第49話 エピローグ
退室すると遠くから騒ぎ声が上がっていた。城門の方からだ。学院の復興作業が理由だろう。俺たちは気にせず廊下を進んでいく。
「これからどうするの? 真面目に授業受ける気ないんでしょ?」
「どうするかねえ、子守りも暇だしなー」
イレーンの眉が吊り上がったのが横目に見えた。
「……子守りって言うの止めてくれない?」
「実際子守りだし。魔術に関しちゃばぶばぶ言ってる赤ん坊だろ」
イレーンがじとっとした目で見てくるのは気付いたけど、面倒だから知らないふりをする。
「……すぐに追いつくから」
「追いついてどーすんの?」
「守ってあげようか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべている。こんな表情もできるのか。驚き半分関心半分、俺が反応に困っていると、イレーンは俯くように顔を逸らした。
「……忘れて!」
言うが早いか、イレーンが早足になった。耳の先が少し赤くなっている。俺はからかおうと反射的に口を開け、やっぱり口をつぐんで言わないでおいた。
「よう、お二人さん」
不意にヘンリクと出くわした。何枚もの紙を鷲掴みにしてペンも握っている。復興作業を手伝っていたのだろうか。思えば今回こいつが果たした役割は大きい。それでいて核心に迫らず俺に放り投げて保身もしっかりしているんだから大したものだ。
「よう。この騒ぎ何?」
城門の方から聞こえてくる騒動は、落ち着くどころかうるさくなっていた。作業の喧騒だろうと思っていたけど、喧嘩でも起きているのかもしれない。
「あー、あれな。貴族のお偉いさんが押しかけてるんだよ。大勢の家臣というか兵を引き連れて。お偉いさんだから門前払いってわけにもいかずに対応してたらこのざまってわけよ」
その貴族の子供が被害にあったんだろう。復興作業を手伝っていたヘンリクは考えが纏まる静かな場所を求めて逃げてきたってところか。
「その貴族って誰?」
イレーンが懐かしさを覚える冷たい声で尋ねる。ヘンリクは首をかしげながら手元の紙をめくった。
「なん、だっけな? 学院長が直接相手してたから相当偉い貴族だとは思うけど」
「私が止めてくる」
言うなりイレーンが走り出した。驚くのも忘れたヘンリクが放っておいていいのかと俺に視線をよこしてくる。
「いいんじゃないの?」
ヘンリクと分かれて俺は屋上に上がった。そこから別の屋上に渡り、城門が見える場所まで移動する。騒ぎになっているのは城門と校舎群の間にある庭園だ。俺とジャーンドルが戦った影響で庭園は完全に更地になっている。そこでは例の貴族連中や生徒、業者に大量の資材が集まりごった返していた。
眺めていると間もなく、イレーンが人だかりに突っ込んだ。最初は押し合いへし合いしていたのが次第に道が開けていき、イレーンと貴族が正対する。
ふと、日の沈む地のことを思い出した。
魔族が攻めてきた満月の日、俺たちはたき火を囲んでいた。戦いが終わった後のことだ。仲間たちは勝利を祝って飲み食いし、酒を飲んで大騒ぎする。それを、俺は傍目から眺めていた。
除け者にされていたわけじゃない。誘われていたし望めば中心にいられただろう。でも、俺は仲間たちが無警戒に酔って大騒ぎしている姿を見るのが好きだった。
イレーンと貴族、それを囲んで騒ぐ人だかり。ここからじゃ何も聞こえないけど、二人の身振り手振りに合わせて人だかりが揺れ動く。
日の沈む地でのあの光景が重なって見えた。
かつて流刑に処された奴ら @heyheyhey
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