第12話 揉め事
当然のように俺は何もしなかった。
イレーンに助けてなんて言われていないし、一族や王城から助けろとも言われていない。それなら俺は、今まで通り自分の仕事をこなすだけだ。
「なあ、おい」「ああ分かってる」
後ろを歩く生徒が小声で話している。笑い声が聞こえて少しすると、階段の下りに差し掛かった。どうなるかは予想できたけど、勿論俺は手を出さない。
隣を歩くイレーンが、ふらついた。
後ろの奴に押されたんだろう。イレーンが階段を転がり落ちる、と思ったけど、意外にもふらつきながらも階段を駆け下りて事なきを得た。多分気付いてたな。それどころか何事もなかったかのように次の教室に歩いていく。
後ろから舌打ちが聞こえた。まあそうだろう。これじゃあ逆に煽っているようなもんだ。俺もイレーンにならって無視したけど、イジメが落ち着くとは思えなかった。
次の授業が始まる。
歴史の授業だそうだ。数十年前に起こったある貴族の反乱がなんとかかんとか。この学院は授業の半分が男女共同で、残りは別れて行っている。イレーンのいない授業に出ても仕方ないから他の授業のことは分からないけど、どれもこの授業みたいに退屈なんだろうか。
ふと、嫌な気配がした。
イレーンの予備のペンを借り、飛んできたそれを叩き落とす。紙の切れ端を丸めたゴミだ。イレーンに投げたものが逸れ、俺に飛んできたのか。考えているとまた飛んできた。造作もない。三度目もあっさり撃墜し、目標がイレーンではなく、俺だということに気付いた。
イレーンの従者だから当然か。巻き込まれただけだろうけど、俺を標的にするなんて良い度胸だ。仕返しをする気はさらさらないけど、暇潰しに遊ばせてもらう。
俺の前の席に座る奴は、多分ゴミを投げてくる奴の仲間だ。近くで反応を見ようと思ったか。飛んでくるゴミを、全てそいつの目の前に落としていく。
最初は何度か失敗したけど、慣れてくる結構楽しい。俺の成功率が上がるのに合わせて、前の席に座るそいつが明らかにイラついていく。イレーンが呆れたような視線を送ってくるのもかえっておれを楽しませた。
そうしていると授業が終わった。イレーンにペンを返して伸びをする。
「おい」
前の席座る男が俺を見下ろすように話しかけてきた。
「さっきから良い度胸だな」
「そう? 褒めてくれてありがとな」
男の額の青筋がビッキビキに立つのが分かった。
「決闘だ!」
男が怒鳴る。教室が静まり返り、視線が一斉に俺たちに集まった。
「お前に決闘を申し込む」
申し込まれても。こいつは何を勝手に盛り上がっているのか。
「平民のお前は知らないだろうから教えてやる。この学院では技能向上の為に決闘が推奨されている。その際に講師一人の立ち合いが必要になるが」男は振り返り、やせ細った中年の男講師を見やる。「良いですよね、立ち合い」
「ああ、構わないよ。時期は?」
「今日の放課後でお願いします」男は腹を空かせた犬みたいな笑みを浮かべて俺を見下ろした。「受けるよな、決闘」
巻き込まれたんだが、そう視線をイレーンに送るも復習に余念がありませんと無視された。
「……受けるわけねーだろ」
ちょっとしたどよめきが起こった。教室中がざわめき、あんな声してるんだなんて会話が聞こえてくる。決闘を挑んできた男は訳知り顔で首を振った。
「分かってねえなあ。お前従者だろ? 従者が決闘を断るってことは、その主人の名誉も貶めるってことだ」
「落ち切ってんだろ」
「……え?」
男は間抜けな顔で間抜けな声を出した。笑えてくる。イレーンの名誉も貶める? 黙ってイジメられている奴に名誉なんてあるわけないだろ。
「断れないぞ」
別の男が入ってきた。授業中ずっと俺にゴミを投げてきた奴だ。
「一人が決闘を口にし、講師が承認した。この時点で決闘は成立だ。受ける受けないなんて選択の余地はない。なに、平民が貴族に負けるのは恥じゃない、良くあることだ。放課後中央広場に来い」
話はこれで終わりだとでも言いたげに、そいつらは肩で風切って教室を出て行った。
どうするつもり、イレーンが視線で尋ねてくる。そんなことを決まりきっている。
「行くわけねーだろ」
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