第25話 魔族

大男が傍にいるドーラとそれを人質にする大人に突っ込んでいく。


「と、止まれバカヤロウ!」


 その大人は人質のドーラを突き飛ばし、短剣一つで立ち向かった。大男も丸太よりも太い左腕を振りかぶる。


 二度、鈍い音が鳴った。


 大男は大の大人を短剣ごと叩き飛ばし、壁に激突させた。たった一撃で辺りは血の海だ。殴られた男の躰はあちこちひん曲がり、倉庫の壁にこびりついている。


「いい、いイ、イイ! ヤッパい、コウでねぇと!」


 大男、いや魔族は笑う。被っていた人の皮はびりびりに破れ、脱皮に失敗したトカゲみたいになっている。俺以外の全員が茫然とし、初めて見る魔族から目を離せないでいた。


「ツギは、オめイカ!?」


 ドーラが狙われている。俺も動いてはいた。ただ、今の俺の魔力で瞬時に使える魔術であの魔族は止めれない。到底追いつけもしない。魔族はさっきと同じように腕を振り被り、動けないでいるドーラに振り被る。


 視界が、一瞬白く染まった。破裂音が響く。


 呻き声が聞こえる。俺は咄嗟に低くしていた姿勢はそのままに、白い残像が残る視界で周囲を確認する。


 魔族が石像のように硬直していた。被っていた人間の皮膚の一部が黒く縮み、微かに指先が痙攣している。その正面には俺が持たせた短剣を手にするイレーンの姿があった。


「お前……魔術使えたのかよ」


「使えないなんて言ってない」


 思い返せば、使いたくない、そうとしか言っていなかった。それがまさか雷を飛ばすとは。閃光が走ったところを見るに無駄が多くて威力も低いだろうけど、良い魔術だ。


 俺は魔術を使ってドーラを縛る縄を切り、放心状態の手近な男を制圧して剣を奪い取った。


「二人とも下がってろ」


 魔族はまだ生きている。派手なだけ未熟なイレーンの魔術では、人間よりも生命力に強い魔族を殺すには威力が足りない。


「……イイよ、いイヨ、コうじゃナイト!」


 魔族が大笑いし、人間の皮を脱ぎ捨てた。


 異様に腕の長い個体だった。二本の足は短く、両腕は足の倍以上の長さだ。顔は人間と犬を合わせたような感じだけど、体格の割にかなり小さい。全身内出血してるみたいな土留め色の皮膚は、至る所が鱗のように節くれ立っていた。


「なんでこっち側に魔族がいる?」


 聞いたけど、答えは期待していない。剣先を向けつつ注意を引き、イレーンがドーラを連れて離れていく時間を稼ぐ。無事な大人三人は、お互いに目配せしつつ魔族に気を払って一塊になっていた。


「オ、おまエ、おレヲた、タノシまセロ」


 足の指で俺を差してきた。巨大な両腕の割に貧弱な脚、それだけでどう動くかは読めてくる。一対一で相対するのは初めてだけど、同型の魔族はこれまで何度も戦ってきた。


 問題ない。それになぜだか、いつもより調子がいい。


 魔力の量は一定じゃない。体調によって左右され、今みたいに好調だと普段より魔力量が増える。元の量を考えると微々たる差だけど、俺ぐらいの魔力量だと常人一人分ぐらいは増える。


 即ち、その分だけ余力が生まれ、イレーンの魔力暴走を気にせず魔術が使える。


「う、ウゴカないナラ、オレがさ、サきにイクゾ」


 魔族が走った。予想通り、足じゃなくて手を着いて走っている。向かった先は男三人の方だ。飛び掛かり、両腕を上げて牙を剥く。


 一瞬で、悲鳴すらも捻り潰した。それぞれの腕で男一人の頭を握り潰し、残った一人は頭骨を食い千切った。何度見ても魔族の身体能力は凄まじい。これで個体によっては魔術を使える奴もいるんだから、堕落したこの国の人間では成す術もない。


「う、ウマイ? ま、マズイ?」


 魔族は血塗れになって笑っていた。一しきり肉を噛んだ後吐き捨て、頭のない死体を持ち変えて、それぞれの腕で死体の両足首を掴んだ。


 一体俺に投げてきた。バレバレの動き、なんなく避ける。しかし同時に、魔族が詰めてきた。速い。死体を棒のように振るって攻めてくる。


 俺は、右腕を掲げて防ごうとする。と言っても腕で防ぐわけじゃない。これは魔術を使う為の発動手順だ。


 俺は魔術で、岩を扱う。


 頑強な岩を水のように滑らかに操る。俺の魔術はそれだけだ。単純だけど、俺はこれ以上汎用性が高くて強力な魔術を知らない。


 地面から、岩壁が現れた。


 激突した死体が弾ける。魔族の腕も食い止めた。いくら怪力だろうと分厚い岩壁は破れない。魔族は嬉しそうに叫び、もう片方の腕で岩壁を殴ってきた。


 俺は左腕を掲げた。もう一つの岩壁が現れ魔族の拳を受け止める。さらに、俺は両手を握りしめた。その動きに合わせて岩壁が変形し、受け止めていた魔族の両腕を飲み込んでいく。


 これで、魔族は動けなくなった。


「あ、ア、アレ? あれあレ?」


 無防備になった魔族の胴体から、頭を切り飛ばした。所詮は生き物、頭と胴が離れれば死ぬ。返り血を岩で防ぎつつ、倉庫の隅に魔族の死体を投げ飛ばした。


「よーし、終わり終わり。怪我ないなー?」


 見たところイレーンとドーラは無傷、勿論俺も綺麗なものだ。生き残ったのは他に生徒一人と大人一人か。この国の人間でも大勢いればあの魔族を止められただろうけど、俺がいないと大惨事になってたな。


「俺は後始末があるから残る。聞きたいことは落ち着いてからな。二人だけで帰れるか?」


 ドーラは憔悴しきっているけど歩けるみたいだ。さすがのイレーンもどこか心あらずで冷汗も流しているものの、その足取りはしっかりしている。


 俺は辺りの安全を窺ってから二人を見送り、意識のない二人を蹴り起こして事情を聴き出すした。ザヒール兄弟の指示で動き、大人たちはただの雇われたゴロツキ、予想通りの内情だ。用が済むと生徒には伝言を頼んで解放し、大人の方は後腐れがないよう始末した。


 それから死体も人間と魔族をごちゃ混ぜにして、掘り返されない深さまで埋めて隠した。


「……魔族か」


 魔族がフェイェールの一族の警備を潜り抜け、こちらの世界に現れること自体、無かったわけでもない。特に一族が流刑に処された最初期は、防衛態勢が整わずによく潜り抜けられたという。


 しかし最近では一度もなかったし、何より人間の皮を被って偽装する、なんて方法を取った魔族は一例もなかったはずだ。それにあの魔族はぎこちないけど、人間の言葉を喋っていた。わざわざ人間の言葉を教えた奴がいるらしい。


 一人、思い浮かぶ人物がいた。


 でも姿形が浮かぶ前に頭から振り払い、考えないようにして学院に戻った。

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