キュルティヴェハーデース

融合

キュルティヴェハーデース

一、新世界

 

 

 初めましてこんにちは、私はノワールのプリメラと申します。冥界の管理を任されている死神達を統率している者です。

 冥界とは現世と冥府の門により繋がれたあの世のこと。そう解釈している者がほとんどでしょう。

 まぁ間違いではないのですが、冥府の門は開け方によって、その在り方が変わって来るのです。そして、その冥府の門と現世との境界には、魔界、聖域と言われる世界の二つが存在しています。

 しかし今、これらの世界のバランスは崩れようとしています。そうなれば結果として全てが消滅してしまうことになるのです。その均衡を乱す原因となるのが、冥界における王の不在です。つまり、我々冥府の民の主の不在。

 そして、ここからが本題なのですが、我々は魔界と聖域には一切の干渉が出来ません。そのため、現世の者の中から次の王を生み出すべく、学園を作りました。

 私たち冥府の民は今、新学期を迎える学園への新入生のスカウトをしている最中です。

「おっと、いいですねぇ」

 では、ここら辺で・・・・・・。

 

 俺の名前は蘭木 天月。ごく普通の中学に通っている十五歳だ。

 自慢じゃないがクラスメイトにも慕われている方だし、生徒会長も勤めている。それに、困っている人がいれば手を差し伸べる。だけどこれを偽善と取る人も多くいるだろう。何とでも言ってくれ、俺はただ人の役に立ち、尊敬されるような人物でありたいんだ。

「おはよう!」

 後ろから勢いよく声を掛けて来たのは、クラスメイトの雪目 空。

「おはよう、雪目さん」

「くぅー!今日も笑顔がまぶいな、おい!」

 俺を揶揄うような口調で声をかけて来たのは、クラスメイトでもあり、幼馴染でもある緑馬 カイト。

「今日もカッコいいね、モテモテ生徒会長さんは!」

「カイトお前、いい加減にしないと昔の話を暴露するぞ。ホラ!」

 俺はカイトの脇腹目掛けてチョップを入れる。するとカイトも両手の指をフニャフニャと奇怪に動かしながら体をくすぐって来る。

「アハハハッ!分かった、分かったから。ギブギブ!」

 いつも凛々しく涼しい姿勢を生徒へ見せている俺だけに、こういった仲の良い者とのじゃれ合いの姿を好き好んで見物したがる生徒が多い。しかし、そのギャップが響くのか、モテているのも事実だ。

「俺を丸めようなんざ、百年早い」

 カイトといる時だけは本当の自分を出せている気がする。親友と呼べる存在である。

 自身の教室へと入る。

「天月君!もう高校はどこへ行くのか決めたの?」

「おはよう!天月。昨日のバスケの試合見たか!もう、凄い興奮したよな!」

「今日昼休みに勉強しない?」

「今日も凄くカッコいいね!」

 途端、クラスメイト達による言葉の嵐が飛んで来るが、これは日常茶飯事のこと。

 みんなの質問一つ一つには答えられないので、おはようとだけ返し、席に着く。

 始業のチャイムと共に先生が教室へと入って来る。

 もう中学三年生。受験が控える大事な時期ということもあり、教師の口から出る言葉は受験の話ばかりだ。当然、生徒同士でもほとんどがその話題で持ちきりになって来ている。

 放課後になり何人かの生徒に勉強の誘いや遊びの誘いを受けるが、今日はカイトとの先約があるため、断った。

 俺は受験生だが、日々の成績や生活態度が認められ、私立の某難関高等学校への推薦入学が決まっている。

「天月はいいよなー。顔もいいし、頭もいい。みんなには慕われてるし、俺なんか何もねーよ、来年からは親の仕事を継がなきゃ行けないしな」

 カイトの親は大手の会社を営んでおり、来年は高校へは行かずにその仕事を継ぐということだ。

「親父さんか」

「あぁ、あの野郎高校へ行く意味がないだとか、新しく始める事業の社長になれだとか、マジで知らねぇーっつんだよ!」

 俺の家はお世辞にも金持ちと言えるものではないから分からないが、金持ちにはそれ相応の試練があるということか。まぁ人生は人それぞれだし、俺が口を出すことでもない。

「あーこの話は俺から始めたけど、一回終わりな!カラオケでも行ってパーっとストレス発散しようぜ!」

 俺たちは思う存分歌いまくった。

「あーそういえば、雪目さんのことはどうすんだよ?確か、来年には海外に行くようなことを言ってたぞ」

 カイトの口から雪目さんの話題が出たのには一つの大きな理由がある。それは、俺が彼女のことが好きだからだ。

「もういい加減よ、俺と接するみたく彼女にも少しは、ありのまま接してみたらどうだ?じゃれ合いは見られてるんだし」

「簡単に言うな!」

 俺だって後半年程で卒業まで迫った今、焦っていない筈がない。なんせ、一年生の頃から思いを寄せているのだから。だけど、本当の自分を知られ、離れていかれるのが怖い。

「まぁお前が俺の将来に対して抱いている感情と同じで、俺もお前の恋愛にどうこう口を出すつもりはないけどな、少しはお前らしくいてもこの世界は変わらない。これだけは覚えとけよなぁー」

 そう言って、カイトは会計を済ませに、レジへと向かって行った。

 少し考え込んだ後、カイトの後を追う。

 嫌気が走り、体中の毛穴が開くような感覚に襲われる。

 目の前には開く扉を後方へと傾いた体勢で見つめている店員の姿と、床に落ちた一枚の千円札の景色が飛び込んで来た。

 カイトは二人分の会計を済ませようとしてくれていたらしい。俺は、床に落ちている千円札を拾い、カウンターに置くと店員の行動を待たずして外へ出る。

「カイト!」

 返事がない。

「カイ・・・」

 アスファルトの地面に染みつく、まだ新しい血痕を目にした。その三滴ほどの血痕は、カラオケの駐車場へと道を示している。

「っ!」

 そこには、ナイフ、トンカチ、ペンチをそれぞれ手にした三人の男とその足元に・・・・・血まみれになり横たわるカイトの姿があった。制服のブレザーから覗かせている真っ白なシャツは、赤く染まり上げている。

「んだよ、連れがいたのか」

「どういうつもりだ」

「あぁん?こいつが先に会計させてくれって優しく頼んであげてるのによぉ!代わってくれなかったからついな。まぁこの事黙っといてくれりゃあお前まで殺しはしねぇよ、なぁ?」

 こいつは一体何を言ってやがる。こんな感覚は久しぶりだな。

 十年前、親父を手にかけて以来だ。

「殺してやる!」

 近くに落ちていたガラスの破片を血が出る程に強く握りしめ、男達に向かって突き刺す。

「あっぶねぇー!可愛い顔してこえーな、オイ!」

 易々と交わされた攻撃の勢いに乗り、体勢を戻すことが出来ない。相手の右の大振りで顔面を思いきり殴られ、飛ばされる。そのまま地面へ仰向きとなり、倒れる形となる。

 すぐさま、ナイフを持った一人が馬乗りになり、俺の腹部目掛けてナイフを振り下ろして来る。

「うっ、ぐ!」

 突き刺したナイフを体から抜き、一目散に立ち去ろうとする三人。

 あぁそうか、俺は今刺されたのか。俯くと血が服に滲んでゆくのが見えた。口の中からも凄い量の液体と鉄の味がする。だが、意識はまだある。生きてる。

 立ち上がり、掠れゆく意識の中精一杯の声を出す。

「待てよ、絶対許さない!」

「そんなに死にてぇーか、待ってろ今終わらせてや・・・・・」

 言葉の途中、動きまでフリーズする三人。

 周囲の音も静まり返っている。

「どういうこ、ゴグァー」

 見なくても分かる。大量の血液が口からこぼれ落ちている。俯き、理解するのに数秒かかる。

 背から肋を突き抜けるその黒い腕に握られている、微細な振動を見せる物体。

 心臓だ。

 俺の心臓が背後に立つ何者かによって抜き取られた。

 体から腕が抜けると同時に、倒れる。

「五秒間だけ耐えてください」

 何を言ってるんだこいつは、今にも死にそうだというのに。カイト・・・・・。

「二、一、」

「はぁー‼︎」

 目が覚めた瞬間、人生の中で一番大きく始めの一呼吸をした。痛みがない、傷が塞がっている。

「生きてる?一体何が、」

 振り向き、唖然とする。闇に包まれニヤリと笑う男の姿に恐怖を覚えた。

「混乱しているのも無理はありませんが、まずは私の話を聞いてください」

 状況が一切掴めない中で、奴の言葉がしっかりと耳に届いている。

「今、現世で動いているのは私と貴方だけなので警戒はしなくても結構です。早速ですが、今までの心臓を排除し、黒い心臓を埋め込ませてもらいました。馴染んでいくうちにそれがどういったものなのかはゆくゆく分かる筈です。大切なのはこの先、このノワールともあろう私が人間である貴方のことを直々にスカウトしに参りました。よって学園への新たなる生徒となってもらいます。何ですかその顔は?何を言っているのか分からないという顔ですね」

「当たり前だ!心臓を排除?学園?、何言ってるのか理解出来ない」

「まぁいいでしょう。今はその情報さえ覚えておいてくれれば、貴方なら賢いのですぐに理解が出来ることでしょう。それに、黒い心臓によりその意志も働いて来る筈」

 とりあえず、生きているのならカイトをすぐに助けなければ。

「あの者はすでに手遅れです。心臓も貴方にあげてしまいましたし、なのでこの、時の結界を解いたら目の前にいるあの三人を始末することですね。では、近々またお会いしましょう」

 耳元から奴の声が聞こえなくなり、徐々に周囲の音が戻って来る。

「・・るからよ!」

 ナイフを持った男の叫びが聞こえ、俺の腹へと再度ナイフを突き刺して来た。

「不思議な感覚だ。痛みを忘れたみたいだ」

 確実にナイフは腹へと刺さっているが、痛みがない。

 俺は、男の右腕を潰れる程強く握り締める。右手を男のみぞおちへと伸ばし、貫通させる。そうして、掌へ振動する何かが触れたことを確認して、右腕と同時に握り潰す。

 その光景を見て立ち去ろうとする他二人の背中から手を貫通させ、同じように心臓を握り潰す。

 その後すぐに姿を確認し、カイトの元へと駆け寄る。

「おい、おい!しっかりしろ!」

「どうした天月、お前、血だらけだぞ、ハッ、ハッ」

 意識が掠れゆくカイト。

「カイトぉ、最後に言ってくれたあの言葉、めっちゃカッコよかったよ。俺なんかより、お前の方がよっぽど凄い奴だ」

「ふっ、バカ、あんま褒めんなよ」

 目に浮かんだ大きな雫が頬を伝って零れ落ちていく。

「明日、ケジメを付けようと思う」

「・・・頑張れ」

 言葉に詰まる。言葉を発しようとすると、感情を抑えるために押し込まれていく。

「なぁ覚えてるか、いつか俺たち二人で誓った約束」

 カイトが唐突に聞いて来た質問に心当たりはなく、記憶を必死に探る。

「約束?」

「ふっ覚えてねぇーのかよ、誓っただろ、いつか俺たち二人で世界を掴んでやろうぜって」

「・・・確かに、そんな約束もしてたな」

「天月、お前は俺の憧れで、自慢だ。俺が死んでも、しっかり前向いて生きろよ。お前、ほんとは弱いから少し心配だけどな。俺はもう、隣で見ていてやれねぇーや。ありがとな今まで、楽しかったよ・・・・・・」

 眠るように瞼がゆっくりと閉じてゆく。

「おい、おい!嘘だろ、カイト!おい!マジかよ、あああああ、クソ!なんで、なんで!」

 ふと、周囲の音が消える。

「またお前か」

「後のことは私に任せてください。この者たちの証拠はしっかりと消去しておきます」

「カイトの遺体も消去するってことか?」

「何か問題でもありますか?」

「いや、何でもない」

 しっかりと埋葬してあげたいが、遺体を残しておくと、俺のしたことまで露見してしまう。それに、今の精神状態からしてまともに事情を説明出来る自信がない。

 その後、駐車場での一見は誰にも悟られることなく幕を閉じ、カイトは行方不明という形で扱われることとなった。

 それから二週間が経ち、久しぶりに学校へと登校する。

 いつものように気持ちの良いくらい元気に声をかけてくれるクラスメイト。しかし、以前のようにこちらからはリアクションを見せない。単純に面倒くさい。

 クラス内部いや、学校中で俺の急変した態度が噂になり広まっているが、親友がいなくなったショックとして捉えられている。まぁその理由もあるが、ノワールとかいうやつに黒い心臓を埋め込まれてから今までの自分ではなくなっていく感覚がする。

 俺は放課後、雪目さんを誰もいない教室へと呼び出した。

「どうしたの?天月君」

「俺が俺であるうちに伝えておきたいことがあるんだ」

「どういうこと?うん、でもちゃんと聞くよ」

 静かな教室の中、時計の針の音だけが響き渡り、カーテンの隙間から夕陽の光が差し込めている。

「俺、雪目さんのことが今まで好きだった」

「何で過去形なの?もう違うってこと?」

「ごめん、自分でもよく分からないんだ。だけど、二週間前までは好きだったよ。ただそれだけ伝えたかったんだ」

「・・・なんで?」

「あれ?」

 右目から涙が零れ落ちていくのが分かる。

「ごめん、訳わかんないよな。俺でも何でか分からない」

「謝らなくて大丈夫だよ」

 優しいな雪目さんは、彼女と恋人になれたらきっと毎日が楽しかっただろう。もっと早く告白するべきだったかな。いや、もしかしたら彼女もあの現場にいたかもしれない。これでいいんだ。

「明日からの俺が、変わっていっても気にしなくていいからな。他の人には迷惑はかけない。わざわざ呼び出して悪かった」

 俺は、彼女の理解が追いついていないことを確認しながらも、教室を後にした。

 

 卒業式当日。

 

 式辞が終わり、皆が自由行動する時間となっていた。

 そんな中、一人淡々と生徒には目もくれず帰ろうとする俺の姿は、みんなにはもはや別人に見えていることだろう。

「天月君!」

 後ろから聞き慣れた声がしたので、一瞬立ち止まるが、再度すぐに歩き出す。

「私も好きだったよー!」

 俺は顔だけ左へと向き一言添える。

「元気でな」

 その会話とも取れない一瞬のやり取りを見ていた者たちは彼女が俺に振られたように見えたかもしれない。だけど、俺と雪目さんの二人の間で正しい理解がされているならそれで十分だ。

 俺がこれから進む未来は、決して彼女たちが付いてこれない道なのだから。

 








 二、冥府の養成

 

 

 季節の変わり目を知らせる満開の桜が散りゆく美しい景色とは切り離されたような空間の中、入学式を行う一つの学園。

 表向きは私立 明応学園とされているが、それは当て字にすぎない。本来の名は、冥王学園。肉体を持つ冥府の民を養成し、冥王を生み出すための機関だ。

 一通りの流れが終わり、壇上に生徒と思われる男が姿を見せた。髪は銀色とかなり目立つ見た目をしている。

「学園の挨拶などの話はここまでにして、これから君たちが生活していく上での話をしよう」

 いきなり現れた男はどこかニヤついた表情を浮かべながら、淡々と話し始める。

「まず初めに君たち計八十五名は、僕の隣にいる五人の死神たちにスカウトを受けてここにいる」

 男の左横には、埃一つない黒のタキシードをピシッと着こなした者たちが並んでいる。この者たちは、死神と呼ばれる冥界における管理者であり、現世では人間の姿を保っている状態だ。

「これからそれぞれの教室へと分かれてもらう訳だが、この学園には一学年ごとに二つの教室しか設けられてない。未来を見る教室と過去を知る教室だ・・・・・」

 男は見上げる生徒の理解はそっちのけで話を続ける。

「それぞれの教室の生徒となった者には、「目」と「手」という力が備わり、目は未来を見ることが出来、過去を知ることが出来るようになる。未来は、自分の意思とは関係なくランダムに見えるものであり、見えるものの情報や時期に規則性はなく、皆に同じものが見える。しかし過去は、一人ずつに三ヶ月に一度リセットされる形で、クラスメイト一人の過去を知ることが出来る。そして肝心なのは手の方だ」

 先程まで上の空だった生徒たちだが、男の話に徐々に引き込まれていき、真剣な眼差しを向けている。男の話は学園生活を送る上で必要な情報と共に、一ヶ月程前までは普通の学生であった者たちにとってこの学園の仕組みは、とても魅力的なものに映る。

「「手」は未来、過去どちらであろうとも、改変することが出来る力のこと。しかし、この力を有するのは各教室で一人だけ、その者を有格者と呼ぶ。そしてその資格を計一年間守り切ることが出来れば、神格者と呼ばれ、神格者は学園の卒業と冥府への挑戦、願い事を何でも一つ叶えられる権利を与えられる。では、有格者について詳しく話していこう」

 有格者、つまり改変する力「手」は、一ヶ月ごとに使用可能回数が決められており、三回。そして、月毎にリセットされる。だからといって使いすぎても他の者にバレてしまう。そう、守り切るとは、クラスメイトの誰にも悟られずにということだ。また有格者交代の条件として、有格者以外の生徒には月毎に一人一回「ジャッジ」という力が渡され、有格者に触れながらその言葉を口にすることで成立する。

「次に卒業についてだが、冥王学園は他の高校と変わらない三年間だ。しかし、普通に三年間を終えても卒業とはならない。そのためには先程言った神格者になるか、教室の真髄を揃えるかだ。どういうことか分からないだろうけど、説明するから安心してくれ」

 神格者と名乗る男から卒業についての話が飛び出し、会場に響めきが走る。それは不安や疑念・懸念など、マイナスなものばかりだ。

「未来の教室と過去の教室は、それぞれ運命の教室と真実の教室と呼ばれる。そして、未来の教室を真実の教室とし、過去の教室を運命の教室とすることで、卒業を含め、神格者と同じ恩恵が得られることとなる」

 男がそう語った後に、壇上のセンターを奪い一人の黒ずくめの別の者が話し始める。

「みなさんは死神によるスカウトを受け、この学園の生徒となりました。ですが、悪いことばかりではないでしょう。実際に胸踊る生徒もいるように見受けられます。まぁ不安な生徒がほとんどだとは思いますが・・・・・。不安の大半は、卒業出来なければどうなるのか、ということでしょう。その時は、時の狭間に送らせてもらいます。そしてそれは、有格者の資格を奪われた者も同様に。時の狭間とは、意識を有し、時間が静止した空間、つまり永遠の時間の牢獄です」

 自分が置かれている状況を理解し、更に不安が増す者、逃亡の姿勢を見せる者、うずくまり泣き出す者と、彼らが置かれた過酷と理不尽な状況は一目瞭然。八十五名の中のたった二名しか神格者になれず、唯一全員が助かる道も理解が遠く及ばない内容。

「話は戻りますが、貴方方はここにいる五人の死神たちによってスカウトされて来ました。そして今年は、学園創設依頼初となる神格者の誕生を迎えています。それに際して新入生五名にそれぞれ、スカウトする際に死神の力を与えました。それは、時間・空間・命の裁き・事象の裁き・因果を操る力。つまり、貴方方の中には地球の理屈から逸脱した目と手以外の力を既に宿している者がいるということ・・・・・不公平ですよね。ですので、その者たちも含めてランダムでギフトを贈呈しようと思います」

 そうして生徒一人一人に黒のスリーブに入った手の平サイズのカードのようなものが配られる。

「開けてみてください。既に力を持つ者にもギフトを配ることに関しては、学園側の決まりですのでご理解いただけますように」

 スリーブの中からは、一枚の人物や動物、様々な環境が洋風に描かれたカードが出て来た。

「このカードはタロットカードの大アルカナというもの、種類は正位置、逆位置を含めて計四十三あります。その内、計四十二枚のカードは二枚ずつありますが、世界のカードは逆位置はなく一枚しか存在しません。そして、貴方方は八十五名・・・つまり同じ教室では被ることなく、カードを手にしているということです。カードには正位置と逆位置になぞらえた力が使えるようになります。世界の力と死神の力以外は、二つのクラスで見たときには同じ力が存在していることになりますが、そんなものは使い手次第でどうとでも変化します。それでは、与えられた力を活用して学園生活を存分に楽しんでください」

 入学式の全工程を終了し、それぞれの教室へと移動する。

 

 未来の教室

 

 教壇に立つ担任と思われる男性が教卓に両手を付き、椅子に座る四十三名の生徒へ向けて話をしている。

「これから最長三年間、この教室の担任になる赤坂 一だ。担当教科は数学。この教室はランダムで未来が見えるという説明だったが、最初は、明日の正午に一度だけ見れることになっている。なので、今後の説明は君たちが未来を目にした後にするとしよう」

 そう言い、教師は早々と教室を後にした。

 残された生徒たちの間では、恒例とも言えるであろう自己紹介が繰り広げられていた。先程の重い空気は払拭したかのように意気揚々と話す生徒たちの姿があった。

「僕の名前は目春 陽。小学生の頃からダンスをやっていて、この学園にはダンス部があるみたいだから入ろうと思ってる。是非仲良くしてくれたら嬉しいな」

 赤い髪というチャラい見た目とはかけ離れた、とても爽やかな性格の人物。

 そして次は体型の良さが服の上からでも分かる、洗練された筋肉のついた人物。

「俺は天陰 鉄也。昔は体操をやってたんだが、怪我の都合上辞めちまった。だから今は水泳をやってる」

 すると天陰の左横に座っていた生徒が勢いよく立ち上がり、天陰の顔へと右の人差し指を向ける。

「あんたもしかして!体操の神童って呼ばれてた人よね!」

 驚くような声が所々で生まれ、それらは徐々にざわめきと変化していく。

 その流れを断ち切るかのように一人の生徒が立ち上がる。

「夢冬見 茜」

「他には何かないかな?」

 目春が笑顔でそう問いかけるが、夢冬見は無視の一点張り。

 話を遮られた生徒が煮え切らない表情を浮かべながら再び口を開く。

「楽羅 水。私もみんなとは仲良くしたいので、いっぱい遊んで話そうね!」

 何やら夢冬見への嫌味が篭っているような言い方だ。しかし、それを気にも留めていない様子。

 そうして一人の生徒がゆっくりと薄くニヤつく表情を浮かべながら立ち上がる。

「ゴホッ」

 咳込みをし、表情を元に戻した後にゆっくりと正面を向き、透き通るような落ち着いた声で自己紹介を始める。

「僕の名前は蘭木 天月。普通の生徒です。よろしく」

 その奇怪とも取れる自己紹介に多少の笑いが起こる中、夢冬見の視線が天月の瞳を捉え、天月の瞳も彼女を見下ろすように捉えていた。

 学園には寮というものが存在しており、生徒は皆、一人一つの部屋を与えられる。

 そしてこの日は、早い時間帯でほとんどの生徒が帰路についていた。

 

 僕、いや、俺は一人、椅子に腰掛けながら部屋の天井を見上げ、今日の学園でのことを思い出していた。

 ノワールに黒い心臓を埋め込まれこの学園に入学を果たした俺だが、入学式での話から察するに、異質な存在であることは間違いないだろう。

 どうやらノワールは死神ではないということ、他の者は力を持っていない普通の学生であったこと。勿論俺も普通の学生だったが、最早学生はおろか、人間までも辞めている。

 他の者がどこまで冥府について理解しているのかは知らないが、俺は見たこともない世界のことを十分と理解している。

 全ては黒い心臓によるものだ。あれから俺は、この心臓が何なのか、そして、冥府の民の意志を知ることとなった。

 簡単に説明すると、黒い心臓とはノワールであるプリメラの数ある内の心臓の一つであり、目にしたものの支配と触れたものの拒絶を操ることが出来、不死身に近い細胞へと媒体の情報を書きかえるというもの。

 冥府の民の意志とは、プリメラ含め、冥王の復活を願うというもの。そして、現世と冥府の門の境界に存在する魔界と聖域には冥府の民は干渉出来ないため、現世の者の中から王を誕生させるという狙いがあり、俺は心臓の影響で、冥王の席に座る意志が働いている。

 しかし、そんなものでは生温い。民は全ての世界のバランスを考え、王の不在を良しとしていない。何とも優しい心行きだ。

 俺は冥界を含めた全ての世界を支配する存在となる。俺の意志によって、心臓の意志は飲み込まれている状態だ。だが暫くは、この狭い学園という世界を満喫するとしよう。

 それに俺に与えられたギフト、「星」の正位置。これは、真実を把握出来るという力であり、確かに抽象的な説明なため、使い手によって力の発揮どころが変化してくると言えるだろう。黒い心臓との相性も悪くなさそうだ。

 

 次の日の正午。

 未来の教室には既に生徒全員の姿がある。静かに一人過ごす者、談笑する者とそれぞれいるが、その時はいきなり訪れた。

「ッ‼︎」

 四十三名全員の頭に、十秒程度の映像が流れ込んで来る。それは、六階建のビルなら飲み込んでしまいそうな大きな門の中から、四足歩行で大きな羽と長い尾を生やした、牙を持つ複数の生命体が口から様々な色の炎を放ちながら現れるという映像だった。

「今のって・・・・・」

「ああ、漫画やアニメで見るドラゴン、だったよな?何であんなもんが」

「今のが目の力によるものなら、未来の出来事ということになるね」

「まずくない?」

「それに場所も多分だけど、この学園のどこかよね?」

「何それ!ならどうすんのよ!」

「有格者なら何とか出来るんじゃないのか?」

 そして、教室内で有格者探しが早速始まろうとした時、担任である赤坂が姿を現した。

「その様子じゃ、しっかりと未来を見ることは出来たようだな」

 そう言い、その後興奮する生徒に対して着席するように指示を出す。

「一体、どんな未来が見えたのか俺には分からないが、いくら騒いだところで意味はない。とりあえず、今日のカリキュラムを進めさせてもらうぞ。ではまずはこれを見てくれ」

 黒板に一つの画像が映し出される。

「これは、昨日の入学式で与えられた君たちのギフトだ」

 画像には、顔写真とその横にカードという配列で一人ずつ載せられている。

「そして、分かっているとは思うが、既に有格者も選ばれており、その者には昨日のうちに学園側からのアクションがあった」

 つまり、アクションがなかった俺は、有格者には選ばれなかったわけだ。

「全員のギフトを皆に公開した理由は、その必要性があるからだ。残念ながら俺は答えを与えてやることは出来ない、君たちで答えに辿り着いてほしい」

 黒板の画像が切り替えられ、そしてそこには誰もが知っているゲームの画像が映し出される。

「では早速だが、これからこの教室における室長と副長の二名を決めてもらう。決め方は簡単だ。ここに映し出されている「じゃんけん」と「スゴロク」の二つのゲームを行い、その成績により決定する」

