第30話 外套
「殿下の監視をしている者といえば分かりますか?」
その声と、俺の目が光に慣れてくるのは同時だった。分かりやすいぐらいに怪しさ満点の外套姿には覚えがある。まさかいきなり向こうから接触してくるとは思わなかった。
俺は右手を背中に隠しながら口を開いた。
「イレーンを殺しに来たのか」
「いえ」
そいつはあっさり外套を脱いで素顔を晒した。目が坐っていることを除けばどこにでもいそうな中年の男だ。服装にしたってそこらの町人と変わらない。
「我々の任務は、殿下が魔力暴走を抑えられなくなった際、周囲に被害が及ばないよう実力を持って抑えることにあります。しかし今現在暴走が収まっている以上、我々が殿下をどうこうするつもりはございません」
状況がいまいち分からない。俺は背中に隠した右手の指を動かし、いつでも魔術を使えるよう準備をする。
「それを信じろって?」
「陛下は娘思いのお優しい方です。王という立場ゆえ我々を派遣しましたが、そのお心は殿下に当たり前の日常を送ってほしいという親心に満ちています。ですから我々の業務もあくまで監視であり、刺客ではありません」
俺が王の立場なら、イレーンなんて危険人物は殺さないにしたって表に出すのあり得ない。しかも貴族の子弟が大勢いる学院に送り込むなんて狂気の沙汰だ。その無茶を考えれば、王が可能な限りイレーンを殺したくないと思っているのは間違いないだろう。
「それをわざわざ言いに来たのか?」
「まさか。警告に来たのですよ、フェイェール・レヴェンテ。我々は貴方の行動が不安でなりません」
「信用されてるとは思ってねーよ」
「では今回のような派手な騒ぎはご自重を。一族に恩赦が下賜されるかは貴方の献身次第です。いらぬ騒ぎを起こして殿下の身を危険に晒すのは止めていただきたい」
恩赦なんて端から期待していない。日の沈む地の防衛は俺たち一族の血に刻まれている。いまさらやめろと言われても困るだけだし、俺たち以外に魔族を食い止めるのは不可能だから、結局同じ責務を与えられるだけだ。
それより、向こうから接触してくれたお陰で探す手間が省けた。
「お前らの中に、イレーンを殺そうとしてる奴がいるだろ?」
「……説明した筈です。お分かりになれませんでしたか?」
「とぼけるなよ。これまでに二度、イレーンは命を狙われた。お前たちの仕業だと証言したのはそのイレーンだ。これをどう説明する!?」
あえて怒鳴った。それでもそいつは眉をちょっと動かしたぐらいでほとんど動じなかった。
「……勘違いでしょう」
「イレーンは過去、魔力暴走でお前たちの仲間を何人も殺している。その復讐で命令を無視してイレーンを殺そうとしてる奴がいるんじゃないのか」
「ありえません。未熟者は任務から外しています。少しでも可能性があるものは別の任務に派遣していますから、そのような暴挙に走る可能性は皆無です」
魔力暴走の危険があっても娘を学院に通わせる親バカの王のことだ。イレーンに恨みつらみを持つ奴を徹底的に排除するぐらい簡単にするだろう。イレーンの予想もあくまで予想でしかない。
「なら犯人を探すのに協力しろ。できるよな?」
これは単純な試しだ。今までの話が本当なら、私怨でイレーンを殺そうとする奴を放置できるはずがない。しかし嘘なら、理由を付けて協力を拒もうとするだろう。
「勿論です」
妥当で想像通りの答えが返ってきた。
「殿下を傷つけようなど言語道断。必ずや我々の手で処分いたします。それと今後、殿下を危険に晒すようなことをする前に、我々に相談してください。ある程度は善処します」
これで安心、ってことにはならない。協力するふりで済ませる可能性だってある。
状況を整理しよう。
犯人がイレーンを殺す理由は私怨で合っていると思う。軟禁されて育ったイレーンを殺そうとする理由なんて、魔力暴走に関する私怨以外に考えられない。少なくとも政治的な理由なら殺すより公にした方がいいだろう。そうなると全ての事情を知っていて、かつイレーンを殺せる距離にいるのは、やっぱりイレーンの監視役だけだ。
もう一つ手を打つ必要がある。俺は前から呼ばれていたのに答える形でアンドレアに会いにいった。
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