ディープの物語6

 あるとき、ディープはエリンに聞いた。

「君はもう、哀しみを乗り越えたの?」


 エリンは微笑んで、

「哀しみを乗り越えるとか、克服するとか、立ち直るとかいうのは、私は違うと思っています。哀しみはずっとそこにあって、なくならない。時間とともに、少しづつ、その色や形が変わっていくことはあっても。何かで代わりに埋め合わせをすることなどできないからです」


 彼女は続けた。

「私はこの哀しみを抱いたまま、共に歩いていきます。もし、ひとつだけ何でも願いをかなえてもらえるというなら……。もう一度あの人に触れたいと思うけれど」

 エリンの声が震えて、髪で隠すようにうつむいた。涙が頬を伝って落ちた。

 ディープは、エリンの心の中には、今もモーリスがいることを感じた。


 ディープはときおり深い哀しみに足を取られ、なかなか前に進めなかった。もう心から何かを楽しんだり、大声で笑ったりすることはできないのではないかとさえ、思った。

 世界から明るい色が消えた気がした。


「立ち止まっていてもいいんです。焦らなくても、また前に進みたいと思える日がきっと来ますから」


 まもなく1ヶ月が過ぎようとしていた。

 長いようで短いようで、何もできずに過ごした時間だった。エリンは、ディープに休みを延長して休職することをすすめ、診断書を書いた。


 ディープは結局、さらに1ヶ月間、休職することになるのだが、このときはまだ何も先のことが見えていなかった。

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