第20話 画策
疑問はあったけど、ここからは俺の仕事だ。
小難しい話よりこういう実力行使が一番わかりやすくて性に合っている。布袋を忍ばせて辺りを物色し、ザヒール派の中からイレーンとドーラが選んだちょうどいい奴を見つけ出す。
たった一人でひと気のない校舎の陰に入っていく男がいた。すぐに後を追いかけ、念のため人目を確認する。そして、そいつの頭に布袋を被せた。
「誰だ! なん──」
──壁に頭を叩きつけて黙らせた。布袋の口を縛って簡単には取れないようにする。「おい!」声だけは威勢よく刃向ってきた。腹を蹴った。男が咳き込む。もう一度腹を蹴ると、男はようやく口を閉じた。
ここが退き時だな。俺は指を折るつもりで男の手を踏みつけて、その場を走り去った。
噂が広がる前に何度か同じことをして回り、何食わぬ顔でイレーンと合流する。午前中は大きな動きはなかったけど、昼になってザヒール派の眼の色が変わった。習慣のようになっていたイレーンへのイジメもその日ばかりはなく、平穏に放課後を迎えた。
「順調そうね。そのままでお願い」
「はいよ」
イレーンと分かれ、また闇討ちを繰り返す。翌日になると当然のようにザヒール派の連中は対策をして一人で行動しなくなったけど、一人が二人になっても結果は同じだ。
「誰の仕業なんだよ」「まだ分かんねえよ。でも俺たちに手ぇ出せるのなんて限られてんだろ」「というかなんで今になって」「知るかよ。誰かバカやったんじゃねえの?」「それこそ誰だよ」
そんな話をしているのに、二人はひと気がない場所をちんたら歩いている。危機感がなさすぎだ。俺は手早く二人同時に布袋を頭に被せ、流れ作業で痛めつけて撤退した。
三日目になるとさすがに隙がなくなったけど、それでも皆無ってわけじゃない。一日一回でもいい、イレーンの指示通りにきっちり一回だけ闇討ちを成功させ、四日目に突入した。
「ん、どうした?」
イレーンの首に小さな切り傷ができていた。マヌケを探すのに時間を取られて授業に出れず数時間ぶりの再会だったけど、別れる前にそんな傷はなかったはずだ。
「ザヒール派にやられたの」
微かにイレーンの唇の端が持ち上がった。
「見せしめが激しくなったみたい。多分、風紀を引き締めてるつもりなんだと思う」
「浮足立ってるな」
「今日の夜、できる?」
やっとか。実力行使が性に合っているとはいえ、ちまちました作業は苦手だ。最後は派手に締めさせてもらおう。俺は夜を待って学院が寝静まってから、ルカーチェを男子寮の屋上に呼び込んだ。
「伝令なんですけど、アタシ」
ルカーチェがわざとらしく頬を膨らませて見せてくるけど、どうせ暇だろう。
「魔術使えないから面倒なんだよ。いいから手伝え」
「はーい」
俺たちはビハール兄弟の男の方──ビハール・ガスパルの部屋に忍び込んだ。昼間は警戒していても夜は一人きりだ。施錠された窓もルカーチェが魔術であっさり開錠する。
ガスパルを起こさないよう身振り手振りでルカーチェとやり取りをして、まずはルカーチェの魔術で土を操ってガスパルの口を塞ぐ。それから俺が馬乗りになってガスパルの頭に布袋を被せ、そこで奴は目を覚ました。
瞬間、ガスパルの顔を殴った。今度は容赦しない。暴れなくなるまで何度も顔を殴り、失神したのに気付いてガスパルの上から降りる。
「運んでくれ」
ルカーチェが手にした短剣を杖のように振るった。どこからともなく現れた土くれが人の形を取り、気絶したガスパルを担ぎ上げる。
「撤収撤収」「てっしゅーてっしゅー」
俺たちは指示された校舎に入り、備品類が置かれた部屋にガスパルを寝かせた。一階だから窓はなく、出入り口は一つしかない。しかも校舎の端にあるからうっかり見つかる恐れもない。
「おつかれ。それとその剣くれ」
「嫌ですよ」
ルカーチェが短剣を胸に抱えて身を逸らす。
「これは若から貰った魔族の躰から作った特別製の剣ですよ。あげるわけないじゃですか」
「元は俺のものだろ」
「嫌ですよ。もうアタシのものなんですから。というかなんで涎垂らして欲しがるんですか」
「ちょっときな臭いからイレーンの自衛用にな。その剣なら魔力の伝導率も高いから丁度いいだろ」
全てのものには魔力伝導率という、いかに魔力を効率的に伝達して魔術を使えるか、を表したものがある。
この数値が高ければより少ない魔力で強い魔術が使え、継戦時間も増えるから重要も重要だ。無機物より有機物の方がその数値は高く、この国でも杖に加工して魔術発動の媒介として使用されている。中でも一部の魔族の躰は極めて魔力伝導率が高く、無駄な魔力消費なしに魔術を使うことができる。だから必然、俺たちフェイェールの一族はそれを武器に加工した物を使って魔族と戦っている。
「ヤです!」
ルカーチェは完全に背を向けてしまった。
「俺の部屋から好きなの持って行っていいから」
「ならあげます」
くるっと向き直って笑顔で俺に短剣を押し付けてきた。
「わーい。あれとあれと、それからあれとあれとあれも」
「取りすぎだ」
「冗談ですよ、分かってますって」
言って、ルカーチェは舌の先端で唇を舐めた。帰ったら俺の部屋すっからかんになってないよな。俺の不安をよそにルカーチェはうっきうきで報告に帰っていく。
これでガスパルと二人きりになった。
拷問は好きじゃないし、得意でもない。外の様子を見ながらガスパルの四肢を蹴り砕き、余計なことを喋らないよう喉を潰してから頭に被せた布袋を外す。
まるで踏みつぶされた虫だった。
手足はあらぬ方向に曲がり、鼻やら頬やらの骨が折れてその顔は血塗れのぐちゃぐちゃだ。歯だって何本も折れている。意識もないのに微かに躰は痙攣し、貴族らしさはこれっぽちもない。あるのは虫並みの憐れさだけだ。
力がないなら、最初っから虫のように振舞っていれば良かった。貴族の派閥争いだかなんだか知らないけど、力もない奴が分を弁えずに好き勝手した結果がこの様だ。
「……くだらねえ」
俺は夜明け前に備品室を立ち去った。
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