神の御加護を祈るばかりである。


 その後はいつも通りの、穏やかな日々を過ごしていた。

 本当に、平和だった。





 いつか見た従者が、手紙を持ってくるまでは。






『王令

 ーーーなんじ、治療術師セイを勇者の共として任命するーーー』



 王令。

 つまり、いち、しがない町人である俺が逆らえるはずもない。



「これでセイは俺のパーティーに加入決定だな!」


 隣りに立つユーリにがっちりと肩を組まれ、突きつけれらた手紙の文面に、俺は言葉を失った。

 そして、ユーリからさらに奥へ視線を向ければ、疲労が隠しきれないほどげっそりとした従者。

 再び、目線を隣りのユーリに向ければ、キラキラと満面の笑み振りまき続けている。


「・・・」


 まさか王様が平凡な一般人を旅に同行させることを許可するなんて……と戸惑いながらも、ひとつの考えがカチリとはまった。


 この予測不可能な男、ユーリに振り回されたことは目の前の従者を見れば明白。

 これから長い旅路がはじまるというのに、このままでは混乱が招き、旅さえままならなくなることは想像に容易たやすい。


 ならば、振り回されない舵取かじとりができる人間を入れておきたい。


 そうとなれば、幼馴染みであり、勇者であるユーリの指名がある俺が選ばれるのは必然。

 数多くの国に関わる大人たちが頭を悩ませたであろう姿が目に浮かぶ。


「はあー……そうだな。王令とならば旅に出ないわけにはいかないな」

「やったー! セイが仲間になったー!」


 理由はどうであれ。

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、子供のように力いっぱいに喜んでいるユーリの姿に思わず笑いがこぼれてしまう。


 ユーリに説得力がないと思いながらも、どこかで「ユーリと一緒ならば、なんとかなる」と感じてしまっている自分がいるのも確かで。


 もしかしたらユーリの根拠こんきょのない自信が、俺にも伝染したのかもしれない。





ーーこうして、なんとも騒がしくなるであろう”世界を救う”旅がはじまることが決定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る