緋紅と真実の交わる先は
そして私達は、夏休みという長期休暇を利用し、家族旅行に行く予定だったのだが、父の仕事の都合で予定よりも少し時間が遅れてしまっていた。
もう夜も遅い時間ということもあってか、母が父に安全運転を心がけるように何度も言い聞かせていたのをよく覚えている。
だが、どれだけ父が運転に気を配っていても、今回の事故は絶対に回避することが出来なかっただろう。なにせ、相手が居眠り運転をしていたのだから。
私は、当時の出来事をよく覚えていない。けれど、記憶に残っているのは、金属と金属がぶつかり合った耳を劈くような轟音と、母の甲高い悲鳴、そして、私を庇うようにして飛び出した姉の姿だった。
父と母と姉、共に即死。私だけ生き残ったのは姉が私の身体を覆っていたからだと、私が入院していた間、看護師の会話がひっそりと聞こえてきたから知っている。
退院してからは、ただただ空虚な日々を過ごした。誰一人として帰ってこない家で、誰かの帰りをただひたすらに待ち望んでいた。姉に託された夢のことなど忘れて、ただただ自堕落な生活を送っていた。
そんな生活が一変したのは、私が高校二年生のとき。何となく、自宅のポストを開ける気になったのが、今思えば全てのきっかけだったのだろう。
溜めに溜めていたポストを開けると、大量のチラシなどが地面に散らばった。それを拾おうと屈んだ直後、視界に飛び込んできた、芸術大学のオープンキャンパスの案内。その宛先に書かれていたのは、最近は思い出すことすら辛くなっていた姉の名前。
姉は、私を庇って死んだ。あのとき私が姉を庇っていたのなら、姉は誰からも縛られることなく、夢を追いかけることが出来たのではないか。けれど、後悔しても、もう遅い。
ならば、償いとして、姉に託された夢を叶えよう。姉が絵を辞めてしまう原因になったこの才能を、姉の人生を続かせるために使うのだ。
この日、私は自らの手で自身へ呪いをかけた。
私はもう、失ってしまったものはもう二度と元に戻らないことを知っている。時間は逆には進まない。既に起きたことは変えられない。どれだけ渇望し、どれだけ目を背けても、そこにある現実は変わらないということを、誰よりも深く理解している。
けれど、それでも人は前を向いて、どれだけ惨めで無様だろうと、生きていかなければならないことを知っている。
過ぎ去ってしまった時間。失くしてしまった想い。心の片隅に閉じ込めてしまった夢。それらは、私の目に眩しく映った。取り戻すことが出来ないからこそ、心が強く縛られる。
真っ白なキャンバスに沈みかけた太陽のような緋紅色を乗せ、ある想いを繋ぎ留めるように絵を描き続けるのだ。
本来であれば、彼女が歩んでいくはずだった軌跡を自分が辿り、その約束されていた未来を重ねていくように。
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