 じゃんけんのルールとしては、二人一組となりトーナメント形式で順位を決定するというもの。その際、自分の出す手を相手に進言するもしないも自由であり、後出しや何も出さないという行為は禁止。後者の場合はやり直しという形をとる。

 スゴロクは、一人ずつ真っ白な紙に何の効果も持たないただの、計百マス描かれたものが配られ、自身に見立てたコマを使用して、最後に出た目の数ピッタリでゴールするというもの。順位の付け方としては、転がした回数、出た目の合計、ゴールへの距離を総合して導き出し、ゴールした者は無条件で一位とする。

「この二つのゲームはシンプルだが、咄嗟の頭の回転力や運が分かりやすいものとなっている。そのため、勿論ギフトも使っていいものとする。与えられたギフトも自身の運だからな。ただし、ゲームの続行に影響をきたすものは禁止だ」

 じゃんけんでは俺のギフトを試す良い機会かも知れないな。

「じゃんけんの組み合わせはこちらで決めさせてもらった。それでは各々始めてくれ」

 俺はギフトを使い、相手が三つの手全てで迷っていることを把握した。つまり、その内の二つの考えを拒絶してやればいい。

「素敵な指をしているね」

 何気ない動作で相手の手に触れ拒絶を促す。この時に生じる相手の赤面などはどうでもいい。

「じゃんけん、ポン」

 結果は俺の勝利、次は出す手を進言してみるか。

「僕はパーを出すよ」

 相手もそこまでバカではないため、信じるような行為はしてこないが、こうすることで思考に少なからず影響を与えることが出来る。

 その後ギフトを使う。相手の思考は渦を巻き、グーとパーの二つに絞られていることが読めた。そこから一つを拒絶してあげればいい。

「じゃんけん ポン」

 進言通りの結末で俺の勝利となる。

 気づくと既に決勝戦。

 相手は、爽やかイケメン目春 陽をガン無視していた夢冬見 茜。

「僕は・・・・・・」

 夢冬見が進言は辞めてくれと、右手を俺の口元へとかざしてきた。

 俺は軽く二回頷く。

 あくまで進言はこのゲームを楽しむためのスパイスにすぎない。俺は今までと同じく、ギフトを夢冬見へ使おうとするが、真っ暗で何も見えない。

 確か彼女のギフトは俺と同じ星だが、逆位置。それがどういったものなのかまでの記載は先程の画像には載ってなかった。だが、ある程度の仮説なら立てられる。

 彼女の手に触れギフトを拒絶するが、その後もの凄い勢いで振り払われる。

「気安く触れないで」

 すぐに暗闇に戻るが、一瞬彼女がパーを出す真実が見えた。

「じゃんけん ポン」

「は?」

 結果、パーとグーで俺の負けとなった。

 彼女がパーを出すことが分かっていたのに、勝つ手を出すことが出来なかった。星の逆位置、一体どういう力なんだ。

 その後夢冬見 茜は、何もなかったかのように俺へと背を向け、離れていった。

「それじゃあ全員が席に着いたら、スゴロクの用紙とコマ、サイコロを配っていく」

 用紙はテストみたく裏面にして配られ、コマとサイコロは机の左上に置かれた状態となっている。

「制限時間は十分。コマはしっかりと止まっているマスが分かるように進め、サイコロは完全に静止するまで待つこと。何か不正があった場合は、その者は無条件で最下位だ。では、始め!」

 先生の掛け声と同時に、皆一斉に用紙をめくり、そこら中からコロコロ、カツカツという音が響き渡る。

 正直、支配を使えば俺が一位を取ることなど造作もないが、それでは面白味に欠ける。

 配布されたサイコロは普通のサイコロと比べると多少大きさがあり、重みがある。これならば、力加減と幾度か試行を重ねることで、出る目を調整出来るかもしれない。

 俺は、その後多少、四から六の目でブレながらも、後半の値を保った状態でコマを進めていく。

 腰らへんに手を回し重ねた体勢の赤坂が俺の横を通り過ぎた瞬間、こっそりと手元へと視線を移す。スマートフォンでタイマーを設定しているらしく残り三分という表示があった。タイマーが〇になった時にアラームが鳴る仕組みだ。

 俺は声の音波がスマートフォンに届く程度の大きさで支配を使う。この程度であれば赤坂を含め、周囲の生徒に気付かれることはないだろう。

「進め」

 その瞬間、ピピピピピピーッというアラーム音が教室中に響き渡る。

 赤坂は驚いた表情を見せるが、画面を見ていなかったため、当たり前のように用紙を回収し始めた。

 ゴールした者は一人もおらず、俺はクラスで五位となった。ちなみに夢冬見は三位。

 結果、室長は夢冬見 茜。副長は俺となる。

「明日は休校日となり、授業は明後日から始まる。時間割など諸々は追って知らせる。が、室長と副長は明日も来るように、過去の教室の者と顔合わせをしてもらう」

 今日は一時間程度でカリキュラムが終わり、明日は休みとなるため、外出する者がほとんどだろう。だが、外部に学園の情報が漏れる心配はない。こちらからのネットのアクセスは無効とされており、内部から見た外の景色に変わりはないが、外部とは異空間によって切り離されている。外部から見た冥王学園は、一般の明応学園として映っている筈だ。

 俺は寮へ戻るために早々と教室を後にした。

 部屋へと入り数秒もしない内にノックが聞こえる。特徴的な気配の持ち主。

「入れ」

 その者はドアも開けずにすり抜けるようにして中へ入ってきた。

「ノックをする意味はあったのか?」

「一応礼儀として形だけでもと思いまして」

「お前とこうして言葉を交わすのはあの時以来だな、ノワール」

「そうですね。久しぶりすぎて少し緊張してしまいますね。何といっても貴方は私が惚れ込んだ人間なのですから・・・・・」

 右手を口元に寄せ、奇妙な笑みを浮かべる。

「惚れ込んだか」

「はい。相反する善と悪、二つの正義をあそこまで純粋に生み出すことが出来る人間を目にしたのは初めてでしたから」

「相変わらずよくわからない奴だな」

「それはそうと、副長になったようですね。てっきり室長になられるとばかり思っていたのですが」

「支配しようと思えばあんな連中はいつでも支配出来る。せっかくなら今は学園生活を楽しもうと思ってな。だから副長にもなるつもりはなかったんだが、俺の力で操られるあいつらを見てたらどうにも楽しくて仕方なかった」

「いい感じに黒く染まって来ましたね。フッフッフ、ですが、貴方自身の意志が私の想像以上に強いみたいですね。これからも期待していますよ」

 そう言い残し一瞬にして、部屋から気配ごと姿を消した。

 さて、時刻はまだ午後二時。部屋の中で過ごすのも良いが、少し敷地内を見て回るか。

 学園から外に出てもそこに広がるのは、飲食店や洋服店、本屋など違和感のない普通の店であり、所々に家やマンションなども立ち並んでいる。従業員の見た目は人間ではあるが、おそらくは冥府の民だ。それを裏付ける証拠として、町行く人は高校生の男女しか見受けられない。つまり、視界に広がる景色全てが学園を含めて結界により作り上げられた異空間であるということだ。

 入学式の日、学園の近くには様々な年代の人が行きかっていた。どうやら、学園の門が境目だったらしい。

 更に結界内を奥へ進むと、一つの大きなショッピングモールらしきものが見えて来た。そして反対側、観覧車の上部らしき物が確認出来ることからあそこはリゾートパーク的な施設だろうか。

「これはすごいな」

 俺たちは冥府の民により学園に拘束されている状態だが、ここまでの充実した環境が整っているならば、生徒の不満もかなり解消されるだろう。だが、貴重な休みを俺は、副長という仕事に費やさなければならない。

 ある程度の時間も潰せたので俺は、寮へと戻ることにした。

 ここで一つ懸念が生じる。終始、俺の後を着けて来ている者がいるのだ。誰かまでは分からないが、おおよその予想はつく。明日本人に確認してみるとしよう。

 

 四月七日  AM十時。

 

 俺と室長である夢冬見 茜は、十人が一堂に会する程度の広さを持つ会議室へと一足先に足を運び、過去の教室の二人を待っている状態。

「一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 俺の言葉など聞こえていないのか反応する素振りすら見せない。

 俺は鋭い殺気を一瞬だけ夢冬見へ向ける。

「よかった、聞こえてたみたいだね」

「貴方やっぱり・・・」

 そう切り出し、再び口を閉じるが、動揺を誘い出すことには成功した。

「昨日、僕のことつけてたよね?」

 一度俺へと目線を移す。動揺を誘えたことで、彼女の中には質問に対する思考が多少なりとも巡っている筈だ。俺はギフトを使う。

「やっぱりね。夢冬見さんに目をつけられることをした覚えはないんだけど」

 しかし、これ以上追求しても答えを得られる気はしないため、質問を切り上げる。

 再び静寂が流れ始める。

「貴方の言う通りよ。まさかバレているとは思わなかったけど」

 不意のことで多少驚くも、会話を続ける。

「理由を聞かせてくれないかな?」

「とても奇妙なのよ。これは私の勘でしかないけど、話し方や表情、雰囲気の何もかもが作りもののように感じる。入学式の日の自己紹介、昨日の二つのゲームにしても違和感を覚えるところがたくさんあったわ。それに・・・、気づいたら体が勝手に動いていて、貴方のことを尾行していたの」

 こんなにも早く違和感を持たれてしまっていたとは、コイツは邪魔になりそうだ。

 今こちらに振り向かれては困る、殺気を抑えるので精一杯だ。表情に気を使っている余裕はない。俺は今どんな表情を浮かべているのだろう・・・・・俯きながら、口元と目元の筋肉が広がっていくのを感じていた。

 不意に部屋の扉が開き、俺の表情は無意識に元へと戻る。

 そして、担任の赤坂 一と過去の教室の担任と思われる教師と他二名が部屋へと入って来た。

「遅れてすまない。優先すべき事項があってな。早速、君たち四人には簡単な自己紹介をしてもらいたい」

 俺たちは互いに向き合った形で座り、それぞれが自己紹介を始める。当然順番はその流れを促した担任の教室の生徒からだ。

「夢冬見 茜。未来の教室、室長。よろしく」

 教室での自己紹介に比べれば、何倍も良くなっているが、まだまだ無愛想だな。

「蘭木 天月。学園生活を楽しみたいと思ってる。よろしく」

 この言葉は本心ではあるが、もしかしたら変に映ってしまったかもしれない。レベルで言えば隣に座るコイツと同じくらいか。

「私は雨乃 桜。私は基本的に誰とでも仲良くなりたい性格だから、良かったら君たちとお友達になりたいな」

 明るく話すその姿勢から、男女ともに好かれる人物であることが伺える。

「俺は倉敷 馬周。桜とは幼馴染で、主にサポート役だ。お前達が桜に害ある者でなければ、仲良くしてやっても良い」

 コイツの高圧的な態度はともかく、二人が纏う雰囲気からして、俺が想像している過去の教室とは異なるように見える。

「俺は過去の教室担任、新武 深夜だ!気軽に深ちゃんと呼んでくれても結構だよんっ。まぁ、この仏頂面とは色々と深い仲でね、弱みもたくさん握ってるから気兼ねなく聞きにきてくれ!そうだな〜例えば」

「いい加減にしろ」

 教師とは思えないほどノリが軽い男だ。だが、最後に何かを言おうとしたところで赤坂が止めに入る。

「俺は既に両教室の君たちには自己紹介は済んでいるため、これより本題に入らせてもらう」

 赤坂が話を始めたところで、新武も生徒の横の席へと着く。

「このことは俺が今日遅れたことにも関係していることだ。今から一ヶ月後、神格者の踵 優哉が冥府へと旅立つ。そのため界門の作業に協力してもらう」

 界門とは、現世と冥府の門の間に存在する魔界と聖域の二つの世界を繋ぐ、現世との境界線に存在する門のこと。普通なら魂だけが境界線を跨ぎ、冥界へ行くことが許されているのだが、門を開くことによって生あるまま、異なる次元への干渉を可能としている。

「今の説明で界門がどういったものなのかは分かりましたけど、具体的に私たちは何をすればいいんですか?」

 雨乃が説明の補完を求める発言をする。

「今から説明する。それでは、具体的に君たちの役割についての説明をしていこう。まず門は普段、世界同士の壁の役割を果たしている。そしてその実態は石盤だ。俺たちが今行っていることは、石盤を展開しトランスフォームさせることだ。しかし、その際に魔物が出てきてしまう恐れがある。生憎、死神たちは冥界へ行っており協力が頼めない。つまり君たちには、展開の手伝いと魔物出現時の駆除に助力してもらいたい」

 俺の横に座る夢冬見が手を挙げる。

「なぜ私たちなのですか?」

 言われてみれば確かに、そういうことならば、他の生徒も要請した方が効率が良いのも事実。

「教師陣は展開に付きっきりになってしまうことと、展開を誰かれ構わず見せる訳にはいかない。勿論、展開した後なら見ることは構わない。その他の理由としては、俺たち教師は、まだ君たち生徒のことを何一つ知らない。そんな中で室長と副長に選ばれた君たちに矛先が向くのは当然のことだ」

「なるほど、分かりました」

「君、まさに氷の女王って感じだねぇ〜」

 揶揄い気味に新武が夢冬見に干渉するが、無反応。

「日や時間などはまた追って伝えさせてもらう。他に何か質問はあるか?」

 そう言い、一人一人に視線を配る。

「では、これで解散とする」

 赤坂と新武がともに部屋を出た後、俺も部屋を出ようとするが、後ろから引き止める声がする。

「蘭木君、それに夢冬見さんも少し私たちと話せないかな?」

「僕はかまはないよ」

 しかし、夢冬見は反応することなく颯爽と部屋を出ていってしまった。

「じゃあここにいる三人で少し親睦を深めよう!」

「そうだね、僕も過去の教室のことについて興味があるし」

 再び対面するように席に着く。

「さっき赤坂先生から未来の教室の生徒は、早速未来を見たって聞いたんだけど、どんな感じだったか教えてもらいたいな!」

 顔をこちら側へ少し寄せ、大きく開かれた目が輝いて見える。

「学園のどこかで何体ものドラゴンが炎を吹いている未来だよ。でも、そこからは有格者探しに発展しちゃって、入学したばかりなのに出だしは良くない感じかな」

「ドラゴンってことはもしかすると、界門から出てくる未来だったことも予測出来るな」

 質問して来た本人よりも先にその隣に座る倉敷が口を開く。

「確かにそうかもね。だけど、それで仲が悪くなっちゃうのは嫌だね。私たちの教室はすごく仲良がいいよ!それにみんな、目を使わない約束もしてくれたしね」

 過去を知る力を貰ったのにも関わらずきな臭い女だ。

「有格者は納得してないんじゃないの?」

「それなら大丈夫!みんな話したら分かってくれたから」

 まず重要なことは、どう説得したかではなく、何故知っているのか。

 俺はギフトの真実を把握する力で試してみたが、有格者を探すために行使しようとすれば、瞬時に思考がリセットされる現象が起きた。つまり、ギフトによる干渉は不可能だということだ。それはおそらく、死神の力やプリメラの力でも同じことだろう。

 俺は目つきが多少鋭くなる。

「馬周君、悪いんだけど、先に帰ってもらってもいいかな?」

 雨乃が倉敷に退出を促す。

「分かった、桜また明日な。お前、桜に何かしたら許さないからな!」

「大丈夫、何もしないよ」

 そうして部屋を後にし、この空間には俺と雨乃の二人だけとなった。

 完璧に扉が閉まるのを確認した雨乃が俺の横の席に座る。

「君、私と同類でしょ?」

 一体何に対して同類だと言っているのかは分からないが、先程とは纏う空気が明らかに異なっている。

「何言ってるのか僕にはさっぱりだよ」

「過去の有格者ってさ、誰の過去でも見れるみたいなんだよねー・・・・・、蘭木君、君の過去みーちゃった」

 理解が追いつかない俺を置き去りに雨乃は続ける。

「蘭木君が前と比べて別人になっちゃった理由とかは分からないけどさ、人殺し・・・だよね。別に弱みを握ろうとかそういうのじゃないんだけど、似た者同士協力したいなーって」

 コイツはとんだ伏兵がいたものだな。

「はっは、人殺しが弱みか、随分とちっぽけな弱みを掴んだものだな」

「いいねーその感じ!私は嫌いじゃないよそういうの」

「お前も大概イカれてんな。しかも有格者だったとはな」

「ふっいいでしょ〜、蘭木君になら教えちゃおっかな〜」

 すると雨乃は過去の教室の状況を含めて、有格者ついてのことを話し始める。

「私は過去の有格者についてしか分からないけどね、入学式で説明されたことの他に、さっきも言ったみたいに誰の過去でも一ヶ月に一回覗けるみたいなの。あーでも、死神の過去とかは無理だったなー、それと、月毎にリセットされる手!これね!誰の過去でも変えられる上に、人以外の、例えば環境とか事象にも干渉出来るみたいなんだよねぇ〜」

「誰かに試したのか?」

 単純に、手にしたばかりの力をここまで知り尽くしていることへの疑問。

「使ったよー、でも、正確には力を貰った瞬間に頭の中に情報が流れ込んで来た感じかな」

 つまり、試すような真似をしてボロを極力出させないためか。

「初対面の相手にペラペラと、バカだなお前?」

「私さ、表の顔では誰とでも仲良くする良い人だけど、正直みんな普通すぎてつまらないのよねぇ。でも蘭木君は違ったこの学園に来て君を見たとき、すぐに君の過去を見て一目惚れしちゃったよ。惚れさせてくれたお礼に、もう一ついいことを教えてあげよっか?」

 不適な笑みを浮かべ、とても嬉しそうな表情をこちらへと向けてくる。

「早くしろ」

「全くせっかちだなぁ、私は教室のみんなを因果の力で結び付けて、更に女帝の正位置、心愛で結びつけてる。つまり、過去の教室はもう私のものってわけ!万が一有格者だってバレても、触られなければ大丈夫だしね〜」

 ギフトの力を把握出来たのは収穫だと言えるな。

「どうでもいい情報だが、協力はしてやってもいい」

「ほんと!やったー!」

 子供みたくはしゃぐ姿から少しだけ言葉では表せないような違和感を覚える。

「だけど一つだけ覚えとけ、今俺は、学園生活を満喫したいだけだ。支配なんてしたい時にすればいい」

「あー、自己紹介で言っていたことはほんとだったんだね」

 多少呆れた表情をこちらへ向けてくるが、何か勘違いしているらしい。

「俺は中学の頃は、模範的でみんなから慕われる生徒だった。だが、中学とは違う学園生活を体験してみたいだけだ。安心しろ、満足したらその時は王にでもなって全てを支配してやるよ」

 自らの口を両手で塞ぎ、俺の言葉に感嘆している様子。

「だが、協力と言っても具体的には何をする?」

「そうだなー、元々は私が神格者になろうと思ってたけど、それは後回し!天月君の王?になるための手助けをさせてほしいな」

 この学園自体、冥王を生み出すためのものだとは、生徒はおろか、教師さえ知っているとは言い切れない。実際、赤坂などは冥界は知っているが、目的まで知っているとは限らないからだ。

 そのため、雨乃にしても、俺が口にした「王」の意味を具体的には理解してはいない。

「ま、精々俺に気に入られて見せるんだな」

「もちろんだよ!天月君」

 そうして俺たちは、お互いに表の顔に戻り帰路に着いた。

 


















 

 

 

 

 

 三、神格者

 

 

 世界は不平等に見えて平等だが、その逆もまた然り。

 どちらの思考を持つのかは、その者のおかれる環境によって異なる。

 僕は元々スラム街出身の人間だ。

 幼い頃に両親を飛行機事故で亡くし、見知らぬ土地で約六年もの月日を過ごしていた。

 衣服は穴の空いた破れている泥だらけの物を着て過ごし、食料もとても貧しい暮らしを強いられていた。

 まったく神を恨んだよ。なんで僕たちだけがこんな思いをしなくちゃいけないのか。毎日の生活は決して良いものではなかったけれど、大切な者たちと一緒に過ごす毎日は僕にとってはかけがえのない日々だった。

 僕たちがどんなに飢えていようとも、どんなに干からびていようとも、強者は弱者に手を差し伸べてくれはしない。

 弱者は一生、強者によって淘汰され続ける運命にある。

 それはあまりにも不平等で、成り上がるためのチャンスすらもらうことが出来ないのか。

 そんな時だった。力尽き、地面に座り込む僕の目の前に天が舞い降りて来たのは・・・・・。

 そして天は僕にこう言った。

「力が欲しいか」と。

 それが最早何なのかなどの正常な判断は出来なくなっているほど、命は削れかけていた。だけど、正体なんかはどうでも良かった。ただ、成り上がるチャンスがあるのなら、掴まない理由がどこにある?・・・ないだろう。

 そしてそいつは自らを、ユグドラのアフキスと名乗り、俺の右目に「回避の目」という複数ある目の内の一つを埋め込んできた。

 平等とは己の努力で掴み取るものであり、授けられた不平等を乗り越えた先にあるもの。

 しかし、平等は広い視点から見れば不平等へと変化してしまう。

 僕は、自らの平等を得るだけでなく、仲間の不平等も平等にしてみせよう。

 僕は冥王になり、不平等が存在しない世界のバランスを築いて行きたいと思っている。

 そのために、神格者へと成り上がったのだから。

 

 過去の教室との顔合わせが終わり、帰路に着いたその日のPM九時三十分。

 部屋に一台のみ備え付けられているパッドに、一通のメールが届く。

 個々のスマホに何かしらのアプリを登録するというやり方も取れなくはないが、そうではなく学校指定のパッドを通して連絡が行われるということは、今後学園生活を送る上で必要になってくるということ。

 内容は明日の時間割についてのものだった。

 「数学・英語・体育」、たったの三時間だけとはいえ、登校三日目から本格的に授業が始まるのか。

 だが一つ引っ掛かる。

 この学園では、三年間という学校としてのベースはそのままに、卒業出来なければ時の狭間へと送られてしまう。だが、明らかに授業自体は外の生活を意識してのものだ。

 つまり、教室の真髄を揃えることと神格者になることで得られる権利に答えが隠されているわけだ。

 このことに疑問を抱いている生徒は少なくないだろう。

 明日の教室がどのような姿を見せてくれるのか少し興味深いな。

 次の日俺は始業十五分前に教室へと向かうが、既にほとんどのクラスメイトの姿があり、何やら揉めている様子。

「外に出られるかもしれないのよ!一刻も早く有格者を見つけるべきよ!」

「だけど有格者を見つけるやり方じゃここにいる一人しか助からない」

 やはり昨日の時間割から導き出せる推測が、多少のいざこざを起こしているな。

「少しいい?」

 俺は話の中心にいると思われる目春に話しかける。

「おはよう、蘭木君。丁度良かった、君からも意見をもらえないかな?」

「そうだね、話は聞いてたよ。楽羅さんの言うやり方じゃ確かには一人しか助からない・・・だけど本当に一人だけか?」

「どういうこと?」

「一年で神格者になれるのだとしたらさ、最大で三人は神格者になれる可能性があると思う。まぁこれはあくまで僕の考えなんだけどさ」

「なるほど」

 口元に指先を添えて、少し考え込む目春。

「だとしても僕はやっぱりみんなで助かる方法を探したいかな。例え、教室の真髄を揃えるしか方法がないのなら、みんなで協力したいと思ってる」

 甘いやつだ。俺でも理解出来ていないことなら尚更コイツらは聞くまでもなく論外だ。

 自分でも無謀と分かっていながらも他人に手を差し伸べる。なんだか昔の自分を見ているみたいで反吐が出るな。

「学園生活はまだ始まったばかりだし、試してみても良いかも知れないね」

「何よあんたまでばっかじゃないの!誰だって自分が一番可愛いに決まってるのに偽善者ぶっちゃって」

 楽羅の思考は現実的で悪くない。俺好みの良い考え方だ。

「とりあえず、もうすぐ授業も始まることだし、話し合いの続きは放課後にしようと思うんだけど、いいかな?」

 そうして皆が席についた頃、始業のチャイムと共に赤坂が教室へと入ってくる。

「それでは、出席をとり、授業を始めたいと思う。パッドは持ってきているな?」

「先生、その前に一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「かまわない。言ってみろ」

「僕たちは学校の仕組みの中で、元の生活に戻ることが出来ると考えています。そうじゃなければ、授業の中に一般科目が組み込まれる必要はありませんよね?」

 赤坂は右口角を多少上に上げ、何かを嘲笑うような表情を浮かべる。

「確かにそうだな。特典の願いを叶える権利を使えば可能だ。そのことは毎年どの教室にしても逸早く気づくことだ。こちらとしてもそのことを見越して運営している立場にいる。しかしな、神格者は今年が初めての結果で、ましてや教室の真髄を揃える事が出来た事例が過去にないことなど、想像に難しくない筈だ」

「何それ!無理矢理こんなとこに連れてこられて、そんなの死ねって言ってるのと同じじゃないのよ!」

「無理矢理?俺たちは無理矢理連れてきてなどいない」

「はぁ!」

 楽羅は眉間にシワを寄せ、自らの机にバンッと両手をついた後、勢いよく立ち上がる。

「マジやってられないっつーの!」

「確かにスカウトはしたが、あくまでもこの学園へと足を運んだのは君たち自身だ。つまり、現実に嫌気がさした者、何か事情を抱えている者などここには最早普通の生徒などどこにもいない」

 赤坂の言動を受け更に楽羅の表情は硬くなっていくが、痛いところを突かれたとでも言うように、何も発せずそのまま着席する。

「他に質問がある者はいるか?いないならこのまま一限目に入ろうと思う」

「もし、神格者が教室から出た場合は、その後の教室はどうなるんですか?」

「目春、君はとても察しが良い生徒だな。それとも他の誰かの代弁をしているのか?まぁどちらにせよ君たちは非常に優秀な教室だ。答えとしては、残りの生徒の中から次の有格者を選ぶこととなる」

