第11話 偽りの授業

 仕方なく出た魔術の授業は、三歳児向けの魔術教室で退屈だった。


 欠伸をしすぎて顎が痛い。それなのに隣に座るイレーンは真面目に授業を受けているから、感心して溜息が出そうになる。でも口を開けるとやっぱり大欠伸が出た。


「では魔術を使って、ここにある土で人型の人形を作ってください。これは土を耕す時にも役に立つ魔術で何度も扱いますよ」


 腰の曲がった婆さん講師が喋っている。隣に呼ばれた生徒が頷き、教卓に置かれた土の塊に両手をかざした。しかしいくら待っても何も起こらない。


「……すいません。最近不言魔術の調子が悪くて」


「あら貴方も。最近皆そうらしいのよねえ」


 不言魔術ができないか。俺は周りに聞こえないよう隣に座るイレーンに小声で話しかけた。


「実は俺のせいなんだよな、あれ」


「何が?」


「というか半分はお前のせいでもあるんだけど」


 イレーンはそれで検討がついたらしい。辺りの様子を伺うような仕草をしてから口を開く。


「暴走のこと?」


 俺たちは一番後ろの端の席に着き、他の生徒との距離もあるのに慎重なことだ。


「そうそう。魔術ってのは魔力を元に、声を使った詠唱や動きを伴う踊りとか、そういった言動を通して、自然に働きかけることで発動する。ただ、魔力を多く使えば面倒な言動は飛ばして無理矢理魔術が発動できる。暴走ってのはそれと同じ原理だ。魔力を制御できてないから、魔力が勝手に躰から溢れて魔術となり、あちこちに被害を出す」


 魔力暴走は本来ありふれた現象だ。


 よっぽど魔力制御に優れた人間でもなければ、ほとんどの人間は常に微量の魔力が躰から漏れていると言われている。しかしその量が少ないから魔術としての形を持つに至らない。


 例外はイレーンぐらいのものだ。


 俺に匹敵する魔力量から起こる魔力暴走の規模は計り知れない。おそらく歩く自然災害なんて呼び方は可愛い方で、全くの無制御状態で起きてしまえば、一瞬でこの街が吹っ飛ぶぐらいの威力があるはずだ。


「で、それをどう抑えてるかっていうと、ばら撒いた俺の魔力を操って、お前の魔力が魔術にならないよう散らしてる。言い換えるなら、お前の周囲には俺の魔力が充満してるから、俺の魔力量を下回る不言魔術は全て発動しない」


 とはいえ、完全に魔術が使えなくなるわけじゃない。ちゃんとした手順を踏んで丁寧に魔力制御を行えば、何の問題もなく魔術は発動する。ようは横着禁止ってぐらいの効果だ。


「あらあら、不言魔術はできるのにちゃんとした魔術はできないの? 困った子ね。いいわ、自分の席に戻って」


 教壇から学生が戻ってくる。代わりに別の生徒が同じように魔術を使うよう指示された。


「すみません。魔術が苦手で」


「あら、そう。貴方は貴族だったからしら。でもでも物は試しよ、こっちに来て使ってみて」


 ちょっと気になる言い回しだった。


「なんであそこで貴族がどうたらってなるんだ?」


「平民は魔術に秀でてないと入学できないけど、貴族は強制入学だから。ほとんど魔術を使えない人も珍しくないのよ」


「なるほどね」


 案の定、指名された生徒は魔術を使えず戻ってきた。


「なら最後に一人だけ。そうね、貴方にお願いましょうか、オロシュハーザさん」


 どこからか微笑が聞こえた、ような気がした。指名されたイレーンは俺に対するいつもの様子はどこへやら、どこのお嬢様だよと言いたくなるぐらいしおらしい態度で返答する。


「すみません、私も魔術は」


「いいんですいいんです、初めは誰だってできないんですから。大事なのはできないことに挑戦すること。さあ、前に来て魔術を使ってみて」


 茶化そうかと思ったけど、すれ違いざまにイレーンに肩を掴まれた。大人しくしていろ、そういう意味だろう。名目上はイレーンが俺のご主人様らしいし、ご主人様のご主人様っぷりでも観察しよう。


 教卓の前に立ったイレーンが魔術を使うふりをする。


「うーわ……


 尤もらしいのは動きだけだった。イレーンの暴走する魔力を抑えている俺だからこそ分かる。イレーンはそもそも魔術を使おうとすらしていない。それでいて顔や態度は申し訳なさそうにしているんだから、まったく良い性格してる。


「手強いな」


 どうやってイレーンに魔術の練習させたものか。真面目だと思っていたのに、こと魔術になると俺もびっくりの不良生徒だ。魔術を使うぐらいなら死んだ方がマシ、そう言って憚らない奴に魔術を使わせる方法なんてあるのか。


「すみません、やっぱり無理です」


 言って、イレーンが項垂れる。また、どこかで小さな笑い声が聞こえたような気がした。


「いいわ、席に戻って。もう一度私が手本を見せますから、良く覚えてくださいね。難しい魔術ではありませんから手順通りにすれば必ず、誰にでも使えるようになりますから」


 またまた、笑い声が聞こえた。今度は気のせいじゃない。誰かが笑っている。でも、誰か分からない。気付かれないよう押し殺した笑い声だ。


 イレーンが戻ってきた。何故か俺の顔を見ている。


 瞬間、イレーンがこけた。


 あっ、と思った時には、イレーンは機敏にも机に手をついて転倒を回避していた。


 笑い声が聞こえる。さっきまでとは様子が違った。笑っている人も多いし、漏れている声も大きい。顔を隠すように不自然に突っ伏している奴も何人かいた。


「……目立たないでよ」


 囁き、イレーンは俺の隣に腰を下ろした。


 ただ魔術を使えなかったから、からかわれた。そういうわけじゃなさそうだ。


 その前の二人も魔術が使えなかったのに、イレーンだけが忍び笑いを洩らされていた。それに断言はできないけど、戻ってくるイレーンは足を引っかけられたように見えた。


 俺は一族での立場上、されることもすることなかったし、見たこともなかったけど聞いたことはある。これはいわゆるアレだ。


 イレーンはイジメられている。

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