御空と緋紅の交わる先は

「これが、私の……天羽御空の呪いだよ。ちなみに、千草さんはお姉ちゃんの恋人。緋紅は、あくまでも画名。戸籍上には、存在しないの。生き残ったのは、天羽御空だけ」


 長い長い彼女の独白に、その場が静まり返る。御空は、どこか自嘲した笑みを浮かべながら、唇を噛み締めた。誰も話しださない中、その静寂を破ったのは、紫苑だった。


「お前は、本当に画家になりたかったのか?」


 あの時と同じ、真剣な眼差しで向き合ってくれる。


「私は……描き続けなきゃ、」


 そんな御空の言葉を遮ったのは、冷たい声の千草だった。


「好きにしてよ」


「……え?」


「……好きにしていいって言ってるの。御空ちゃんが描き続けたいならそうするといい、辞めたいなら辞めればいい。いつまで留まってるつもり?リードは外されてるんだから、苦しいなら首輪が付いたままでも逃げ出せばいいじゃん」


 ____私は、自由になってもいいの?


「千草くんの言う通り!大丈夫、貴女に首輪が付いたままでも、私達は御空ちゃんを受け入れるから。そしていつか、首輪が取れる日まで、ずっと傍にいるよ」


 桔梗が優しく微笑む。


「なんでっ……!」


 ____紫苑だって、本当は消えたいくせに、逃げたいくせに。私だけ逃げてちゃ駄目でしょ?


「苦しむ時は、みんな一緒に。だろ?」


 ____互いの呪いを分け合おう、絶望を半分こにしよう。


「俺には御空の絵が必要なんだ。お願い、御空」


 3人は本気だ。本気なんだ、本気で御空と、向き合ってくれているんだ。


 ___なら、私も私の全てで答えないといけない。


「……馬鹿だな、私は。周りを見ればこんなに、簡単な事だったのに」


 __緋紅はもう私と同じでは無いのに。


 呪いをかける人は、もういないのに。


 __ならもう、オレの全てはこの人達に捧げよう。


「………降参。戻ればいいんでしょ?好きにしてよ、紫苑くん。私はお姉ちゃんが居たから正気でいられた。中学の時、お姉ちゃんに「描き続けろ」なんて言われなかったら……私は今、紫苑に出会えてない。絵のせいでこうなって、絵のおかげでここに居れる。___私は今、幸せなんだ」


 御空が意識せずとも、自然に涙が出てくる。筆を握って、殴りつけるようにキャンバスに絵を描いていた時とは違う。苦しさから流していた涙とは違う。今流れている涙は暖かく、嬉しい涙だ。


「やり直すから、もう一度。」


 緋紅色に染まったあの日々を御空色で塗り替えよう。






「こんなところで、なにしてんの?」


 大きく開けた窓から吹き込む暖かな春風が、二人の頬をそっと撫でる。


「こんにちは、紫苑くん。最後くらいはここで描きたいなって思ったら、筆が止まらなくなっちゃって」


 そう言って優しく微笑む彼女の黒髪は、この数年でかなり長く伸びた。その手にある小さめのキャンバスには、色鮮やかに描かれた御空色の空が写し出されている。


 一月よりも随分と暖かくなり、桜が舞う季節になった。皆、それぞれ違う夢に向かって羽ばたいていく大事な時期。御空と紫苑もそのうちの一人であり、今日はその第一歩となる卒業式の日だった。


「……御空は、本当に海外にいくのか?」


「うん。誰かを救えるような絵が描けるように、本格的に絵を始めようと思うんだ」


「そうか……寂しくなるな」


「ふふっ、たったの三年だよ?また、会いに行くから」


 キャンバスとカバンを手に、御空は部屋の扉を開く。ふと、後ろを振り向き、口を開いた。


「そういえば、伝え忘れてたことがあったんだった」


「おう、なんだ?」


「____救ってくれてありがとう、紫苑くん」


 柔らかく花が綻ぶように笑う彼女は、もうあの頃の彼女ではない。


「ああ、どういたしまして」


 目を細め微笑み返す。鼻を掠める春の穏やかな香りが、2人の間を通り過ぎていった。

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