 つまり、俺が推測した通りの結果だということだ。

「他にはないな?では授業を始める」

 授業で使用される教科書は全てパッドに収納されている形で、課題なども全てパッドで行われる仕組。更に一年に四回ある定期テストや、授業での評価などの結果は全てパッドに記録されていく。

 また、特別試験というものが設けられているらしく、年に二回から四回行われる。それらは有格者にハンデを負わせた条件の下で行われるため、実質、有格者をあぶり出すチャンスとも言える。

 俺たちは一、二限目を終え三限目の体育の授業でグラウンドへと集められていた。

 授業自体はごく普通の内容で、むしろ分かりやすいくらいだ。

「よお!お前たちにはこれから体力テストを行なってもらう。先生にお前たちの実力を思う存分見せてくれ!・・・・・・おっと悪い、自己紹介がまだだったな、俺の名前は八坂 ケビン!気軽にケビン先生と呼んでくれ!じゃあ早速ペアを組んで始めようか!」

 体育の授業は、タンクトップと半ズボンがぴちぴちになり、破けそうなくらい筋肉が浮き彫りになっているケビン先生が担当するらしい。そして近くには赤坂の姿もある。

 俺は目春とペアを組むことに決めた。

「僕は蘭木君と組めて良かったけど、他に組みたい人とかいなかったかな?」

「むしろ誘ってくれて感謝してる。だけど目春君なら他にも組みたいと思ってるクラスメイトはたくさんいたんじゃない?」

「僕は今君にとても興味を抱いているんだ。君は室長と副長を決めるテストでも好成績を残していて、今朝のアドバイスもとても的確だったからね」

 テストに関しては反省するべき点が多くある。

 ただ単に良い成績を収めるだけなら何の問題もないが、こと俺に限っては、この前のようにいつボロが出てしまうか分からない。自身の情緒を完璧にはコントール出来ていない。そのため、学園生活を満喫したいと思っている内はあまり目立たないように過ごさなくてはならないな。

 だが、目春は既に教室の中心人物と言っても過言じゃないほどの信頼を寄せられ始めている人物であり、目を付けられているとなると無駄に注目を浴びる可能性もある。

 そしてギフトを使い目春の真実を把握した際、かなりの不安を抱いていることが分かった。外見でそれを悟らせない精神力は素直に褒めるところだろう。

 それが善と転ぶか悪と転ぶかまでは測り得ない。俺は優雅に高みの見物をさせてもらおう。

「目春君のようなみんなに信頼されている人に褒められるのは、素直に嬉しいよ。じゃあ早速始めようか」

 俺は作り上げられた笑顔を向け、目春も同じように返してくる。反吐が出るな。

 テストの項目は、握力・上体起こし・反復横跳び・立ち幅跳び・長座体前屈・二十メートルシャトルランor千五百メートル走・五十メートル走・ソフトボール投げ。

「とりあえず握力から順番に測定していこうか」

 握力は平均より多少上の左右どちらも五十キログラム。上体起こし 三十五回。長座体前屈 六十センチメートル。反復横跳び 六十回。立ち幅跳び 二メートル五十センチメートル。

 二十メートルシャトルランは後回しにして、先に五十メートル走とソフトボール投げを測りにいく。

「蘭木君は運動も得意なんだね。何か部活は入るつもりはあるの?」

「元々体が弱くて、部活は入らないと思う」

 少し見苦しいが、問題なく誤魔化せるだろう。

 手加減しながら運動することは、まだ力の扱いが慣れていない体にとってはとても難しい作業だ。またしてもボロが出ないといいんだが・・・・・。

 五十メートル走 六・五秒。ソフトボール投げ 五メートル。

 案の定やってしまった。

 予備動作を経てボールを手放す直前の動作の過程で、明らかに力を込めすぎてしまった。そのため、多少手首を下に振ると同時にボールを手放した結果が五メートルだ。

「蘭木君大丈夫?もしかして手首を痛めたりした?」

「いや、単純にボールを扱う競技は少し苦手なんだよね。最後のシャトルランで挽回するよ」

 二十メートルシャトルラン高校生の十点ラインがだいたい百二十五回。つまり百十回辺りを目安にすれば良い。

「テンッテンテンテンテンッ、」という音楽と同時に一斉に走り始める。

 俺はふと、一つの疑念を整理していた。

 プリメラから黒い心臓を埋め込まれた日、カイトは死んだ。

 あの時プリメラは、俺に黒い心臓を渡したためカイトを救うことは出来ないと言っていたが、複数の心臓を宿しているなら救えた筈なんだ。けれどあいつはそれをしなかった。

 今更考えても仕方のないことだが、ふとした時に考えてしまう。

 これは、俺自身の魂に刻み込まれた元の俺の意志によるところなのだろうか。

 ただ思い出し、考えてしまうだけであって、そこに感情は存在していない。記憶だけが巡ってゆく。

 プリメラが本当は何を考えているかなど俺にはどうでもいいが、答えが聞けるなら聞いてみたい。

 いや、この思考は時間の無駄でしかないな。そう、昔の俺によく似た目春と接触した際に起きた一時のバグみたいなもの。

「マジかよ、一体いつまで走るつもりだ・・・・・」

「あいつのギフトって確か・・・星の正位置だよな?もしかして力の正位置と同じような力なのか?」

「だとしたら、俺が付いていけないのはおかしいだろ!てか完全に音無視して走ってるし、何回目かも分からねぇーだろ」

「音だけなら、三百回くらいだと思うから、少なくとも、三百以上ってことになる」

 周囲のざわめきが徐々に俺の耳へと届き始める。

「蘭木君・・・蘭木君!もう終わりにしてもいいんじゃないかな?」

 思考に夢中になっていたあまり、力の制御が疎かになってしまった。

 周囲の反応から察するに、言い訳を考えるのがかなり難しそうな状況だ。見ていた者があまりいなかったことが幸いか。

「体が弱いのにそんなに走って大丈夫なのかい?」

「体力は小さい頃から付けさせられてたから、持久走とかシャトルランは得意なんだよね」

 こんなもので騙せたかは分からないが、かけてみる価値は十分にある。

「そうだったんだ。蘭木君、君は僕にとって自慢の友達だよ!」

 ここまで良いやつだと何でこの学園にいるのか、その理由を知りたくなるな。

「おや、何やら騒がしいみたいだね」

 何やら鼻にかけた喋り方でこちらに一人の人物が近づいて来る。

「貴方は!」

 逸早く声を発したのは俺の横で記録を記していた目春だった。

「神格者の踵先輩ですよね?」

「そうだよ。この教室から僕の冥府への出発を手伝ってくれる者たちがいると聞いてね。少し立ち寄らせてもらった」

 その様子を見ていた赤坂が他の生徒たちをグラウンドへ集合させる。

「みんなは既に知っていると思うが、神格者の踵 優哉だ。夢冬見と蘭木に話があるそうだ」

「君が夢冬見さんと蘭木君かい?石盤展開に手を貸してくれることについて先にお礼を言っておきたいと思ってね」

「先輩は僕たちの憧れですから手伝うのは当たり前ですよ!」

 だが、それが本題ではないことなど目を見れば一目瞭然だ。感謝の言葉は所詮本題を切り出すための前座にすぎない。

「蘭木君と言ったかな?随分と察しがいいね」

 みんなの視線が俺一点に集まる。

「何のことですか?」

「とぼけるのも上手だとは、この教室の中で最も嘘つきなのは君かも知れないね」

 俺は作っていた笑顔を消し、多少の殺意を向けようとした瞬間、俺の体を押し除け、ケビン先生と同じような、いや、ケビン先生よりも一回り体が大きく鋼のような筋肉を纏った男が出てきた。

「そんなことどうでもいいだろ。あんたは俺たちと喧嘩しにきたんじゃねーのかよ?ああ、ならさっさと始めようぜ!」

 今まで教室内では図体だけが目立つやつだったが、比例して性格までも凶暴なのか。

 今はこういうのとは関わらないに限る。

「僕はね、この二人の実力を確かめに来ただけであって君には興味がないんだ」

「言ってくれるじゃねーか。こんなやつらただ運良く室長と副長に選ばれただけだぜ。他のやつらと同じザゴだ」

 踵はハァっとため息をついた後、ニヤリとした表情を浮かべる。

「特別だ。その代わり、その後で君たち二人にも相手になってもらう」

 そう言って視線をこちらへと向けてくる。

 羅神 剛。ギフトは「魔術師の正位置」。

 一体どんな力なのか少々楽しみだ。それにあれほどの自信、もしかしたら死神の力も受け取っている可能性がある。

「一応この場は担任である俺が指揮を取らせてもらう。危険だと判断したら即中断させてもらうからそのつもりでやれ」

「止める?冗談でしょ。神格者である僕に勝てる存在なんて、もはや死神だとしても怪しいものですよ」

 赤坂の言動を嘲笑うかのように肩をすくめ、首を傾げる。赤坂はそんな挑発とも取れる行為に冷静かつ的確に対応していく。

「例え俺の方が劣っていたとしてもそこは問題ではない、危害を加えてまで俺の指揮を無視しようとした君を民は権利を剥奪するだろう。そうなっては困る筈だ。君には絶対に叶えたい事がある。違うか?」

 踵は目を瞑り、脱力した感じで両手を上に上げ、降参の意思表示をする。

「よろしい。では、始めろ」

「どこからでもかかってきなよ。僕はここから動かない」

 背後で手を組んだ姿勢を見せ、まるで誘導するかのように隙を作り出す。

「後悔すんなよ先輩。ぶっ殺してやるよ!」

 前のめりになり、もの凄い迫力と勢いで踵へと近づき、直前で振り上げた左拳を踵へと振り下ろし、かすりもせず避けられてしまうが、それを想定していたかのように脇腹に右フックを打ち込む。だが、それすらも避けられる。

 続けて更にジャブ、ストレート、アッパー、フックなどを織り交ぜた連打を素早く打ち込んでいくが、どれもかすりすらしていない。

 常人から見れば、羅神の攻撃はどれも目で追うことの出来ないものばかりだ。それを踵はその場から一歩も動かずに易々と交わして見せた。

「何の意味もない君の対戦を承諾したのは、死神の力を持っていると思ったからだ。思った通り、五人の内の一人は君か。名前を聞いておこうか」

「羅神 剛だ。準備運動はこの辺にしてそろそろ本気出すか」

「そう来なくては、ただ死神の力で身体能力が上がったことを見せられただけなど味気ないからな」

「まあ安心しろよ。すぐに終わらせてやるよ」

 そう言い、地面へと手をめり込ませ、地面から黄金色の鎧を纏った兵士数名と体長二十メートルほどのドラゴンが地上へと現れる。

「ほう、興味深い力だね。ギフトは?」

「いいぜ教えてやるよ。ギフトは魔術師の正位置。そしてもう一つ、死神にもらった力は命の裁きだ」

 馬鹿な男だな。この学園では命綱とも言える自身の力を易々と他人に教えるとは、まぁ俺みたく自身の力に相当の自信を持っているということか。だが、俺はそう易々とは力を明かさない。いつでも支配出来ると言っても、それは必ずしも、神格者になれるというわけではないからだ。学園の仕組み的に、暴力だけでは上がってはいけない。

「おらぁあああ!」

 ドラゴンは空中、兵士は地中、羅神は地上からの一見逃げ場のない攻撃を仕掛けるが、それぞれの弱点を一撃で突かれ、ドラゴンと兵士は一瞬で土へと帰り、羅神は地面へと倒れ込む。

「踵 優哉、君の力は存分に示せただろう。もう十分じゃないのか?」

「いえ先生、僕は言いましたよ。元々は彼らが目的だとね」

 右の人差し指をこちらへと向けてくる。

「そんなに早まらないで下さいよ、僕はもう少し体力が回復してからがいいので、お先を夢冬見さんに譲ります」

 運良く夢冬見が勝ってくれたらなどという幻想はこれっぽっちも抱いていない。その逆、追い詰められた事で、彼女の力を存分に観察出来る。

 それに踵に関しても情報があるに越したことはないからな。

「ハァ、分かったわ」

「ようやくだ。羅神との戦いは少し退屈すぎたからな。夢冬見、君には期待するとしようか」

 瞼が重なるギリギリで笑う、その奥のうっすらと認識出来る瞳は、夢冬見ではなく、俺を見ている気がした。

 そして互いに向かい合い赤坂の合図で、踵が夢冬見へと歩み近寄る。

「私の時は先輩から来てくれるのですね」

「エスコートするのが男性の役目だからね。君の実力がどの程度なのか試させてもらおうか」

「そういう事なら遠慮なく」

 武道の心得があるのかかまえを取り、右腕を踵の顔面へと伸ばすが右へ避けられる。だが、その行動が読めていたのか瞬時に左拳を打ち込む。

「夢冬見・・・君は合格だ」

 結局全ての攻撃は避けられてしまったものの、踵の中にある基準値は達したというところだろうか。

 それにしても俺を己の物差しで測ろうとしているのか、いい気はしない。

「ですが、やはり私ではまだまだ力不足です。今の一瞬、たったの二回だけの攻撃でしたが、私なりの全力を込めたつもりでした」

「君はまだこの学園に来たばかりだ。これから素質を磨いて行けばいい」

「ありがとうございます」

「では、最後は君だな。蘭木 天月」

 俺だけフルネームで覚えられているのか。よほど気に入られているらしい。

「手加減してもらえると助かりますね」

「安心しろ勿論そのつもりだ。君は俺よりも強くないからな」

 俺たちは先程と同じように向かい合い、開始の合図が出される。

 クラスメイトとは十分な距離をとっており、会話をしたとしても聞こえる範囲ではない。

「先輩、僕の負けでいいですからやめませんか?」

「それは出来ない相談だね。あいにく僕は君にとても興味がある。君には他の生徒とは違う何かがあると確信しているからだ」

「あー、僕が言いたかったのは・・・・・・・恥をかく前に退場した方がいいんじゃないかということなんですけどね」

「今のは僕の聞き間違いかな?まぁいい、ハンデとして一つ教えてあげよう。僕のギフトは太陽の逆位置。詳しくは自分で確かめるといい」

 理解のかけらもない人だ。例え今俺の前にいる者がノワールだろうと死神だろうと神格者であったとしても、俺を見下すことは許さない。

「・・・・・・」

 俺はただ静かに踵へと歩み寄る。

 踵の表情は笑みで埋め尽くされている。

 俺は踵の顔へと顎を引き、俯くようにして目だけを向け不敵な笑みを浮かべる。

「踵 優哉。俺を見下すことは何があっても許さない」

「僕が———-」

「黙れ」

 俺の言葉と同時に踵の減らず口が止まる。

 笑顔が消え、表情が硬直する。

 異変を察知し、すぐに距離を取られるが、続けて支配をかけていく。

「止まれ」

 動きを封じた踵へと近づいていく。だが、支配から一秒も経たないうちに踵は動きを取り戻し、俺へと迫ってくる。

 支配は主に目にしたものの支配を可能とするが、永遠ではない。当然支配出来る時間は対象の情報や状態、自身の状態に関わってくるが、一秒未満などあり得ない。

 ではなぜ、踵は死神よりも上位互換であるプリメラの力から抜け出すことが出来たのか。

 考えにくいが、現実的ではあること。

 つまり、俺と同じく死神以上の力を貰っているということだ。

 俺たちは一度拳を交え、再び距離を取る。

「やはり君だったか。先程とは纏うオーラが全くの別ものだ。間違いではなさそうだね」

「一体何の話だ?」

「とぼける必要はない。君も薄々僕の力に気づき始めてるんじゃないのか?その疑いの目を見れば一目瞭然さ、とりあえずここでは色々と面倒になりそうだ。場所を移そう」

 そう言い、踵は赤坂へと一言断りを入れ、俺とこの場を後にした。

 場所は体育館裏に移る。

「話の続きだけれど、僕も君と同じ特別な力を持ってこの学園へとやって来た。君の力の主は確かノワールと言ったよね?」

「何でそんなこと知ってんだ?」

「直接本人から聞いたのさ、私の力を持つ者が新入生の中にいるってね」

 全く余計なことをしてくれたものだ。先程の手合わせは、戦いと呼べるものではなかったものの、どこまでクラスメイトに違和感を残したのか想像が出来ない。そこまで大したものではないと思うが、体力テストでの失態もある。引き続き気を抜かずに行こう。

「そして君は、僕の力もノワールの物だと思っているかもしれないけど、それは違う。僕の力は、ユグドラ アフキスのものだからね」

 ユグドラ?アフキス?何を言ってるのか分からないが、黒い心臓を持ってしても知り得ない情報ということだけは確かだ。

「まぁ要するに、お前は俺と同じような存在ってことか」

「そういうことだよ。わざわざ授業の邪魔をしてまで会いに来て悪かったね」

「全くだ。おかげでこの後の言い訳を考えるのが大変だ」

「言い訳?」

 何を言っているのか分からないと言った表情をこちらへと向けてくる。

「力のことがバレると色々面倒だからな。念には念をってやつだ」

「なるほど、そういえば僕も昔同じようなことをしていたな。力だけでは勝ち残れない・・・確かにその通りだったよ」

「まぁそれもあるな」

 その後再度不思議そうな表情を見せたが、それ以上は追求してこなかった。

「そういえばお前は冥府へ向かうみたいだが、元の生活には戻らないのか?」

 そう問いかけ、視線の先に映った踵の顔には悲しさ、憂さ、後悔など入り混じった表情が浮かんでいる気がした。

「僕は今更、戻ることなんて出来ないよ」

「そうか、なら僕はこれで失礼します」

「切り替えが早いんだな。最後に一つだけ言っておく。僕が今日君に会いに来た理由は、どんな力か見てみたくなったことと、忠告することがあったからだよ」

 忠告か、あまり穏やかな表現ではないな。

「力にはそれに伴う責任が付いてまわることを忘れないことだ。力の使い方を決して間違えるな、それを今日は伝えておきたかった」

 俺はその忠告の意味は理解出来なかったが、心の隅に留めておくことにし、その場から立ち去った。

 その後、授業は既に終わっていたため、早いとこ制服へと着替えを済ませて教室へと向かった。

 放課後教室では何やら話し合いをするクラスメイトたちの姿があった。

 朝の話し合いの続きで間違いないだろう。

 教室へ姿を見せた俺に逸早く気が付いたのは、話し合いの中心人物である目春だった。

「さっきは大丈夫だったかい?」

「少し話をしてきただけだから大丈夫だよ」

「それなら良かったよ」

 色々聞かれると思っていたが、そこまで戦闘らしいものではなかったためか何も聞いてはこないな。だが、明らかに気になる視線が二つ。

「じゃあ話の続きをさせてもらうよ羅神君」

 目春と羅神は互いが向き合う形で話し合う。

「俺は協力なんかしねー。やりたきゃお前らだけで勝手にやればいいじゃねーかよ」

「僕はお願いをしてるんじゃない。命令してるんだ」

 俺は一つ目の視線の正体である夢冬見に話かける。

「今話の流れはどんな感じなの?」

 足元から頭のてっぺんまで視線を上下させた後、口を開く。

「貴方やっぱり普通じゃないわね」

「何のことかな?」

「そう、あくまでとぼけるのね。なら構わないわ」

 やはりと言うべきか、完璧に力を見破られる日も遠くないかもしれないな。

「質問の答えだけれど、今朝彼は教室の真髄をみんなで揃えたいと言っていた。けど、どう言うわけかお金で解決する手段をとったそうよ」

「お金?」

 生活をするにはお金が必要だ。それは当たり前のことであり、こと冥王学園において、生徒全員が一人暮らしという形で生活をしている。そのため一人一人が自身で生活費を稼がなくてはならないということだ。

 結界内では、商店街などに立ち並ぶいくつかの店を含めて、ショッピングモールでもバイトをすることが許可されている。

 生徒たちにとってお金は生活する上でなくてはならない資源。

「一体いくら一人あたりに積んだのかは分からないけど、主に彼の意見に反対していた者たちを対象としているそうよ」

 余程のお金持ちでなければ叶わない芸当だな。

「なるほど、つまり、単独で抜け駆けしようとする者を引き込んだってわけか」

「そういうことね」

「だけど、本当にそれだけの理由かな?」

「どういうこと?」

「彼らにとっても時の狭間に飛ばされることは、死ぬことと同じ意味だと思うんだ。そんな彼らが、お金を積まれたくらいで折れるとは思えないんだよ」

 すると俺たちの会話が聞こえていたのか聞いていたのか、目春がこちらへ話しかけてきた。

「流石だね蘭木君は、僕はお金の他にギフトを使った。教皇の正位置のね」

 そう言って徐々に俺の耳元へと近づいて来る。

「力はルール。お金の欲は凄まじものだからね、その欲に便乗させてもらい所謂契約に似たルールを設けたんだ」

 そう告げ俺から距離を取り、再び先程の位置へ戻っていく。

「だから、僕はその方法を基に、まずは形から協力をしてもらうことにしたんだ。ジャッジを使う時は僕に一言伝えてから使用すること。そして僕はそのことを口外しないこと。もし守らなければお金は没収、借金を背負うことになる。勿論、蘭木君やお金を渡していない人にも協力してもらいたい。必要ならお金はいくらでも払うよ」

 拒絶を使えばギフトの力など無力となるが、その必要は今のところない。俺がギフトをかけられた訳ではないからだ。

 勿論、俺の邪魔となれば誰であろうと消すだけだが。

 俺は目春がこの学園に来た理由に興味があったが、見えた気がするな。

 おそらくは人間関係。純粋さは、時に善と悪の区別までも無くさせてしまうということだ。お金で人を操ることが悪だとは言わない。これはあくまでも例え話だ。

 人間とは善と悪、両方の面を持つ生き物であり、純粋であるが故にその中間での思考が切り替わったことに気付かず、一切の思考する道もなく一直線に進んでしまう。客観的に見ればそれが悪いことでも、それを悪だと認めないのではなく、分からない。

 外面とは裏腹に、何か大きな事情を抱えているということの裏付けにもなる。

 この学園は、俺が思っていた以上に楽しめそうな人や事が多く存在している。

「最後のチャンスだよ。羅針君、君も一緒に協力してくれないかな?」

「だから何度も何度もしつけぇーんだよ!ぶっ殺すぞ」

 目春はハァと一度俯き、ため息をついた後、再び口を開く。

「なら仕方ない。君は今後協力しなかったことを後悔することになるよ」

「あ?何言ってやがるテメェー」

 そう言い、羅神は目春の胸ぐらを掴み、グイッと持ち上げる。

「僕は元々自分が持つジャッジの力を月毎に更新されるたび誰か一人に使うつもりだったからね。それが君になっただけだよ」

 なるほど、事の中心となる目春が抜け駆け出来ない形を示すことで更に契約、ルールの効果が強化されるという訳だ。つまり、目春に申告してもし有格者になれたとしてもジャッジされる心配はなく、情報が漏れる心配もない。結果として、教室が団結する形となる。

「僕が毎月みんなの前で君にジャッジを使うことでみんなの信頼もより高まる。それにもし、誰も僕に伝えずにクラスメイトが消えることがあれば、有格者は君ということになるからね。試しに今月分だ・・・ジャッジ」

 胸ぐらを掴む腕に触れ、ジャッジの宣言をする目春。

「マジ、うゼェーんだよ!」

 右手で拳を作り目春へと殴りかかる。

 死神の力を羅神が有しているのなら、殴られたらただでは済まないだろう。

 ここで楽しむための材料を消されてしまっては、少し困るな。まだ入学したばかりなんだ気楽に行こうじゃないか。

 俺は、隣にいる夢冬見に気づかれないよう瞬時に羅神の背後へと回り、右の腿裏に軽く触れる。

 念のため拒絶を促す。

「座れ」

 ドンッと床に尻餅をついた状態になる羅神。

 俺はその隙に誰にも気付かれないよう、教室を後にする。

「ちょっと待ちなさいよ」

 背後から俺を引き止める声がする。声の主は、教室へ入った際感じたもう一つの視線の正体。

「えっと、何か用かな?楽羅さん」

「何それ、私は教室であんたから一度も視線を外さなかった。何が言いたいのか分かるでしょ?」

 いちいち自分の口から言わせるなと言わんばかりの返し、だが、俺はあくまでもしらをきり通す。

「この後人と会う約束があるから行ってもいいかな?」

 勿論約束などはない。この場から抜け出すための口実だ。

「とぼけるの?私のギフトは愚者の逆位置。さっきの先輩との話だって私だけは誰にも気付かれずに聞くことが出来た。念のため距離もとってたし具体的な話の内容は分からなかったけど、あんたが何かしら凄い力を持っていることだけは分かったわ。そして、教室でとった行動を見てそれが確信へと変わったの」

 なるほど、愚者の逆位置か。それぞれの力の詳細は分からないが、口ぶりから存在を悟らせない力であることは明白だ。

 少々厄介なやつに目を付けられてしまったか。

「分かったよ。それなら僕について来てくれるかな?」

 そして俺は、人気がなく、人目に付かない場所へと移動する。

「別にあんたがわざわざみんなに隠してることをバラすなんて真似はしないわよ。ただ、弱みを握られていると思って一つお願いしたいことがあるの、私と協力関係になってくれない?」

 楽羅は元々目春の考えに反対していたが、おそらくはギフトとお金によって丸め込まれてしまった内の一人だろう。

 それで白羽の矢が俺に向いたということだ。

 まぁ、元々楽羅の考え方は嫌いじゃない。だが、協力と言っても対等なものではダメだ。

「協力して欲しいなら条件がある」

「何その感じ、いきなり怖いんだけど————」

 俺は口元に左の人差し指を立て、黙るように合図を送る。

「シー、今は俺が話してる」

 ゴクンッと唾を飲む音が聞こえる。楽羅に唐突な緊張感が走っているのが伝わる。

「俺から出す条件は三つ。お前が学園に来た理由を話すこと、俺に従うこと、俺の邪魔をしないことだ。守らなければ、お前を消す」

 雨乃も同様、俺にとって邪魔になれば消させてもらう。

 俺の出した条件を承諾し、聞かされた理由は、人間関係にまつわること。

 つまりは、虐めだ。

 幼い頃から両親による虐待を受けるだけでなく、学校でも酷い虐めにあっていた。そんな時に学園からスカウトされ、逃げるように来たというのが大まかに話してくれた内容だった。だが、それは二年前までの話で、それからは施設で生活していたという。

