第32話 忠告
日常なんてなかった。向けられる視線の数、その質が、あの頃を思い出させる。
畏怖、恐怖、羨望もちょっとはあるか。最終的に爆発騒ぎでうやむやになったとはいえ、この国の人間では見たこともない規模の魔術を使って大人数を叩きのめしたんだから、こうなるもの当然か。
視界の端で誰かが俺たちを指差している。あちらこちらからひそひそ話が聞こえてくる。俺たちのすぐ傍には誰もいないのに、離れたところには大勢の人間がうろついている。
「……しばらくは別行動だな」
「そうね」
今まで通りになったような、それ以上に素っ気なくなったようなイレーンの態度はさておき、俺はイレーンと分かれて道を曲がり、そのまま行方を晦ませた。俺がイレーンの従者である以上意味がないような気もするけど、爆発騒ぎの罪を俺が被る可能性がある以上、イレーンとも距離を取った方がいい。
俺は校舎の屋上に行き、そこから授業を受けるイレーンの警護を始めた。
と言っても犯人も直ぐには動かないだろう。俺が思うに犯人はかなり慎重だ。襲撃は二度、イレーンが学院に来てからの日数を思えばかなり少ない。同僚の監視役を警戒しているんだろうけど、それにしても少なすぎる。正体がバレるのをかなり恐れていそうだ。
そんな犯人をどうやって捕まえるか。何か作戦を立てないといけないけど、そういうのはどうも苦手だ。今まで敵なんて魔族しかいなかったから、真っ向から力でねじ伏せればきれいに解決できていた。
でも、今回はそうもいかない。
頭を悩ませていると授業が終わり、イレーンが教室を移動する。それを追って俺も屋上から降り、また別の場所で監視を続けようと辺りを見回しながら歩いていく。
「探したぞ、レヴェンテ」
ヘンリクが近づいてきた。人通りが少ない道を通ってきたけど、それでも俺の集まる視線は少なくない。それにヘンリクは気付いていそうなものだけど、気にする素振りはなかった。
「歩きながらで良いか?」
言って、俺はイレーンを確認する。イジメる人間はもういないけど近づいてくる人間もいないから目印がなく、人混みに入られると見失いやすい。遠くにイレーンの姿を認めてから着いてくるヘンリクに目をくれた。
「で、どうした?」
「二人が攫われた時言ったよな? 誰かがザヒール派に情報を流したって」
言っていた気もするけどほとんど聞き流して記憶が曖昧だ。。俺はその時のことを思い出しながら適当に頷く。
「あの時直接は言わなかったけど、俺はずっとドーラを疑ってた」
イレーンとドーラがザヒール派には攫われたのは、俺たちがザヒール派を嵌めたのが原因だ。でもあの作戦を知るのは俺たち四人と、気付く可能性としてセゲド派の連中に限られていた。あの時俺はセゲド派を疑っていたけど、ヘンリクは否定していた。たしかそんな会話をした覚えがある。
「だから調べたんだよ、ドーラを」
ちょっとイラっとした。ドーラはあの作戦においては仲間だった。それなのにヘンリクは仲間を疑ったのか。俺には到底理解できない行動だ。
「……それ以上は聞きたくないな」
「聞けよ」
低い声。俺はイレーンから目を切って笑みのないヘンリクの顔を見やった。
「お前たちに隠してる事情があるように、俺にも事情がある。平民組合の人間として、学院に通う平民が危険に巻き込まれそうな事態があるなら放っておけない。調べる責務がある」
動いているのは俺たちだけじゃないってか。
「俺から見ればレヴェンテ、お前は白だ。わざわざ二人を攫う理由はない。何かしたいなら力づくでどうにかできるからな。で、お前が白なら主人のイレーンも白だと思う。なら残るのはドーラだ。確かにドーラは攫われたけど、結果的には無傷で帰ってきた。だから調べたんだよ。結果は」
ぱっ、とヘンリクに笑みが戻った。
「白。俺が言っても意味ないけど、俺も白だぜ?」
ドーラもヘンリクも、そもそも疑ってない。俺は仲間を疑わない。
「組合連中に手を借りて調べたんだけど、ドーラは孤立してる。ザヒール派のイジメとか関係なくな。講師との必要最低限の会話以外、誰とも喋ってないみたいだ。当然、ザヒール派の連中とも接点は一切なし。ドーラがザヒール派の情報を流したってのは考えづらい」
ドーラのことは、正直何も知らない。聞いている限りイレーンと似ているような気がするぐらいで、思えばまともに喋ったこともない。
「これで残るのはセゲド・イグナーツを筆頭にセゲド派の奴らだけど、俺はやっぱり高慢ちきなあいつらがザヒール派に情報を流すとは思えない。少なくとも利用された仕返しなら自分たちの手でやる筈だ」
「つまり、分からないと」
「ちょっと違う。俺はまた別の奴が情報を流したんじゃないかと疑ってる」
別の奴。咄嗟に疑ったのはジャーンドルだけど、あいつが学院のごたごたに干渉する理由はない。
他に思考を巡らせるけど、やっぱり怪しい人物は浮かび上がらなかった。
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