第22話 分かり切った結末

「で、大丈夫なのかね? セゲドは勝てんの?」


 俺とイレーン、ヘンリク、ドーラの四人は中央広場がなんとか見えるぐらいの離れた校舎の一室から、もうすぐ始まる決闘を見守っていた。


「本当なら見るまでもないんだけど」


 俺の素朴な質問にイレーンが応えてくれたけど、何故かその眼はヘンリクとドーラに向いている。そうこうしている内に大勢の野次馬に囲まれて、セゲド派とザヒール派の五対五の集団決闘が始まった。


 結果は、確かに俺の杞憂だった。


 セゲド派の五戦五勝。


 一つ一つの戦いですらセゲド派が圧倒し、完膚なきまでにザヒール派に勝利した。周囲の校舎の窓まで埋め尽くしている野次馬も当初は互角と思っていたらしく、始めは祭りみたいな盛り上がりも途中から嘘のように静まり返り、最後は閉口するしかないようだった。


「力の誇示は下品、それがセゲド家だ」

  最初から結果を分かっていたらしいヘンリクが、それでも呆れたように言った。

「ほとんどの連中は知らなかったようだけど、セゲド家は力を隠してたんだよ。最初から派閥争いを止められたのに無視しているんだから、お貴族様って奴はよ……」


「なんでもいいじゃないですか」

 ドーラがわざとらしく元気な声を出す。

「私たちの作戦は成功しました。これで貴族の派閥争いは終わり、平和な学院が帰ってくるんです」


「それもそうだな。これから四人でパッと祝うか」


 ヘンリクが笑い、ドーラが頷く。元から蚊帳の外気味の俺はともかく、本来なら一番喜ぶべき立場にいるイレーンは、一人だけ静けさの中にいた。


「馴れ合いはごめんよ」


 俺ですら、冷たい風が吹いたような気がした。


「私たちは必要に応じて手を組んだだけ。友達ごっこは私抜きでしなさい。セゲドとザヒールの派閥争いで私たちも何もしていないし、何もなかった。次会うときはただの他人。気安く話しかけてこないでちょうだいね」


 いきなり頬を引っ叩かれたようなものだ。ヘンリクとドーラが困惑しているのをよそに、イレーンは教室を出ていった。


「だってよ」


 それだけ言って、俺も教室を後にした。俺とイレーンじゃ歩幅が違う。普通に歩いているだけで間もなく追いつき隣に並んだ。


「お友達になれたのにな」


「あの二人が知ってるのはオロシュハーザ・イレーンよ。本当の姿は知らないのに、仲良くなってどうするの?」


「一緒にお茶でも飲んだら?」


 冗談のつもりはなかったのに、がっつり睨まれた。


「……それが許される立場じゃないのよ。私の本当の姿を知った人間は、みんな私を怖がった。例外はあなただけよ、レヴェンテ」


 意外と言えば意外だし、腑に落ちたと言えば腑に落ちた。


 イレーンは魔力暴走という危険を抱えているのに魔術の練習は拒絶する。底抜けに楽観的なバカ、ってわけじゃない。おかしいところはあるけど、ちゃんと自分の危険性を理解して色々と配慮している。


「まあ、自分より弱い奴にビビる理由なんてないしな」


「それでいいのよ」


 前を見るイレーンの眼に、寂しさなんて感情は欠片もない。むしろ普段より力強く光り、何か睨みつけるように正面を見据えている。


「私とあなたの関係も仕事上のもの。私たちの間に友情や信愛なんてものは必要ないし、求めてもない」


 全ては他人を巻き込まない為に、か。イレーンは真面目なんだろう。でも、アホだな。


「いい加減魔術の練習しろよ」


「嫌よ」


 意味が分からない。結局他人と距離を置いているのは魔力暴走が理由なんだから、制御できるようになれば全てが解決するのに、なんで魔術という言葉すら嫌がるのか。


「……あなたは着いてこなくて良かったのよ」


 ふと、イレーンがそんなことを言った。何を言っているのか理解できずにいると、イレーンは言葉を続ける。


「ヘンリク先輩とは仲がいいんでしょう? お祝いでもしてきたら」


「別に仲良くないけど?」


 微かに、イレーンが眼を瞠る。さも意外なんて表情だけど、そんな反応をする理由が俺には分からなかった。


「いや、知り合い程度だろ?」


「そうなの?」


 改めて聞かれると、知り合いなのは間違いない、としか答えらないことに気付く。アルトゥールや学院長といった連中とはまたちょっと違うから、別の言い方ができる関係なんだろうか。


「……さあ?」


 悩んだ末に、そんな曖昧な答えを返した。イレーンもイレーンで答えがないのか、化かされたような微妙なもどかしさを残して黙り込む。


 魔力の気配があった。


 俺たちは校舎を出て、遮蔽も何もない場所を歩いている。人目のほとんど全てがセゲド派とザヒール派の決闘に奪われて、闇討ちにはもってこいの状況が揃っていた。


 矢が、視界の端に見えた。


イレーンを突き飛ばす時間はない。飛んでくる矢に手を伸ばす。


 鈍い音が鳴った。


 俺の手に当たった矢が、明後日の方向に転がっていく。遅れて反応したイレーンが、岩を纏う俺の右手に目を向けた。


「魔術使えないんじゃなかったの?」


「この程度使えるなんて言わねーよ」


 ほんの少しとは言え、魔力の余裕はあった。でもこの余裕は用心だ。もし何かあって急激にイレーンの魔力が増大しても暴走を抑えられるように残したもので、可能な限りは使いたくなかった。


「これ持っとけよ」


 ルカーチェからぶんどった短剣を渡す。イレーンは受け取りこそしたけど、汚いものを触るように柄を摘まんでいた。


「いらないんだけど」


「護身用。そのまま武器としても使えるし、魔術を使うにも杖よりそっちを使った方がいい」


「なおさらいらないんだけど……でも助けられたし受け取っておくわ」


 矢が飛んできた方向は覚えている。隣の校舎の四階からだ。いまさら現場に駆け付けても手掛かり一つ残ってないだろう。イレーンが狙われたのはこれで二回目だ。


 誰の仕業だ。


 思い浮かぶのは嵌められたと知ったザヒール派と、俺たちに利用されたと気付いたセゲド派だ。でもどっちにしたって一回目の襲撃をする理由がない。だったら一回目と二回目の襲撃の犯人は別なのか?


 分からない。見当すらつかない。犯人を突き止めようにも手がかりが無さすぎて、俺にできることは何もなさそうだった。

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