 そして、この学園でギフトを手に入れた今、元の生活へと戻り復讐することが唯一の生き甲斐という訳だ。

 念のためギフトで確かめたから全て真実だ。

 楽羅は元から本性が漏れ出ているが、雨乃や目春はそうではない。後者の二人は善と悪の本性が顕著に現れている。

 目春が自身の行動をどう認識していようと、側から見れば、純粋な善と悪そのものの筈だ。だが、ノワールは目春ではなく俺を選んだ。

 俺は自分自身のことを何一つ分かっていなかったのかもしれないな。だとしても、今と昔じゃ大きく変わってしまったことも確かだ。

「こんなところで何してるのかなぁ〜」

 姿を現したのは雨乃。これは偶然では片付けられないシチュエーションだ。つまり、俺たちの後をつけて来たということになる。

「あらら、天月君もしかして、その子にバレちゃったの?」

 何が面白いのか俺には分からないが、とても嬉しそうな表情を浮かべてこちらへゆっくり近づいてくる。

「誰よあんた!」

「貴方こそ誰かな?」

「私は彼と同じ教室の楽羅 水よ!で、あんたは?」

「私は過去の教室室長の雨乃 桜だよ。よろしくね!」

 雨乃は気持ち悪いくらいに雰囲気がガラッと変わる。あからさますぎるな。

 楽羅もそのことに違和感を覚えた様子。

「で、何か用なのか?」

「そんなんじゃないよ。ただ天月君に悪い虫が付かないようにしないとねー」

「どういう意味だ?」

「冗談冗談!怖いよ天月君。それで、彼女のことも仲間にするの?」

「別にお前も仲間だとは思ってない。そうだな、とりあえず協力関係は結ぶことにした」

 雨乃と楽羅とでは、俺に求めていることが違っているが、そんなことは些細な問題でしかない。

 俺が王になってしまえば、全てが同じことだ。

「楽羅、雨乃とお前とでは目的が違うが、こいつと同様、俺のサポートに回ってもらう。俺の目指すものが、お前の叶えたいことに繋がる。俺を信じることが出来ないなら、俺の力を信じろ。俺を落胆させるなよ」

「色々納得出来ないけど、あんたを信じるしかないわね」

 そうして楽羅は教室へと戻ってゆき、俺と雨乃は足並みを揃え、寮へと向かっていく。

 この時間帯は一年生は部活動見学などでまだ、ほとんどの生徒が学園に残っているため周囲には俺と雨乃だけしかいない。

「あーあ、ライバルが一人増えちゃったなー」

「ライバル?」

「ううん、独り言だから気にしないで」

「分かったよ」

 そんなたわいもない会話を交わしながら、ただ淡々と歩いて行く。

「私といる時は、繕わなくてもいいんじゃない?」

「それもそうだな。自分を演じ続けるのも反吐がでる」

「そうそうそれ、私が好きなのはそういう天月君だよ〜」

 そう言い、腰を曲げ顔を覗かせて指をさしてくる。

「本当にあの子を仲間に引き入れてよかったの?」

 仲間じゃないが、いちいち訂正するのがめんどくさいな。ここは流しておくとしよう。

「まぁお前みたくキレる頭もなければ、おそらく有格者でもない。ただ勘が異常なほどに鋭い。その上、ギフトも愚者の逆位置、存在を悟られない力を持っている」

「へぇーそれは使えそうな力だね。それに、有格者じゃなかったのは良かったんじゃないかな。誰が有格者か分かれば天月君、学園満喫計画の夢が潰えちゃうよ」

 確かにそうだな。そうなれば俺は、神格者になることに固執してしまう。

「まぁ上手く使ってやるさ、楽羅もお前もな」

 俺は不敵な笑みを雨乃へと向ける。

「あっ、えっ、えっと、そういえば私教室に忘れ物しちゃったんだったよー、ごめんね、戻らなくちゃ、じゃあまた明日!」

 そう言って勢いよく学園へと走って行ったが、今のは嘘だ。

 不意な動揺を見せたためギフトを使ってみたが、それは真実ではなかった。

 真実の方は何故か特定出来なかったが、突然の体温の上昇が起きたことは確かなようだ。

 俺は、雨乃のとった行動を理解できないまま一人寮へと戻った。

 

 それから一週間。

 俺たちは一般の高校と同じようなカリキュラムをこなしていく毎日が続いていた。

 そして未来の教室には、徐々に打ち解けあう声も増えていき、だいぶ明るい教室へとなっていた。

 そして今日、四月十五日。

 俺は三日前の四月十二日に最初の石盤展開の手伝いを要請するメールを受けていた。

 そして今、その際送られて来た指定場所へと向かっている最中だ。

 やはり石盤は学園の地下に管理されているらしく、かなり深くに位置している。

 今死神たちは冥界に戻っているとのことだが、おそらくプリメラはこの学園にいる筈、となると石盤の側にいる可能性が高いか。

 最後に会ったのは入学式の次の日。聞きたいことがあるため、居てくれなければ困る。

「これは凄いな・・・・・」

 地下へと着き、真っ先に視界に飛び込んで来た景色は、床と天井からそれぞれ伸びる大樹の根のようなもので上下固定されている、石盤の姿だった。

「よし、これで全員集まったな」

 そこには、俺や夢冬見、雨乃や倉敷の他、二年三年のそれぞれの教室の室長と副長と思われる生徒四名ずつの計十二名の生徒が集められていた。

「この前も言ったと思うが、見て分かる通り今は展開の最中だ。そして展開にはいくつかの工程があり、その説明を聞いてから作業に協力してもらう。しかし、あいにく俺も使われている立場の人間だ。詳しい内容はこの方に聞いてくれ」

 そうして赤坂の視線が隣に立つ一人の者へと向く。

「お久しぶりですねみなさん、学園生活は楽しめているのでしょうか?そんなことはどうでもいいですね。それでは、展開におけるそれぞれの時期について説明しましょう」

 プリメラはいつもと変わらない丁寧口調で俺たちへと説明を始める。

 第一に繋期あるいは接続期と呼ばれるもので、冥府の門に反映されている情報と石盤の情報とをリンクさせる時期。

 冥府の門は、その都度、冥界の在り方によって記される情報が違っており、冥府の門と界門との情報が食い違ってしまうと次の時期へは進めない。

 第二に変換期。これは石盤を門と化す時期。

 元々板である石盤を門にするためには、繋期でリンクさせた情報を石盤の細部の至る箇所まで浸透させていく必要がある。浸透のさせ方としては、冥界の力を使い、リンクさせた内部の情報を外側から誘導していく(ギフトも冥界の力であるため、生徒以外の教師含め、関係者の者もギフトまたは何かしらの力を得ている)

 石盤とは、異なる次元への干渉を可能とするものであり、石盤が存在する世界の生命に干渉することが出来る。そのため、肉体を有した状態で異なる世界へ行くことが出来るという訳だ。

 しかし、第一段階に比べて第二の変換期は、約千五百平方メートルの面積を持ち、体積は約一万五千立方メートルにも及ぶ石盤全体を相手にしなくてはならない。

 例え、全生徒の力を借りたとしても一ヶ月はかかってしまうため、学生の本分を持つ彼らを長期間拘束してしまうのは現実的ではない。しかし今は、第三段階へと入っている。

 第三は解放期。これは文字通り変換期で門へと化した石盤を開く時期。

 門を開くという作業は、ただ単に重たい扉を開ける訳ではなく、次元が繋がった状態、要するに、鶏肉で例えるなら骨が扉で筋が異世界と扉との接合部、身が異世界。しかし、解放期では、骨と筋を断ち切ることなく開く必要があり、ここでは物理的な力が必要になってくる。また、同じ速度で同じ角度に開かなくてはならない。そのために、力を必要としない調整役も重要となってくる。

 しかしこれで終わりではない。

 基本的に解放期前から石盤を界門と呼ぶようになり、界門から異世界に繋がる道は、その後から作られる。しかし、その道は界道と呼ばれ、一瞬で作ることが出来る。

 そのため今はこちらから異世界にまだ踏み入ることは出来ないが、向こう側からは踏み入られる可能性がある。

 これは界門になった状態で出てくる可能性であり、石盤は存在する世界での衝撃からは強いが、干渉を促される世界、つまり他次元からはあまり強くない。そのため、使用する都度、展開と呼ばれる作業をこなさなくてはいけない。

 全ての期間は合計で三ヶ月ほどかかり、解放期終了までが神格者である踵 優哉が旅立つ五月七日の五日前に完了する。

「説明は以上となります。では、これから貴方たちにはそれぞれ門を開く者と調整する者とで分かれてもらいます」

 振り分けは分かりやすく、男が力仕事で、女が調整役となった。

 だが————-。

「貴方はこちらを担当して下さい」

 何故か俺は力仕事の方ではなく、調整役に回された。

「なんで僕だけこっちなんですか?」

 半径二メートル程度には、倉敷や夢冬見の姿もあるので、皮を被った口調で質問する。

 するとプリメラは、俺を連れてみんなから多少距離を取った。

「貴方が開く作業に協力してしまえば、調整役がいようとも速度と角度に多少なりともズレが生じてしまうと判断したまでです」

「なるほど、それにしても想像していた倍は凄いな」

 俺が想像していた石盤は、壁というほどだから大きいとは予想していたが、予想の倍は大きく、また、石盤を支える大樹の根が青く輝く様からは、まさに神秘さを感じさせられる。

「お褒めに預かり光栄です」

「お前を褒めたわけじゃないけどな」

「いえいえ、石盤を支えている大樹とそこに流れるエネルギーは、私が生み出したものですから」

 つまり、プリメラの複数あるうちの心臓の力というわけか。

「どの心臓の力なのかは教えてくれないのか?」

「そうですね、と言いたいところですが、特別に教えてあげましょう。緑と白、二つの心臓による力です。全ては語れませんが、緑が自然環境の生を操り、白が無から新たにエネルギーを生み出す力です」

 俺はこの期に、疑問に思っていることをいくつか聞いてみることにした。

「プリメラ、お前に三つだけ聞いておきたいことがある」

「全てに答えるとは限りませんが、聞いてみましょうか」

「複数の心臓があるなら、カイトを救えたとおもうんだが、どうだ?」

「カイト?私の記憶に残るだけの人物ではなかったようですね」

 はぐらかしているだけなのか、本当に忘れているのかは分からないが、どちらにせよ答える気がない質問ということだ。

「次だ。なぜ目春は選ばれなかった。昔の俺とあいつなら純粋な善と悪は同じだと思うんだが」

「純粋な善と悪ですか・・・彼は悪を悪だとは思っていません。ですが、貴方は悪を悪だと認識し、根は善でありつつ純粋な悪を生み出していたからです。まぁ、彼が悪を悪と認識していようとしていまいと、私が貴方を選んでいたことには変わりありません。なぜなら・・・貴方はこの学園にいる誰よりも王の素質を秘めた存在ですから」

「王の素質?」

「はい、黒い心臓を渡したことによりそれは確認済みです。ノワールである私の力をいとも容易く受け入れ使えるようになったこと、普通じゃありません。貴方には、冥府を操る素質があり、それはまた王の素質ともなります。実際に現神格者である踵 優哉は、私と同じ存在であるアフキスの力を使えるまでに一年かかっています。その後の快進撃は目を見張るものがありましたが」

 同じ存在アフキス、一体誰なんだ。それに、踵が持つ力・・・・・

 もしかすると、俺が黒い心臓で知った冥界は、一部にすぎなかったのかもしれない。

「更に意志をも超える支配心を抱います。期待に胸が躍ってしかたありません。ですが、協調性に欠けるところが問題ではありますね、まぁ今はいいでしょう」

「最後の質問だ。それだけの力を持っていてなぜお前が王になろうとしない?」

 プリメラは笑みを浮かべ、鋭く、どこか遠くを見つめるような瞳を向けて来た。

「私は王にはなれません」

「なぜだ?」

「私は、初代冥王によって生み出された存在だからです」

 理解など出来る内容ではなく、プリメラの言葉がただ脳に届いている状態。

 確信した。俺が冥界について知っていることは、かもしれないではなく、ほんの一部にすぎなかった。

「このことは、先ほど申し上げたアフキスについても関係してくること、また後日改めてお話ししましょう。いつまでもこうして話していては不自然でしょうしね」

「確かにな。お預けは後味が悪いが、仕方ない」

 話を終えた俺とプリメラが石盤の方へと視線を移す。

「うわぁああ!」

「嘘だろ!こんな簡単に現れるなんて聞いてねーぞ!」

 開きかけた界門からオーク型の魔物と思われる生命体が顔を出している。

「魔物ですね、あのままこちらに出てこられては、界門と次元との筋が切れてしまう可能性があります。どうやら私の出番のようですね。とりあえず貴方は見ていてください」

 そうしてノワールは門の隙間へと近づいていき、魔物と一メートル程の距離で立ち止まった。

「このまま引き下がるのなら、見過ごしてあげましょう。ですが、この先に踏み入ろうとするならば、貴方の命はそこまでです」

「ウルラァァァァァァ!」

 魔物は無理矢理扉を押し込み、ギシギシと音を立て始める。

 その様子を見ていたプリメラは右の指先を自身の額に当て、俯きがちに軽く首を左右に振る。

「仕方がありません」

 両手を後ろに回して手を重ねる。

「潰れなさい」

 すると、一瞬にしてボールのような形状へと魔物の体が変化する。慣れていない者にとっては耐え難い光景だろう。

「後の処理は任せます」

 近くにいた教師と思われる男二人に声をかけ、再び俺の元へと歩いて来る。

「気付きましたか?」

「あー、流石にな」

 今の力は黒い心臓の力と同じものだ。つまり、一度譲渡した心臓でも再生してしまうということだ。

 まさに無敵だな。今の俺では手も足も出ないだろう。

「力を付けていけば、貴方もこれぐらいは出来るようになるでしょう」

 これぐらいか。

「それでは私はこれで失礼するとしましょう。明日からもお願いしますね」

 そうして、プリメラは地上へと戻っていった。

「長々と何を話してたの〜?」

 雨乃が顔を覗き込ませて聞いてくる。

「別に大したことじゃない気にするな」

「な〜んだ。そっか」

「話が終わったのなら、貴方も手伝ったらどう?」

 夢冬見は先に先輩たちと仕事に取り掛かっている。

「そうだね。やり方を教えてくれないか?」

「いいわ、とりあえずこっちに来てもらえる?」

 夢冬見は俺に一通り調整の作業について説明をしてくれた。

 思いのほか、教室での彼女とはどこか違ったようにも感じる。だが、その違和感の正体が何なのかは検討のしようもない。

 調整は三種類の石を使う。拡聴石、流気石、抵抗石を一辺約三十センチメートルの正方形のミニ石盤にそれぞれ必要時にはめ込んでいく。

 拡張石は、速度、角度のズレが生じた際やその他遠くにいる者へ自身の声を届ける際に使用する石。

 流気石は、遅れが生じている方の扉へと自身のエネルギー(体力)を石を通して送り込み、重みを一時的に軽減させる際に使用する石。

 抵抗石は、角度がついている方の扉を一時的に重くし、引っ張る力に対する抵抗を生じさせる際に使用する石。

 そして、石と石盤はそれぞれ九つと三枚あるため、常に三人が調整役として作業することが出来る。その作業をローテーション形式で繰り返していくという単純なもの。

 それから俺たちは何度かローテーションを繰り返してゆく。

「この後は先輩方が担当してくれるそうだし、私たちは帰っていいのかしら?」

 先輩としては、後輩の手本であろうとするのが当たり前だが、それだけではない。

 学園初となる神格者が自分たちの代から出たことで多少の反感を持つ者もいるとは思うが、それよりも尊敬の気持ちが強く現れ誇りを持っている。

 その後俺を含めた一年と二年の生徒は地上へと戻り、三年だけが残る形となった。

 正直あの作業が四六時中行われているものなのか、決められた時間で行われているものなのかは定かではないが、どちらにせよ展開全ての工程を考えると恐ろしいほど過酷な作業だな。

 

 それから二週間がすぎ今日は四月二十九日。

 後半月ほどで第一回目の定期テストが行われることとなる。

 界門の方はあれから、何度か調整が必要となる場面があったが、魔物の姿は初日以降見ていない。

 そしてプリメラはあれから一度も姿を見せていない。

「席につけ、授業に移る前に三週間後の定期テストについてと六月末に行われる特別試験についての大まかな概用の説明を行う」

 いつも通り、朝の騒がしい教室内を赤坂の存在一つで瞬時に落ち着かせる。

 正式に初めての特別試験が発表されるということで、多少の反応を見せる者が何人かいた。

 この学園では冥府の力、そして結界など、現実離れした出来事が入学早々多々あったが、現実的な面で一般の学校と大きく異なる点は特別試験がある点だろう。

 だが、テストや試験の類は学生が最も嫌う内の一つであり、生徒たちが見せた反応もマイナス思考からくる緊張によるものだ。

「質問はその都度ではなく、最後にまとめて受けるものとする。では、まず初めにテストに関しての説明だ」

 第一回目の定期テストは、五月十九日を含めての三日間行われる。

 科目は、現代文、古文、数学、英語、物理、生物、世界史、日本史の八科目だ。

 その他は、三日間の試験の振り分けと、それぞれの科目の試験範囲とポイントの説明を受けた。

「それでは次に、君たちが一番気になっている特別試験の概要についての説明に移る」

 そしてスクリーンに映像が映し出された。

 それは、ドローンで撮影したと思われる洞窟内の映像で、複雑に入り組んだ道の先、深さが学園の地下ほどある巨大な広間の底に存在する複雑な形をした地形が映し出される。

「この映像は特別試験が開催される場所だ。既にどのようなものか予想がついている者もいるかもしれない。君たちに行ってもらう特別試験、それは・・・迷路だ」

 中々面白そうな試験だ。ペアや団体で行う場合も考えられるが、迷路というものは明確にスタートとゴールが設定されているため順位が比較的付けやすい。だが、特別試験というくらいだ。単純にゴールを目指すというものでもないだろう。

「特別試験はどの内容にしても、テストと違い成績を第一と考えるものではなく、有格者でない者に有格者になるための可能性を意図的に生み出させるもの。つまり、特別試験では、有格者にのみ不利なルールが付け加えられることとなる。そして迷路は一学年二つの教室が合同となって行うものとなる。説明はここまでだ。後日改めて特別試験の詳細な内容を君たちのパッドに送らせてもらう。それでは何か質問のある者がいれば挙手をしてくれ」

 やはりと言うべきか、目春と夢冬見がほぼ同時に手を挙げる。

「ではまず夢冬見からの質問に答えるとしよう」

「特別試験ではギフトの使用は認められているのでしょうか?」

 おそらくこの質問は俺を含め、多くの生徒が気になっていたことだろう。

 だが、俺が挙手を拒んだのは、物事に積極的に参加する姿勢を周囲に示すことで注目を集めるとともに、次第に信頼も生まれてくることを避けるため。

 この人なら質問してくれる。この人の質問は的確で信用出来るなど、教室を引っ張る存在として見られてしまう可能性がある。そうなっては、昔の俺と何も変わらない。

「特別試験だけでなく、テストにおいてもギフトは使用して良いことになっているが、テストに限っては他の者に影響することは禁止されている。つまり、特別試験では、ギフトによる妨害工作も認められているということだ。付け加えて言うと、特別試験では有格者は、その力を制限なく使うことが出来る」

 赤坂が制限なくという言い回しにしたのは、有格者自身にしか知り得ない、目の力の存在があるからだろう。

 そして次は目春の番となる。

「もし、試験の最中で有格者が交代することがあれば、どうなるのですか?」

 目春の口から交代という言葉が出て来るとはな。てっきりあれは教室の団結を促すために取った策だと思っていた。

 確かに考えようによっては、目春が有格者になることが出来る構図も想像出来る。

 そうなるためには、まず自身が儲けたルールをどうにかする必要があるだろうけどな。

 まさに策士。善と悪の区別なく当然として行っているのだから、タチが悪い。

 まぁこれはあくまで俺の読みが当たっていた場合の話だが。

「そのまま続行する。元有格者は消え、新しい有格者に特別試験のルールが適用されることになる。つまり、その都度適時適用されることとなる」

 その後他に挙手する者もなく、話はこれで終わりだと思われたが、赤坂が更に付け加える。

「一つ言い忘れていた。これはテストに関しての話だが、お前たちにとっては、点数を左右する大きな要因となるだろう。この学園では、有格者探しという教室内で争う形式をベースとしているが、今回のテストで八科目の合計の平均点が勝っていた教室に特典が付与される仕組みとなっている。それは、過去の教室は教室の上位三人に一度だけ限定のない任意の未来を見通せる力が付与され、未来の教室は、同じく教室の上位三人に一度だけ限定のない任意の過去を知ることが出来る力が付与される」

 説明が終わり授業が始まる。

 そして、一限目が終わり休み時間に差し掛かった頃、教室から出ようとする者、友と会話をする者がいる中、彼らを呼び止め、目春が一人話し始める。

「みんな少しいいかな?テストについての話をしておきたいんだ」

「勝手にやっとけ」

 そう言い、目春の呼びかけを無視して教室から出て行こうとする羅神。

「無理にとは言わないけど、できれば聞いて欲しい」

 そんな羅神に笑顔で対応する目春の行為は無念に終わる。

 俺へと一度睨むような鋭い視線が送くられる。

 他の者は特に反抗する意思はないらしく、目春へと目線を送らずとも帰ろうとする者はいない。

「彼は仕方がないね。僕は教室が一致団結してテストで良い成績を取るために、今日から約三週間、放課後に勉強会を開きたいと思ってる。これは特に強制とかじゃないけど、良ければみんなにも参加してもらいたい」

「俺はするぞ!今までほとんど体操しかやって来なかったせいで勉強には苦手意識があるからな。その提案はありがたい」

 目春の意見に逸早く反応したのは天陰、続くように数名が賛成の意思表明をする。

 視線がうざいな。俺は視線の方向へと向く。すると楽羅がこちらの様子を伺うように見て来ているのが伺えた。

 おそらく俺の勉強会参加の選択を気にしているのだろう。根拠はないが、このタイミングで送られてくる視線から察するに妥当なところだろう。

 まぁ何にせよ、俺は参加するつもりだ。

 展開の手伝いのせいで時間的な問題はあるが、多少の出席なら問題はない。

 それに、個々の学力がどの程度なのかを把握することはとても重要なことだ。

 教室内の成績の分散具合を知ることにより、自分が取るべき成績が見えてくるからだ。中学時代までは全てにおいて常にトップを走り続けて来たが、分かりやすく言えば今は教室のモブ的立場にいる必要がある。つまり、そのための偵察というわけだ。

 要するに、成績向上のためではなく、自身の立場を出来る限り目立たず維持してクラスメイトとの親密性の向上を図ることが目的。

 楽羅には俺が出席することは後ほど伝えておくとしよう。

 

 そして放課後、教室内に残った人数は四十三分の二十五名と決して多くもないが、少なくもない人数。

 その中には夢冬見の姿もあった。

 少し話を聞いてみるとするか。

「夢冬見さんは参加しないと思っていたけど、どうして参加したの?」

「理由?貴方こそ何故いるの?私は教える立場としてここにいるわ。貴方はそうじゃないみたいだけれど、どうしてここにいるのかしら?」

 俺が質問したのは勉強が出来るのに何故参加したかということではなく、性格上、誰かと必要以上に接することを避けているのではと気にかけての質問だ。

「僕はテストで少しでも良い成績を取るためだよ」

 夢冬見はふっ、と、鼻で笑い、それ以上は何も返しては来なかった。

「それじゃあ、早速始めよう。まずは勉強が出来る人と出来ない人で二つのグループに分かれようか」

 そう言って、出来る人のグループが目春、夢冬見を含めての五人。俺は出来ないグループへと入った。

 出来ると言ってもそれは個人の評価に過ぎないため、どのくらい出来るのかは定かではないが、そこら辺は会を重ねていくごとに真実が見えてくるだろう。

「次に僕たち五人を除く二十人でそれぞれ苦手とする科目ごとにグループに分かれて欲しい。そして、僕たち五人は、見回りをしながら教えていくという形でやっていきたいと思う」

 俺は数学と物理のグループへと分かれる。このグループは俺を入れて計七名と多少多い人数となった。

 その中には楽羅の姿もある。

「へぇー、あんたは理系が苦手なのね。良いこと知っちゃったかも」

 どこか嬉しそうな表情を浮かべる楽羅。

「いや、僕は悪いけど完璧だからね、苦手なものはないよ」

「じゃあ何で参加したのよ?」

 よく言う、俺が参加しなければ自分も参加しなかったくせに。だが、そのことには触れないでおこう。

「みんなとの親睦を深めようと思ったんだ」

 決して嘘ではない。これはもう一つの目的だからだ。

「ふーん、そうだ、一つ聞きたいことがあるんだけど・・・・・・・・いや、やっぱりいいや、隠してるってことは何か理由があるからよね」

 隠してる?というと俺の性格のことや力のことだろう。この場でする話でないことはすぐに気付いたようだ。

 隣同士の位置で、周囲には聞こえない声量で話していると言っても、なるべく可能性は排除しリスクを避けるべきだ。

 それから勉強会は効率よく進み、俺はクラスメイトの学力を探ることに専念して程よく勉強している姿を保つという作業を淡々とこなした。

 学力を探るのなら教える側へと回るのが良い選択だが、俺にとっては矛盾を生むことになってしまう。そのためこのようにして学力を地道に探っていく他ない。

 そして約一週間が経ち、神格者 踵 優哉の旅立ちが明日へと迫ったその日の夜、パッドに一つのメールが届く。

「目を付けられると碌なことがないな」

 メールの内容は、「神格者である踵 優哉より五月七日の挨拶を務める生徒として直々に以下の生徒を指名する」。

 そして、文の後に短く「蘭木 天月」との記載がある。

 更に、スクロールしていくと「詳細は当日伝えるものとし、五月七日AM九時までに地下大聖堂に集合」との記載がなされていた。

 まぁいい、決まってしまったことは仕方がない。冥界に旅立つ者がどういう感情を抱くのか間近で見させてもらうことにしよう。

 

 五月七日AM 八時四十五分。地下大聖堂。

「時間よりまだ少し早い。僕と少し話をしよう。そのつもりで早くに来たことは考えなくても分かる」

「始まってから話せるかどうかは怪しいからな。お前が今、どんな感情を抱いているのか多少の興味がある」

 空いていた距離を縮め俺の横に立ち、界門を見上げる。

「清々しさや嬉しさ、不安、悲しさなど様々と言ったところだね」

「随分と矛盾を秘めた感情だな」

 踵は界門を見上げたまま話し続ける。

「僕は生まれは日本だけれど、育ちはスラム街なんだ。そこで出会った大切な家族を残したまま学園に来てしまった。だけどようやく・・・ようやく、彼らに豊かで平和な暮らしを与えてやることが出来る!まぁ、彼らの成長を見守ることが叶わないのが悔やみではあるけど、それは僕が受けるべき代償だ」

