第6話 もう一つの目的
こっちの夜は暗かった。
日の沈む地では常に夜襲に備えて明かりが焚かれていたのに、この街は呑気に平和に寝入っている。俺は市街地の屋根に寝転がり、あってないような月明かりを眺めていた。
「若~! お久しぶりです若~!」
やけに楽しそうな女の声が聞こえ、俺は躰を起こして全力で後ろに下がった。と同時に、俺の視界に少女が飛び込んできた。
「なんで避けるんですか!?」
ルカーチェ。驚いたというより呆れた。まさかこいつが今回の連絡役なのか。
歳は俺より二個か三個か下で、癖のある髪の毛を無理矢理纏めたその姿はどう見たって子供そのものだ。顔だって年相応に幼いし、身長に至っては同世代より低いぐらいだ。こんな子供にこの任務を任せるなんて、一族の連中は何を考えているのか。
「まさか照れてるんですか? やだもう若ったら。アタシの次の次ぐらいに可愛いんだから」
いや、ちゃんと子供にしか見えないルカーチェなら、逆に余計な疑問を持たれず身軽に動けるとも言える、のかもしれない。
「……この国をどう思う?」
一人楽しそうに喋っているのを遮って聞くと、ルカーチェの表情が引き締まった。
「分かりません。分かったら怒られます」
「……そうだったな」
俺たちフェイェールの一族は、イレーンのお守りという特例を受けた俺を除き、流刑地である日の沈む地から離れられない。だから連絡役とはいえ、本来ならルカーチェがこうしてこの街にいるのも厳罰ものだ。あちこち悠長に見て回れるわけがない。
「若こそどうですか。お姫様はどうですか、可愛いですか?」
「バケモンだな」
イレーンを一言で表すなら、まさにこの言葉が相応しい。
「あいつの魔力暴走を抑えるだけで、ほとんどの魔力を持っていかれた。それも暴走って言っても、ちょっとは自分の魔力を制御できてるだろうから、単純な魔力量だけなら俺より多いんじゃないか」
ルカーチェが、ただでさえ大きな目を丸くした。
「魔力バカの若よりも!?」
「もっと言えば、魔力は身長と同じで今になって爆発的に伸びることはないけど、伸びるやつは三十歳ぐらいまで伸びるからな。この感じだとそう遠くない未来、俺ですらあいつの魔力暴走を抑えることができなくなる、間違いなくな」
「はえ~、凄い人がいるんですね~この国には」
「イレーンだけだよ。他はろくでもない」
「あれ、そうなんですか?」
「さっきこの国でも五本の指に入るとかいう奴と戦ってきた。びっくりしたよ。あれじゃうちの五歳児と良い勝負だ」
ルカーチェがおばさん臭い手振りをしながら笑った。
「またまた若ったら、大げさなんですから」
「冗談抜きだ。本当に弱い、弱すぎる。というか酷い」
まさか勝った後、罪悪感を覚えるとは思わなかった。
「というわけで、こっちの奴らの手を借りるのは無理だ。足手まといにしかならない。命令達成は無理だから諦めろって伝えてくれ」
「伝えても一緒ですよー」
そうだよな。俺は内心で溜息をついた。
「無理に決まってるだろ。俺今魔術使えないんだぞ? 正直お前にだって普通に負ける。しかも誰にも手を借りられない。それでどうやって命令こなせって言うんだよ」
ルカーチェが目を逸らした。
「アタシに聞かれても知りませんよ。アタシの役目は若と日の沈む地を繋ぐ連絡係。若はお姫様の魔力暴走を抑えるのと、脱走したジャーンドルを殺すのが仕事。お互いに頑張りましょー!
最後だけは勢い任せで両拳を突き上げていた。
「相手はあの、元十番隊隊長のジャーンドルだぞ。魔術なしでどうやって殺すんだよ」
「若にはビッカビカの頭脳があるじゃないですか」
「ねーよ、そんなもん」
「でしたね」
鼻で笑われた。こいつ一応、俺に仕えてる身だよな。
「……冗談抜きで無理だぞ。俺が出てくるまでは、ジャーンドルが若き天才だとか呼ばれてたんだろ?」
「みたいですね。五年前に日の沈む地を脱走したので、アタシはあまり知りませんけど」
今の歳は三十前後か。フェイェールの一族始まって以来の天才と呼ばれ、二十歳ぐらいには戦闘部隊の隊長に任命されて数々の戦功を上げてきたけど、二十半ばになった時、突如として日の沈む地から姿を消した。
理由は何であれ、脱走は死罪だ。今まで手を出せなかったけど、俺が特例で日の沈む地から出ることを許されたことで、こうして俺にジャーンドル抹殺の命が下った。
「ま、無理そうってことはちゃんと伝えてくれ」
「謝って頭を下げるのアタシなんですけど」
ルカーチェはこれ見よがしに唇を尖らせる。無茶を言っているのは分かっているけど、こればっかりは伝えてもらわないと俺も困る。
「命令だ、従え」
「……はい」
「俺も動きはする。結果は期待するな、そういう意味だ。さっき戦ってきたのもその下準備みたいなものだしな」
「……分かりました」
俯いて俺と目を合わせない。でも、これはただのふりだ。ここで落ち込むような奴が、連絡役を任命されるわけがない。
「じゃ、気を付けて帰れよ」
俺は背を向け、瞬間、振り返ってルカーチェを見た。
「楽しそうだな」
さっきまで俯いていたルカーチェは、俺に舌を出していた。綺麗な桃色、健康そうで何よりだ。
「……さっき食べたご飯が美味しくてですね、思い出して舌なめずりを少々」
主君に舌を出すルカーチェ、それを分かっていて試す俺、ここにはアホしかいないのか。
「じゃ、そういうことで」
「若もくれぐれもお気を付けを」
そうして俺たちは別れた。
断言する。
ルカーチェは怒られない。報告の場で上手いこと立ち回って叱責を回避する。そういう奴だ。でも俺が何を思ってルカーチェに無茶を言っているのか理解しているから、なんだかんだ言って協力してくれている。
脱走したジャーンドルの抹殺か。
「嫌だなぁ……」
先を思うと、思わず溜息が漏れた。
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