第3話 森を抜けたぞ!
次の日の朝、寝ているベガを起こして出発する準備をする。その間、ベガは昨日のタウロスの死体を貪っていたが、なるべく見ないようにしておいた。
「では、私の背中に乗ってください」
準備が終わると、ベガは羽を広げて跪いた。
「背中に俺を乗せて飛ぶなんて、本当にできるのか?」
「ペガサス舐めないでください。ほら、早く」
起きたばかりでけだるそうなベガに促され、背中に乗ると、滑らかな皮膚から体温が伝わってきた。俺が乗ったのを確認するとベガが立ち上がり、普段よりもかなり高い目線になった。
背中にまたがった足の内側から翼が現れ、足と背中の間をすり抜けて大きく広がる。
「なんか、背中がくすぐったいですね」
「大丈夫?重くない?」
「重くはないです。人を乗せるのってこんな感じなんですね」
「ちょっと待って、人乗せるの初めてなの?」
その言葉を待たずにベガは大きな翼を動かし始めた。地面が勢いよく離れていき、俺は足の内側に力を込める。あっという間に周りの木々よりも高くなり、下を見るのが怖くなった俺は、上を見上げた。
そうか、今日は晴れだったのか。森の木々に隠れていた青空が大きくなっていき、あれだけ高い空がすぐ近くにあるようにさえ思う。高度はどんどん上がっていき、バラリ村がこぶしほどの大きさになったところでようやく止まった。かなり高く上がったが、バラリ村の採掘場があった山の向こう側は、見えそうにない。真下の森に目を向けると、緩やかな斜面になっているのがわかった。少し冷静になったところで耳が痛いことに気が付き、空気を抜く。
「どうですか、空の景色は」
ベガの声は少し自慢げだ。
「落ちないようにするので精いっぱいだよ。でも」
首を目いっぱいに回して辺りを見回し、一度だけ深呼吸をする。下には森が広がり、上には空が広がっている。
「悪くないね」
「そうでしょう」
「じゃあ、あっちの方に向かって行こう」
俺は山の反対側を指さす。
「はい、飛ばすのでしっかり掴まっててください」
そう言うと、ベガは指さした方へ加速していく。向かい風がどんどん強くなっていき、飛ばされないようにベガの背中に顔を近づける。その背中からは、晴れの日に干したタオルの匂いがした。
俺たちのいた森は想像よりずっと広く、しばらく飛んでいても終わりらしきものは見えなかった。途中で遠くに川を見つけ、俺もベガものどが渇いていたのでそこで休憩をすることにした。
「なかなか人里が見えませんね」
川で水を飲みながらベガが言う。体を震わせると、真っ白なたてがみが綺麗になびいて太陽の光をキラキラと反射する。
「まあ、気長に行こうよ」
少し休憩をし、水分を確保したところで再度出発することにした。まだ太陽は東側にあるし、昼過ぎには人里につけるだろう。
ベガに乗って再び空に飛び立ち、川沿いに斜面をひたすら進んでいく。先ほど初めて見た上空の景色にも慣れ始め、ベガの背中に乗るコツもわかってきたところで、地平線をぼーっと眺めていると、たどっていた川が二手に分かれているのに気が付いた。
俺の方が目線が高いらしく、ベガはまだ気が付いていない。川が分かれていると伝えようとしたところで、その分かれ目の周りの色が森と違うことに気が付いた。俺は思わずベガの背中をたたく。
「ベガ!」
「あぁ…、ごめんなさい私ボーっとして…」
眠そうな声を出すベガ。こいつ居眠りしてたのか…。
「森を抜けたぞ!」
「本当ですか!?」
驚いたベガは、その場で止まって俺が指さす方向を見る。目が覚めたようでよかった。
「確かに、あそこで森が終わっているようですね」
そう言うと、ベガはゆっくりと下降をはじめた。森の端にはまだ距離がある。
「降りるの?」
「自分で言うのもなんですが、ペガサスって結構珍しいんです。普通の馬としていた方がいろいろと楽だと思います」
そうか、空からペガサスに乗った人間が出てきたら誰だって驚く。馬に乗っていたところで、それが白馬だったら珍しがられるだろうが、ペガサスよりは幾分かましだ。
地上に降り、一度降りてベガが翼をしまうと、俺が再び背中に乗って走り出した。ベガは地上での走りも大したもので、周りに木がある分疾走感は増している。
川の分岐点に近づいてきた頃に、数匹の小動物たちとすれ違った。俺たちの進行方向とは反対側に逃げているらしかったので不思議に思っていると、遠くの方でかすかに悲鳴が聞こえてきた。人の声だ。
「ベガ、聞こえた?」
「はい、近づいてみましょう」
ベガがスピードを速める。少し走ると、木々の間からウルフの群れとそれに襲われている子供が二人見えた。女の子は男の子の後ろで泣いている。男の子の方は木の枝を前に突き出して、ウルフたちの接近に精いっぱい抵抗している。
ウルフは小型だが凶暴な肉食獣だ。助けなければ二人とも食べられてしまうだろう。
「ベガ」
走っているベガの耳がぴくっと動いてこちらを向く。
「そのまま近づいて。合図をしたら大きく飛ぶんだ」
まだ銃の射程距離に入っていない。はやる気持ちを抑えながら小さいほうの銃を握り、弾が入っていることを確認する。弾は6発、ウルフの数は4匹、確実に急所に当てなければ反撃を食らうだろう。
ウルフたちの姿がだんだん近づいてくる。もう少し、あと少し…。
―今だ。
「ベガ!」
その声とほぼ同時に、ベガは大きく飛んだ。背中の揺れがなくなり、体に浮遊感が走る。即座にウルフの頭に狙いを定め、4発の銃弾を撃ち込む。
パパパパァン‼
4発目を撃ち終えた直後、ベガは着地し、体に衝撃が走った。まだ気は抜けない。銃弾の行く先を見ると4匹のウルフは倒れていた。よかった、命中したみたいだ。
ベガの背中から降りて二人の方へ近づくと、倒れたウルフたちを見ながら呆然と立ち尽くしている。近づいてみると二人ともそこまで幼くなく、男の方は俺と同じくらいの年に見える。
「大丈夫?」
「…あ、ありがとうございます」
かなり警戒されているようだ。確かに、いきなり現れた男が馬の上からウルフをぶっ殺したんだから、警戒するなという方が無理な話だ。
「俺の名前はバック。こいつはベガで、一緒に旅をしているんだ」
大丈夫、嘘はついていない。
「俺はライです。こっちは妹のミラ」
「二人はこのあたりに住んでるの?」
「はい、この先の村に住んでます」
「よかったら、村まで案内してもらえないかな?そこまでの護衛もかねてさ」
そんなこんなで俺とベガは村に連れて行ってもらうことになった。歩きながら話していると、だんだん二人の緊張も解けてきたようで、初めて見たらしい銃を見せたり、ベガの上にのせてあげたりしているうちに、すっかり打ち解けることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます