第10話 村の英雄

 揺れる馬上で呼吸を整える。射撃で大切なのは体の力を入れすぎないこと。力が入りすぎても入らなすぎても狙いは定まらない。

 バキバキバキッと、木々の折られる音がする。ティタノベアが歩いているだけで数メートルの木がなぎ倒されていく。あれに当たったら怪我では済まないかもしれないな。でも、今あいつを引きつけている村の人たちも自分の命を張ってるんだ。俺一人で逃げ出すわけにはいかない。


 覚悟を決めて銃を構える。はるか上にあるその頭に狙いを定め、引き金を引くと、轟音とともに両腕に衝撃が伝わってきた。

 片手で銃を握っている分反動は大きく感じるけれど、両腕の感覚はしっかりしている。身体の強化が効いているみたいだ。馬上で揺られながら銃弾の方向を見てみると、ティタノベアの後頭部に風穴が空いていた。小さい穴だが、弾が貫通したその向こうには空が見えている。見えていた青空はすぐに鮮やかな赤色に変わり、そこからティタノベアの血が噴き出してくる。


 グアアア!


 ダメージを受けた様子のティタノベアは、痛みのあまり暴れだした。こちら側に向いた顔面を見ると、命中したのは右の目付近らしい。すぐさまベガが死角に回り込み、俺は再び狙いを定め、両手の銃を正確に撃ち尽くす。ティタノベアの顔には小さな穴がいくつも空いているが、なにぶん大きなその顔のせいで、致命傷には至っていないようだ。

 銃一丁につき6発、計12発の傷を相手につけ、リロードをしようとしたその瞬間、倒木を避けようと大きくジャンプしたベガの横から、ティタノベアの脚が飛んできた。まずい、このままでは当たってしまう。あまりにも不運な偶然に、思わず目を瞑る。


 予想に反して体に衝撃は訪れず、目を開けると目の前には穴だらけの獣の顔があった。そして、ベガの背中には白く大きな翼が現れている。目の前にいるこいつもさすがに驚いているようだ。


「おい、いいのかよ!?」

 あんなにペガサスだとばれるのを避けていたのに。

「仕方ないでしょう。飛ばなきゃ二人とも死んでるとこです」

 門の方では村人たちが騒然としているようだ。それでもかまわずベガは高度を上げていく。ティタノベアの方は、相当ダメージを与えられているようだ。顔の半分ほどが血で染まっている。

 「それに」と言って、ベガが続ける。

「この村の方たちに私のことが知られたとしても、それがほかの都市に伝わるとは思えません。さあ、あいつにとどめを刺しちゃってください」

 簡単に言うぜ、こっちは12発も撃って倒せてないってのに。しかし、ベガが飛んだことで足場の揺れは相当小さくなった。さらに、今度はこっちの方が上から攻撃出来る。これならあいつの脳幹を正確に狙える。

 脳幹とは、人間なら眉間の間に位置する、いわゆる急所というやつだ。そこの機能を停止させることができれば、確実に相手の体は動かなくなる。脳の持つ働きは人も動物も一緒だ。狩りの時も村のガンマンたちはみんな、獲物の脳の中心を狙っていた。


 空中から相手を見下ろしながら、再度弾薬に強化魔法をかけてリロードする。ティタノベアがこちらを見て激高している。こちらを向いてくれたのは好都合だ。

「じゃあな」

 相手が前足を振り下ろしてくるその瞬間、相手の眉間に狙いを定め、両手の引き金を引く。


 ドカン!


 ティタノベアの額に銃弾二発分の風穴が空いた。鮮血があふれると同時に、目の前まで迫っていた前足は動きを止め、そいつはそのまま後ろに向かってズシンと倒れた。

 固まっていた体が柔らかくなり、初めて自分が緊張していたことを知る。

「やりましたね」

 空中で静止していたベガはゆっくりと降下していき、地上に降りて翼を消した。

「これでもう大丈夫かな。村に戻ろう」

 村に戻るまでの道すがら、倒したティタノベアの大きさを見ていると、背中から倒れたその頭は、村の門までもう少しというところまで来ていた。

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