 なるほどな、何となく踵 優哉という男の人物像が見えて来た感じがする。

 俺に対して忠告してくれたことも考慮すると、思っていたよりも優しい男なのかもしれないな。

「代償ってのは、冥王になることを言ってるのか?」

 他の生徒には公開されてない冥界に赴く真の目的、冥王を生み出す最終フェーズ。

 当然、俺と同じ力を持っている踵ならその事実も知っている。

「ああ、いつかは誰かが背負わなくてはならないけれど、その存在が僕で良かったと思う。ふっ、今日の僕はどうかしているな」

「全くだ」

 その後少しの間が生じ、涼しい風が肌へと触れる。

「転校先は決めているか?」

「急になんだ?」

「君も知っている筈だよ、この学園が存在する意味をね」

 俺は黒い心臓の影響により、その理由は当然把握済みだ。

「お前は誰からそのことを聞いた?」

「そうだね、僕は君と違って心臓を埋め込まれたわけではない。直接、力をくれた民に聞かされたんだ」

 俺は少しの間思考を巡らす。

「それはあくまでも可能性の話か?それとも、確定的な話か?」

「確定事項だ」

 つまり、冥王を生み出すことが存在理由の学園は、冥王を生み出すことが叶えば存在理由がなくなる。

「もしこの学園が消えれば、制約全てがなくなり、元の生活へと戻るのか?」

「そういうことだ」

「力はどうなる?」

「それに関しては、僕は答えを持ち合わせていない。だけどこれだけは言える、ギフトは与えられたと同時に貸し与えられた力だ、つまりは民によって操作が可能だということ。そしてそれは、死神の力も同じことだ。だけど、僕や君の力は体と一体化しているからどうこうするのは不可能な筈だ」

「だが、もしそうだとしても冥界の力を宿した俺たちを見過ごしてくれるとは思えないけどな」

「確かにその通りだよ。始末される可能性だってある」

「結論お前に冥王になられちゃ困るってことだ。俺の理想の世界が作れなくなっちまう」

 世界を支配する目的を邪魔されては困るからな。冥王の地位と力を手にした後ならまだしも、今このタイミングでプリメラと対立するのは望ましくない。

 全ての世界を支配することは、一歩間違えればバランスの不均衡を意味する。冥府の民がそんなことを許す筈がない。

「だけど、アフキスの力を宿す僕が神格者になったというのに、君たち新入生が入学して来た。これは一重に、冥府への挑戦がどれだけ困難であることを意味していると思うんだ。だから僕が必ず冥王になるれるかなんてのは分からないさ」

 門に向けていた視線を踵の方へとずらす。そして、踵もまた俺へと視線を移す。

「僕を殺すか?」

 先程の俺の言葉が冗談まがいでないことは分かっている筈だ。だが、踵の顔には優しい笑顔が浮かんでいる。そしてその中にある切ない感情も同時に垣間見えてくる。

「殺しは初めてじゃないが、そんな簡単に殺す趣味はない。いざとなったら、どんな手を使ってでも支配するだけの話だ」

「冥界の力は君が思っているよりも優しい力じゃないと思うよ。はっきりとは言えない、というか分からないけどね」

「この前もも言ってたが、お前は一体この力の何を知ってる?」

 冥界の力は確かに異質なもので、危険な力だろう。だが、踵が心配しているのは、俺の持つ知識の範囲では理解出来ないことだ。

「それは、僕が・・・・・・」

 そう、踵が切り出した時、担任である赤坂がこちらへと向かってくるのが確認出来た。

「今はここまでみたいだ」

「そのようだね」

「楽しそうだな」

「楽しくなんてないですよ」

 俺は赤坂の言葉に対して笑顔で返す。

「踵が君を名指ししたことからも仲が良いと思っていたんだが、違うのか?」

 すると、俺が口を開くよりも先に踵が口を開く。

「僕の一方的な片思いですよ」

 どこか面白おかしく答える踵。

「神格者に気に入られるとは、教室で一番の食わせ者は君かもしれないな蘭木 天月。俺が期待を寄せるに足る男なのか試してみたくなった」

 期待?お前程度が俺に期待だと、ありえないな。めんどくさくなる前に今度のテストの結果で大人しく引いてくれるとありがたい。そう簡単にいく相手なのかは今のところ不明だが。

「僕なんて興味を抱いてもらうほどの人物じゃ、そこら辺にいるモブでしかありませんよ」

「それはこれから調べていけば自ずと分かることだ」

 めんどくさい。軽く殺意が湧いてくるが、それを表に出すわけにはいかない。

 全くなぜ俺は学園生活を楽しみたいなどと思っているんだろうか。厄介な感情が残ったものだな。

「本当に大したことないですけどね」

「そうか、まぁ前置きはここまでにしてそろそろ時間だ。とりあえず、俺について来てくれ」

「また後でな」

 踵がそう俺に告げその場を後にし、それから開始時刻まで学園の代表者として挨拶の大まかな台本の内容を頭に叩き込んだ。

 時刻はAM十時を回ったところで大聖堂内に、教師や生徒は勿論、その他の関係者の姿も見受けられ数多くの者が一堂に集結する形となった。またその中に、プリメラと二人の死神の姿もある。

 配置としては、界門を正面とすると俺と神格者である踵以外の生徒は奥の方へと一箇所に整列しており、教師陣はその周りに位置している。

 死神は界門の端に一名ずつ、プリメラが界門へ背を向けた状態で、踵と互いに向かい合うようにしてその中央に立っている。そして俺はその光景を横から眺めている状態。

「貴方方が界門を見るのはこれで最初で最後になるかもしれません。よぉーく、目に焼き付けておくことをお勧めします」

 そうしてプリメラによって式が進められていく。

「これより神格者である彼、踵 優哉にはその資格に伴う三つの権利が与えられます。まず一つ目は卒業の権利です」

 プリメラが合図を送ると、右横に立つ死神から卒業証書がプリメラへと受け渡される。そこに書かれている課程終了の文を読み上げ、踵へと贈呈される。

「では、次に願い事を一つだけ叶えられる権利へと移ります。この権利に関しては今すぐに行使する必要はありませんが、最大限効力を発揮するのは今しかありません。さぁどうしますか?」

 踵は俺へと一度視線をずらすが、直ぐにプリメラへと戻す。踵の瞳からは一切の迷いが感じられなくとても澄んだ瞳だった。

「僕が残して来たスラム街の家族みんなに、豊かで、安心して暮らせる平和な未来を与えて欲しいです」

「なるほど、まずまず一安心ですね。私としては、貴方に途中退場されないか気が気じゃありませんでしたから」

 プリメラは口元に手を当てて、俯きがちにどこかおかしく笑っている。

 その後かかとを合わせつま先を多少開く、右腕を腰に回して左手を右の胸元に当てる。そして前のめりになり多少の角度をつけた姿勢を作る。

「貴方の大切な家族の平和をお約束ましょう」

 その瞬間、踵の今まで纏っていた緊迫していたオーラがどことなく緩んだ・・・そんな感じがした。

「最後に冥府への挑戦ですが、その前に、神格者を送る挨拶の言葉を述べてもらいましょう」

 俺は赤坂にツンッと背中を押され、一歩を踏み出す。

「生徒代表蘭木 天月君。こちらへと来てください」

 俺は元々地面にマーキングされていた場所へと移動する。

 そして、プリメラ・踵・俺と、一直線に並ぶ構図が出来上がった。

 俺は台本通りに褒めの言葉、尊敬や期待の言葉や後輩からのこれからの意思表示を、余計な誇張表現、文などを交えてただただ事務的にこなしていく。そして、カンニングラインはここで終わり、いよいよアドリブの場面へと突入していく。

「・・・・・・・・」

 まずい、言葉に詰まる。特に伝えたいこともなければ、話の続きは公衆の面前で出来るようなものではない。

 本当に無理難題を押し付けてくれたものだ。

「あ、あーっと、うんー・・・・・えー」

 マイクの電源が入っていることを忘れて、思考中の声がダダ漏れになってしまう。

 俺は踵の後ろで姿勢良く立ち尽くしているプリメラへと視線を向けるが、明後日の方向へと向き、俺のことなど一切気にしていないかのような振る舞いを見せる。なぜか無性に苛立ちを覚えざるを得なかった。

「悪かったね。挨拶を頼める人が他に思い当たらなくて」

 俺は一度マイクの電源を切る。

 教師連中の動揺や生徒のざわめきが生じているが、話をするなら今しかない。

「話の続きをするなら今だな」

「そうだね」

「さっき言いかけた言葉を聞かせてくれ」

「正直、今の君に言ったところで理解出来るか分からないけど、正真正銘この機が最後だということはバカでも分かるからね」

 そして、俺の横へと顔を寄せ、耳打ちをする形で語り始める。

「未来の教室における有格者は、それぞれ月毎の手の力三回につき、任意の未来を見ることが可能な目を三回分有しているんだ。そして僕はその三回を使っていつしかそれぞれ異なる自分の未来を見てみることにした」

 やはり過去の教室の有格者だけでなく、未来の教室の有格者にも有格者特有の力が事前説明以外に備わっていたらしい。

「まず一つ目が家族と暮らしている未来。そして二つ目が冥王になっている未来。だけどこれに関しては、流石に神格者になっている姿までしか見据えることは出来なかったよ。最後に三つ目だけど、これに関してはほとんどの記憶がなくなっている状態なんだ。ただ覚えているのは、その時その瞬間、回避の目がなければ僕の体は消えていたということだけ」

 その話と俺とに何の関連性も見えて来ない。ましてや記憶の大部分が欠如しているのなら話す必要があることなのか?ただの杞憂という気もするが。

「俺が言いたいことは、何かしらのトリガーを引いてしまった時、己の力は牙を向く。まぁ僕の言葉を信じるも信じないも君の自由だけどね」

「今は、頭の片隅に置いとくくらいだな」

 これ以上話をしていても、この場にいる者の不信感を募らせていくだけにすぎない。

 俺は一言だけ添えて、挨拶を締めることとした。

「先程は言葉に詰まってしまいましたが、改めて踵先輩。僕たちの未来に新しい光を灯してくれることを、心から願っています!」

 そう言って精一杯のお辞儀をして見せる。

 この言葉は冥王という目的を示唆してのものだが、前提として教師や生徒は知らないため、それなりに美しい言葉として映ったことだろう。

「それでは、界道の準備を・・・」

 プリメラがそう一声発すると、死神達がそれぞれ、杖の先端に埋め込まれている石に向けて何やら呪文を唱えていく。

 そうして胸らへんで構えていた杖を界門の頭上に向けて掲げた瞬間、その何もなかった空間から雷が落ち、界門全体にその衝撃が走っていく。

 何もなかった真っ白な空間の中、一つの透明などこまでも続いていく道筋が現れた。

「それではどうぞ、足を踏み入れてください。界道を抜けるまで空間の力を持つ死神、マレアを同行させていただきます。そしてその後彼女には冥府の門の前で貴方を迎える役目を担ってもらいます」

 プリメラの命を受けた一人の死神が、踵に対して跪く。

「少しの間仕えさせていただくマレアです。よろしくです」

「こちらこそ、よろしく頼むよ」

 一度踵と目が合うが、その後言葉を交わすこともなく門の中へと姿を消していく。

 界道は踵とマレアの歩調に合わせるかのように通った道から消えてゆく。

 そして、踵の姿が親指サイズくらいになったところで、立ち止まりこちらへと振り向くのが分かった。

「蘭木 天月、もし僕がダメだった時は、君に全てを任せるよ」

 言われるまでもない。

 俺はどんな形であれ、必ず意志を叶えてみせる。お前とまた会うことはないと思うが、もし会うことがあれば所詮その程度の存在だったということ。踵 優哉、今は認めてやるよ、せいぜい俺の期待を裏切らないようにな。

 俺は何も答えず、踵の背中をただただ見届けた。

 

 三週間後、日付は五月二十八日。

 第一回定期テストも終わり、今日は成績の発表日となっていた。

 この学園では解答用紙は返却されず、全体の順位と各教科の得点と合計得点が示される仕組みとなっている。

 通常、テスト返却とは点数に自信がない者、ある者どちらであってもクラス内が多少の興奮を見せるものであり、そしてそれはこの学園においても例外ではない。

 

「うわぁー、点数見たくねー!マジでやばいくらい低いと思うぜ」

「いやー今回だいぶ難しかったよな?入学してすぐのレベルじゃねーよ!まぁでも、せめて数学はマシであって欲しい」

「君ら目春君の勉強会参加してなかったもんな。あれは参加しといて損はなかったぞ」

 男子の一部がそんな会話をしていると、そこへ楽羅が食ってかかる。

「情けないわね、そんなに自信ないの?」

「んだよ楽羅、お前は自信あんのかよ」

「勿論あるに決まってるじゃない!なんたって・・・・・」

 言葉を一度止めて俺の方へと視線を向ける。

 俺はその瞳をじっと見つめる。

 この、何気ない動作に意味などないが、楽羅にとっては威圧的だったらしく、再び女子たちの会話の輪の中へと戻って行った。

 先程男子達に偉そうな態度をとっていた楽羅だが、勉強はむしろ苦手な部類に入るだろう。

 楽羅と俺は勉強会で同じグループだったこともあり少し勉強を教える機会があった。どうやらその少しが功を奏したのか自信ありげな態度を見せているがな。

 一方の俺はと言うと、勉強会に参加していた生徒の偏差値は全て把握することが出来、参加人数はクラスの半数以上だったこともあり、教室の大体の平均点を割り出すことが出来た。そのため俺の成績は中間の生徒として特に目立つことのない位置に定着していくだろう。

「それではこれより各々の成績表を配っていく」

 そして赤坂は点数が示してある成績表を一人ずつ渡していく。

 結果は多少予想していた点数と誤差はあれど、特筆教科もなく合計が四百六十三点とだいたい狙った点数が取れている。そして教室順位は二十位。学年順位は四十七位とまずまずな成績だ。

「では次に、未来の教室と過去の教室それぞれ上位五名の名前と各教室の総合の平均点を発表する」

 黒板のスクリーンに映し出された結果に一斉に前のめり視線を向ける生徒達、直後に映像内に何かを探すような様子を見せ始め、大半の者が肩の力が抜けたように椅子にもたれかかるように座った。

 原因は考えるまでもない。

 特典についてだ。総合計の平均点が高かった教室に与えられるものだが、五百三十二点と五百三十五点で惜しくも過去の教室へとその特典が渡ってしまった。

 だが、特典は上位三名にしか与えられないため、結果を見て落ち込む動作は無駄にしかならない。

 まぁもしかしたら特典が貰えなかったことではなく、勝負に負けたことに対してとも考えられるが・・・・・・考えるだけ無駄な作業だな。

 それよりも夢冬見の頭の良さには目を見張るものがある。

 八科目の合計はほぼ満点と、俺が真面目に受けていたとしたら、いい勝負が出来たかもしれない。

 仮に有格者であったとしても、力を使ったとは考えにくい。となれば、完璧な実力ということだ。

 続く目春も二位と、学年順位なら三位の成績を誇っている。

 こうして第一回定期テストの全行程が終了した。

 放課後。

「今週の日曜日なんてどうかな?」

「賛成!天月君も行こうよ!ね?」

「あ・・・僕は、予定を確認してみないと分からないかな」

「君は仲の良い友達だし、一緒に行けたら楽しいと思うんだ」

「そうだね、目春君も楽羅さんもありがとう。部屋に戻ったら考えてみるよ」

 そう言って俺は教室を出た。

 今行われている話し合いは、テストの打ち上げについてのものだ。

 結界内には、ショッピングモールやリゾートパークなど娯楽施設の充実が伺える。そして、今回議題として挙げられているのが、リゾートパークの方だ。

 昔の俺は、みんなの理想の存在でいるためにそういった大勢でどこか遊びに行くということをした事がない。このような場面でどういう反応を見せるべきなのか困ってしまう。

 体は人間ではないのに、意識は人間味が感じられる。なんとも面白い感情だ。

「くだらねぇ」

「羅神君とも一緒に行けたら楽しいと思うんだけど」

「はっ、羅神君だと?気持ちわりぃ呼び方しやがって、死にたくなけりゃ俺と関わらないことだな」

 俺に続き、教室から出てきた羅神と目が合う。

 羅神は俺に対して睨みを効かせると、俺とは反対方向へと去って行った。

 そうして歩みを進めて行くと、待ち伏せていたと思われる赤坂の姿があった。

「何か僕に用ですか?」

「とぼけるな。俺は試すと言った筈だ・・・・・ハァ、なのに何だあの平凡な点数は、正直期待を裏切られた気分だ」

「だから言ったじゃないですか、僕は大したことないですって」

「ああ、確かに君の言う通りかもしれない。しかし、まだ引くのには早いからな。特別試験は期待しているぞ」

 俺の左肩をポンっと叩き、去って行く。

 おそらく特別試験でも良い結果を残せなければ赤坂は諦めるだろう。

 悩みどころだな。

 

 六月二日、打ち上げ当日。

 時刻は現在七時二十分であり、集合は校門前に七時半とまさしく丁度良い時間。

 既に校門前には二十名ほどの人だかりが出来ており、一人こちらに向かって手を振っているのが確認出来る。

「おはよう天月君。時間通りだね」

「おはよう」

 未知への好奇心を抑える事が出来ず、来てしまった。

「みんなは随分と早いんだね」

「なんといっても、リゾートパークだからね!今日は僕たちも楽しもうよ!」

 目春は朝から元気がいいな。いや、目春だけではない、ここにいるほとんどの者が和気藹々と周囲の者と言葉を交わしている。

「そうだね。それにしても、本当に荷物は持ってこなくてよかったの?」

「たいていの物は向こうで買えるらしいからね。ショッピングモールで買い物をして行くのも良かったけど、なるべく荷物が少ない方がいいと思って」

「確かに」

「帰りはどうなるか分からないけどね」

「その時はその時だよ」

「そうだね。それじゃあ一回人数確認をしてくるよ」

 目春は俺から一度距離を取り、右手を上に挙げながら人数を数え始める。

「うんっうっ、うん!」

「どうした?」

 俺は念のため集団から距離を取る。

「いや、そのー、勉強会の件・・・お礼言うの忘れてたなーって思って」

「別に少し教えただけだけどな」

「だ・か・ら、それをありがとうって言ってんの!」

「相変わらず気が強い女だ」

「それは失礼しました!」

 声がデカい。楽羅は普段気が強い方だが、最近俺に対しては随分と打ち解けたと思っていた。

 だが、今日はどこかいつもとは違う感じがするのは気のせいか・・・。

「なんだ?お礼の次は文句か?」

「そうよ!いや違う・・・・・・素直になりなさいよ私・・・」

 よく分からないやつだな。最後の方何やらぶつぶつ言っていて、よく聞き取れなかった。

 もしかしたら、俺が一向に動こうとしないのを見兼ねて文句を言いに来たのか。

 ここは一つなだめておこう。

「楽羅———」

「あのさ!」

 楽羅の声に反応して、何人かがこちらへと視線を向ける。

 それに気づいた楽羅は、コソコソ話の要領で話を続ける。

「あんた夢冬見さんにも何かしたわけ?」

「何のことだ?」

「何って・・・・・ここ最近ずっと見られてるじゃない!」

 入学当初から警戒されてはいたが、神格者の式を境に言い訳出来ない程、頻繁に俺へと視線が送られて来るようになった。そしてそれは、成績発表以降より一層増したものとなっている。

「俺は何もしてない。見間違いじゃないか」

「見間違いはないと思うけど、本当に何もしてないのね?」

「当たり前だ」

「なんか上から目線でムカつく〜。まっ信じてあげるけど〜・・・・・・それでさ」

「まだ何かあるのか?」

 楽羅の余計な一言で先程までの気分が台無しだ。

「よければ、よければなんだけど!・・・・・・向こうに着いたらさ、少しの間二人だけで遊ばない?」

 なんだそんなことか、可愛い一面もあるじゃないか。

 これがいわゆるツンデレ、というやつだな。

「ああ、構わない。楽しもうじゃないか」

 俺は不敵に笑みを浮かべる。

「そう!じゃあ私から声かけに行くから!待っててよ」

 そう言って女子集団へと戻って行く。

「もうそろそろ時間だね」

 一通り人数確認を終えた目春が戻ってくる。

「よし!じゃあ揃ったみたいだから出発しようか」

 そうして俺たちは冥府の民が運転するバスへと乗り、目的地へと向かった。

「着いたー!」

 そこに広がっていたのは、様々な種類のプールにビーチ、ゴルフ場に遊園地。

 奥にはボーリングや室内アトラクションなどが完備されている建物、露天風呂付きホテル施設などが立ち並んでいる。

「うわぁやべーーー!」

「とりあえず、みんな行きたい場所はバラバラだと思うし、グループに別れようか」

 プールグループと遊園地グループの二つに分かれることとなり、俺はプールのグループへと分かれることとなった。

 どちらかと言えば遊園地の方へ行きたかったが、グッパーというジャンケンに似た方法でグループを分けた結果こうなった。

「仕方ない。なんとか隠し通すしかないな」

 俺は小さく独り言を漏らす。

「何か言ったかい?」

「いや、何も言ってないよ」

 ちなみに目春も俺と同じプールグループとなった。仲の良い人が同じグループというのは、更に物事が楽しくなる付加効力がかかる。

 そして現在の時刻はAM八時半。

「じゃあとりあえず、みんな十二時半にホテル前に集合にしようか」

 遊園地グループは颯爽とこの場を後にし、俺たちは着替えることとした。

「何でそんなに隅で着替えているんだい?」

 目春が俺の行動を不審に思ったのか、声をかけてくる。

「ちょっとね、見られたくない傷があるんだ」

「そっかそれならあんまり触れない方が良さそうだね」

「うん、そうしてくれるとありがたいかな」

 安心した矢先、クラスメイトの横水 新太が近づいて来る。

 こいつは性格的に俺とはあまり合わない類の奴だ。ましてや今絡まれると面倒なんだが。

「なんだよ副長そんなところで一人で着替えて、男なら上は裸一択だろ!」

 はぁ、実に厄介だ。

 すぐにでも消してしまいたい。

「横水君、僕は少し事情があって、あまり肌を見せたくないんだ」

「何女みたいなこと言ってんだよ!ほら脱げ脱げ」

 横水が無理矢理脱がせてこようとするが、力で俺に敵う筈がない。しかし、横水に摘発された他の男子たちも一緒になって協力し始める。

 それでも俺の力の前ではびくともしないが、まずいことになった。

「なんだよ副長、体力もあるくせに力も強いとか反則だろ!あっ・・・・・」

 引っ張る力に耐えられなくなったラッシュガードは背中側から破けてしまう。

「痛ってぇー!えっ・・・・・・」

 俺の背中の傷を見て目春を含め、みんなが硬直する。

「マジで悪い、俺、知らなくて・・・・・」

「横水、いい加減にしろよ、今すぐに代えのラッシュガードを買って来い!」

 目春がすごい剣幕で横水に怒りをぶつける。

 いつも温厚な目春が怒ることは滅多にないため、他のクラスメイトも面を食らっている様子だ。

「それと君らもだ」

 俺は横水が買ってきたラッシュガードと飲み物を受け取った。

 天気は雲一つない快晴と、もうすぐ夏であることを示唆するかのような猛暑日となっている。

 既に待ちきれないのか着替えを済ませた何人かの生徒はプールへと入っている。

「思っていたよりも人が多いね」

 俺と目春は日差しが強いため、残りの者が揃うのをプールサイドにあるパラソルの下で待っている。

「考えることはみんな一緒みたいだ」

「天気も凄く良いからね。ほとんどの生徒が集まるのも納得だよ」

 目春は先程の件に一切触れて来ることはなく、普段のように接してくれている。

 無理に気を使われているのならあまり歓迎したところではないが、ここはありがたく受け取っておこう。

「それにしてもあんなに怒った目春君は初めて見たよ」

「それは、友達が嫌な思いをさせられたら誰でも怒るのは当然だよ」

「ありがとう」

 全員が着替え終え集まったところで、始めにジャンボプールへと入る。

 リゾートパークにあるプールの種類は四つ。

 ジャンボプール、流れるプール、三メートルプール、競泳プール。

 そしてその一つ一つに冥府の民による監視が付いている。

 その後俺たちは、競泳プールでの自由型競争やリレー、ビーチバレーなどをして楽しんだ。

 そして今は流れるプールにいる。

「少し試すか」

 俺は今まで支配の力を人や物体に対して使ったことはあっても、液体にはなかった。そのため前々から液体には効くのか興味があった。

「加速しろ」

 一定の速さで穏やかに流れていた水は、その流れが急激に加速したことで螺旋状になっていく。

「きぁぁぁぁぁぁ!」

 それを見た者が悲鳴を上げる。

 流れに巻き込まれた者は水に全身を包まれ、身動きが取れない状態となっている。

 これ以上目立つ訳にはいかないな。

「静まれ」

 宙に浮いていた水は再びプールへと戻り、大きなしぶきを立てる。

 次に巻き込まれた者たちが空中で姿を現し、少し遅れて落ちていく。

 その後は何もなかったのように、流れるプールは元の姿を取り戻した。

「やりすぎたか」

 あそこまで勢いを増すとは思っておらず、思わず動揺を見せてしまった。

 おそらくは遠くにいた者の視線をも奪ってしまったことだろう。

「ちょっとあんた良い加減にしなさいよ!」

 後ろから聞き慣れた声がする。

「天月あんたの仕業よね!死ぬかと思ったじゃない!」

 流れるプールで何人かクラスメイトの姿も確認していたが、楽羅もいたのか。

 ここは素直に謝っておいた方がいいな。

「悪い、お前がいるのは気づかなかった。まぁ、おかげで二人きりになれたみたいだな」

 今の騒ぎで俺と楽羅以外は他のプールへと移動してしまっていた。

「仕方ないわね、許してあげるわよ!」

 怒りなどどうでも良くなったかのように、どこか恥ずかしそうな、そして嬉しそうな表情を見せる、

「そういえば二人きりになる機会がなかったから聞けなかったけど、その、私の水着を見ての感想は?」

 とても似合っているが、ここは一つ意地悪をしてみるか。

「感想?」

「感想よ感想!ほら、可愛いーとか、似合ってるねーとか、天月はどう思ってるのかなーって」

「上半身しか見えないからなんとも言えないな」

「何それ!マジでありえないんですけど!女心分かってなさすぎ」

 少しやりすぎてしまったみたいだ。今更冗談でしたなどと言える様子じゃないな。

「つい楽羅の可愛い反応が見たくて意地悪したくなっただけだ。似合ってるし、可愛いと思うよ」

 楽羅は眉をひそめたまま赤面し、水中に顔を沈める。

 心にもないギザな言葉を平気で言える俺は、女子からすると俗に言う最低男というものなんだろう。

「楽羅、遊園地に行ってみないか?」

「いいね!遊園地、行こう行こう!」

 そう言って楽羅がプールの底を蹴り飛び跳ねる。すると俺の目の前にある二つの大きな物体が上下に揺れた。

 あまり堂々と見ていいものではないと思い、紳士に目線をズラすが、俺も男であることには変わりはない。そのため、多少意識してしまうことは許して欲しい。

 そして俺は、少しだけ楽羅と二人で行動する旨を目春へと伝えに行った。

 快く送り出してもらえたことに関してはいいが、その時の目春の表情が少し気になった。何かを悟ったような、優しく何かを見守るような表情。

 俺たちはお互い私服へと着替え、再び集合した。

「遊園地は一番奥みたいだな」

「着いたら最初に何乗りたい?」

「全部乗ってみたいな、初めてのことは何でも興味をそそる」

 その発言に驚いた表情を隠せない様子の楽羅。

「えっないの?一度も?」

「ないな、プールも授業で使ったことがあるくらいだしな。まぁ、昔の俺はつまんないやつだったってことだ」

「じゃあ、初めての遊園地が私とで良かったって思わせてあげる!」

「ほどほどにしてくれよー」

 右手を急に引かれて少し小走りになる。

 そうして先導されるがまま遊園地の入り口へと到着した。

「これは凄いな」

 遊園地というものは、テレビやネットなどで見ることがありどのようなアトラクションがあるのかは知ってはいたが、実物は迫力が違うな。

 目の前に広がる景色には、宙に走る様々な角度の湾曲を描く線路、ビルほどの高さを持つタワー状のアトラクション、一定のリズムで円を描き回転する観覧車が大きくその存在感を放ち、他にも様々なアトラクションや周囲の音、匂いが一斉に五感を刺激して来る。

