第5話 実力差
やっぱり夜まで待った。
俺の行動がバレるのはいいけど騒ぎになるのは面倒だ。日が沈んだ途端に外を歩く生徒が消え、代わりに建物からランプや蝋燭の明かりが漏れるようになる。
「カルツァグ・アルトゥールって人いるー?」
言いながら衛兵の詰所に入ると、四人の男が険しい視線を送ってきた。どいつもこいつも衛兵なだけあっていい躰をしている。四人揃って武具の手入れをしていたらしく、それも大いに好感が持てた。
「誰だてめえ、学生か?」
一番若そうな男が言った。残りの三人は俺に注意を向けつつも、武具の手入れを再開する。
「学生だよ、一応。で、アルトゥールって人なの?」
「帰れ。ここは学生の来る場所じゃねえ」
「カルツァグ・アルトゥールかって聞いてるんだけど」
「聞き分けのねえ奴だな」
一番若そうな男が立ち上がった。
「帰れって言ってんだよ。お偉いお貴族様だからなんでも許されると思ったか? 痛い目遭いたくなけりゃ今すぐ帰りな」
話が通じない奴だ。というかなんでこんなに威圧的なのか。
「いや、俺は貴族じゃない。で、もう一度聞くけどカルツァグ・アルトゥールって人はいる?」
「帰れ」
言いながら男が近寄ってくる。
「いるの? いないの?」
「まず」
男の右足が地面から離れる。蹴りがくる
「話し方ぁ!」
上段蹴り、狙いは顔面、動きが大きすぎる。
俺は身を屈め、前に出た。ただの軽い体当たりのつもりだった。それでも男は体勢を崩し、仰向けにひっくり返った。よほど驚いたのか受け身も取らずに目を白黒させている。
「悪い、田舎育ちなんで言葉遣いは勘弁してくれ、できないんだよ。で、何度目か分からないけどカルツァグ・アルトゥールって人はここにいる?」
残りの三人は武具の手入れを止めていた。手前の二人は剣に手が伸びかけている。
「アルトゥールは俺だ」
奥に座る男が言った。ひっくり返った男が弾かれたように立ち上がり、俺から距離を取る。
だろうな、とは思っていた。どう見ても他より一回り躰がでかいし、落ち着き払っている。さらに言えば、手前の二人は俺だけでなくこの男にも気を配るような仕草を見せていた。
「良かったー、ここにいて。それで用なんだけど、俺と戦ってくれない? この国でも五本の指に入るんだろ? どれくらいの力なのか確かめたくてさ」
「一年坊か?」
「そうらしい」
「毎年、血の気の多い一年坊が一人はいる。今年はこれが初めてだ。例年より遅かったな。ただ、答えはいつも同じだ。俺はこの学院の特別講師だ。焦らずともいつか模擬戦闘で戦うことになるから、問題行動は慎むように。今回の一件は学院に報告しないから、大人しく寮に帰りなさい」
子供をあしらうように、アルトゥールは俺を手で追い払う。うーん、取り付く島もない。
「どうしたら俺と戦ってくれる。ここに火でも点けたら戦ってくれるか?」
男の一人が机を叩いた。
「調子こくなよ、ガキ」
立ち上がる。手には剣を握り、見せつけるように鞘を払った。
「おい、学生相手に──」
「──隊長は甘いんですよ」
もう一人の男も腰を上げて剣を抜く。
「こいつは平民らしいですよ。怪我させたところで文句言う奴なんていません。いや」
笑い、剣の切っ先を俺に向けた
「入ったばかりの奴なら殺した方が後腐れがない」
いいね。話が早くて助かる。
「じゃあ約束な」
俺は両肩を回して躰を解す
「その二人に勝ったら相手してよ。というか、勝ったらその二人ボコボコにするから、その前に止めに入ってな」
俺は歩を進めた。敵は剣を持った二人だけ。さっきの一番若い男は腰が引けて参戦はなさそうだし、アルトゥールも座ったままだ。
「腕切り落とされても……泣くなよ!」
叫び、一人が突っ込んできた。剣を振り上げる。遅いし、大げさな動作、陽動だ。下半身は蹴りの動作に入っている。陽動というより脅しか。お優しいことで。
瞬間、俺は男の懐に入った。顎を打ち抜く。男の躰が、棒のように倒れこむ。
足音が聞こえた。もう一人が駆けてくる。額に青筋、剣を大きく引く。その刀身が自身の背中に一旦隠れ、ぎりぎりまで潜伏する。そして、殺気を纏って姿を見せた。
「死ねぇ!」
アルトゥールが慌てて腰を浮かせるのが見えた。男の足の位置、腰の位置、腕の長さ、刀身の長さ、俺は一歩下がり、僅かに上体を逸らせる。
剣風が涼しかった。空振った剣の切っ先が地面に刺さり、男の躰が前のめりになる。そこに、蹴りを入れた。綺麗に顎に決まった。俺は男が倒れる前に地面から剣を抜き、後ろに投げ捨てた。
「じゃ、やろっか」
