第3話 学院

 どう見ても城だった。


 街の中心にあるヴァレンツァ王立学院は、巨大な城壁を備えたどこに出しても立派な軍事拠点だった。城壁の上には当然のように衛兵が目を光らせているし、勿論武器も持っている。周囲には当たり前のように水堀が張られ、橋を架けた先にある巨大な門はシラミ一匹通る隙間もないほどぴっちり閉じられていた。


「まあ、上から入るだけなんだけど」


 城壁の尖塔に立った俺は、学院を見下ろした。


 街があった。


 広すぎる敷地には似たような形の建物が大量に並び、円形を作っている。中心にはちょっとした城のような建物がそびえ、川が流れて林や森もあり、手入れされた庭園も備えている。


 いや、街といっても要塞都市だ。


 円形を作る建物は敵軍の侵攻先を限定させるよう間の通路を少なくし、それ自体も塀として使えるように下の階には窓がない。この学院には十六~二十歳までの貴族の子弟全員が通っているというから、その分軍事拠点丸出しの作りをしているんだろう。


「おっとびっくりした。俺以外にもいいご身分の奴がいるとはねえ」


 足元から男の声がした。見ると、中々鍛えられた躰をした男がすぐ下の城壁の通路に立っている。歳は俺よりちょっと上か。俺と同じ服も着ているしここの生徒だろう。


「一年か?」


「今日入ったレヴェンテだ。よろしくー」


「おう、俺はヘンリク、三年だ。お前と一緒の不良生徒ってことでヨロシク」


 ヘンリクは歯を見せて笑う。頑強そうな顎だ。骨格からして太いし、筋肉もよく付いている。これならそこそこヤれそうだな。


「ちょっと聞きたいんだけど、この街で魔族と真っ向から張り合えるぐらい強い奴っている?」


「魔族?」

 ヘンリクは微笑する。

「おとぎ話と比べるのも難しいなあ。意味的に一番強い奴を探してるってことでいいんだよな?」


 魔族が、おとぎ話?


 ヘンリクの純粋そうな笑みに裏表はない。冗談を言っているわけでもなさそうだ。


 日の沈む地から侵攻してくる魔族が、俺たちが数百年間戦ってきた魔族が、数多くの仲間が殺され、俺たちも多くを殺してきた魔族が、おとぎ話だと思われている。


「どういうこと?」


 俺が言うと、ヘンリクも首を傾げた。


 どういうこと? 


 再度疑問が浮かぶけど、思えば俺たちフェイェールの一族は数百年間、日の沈む地から攻めてくる魔族よりこの国を守ってきた。それも、ほとんど完璧に魔族の侵攻を防いできた。


 多分、ヘンリクは東の果ての出身なんだろう。だから魔族と全く会わず噂すら聞かず、おとぎ話の中の存在だと思っている。というかそんな些細な食い違いはどうでもいい。俺には用がある。


「悪い、気にしないでくれ。一番強い奴を探してるので合ってる」


 ヘンリクは微笑とも苦笑とも取れる表情で首の角度を戻した。


「それならここの衛兵隊長をしてる──カルツァグ・アルトゥールさんだな。この国でも五本の指に入る実力者だ」


「どこにいる?」


「確か今日は朝まで夜勤だった筈だから、まだ寝てるんじゃないか? 会いたきゃ夕方頃にそこの詰所に行けばいい」


 ヘンリクが指差した先は城壁傍の家屋だった。近くには弓の的や剣を振っている人影も見える。詰所兼訓練所みたいだ。


「まさかいきなりカチコミか?」


 ヘンリクがにやりと笑う。興味を持たれたらしい。着いてこられたり変な噂が広がっても面倒だし、これ以上の長話は衛兵に見つかる恐れもある。俺は眼を逸らしてヘンリクの隣に降りた。


「まあまあまあ、まあまあまあ」


 適当にごまかしながら、城壁の高さを目算で調べる。外側より内側の方が少し低いか。鎧を身に着けていなければ怪我をする高さでもないだろう。


「お、そうだ。一応確認しておきたいんだけど、レヴェンテ、お前って貴族か? それとも一般庶民?」


「うん? 大昔は貴族だったよ」


「ならまた会うな。俺はここからずっと西に行った先にあるタボルツァって街出身の、平々凡々の庶民だ。意味はまあ、次会った時にでも分かるから」


「そう、じゃまたー」


 言って、俺は城壁から飛び降りた。着地して前転、立ち上がってから服に付いた土を払う。


「ん?」


 ヘンリクの出身が、ここからずっと西?


 城壁を見上げるけど、いまさら聞きに戻るのも面倒だ。多分、聞き間違いだろう。いや間違いなく聞き間違いだってことで、俺は学院の中央に向かった。

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