第23話 妙な動き
城壁の尖塔から見える街並みは平和そのものだ。
ここに魔力暴走で街一つを壊滅させられるイレーンや、この国の人間とは比べ物にならないほどの魔術を扱えるジャーンドルが潜伏しているとは思えないほど、落ち着いた喧噪に満ちている。
「……どーしたもんかねえ」
イジメの皮を被った貴族の派閥争いに片がつき、イレーンのこともなんとなく分かってきた。結論から言えば、イレーンに魔術の練習をさせるのは難しい。というか多分無理だ。
そうなると日の沈む地から脱走したジャーンドルを止めるのも説得に頼るほかない。でも、禁忌を犯してまで脱走したジャーンドルを説得するのは不可能に近いだろう。
完全に手詰まりだ、ってわけでもない。
説得できないジャーンドルを力づくで押さえつけられる方法が、一つある。それも簡単で単純な方法だ。
イレーンを殺せばいい。
イレーンを殺せば当然、その魔力暴走を抑える必要はなくなり、俺は自由に魔術を使えるようになる。あとはその力でジャーンドルを上から押さえつければいい。
王家からの命令はあくまでも、イレーンの魔力暴走を抑えろだ。身辺警護は言われていないし、報酬である一族への恩赦だってそもそも期待していない。誰が犯人かは知らないけど、丁度イレーンは命を狙われている。そいつらの仕業に見せかけてイレーンを殺せば都合もいいだろう。
「レヴェンテ!」
下からヘンリクの声がした。血相を変えて降りてくるよう手を振っている。
「どうした?」
尖塔から飛び降りて城壁の上に立つと、ヘンリクが顔を寄せてきた。
「二人が、イレーンとドーラが攫われた」
驚きより、納得が勝った。
基本的に生徒は学院を出られない。それなのに朝っぱらからイレーンの魔力が学院を出ていくから城壁まで来て様子を窺っていたけど、なるほど攫われていたのか。
「ザヒール兄弟の指示だ。ザヒール派の奴が学院から二人を連れ出すところを、平民組合の仲間が目撃してる」
あいつらか。頭の奥がちりついた。
セゲド・イグナーツにボコボコにされて落ち着けばいいものを、反省するどころか二人を拉致するなんて強硬手段に出てきた。根っこまで腐りきってやがる。
「俺が行ってくる」
イレーンが常日頃から洩らしている魔力は莫大だ。意識すればどこにいるかは手に取るように分かる。すぐにでも行こうとする俺を、ヘンリクが肩を掴んで止めた。
「罠の可能性もある。そもそもザヒール兄弟が二人を攫った理由は?」
「そりゃ俺たちがハメたって気付いたんだろ」
「どうやって気付く?」
言われてみれば確かに変だ。
俺たちの作戦を知っているのは当事者の俺たち四人だけ。もし気付かれたとしても、俺がザヒール派を襲撃していたところを見られたのが原因だろう。それなのに俺はなんの危害も加えられていない。
「セゲド・イグナーツが俺たちを売ったか?」
セゲド派は俺たちに利用されたと分かっているはずだ。よくもコケにしやがって、なんて理由で俺たちをザヒール兄弟に売った可能性は十分にある。
「それもある。けど……いや」
ヘンリクは言いよどむ。
「……セゲド派は無実だと思う。俺にはあいつらがそんなこすい真似をするとは思えない。復讐するにしても自分たちの手でするはずだ」
ヘンリクの意見にも一理あった。
確かにセゲド・イグナーツはそんなくだらないことするような奴には見えなかった。でも、そう断定できるほどあいつのことは知っているわけでもない。
「とにかく俺は行く。ヘンリクは残ってイグナーツたちの監視をしてくれ」
イレーンの魔力は今も動いている。行先は治安が良くない街の外周部か、街の外か。どこにしたってイレーンたちが好き勝手されるのは想像するだけで腹立たしい。これ以上堕落した貴族たちの良いようにはさせない。
「……待て」ヘンリクが絞り出すように言った。「……俺たちの誰かが裏切ったかもしれないんだ」
妙に煮え切らない態度をしていると思ったら、そんなことを考えていないのか。
「俺は仲間を疑わない」
「……ほかに考えられない」
「仲間を疑うな、裏切り者なんていない」
まだまだ言い足りなさそうだけど、ヘンリクは唇を嚙んで押し黙った。それから強く息を吐き、わざとらしいぐらいに口角を上げて笑みを作る。
「今のは忘れてくれ。それより最近、なぜかこの街にろくでもない人間が集まってる。二人を攫ったのにもそいつらが関わってるみたいだ。気を付けろよ」
なんか聞いた話だな。俺は城壁から飛び降りようとして、ふと思い出した。
「あ」
街にろくでもない人間が集まっている。俺のせいだな、間違いなく。ジャーンドルに警告しようと街の外周部で悪人にちょっかいを掛けたまま、以降完全に忘れていた。
「……ま、行ってくるよ」
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