アルトゥールは立ち上がったものの、剣は置いたままだ。俺は気絶した男の頭に足を乗せようとする。
「全力でな。剣は勿論、ちゃんと魔術も使ってくれ」
男の頭を踏みしようとすると、ようやくアルトゥールが剣を手に取った。
「……何が目的だ」
俺は倒れた男を跨いで越した。
「力試し。言わなかったっけ?」
「お前は強いよ」
「知ってる。試したいのこの国でも五本の指に入るっていうそっちの実力。手ぇ抜くなよ。抜いたらこいつら全員殺すからな」
まんざら嘘でもない。他の奴を必要以上に傷付ける気はないけど、必要があれば傷付ける。
「いいだろう。学院の講師として生徒に鉄槌を下すのも仕事の範疇だ」
アルトゥールが机を蹴り飛ばした。一気に部屋が広く感じる。これで戦う空間は十分に確保された。他の三人より明らかに強いだろうし、楽しみだ。
俺は初めて、両拳を上げて構えた。アルトゥールも構える。剣は他の奴らのものより細く、やや短い。それを右手で持って中段に据え、左手は背中に隠した。
剣を主体に戦い、魔術で補佐する。
よくある型だ。背中に隠した左手で魔術を使って相手を妨害したりで隙を作り、剣で止めを刺す。左手だけで発動できる魔術は単純で威力も弱いけど、背中に隠せることもあって敵に魔術の種類や発動機会を悟られることがない。
いつどんな風に飛んでくるか分からない魔術に怯え、剣にも対処しなければならない。まさしく対人特化の型だ。
「……あ」
そこでふと、いや、いまさらになって思い出した。
俺今、魔術使えないんだった。
魔術を使うには魔力がいる。その魔力がどういうものなのか、未だはっきりとしたことは分かっていない。ただ無限に魔術を使うことはできないし、一度使えなくなっても時間が経てばまた魔術を使えるようになる。だから俺たちは持久力にも似た力──魔力というものが存在すると考えている。
そして俺の魔力は今、イレーンの魔力暴走を抑える為にほとんど全てが使われている。つまり自由に使える魔力はないから、当然魔術も使えない。
「ま、いっか」
改めて、俺は拳を構えた。アルトゥールが視線で落ちている剣を示す。
「拾え。不意打ちはしない」
「いいよ、俺剣使えないし」
嘘だけど、まあ大丈夫だろう。ぶっちゃけ負けるなら負けるで構わない。本当にただの力試しが目的だ。むしろ俺が負けた方が正直安心する。
「じゃ、今から開始ってことで」
言ったときには、左足首が圧迫感に包まれていた。床の木材が変形し、俺の足首を掴んでいる。足音。アルトゥールが突っ込んできた。剣の切っ先が俺の肩に向いている。
まだ手加減か。
俺は、力尽くで床の木材を引き千切った。勢いのまま前に出る。が、一瞬止まる。即座に突進した。アルトゥールの剣に動揺が過る。俺は、一息に剣を潜り抜けて懐に入った。腹を殴ろうとして、退いて避けようとするアルトゥールの妙な反応の鈍さに気付く。
魔術を使おうとしているのか。
あえて無視してアルトゥールの腹を殴った。当たったが、浅い。上手く退かれた。追撃しようとして、また床の材木に足を掴まれた。迎撃の刺突が迫ってくる。また肩狙いだ。
剣の腹に、手を添わせた。鉄のひやりとした感触を手の甲で滑らせる。軌道が逸れる。切っ先が肩を掠め、俺の躰を過ぎ去っていく。
アルトゥールの手首を掴んだ。思いっきり引っ張った。刺突の勢いも加わってアルトゥールが前につんのめる。そこに、蹴りを合わせた。反応してくる。そんなことは分かっている。お蔭で今掴んでいる腕の警戒が緩んだ。
腕を握り直し、アルトゥールを力任せに投げ飛ばした。その時、小気味いい音が鳴った。
「……マジ?」
確かに投げるのとは別に、腕に負担をかけたのは事実だ。でも、そんな簡単にアルトゥールの腕の骨が折れるとは思ってもみなかった。
「悪い、そんなつもりはなかった」
アルトゥールは受け身にも失敗して、荒い息を抑えながらもなんとか身を起こす。血は出ていないけど、骨が折れたのは剣を持つ右腕だ。これ以上は戦いにならない。
「帰るわ。用は済んだし、お大事に」
俺は踵を返す。誰にも引き止められずに詰所を出て、盛大に溜息をついた。
アルトゥールの戦い方そのものは、地味だけど強力だ。でも、この戦法は完全なる対人特化。そこに魔族の存在は影も形もない。人間が人間を倒すことしか想定にない、錆だらけの戦法だ。
そしてなにより、大きな問題があった。
「弱すぎる……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます