第9話 大きな熊がやってくる

 次の日、俺たちは一日中家の中で身を隠すことになった。ラオさんは昨日の夜から帰ってきていない。俺はベガに作戦の偵察を頼み、何かあればドアをたたいて知らせるように言っておいた。

 朝から家には一定の緊張感が漂っていた。村の大人たちを信用している半面で、作戦が成功しなければ村にティタノベアがやってくるという不安が心のどこかにずっとある。もしそうなれば、村の人たちは全滅するか、そうでなくても大きなダメージを受けるだろう。

 全員がリビングにいるにもかかわらず、ずっと誰かが話し始めるのを待っている。どうにかして明るい話題を探そうとするけれど、こういう時に限ってなかなか見つからないものなのだ。

 リラさんが静寂を打ち破るように、目いっぱい明るい声で話し始めた。

「バックさんは、どちらの方の出身なんですか?」

 そういえば、自分の出身についてはまだ話していなかったな。銃を見たこともなかったようだし、きっとバラリ村の存在はこの村に伝わっていないだろう。

「ここよりずっと西側の、山のふもとにある村です。バラリ村という名前で、金属の採掘と狩りが盛んでした」

 俺もなるべく明るい声で答える。自分の不安を薄めたいといった様子のライが、話をつなげる。

「ここより西って、西側には森しかないと思ってたよ」

「かなり小さい村だからね。住民も少なかったし、その分村から出ていく人も少なかった」

「だから、バックさんは魔法を知らなかったんだね」

「うん、リラさんが食器を浮かせてるのを見たときは本当に驚いたよ」

 リラさんが口元を抑えてフフフと笑う。緊張感が薄まってきたようでよかった。


 少しの間話を続けていたが、途切れてしまった。気まずい沈黙が流れていく。その沈黙を突き破るように、家全体に小さな振動が伝わった。ティタノベアが来たんだろう。ミラは母親の方にしがみつき、不安を隠しきれない様子だ。

 奴を誘導する作戦が成功すれば、この振動は遠ざかっていくはず。全員が黙ったまま床の振動に神経を集中させている。


 ズシン…ズシン…


 音が聞こえてきた。振動も大きくなってきている。作戦が上手くいっていないのだろうか。

 わずかに聞こえていた音が振動に伴って大きくなってきた。その音に紛れて、家の戸をノックする音が聞こえてきた。全員の視線がドアに向く。「俺が行きます」と言ってドアを開けると、そこにはベガがいた。

 全身に緊張がほとばしる。ベガがここにいるということは、作戦が失敗したということだ。ティタノベアがやってくる。

「バックさん、どうしたの?」

 ここで何かを話して不安にさせるべきではない。

「みんなはここにいてください」

 そう言い残し、ドアを閉める。早く行かなければ。隣のベガに飛び乗り、村の北側に向かって走りながら何が起こっているのかを聞く。

「どうなってる?」

「ティタノベアが村の作物の匂いに反応しているようです。村の方たちは空から攻撃してどうにか気を逸らそうとしていますが、やはり動かす魔法でものをぶつけるだけでは気にも留めないみたいです」

「まずいな。取り合えず柵の外に出よう」

「わかりました」

 そういうとベガは、翼などいらないといわんばかりに高くジャンプし、4mほどの柵を飛び越えた。ベガがジャンプの頂点に達したとき、周りの木々をなぎ倒している熊が見えた。その傍では宙に浮いた男たちが懸命に戦っている。

「とにかく門まで近づこう」

 そういって門の方に近づいていくと、必死に支持を飛ばしているラオさんの姿があった。「ラオさん!!」と、大きな声で呼びかけると、こちらを向いて驚いている。

「何してるんですか!早く安全なところに…」

「俺があいつを倒します。このままだとあいつは村に入ってしまう」

「…わかりました。我々も最大限協力します」

 ラオさんもわかっているのだろう。今の状態ではティタノベアに対抗するすべはない。俺はラオさんにあいつの注意を逸らすように伝え、現場へと向かった。


 ティタノベアから50mほどのところまで近づくと、木に隠れていた全身が見えてきた。見た目こそ熊にそっくりなものの、体長が10mほどもある。木の陰に隠れながら急いで銃の強化を始める。両手に銃を握り、神経を集中させる。今の自分の最大限の魔力を作り出し、銃へと流し込んでいく。それから、自分の両腕、そしてベガの上で踏ん張っている両足にも強化を施していく。

 昨日よりもうまく強化できたようだ。全身に力がみなぎってくる。そして両手に握った銃からも強い力を感じることができる。

「ベガ、10mくらいまで近づいてあいつの周りを走ってくれ。この大きさだと目と脳を狙うしかなさそうだ」

「そうですね。頭を破壊しなければ止まらないと思います。私は鼻先で触れないと強化ができないので、バックさんのお力にはなれません」

「わかった」


 ティタノベアまで40m…、30m…、20mのところまで近づいたところで、奴と目が合った。接近に気づかれた。そう思った瞬間、門の方から大きな音がした。振り向くと、ラオさんが大きな銅鑼を鳴らしている。

 ティタノベアの注意がそちらに向いた。今だ。背後に回り込んで2丁の銃を構える。両手にはまだ光が宿っている。

 

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