第18話 作戦会議

 後日、ちょっと力を貸すだけの俺、手伝いにきたヘンリク、魔術が使えないイジメられっ子のイレーン、多分魔術が使える方のイジメられっ子ドーラの四人が放課後の空き教室に集まった。


 完璧な布陣だ。これなら百人力、誰にも負けはしない。鶏の前ぐらいなら胸を張れる完全無欠の連中が一堂に会した。


「終わったら言ってー」


 開口一番、俺はそう言って床に寝そべった。ヘンリクは真面目そうな顔をしているけど、こいつもこいつで堂々と魔術の練習をしている。まあ、イジメられていない奴らの態度なんてこんなもんだ。


「気にしないで話を進めましょう」


 もはや溜息すらつかなくなったイレーンは、困惑を通り越して混乱しているドーラにはそう話しかける。


「私たちが利用するのは、ビハール家と争っているセゲド家よ」


 セゲド家。家格はビハール家と同じらしいけど、派閥の毛色は随分違うらしい。言うなれば質のセゲド家と量のビハール家。平民相手だろうが派閥に取り込もうとするビハール家とある程度の家格以上の貴族だけを取り込もうとするセゲド家、とヘンリクは言っていた。


「私たちがビハール派の弱みを見つけて、そこをセゲド派に突いてもらう。そうすればビハール派は失脚してこのバカな派閥争いも終わる」


「その、セゲドさんが勝っても大丈夫なんですか?」


 ドーラが横目でちょいちょい俺を警戒しながら言った。何もしねーよ。俺はドーラから目を逸らす意味を込めてヘンリクに視線で意見を求める。


「あくまで兄貴の方のセゲドの話になるけど、弟も一緒だろうってことで進めると、あいつらは傲慢の一言に尽きるな」

 そこで、ヘンリクの両手の平の間に灯していた炎が消えた。

「あ、まあいいか。正直お前たちはセゲド家って言われてもピンと来ないだろうけど、それもその筈、セゲド家は自分たちの派閥、というより上流階級の人間以外に興味すらないんだよ。だからこっちが仕掛けない限り向こうも何もしてこない。派閥争いに勝ったところでイジメが起こるってことはない。まず間違いなく平和になると思うな」


「だそうよ」


 イレーンが言うと、ドーラは納得したように頷いた。


「そんなことよりお二人さんは、本当にビハール派とやり合うつもりか?」

 言いながら、ヘンリクはイレーンとドーラを交互に見る。

「あいつらと敵対するってことは、本人だけじゃなくて家族すらも危険に晒されるってことだぜ。だから今まで貴族の派閥争いに干渉しようとする奴はいなかった。その覚悟はあるのか?」


「私は大丈夫よ」


 流石、お姫様が即答する。ドーラは少し時間が掛かったけど、ヘンリクの目を見つめ返した。


「私は唯一の肉親だった父を数年前に亡くしました。報復を恐れる家族はいません。ですから私一人がどうなろうと、この残酷な行いを止めるつもりです」


 イレーンが誘うわけだ。最初に会った時はただのヘタレだと思っていたけど、そういうわけじゃないらしい。同じことを思ったのか、ヘンリクは感じ入って黙り込んだ。


「あ、あれ?」

 ドーラが慌ててイレーンの顔を見やった。

「私変なこと言いましたか!?」


「いやいやいや!」

 ヘンリクが我に返って声を張る。

「感心しただけだ。これなら俺も堂々と手を貸せる。セゲド派に話を通すなら俺が仲介できるから任せとけ」


「なら実際にセゲド派に持ちかける話の中身についてだけど」

 イレーンが今のやり取りが無かったかのように平静に言った。

「私たちがビハール派の弱みを見つけるから、それを武器にセゲド派が仕掛けてほしい、そんな感じにしようと思ってるんだけど、先輩はどう思いますか?」


「基本的にそれでいいと思う。二つの派閥が今までぶつからなかったのは、結局力が拮抗してるからだ。その均衡を崩すとすれば、まあその方法が無難だと思う」


「引っかかる言い方ですね」


「異論はないさ。ただ今まで動かなかったセゲド派が、今さら動くかねって疑問がな」


「それならご心配なく」


 何やら白熱してきた。イレーンはともかく、ヘンリクは見た目からして頭脳労働はからっきしとばかり思ってたけど、そういうわけじゃないんだな。


「待ってください」

 ドーラまで入ってきた。

「今まで私たちと同じように派閥争いを止めたいと思っていた人はいた筈です。それなのに未だに成功していないのはどうしてなんですか」


「単純に怖いからだよ。個人というより家そのものが潰される危険があるんだから、刃向えって方が無理な話だ。お前たちの存在自体が稀なんだよ」


 俺こういう頭使うのって苦手なんだよなー。俺からしたら取り巻き共々ビハール兄弟って奴らをぶん殴れば終わりなんだけど、それじゃ駄目みたいだ。まあよく分かんねーし、大人しく待つか。


 なんてことをぼうっと考えていると、話が纏まったらしい。ヘンリクが俺に目をくれた。


「今からセゲド派のところに行くぞ、レヴェンテ」


「待って。行くのは私よ」


 割り込んできたイレーンに、ヘンリクは視線を戻してしかし一瞬逸らした。


「……二人は駄目だ。セゲド派ってのはいわゆる、選民意識ってのを持ってる。あいつらは力を持った上流階級の人間以外とは付き合わない。もし平民だとしても力があれば割と話は通じるんだけど、それ以外だと多分、同じ人間とすら思ってない」


 ドーラと表向きのイレーンは、地位の低い貴族だ。ドーラの方は知らないけど、イレーンに至っては魔術も使えない。セゲド派から見ればイレーンなんて豚以下、いや家畜にも劣る病気持ちの鼠同然ってわけだ。


「レヴェンテ、何か言った?」


「言ってねーよ」


 言ってないよな? イレーンに睨まれてるけど、声は出してないはずだ。勘の良い奴め。


「そう。まあ、そういうことならセゲド派については任せるわ。各自、作戦通りよろしく」


 やっとかったるい時間が終わった。次はビハール派と張り合っているセゲド派との話し合いだ。想像すると……ビハール派と張り合ってるのか……気分が盛り下がってきたな。

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