第17話 助言

「ってわけなんだよ。どう思う、ジャーンドル」


 夜中の民家の屋根上で、俺はジャーンドルに会っていた。しかも学院での出来事を話し、助言を求めていた。


「……なぜ俺なんですか?」


「こっちで知り合いなんてほとんどいないし、大人に限ってはお前ぐらいだから」


「いや……え?」


 ジャーンドルは外套の上からでも分かるぐらい困惑していた。その気持ちは分かる。ただジャーンドルが俺に敵意を持っていない以上、俺が仕掛けない限り争いにはならない。それに話していればジャーンドルが国家転覆を諦めたり、説得に応じる隙を見せるかもしれないという打算もあった。


「どうしたらイジメをやめさせられると思う?」


「は、はあ……。そ、う、ですねえ。貴族の派閥争いですか」


「馬鹿馬鹿しいと思うだろ?」


 言っていると怒りとまではいかない微かな苛立ちが沸いてくる。多分、目障りに感じているんだ。羽虫がずっと視界を飛び回っているような不快感が、心の奥底をひっかいてくる。


「でも俺が直接手を出してどうこうってほどでもないんだよなー。なんかいい方法ない?」


 ジャーンドルは剃り跡一つない綺麗な顎を触った。


「派閥争いなのですから、相手の派閥を利用すればいいのでは?」


「というと?」


「相手の派閥の傘下に入るか、対立を煽って争わせるか。何にせよ、こちらに手を出す余裕がなくなるよう仕向けるのです」


 なるほど、その手があったか。こうしちゃいられない。早く明日に備えよう。


「それより若、魔術が使えないのですか?」


 帰ろうとした矢先、突然ジャーンドルにそう言われても動揺はなかった。


「お前ならとっくに分かってたろ?」


「はい。この街を覆う大量の魔力は見えていました。若がこの街にいる理由も察しは付いています。五年前より遥かに強くなられましたね。その力があればこの国はおろか、フェイェールの一族を持ってしても対抗すらできないでしょう」


 先の話が見えた。こいつもこいつで俺を誘うのを諦めてなかったらしい。懲りないのはお互い様か。


「そんなことはしない。俺はずっと仲間を守る為に戦ってる。その中にはジャーンドル、お前だって含まれてるんだぞ」


 ジャーンドルは微笑んだ。でもどこか、悲しそうな笑いだった。


「まあ、また会おう。それと俺がこうだからって、ルカーチェまでこうってわけじゃないからな。気をつけろよ」


「はい、ご忠告感謝します」


「それと風呂にはちゃんと入れよ。えげつないぞ、血の匂いが」


 ジャーンドルは無言で笑った。今度は獰猛な笑みだった。




 翌日、俺はヘンリクを訪ねた。


 アルトゥールの弟子というのは本当のようで、朝早くから衛兵の詰所傍の訓練場で剣に汗を流していた。他に衛兵の姿がないのを確認してから手早く事情を説明する。


「過激になってるらしいな。別口からも聞いたよ」


「具体的に誰と誰が争ってんの?」


「今年は完全にビハール家とセゲド家の一騎打ちだな。例年はもっとごちゃついてるんだけど、どっちも大貴族で上の学年に兄弟がいて、そいつらひっくるめて学院全体でかなりの勢力を誇ってる。困ったもんだよ、ああ、もう」


 何かを思い出したのか、ヘンリクが後頭部を掻き毟る。


「なるほど、セゲドね」


「おっ」ヘンリクが歯を見せる。「なんかする気だな。でも気をつけろよ。派閥に入ってるのは生徒だけじゃない。講師も入ってる。あんまり無茶はできねえぞ」


 めんどくさ。というかそいつらまとめて殴りたくなってきた。


「子供の為に送り込まれたのは従者だけじゃないってな。まあ大貴族に取り入ろうと無関係にすり寄ってるのもいるけど。無関係な講師は一番上に立ってる学院長とか、あくまでも外部の人間である特別講師のカルツァグさんとか、そういう一部の人ぐらいだな。基本的に全ての講師がどこかしらの派閥に属してると思った方がいい」


 思えば俺が決闘騒ぎに巻き込まれたとき、やたらと相手に肩入れする講師がいた。あれはあいつらの派閥に属する講師だから贔屓していたってことか。


「手伝うぜ、俺も」


 ふと、ヘンリクがそんなことを言ってきた。


「無関係だろ」


「勿論交換条件」

 打算的な言葉の割にヘンリクは爽やかな笑みを浮かべる。

「強くなる方法を教えてくれ。そしたら俺も手伝う。平民もちょくちょく巻き込まれてるから無関係ってわけでもないしな」


 そんなことか。強くなる方法なんて秘密でも何でもない。


「とにかく魔術だ。できるだけ規模のデカい魔術を使うようにするんだよ、勿論戦いながら」


「それだと使う魔術の種類とか使う瞬間とか、大事な部分が相手にバレないか?」


「いいんだよ。バレたってそのまま上から潰せばいいし、囮として使うこともできる。何にせよ魔術があるのに、わざわざ近づいて攻撃なんて危険なだけだ。それにどれだけ鍛えたって人間の力の限界ってやつがある。でも魔術ならその限界を簡単に越えられるだろ?」


 ヘンリクの師匠のアルトゥールは、決して弱くはなかった。ただ魔術が不得手だからか、根本的に魔術を過小評価していた。そのせいか魔術を補助にして剣を振るうという本末転倒な戦い方を選んでしまった。


「大事なのは剣を使いながらも最大の魔術を放てるようにすることだ。言い換えればそうだな。せっかく剣を持ってるのに殴ったり蹴ったりして戦ってるようなもんだ。どう考えたって剣で切ったり刺したりした方が強いに決まってる」


「……なるほど」ヘンリクは手にした木剣に目を落とす。「そこで剣舞の出番ってか」


 剣舞は戦闘舞踊の一種だ。主に魔術を使う為の手順に過ぎない踊りを、戦いながらもその動き自体を魔術発動の手順として成立するよう改良したものを戦闘舞踊と呼ぶ。


 一族の中で一番の戦闘舞踊の使い手と呼ばれていたのは、ジャーンドルだった。


「ちなみに俺剣舞は得意じゃないから」


「いや、流石にここからは一人で頑張るさ。何かする時は呼んでくれ、すぐに手伝いに行く」


 思いがけない協力を得た。それにしても俺の行動を振り返ると、まるでイレーンの忠犬だな。俺は骨を咥えて尻尾を振り、ご主人様の元に戻った。


「だからさあ……ここ女子寮なんだけど」


 俺は蜘蛛よろしく窓枠に張り付いて、イレーンの部屋を訪ねた。イレーンの機嫌が悪いなんて知ったこっちゃない。俺は集めた情報と作戦を伝えた。


「……えらく親切ね」


 じっとりとした目付きで見つめられる。騙したことなんてないのに、なんでこんなに信用がないのか。


「警戒するなよ。俺は弱いくせに偉そうな奴が好きじゃないんだよ。手伝う理由はそれだけ」


 実際打算なんて、イレーンが魔術を使う切っ掛けになる何かがないかな、ぐらいしかない。嘘は言ってないから、それは完全な真実と言っても過言ではない。


「……実際動くのは私たちってわけね」


「たち?」


「モノル・ドーラ。あの子にも参加してもらう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る