第7話 戦いの翌日

 翌朝、俺は学院で一人歩いているイレーンに声をかけた。


「おー久しぶり。ちょっといいか、聞きたいことあるんだけど」


 微妙に嫌な顔をされた気がした。


「不良生徒がなんの用?」


 イレーンの手にはおもちゃみたいな杖と本が何冊か、これから授業だろうか。俺には関係ないけど熱心なことだ。


「この街に殴ってもいい奴っている?」


「いるわけないでしょ」


 それはそう。俺の聞き方が悪かった。


「悪い奴らの集まりというか、そういうのいるだろ、どこにでも。そいつらの居場所が知りたいんだよ」


「知るわけないでしょ」


「なんで?」


 呆れたような顔をされる。思えば、イレーンにはずっとそんな顔をされているような気がする。


「なんでって、軟禁されて育った私が、よその街の事情なんて知るわけないでしょう。なんなら王都のことだってほとんど知らないから。それより」


 微かに、イレーンの表情に怒りがこもった。


「変なことしてない?」


「変なことって? 俺世間知らずだから分かんなーい」


 また呆れたような顔に戻った。


「凄く強い講師が生徒に負けたって噂が流れてるんだけど?」


 目撃者なんてあの場にいた奴だけなのに、昨日の今日でもうそんな噂が広がっているのか。


「さあ? 俺世間知らずだから」


「……そう。なんでも良いけど目立たないでね。私目立つのだけは嫌だから」


「はいはい。じゃ、授業頑張ってね~」


 これ以上何も知らないイレーンと話しても仕方ない。去り際に「目立つなって言ってるでしょうが」とぼやかれたような気もしたけど、イレーンのお守り以外で文句を言われる筋合いはない。


 街で虱潰しに探していれば禄でもない人間なんていつかは見つかるだろう。そんなことを考えつつ城壁の上の登って街を眺めていると、誰かが話しかけてきた。


「ようよう、久しぶり」


 名前は確か、ヘンリク、か。通路の向こうから機嫌よく大柄の躰を揺らして歩いてくる。


「その節はどうもどうも」


「カルツァグさんとは会えたか?」


「助かったよ、ありがとな」


「いやいや気にするなよ。それはそうと、カルツァグさんの噂って知ってるか?」


 あっ、と思ったときには遅かった。 アルトゥールと会いたいという奴がいて、次の日にはそのアルトゥールがどこぞの生徒に負けたとかなんとか噂が流れる、今でこそヘンリクは爽やかな表情を浮かべているけど、内心ではゴリゴリに俺を疑っているだろう。


「さっき聞いた、誰かに負けたんだっけ?」


 ほんのちょっとだけ、ヘンリクが目を見開いたように見えた。


「……なるほどね」


 なるほど? そんな含みのあるなるほどなんてあるか?


「いや、俺も噂で聞いただけでさ。カルツァグさんは俺の師匠だから、噂が本当ならどんな奴が倒したのか興味あってな。それでもしかしたら知らないかと思って聞いたんだよ」


 言外にとんでもなく固い確信をぶつけられている。とは言え敵意を向けられているわけでもないし、それなら相手にする必要もないだろう、面倒だし。


「ほー、そう。それよりまた聞きたいことがあるんだけど、この街に悪人っている? コソ泥とかじゃなくて、大勢で集まって悪いことしてるような奴ら」


「いるけど、ショボいぜ?」


 王国でも五本の指に入るアルトゥールの実力を考えれば、チンピラがショボいのは最初から分かっている。


「ここは学院が先にあって、そこに人が集まってできた街なんだ。だから今も昔も学生が中心で、街の規模の割に動いてる金の額が小さいんだよ。王都も近いし、店なんかも大きいのはほとんど王都の支店で、裏稼業の連中もそれは同じ筈だ」


 そういうことか。なんにせよ、この街に悪人がいるならそれでいい。


「どこにいるか知ってる?」


 ヘンリクが手で口元を押さえた。いや、変化する口元を隠したようにも思えた。


「俺が知るわけないだろ。でも、この街は学院から離れるほど色々と緩くなる。だから悪いことをしたいなら街の外周部で行動する筈だ」


 そこまで分かれば十分だ。話を聞く限り潜伏してひっそりと悪事をしているってわけでもなさそうだから、探せばすぐに見つかるだろう。


「ありがてえ。じゃ、俺は用事があるから」


 言って、俺はすぐに城壁から飛び降りて学院を出た。


 改めて見ると、確かに学院を中心にして街が作られていた。学院を囲む水堀の外側には広い道があり、その先から家々が立ち並ぶようになる。街を通る大通りも学院から放射状に広がり、そのまま街の街道に繋がっていた。


 その光景はパッと見て、綺麗に区画分けがされているように感じる。


 でもよくよく見ると、綺麗なのは道の通し方だけだ。学院にほど近い家々はまだしも、遠くなればなるほど家々が雑然と敷き詰められ、家の作り自体もボロくなっていく。外周部なんて酷いものだ。街道近くは商人が関わっているからか綺麗だけど、それ以外は掘立小屋や穴だらけのテントが所狭しと建っている。


 それでも、ゴミ箱をひっくり返したような外周部にもまともな建物がいくつもあった。丁度そこから、いかにも悪そうな奴らが数人出てくる。服装も上等で、誰がどう見ても悪人だ。


 すぐには近づかなかった。


 遠巻きから尾行して様子を伺い、そいつらが人を殴ったり金を奪ったり、ちゃんとした極悪人なのを確認する。それからそいつらの帰宅に着いていき、まともな建物に一緒に入った。


「おつかれいー」


 言いながら、俺は最後尾の男の後頭部を拾った棒切れで殴った。


 いい音が鳴った。


 頭蓋骨が砕ける音、死体が倒れこむ音、慌てて振り返る足音、動揺が丸見えの叫び声、それらを聞いて飛び出してくる悪人たち、戦いにもならなかった。


 俺はほぼ全員をさくっと殺し、残った一人を血の海に押さえつけた。


「仲間に伝えろ。よっわいよっわい腰抜けどもが、仲間連れて報復に来いよ。俺はいつでもこの街で──ヴァレンツァで待ってるからってな」


 解放すると、そいつは血塗れですっと飛んでいった。まずは一回。俺は何日かに分けて同じようなことを繰り返し、一人だけを逃がし続けた。


「効果があるといいんだけどな……」

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