第24話 誘拐
そこは古びた隊商宿だった。
一階は厩と倉庫で二階が宿だ。人影はなく通りからも離れて薄暗いからこの辺りだけ夕暮れみたいだ。なのに、その割には浮浪者の姿が見えない。
良からぬことに使われてるってわけか。イレーンの魔力は一階の倉庫から悪臭みたいにぷんぷん感じる。それ以外のことは全く分からないけど、まあ問題はない。
俺は、倉庫の扉を蹴破った。
「よー元気かー」
数少ない採光窓から入る明かりに見えるのは六人の男だ。学院の生徒らしいのは一人だけで、あとの五人は生徒というには老けすぎている。イレーンとドーラはそいつらの後ろで縛られて地べたに座っていた。
「はっ! 助けが来たと思えば屑一人かよ」
生徒らしい奴が言った。にやにやとした面はどこかで見た覚えがあるけど、ザヒール派の奴なんだから学院のどこかで会ったんだろう。残りの大人五人は俺を注視して表情を崩していない。気を付けるべきなのは大人だけだろう。
「その屑一人にボコボコにされたんだぞ、お前らは」
「いい気になるなよ屑。おい」
大人に目配せすると、二人がそれぞれ短剣を手にしてイレーンとドーラの首筋に刃を当てた。どっちも猿轡をして声を出せないでいるけど、イレーンは冷ややかな顔をぴくりとも変えず、ドーラは薄暗がりでも血の気が引いているのが丸わかりと対照的な反応だ。
「動けばそいつらを殺す。人質は二人いるからなあ、片方だけなら今すぐ殺したって良いんだぜ? 余計な真似せずボケっと馬鹿みたいに突っ立てろよ」
こいつは何を勘違いしているんだろうか。俺が二人を助けに来たとでも思っているのか。どうしたら俺がそんな正義漢に見えるのか不思議でしょうがない。
「好きにしろよ」
生徒の動きが止まった。
「二人とも殺していいぞ」
「……強がるなよ」
強がっているのはどっちだ。生徒の視線は動揺し、何度も大人たちに助けを求めている。見ているだけでイライラしてきた。
「俺はな、お前らみたいな奴が嫌いなんだよ。弱いくせにイキがって、負けたら負けたで卑怯な手に出る。そこらのチンピラがそんなことするならどうぞご勝手にって話だけど、お前ら貴族だろ? 終わってるな」
この国は堕落している。
ジャーンドルの話は、まさにその通りだった。俺たちフェイェールの一族が必死になって魔族の侵攻から守ってきたその横で、貴族の子弟は下らない派閥争いをして、負ければ人質を取って脅しに掛かる。
腐りきっている。これなら本当に滅ぼした方がマシかもしれない。
「殺せよ。で、終わったら言ってくれ。お前ら全員殺して、ザヒール派もろとも皆殺しにしてやるから」
イレーンが死ねば俺の枷は外れ、自由に魔術を使える。ドーラはそもそも友達でもなんでもないから死のうが生きようがどうでもいい。
これは、嘘偽りない本音だ。
「強がるなよ!」
そいつは自分を勇気付けるように歯を剥いた。
「ハッタリに決まってる。それが本心ならとっくに俺を殴ってる筈だろ? 何もしてないってことはそういうことだ」
そいつは両の掌を見せながら歩み寄ってきた。
「ほら、殴れないだろ!?」
どうだ言わんばかりに俺から目線を外し、大人たちにしたり顔を見せつける。反対に大人たちは冷静に俺の行動に注意を払っている。けど、人質にはうっかりしていた。
俺はこっそり魔術を使い、イレーンを縛る縄だけ切った。ドーラの方は迷ったけどそのままにした。イレーンなら冷静に対処できるだろうけど、ドーラのことは知らないから動きが読めない。
「どうだ、殴ってみろよ。ここにお前が殴りたくてしょうがない顔がある、ぞ!?」
調子に乗って顔を突き出してくる。お望み通り殴ってやった。顎が砕ける感触がした。意識ごとそいつの躰が吹っ飛び、壁に当たって動かなくなる。
人質はまだ無事だった。大人たちは弛んだ気持ちを引き締めるように短剣を握る手に力を込めるだけで、短慮は起こさず状況を見守っている。想像以上に場慣れている奴らだ。
「お、お、オ、オモ、シロロイ」
変な声がした。
声というより、木が擦れ合うような音だったかもしれない。
「オ、おれも、マゼてホッシイィい!」
その音を出したのは、人質二人のすぐそばに立つ奴だった。そこでふと、違和感を覚える。あんなにでかい奴だったか? どう見ても大男だけど、この倉庫に入った時にそんな奴がいた記憶はない。
「お前……誰だ!?」
大人の一人が言った。弾かれたように残りの大人も大男を見やる。そいつの着た服は伸び切り、皮膚もところどころが裂け、その下には土留め色が覗いている。
「魔族!」
俺が叫んだ瞬間、大男が奇声を上げた。
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