第34話 襲撃
予想通りしばらくは暇だった。
暗殺犯が動きを見せず、アンドレアからも連絡はない。ドーラも頑張っているようだけど進展はなく、巻き込まれたイレーンも目付き以外は文句を言ってこなかった。
最初に動くのは誰か。俺は欠伸を我慢しながら待った。そうして一番最初に根を上げたのは、意外にもイレーンだった。
イレーンが遠くから視線で来いと合図してくる。追って校舎の間の路地に入ると、イレーンが背を向けて待っていた。
「どうした?」
「……もう止めて」珍しく、その声が微かに震えていた。「あの子を私に近づけさせないで」
「魔力暴走はもう起こさせない」
「絶対なんてない」
それを言われると弱い。本来ならあの魔力暴走自体、俺がやらかさなければ起きなかったことだ。
「二度目はない。だから心配するな」
「無理よ。また私に人を殺せって言うの?」
イレーンの躰も震えていた。はっきり言って、状況は暴走が起きる前となんら変わりはない。イレーンが潜在的な危険を抱えているのは同じだ。それなのに、たった一度の暴走でこうも人が変わるのか。
「信じろよ」
言って、どの口が言っているのかと後悔する。イレーンも自嘲気味に笑った。
「無理よ」
返す言葉がない。イレーンにとって、俺を信じる信じないの問題じゃない。俺がどう言おうが何をしようが、イレーン自身が魔力暴走の危険を抱えている時点で駄目なんだろう。
「……俺も無理だな」
もうちょっと言い方はないのかと自分でも思うけど、他に思い浮かぶ言葉がなかった。俺はイレーンを説得できないし、逆にイレーンが俺を止めることもできない。
少しの間沈黙が続き、俺はイレーンから離れて監視の任に戻った。
遠くからイレーンや周囲を見渡して、暗殺犯が潜んでいそうな場所、罠を仕掛けていそうな場所を探し、敢えて放置する。それが済めば授業の終わりまで時間が余り、思考はついついイレーンに向く。
俺は、イレーンのことが分からない。
魔力暴走を恐れて人と距離を置くのは理解できる。親しい人を殺した魔術が嫌いなのも分からなくはない。しかしだからこそ、死に物狂いで魔術の練習をして、自分の魔力を制御できるようにするべきじゃないのか。それに今は良くても、ふとした瞬間にイレーンを殺すよう命令が下るかもしれない。
自分も周りの命も危ないのに、どうしてイレーンは魔術の練習を拒む。貴族の派閥争いを止めたときやドーラを魔族から守った時といい、他人の命が掛かっているから必死に練習しそうなものなのに。
「……分からん」
今は考えても時間の無駄か。
俺は窓越しに見えるイレーンを指差し、魔術を使う準備を始める。
不審な魔力の動きがあった。殺してくださいと言わんばかりにイレーンがひと気のない廊下を歩いている。状況的にこの魔力は暗殺犯のものだろう。
余裕はあった。これなら確実にイレーンを守れる。ただ、暗殺犯の特定はできそうにない。
暗殺犯の魔術の発動はかなり早く、規模も小さい。それだけでも特定が難しいのに、学院にいる人間がそれぞれ使っている魔術が霧のように覆い被さって、一つ一つの魔術の区別がつきづらくなっている。
でも分かったこともある。暗殺犯はかなり魔術に自信を持っている。規模は小さくても速攻で魔術を発動できる人間は、この国の現状を考えると相当優秀だ。三度の襲撃全てに魔術を使ったのも証拠になる。これなら以降の暗殺にも魔術を使う可能性は高い。食事に毒を盛られたらどうしようもないけど、魔術を使う限りは俺が絶対に気付く。
今度はこっちが罠を張る番だ。
「っと」
その前に目先の暗殺を止めるのが先だ。
魔術が発動したのはイレーンの後ろの突き当たり、見ればいつの間にか廊下の奥に弩が設置されている。あれなら普通に魔術や弩を使うより遠くから狙撃ができ、凶器の弩も簡単に回収できる。
かなり小さな魔力の動きを感知した。矢が放たれる。俺は差した指を天に向け、魔術を発動させた。
岩壁が出現する。あっさりと矢は防がれ、音に反応してかイレーンが振り返った。
また、魔力を感知した。
どこだ。小さくてイレーンの近くとしか分からない。ただ二の矢はなさそうだ。
気付く。イレーンが横の壁を見据えている。俺の位置からじゃ何を見ているか分からない。しかし嫌な予感がした。イレーンを岩壁で包み込む。
短剣が、岩壁に当たるのが見えた。
あっさりとしたものだった。人を殺すにしては勢いが弱い。しかし刀身に妙なてかりがあった。毒でも塗られていたか。
いや、それよりイレーンは短剣の存在に気付いていた筈だ。それなのに避ける素振りを見せなかった。
「……あいつ!」
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