エリンの物語5

 その日もエリンは帰る前に、モーリスにそっとキスしようとした。そのとき、眠っているとばかり思ったモーリスがふと目を開けた。

 モーリスは、エリンのほとんど触れそうな唇を感じて驚き、エリンも驚いて飛びのいた。

「え?」「キャッ!」

 ふたりの声が重なった。


「待って」

 モーリスは出て行こうとしているエリンの手をつかんだ。

「行かないで。座って」

 エリンは頬の熱さを自覚した。

「ごめんなさい…私」

「エリン、聞いて」

 モーリスはエリンに言っておかなければと思った。

「僕にはあまり時間がないんだ。君の気持ちは嬉しいけれど、君をまた哀しませたくない。君はお父さんを亡くされたばかりだから。哀しみは出来るだけ遠くにある方がいいよ」

「それでも、私は…」

 彼女は、あのとき『君を必ず助ける』そう言ったモーリスの瞳をずっと忘れられずにいたのだ。無意識に胸のペンダントに触れていた。


 モーリスはそんなエリンの様子に、少しの間、迷っているようにみえた。

 そして……。心を決めたのはそのときだった。

 彼はやわらかな表情で言った。

「…エリン。ひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」

「はい?」

「キスするときは、僕が起きているときにして」

 エリンは再び赤面した。


 モーリスは微笑んで、エリンの手をギュッと握りなおした。

 エリンはそっと唇を重ね、モーリスの手が髪を優しくなでるのを感じた。

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