第47話 結末

 俺は両手を広げた。ジャーンドルも両腕を持ち上げ、派手な装飾のついた袖を揺らす。


 この戦いで、学院の連中は知ることになる。今まで魔族と戦ってきたフェイェールの一族の力を、俺とジャーンドルという魔族以上の存在を、その眼に焼き付けることになる。


 ジャーンドルが袖を回す。その袖は魔族の死骸で装飾され、強力な触媒となって魔力を伝導し、効率よく強大な魔術を扱えるようにする。


 俺は背中に、二本の細い岩の腕を生やした。


 全身鉄の魔族を倒すために、イレーンは大がかりな魔術を使った。つまりそれだけ魔力を消費した。俺はその分だけ魔力の余力が増え、戦いに使えるようになった。


 ジャーンドルの背後に、二対の蛇が現れた。


 人の数倍はある巨大な蛇の躰を構成するのは溶岩だ。表面は冷えて固まっているけど、ところどころドロドロ溶岩が漏れ出ている。こぼれた溶岩が庭園の草木に火をつけて、徐々に燃え広がっていく。


 俺も両腕と背中の細い岩の腕を構えた。


 魔術とは生物なら必ず持っている魔力を使い、自然を操るものだ。その過程で魔力伝導率の高い道具を使ったり、歌や踊りなどの発動手順を満たして発動する。これらにはっきりとした決まりはない。それぞれがそれぞれの方法で魔術を発動させ、魔力に任せて発動手順を省略することもできる。魔術ってのは驚くほど融通が利くものだ。


 そうすると、一つの疑問が生まれる。


 杖や剣を振って魔術を発動できるなら、魔術で作った岩を操って動かし、その岩の動きを発動手順として新たな魔術を使えないのかと。


 結果は、可能だった。消費する魔力量は加速度的に増えるけど、頭が処理できる範囲なら何重もの魔術を同時に使えるようになった。


 同時に強力な魔術を複数使う、それが俺の戦い方だ。見せつけろ、この国の人間に。俺の強さを、俺たちの強さを、数百年間魔族と戦ってきたフェイェールの強さを。


 俺は背中に生やした細い岩の腕をくねらせつつ、前に出た。ジャーンドルが操る双頭の溶岩の長さは優に城壁の高さを超える。その間合いに、俺は躊躇なく足を踏み入れた。


 ジャーンドルが踊る。双頭の溶岩が襲いかかってくる。俺は双頭の溶岩と同じぐらいに巨大な岩の腕を二本作り出し、真正面から攻撃を受け止めた。


 お互いの魔術が拮抗する。俺はさらに魔術を使い、剣を作り出した。零れ落ちる溶岩が地面に広がり、足の踏み場を減らしていく。相変わらずいやらしい魔術だ。


 俺は岩の腕で双頭の溶岩を抑えたまま、ジャーンドルに近づいていく。俺たちの戦い方は基本、離れたところからの強力な魔術を使った先手必勝一撃必殺だ。わざわざ距離を詰める必要はない。


 でも、そうじゃない。俺たちがしないといけない戦いは、そんなチャチな戦いじゃない。ジャーンドルも俺に応えて袖に隠していた短剣を二本握った。


 俺はジャーンドルに斬りかかった。同時に、岩の腕を操り双頭の溶岩と殴り合う。


 肉弾戦と並行しての魔術操作、こんな芸当ができる奴は一族でもほとんどいなかった。脱走する前のジャーンドルですらできなかったことだ。強くなった。一族の中でも俺の次にジャーンドルが強いとはっきり言える。


 俺の剣を、ジャーンドルは半身で躱した。その動き自体が魔術の発動手順となり、連動して双頭の溶岩に命を吹き込む。これこそが剣舞──ジャーンドルの戦闘舞踊だ。


 ただ躱すだけで終わらない。ジャーンドルはそのまま半回転し、前に出ながら俺の喉笛に短剣を薙いでくる。


 俺は避けなかった。短剣を無視して蹴りを放つ。同時に魔術を使って岩壁を作って短剣を受け止める。蹴りが、ジャーンドルの横腹に食い込んだ。その態勢を崩れる。しかしジャーンドルは俺から離れるように後転と側転を織り交ぜて距離を取った。


 逃がさない。大量の杭を作り出し、離れ行くジャーンドルを突き刺そうとする。


 一本も当たらなかった。しかし分かった筈だ。俺から離れれば離れるほど、魔術の腕で勝る俺が有利になる。果たしてジャーンドルは俺との距離を詰め、剣舞の流れで大げさに短剣を振り被った。


 妙な魔力の動きがあった。剣で短剣を受けようとして、ジャーンドルのその手に短剣がないことに気付く。それどころか、袖に腕が通っていない。


 俺の剣を中身のない袖が撫でていく。ジャーンドルが引っ込めた腕で魔術を発動する。俺の真後ろの地面、そこから岩の杭が突き出してくる。


 俺以外なら、刺されてから岩の杭の存在に気付いただろう。ただ今の俺は、イレーンの魔力暴走を抑える為に一帯に魔力をばら撒いたお蔭で、その範囲内なら魔力の動きが手に取るように感知できる。


