第4話 魔術の授業


 まだ昼を過ぎたばかりでアルトゥールとかいう奴と会えるまで時間がある。


 街中と違って人通りもほとんどなければ店もないから面白みはないけど、歩いていれば暇潰しにはなるだろうと俺は人の声がする方する方誘われるがまま進んでいく。


「皆さんは既に幾度となく魔術を使っていると思います」


 そんな声が聞こえてきて、建物の外壁をよじ登って三階の窓からこっそり中をのぞき込んだ。腰の曲がった婆さんが部屋の奥に立ち、数十人の生徒たちが座ってそれを見ている。


「若い皆さんのことですから色々な魔術を試し練習してきたと思いますが、中でも一番多く使ったきたのは」


 どうやら授業中らしい。話からして俺と同じ新入生か。いかにも初々しい内容だ。俺も小さい時は魔力に任せてばんばん魔術を放い、攻めてくる魔族どもをばったばったと蹴散らしたものだ。


「農業魔術だと思います」


 なんだそれは。


「土を操り、水を生み出し、作物の成長を促して豊作を約束する。それこそが貴族最大の務めです。故にこそ、貴族は貴族足りえると言っても過言ではありません」


 過言だろ。


 貴族なんて敵から領地領民を守ってこその存在だ。敵を殺す為に魔術を使わなくてどうする。農業に魔術使うなんて誰でもできるんだから、わざわざ貴族が覚える必要なんてない。


「失礼、ここには貴族以外の方もいましたね。ですが、貴族であろうがなかろうが同じことです。魔術とは人々の暮らしを豊かにする為のもの。農業に限らず、様々な物の生産や加工こそが魔術の神髄であり、これからの五年間、皆さんが覚えていく素晴らしい力です」


 戦いは? 戦闘は? それらしい言葉が何一つ聞こえてこない。


 俺が聞いていないだけで、実はこの学院は職人の養成学校か何かなのか。いや、貴族って単語はちゃんと出てきていた。


「今日は皆さんの実力も兼ねて、簡単な水の生成をしてもらいましょうか。まずは見本を見せますので、そこのせっかちさんはその水を消してから注目してください」


 笑いが起こる。俺は勿論笑わなかった。


 婆さんが手のひらを上に向けて軽く腕を振った。何も起こらない。ややあってもう一度同じことをするが、何も起こらない。部屋は奇妙に静まり返り、婆さんが咳払いした。


「ごめんなさいね。今日は体調が良くないみたい」


 言いながら婆さんは懐から小さな杖を取り出して、生徒たちに見えるよう杖をかざす。


「皆さん杖は持ってますね。水の生成は簡単な魔術なのでそれぞれの発動手順があると思いますが、今回は私の真似をして発動させてください。では、見本を見せます」


 婆さんが規則的に杖を振る。すると、杖の先に小さな水の球が現れた。


「はい、皆さんどうぞ。お友達の服を濡らさないように気を付けてくださいね」


 生徒たちが一斉に杖を振る。水の球が出来たり出来なかったり、服が濡れたり床が濡れたり、わいわいきゃっきゃわいわいきゃっきゃ、俺は一体何を見せられているんだ。


 しょせん俺は、国の最西端の日の沈む地とかいうクソ田舎で育った人間だ。他の地域の常識とズレているのは端から分かっている。こいつらが俺みたいな魔族と戦い続ける人生と無縁なのも分かっている。俺たちの一族が魔族の侵攻からこの国を守ってきたんだから当然だ。



 でも、これはなんだ。

 こいつら全員、俺と同じ十六歳の筈だろ。これじゃ三歳児の初めての魔術教室だ。初回だから極端に易しいだけなのか。貴族の子弟の集まりだからこんなにぬるいのか。


「……意味が分からん」


 考えても無駄だ。どうせアルトゥールとかいう奴に会えば疑問も解消するだろう。俺はその場は離れて、適当に仮眠を取って夕方を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る