「でしょ!それにしても、プールよりも人が多そうね」

 全生徒の半分以上は集中していそうな密度だ。

 しかし、外部の者はこの場には一人たりとも存在しないため困るほどの密度ではない。

「あれはジェットコースターって名前だよな?」

 俺は湾曲を描く線路の上に走る物に指先を向ける。

「人生最初はあれにする?」

 顔を覗かせ興奮気味に聞いて来る。

「もたもたすんな、行くぞ」

 人生初のジェットコースターは自分の足で走るのとはまた違った風を感じることが出来た。

「どうだった〜?」

「やばいな遊園地、ゾクゾクする」

「ワクワクでしょ」

 楽羅は間違いを指摘した後、肩をすくめ呆れたように微笑む。

「ほら!じゃあ次よ次!」

 俺たちはその後、コーヒーカップ、フリーウォール、空中ブランコ、そしてジェットコースターをもう一度乗り、今は観覧車の中にいる。

「ねぇ、天月は今までに好きな子とか出来たことあるの?」

 男女といったら恋愛と連想するほどにそのイメージは当たり前のものであり、恋愛話は性別問わず心浮くものだろう。

 だが、どうにも俺は恋愛に苦手意識を持っているらしい。

「まぁ昔はいたな。悪いがその話はしたくない」

「え〜、じゃあ今好きな子とか気になってる子は?いるの?いないの?」

「いない」

 変な期待を抱かせても悪いので即答しておく。

「はや!ダメだわこの男・・・女心が全く分かってなさすぎ!」

「分かる必要なんてないだろ、支配したい時に支配できるからな」

「そういうことじゃないんだけどな〜」

 楽羅ははぁとため息をついた後、俺の両頬へと手を添えて真剣な眼差しを向けて来る。

「私、真剣だから、いい!ねぇ、分かった?」

 なるほど、要するに俺に対して気があるというわけか。まさにツンデレ。悪くないな。

「俺は手強いぞ、それに目的はもういいのか?」

「協力した目的を忘れたわけじゃないわ」

「根本が曇ったら足元をすくわれるぞ」

「それくらい承知の上よ。それだけ本気ってことよ!」

 自身の発言に赤面し、恥ずかしそうに顔を両手で覆っている。 

 何とも理解し難く面白い光景を特等席で見ることが出来た。

「もうそろ集合場所に向かうか」

 俺たちは観覧車から降りて集合場所であるホテルへと向かうため場内の地図を見ながら歩き出す。

「触らないでもらえる?汚れるわ」

「うわっ気が強えー女!」

「君一年生っしょ、俺たちと遊ぼうよ!」

「何ならホテルでもいいよーん」

 いわゆるナンパというやつか。

 冥府の民が干渉していないことから、学園ではナンパも許可された行動の一つだということだ。

 相手にされている女子は災難だな。

「ちょっとあれって」

 よく見てみると、いや、よく見なくても間違いない。クラスメイトの夢冬見 茜だ。

 彼女は俺たちとは別の、遊園地の方のグループに振り分けられた筈だが、省かれたというより自ら一人を選んだと言ったところだろう。

 普段楽羅とは違った意味でツンとしている分見逃しがちだが、圧倒的に整った容姿にモデルのようなスタイル。当然性格を知らない男子たちが放っておく筈もない。

 俺には関係のないことだが、何となく気分が悪い。ここで恩を売っておくのも良いかもしれないな。

「やぁ夢冬見さん。随分と楽しそうだね!」

「あら、貴方にはこれのどこが楽しそうに見えるのかしら」

「こんなにかっこいい先輩方三人に囲まれてすごく楽しそうに見えたけど」

「はぁ、揶揄いに来たのなら消えてくれない?貴方には関係のないことだわ」

 この三人の顔は大体覚えている。

 神格者の式の際も同様に、何人かの女子に声をかけていた奴ら、確か三人とも二年生で過去の教室だ。

 三人とも百八十センチ越えの長身で顔もそこまで悪くはない。それに赤色、青色、黄色ととても目立つ髪色をしているため、三人が固まっていると嫌でも目立ってしまう。現に何人かの視線がこちらへと集まっている。

 それぞれを赤先輩、青先輩、黄先輩と呼ぶことにしよう。

「なぁ、お前一年だろ?男には用ねぇーんだわ」

 三人の中で最もガタイが良く全身の筋肉が引き締まっている赤先輩が俺の顔すれすれに体を寄せ、そのフィジカルで圧をかけて見下ろすように立ち尽くす。

 俺の身長は百八十一センチと、男性平均で比べると高身長の部類には入る。だが、目の前のこの男は俺よりも更に五、六センチほど高く、分厚いまな板を持つボディビルダーのような筋肉をしている。

「まるで壁だな」

「ああ?」

「君逃げた方がいいと思うよ、コイツ多分マジだからさ」

「確かに、かなりマジだねー」

「逃げる?ここまで邪魔しておいて?少し痛い目見せてやるよ」

 俺と赤先輩の間に割って入るようにして俺の前に立つ夢冬見。

「彼は関係ありません。貴方方の目的は私でしょう。お話だけならしてあげても構いません」

「ヒュー!」

「それなら、そこの女もここに残れ、んで男はさっさと消えろ」

 赤先輩は俺の後ろでやりとりを心配そうに眺めていた楽羅を指さす。

「はあ!あんたらみたいなブスと私が釣り合うわけないでしょ!」

「はっはー今年の一年はマジで面白れぇーやつばっかりだな!」

 顔に右手を押し当て、まるでアニメの悪役かのような笑い方をする。

「ダメだな。やっぱりそいつには少し痛い目に遭ってもらう」

 まあ元々はそのつもりで来たからな、想定済みだ。だが、周囲の視線が気になるな。

「先輩、それなら場所を移しても構いませんか?」

「そうだなぁ、見えないところでやんないとな!」

「あーらら」

「君死んだね」

「二人はここで待っててもらえるか?」

「でも・・・・・・・・」

 手を伸ばそうとする夢冬見、その表情は儚げで心配そうに俺を見つめていた。

 どことなく、去年のことを思い出すな。

 今回はナンパだったが、こういう理不尽な生命体が存在しているから誰かの大切が奪われることになる。

「手加減しないとな」

 ぼそっと漏らしたその言葉は、俺の周囲を囲みながら移動する先輩たちには届いてはいない様子。

 すると、頭の中に直接語りかけるように声がする。

「死なない程度でほどほどに」

 プリメラの声だ。一体どういう仕組みなのかは分からないが、心臓が関係しているのは間違いないだろう。

「ここならいいだろう」

 そうして連れて来られた場所は、倉庫の裏にある人目のつかない茂み。

「そうですね、ここでなら思う存分・・・・・・お前らをめちゃくちゃにできる!」

「うわっ!」

 青先輩が俺のオーラに一瞬恐怖し、後ずさる。

「おい!コイツやばいんじゃね?」

 俺は優しく笑いかけ、右の指先をまっすぐ先輩達に向けた後、下に向ける。

「ひれ伏せ」

 青と黄先輩は地面に素早くうつ伏せになり、一切の身動きが取れなくなる。

「っ・・・・・・っ・・・・」

「安心してくださいよ。殺しはしませんから」

「ふっいい度胸してんじゃねーか、お前名前は」

「黙れ」

「っ」

「俺の名前を聞いてどうすんだよ!殺すぞお前」

 するとせめてもの抵抗として赤先輩がライオンのように変化し、俺へと猛スピードで突進して来る。

 だが、その突進を必要最低限の小回りで回避する。

「まるで獣だ。一体何のギフトなんです?」

「うるゲェェェェェェーーーーーー!」

 人の言葉に獣のような雄叫びが混ざったような叫び声。

「俺の家畜にしてやるよ・・いや・・・やっぱりいいわ、なんか汚ないし」

「ウガァァァァァァ!」

 俺は二回目の突進は避けずに真正面から右手で受け止める。

「は?」

 獣の体は瞬時に人の姿へと戻り、それを赤先輩自身も認識する。

「悪いね先輩、俺には通じないんだわ」

「ぶっころ——-」

 顔面を力を込めた右手で思い切り掴み宙へと投げる。

 そして右腕を思い切り後ろへと引き、十分な予備動作を経て落ちてきた赤先輩の顔面へとクリーンヒットをかます。

「ぶはっ」

 吹き飛んだ赤先輩の巨体が寝転ぶ二人の背中にのしかかる。

 俺は近づき、目線を合わせるようにしゃがんで優しく微笑む。

「先輩たちって大したことないんですね!まぁ、これに懲りたら、大人くし生活してくださいよ〜」

 俺は立ち上がり、背を向けた状態で手を振り先輩たちへと慰めのエールを送る。

「あっそうだ」

 振り向き、精一杯の殺意を放つ。

「俺のこと誰かに話せば、そん時は手加減なんてしませんから」

 それだけを言い残し、その場を後にした。

「今のは素晴らしい殺意でしたよ。ですが、あまり加減を間違えても学園側に悟られてしまいます。気を付けて下さいね」

「なぁ、どういう仕組みで俺の頭に語りかけてるんだ?」

「単純なことですよ。私と貴方は心臓で繋がっている。それだけです」

「そうか」

「はい。では」

 先程の場所へと戻ると、あれから一歩たりとも動いていない二人の姿があった。

「少し話せるかしら?」

「楽羅は先にホテルに行っててくれ」

「いや、私も聞かせてもらうから。それが条件よ」

「別に構わないわ」

 俺たちは飲み物をそれぞれ買い、外に設営されている席に着いた。

「さっきは助けてくれてありがとう」

「へぇー、あんたって謝ることも出来るんだ〜」

「何それ、嫌味?」

「正解〜よく分かったじゃない!そう、嫌味よ!嫌味!」

「はぁ幼稚ね」

「なっ!」

「私は彼と話がしたいの、少し黙っててもらえるかしら」

 楽羅は夢冬見に対しての怒りを更に顔一面に剥きだしにして今にも噛みつきそうなくらいだが、言葉の圧に押されてか口を閉じる。

「天月君、貴方にはしょっちゅう驚かされてばかりいるわ。教えてくれない?貴方は一体何者なの?」

「何で僕のことをそんなにも気にかけるのかな?」

「私の質問に答えて」

「いや、僕の質問に答えるのが先だよ」

 夢冬見は観念したかのように、右手を口元に添える形で考え始める。

「なぜ、かしらね・・・ごめんなさい、自分でもよく分からないわ。でもなぜか気になってしまうの不思議よね」

「ねぇ、それってさ!」

 少しの間大人しくしていた楽羅だったが、勢いよく立ち上がり机を叩く。

 だが、余計に話を長引かせたくも拗らせたくもないため、手でその行動を静止させる。

「夢冬見さんが分からないのなら、それは誰にも分からないよ」

「ええ、確かにそうね」

「まぁいいや、で、僕が何者か、か」

 俺は先程の夢冬見と同じように考えるポーズをとる。勿論、答える内容は決まっている。

「前にもこんなことがあったけど、僕はただの生徒だよ。何を勘違いしてるのか知らないけどどこにでもいる人間だよ」

「どこにでもいる?悪いけどとてもそうは思えないわ、まず、先生も言っていた通りこの学園には何かしらの事情を抱えている生徒が集まっている。そしてそれは貴方とて例外じゃない筈」

 流石は学年一位だけはある。だが、必ずしも成績が良いのと物事においての頭のキレは比例関係には位置していない。

 夢冬見に関しては、そのどちらも有しているというわけだが。

「それと、先程のあの行動。腕に自信があったのだとしても、普通あそこまで冷静でいられるものかしら?あの三人は?貴方がやっつけたの?どちらにせよ、貴方が姿を消した短時間の内に彼らを説得出来たとも思えない。仮に力ずくで解決したのなら、それはそれで普通じゃないわ」

 俺が徐々に追い詰められていると思ったのか、心配そうな瞳をこちらへと向けてくる楽羅。

 だが、心配する必要はない。彼女がどれほど自力で探ろうとも、決して真実には辿り着きはしない。

 俺が抱える運命は、人の想像が届く域で収まるほど生やさしいものではない。

「僕は少し武道の心得があるんだ。先輩たちは見た目が凄かっただけで中身は大したことはなかったよ」

「それは貴方の主観でしょ?私にも武道の心得はあるわ。それじゃあ、テストの結果に関しては何と言い訳するの?」

「あれは僕の実力だよ!そんなに疑われちゃ僕は一体どうすればいいのさ」

「そうね、手を抜かずに真面目に受けるべきね」

 本当にいつかコイツは邪魔になりそうだな。だが、プリメラに釘を刺されるだろう。先程の先輩たちに関しても殺さないように釘を刺してきた。直接本人に確認したわけじゃないが、仮にも平和を謳う冥府の民にとっては、殺人とは許し難い罪なのだろう。

「僕が例え本気になったとしても、君に勝てるかは分からないよ」

「勝つ必要なんてないわ。ただ今回は特典の内容だけに少し悔しかったけれど」

「それは悪いことをしたみたいだね」

「だけど、貴方は本気を出せば私に勝てるくらいの力は持っているんじゃないの?」

「それは買い被りすぎだと思うよ」

「室長、副長決めの時に行ったスゴロクを覚えてる?」

「まぁ最近のことだしね」

「サイコロの仕掛けを利用していたのは、私を含めて貴方だけだったわ。私と同程度の頭脳を持っている貴方が勝負にならない訳がないわ」

 あのスゴロクは運も多少は左右するものとなっていた。だが、俺は手を抜くどころかその面白さにどっぷりとハマってしまっていた。それでも結果は夢冬見の方が上であった。その上で、俺にまで意識を向けていたとは恐れ入った。

「はぁ、僕が本気を出してもクラスで十番目くらいがいいところだよ」

「私が言いたいのは、その力を使って欲しいということよ」

「例え僕が力を隠していたとして、それを使うことになっても夢冬見さんには何の得もないんじゃない?」

「いえ、あるわ。その力を私のために使って欲しいの」

 流石に我慢出来なくなったのか、楽羅の顔が夢冬見の顔へと近づいていく。

「あんた自分の言ってること分かってる?天月は、私のパートナーよ!」

 言い方は多少誤解を生みそうなものではあるが、まぁ間違ってもいない。

「ごめんなさい、言い方を間違えたわ。私と協力関係になって欲しいの」

 コイツもか。

 俺はこの学園に入学以来、かなりモテるな。中学時代は男女かまわずみんなに慕われていたが、それとは大きく違う。

「とりあえず、一度ホテルに向かおうか。話はまたその後にしよう」

 俺たちがホテルへと着いた頃には、既に他のメンバーは全員揃っていた。

「ごめん目春君、少し遅れちゃった」

「ううん、時間通りだし気にしなくて大丈夫だよ」

「なら良かった」

「それじゃあみんな、行こうか」

 目春の後に続いてホテル内へと入っていく。今の時間帯からしてここへの目的は食事しかないが、いつの間に予約を取ったのか、まさに出来る男という感じだな。

 俺たちは直径二メートルほどある丸テーブルがいくつも並べられている大広間「鳳凰の間」へと案内された。一つのテーブルにつき席が六つ並べられている。テーブルの真ん中には花束が添えられたブーケが飾り付けてあり、会場内には西洋風の気品のある音楽が耳に心地よいボリュームで響き渡っている。

「席は自由だからみんな好きなところに座るといいよ」

 目春の合図でみんながそれぞれ好きな席へと着く。遠くに座る者や固まって座る者など様々いる。

 俺は、目春と同じテーブルに着くこととし、ついでとして楽羅と夢冬見も同じテーブルへと着く。

「目春君、ここの支払いはどうするの?」

「昨日の放課後にみんなから五千円ずつ集めたのは覚えているよね?それは全部今日の分として集めたものだから心配しなくて大丈夫だよ」

 つまり、プールや遊園地を満喫出来るだけでなくホテルでの食事代を含めても一人辺り五千円とは、あまりにも破格の値段すぎるな。

 おそらく予約していたということは、出てくるのはコース料理。普通ならコース料理だけで一万円以上はしてしまうものだ。

 この学園では色々と精神的に負担を強いてくることが多いい分、娯楽などを通してある程度はリラックス出来るようにしているのか。そのため金銭面などではあまり負担はかけないようにするなど、心理的なマネジメントを行なっているというわけだ。

 次々と各テーブルに皿が運ばれてくる。

「今回はフレンチのコース料理だよ。基本的には外側に置いてあるフォーク、ナイフから使うといいよ。それから口を拭く時はナプキンを、手を拭く時はおしぼりを使うのがある程度のマナーかな」

「目春君は料理に関しても詳しいんだね」

 料理に詳しくない人なら基本的な内容だとしても、知り得ないような情報だ。ましてや俺もその話を聞かなければ、おしぼりで口を拭いていた側にいる。

「両親が厳しい人でね、小さい頃から色んなことを仕込まれてたんだ」

「へぇーそうなんだ、それはつらいつらい」

 楽羅が揶揄うような口調で話す。

 やめてやれ。

「それより早く食べようよ!天月、これどうやって食べるの?」

「目春君教えてもらえるかな?」

「あのさ天月君、名前呼びとまでは言わないけど、そろそろ呼び捨てで呼んで欲しいな」

「ねぇ、あんたも天月のこと狙ってるの?私たちの間に割って入ってこないでよ」

 先程の夢冬見とのことでより一層ピリついてるな。目春は仲のいい友達だ。楽羅の余計な行動で気まずくなるのは避けたいのだが。

「ごめんね目春、少し嫌なことがあったみたいなんだ」

「そうだったんだね。楽羅さん、天月君はとても大切な友人なんだ。だから僕も仲間に入れてくれないかな?」

 流石にこれ以上楽羅の自由奔放さに付き合わされるのは勘弁したい。少し脅すか。

「楽羅さん」

 俺は自分の表情を隣に座る楽羅にだけ見えるように顔を傾ける。

「ひっ、わ、分かったわよ!」

 小さく悲鳴のような声をあげ、楽羅の隣に座っていた夢冬見にはそれが聞こえていたらしく、俺への警戒心が更に強まったかもな。

「さあ、食事をしようか」

 そうして俺たちはみんな同じようなペースで食事を進めていき、各々の趣味の話、先程のプールや遊園地の話や時々恋の話に花を咲かせて楽しんだ。だが、昔の話を誰一人持ち出さないのは、各々が抱える過去の重圧を意味しているのだろう。

「すごく楽しいよ」

「それなら良かった」

「いや、そうじゃないんだ。僕は今までこうやって多人数で遊んだことがなかったからすごく楽しいんだ」

 そう、昔の俺はみんなの模範の生徒であるべきなんだと、娯楽を嗜む時間もないほど陰でこそこそと努力していた惨めでちっぽけな存在だった。そうやって無理矢理にでも自分を大きく見せていないと、すぐに崩れていってしまいそうで怖かった。一部では聖人のように扱われていたけど、悪い気はしなかった。むしろ心地よかった。だが、まぁ、カイトにだけは心を開いていた。あの時の俺はみんなに心の底から慕われたいと願っていたが、本当の真意はそこじゃなかったんだな。

 新しい心臓になってようやく分かる。昔の俺が残していった感情・・・・・。

「なるほどな」

「ん、何がだい?」

「いや、僕はこの学園に入学して良かったかもしれない」

 俺が学園を満喫したいと思う最大の理由は、同世代の者たちと普通の学生のように肩を並べて楽しみたかったからなんだ。

「そういえば、踵先輩は無事に冥府の門に着いたのかしら?」

 夢冬見が口に運んでいたフォークを一度止め突然の話題を振る。

「それは確かめられないけど、不思議だよね」

「そうね」

「何が不思議なのよ」

 目春と夢冬見の話の内容が理解出来ないらしく、首を傾げる楽羅。

「神格者には三つの権利が与えられるけど、その中の冥府への挑戦は何を目的としているものなのかが分からないんだよ」

「そういうことよ。他の二つはしっかりと権利の意味を成しているのにね。あれだけ大掛かりな式を行ったのにも関わらずその意味は分からず終い、けれど、私は冥府への挑戦が一番重要なものだと見ているわ」

 中々察しがいいじゃないか。冥府の民よ、余裕をこいていると人間如きに足元をすくわれることになるぞ。

「天月君はどう思うかな?」

「そうだねぇ、異世界に住めたりする権利を貰えるってことなんじゃないかな」

「はぁ、貴方はまた・・・」

 ため息をついているが、遠回りしに言えば答えなんだがな。まぁ、それを知る術もないか。

 そして、その夢冬見のため息とほぼ同時に建物全体が大きく一度揺れる。

「えっ何?地震?」

「かなり大きかったね」

 机に乗っていた皿やグラスが地面に落ちているのがどのテーブルでも伺える。

 揺れたのは一度だけだというのに、もし次連続して揺れるようなことがあれば災害レベルになるんじゃないのか。

「ちょっと待って・・・・・待って待ってやばいやばいやばい!」

 楽羅が冷静さをかき乱し始める。

 そして周囲からざわめき、悲鳴、食器の割れる音、建物全体が軋む音が聞こえ始め、徐々に揺れは強度を増し立つことは愚かビル全体が少し傾いたようにも感じる。

 バリンッ!

 外側の壁が一面大きなガラス張りになっており、耐久値を超えてしまったせいで全てが一斉に大きな破片と細かい破片に分かれて割れる。

「きゃあああああああああ!」

 女子の悲鳴は更に大きくなっていき、泣き出す者まで現れた。

 続いて電気は全て消えて外から差し込む陽の光のみとなる。だがそれもビルが傾いているせいでだんだんと差し込めなくなり始めている。

 バリンッ!