 岩壁を背後に作るだけで十分だった。岩と岩がぶつかる重い音を聞きながら、俺はジャーンドルの引っ込めた腕を剣で払った。


 手応えがあった。でも浅い。俺が避けないのを見て察したか。すぐに迎撃の短剣が迫ってくる。俺は上体を逸らそうとして、その袖にも腕が通ってないことに気付いた。


 両腕とも袖から抜いたか。ジャーンドルは袖を振り回して踊る。袖の動きで双頭の溶岩を操り、引っ込めた両腕で別の魔術を発動する。発想は俺と同じだ。結局魔術師として行きつく先はそれになる。


 俺は攻めに攻めた。


 どうせ短剣の反撃はない。ジャーンドルは踊りながら避け続け、俺の隙を作ろうと小さな魔術を繰り返す。ただ俺は、それら全てを魔術だけで対応し、剣での攻撃も繰り出せる。


 溶岩が、足元に飛び散った。問題ない。俺は岩の足場を作って溶岩を飛び越えた。ジャーンドルの脳天に剣を振り下ろす。しかし当たる前に避けられる予感を覚え、俺は魔術を使って刀身を変化させた。


 避けるジャーンドルを、刀身が蛇のようにうねって追尾する。狙いは首。さしものジャーンドルも大きく姿勢を崩し、しかしそれでも避けてくる。いや、さらに俺の足元の土を砂に変え、二撃目の妨害も図ってきた。


 お互いの距離が開いた。俺は一息入れ、ジャーンドルに剣を投げつけた。


 当然のように避けられた。俺は何も持たない両手を見せびらかしながらジャーンドルに歩いていく。俺たちの頭上で戦う二本の腕と双頭の溶岩の戦いも、そろそろ終わらせよう。


 岩の腕で双頭の溶岩を掴み、岩の腕をでかくした。それで双頭の溶岩は岩の腕に取り込まれて身動きが取れなくなる。ジャーンドルの魔力の動きが変わった。


 双頭の溶岩が弾けた。


 俺は岩壁を傘にして飛散する溶岩を防いだ。辺り一面を溶岩が埋め尽くし、庭園の草木に火が点る。瞬く間に気温は上昇し、庭園は噴火直後の火口部のような光景に様変わりする。俺はそれでも歩みを止めず、地面に岩を敷いて進んでいく。


 双頭の溶岩は消えたのに、ジャーンドルは踊り続けている。あちこち溶岩がぽこぽこと音を立てて煮立ち、警戒心を煽ってくる。俺は大きく右足を上げ、力一杯地面を踏みしめた。


 俺が敷いた岩の道が、勢いよく広がった。溶岩を覆い尽くして一面を舗装する。それから二本の巨大な岩の腕を解体し、無数の小さな岩の腕に作り替えた。


 地面が震えた。何かが岩の道を突き破ってくる。


 双頭の溶岩が、再び姿を現した。しかしさっきより二回りは小さい。また地面が震える。岩の道が砕け、もう一対の双頭の溶岩が頭をもたげた。


 計四頭の溶岩の蛇。対するは無数の岩の腕。


 ジャーンドルが踊る。派手に装飾された袖が縦横無尽に宙を舞う。俺の背中から生えた二本の細い岩の腕も自在に動き、俺自身の腕も指から軌跡を描いて魔術を使う。


 無数の岩の腕が溶岩の蛇ごとジャーンドルに群がった。質量差で吹き飛ばされようが関係ない。それを上回る物量をけしかける。一本の腕が蛇の防衛を潜り抜ける。


 岩の腕を槍に変える。ジャーンドルの意識が一瞬、岩の槍に奪われた。


 俺は、無数の岩の腕を纏めて巨大一本の腕に作り替えた。ジャーンドルの頭上から圧倒的な質量を振り下ろす。岩の槍を蹴り砕いたジャーンドルの視線が上に向く。


 その背後の地面を、俺は操った。


 ジャーンドルの足を岩で掴んだ。気付いた時にはもう遅い。振り下ろさんとする巨大な岩の腕を、一気に砂に変えた。砂の豪雨が音を立ててジャーンドルに降り注ぐ。


 砂煙は上がらない。四体の溶岩の蛇が崩れ、音を立てて形を失っていく。


「終わりだな」


 俺は言いながら岩に捕えたジャーンドルに歩み寄った。本来なら口まで塞ぐべきだけど、磔にして手足だけの拘束で済ませている。


「これでも強くなったんですけどね……」



 ジャーンドルは力なく、しかし憑き物が落ちたように笑った。


 俺はこの戦いで全力は出していない。イレーンの魔力暴走への備えは残していたし、倒そうと思えば初っ端に大量の岩を操って圧し潰せば終わっていた。そうしなかったのは単純に、観客から見えなくなるのを気にしたからだ。


「これで俺の役目は終わりました。若、後のことはお任せします」


 首を差し出すようにジャーンドルは項垂れた。俺は魔術で剣を作り、その首に狙いを定める。


「……お願いがあります」


 ジャーンドルが呟いた。俯いているから顔は伺えない。その声に混じった微かな感情の正体を、いちいち探ろうとは思わなかった。


「若だけでいいんです。若だけは、俺たちが裏切り者ではなかったと覚えていてください」


「忘れないよ」


「若……すみませんでした」


 手の残った感触も、俺はずっと覚えているだろう。

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