第39話 報告
俺は学院を抜け出した。昼間でも集合場所は市街地の屋上に変わりはない。俺が着いた時にはルカーチェがいたけど、いつものように擦り寄っては来なかった。
「……日の沈む地で事件がありました、若」
ルカーチェが軽口を叩かないってことは、それだけ重篤な何かがあったのか。
「時期外れだけど、魔族が攻めてきたか?」
魔族の侵攻はほぼ月に一度、満月の日に発生する。前回の侵攻から二週間あまりしか経っておらず、本来なら起こりようがない侵攻だ。でも、過去に例外がなかったわけじゃない。
「いえ」ルカーチェは首を振り、口を開きかけて目を逸らす。「一族から裏切り者が出ました」
「……脱走か?」
答えは分かっているのに、俺は的外れな質問をしていた。
「魔族と通じて、王国内に手引きした者がいました」
予想できていたのに目が眩んだ。
ジャーンドルという名前が、ジャーンドルのあの顔が、頭に浮かんでくる。あいつが仲間と共謀して、この街に魔族を連れてきた。
そんなことは最初から分かっていた。ジャーンドルはこの街に魔族を潜伏させ、国家転覆をしようと暗躍している。でも、俺は何も知らないふりをして、ずっと嘘の報告をしていた。
「おそらく数十体の魔族が侵入したと思われます。手引きした裏切り者は既に処刑されましたが、尋問した際にジャーンドルの名前を口にしました」
「……具体的になんて言った?」
「全てはジャーンドルの指示で魔族を引き入れたと。彼らも詳しくは知らなかったようですが、最後は一族の為と言って死にました」
何が一族の為だ。
俺たちフェイェールの一族は、この国を守る為に数百年間魔族と戦ってきた。魔族はいわば宿敵だ。それなのに、ジャーンドルはその魔族と手を組んだ。しかも一人でなく、他の奴らまで巻き込んだ。
「それと……処刑された者の家族は裏切りを恥じ、全員が自害しました」
ふざけるな。
そう叫びたかった。怒鳴り散らしたかった。堪えた分だけ頭が痛くなった。
他に手はなかったのか。何故家族が死ななくてはならない。何故魔族と手を組むことしかできない。何故仲間を処刑しないといけない。
全てが理解できない。全てが納得できない。
「若、ジャーンドルの動向について催促が来ています。どうしますか?」
ジャーンドルは一線を越えてしまった。
はっきりしているのはそれだけだ。これ以上ジャーンドルの存在は隠せない。その企みで仲間が死んだ以上、先送りにはしていられない。
「ジャーンドルは見つけた。魔族も含めて俺が処分する。そう伝えてくれ」
ルカーチェが俺の目を見る。本当にいいのか、無言で訴えかけてくる。
ジャーンドルは引き返せないところに行ってしまった。魔族と手を組んで引き入れたのみならず、俺が守るべき仲間を何人も殺してしまった。大人しくしていれば見逃す、なんて甘いことはもう言っていられない。
「大丈夫だ、行け」
魔術で作った人形に運ばれて、ルカーチェが日の沈む地に帰っていく。その速度は優に馬を超え、明日の朝には俺の意思が伝えられるだろう。
溜息ともつかない息が漏れた。
俺にはもともと何もなかった。
気が付けば魔族と戦い、魔術を使っていた。疑問もなければ納得もなく、それを当たり前と思って日々を暮らしていた。転機になったのは八歳の頃だ。始めて一族が暮らす村に呼ばれ、他の奴らと一緒に魔族と戦うようになった。
切っ掛けは偶然、誰かを助けたことだった。礼を言われた意味も分からず、しかし同じようなことが何度もあった。それまで怖がるばかりで話しかけても来なかった奴らが、だんだんと近寄ってくるようになり、俺も俺で意識的に誰かを助けるようになった。
思えば、俺が自発的に何かをしようとしたのはそれが初めてだったのかもしれない。
何もなかった俺にとって、一族を、仲間を守ろうと戦っている戦士たちを守る、いつしかそれが全てになっていた。
ジャーンドルとだって仲が良かったわけじゃない。それどころかまともに話した記憶もないような関係だった。日の沈む地を脱走したと聞いた時も、特に何も思わなかった。
でも、あいつもフェイェールの一族だ。魔族と戦ってきた戦士だ。それはあいつが何をしようが変わらない。俺が守るべき仲間だ。
俺はジャーンドルは殺せるのか。
任務を与えられた時からの疑問は、多分まだ解決していない。
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