 再度、次は会場内で大きなガラスが割れる音がする。天井に吊るしてあった巨大なシャンデリアだ。

 地面にあのまま落ちていたら数名はただの怪我では済まされなかっただろう。俺はシャンデリアが天井から離れた瞬間・・・・・・。

 

「砕けろ」

 

 おかげで誰一人怪我はしていない様子。

 それに、シャンデリアに届けるためにかなり声量は大きかったが、周囲の悲鳴が近くにいる者への伝達を遮断してくれていた。

「これはまずいね」

 目春が珍しく弱気な言葉を口にする。この状況では当然のことか。

 揺れは強まるばかり、そして建物は全体を軋ませ、外側内側ともにヒビを走らせながら倒れ始める。

 俺一人ならここから抜け出すことは容易いが、これだけの人数をとなると、俺の力では不可能だ。拒絶・支配・星の正位置はそのどれもが状況に適していない。

「さぁ、どうするー」

 一か八かで試してみるか。俺は外から建物全体を体の力で支えることを決める。だが、これには一つ大きな問題がある。みんなに見られてしまうことだ。建物を自力のみで支えている場面など見られたら言い訳のしようもない。だが、今回は楽しかったからな・・・・・そのお礼だ。

 俺が割れた窓から外に出ようとすると、目の前に黒い人影が現れる。

「随分と楽しそうですね」

「どこをどう見たらそうなる?」

 誰にも聞こえない声量で俺とプリメラだけのやり取りが始まる。

「震源は?これは本当にただの地震か?そんなわけないよなぁ」

「まぁそうですね、今起きているのは地震ではなく、意図的に起こされている現象です」

 この揺れが起きて以来、真下に何か大きな圧力を感じている。

「みなさん!」

 プリメラは声量を大きくし、全員に届くように言葉を発する。

「もう安心していいですよ。この私が来たのですから」

 そう言って左手を腰にまわし、窓と窓の枠である柱の部分に右の人差し指をおく。

「では、ゆっくりと下まで降ろしますね」

 プリメラはゆっくりと建物を傾けて地面に横たわらせる。

 指一本しか触れてなかったのにどういう理屈だ。まるで指先に建物が吸い付いているかのようだった。

 そして俺たち全員が外へと出る頃には既に揺れは収まっていた。

「プリメラ、意図的ってのはどういうことだ」

 プリメラは不敵な笑みを浮かべる。

 こいつとは式以来会ってないから、その不気味な笑みを見るのは懐かしさを感じるな。

「貴方も感じたのでしょう?地下から湧き出る謎の力を」

 確かに感じた。人間の生のエネルギーとも、冥界の力とも違う得体の知れない何かを。

「つまりそういうことです」

「境界線が壊れたのか、一体どうし・・・なるほどな」

「さてと、どうやら悠長に話をしている場合ではないようですね」

「どうしたの天月?」

「天月君・・・・?」

 覚悟を決めた俺の表情に何か違和感を覚えたのか、プリメラと話している姿が不思議に見えたのか、おそらくどちらもあるが大方前者だろう。楽羅と目春は不安そうな、そして心配そうに俺を見つめる。

「ふっふ」

「何がおかしい?」

「怪物が来ますよ!」

 その瞬間先程とは比べ物にならない、みんなはまともにバランスを保つことが出来ない程の大きな揺れが俺たちを襲う。

 バキバキバキと、不愉快な音を響かせながら地面が深く割れていく。

「嘘だろ‼︎」

「やだぁー!死にたくないよ‼︎」

「やばいやばいやばいやばいやばいって!」」

「きゃあああああああ!」

 そこら中から絶え間なく聞こえてくる悲鳴や叫び、まさに絶望の二文字が過っていることだろう。

「では、私は少々やることがあるので、少し席を外します」

 そう言って一瞬にして姿を消してしまう。

 直後、足場が崩れて地下へと急降下していく。

「ありえねぇー」

 なぜ俺はこんな状況で笑っているんだ。

 それよりもこのまま落ちたら少しやばいかもな。俺は大丈夫だとしても、他の奴らはただじゃ済まない。

「砕けろ!」

 割れた地面の破片を支配により更に細かく砕く。

 かなり細かく砕いたため落石による下敷きの可能性は低くなった。後は個人の運次第だ。

 どうやらここは地下大聖堂の真上だったらしい。

 再び開かれた門の中から得体の知れない異形の生命体がうじゃうじゃと姿を現す。

 その中に一人、見知った男の姿があった。奴の馬鹿でかい雄叫びが、まだ宙に浮かぶ俺の耳奥にキンキンと響く。

「悲しいよ、踵 優哉」

 俺は届かないことを知りながら哀れみの目を向けた。

 

 魔族襲撃の数分前。

 

 地下大聖堂。

「おーし、いいぞ」

「いやー、門を閉じるのも一苦労ですなぁ」

「まぁな。けど、閉じさえすれば後は速い」

「よーし!」

 展開の還元作業のため、学園の関係者と思われる男数十名と一人の死神の姿がその場にある。

「ん?」

「どうかしたのか?」

「いや、今一瞬門の向こうに誰かがいたような」

「ふっ、そんなわけないだろ!疲れすぎておかしくなってるんだよ。全く還元作業は俺たちに任せっきりとかブラックかよってな?」

「いや、でも・・・・まぁ、俺の見間違いかもな」

 ドンっと、門に衝撃が走る。

「なっ、なんだよ!」

「どうなってんだ?これ以上閉まるどころか、なんか勝手に開き始めたぞ」

 再び、先程よりも強い圧が門の向こうから幾度となく放たれる。

「うおっ!なんだこの揺れ?」

「やばいな・・・おい、死神!」

「これは一体どういうことなんだ?」

 しかし、死神にとっても初めてな経験のため分かる筈もない。ただ、衝撃と共に門の奥から湧き出てくる圧に気圧されているのか、死神のこれから起きることを物語るような深刻な表情がその場にいる全員の不安を駆り立てる。

「おい、これ、逃げた方がいいんじゃないか?」

「だな、プリメラさんもいないし、俺たちだけじゃどうしようもねーよ」

 その場にいた数十名の作業員たちは不安定な目眩を起こしそうな空間の中、ただ逃げることだけに全ての意識と力を集中させて、退避の行動を見せ始める。

「急げ!」

 先程のことが嘘かのように静まり返る現象と空間。

「どうなってんだ?」

「とりあえず逃げよう!」

 不気味な静寂に包まれ、その場の一人も動こうとはしない。

 静寂も束の間、立つこともままならない衝撃が走り、門の中から青白く光る何かが迫りくる。

「ぐっ!」

 作業員を守る形で光の正体、炎を正面から受け止める死神。

「僕の時の力が押されているだと⁉︎ありえない!そんなことはありえない」

 しかし、抵抗虚しく炎に包まれその場に倒れ込む死神。

「お、おい!お前がやられちまったら俺たちどうすりゃいんだよ!」

「まずい、逃げろ!」

 続けて先程よりも広範囲な青白い炎が門を全開までこじ開ける。

 それと同時に天井が割れる。

 燃え上がる炎、崩れた天井、絶望を浮かべる作業員、押し寄せる魔族。

「ああああああああああああああああああああああああ‼︎」

 

 冷たい炎。太陽の逆位置。

「なるほどな」

 他の者は分からないが、どうやらクラスメイト十九名はみんな無事みたいだ。

「俺がこの手で———」

「はぁあはっ!」

 俺は何かの衝撃により奥の壁まで、もの凄い勢いで飛ばされる。

「ガハッ!」

 口の中に大量の液体と鉄の味。

「今度は前かよ、はっは」

 俺の胸に貫通した右腕。目線を上げると顔中の血管が浮き彫りになり目が充血している、銀髪が逆立ち、ニヤリと笑うその口元にチラつく鋭い八重歯。まさに見た目も中身も変わり果てた踵の姿だった。

 俺は踵の腕を力強く掴み、左拳を相手の喉に当てる。

「飛べ!」

 もの凄い勢いで地上へと飛んでいく。俺の胸には踵の引きちぎれた右腕が残った。

「クッソ!」

 突き刺さる右腕を引き抜き、溢れ出る大量の血液が辺りを赤く染め上げる。

 ふらつく足を保ちながら辺りを見渡すが、どこもかしこも異形人の襲撃を受けている。

 このままじゃ全滅だな・・・・・死神も地に伏せ、プリメラもいないこの状況だ。あーあ、折角面白くなっていたのによ。

 足の力が抜けて崩れるように地に伏す。

「ハァー・・・ハァー・・・」

 心臓を潰されたら死ぬのか?それとも再生するのか?もし後者なら、次はどんな俺が生まれるのだろうか・・・・・。

 目を閉じると真っ白な無機質の空間に人影が立っている。そいつの顔は見えないが一度立ち止まりこちらへと振り向く。だが、直ぐに前を向き歩き出すその後ろ姿は、どこか別れを彷彿とさせた。

 白が黒へと染め上げられてゆく。

 さぁ、起きる時間だ。

「スゥーーーーーー」

 俺は目を覚まし、細く、されど深く息を吸う。

 右手の指先を地面へとめり込ませ、地に伏した状態のまま右肘を上に立てる。

「崩れろ!」

 地下大聖堂全ての地面が複雑に凹凸した状態となり、空間が崩れ始める。

「おっと、無茶をしますね〜」

「随分と早いおかえりだな」

「私の死神をお迎えに行っていただけのことですから」

 一体冥府の民はどこから冥界へと向かっているのか・・・・・まぁどうでもいいか。

「とりあえず、他の奴らをこの場からどかしてくれ、邪魔で仕方がない」

「承知しました」

 頭が妙に冴えるな。

 空の一点が光る。

「来たか」

「天月ーーーーー‼︎」

「誰だお前は?」

 俺の心臓同様に踵の右腕も修復している。

「くっく、忘れるとか頭逝っちまったのかぁー!この、心臓野郎が」

 異形人の全員が俺へと視線を向け、今か今かと待ち侘びている様子だ。

「始めようか・・・先輩」

 俺たちはお互いに距離を縮め、約一メートル範囲で立ち止まり、相手の瞳を見つめ合う。

「沈め‼︎」

 腹からの馬鹿でかい声が空間一帯に響き渡り、俺のことを囲むようにして隙を窺っていた異形人計二百以上の全てが、隆起したコンクリートを砕き地面に埋もれる。

「ヒューやるねー!」

 予備動作なしでの青白い炎を纏った拳が一撃飛んでくる。

「んなもんか?」

 俺はその一撃を軽々と右手で受け止める。

「あ?舐めんなよ」

 一撃、更に一撃と無数の炎を纏った拳が高速で放たれてゆくが、俺は全てを手の平で捌いていく。

 そして青白い炎の中に徐々に漆黒の炎が混じり始める。

 パァーン!

「おかしいなぁ〜、この炎は消えない筈なんだけどな〜、やっぱりノワールの力はハンパねーわ!」

 踵は一度俺から距離を取る。

「くっくっくっくっくっくっく、お前のその力で、僕を・・・殺してくれよー‼︎」

 全身に青白い炎と漆黒の炎をそれぞれが入り乱れるように纏う。

「自我は別にあるってことか?」

 俺は空気が薄くなっていくのを感じながら、ギフトで踵の真実を探す。

「なるほどな」

「ぶっ殺してやるよー!」

 踵の叫びと共に巨大な炎の渦が俺へと一直線線に向かってくる。

「それは俺のセリフだよー!」

 俺は炎を振り払うようにして触れ、一瞬にしてかき消す。

「クッソー!」

 踵へと素早く距離を詰めていく。その際に放たれる遠距離の炎の咆拳を全て拒絶していく。

 ほぼゼロ距離まで近づいたところで拒絶を纏わせた左腕を伸ばすが、かすりもしない。

「止まれ」

 その一瞬の隙を見て喉を掴み上げる。

「手こずらせんなよ、先輩・・・潰れちまえ!」

「くっ!」

 直に触れているにも関わらず、俺の支配が働かない。

「あー、そっか、そういえばあんたも力を受け取ってんだっけ?めんどくせーな」

 俺は単純な力作業で踵を門の手前へと投げ飛ばす。

 すると、埋もれていた筈の異形人共が次々と復活してゆく。

「めんどくせぇなーおい!」

「天月!ハァハァハァ、決着つけようぜー!」

「あー、あの時の決着も含めてな!」

 踵は再び炎を纏い、膨れ上がらせた炎を波のように操り仕掛けてくる。

 自身が電池となっているため、拒絶を繰り返しても更に新たな波が押し寄せてくる。

 俺は後を追ってくる炎の波を、走りで突き放しながら隙を窺う。

 すると炎の波は踵の元へと集まり始め、空中に無数の火炎球が生じ、一斉に雨のように降り注ぐ。更に踵自身からも無数の火炎球が飛散し始める。

「ハァーーーーー」

 俺は一瞬の間に心臓が破裂しそうになるほどの拒絶をしながら素早く回避し続ける。

 拒絶も支配と同様、一度に拒絶出来る量が決まっている。

 異形人は踵の攻撃により、次々と焼き焦げになってゆく。

「ふっ、いいねー!」

 俺は攻防戦の最中不思議な感覚に陥っていた。

 降り注ぐ攻撃が徐々にゆっくりとなり、次第に音が消えていく。そして周囲の音が消えた中で心臓の鼓動が緩やかになるのを感じていた。

 俺は視線の焦点を踵へと当てる。

「消えろ」

 降り注ぐ全ての、纏う全ての炎が一瞬にして消えた。

 拒絶を含む命令は対象に触れなければならないが、今回は何かが違った。支配の線上に拒絶が生まれた、そんな感覚だった。

 動揺した踵が左拳に漆黒の炎を纏って宙を舞い殴りかかってくる。

 俺はその拳をしっかりと右手で受け止め、手とは逆の脚で顔面目掛けて一撃を見舞う。

「カハァッ」

 衝撃で宙を仰向けで走る踵を追い、更に上からみぞおち目掛けて拳を放つ。

 落下の反動が拳の威力に乗り、貫通する。

「アガッ!カァ」

 即座に腕を引き抜き付着した血を払う。

「君は・・・・・」

「気づいたのか」

「悪かったね、面倒をかけてしまったみたいだね」

 目の充血、浮き彫りになった血管が引いていく。

「俺とお前は同じ境遇にあるからな。これは俺のケジメみたいなもんだ。それにお前とは決着も付けたかったしな」

「そうか・・・・・ハァー、あー、これで終わりか」

 徐々に声が涙を含むものへと変わっていく。表情を見なくとも、容易に想像出来る。

「冥界に行っても、生きてればいつか会えると心のどこかで思ってた。だけど、死んだら一生会えない・・・・・・カリア・・・マーシャ・・ロンデ・・ケーリ・・・」

 声が掠れ、目の焦点が合わなくなっていく。俺は静かに一人話す踵のことを眺めていた。

「メルデン・・・君たちの平等を叶えるための僕の不平等を許してくれるかい?・・・いや違うな、平等、不平等は弱者の論争にすぎない・・・僕の願いは、君たちの平和だ・・・・・天月、僕の目を貰ってくれないか?」

 そう言って自身の目をくり抜き、俺に渡してくる。

「これはユグドラ アフキスのものだ。回避の目と言って、様々な事象を回避することが出来る。まぁ、ノワールの力の方が上だったようだけどね」

 俺は受け取ったユグドラの目を自身の目に埋め込む。

「ありがとう・・・」

 踵は天を見上げ、緩やかに笑う。

「先に行く未熟な僕のことを、笑ってくれよ・・・僕の、家族・・・・・父さん、母さん、今行くよ」

 本人たちに届くことのない言葉を残し、灰となり風に吹かれて宙を舞う。

「グルァァァァァァ!」

 静寂仕切った空間内に身の毛もよだつ咆哮が充満していく。

 界門から一頭のドラゴンが顔を出し、その後ろにも複数のドラゴンが見受けられる。

「なるほどな、あん時の未来はこれのことか」

 一頭目が完全に現世へと姿を現し、二頭目の額に生える鋭利な角が見えた瞬間に界門にヒビが入る。

 その後界門は輝きを失いただの石となり、石盤の命綱とも言える上下の根を含めた全てが崩壊を始める。

「改変か?」

 目で見た映像には複数体映っていた筈だ。まぁとにかくあの一頭をどうするかだな。

 コツ、コツとこちらへ近づいてくる足音。

「お見事でした。今回の踵さんの命を奪った件に関しては、仕方のないことです。後はゆっくり休んでいて下さい。あのドラゴンは私がいただきますね」

 いつもと変わらない不気味な笑顔。だが、その不気味さの中にあいつの好奇心が垣間見えた。

 プリメラがドラゴンと多少距離をとった位置へと立つ。

「グルァァァァァァガァァァ!」

 自身の何倍もの炎の咆哮をプリメラ目掛けて放つ。

「嘘だろ・・・」

「ふっ」

 プリメラは息を吹きかけ相殺する。

「嘘だろ・・・」

 その後ドラゴンへとゆっくりと歩いて近づき、右の拳に黒い何かを纏わせ、軽くドラゴンの胴体へと当てる。

「ボンッ!」

 プリメラが発した効果音と共にドラゴンの全身がサイコロ状となり、多方面へと吹っ飛ぶ。

「あいつは規格外だな」

 俺は崩れた石盤を見つめるプリメラへと近づいていく。

「新しい石盤を探す必要がありますね」

「この世界に存在するのか?」

「この世界にしか存在しません。まぁ、日本にはありませんけどね。それよりも、この間の話の続きをするとしましょうか」

「話?」

「冥界の在り方についてです。まず貴方の知識に基づく概念としては、私が統治する死神たちによって管理されている冥府の民の移住地と言ったところですか」

「まぁそんなところだな」

「まず基本として覚えておいてほしいことは、冥界とはあの世のことですが、冥界とは現世の死んだ者の魂が行き着く場所ではないということです」

 世の中の知識として死んだ者はあの世に行くという認識があるが、どうやらそれは違うらしい。

「魂には肉体という器以外にそれ自体を管理している器が存在するのです。魂は生命の核であり器と切り離されれば天界へと行きます。そこで善は新たな器を与えられ、悪は消滅。旧の器は冥界へと留まり冥王により新たな冥府の心が与えられるのです」

「つまりお前もその一人だと?」

「そういうことです。私は初代冥王の第一統率者としての命を授かり、第二統率者として誕生したのがユグドラのアフキスです。そして三人目がヴィステのカルーチェであり、私たち三名はそれぞれが生・視界・手を操る権利を与えられました。学園のルールに反映されている力はその一部です」

 当てはめるならば、目の力はユグドラ、手の力はヴィステということになる。

「付け加えるなら願いを叶える力はヴィステの力です」

 俺の考えをまるで見透かしたかのようなタイミングだな。

「話を続けさせてもらいます。二代目冥王によって創造されたのが今の死神たちであり、五名ずつが統率者の支配下に加わります。つまり、貴方が知っている死神の他に十名存在しているということ、そしてここからが今回の一件とも繋がる部分になります」

 今回の一件とは要するに、襲撃のことを指しているのはすぐに理解出来る。つまり、何か裏がある襲撃だったということか。

「冥界とは冥府の門の開け方によってその在り方が変わってきます。そしてここで言う開け方とは、誰が開けるのかということです。私が開ければ私の死神たちが管理する冥界の姿となり、他の二名のどちらかが開ければ、その者の死神が管理する冥界となるということ」

「踵との関係性が全く見えてこないんだが」

「石盤展開における第一段階の説明を覚えていますか?」

「確か、冥府の門に反映されている情報と・・・なるほどな」

「はい、そういうことです。反映されている情報とは冥界の在り方。石盤の展開とは肉体を持つ生命を他の次元に干渉させるためのもの。アフキスの力を宿す踵さんが界門を通り冥府の門を開くためには、アフキスの冥界の在り方の情報を石盤とリンクさせる必要がありました。ですが、その時私が冥界に出向いていたため私の在り方へとなっていたのです」

「つまりお前のせいってことだな。俺は案外踵のことを気にってたんだ。だから少し気分が悪いな」

 俺は鋭い目つきをプリメラへと向けるが、動揺した様子は一切見せない。俺ごとき、どうとでもなるってか。

「いやいやいや、ただの偶然ですよ。決して意図していたわけではありません」

「は?」

「ですが、冥府の門が開かなかったことで、魔神に魂を食べられてしまったのは残念でした」

 あの異形の集団は四つ世界の一つ、魔界の住人だったというわけだ。だが、干渉出来る機会が出来た途端にこれだ。空想の異世界などそれ自体が平和な夢物語に過ぎない。現実とは正反対だ。だから憧れ空想に浸りたくなる。

 つまり、異世界同士は干渉以前に互いを受入れることが出来ない。だが、冥界と現世のように利害関係を築くことがヒントなのかもしれない。

「話は以上です。ご清聴ありがとうございました」

 腰に右腕を回し胸に左手を当てて一礼する。

 だが、俺はプリメラのお辞儀をよそに、他のことに意識を取られていた。

「なぁ、あれは一体どういうことだ。俺は邪魔だからどかせと言った筈だ。何でまだあいつらがいるんだ?」

 俺の目線の先には楽羅、夢冬見、目春の三人が今し方、おそらくプリメラが張ったであろう結界から出て来る姿があった。

「全員を連れていく前に戦いが始まってしまったものですから」

 だとしてもこの三人というのは悪意を感じざるを得ない。

「では」

「天月!大丈夫?心臓刺されてたけど・・・・・」

 楽羅が涙目になり、抱きついてくる。

「天月君・・・ありがとう。貴方のおかげだわ」

 ここまで見られてしまったんだ。隠しても意味もない。それに・・・。

「ああ」

「やっぱり、そういうことだったのね」

 今回はどこか遠慮気味に、そしてどこか怖がる様子で言葉を発する夢冬見。

「正直、君がここまですごいとは思ってもいなかったよ」

 目春も夢冬見と同様の反応だ。

「はぁこの話は後日でもいいか?今日は少し疲れた」

「ええ」

「分かった」

 まぁあれだけの騒ぎで見られたのが、三人だったことが幸いだな。

 俺は荒れ果てた大聖堂を見渡す。

 勝者であるにも関わらず、孤独感だけがただただ強まっていく。先に退場出来た踵が羨ましくも思えるな。

 だがこれでいい。俺はこれから、本格的に冥王の座を狙いにいくのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四、特別試験

 

 

 魔神族襲撃は生徒、教師を含んだ学園全体に衝撃を与えた。

 だがその衝撃も時間経過と共に薄れていき、徐々に生徒たちの思考は特別試験へとシフトして行った。

 六月十日。

 ここ数日は常に俺へと複数の視線が向けられ続けている。主に夢冬見と目春、楽羅の三人だが、その視線に感化された他の者が次第に連鎖していき結果的に俺へとその視線が向けられる。

 長期的に向けられる視線というのは無意識に神経を削られる。

 今日の放課後にでも話の場を設けた方が良さそうだな。

 襲撃以降は二日間の休みを学園側が設け、その後の授業も教師たちがその修復に駆り出されていたためほとんどの進行が滞っている。

 第一回目の定期テストを終えたばかりだが、約二ヶ月後には第二回が実施される。まぁ当面は特別試験のことについて考える必要がある。既に一ヶ月をきった。

 今日はいつもより少し早い時間帯に赤坂が教室へと現れた。

「今日から改めて本格的に授業を始めていきたいと思う。そして既に分かっている者はいると思うが、特別試験まで後一ヶ月をきった。よってこれからその詳細について話していこうと思う。まずはタブレットを開いてくれ」

 みんな各々のタブレットを順々に起動しはじめる。

「見て分かる通りタブレット内に特別試験というアプリがインストールされている。既にアプリ内は迷路専用のものとなっているが、これからは特別試験ごとにその内容に対応する形へと情報が変化していく」

 そしてこの前は映像として見せられた洞窟の地下にある迷路の図面が画像として黒板に映し出される。

「この画像は試験開始前までにはタブレットにダウンロードされる。そして、画像の迷路は一辺が一キロメートルの正方形となっていることを覚えておいてほしい」

 ということは、タブレットにあるこの四分割された正方形の枠内には迷路を当てはめると見ていいだろう。

「勿論迷路には明確なスタートとゴールが存在するため、ゴールをすることが前提の試験となるがその行手を阻む仕掛けがいくつも施されている」

「でしょうね」

 夢冬見のぼそっとした声が俺の耳にかすかに届く。

 今回は特に何も言われてないが質問する様子もなく、今はただ真剣な姿勢で向き合っている。

「仕掛けは大まかに分けると二つある。まず一つ目はモンスター。そしてもう一つが扉に関してだ。扉は計百個存在し、その一つ一つにランプと呼ばれるものが付けられている。ではここから先はタブレットに記載されている詳細を元に進めていくとする」

 そして、タブレットに記載されている詳細の内容は以下の通り。

 第一回特別試験 「迷路」詳細。

 

 制限時間は一時間。一年未来の教室と過去の教室合同試験。

 迷路全体を一辺五百メートルの四つの正方形として分割し、それぞれをA.B.C.Dとする。startはBとCの外辺地点、goalはAとDの中央地点となる。またそれぞれの区間に二十五個ずつのランプが設置されている。

 迷路内には幾つかの扉が設置されており、ランプが扉一つ一つに設置されている。(毎五分ずつ、ABCDの四つに分かれた区間の常に二箇所が赤ランプ区間と青ランプ区間となる。これは完全なランダムであり、残る二箇所は常にノーマル区間となる。)

 *赤のランプ区間・・・扉の仕掛けゾーン。扉は左側にドラノブが付いている開き戸になっており(ドアノブが付いているのは表側のみ)、扉には二つの分かれ道が存在する。扉を押して開けば左側の道へ、手前へ開けば右側の道となる。しかし扉は一つにつきどちらか一つの開け方しかない。そして赤ランプは一回の五分間に三回点滅し、その間に扉には鍵がかかり通れなくなる(開始直後の一回目は閉鎖のみとなり、それ以降は開閉がランダムで繰り返される)。またはランダムに点滅分移動する、またはその両方か、という仕掛けが作動する。

 *青のランプ区間・・・モンスター出現ゾーン。モンスターは種類によって攻略の仕方が異なる(純粋な力比べのモンスターもいれば、頭脳系のモンスターと幅広くいる)。青ランプ点灯中は常にモンスターが湧き出てくる。

 (ランプが点灯している箇所はタブレットの画像で確認することが出来る。しかし、点灯中の扉の仕掛けは画像には反映されず、画像は十分周期で更新される)*また、ラスト十分間は画像を見ることが出来なくなる。

 試験中にランダム周期で、生徒全員に対する問題がその都度一題のみ出される。一番に正解した者には無条件によるモンスター一体撃破数のカウントと相応の難易度ポイントが振り当てられる。(正当者の公開はしない)

 順位の付け方としては、着順ポイント・撃破したモンスターの難易度とその数・扉を通った回数によって合計のポイントが導き出されて順位となる。*有格者は、モンスターの難易度に関係なく、撃破三度目からのカウントとなる。

 成績報酬。

 上位 一位は賞金百万円+タロットの内容に沿わない新たなギフトの一つ贈呈(もし有格者が一位となれば、一度だけジャッジを無効とする権利が得られる)。二位は賞金五十万円+一ヶ月ごとにリセットされるジャッジとは別に、無期限のジャッジ権が一回分支給される。三位は賞金三十万円。

 下位 三位は三ヶ月間のジャッジ権の剥奪。二位は下位三位の条件に加えて、三十万円の借金(有格者の場合は、有格者の権利を剥奪)。一位は時の狭間へ強制送還。

 ギフトによる妨害や攻撃は認める。

 有格者はその力を行使することは許されている。

 怪我などで続行不能になった者はリタイアとなり、最下位に沈む(死に至らしめる行為は禁止とする。死に至らしめた者はリタイア、最下位へと沈む)。

 当然クリア出来なかったものは、優先的に下位へと沈む(その場合、クリア出来なかった者の中でポイントの低い順に順位を付けていく)

「以上が特別試験についての内容だが、ここに書かれてはいないが、迷路を形作る障壁を破壊する行為や乗り越えるなどしてもポイントマイナスなどのペナルティを受けることとなるから注意しろ」

 一つ以外なのは、暴力行為をかなり大きく許容している点だ。まぁ今回のこの膨大な試験において直接的な争い事が起きることは想像に容易い。ある程度暴力を許容することは、各々が力を最大限発揮出来るフィールドを作り上げるためには必要なことか。

