第28話 怒り
日が明け、俺はいとも簡単にザヒール・ギゼラを誘き出した。
魔族から生き残った生徒に、兄だか弟だかのザヒール・ガスパルを痛めつけたのは俺だと伝えさせれば、目論見通り手下を連れて白昼堂々のこのこやってきた。
「待ってたよ、それだけでいいの?」
最初っから顔を真っ赤にしたギゼラの後ろには数十人の男がいた。さらにその周りには観客だか取り巻きだかがうようよし、あっという間に囲まれて人の輪で出来た闘技場が完成する。
「レヴェ……口にするのも汚らわしい!」
ギゼラは口から泡を飛ばしていた。もはやその顔に上品さの欠片もない。地位を笠に着てやりたい放題自堕落な生き方をしている奴にはお似合いの面だ。
「早くしようぜー。勿論そのつもりで来たんだろ?」
「そうね、そうしましょう」
ギゼラがやたらと先端の鋭い杖を取り出した。やる気満々、うっかり殺しても事故だから仕方ない。そういう腹積もりが怒り交じりのその笑みによく表れている。
辺りに講師の姿はないし、一対一なんて確認もわざわざしない。何より、決闘の一言をお互い口にしていない。復讐と見せしめのつもりなんだろうけど、それをするのは俺の方だ。
奴らは俺にばっかり気を取られて集まってくる野次馬が多すぎることを疑問に思わない。どこかで見ているイレーンやヘンリクの存在にも気付かない。
「猛よ我が息吹、熱せよ我が眼前を」
詠唱か。ギゼラが杖を振りながら悠長に呪文を唱えている。ただ、それは囮だ。俺の後ろから近づいてくる気配は最初っから把握している。
振り向きながら蹴った。顎を打ち抜く。後ろから近付いてきたのは一人だけだ。勢いのままにギゼラに向き直ると、丁度魔術が完成していた。
「髄まで焦がせ!」
炎が飛んできた。遅いし、何の変哲もない火だ。避けるまでもない。俺は全身に薄い水の膜を纏わせ、正面から炎を受け止めた。
当然、無傷だった。魔術で防がなくても表面が炙られるぐらいのちんけな魔術だ。実戦どころか見世物としても役に立たない程度の低い魔術を、いちいち詠唱と手振りを使わないと発動すらできないのか。
「……なんでこんなに弱いんだよ」
弱いのはいい。でもそれなら大人しく謙虚に過ごせ。弱いくせに威張り散らして好き勝手するのは最悪だ。見るに堪えない。
イライラする。
俺たちフェイェールの一族が必死に魔族と戦ってきた果てにあるのが、こいつらなのか。堕落してものほほんと平和に過ごしているならまだしも、心身まで腐りきってやがる。
「この程度かよ!」
昨日に続いて魔力の調子がいい。ザヒールの取り巻きは何人だ。数十人か、百人に届くか。全員倒したってまだ余裕はある。二度と馬鹿な真似はさせない。見せしめにされるのはこいつらだ。派閥争いなんて下らないことも二度とさせない。
二本の岩の腕を、ギゼラの目の前に生やした。一発、二発、素早く岩の拳を叩きこむ。気絶はさせていない。それじゃ意味がない。不意打ち気味に食らって姿勢を崩したギゼラが後方に倒れこむ。
俺は走った。ギゼラに向かって突っ込んでいく。
「ギゼラ様を守れ!」
ヘンリクの声がした。罠だとも知らず、ギゼラの取り巻きが堰を切ったように動き出す。俺は魔術で作った棒を握りしめ、同時に何本もの岩の腕を地面から生やした。
飛んでくる魔術を全て正面から受けきって、岩の腕を操って何人もの相手を投げ飛ばし、近場の奴は棒で殴り倒す。蟻でも蹴散らしている気分だった。
弱いものイジメの何が楽しい。胸糞悪いだけだ。こいつらが馬鹿な真似をしたせいで、俺も同じように馬鹿な真似に手を染めるハメになった。
イライラする。
俺は、地面に手を当てた。新たな魔術を発動させる。一帯の地面から海のように土を出現させ、ザヒールたちの足元を浸していく。そして、一気に固めた。
誰も動けなくなる。規模も普通で大した技量もいらない魔術なのに、騙されたみたいな顔で観客共々黙りこくっている。
イライラした。後頭部の奥がちりちりする。まだ魔術で抵抗しようとする真っ当な奴にも腹が立つ。目につく奴からかたっぱしに魔術で口を塞いていく。
これで終わりだ。土の海に溺れかかった態勢で固まるギゼラに眼を向ける。その時になって、俺は違和感に気付いた。
爆発音が轟いた。
風が吹きすさぶ。砂粒が肌を叩く。観客の中からだ。確かめるまでもない。違和感の正体も、爆発を起こせる魔術師も、この学院には一人しかいない。
イレーンの魔力暴走だ。
また、爆発が起こった。
観客が騒然とする。俺は急いで自分の魔術を解除した。それで使った魔力が戻るわけじゃないけど、ザヒールたちを捕まえている余裕はない。
「今すぐ逃げろ!」
叫んだけど、どこまで聞こえているか。三度目の爆発、四度目、五度目、地面が抉れ、校舎の一部が吹き飛んだ。逃げ遅れた生徒が倒れこみ、その上を何人もの生徒が容赦なく踏みつけていく。
俺の失態だ。
調子が良いから魔力に余裕がある? 違う。昨日イレーンが魔術を使ったから消費した分だけ魔力制御に余裕ができた。それを勘違いして、しかも怒りに駆られて必要以上に魔術を使ってイレーンの魔力暴走を引き起こしてしまった。
「バカかよ!」
後悔している暇はない。土煙の向こうにイレーンの姿が見えた。両肩を抱いて跪いている。近くに人はもういない。俺は魔術を使い、イレーンを岩壁に包み込んだ。
爆音が鈍く鳴る。俺はさらに岩壁を厚くして次の爆発に備えた。俺の制御された魔術とイレーンの魔力暴走では魔力消費量が違う。このままいけばイレーンの魔力量は俺を下回り、暴走は自然に止まる。
いや、このままじゃ目立ちすぎる。
俺はイレーンを包む岩壁に両の指先を向け、押さえつけるように下に下に何度も動かした。その度にイレーンを包む岩壁が地面にめり込んでいく。思ったより時間が掛かる作業だ。俺は勢いよく息を吐き、それを起点に魔術で風を生み出した。
落ち着いてきた土煙が、再度辺りに充満する。これで晴れたときにはイレーンは岩壁ごと地下深くに身を隠している。爆発音はどんどん鈍く遠くなり、ざわめきが戻ってきた。
「やってくれたな」
騒ぎを聞きつけた学院長が、指示も任せて俺に話しかけてきた。この爺さんはイレーンの事情を知っているとはいえ、具体的にどこまで知っているかを俺は把握していない。
「……咎めるなら、派閥争いなんかしてる貴族どもを咎めるんだな」
「とぼけるか?」
こういう時こそ堂々としろ。俺は学院長の顔を見据えた。
「元を正せば監督不行き届きが原因だろ」
「言ったはずだ」学院長は表情を変えずに目を逸らす。「王城の、お前たちの事情に関知はしない」
そう言って、学院長は去って行った。関知しない、つまり助けはしないがお咎めもなしということか。
それより地下での空気の確保が最優先だ。既に救助や手当に大勢の人が動き回り、この場で俺にできることはない。消えゆく土煙の向こうから睨んでくるギゼラを無視して、俺はその場を離れた。
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