エリンの物語4
そのとき、モーリスのデータをチェックしていたディープは、彼がわずかに眉根をよせて小さく息をもらしたのを、見逃さなかった。毛布をつかむ片手に力が入っているのがわかった。
「モーリス。痛みがあるんだろう?僕の前では、我慢や遠慮はしなくていいよ」
モーリスはゆっくりと目を開けてディープを見た。
「うん。でも、このあとエリンが来るから…。薬で眠ったり、ぼんやりしたりしたくないんだ」
「君は彼女との時間を大切に思っているんだろう?完全に痛みを無くすことはできないけど、弱い鎮痛剤なら大丈夫だから、使った方がいいと思うよ。少しは楽になるはず」
「うん、そう…だね」
少しして、薬の効果で痛みが幾分、
「ディープ、僕は…」
モーリスは少し間をおいて続けた。
「僕にはもう迷ったり、ためらっている時間はないのに、スタートラインに立つことさえできずにいるんだ。彼女を必ず哀しませることになるとわかっているから」
モーリスはエリンの想いに応えられない自分について言っていた。
「エリンにはきっと君の気持ちはわかっている、と思うよ」
あのエリンが気がつかないはずがない、とディープは思った。
「モーリス。どんな小さなことでもいい、君が望んでいることがあるなら言ってくれる?僕は精一杯のことをするから。そのためにここにいる」
「…ありがとう」
モーリスは微笑んで言った。
「お願いしたいことがひとつだけあるんだ」
ディープは黙ったまま促した。
「さらに耐えがたい苦痛が来てしまうのは、そう遠くないことだよね。それは…怖くないんだ。でも、そのときは薬で眠らせてくれる?」
「モーリス。そうしたら…」
鎮静をかけて眠れば、話をすることは難しくなってしまう。
モーリスはうなずいた。
「わかってる。僕が辛いからじゃなくて、エリンが少しでも辛い想いをしなくてすむようにしたいんだ。僕の苦しむ姿を見せたくない。出来るだけ哀しい記憶を残さないこと、彼女がこのあと笑って暮らしていけるようにしたい。…それだけが僕の願いだよ」
「わかった。そのときが来たら。…約束する」
モーリスの想いはきっとエリンに届くはず…。そうディープは思った。
「ありがとう。エリンが来たら起こして」
モーリスは目を閉じて、ホッと小さく息を吐いた。
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