第2話 新しい生活

 田舎者の俺にとって、この街は初めて目にするものに溢れていた。


「これなんて食い物だ?」


 一見すると米にも似た黄色い粒粒のものがでかい鍋に敷き詰められ、その上には肉や野菜がこれでもかと乗っけられている。


「こりゃタアムっていうパスタの一種で南の地方の食いもんだ。食うか、坊主」


「ほー、一人分頼むよ」


 俺は屋台の長椅子に座った。店主のおっさんは手早くタアムとかいう食い物を皿によそい、俺の目の前に置く。


「銅貨二枚だ」


 おっさんが言った時には、俺はタアムに口をつけていた。よくわかんねーけどバターが利いててうめーな。黄色の粒粒がぷちぷちしているのも良い。食ってる途中だけどまた食いたいな。


「で、銅貨ってなんだ?」


 おっさんが変な声を上げた。


「お前金持ってないのか!?」「ここにいた」

 おっさんの声と同時に、後ろから聞き覚えのある女の声がした。


「おお、イレーン、丁度良かった。飯食うのになんかいるらしいから出してくれよ」


 食いながら言うと、溜息っぽい音が聞こえて視界の端にイレーンの細い手が見えた。


「まいど。嬢ちゃんも食うかい?」


「私はいいです。ここに座っても?」


「座りたいなら頼みな」


「なら俺が二人分食うよ」


「だってよ。座りな嬢ちゃん」


 イレーンが俺の隣に腰を下ろすと、また溜息が聞こえた。


「……払うの私なんだけど」


「ありがとー」


 また溜息が聞こえた。


「……いい、もう。それよりここに何しに来たのか忘れたの?」


「なんたら学院に入るんだろ? でも俺お前のお守りだから関係無いし」


「あなたも入るから関係あるんだけど」


「入ったとてよ。この街にいる限り役目は果たせるんだから細かいこと気にすんな」


「そんなに広いの?」


「街の反対から反対までならヨユーヨユー」


 と言っても、イレーンの魔力暴走をどこまでなら抑えられるのか、なんて距離を測ったわけでもないからあくまでカンだ。実際は多分、もう少し離れてもいける筈だ、おそらく。


「おかわり」


 空になった皿をおっさんに出す。しかしよそってくれない。おっさんの目がどこかに釘付けになっている。視線を追っていくと、向かいの屋台で何やら二人の男が言い争っていた。


「気をつけろよ、お二人さん。あそこの店は昼間っから酒出してるからしょっちゅう乱闘騒ぎになるんだ。はい、おかわり」


 俺は騒ぎを見られるように後ろ向きに座り直し、食事を再開した。言い争いはさらに熱が入り、お互いに左手で胸倉を掴んで睨みあっている。と、殴り合いが始まった。


 通行人が足を止め、一気に野次馬の群れが出来上がる。喧嘩中の二人も熱が入り、一人が屋台の包丁に手を伸ばした。


「乱入しないでよ」


「鼠がちゅうちゅう喧嘩してるだけだろ。そっちこそ民が暴れてるぞ」


「……今の私は、オロシュハーザ・イレーンだから」


 家名が違う。まあ、王族だってバレると面倒も多いし、偽名を名乗るのも当然か。そこで俺は今日初めてイレーンの姿をじっくり見た。


 ずっと地下で暮らしていたせいか躰も細く色白で、なのに気弱さなんて欠片もないほど意志の強そうな顔付きをしている。ようは女の姿をした死神だ。それにしてもどこか違和感のある見た目だった。


「髪切った?」


 確かイレーンは腰まで髪を伸ばしていた。それが今では肩の辺りまでしかない。それも流していた長髪の時と違って編んであるから随分さっぱりした。これなら戦いの時にも邪魔にならなくていい。


「あんなに伸ばしてたら宝石で着飾ってるのと一緒よ。私は目立ちたくないの」


 不意に悲鳴が上がった。


 騒ぎに目を戻すと、包丁が喧嘩相手の腹にぐっさり刺さっていた。野次馬の何人かが刺した男を取り押さえ、さらに喧嘩を邪魔するなとばかりに別の連中が殴り込み、見るまに騒ぎが大きくなる。一瞬で蚊帳の外になった腹を刺された男の血溜まりも大きくなる。


「それじゃあ、私はもう行くから」


 イレーンが立ち上がる。騒ぎが大きくなりすぎて逃げる奴が出てきた。野次馬どころか人通りも減り始め、急激に辺りから人が消えていく。


「飽きたら俺も行くよ」


「期待してない」


 ちらと騒ぎを一瞥して、イレーンは街の中心に消えていく。風に乗って警備の人間らしい怒声が聞こえ、俺は屋台のおっさんに向き直って残りの飯を楽しんだ。

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