第46話 対決

 イレーンの魔術が全身鉄の魔族を貫いた。


 轟音と閃光の後には、抉れて焦げついた地面と全身鉄の魔族だけがあった。その躰は像のように硬直し、電撃が当たった中央部分は赤く光っている。中身のジジイみたいな猿がくたばったのは明らかだ。


「とんでもないな……」


 ヘンリクが呆れ混じりに驚いている。俺は余裕のできた魔力を使って鉄の中身を検めて、念のため魔族の死を確認する。焦げ臭さが立ち上ってきた。念には念を入れて鉄の杭で串刺しにして、また鉄の中に閉じ込めた。


 不意に、地面が震えた。


 地震じゃない。門の向こう、学院の方で巨大な何かが動いている。一際大きな魔力だ。俺やイレーンには及ばないまでも、攻めてきた魔族とは比べ物にならないほどの魔力が暴れている。


 ジャーンドルだ。


「ヘンリク。ここからは手出し無用で頼む。城壁の上にイレーンがいるから同じように伝えてくれ」


 返事も待たず、俺は学院に戻った。


 強い魔力の動きは消え、庭園は静まり返っている。攻めていた魔族は悉くが岩に潰されたように死に倒れ、応戦していた衛兵や講師も何事かと校舎群の向こうで固唾を飲んでいた。


 庭園に立っているのはたった一人、指先まですっぽり覆う袖の長い外套を纏ったジャーンドルだ。フードを脱いて顔を晒している。


「せっかく呼び寄せた魔族を自分で倒したのか?」


「邪魔でしたから。彼らの役目は終わりました」


 全てはこの状況を作る為、そう言いたいのか。


「それで良く手を組めたな?」


「こちらの偵察がしたかったそうです。まあ、目的は果たせたでしょう」


 話せば話すほど分かるジャーンドルの敵意の無さ、邪気の無さ。それなのにジャーンドルは魔族をこの国に引き入れ、国家転覆を図った。この国の王家もフェイェールの一族も、到底許しはしない大罪を犯した。


 でも、俺は違う。


「もうやめろ、ジャーンドル。お前は俺が守る。だからこれで終わりにしよう」


 微笑み、ジャーンドルは首を振る。


「全てを敵に回すつもりですか、若」


「戦いは起きない。俺がいる」


 ジャーンドルは、今度は声に出して笑った。


「そうでしょうね。ですが一族は疲弊します。お館様を支持する者と若を支持する者で一族は割れるでしょう。それでは意味がないんです。一族は団結して新たな時代に立ち向かわなければならない」


 気になる言葉があった。


「新たな時代?」


「この国は今日、魔族の存在を思い出しました。堕落したこの国では魔族に抗う術はない。あっさりと滅ぼされてしまうでしょう。しかし同時に知るのです。この数百年間国を思い戦ってきた一族がいたことを」


 ジャーンドルの狙いはそれだったのか。魔族を引き入れたのも、学院を攻めたのも、わざわざ自分で魔族を始末したのも、俺と戦おうとしているのも、全てはその為か。


「お披露目、ってことか」


「その通りです。この国の未来を担う彼らは魔族の恐怖を知った。自分たちの力ではとても立ち向かえない存在を知った。そして、その魔族を倒せる忠臣を、王家の血が流れる一族の力を知るのです」


 誰が悪いんだ。最初にフェイェールを嵌めた当時の王家か。今までフェイェールの忠孝を無視してきた歴代の王か。唯々諾々と従ってきた一族か。強硬手段に出たジャーンドルか。


「……他に方法はなかったのか?」


「こうしなければ変わらなかった。それは一族が滅ぶまで続いたでしょう。他に手がなかったことは若も分かっている筈です。後は若が反逆者を始末し、一族は一丸となって堂々とこの国に凱旋するだけです」


 躰が震えた。怒りで全身の毛先すら震えた。


 ジャーンドルは端から死ぬ気だった。


 そこまで追い詰めたのは誰だ。父親を初めとする歴代の当主たちのせいだ。国から捨てられ見向きもされなかろうが、淡々と魔族と戦ってきたフェイェールの一族のせいだ。


「ですが若、俺は負けるつもりはありません。俺を倒せない程度の力しかないのなら死んで結構。俺が旗を持って腐りきったこの国を潰します」

 ジャーンドルはにやりと笑う。手を抜くな、全力で俺を殺せ、そう言いたいが為の無理に作った挑発的な笑みは、俺には悲しそうに見えた。


 俺は弱い。


 人間の中では誰よりも強いけど、まだ弱い。俺がもっと強ければ、ジャーンドルも含めて全てを救えた。一人でこの国を倒し、一族も制するだけの圧倒的な力があれば、こんなことにはならなかった。


 これで最後だ。


 守りたい奴を守れないのは、ジャーンドルで最後にする。


「やろうか、ジャーンドル」


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