第27話 訪問

「何が起こったのかは帰ってきたザヒール派の生徒に聞いたわ」

 アンドレアは促されるまま椅子に座るなり、そう切り出した。

「あなたたちがザヒール家にしたことも含めてね。でもレヴェンンテ、まずは王族として尋ねます。魔族がいたそうね」


 魔族の存在がバレている。隠していたわけじゃないからいいけど、あまり触れられたくない話題だ。


「ちゃんと始末した。生き残った目撃者は俺たち以外にはその生徒だけで、死体も埋めた」


 アンドレアがほっと息を吐いた。


「一先ず騒ぎになることはなさそうで安心したわ。とは言え、その魔族はかなり凶悪にして凶暴で、瞬く間に四人を殺したとか。フェイェールの一族のことを知ってからわたしも色々と調べ、魔族について多少は理解したつもりだけど、分からないことも多いの。危険性も含めて教えてくれない?」


 この話を続けたくはないけど、拒否するのも変だ。それに王族が魔族の基本的なことすら知らないのもおかしい。機会があればちゃんと伝えるのもフェイェールの一族の役目だろう。


「魔族ってのは総称だ。この国の最西端の日の沈む地の奥には巨大な洞窟があってな、地下に続いてる。その地下に住む生き物全部が魔族だ。人間より遥かに身体能力に優れた奴もいれば、蟻みたいなやつもいる。当然、魔術を使える奴だっている」

「今日の魔族はどの程度なの?」


「魔術だけで安全に対処できるから弱い方だ。あいつよりでかい上に魔術も使える奴だっていっぱいいる」


 数百年間魔族と無関係に暮らしていた人間からすれば、想像するだけで悪夢だろう。アンドレアの顔から微笑みが消え、イレーンと似た雰囲気が現れた。


「今まではフェイェールの一族が守っていたのに、何故この街に出没したの?」


 一番触れられたくないところを突いてきた。


「……さあ? イレーンにも言ったけど俺が日の沈む地を離れて結構経つ。何か向こうで起きたのかもしれないし、単純に警備の隙間から入り込んだのかもしれないし、そもそもずっとこの国で潜伏して暮らしていた魔族がいたのかもしれない。分からないとしか言いようがないな」


 実際、嘘はついていない。ちらちらと過るあの男だって俺の想像だ。俺が知らなかっただけで今まで王国内にこっそり侵入した魔族もいただろう。


「まあ、また出ても俺が始末するから心配するな」


 アンドレアはしばし考え込んでから、その顔に人懐っこい微笑みを蘇らせた。


「分かったわ。魔族についてはここまでにして、ザヒール家について話しましょうか。わたしはここに来るまでイレーンたちを攫ったザヒール派の生徒から事情を聴いていたの。彼はイレーンたちを攫ったことは認めたけど、ザヒール家との関係はついに認めなかった」


 ついに、か。拷問でもしたんだろうか。あの生徒がしたのはれっきとした犯罪行為だ。それも身分を伏せているとはいえ、攫った相手は王族のイレーンだから文句は言えない。


「殺したのか?」


「そこまでは流石に」


 ちょっと呆れられた。顔はそう似ていないのに、こういう仕草はイレーンとよく似ている。


「今のところは通常の学院生活に戻っているでしょう。わたしが罰したいのは彼ではなく、彼に指示を出したザヒール家の二人だから、泳がせていれば隙を見せるかもと思って」


「でも関係は認めなかったんだろ?」


「残念ながらそうね。ザヒール家の二人を罰せない以上、今回のようなことが再び、三度起こる可能性は大いにあるわ。今回こそ運良く無事で済んだけど、次もそうとは限らない。またイレーンの立場上、護衛を増やすこともできなくて」


 そこでアンドレアは伏し目がちになり、おずおずと切り出した。


「イレーン……王城に戻らない? 今まで監禁生活を送っていたあなたにこんなことを言うのは心苦しいけど、あなたの命には代えられない」


 妥当な判断だろう。昔と違って俺がいるから監禁生活を送る必要もない。それなら身分を偽って学院で暮らすより、王城で暮らした方が都合が良いはずだ。


 不意に、イレーンが自嘲したような小さな笑いを洩らした。


「まさか殿下は私が、自分の意思で学院に通っているとお思いですか?」 


 そう言われると不自然だった。


 魔力暴走を誰よりも恐れているのはイレーンだ。学院に来てから他の生徒とも距離を置いているイレーンが、俺が来て魔力暴走の心配がなくなったなんて楽観的な考えで学院に通いたいと言うわけがない。


「私も帰られるなら王城の地下に帰りたいです。さらに言えばそもそも学院に通いたくもありません。全て陛下の命に従っているだけです」


 卑屈なぐらいに頑固すぎだ。


 ひとまず魔力暴走の心配はないんだから身の振り方を改めればいいのに、何故こうまで自分を雁字搦めにして窮屈になるのか。アンドレアも返す言葉がなく、眉も瞼も口も下がるばかりで自分のことのように受け止めていた。


「俺に任せとけ」


 二人の視線がぱっと俺に集まった。


「考えがある。ザヒールたちもそれで俺たちに手が出せなくなるはずだ」


「本当に?」


 アンドレアが縋るように言う。イレーンは余計なことをするなと険しい目で見てきた。


「……多分な」」


 イレーンやらヘンリクやらと違って色々と企むのは苦手なんだから歯切れが悪くなるのはしょうがない。アンドレアはややあって、自分を納得させるように頷いた。


「……分かったわ。ザヒール家のことはレヴェンテに任せましょう」

 アンドレアは椅子から立ち上がり、強引にイレーンの手を取った。

「でも油断しないでね。成功するまでは危険だし、成功してもザヒール家の影響を完全に取り除くのは難しい。危なくなったらいつでも王城に帰ってきて。お父様にもわたしからよく言っておくから」


「私も期待しています」


 何に対して言ったのか。イレーンはそこだけ反抗期の姉妹みたいに、アンドレアの手をぞんざいに払い落とした。

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