第35話 語り
俺は走っていた。急いでイレーンにいる校舎に入り、岩壁を認めた瞬間魔術を解く。
「死にたいのか!?」
「そうよ!」
あまりの即答に言葉が詰まった。イレーンが睨み殺すように見つめてくる。
「……正気か?」
「生きたいと思う方が狂ってる」
イレーンが抱える魔力暴走という代物の危険性を一番理解しているのは、多分イレーンだ。だからそう言う気持ちは分かる。分かるけど、死にたいとまで思うか、普通。
「そう思い詰めるなよ」
「知った風な口を利かないで」
イレーンの眼が少しずつ赤くなっていく。威嚇するみたいに歯を見せる。
「私はろくな育ちはしてない。それでも王族として生まれ、王族としての自覚を持って生きてきた。他人を殺してでも生きろと言われるのがどれほど屈辱的か、あなたにわかる!?」
「だから死ぬのか?」
「民に命を捧げろ、私はそう教わった」
「魔術の練習しろよ。それで解決だろ」
「いまさら私だけが生き延びるなんて、許されるわけがないでしょう」
そういうことかよ。
イレーンが魔術の練習を頑なにしない理由が、人を寄せ付けない理由が、それでも人と助けようとする理由が、ようやく分かった。
馬鹿馬鹿しすぎて笑えてくる。
「魔力暴走で人を殺して、何もせずに死ぬのか? ただのクズじゃねーか」
イレーンの顔が赤くなった。耳まで怒りに染まっている。
「うるっさい!」
「お前は人を殺す為に生まれてきたのか?」
イレーンが背を向けた。そのまま歩き出し、ついには走っていく。言い過ぎたとは思っていない。俺はイレーンが落ち着くのを待ってから、魔力を辿って女子寮のイレーンの部屋に窓から入った。
「俺が魔力暴走と無縁だと思ってるだろ?」
イレーンは咄嗟に顔を手で覆って躰を背けたけど、俺はそのまま話を続けた。
「同じだよ。俺だって生まれたときには魔力暴走で母親を殺してる。この前は一方的に聞くだけだったからな。今度は俺の番だ」
俺の一番古い記憶は、迫ってくる魔族の大群だった。
当時幼かった俺の魔力暴走は簡単に抑えられたけど、一族は俺にばんばん魔術を使わせて制御させることを選んだ。その結果、俺は物心つく前から魔族と戦っていた。
親の顔なんて知らないし、会ったことがあるのもたまに来る世話役の数人だけだった。そういう意味では、人間より魔族の方がよっぽど慣れ親しんだ存在だったかもな。
ともかく俺は戦いに明け暮れる日々を送った。俺の歳が歳だけに、戦いというより暴走に任せて四方八方に魔術をぶっ放しているだけだったけどな。
最初はそれで良かったけど、魔族も馬鹿じゃないから頭を使って俺を止めようとしてくる。まともに近づくことすら出来なかったのが、ちょっとずつ俺との距離が詰まってくるんだ。そうすると俺も暴走に任せるんじゃなくて制御して魔術を使おうとする。死にたくないから必死だったよ。そんなのを何年も繰り返して、気が付けば魔力を制御できるようになった。
八歳ぐらいの時かな。一族から離れて暮らしていた俺に、初めて一族が暮らす村に入る許可が下りた。
怖がられたよ。
俺の存在は公にされてたから、俺が母親を殺して生まれたことも皆知ってる。一族の当主が安全だと言っても、それはそれこれはこれ、怖いものは怖い。必要な時以外は誰も近寄ってこなかった。俺も人との接し方なんて分からないし、悪戯に怖がらせる趣味もないから周囲との関係は変わらなかった。
そうして魔族が侵攻してきた。
魔族は月に一度、決まって満月の日に狂ったように攻めてくる。俺も正式に戦闘部隊に所属して戦うことになった。俺はただ、いつものように魔族を蹴散らした。ずっと一人で戦ってたから意識したことはないけど、偶然同じ部隊に所属する奴を助けた。
感謝されたよ。
その時は意味が分からなかった。それからの戦いでも似たようなことが起こり、同じように感謝された。すると何故かな、同じ部隊の人間が近寄ってくるようになった。嫌な気分じゃなかったから、俺も戦いでは味方を助けるような行動を多くとるようになった。するとさらに近づいてくる人間が増えた。
ある日、同じ部隊の人間に言われたよ。俺が戦うようになったことで負傷者が減った、戦いが楽になったって。俺はいつしか誰よりも最前線に立ち、誰よりも多くの魔族を倒すようになった。時には俺一人で魔族の侵攻を防いだこともあった。
まあ、戦闘部隊以外からの評価は変わらなかった。未だにほとんど喋ったこともない。でもそれは良いんだよ。怖がられるってことは、それだけの力があるってことだ。
だから俺は戦える。仲間を害する魔族を倒すことができる。
「分かるか?」
俺はじっとイレーンの背中に視線を注ぐ。
「俺は仲間を守る為に戦ってきた。いや、生きてきた」
イレーンはもう顔を隠していない。向き直る気はなさそうだけど、しっかり俺の話を聞いている。
「俺と同じぐらいの力が、イレーン、お前にはある。なのに何もせずに死ぬのか? 魔力制御できるようになって、世話になった教育係の墓参りぐらいしてやれよ」
話してみて分かる。俺には説得なんて立派なことはできそうにない。伝えたいことは伝えたから、これ以上はイレーンがどうするかだ。
それ以上の言葉はなく、俺はイレーンの部屋を後にした。
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