第2話 お前、俺の言葉がわかるのか?

 時刻は正午過ぎ。門を出てからしばらく歩いてきたところで、だんだん村の周りとは違う景色になってきた。木の密度は濃くなり、足元に生えている植物も背が高いものが多い。


 パキッ。


 それほど遠くないところで木の枝が折れる音がした。何かいる。木の影をつたいながら音の方向を覗いてみると、大型の動物が六頭、こちらとは反対側を向いているのが見えた。茶色の体に細長いしっぽ、頭に生えた二本の角。あれはタウロスだ。

 タウロスを見た瞬間、腹が減ってきた。何を隠そう、村で食べていた獣肉のほとんどは、このタウロスなのだ。朝はご飯を食べられなかったから、ぜひ彼らをお昼ごはんにしたい。それに、せっかくの機会だ。新しいリボルバーを試してみよう。


 タウロスたちに気づかれないように射程距離まで近づき、リボルバーに六発の弾をこめる。両手で銃を構え、狙いを定める。


 ダァン!


 引き金を引くと、轟音とともに大きな反動が伝わってきた。その音に驚いたタウロスたちは、命中した一頭を除いて一目散に逃げていった。倒れたタウロスに近づくと、命中した頭部には風穴が空いていた。反動からも感じたけれど、この銃、やっぱりすごい威力だ。


「ん、なんだあれ?」


 倒したタウロスの先に、何やら光っている場所がある。銃を構えながら近づくと、怪我をした白馬が倒れているのが見えた。大きな体に強靭な筋肉、真っ白なたてがみと金色のひづめ。なんて美しい馬だろうか。


「あなたがタウロス達を追い払ってくれたのですか?」

「だれだ!?誰かいるのか?」


 あたりを見回してみても、人がいる気配がない。この声はどこから聞こえているのだろうか。


「私です。目の前に倒れている」


 目の前といわれ白馬に目を向けると、そいつは倒れたまま、まっすぐにこちらを見ている。


「まさかお前、俺の言葉がわかるのか?」

「はい、私は魔獣と呼ばれる生き物ですから」


 魔獣。学校で習ったことがある。普通の野生動物と違い、特別な力や不思議な能力を持っている生き物たちの総称だ。


「魔獣って、お前普通の馬じゃないのか?」

「はい、私ペガサスです」

「ペガサス!?神話上の生き物じゃないか!」

「まあ、珍しい種族みたいですね」


 頭の整理が追い付かない。こんな村の近くにペガサスがいるなんて。


「なんでこんなところにいるんだ?」

「それが…、あそこの山でグリフォンに襲われてしまいまして。何とか逃げてきて休んでいたら、今度はタウロスに襲われてしまったわけです」

「そこに俺が通りがかったってことか」

「はい、あなたは命の恩人です。名前を教えてくれませんか」

「俺はバック。君の名前は?」

「人間の言葉では発音できない名前なんです。お好きなように呼んでください」

「うーん、名前か…。ペガサスだから、ペガ?いや、ベガだな」

「ベガ…、素晴らしいと思います」


 とっさに思い付いた名前だったが、気に入ってもらえたようでよかった。

 それから、ベガは少しの間体を休め、俺は狩ったタウロスを昼食にすることになった。


 荷物の中から網と火打石を取り出し、周りの枯れ葉や木の枝を集め、その周りを適当な大きさの意思で囲って火をつける。火がある程度の大きさになったら網を乗せ、タウロスの足の部分から切り離したブロック肉にバラリ村特製のスパイスをふりかけ、焼き始める。

 しばらくすると、いい匂いがしてきた。肉を裏返してみると、おいしそうな焼き目が付いている。ベガもその匂いにつられたようで、のそのそと火のそばに近づいてきた。


「何か特殊な調味料を使っているようですね」

「わかる?俺の生まれた村で作られてるスパイスをかけてんだ」

「私もいただいても?」

「いいけど…、お前肉も食べられるのか?」

「ペガサスは馬と違って雑食なんです。タウロスだって、怪我してなかったら私が捕食する側ですから」

「意外と凶暴なんだね」


 焼いていた肉がいい色になってきたので、ナイフを使って半分ほどに切り

、大きめの葉っぱに乗せてベガの前に差し出す。


「…、すごくおいしいです。力がみなぎってきます」


 相当空腹だったのか、ものすごい勢いでタウロスを食べている。作った身としては悪くない気分だ。そう思いながら自分もタウロスのステーキを食べてみる。ああ、いつも村で食べていた味だ。安心する。

 もう一つブロック肉を取り出し、再び作ったステーキが食べ終わると、時刻は昼下がりになっていた。


「バックさんは、どうしてこんなところを旅しているんですか?」

「こんなところっていうか、故郷の村から今日出てきたばかりなんだ」

「故郷って、あそこの小さな村ですか?」


 そう言って、ベガは僕が北方向をあごで示した。


「そうだよ、バラリ村って言うんだ」

「どうりで、その武器だけで戦っていたんですね」

「どうりでって?」

「私は世界中を飛び回っていますが、バラリ村は世界からかなり孤立した地域にあるんです」

「それは薄々感じてた。だから旅に出たんだよ」

「それでは、私を使って旅をしませんか?」


 突然の提案に驚く。ペガサスに乗って旅するってことか?


「そんなの、君にメリットがないじゃないか」

「私はバックに興味があるんです。この世界を見たあなたがどんな反応をするか見てみたい」


 そういったベガは、体力が回復したのかおもむろに立ち上がった。


「怪我もかなり良くなってきましたし、私の本当の姿をお見せしましょう」


 その皮の下に筋肉の存在が感じられていた背中の上部から、羽毛のようなものが浮き上がってきた。それは即座に背中全体に広がっていき、やがて大きな翼が現れた。


「翼!?ペガサスが空を飛ぶって、そういうことだったのかよ!」

「はい、ペガサスは魔法の翼で空を駆けるんです」

「すごいよ、ベガ」

「どうです?私と旅をする気になりましたか?」

「こっちからお願いしたいくらいだよ」


 魔法という言葉自体、俺にとって初めての言葉だった。でも、そんなことを気にする暇もなく俺の心は激しく踊っていた。

 その夜、次の日の朝に出発することを決めた俺たちは、交互に見張りをしながら眠りについた。

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