第29話 地下

 魔術で作った階段を下りていく。


 イレーンを包んだ岩壁は地下深くまで埋めている。魔力暴走はひとまず収まり、靴が砂を噛む音がよく響く。俺は真っ暗闇を照らさずに下っていき、最下層で足を止めた。


「来ないで」


 イレーンの声が岩壁の向こうから遠く響いた。足音が聞こえていたんだろう。俺は中に入らず階段に腰掛けた。


「俺の魔力が全快するまではこのまままだ、悪いな」


 返事はなかった。あれだけ魔術を毛嫌いしていたイレーンのことだ。魔力暴走を起こして被害を出してしまった今の心中は察するに余りある。


「被害は割と少なかった。ただ、逃げる時に重傷者が何人か出た。死人はいなかったけどな」


 イレーンの人と距離を置く普段の態度が幸いして、魔力暴走での直接的な怪我をした奴はいなかった。決闘騒ぎで人を集めたお蔭で崩れた校舎にも人はおらず、負傷者は全員、飛んできた石で切り傷や打ち身になったか、逃げる時の騒動でこけたり踏まれたりしたかだ。


「……悪い、今回の暴走は完全に俺のやらかしだ。後始末は俺がするから被害については気にしないでくれ」


 本当に迂闊だった。


 怒りに駆られたのも愚かだったし、調子が良い云々関係なくザヒール派相手なら魔術を使うべきじゃなかった。これは明らかに俺の過失、本来起きなかった筈の魔力暴走を俺が引き起こしてしまった。


「……悪いのは全て私よ」


 ぽつりと漏らしたその声は、いつもと変わりない静かな声音だった。


「違う。俺が馬鹿だったせいだ。今日の事は忘れろ」


「私の魔力暴走が原因よ」


 何故冷静に言う。いや、冷静を装う。


「俺が悪い、それでいいだろ?」


「良くない。悪いのは私。あなたは何も悪くない」


 はっきり言えば、悪いのは両方だ。イレーンが魔力を制御できていれば、俺が下手をこかなければ、一つでもちゃんとしていれば魔力暴走なんて起きなかった。責任はお互いにあるのに一人で背負い込まれると、さらに罪悪感が強くなる。申し訳なくなる。


 そして、その気持ちも多分、お互い様だろう。


「落ち着いたら寮に戻れ」


 これ以上、今の俺にできることはなさそうだ。立ち上がって帰ろうとすると、イレーンのくぐもった声が聞こえた。


「……もう終わりよ」


「何が?」


「……私には監視役がついてる。魔力暴走を起こした時に私を殺して、暴走を無理矢理抑え込む為の監視が」


 意外、でもなかった。


 言われてみれば、俺がイレーンの魔力暴走を完璧に抑えられるなんて、国王がそんな甘いことを考えているわけがない。もしもの場合に備えて最終手段を用意しておくのは当然だ。イレーンがまだ生きているのだって、俺の対処が早くて手出しできなかっただけだろう。


 でも、それがどうした。


 今回の魔力暴走は俺の責任だ。こんなことでイレーンは殺させない。


「心配するな。そっちもなんとかする」


「いい。どのみち前から監視役には殺されそうになってたんだから一緒よ。大義名分ができただけ」


「……は?」


 思わず声に出た。


 殺されそうになっていた、思い浮かぶのは二度の暗殺未遂だ。


 一度目は頭上から岩を落とされ、二度目は矢を射られた。あれはザヒール派ではなく、イレーンの監視役の仕業だったのか。というか分かっていたなら早く言えよ。


「いや待て」

 俺は岩壁に片手を着いて体重を預けた。

「なんでそう言い切れる。暴走を起こす前の話だろ?」


「私の魔力暴走を初めて抑えた時のことは覚えてる? 王城の地下でのことよ。あの時周りにいた上級魔術師たちが、私を監視し、いざというときに私を殺す為にこの学院に送り込まれた刺客なの」


 外套で身を包んでいたあいつらか。


 総合力ならカルツァグ・アルトゥールの方が上だろうけど、単純な魔術の腕だけならあいつらの方が上だろう。その実力なら講師として学院に潜り込むのも簡単なはずだ。


「私は今まで、彼らの同僚を何人も殺してきた。その中には彼らの友人や親戚、親兄弟もいたかもしれない。私怨に走って私を殺そうとするのも無理ないわ」


 当時からザヒール派のせいだと思うと違和感があったけど、イレーンの監視役なら納得できる点は多い。暗殺めいた手を使い、その回数が少ないのも、他に潜入した同僚の目を盗んで密かに行わなければならないと考えれば腑に落ちる。


「……そっちもなんとかする。バカなことはするなよ」


 乗りかかった船だ。ついでにその私怨で動く奴にも対処しよう。どうせ拒否されるのは分かっていたから、イレーンの言葉を待たずに階段を駆け上がった。


 強くもない日差しに目を細めながら地上に出る。すると、人影が待ち構えていた。


「誰だ?」

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