「それでは各人の質問へと移りたいと思う。質問がある者は挙手をしろ」

 内容に不平不満はあれど、目春、夢冬見含め手を挙げる者は一人もいない。

「最後に一つ、この試験では一人一人がタブレットを持参の上参加してもらうことになる。その他の私物の持ち込みは許されていないため、覚えておくように」

 その後は通常通り授業が始まる。ここ数日は主に大半を自習が占めていたため、フルでの授業は久しぶりな感覚だ。

「質問しなくてよかったのか?」

 俺は隣で真面目に授業を受ける夢冬見へと、先程の手を挙げなかった件について聞いてみる。

「え、えぇ・・・・・それよりも、天月君・・・」

「そうだな・・・放課後、目春と楽羅を連れて俺の部屋まで来てくれ」

「えぇ、分かったわ」

 PM六時を回り辺りが少しずつ暗くなってきた頃、部屋のチャイムが一度鳴る。

「入ってくれ」

「おっじゃまっしまーす!」

 ドタドタと駆け足で部屋の中へと入って来たのは楽羅。続いて夢冬見と目春が姿を見せる。

「失礼します」

「悪いね天月君、おじゃまさせてもらうよ」

 俺はお茶の入ったティーカップを三人の前に置く。

「天月のくせに気がきくじゃない〜」

「ふざけろ、常識くらいある」

 楽羅はカップへとすぐに手を伸ばしそのまま口へと運ぶが、他二人は何かを怪しんでいるのか出されたお茶に手を付ける素振りすら見せない。

「安心しろ、毒なんて入れてない」

「いえ、そういうことじゃないわ」

「はぁー、三つだ」

「え?」

「三つだけお前らの質問に答えてやる」

「三つか・・・その三つはどんな質問でも答えてくれるのかな?」

「見られちまったんだ、嘘はつかない」

 当然、全てをペラペラ話す気などないが、ある程度納得させる必要があるからな。

「だがその前に一つ。お前のギフトでルールを一つ設けてくれ」

 俺は目春へと教皇の正位置を行使するように促す。

「具体的にはどんなだい?」

「簡単だ。ここで聞いた話は他言無用、もし漏れるようなことがあれば何かしらの罰を受けてもらう。それとこの先、話を聞く条件として俺のコマとして協力してもらうことになる」

「・・・分かったよ。二人もいいよね?」

 楽羅は既に協力関係にあるため聞くまでもないが、夢冬見は不満一色の顔をしている。だが、この条件を飲み込むほか選択肢はない。

「分かったわ」

「取引成立だ。何から聞きたい?」

「私から質問させてもらってもいいかしら?・・・・・貴方の、その力は一体何なの?」

「この学園には死神の他に冥府の民が一人いる・・・・・・ノワールのプリメラだ」

「もしかして彼の力だとでも言うの?」

「そうだ」

 この事実は楽羅も知らなかったため、俺以外の時間が停止したかのような現象が起きる。

「・・・僕からもいいかな、その力を得ることになった経緯を簡単に教えてもらえるかい?」

「元々の心臓を潰されその代わりとなる心臓を埋め込まれた。それから力に目覚め、次第に人格も変わっていった」

「人格・・・?」

「目春、俺は元々お前のような人間だった。それが今じゃこの有様だ」

 余計なことを言ってしまったな。勢いで話してしまうと自身の首を絞めることになりかねない、注意しておこう。

「なるほど、そんな過去が。っ!もしかして胸の傷はそういうことなのかい?」

「胸の傷?」

 楽羅と夢冬見がシンクロするように聞き返す。

「この前みんなでリゾートパークに行った時に偶然見てしまったんだ。彼の胸にある握り拳くらいの傷跡を」

「天月君・・・・・」

 夢冬見が先程とは打って変わり、どこか儚げな表情で俺を見つめる。

「さぁな、それともそれを三つ目の質問にするか?」

「はいはいはい!じゃあ最後は私ね!」

 違うと言わんばかりに前のめりに存在を強調してくる楽羅。

「・・・私と付き合ってくれる?」

「は?」

「だから私と付き合って!」

 付き合う=恋人ということだよな・・・こいつはこの状況で一体何を言ってるんだ。

「それは質問なのか?まぁ質問としてカウントしておこう」

「じゃあ!」

「楽羅さん、貴方一体何を言ってるの?貴重な一回を無駄にしてまで今言うことじゃないでしょう」

「は?何?夢冬見さん、嫉妬?」

「はぁー、どこまでバカなのかしら・・・」

 夢冬見と一度目が合う。

「何だ?」

「いえ、何でもないわ」

「天月、返事は?」

「とりあえず、保留ってことでいいか?少し考える時間を貰いたい」

「仕方ないな〜」

 楽羅は体をクネクネさせ、どこか恥ずかしそうな表情を浮かべている。

「ふっ」

「どうしたの?天月君」

「悪い、少し面白かった」

「貴方でも笑うのね」

「ダメか?」

「そんなことはないわ、少し珍しいと思っただけ」

「じゃあそろそろ失礼するよ」

 目春を先頭に三人が玄関へと移動する。

「またね天月!」

「ああ」

 扉が閉まり、部屋にはいつもの静けさが戻っていた。

 五分後にインターホンが再度鳴らされる。

 扉の向こうには一人立ち尽くす夢冬見の姿があった。

「ごめんなさい。さっき失礼したばかりなのに」

「大丈夫だ。どうした?」

 どこか先ほどの雰囲気とは違う。目線も合わせず、俯きがちにおどおどしている。

「そ、その、遊園地で私に、何でそんなに俺のことを気にするのかって聞いたでしょう?」

「あー、聞いたかもな。理由が分かったのか?」

「分からない。でも気なるの、気になって気になって仕方がない。こんな感じ初めてで・・・」

 こちらへ向けられた夢冬見の顔は、とてもまともじゃないくらい赤面していた。

 楽羅に続いてこいつもか。勘弁してくれ。

 いや、夢冬見の普段は見せないこの表情・・・俺の心臓がトクンッと音を立てる。

「面白い、夢冬見、次の休みの日俺と出かけるか?」

「え、あっ、そ、その・・・いいの?」

「かまわない」

 俺と夢冬見はそれ以上は言葉を交わさなかった。

 静かな空間にあるテーブルに置かれた四つのティーカップ。

「冷めちまったな・・・」

 

 六月十五日。

 俺はプリメラに呼び出され、その見送りに来ていた。

「お呼び立てして申し訳ありません。ですがこのことは伝えておいた方がいいと思いまして」

「休みの日に呼び出すくらいだ。大した内容なんだろうな?」

「はい、勿論です。石盤は現世にしか存在しないという私の言葉は覚えていますか?」

 確か、魔族が襲撃して来た後に言っていたことか。

「ああ、覚えてる」

「過去あの石盤を見つけたお方は第一冥王その人です。そして彼は元々人間だったそうです」

「人間?笑わせんなよ、たかが人間風情が民の創造者とでもいうのかよ?」

 プリメラは笑顔を浮かべず、底の深いような表情をしていた。

「今抱いているのは悔しさですか?憐れみですか?それとも、嫉妬ですか?第一冥王に比べれば貴方の想像はちっぽけなものです」

「全部だな」

 始めから一筋縄でいかないことは分かっていた。

 この力を得てからというもの、自分が物語の主人公になったかのように思っていた。だが、最近プリメラの話を聞いていると自分がどれだけちっぽけな存在なのかを痛感させされる。

「まぁ、彼は私の創造者でもあります。そう簡単に越えられては困るというもの。貴方にもちゃんと期待していますのでご心配なく」

「余計なお世話だ。話が終わったならさっさと行け」

「せっかちですね。そういうところも嫌いじゃありませんよ」

 プリメラは不気味ではなくどこか揶揄うような笑みを俺に向けた。

「では」

 捉えていた筈のプリメラの姿は、存在が意識から切り取られたかのように目の前から姿と気配を一瞬にして消した。

 

 翌日、六月十六日 AM十時半。

 俺はある人物との待ち合わせのためショッピングモールへと来ていた。

 時間までは後三十分ほどの余裕がある。少し早く来過ぎてしまったか。

「先に着いていたのね。ごめんなさい、待たせてしまったようね」

 待ち合わせの人物とは、夢冬見 茜。つまり今日がデートの実行日だ。

「いや、俺も今来たところだ。休日だけにかなりの生徒がいるな」

「そうね」

「緊張してんのか?クラスメイトに見られる可能性もあるし、場所を変えるか」

「いえ、大丈夫よ・・・シュミレーションもしてきたし・・・」

 シュミレーション?・・・

「なら、行こうか。まだ昼までは時間もあるし、映画を見るのもありなんじゃないか?」

「天月君は何か見たいものはあるのかしら?」

 ギフトを使う。今回はしっかりと把握することが出来た。

 なるほどな、ここは合わせてみるか。

「そうだな〜、俺はこれが見たいな」

 俺はスマホで検索したページを夢冬見へと見せる。

 映画『思い出と手を繋ぐ』

「・・・私も見てみたいわ」

「じゃあ決まりだな」

 俺たちは券売機でチケットを二枚購入した後、Lサイズのキャラメルと塩のハーフ味のポップコーンを一つと飲み物を二つ購入した。

「楽しみだな」

「そうね」

 席に着いた俺たちは一言ずつ言葉を交わし、夢冬見のだんだんと緊張が緩和してきたような笑顔が暗闇へと沈んでいく。

 この映画は若者に人気の恋愛マンガを実写版として少しアレンジしたものであり、恋愛あり涙ありの話題沸騰中の映画らしい。夢冬見も普段はツンとしているが、中身は案外乙女なんだな。

 俺は映画を見ながら無意識にポップコーンへと手が進む。

 一度も手が触れる気配がなく、俺だけがポップコーンをバクバク食べている構図は中々に面白いな。

 横を見ると真剣な眼差しでスクリーンを眺め、光に照らされ輝く涙を浮かべていた。

 ポップコーンに運んでいた手を一旦止め、トレーが乗っている台へと手を添える。

「あっ」

 手の平には台の硬い感触ではなく、柔らかく温かい人肌のような感触が伝わって来た。

「・・・ご、ごめんなさい」

 声のする方へと再度向くと、横目でこちらを見つめる夢冬見と目が合う。

「ッ!」

 その瞬間目を逸らされ、俯いた後にスクリーンへと視線を戻す。

 俺も再びスクリーンへと視線を戻す。

「・・・・・・」

 マジかよ俺、あれは流石に反則だな。

 あんな可愛い生き物が存在しているのか、この世界には・・・。

「はぁー」

 映画を見終わり時刻は十二時半。

 俺たちは昼食を取るために見た目は豪華だが値段はお手頃な洋食店へと訪れていた。

「前半あれだけ泣かせといて後半盛り上げるとか評価が高いわけだな」

「そうね、とても面白かったわ。途中で泣き顔を見られてしまったのは不覚だけれど」

「貴重な情報を得られたな」

 注文した料理も届き、話題はこの前の部屋での話に移る。

「その、あまり話題にされたくないのは分かっているのだけれど、胸の傷はもう大丈夫なの?」

「まぁな、死ぬほどの苦痛だったんだそりゃあ傷痕くらい残るわな。けど、もう完璧に治ってるあんま気にすんな」

「よかったわ・・・それと、楽羅さんのことなんだけれど・・・」

「付き合ってたらこの場にはいない、そうだろ?」

 抑えているが夢冬見の口角が少し上がる。

 分かりやすいやつだ。

「いただきます」

 注文した品は三品。ボンゴレ、クラブとオニオンのミルクコンソメスープ、ラタトゥイユ。

 それぞれ、アサリの旨みと白ワインの香り、コク深く濃厚なスープのオニオンの甘味とクラブの旨み、トマトの酸味と甘味ズッキーニとナスの味わい深さが感激するほどの美味しさを奏でている。

「何これすごく美味しい!」

 完璧に緊張はほぐれたみたいだな。

「これほどの味がショッピングモールで味わえていいのかって感じだな」

「ほんとね」

 俺は夢冬見を見つめる。

「何?」

「いや、何でもない。それより、次はどこへ行く予定なんだ?計画、立てて来てるんだろ」

 夢冬見は驚いた表情を見せ、最後の一口を急いで飲み込む。

「何で知ってるの?その、私が予定を立ててること・・・」

「内緒だ」

「意地悪ね。そうね、一緒に服を見て回らない?」

「まさにデートって感じだな」

 俺たちは店を後にし、一階から三階それぞれの階に存在する洋服の店の中でも女性物と男性物を幅広く扱う、「ベルーシャ」という店へと向かった。

「私あまり服とか買いに来ないから、全然分からないわ」

「これなんて似合うんじゃないか?」

「そう?それなら試着してみるわ」

「あっ!天月君だー!久しぶり〜誰かと買い物?」

 元気よく声をかけて来たのは過去の教室の室長であり有格者の雨乃 桜。

「どうかしら?」

「へぇー夢冬見さんとデートってわけ?」

「貴方は確か、過去の教室の雨乃さんよね?」

「ピンポーン!テストで二位だった雨乃 桜でーす」

「二位でもとても凄いことだと思うのだけれど」

 雨乃から笑顔が消え多少怒りを含んだ表情となる。

「私よりも点数高い人に言われても説得力ゼロなんですけどね」

「教室では一番なんだし、それじゃダメなのか?俺なんて中の下だぞ」

「それは天月君が本気出してないからって・・・その口調、夢冬見さんも仲間に加えたの?」

 流石は雨乃だな。勘の鋭さは楽羅に引けを取らない。

「それと目春もな。俺について三つ質問する代わりに協力してもらうことになった」

「目春?誰?何で私にはそういう面白いこと言ってくれなかったのかな〜?」

「まぁお前には関係ないから気にすんな」

 雨乃は頬を膨らませ、俺の腕を掴み体を左右に揺さぶる。

「ひっどいなー、そんなこと言うなんて」

「ねぇ、もしかして雨乃さんも天月君のこと・・・」

 掴んでいた腕を離し、即座に夢冬見の前へと立つ。

「天月君?もしかしてって・・・夢冬見さんもなのかな〜?」

 肝心な部分が途切れ途切れに消えており、正確な内容の判断が出来ない。女性にしか分からない意思疎通というものなのだろう。

「ねぇ、天月君」

 雨乃が俺の耳元へと自分の口を寄せてくる。

「二人の過去改変しちゃおうかな〜」

「雨乃・・・」

「何かな〜」

「邪魔だ!」

 俺は顔を横に向け、殺意を込めて雨乃を睨み飛ばす。

「うそうそうそ!冗談、冗談だよ、天月君!それじゃあ、引き続き楽しんでね〜」

 そう言い残すと、雨乃は颯爽とその場を後にした。

「彼女も協力者なの?」

「そうだ。悪いな邪魔が入って、場所変えるか?」

「うんちょっとね、今日は私にとって・・・・・よければ、私の部屋に来ない?夜ご飯をご馳走するわ」

「夢冬見の手料理か、少しだけ興味あるな」

 その後ショッピングモールの地下にあるスーパーで買い物を済ませて、ゆっくりとした足取りで寮へと戻った。

「自由にくつろいでいてちょうだい」

「あーそうさせてもらう」

 待つこと三十分。まずは食材一つ一つが丁寧に切られているのが伺えるシンプルなサラダとスープが出された。

「これは?」

「少し待ってちょうだい」

 そう言い、夢冬見はもう一品の仕上げに取り掛かる。

「これは鯛と生ハムを使ったサラダで、こっちはフカヒレのスープよ、そしてこっちが麻婆豆腐。そして主食にはご飯ね」

 俺の記憶が正しければフカヒレと鯛は先ほどの買い物では買ってないと思うんだが、となると元々冷蔵庫に貯蔵してあったことになる。

「少し量が多かったかしら?」

「いや、そういうわけじゃない、フカヒレや鯛はかなり高級な食材だと思うんだがどこで手に入れたんだ?」

「この結界内では、普通なら高くて買えないような食材でも、比較的安く買うことが出来るの。その分量は少ないけれど、二人分なら十分だったようね」

 なるほどな、冥府側がどういった流通経路を利用しているのかは定かじゃないが、日常的に安く高級食材を買えるというのは、学生にとっては嬉しい限りだな。

 おそらく昨日の内に二人分を買っていたんだろう。強制せず誰かが自分のために行動してくれるというのは悪くないな。

「じゃあ早速いただくとする」

「どうぞ、召し上がれ」

 夢冬見は食器に手を伸ばそうともせず、俺の姿を見つめている。

「食べないのか?」

「食べるわよ!いただきます!」

 俺はまずフカヒレスープを一口、口へと運ぶ。

「おっ、うまい!」

 その後、麻婆豆腐、サラダも一口ずつ味をみる。

「冗談抜きで全部うまいな。店を出せるレベルだ」

「ありがとう。でも、お店を始める気はないわ」

 店を出せるとは冗談のつもりで言ったんだが、いやまぁ、それ程の美味しさを持っている料理だということだ。

 時刻はPM六時を回り、夢冬見は台所で食器の洗い物をしている。

 流石に何もしないというのは少し気まずいな。

「俺も手伝う」

「じゃあ、お願いするわ」

 俺は洗剤が付いている食器を一つずつ洗い流していく。

「天月君、聞いてもいいかしら?」

「答えられる範囲でな」

 夢冬見の視線は洗剤まみれになった手を見つめているが、その手は止まっている。

「好きな子とか、いたことはあるの?」

 男女の関係で今日一日行動を共にしているため、そういった質問が出ることは当たり前のことだろう。確か前に楽羅にも同じことを聞かれたな。

「昔一人だけいた」

「そうなの・・・・・・」

「ああ、まぁプリメラのおかげでその気持ちも消えちまったけどな」

 思い出すと懐かしいな、今の俺には関係ないことだが、今の俺を見たらどんな反応をするだろうか。俺の横にいるこのバカみたく受け入れてくれるだろうか。どちらにせよ、一度は捨てた人間だ。考えるだけ時間の無駄か。

「消えたってどういうこと?」

「そのまんまの意味だ。綺麗さっぱりなくなった。嫌いになったわけじゃないが、他の奴らと同じく景色になった。まっ、分かんねぇよな」

「それなら、私はどう?」

 洗い物をしている手は再び稼働しているが、耳にかけていた髪を下ろし顔を一面隠している。

「お前は比較的入学当初から認識はしていた。なんせ、敵意剥き出しだったからな」

「まぁ、明らかに貴方から危険な感じがしていたもの。それは今も変わらないけれど、あの時に比べると、あまり感じなくなったわ」

 心臓を埋め込まれた当初より違和感は感じないが、踵に心臓を破壊されて以降明らかに人格に変化を及ぼし始めている。

「一つ言うと、俺はお前をいつか排除しようと思っていた、今はこれっぽっちも思ってないがな」

「そっ、そう・・・心臓に悪いわね」

 一瞬にして緊張が走ったことが、息遣いから伝わってくる。

 追い討ちをかけるようで悪いが、これは聞いておくとしよう。

「俺のことが好きか?」

「・・・・・」

 静寂が続き、ただ水の流れる音だけが室内に響く。

「・・・貴方は私のことどう思ってるの?」

「正直よく分からないな」

「それならここで私の答えを聞いても意味があるとは思えないのだけれど」

 俺は本日二回目のギフトを使用する。

「めんどくせぇ・・・好きだろ、俺のこと。お前の心はそう言ってる」

 手についた洗剤を流し、俺から多少の距離をとる夢冬見。

「どうし———」

「わかんだよ、ギフトを使ったからな。俺に隠し事は出来ない」

 俺も最後の食器についた洗剤を流した後、後ずさる夢冬見へと近づく。

「正直俺は誰に対しても興味なんて湧かないと思ってた。だが、お前は違う」

「目春君や楽羅さん、それに雨乃さんたちはどうなるの?」

「あんなの興味の内に入らない。ただのコマだ。お前もコマの一人だが、それとは別に違う感情も湧いてる」

 夢冬見は言葉を詰まらせ、心に素直に従えないそんな表情。いつかの俺を思い出させる。

「茜」

 急に下の名前を呼ばれたことにより、またしてもフリーズする。

 支配を使っているわけでもないのに、本当に面白い女だ。

「俺の興味がお前と同じ思いに変わった時、俺からお前に手を差し伸べる。それじゃ不満か?」

「いいえ、嬉しいわ」

 いつかそんな日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。未来に絶対などない、だがまぁ、来るといいな。

 俺は玄関へと向かう。

「今日は楽しかったわ、ありがとう」

「途中邪魔が入ったけどな」

「そうね、あれは驚いたわ・・・それに彼女・・・」

「そうだな、茜は完璧に目を付けられただろうな。特別試験、気合い入れろよ」

 茜は一度視線を落としため息をついた後、少し微笑む。

「ええまぁ、確かにそうなのだけれど・・・そうね、彼女にも負けられないわ」

「それじゃあ、また明日学校でな」

「あの、天月君・・・」

 ドアノブに手をかけたところで、声のトーンに高低差のあるバランスの悪い言葉が俺の耳へと届く。

「どうした?」

「その、最後に確かめたいことがあって・・・私の手を一度だけ握ってくれないかしら?」

 そう差し出された右手が多少の震えを帯びている。

 俺はその手を何も言わずにただ握りしめた。

 人と触れ合っている時間というものは、より一層時間の流れが曖昧になる。

 俺はさして茜の手の感触以外何も感じていないが、目の前の茜はそうではないらしい。

 下唇を噛み締め、赤面しながら髪をかき上げるその仕草に俺の心臓がトクンッと音を立てる。

「ありがとう」

「ああ」

「また、明日」

「ああ、また明日な」

 俺は茜の部屋を出て自分の部屋へと戻った。思い返せば長いような、短いような一日が終わってゆく。

 

 そうして俺たちは各々が心構えや計画を立てるなどして向き合っていく中で、着々と特別試験へと日々は進んでいった。

 六月二十八日。特別試験二日前。

 俺は放課後赤坂に生徒指導室へと呼び出された。

 生徒指導室とはその名の通り生徒を個別で指導するために設けられている部屋だが、今回はその役割を果たさず、密会を目的として使われる。

「いよいよ明後日だな。この特別試験の結果によっては俺の興味は君から無くなることになる」

「俺的にはそうなってくれた方が助かるんですけどね。まぁ生憎と、もう学園生活は十分楽しんだので本気で取りに行こうと思ってます」

「君の本気が見られるわけか」

「本気と言っても、まだまだ先は長いですし、こんなに早く手の内を見せたりはしませんよ」

 そう、例え来月有格者になれたとしてもその先最低一年間は守り続けなくてはならない。

 まだ半年も経っていない現状でわざわざ全ての力を発揮する必要はどこにもない。つまりここで言う本気とは、特別試験で一位を収めるということ。

 まぁ、だとしてもこの男としてはそれでも十分満足だろう。

「君にはこの前の襲撃の件もある。どんな形であれ、君の力が見れるのなら期待するとしよう」

「プリメラから聞いたんですか?」

「私も一応は教師だ。学園で起こることは把握する義務がある」

 あれ以降他の生徒の反応を見る限り、俺に対して異様な目を向けてくる者はいない。赤坂の言う通り、あくまで教師の立場として把握しているにすぎないということか。

「一つ言っておきますけど、俺に期待するのは先生の自由ですが、俺は先生の期待に応えるために力を使うわけじゃありません」

「そんなことは承知の上だ。俺は自身の利益のために期待しているだけだ」

「俺にだって選ぶ権利はありますよね?」

「何が言いたい?」

「先生ごときちっぽけな存在が、俺に期待出来るなんて思わないでくださいね」

 聞きなれない微かに漏れる笑い声が密閉された室内に響く。

「はっ、はっはっはっは、たいそうな口を効くじゃないか」

 入学して三ヶ月も経ってはいないが、赤坂の笑った顔を初めて見た気がする。それは怒りを含んでいるものなどでは決してなく、心から湧き上がるもののように思えた。

「先生も笑うんですね」

「俺も人間だからな」

 人間か、一体人間の定義はなんなんだろうか。俺は自分は既に人間ではないと思っていたが、改めて考えるとなぜそう思っていたのかが不思議でたまらない。

 異能が使えたら人間じゃない?不死身なら人間じゃない?感情がなければ人間じゃない?迷路の前に思考の迷宮に入りそうな気分だ。

 俺は一度考えることをやめ、生徒指導室を後にした。

 

 六月三十日。特別試験当日。

 俺たち一年生全生徒は、昨日の内に一度学園の結界を出て、どこかの山奥にある洞窟へと訪れていた。

 学園を出る際は、窓ガラスなど一切ないバスでの移動だったため結界を出たことは目で確かめたわけではなく、事前の説明でされていたことだ。

 そして再度洞窟周辺にも学園と同一の結界が既に施されていると説明を受けたため、逃亡などの無謀な考えを持っている者などいない。俺にはどうでもいいことだが。

「マジかよこれ!」

 俺たちは既に洞窟内にいる。天井は暗くてとてもじゃないが見えない。だが、洞窟内自体が暗闇で包まれているわけではなく、壁や床に埋め込まれている数多くある石がそこら中を様々な色で照らしている。そして目の前には迷路を構成していると思われる分厚く巨大な壁が、多くの生徒に唾を飲み込ませるほどの存在感で聳え立っている。

 洞窟内に放送が入る。

「いよいよ試験開始となるが、タブレットを一度開いてくれ」

 計八十五名が一斉にタブレットを起動し始める。

「アプリを見て分かる通り、上からの視点で迷路を把握することが出来る画像が貼られており、ランプは点灯していないため黒く表示されている。そしてランプの横に引かれている白い直線が扉だ。それぞれ、一重線が押して開く扉、二重線が引いて開く扉となっている」

 一見分かりやすい表示にはなっているが、動き回りながら各要素を判断していくのはかなりハードな作業だ。

「君たちは今外側の四つの辺の内、合計十の扉が記されている側にスタンバイしている状況だ。つまり、まず初めにこの十個の扉の内どこからスタートするかを選択してもらいたい。制限時間は三分、決められなかった時点で失格とみなす。それでは始めろ」

 俺は一度タブレットに目を通す。

 正直最短距離を模索してスタート位置を選ぶのは愚策だ。この試験はそんなシンプルなものじゃない。だからと言って扉が集中する区間を探すことも不可能だ。なぜなら、ランプの数が各区間で統一されているということは、扉の数も比例していることになるからだ。

 ポイントの稼ぎ方を見直すと、あまり人が集中していない扉をスタート地点に選ぶべきだということは容易に結論ずく。

 俺は右から数えて三番目の扉をスタート位置として選んだ。

「よろしく」

「ああ」

 俺の他に三番目の扉を選んだメンバーは茜と羅神、それと面識のない過去の教室の生徒二名。

「よろしくな〜蘭木」

 こいつが俺に声を掛けてくるなんて珍しいな。少し警戒しておいた方が良さそうだ。

 楽羅と雨乃に関しては完全にばらけたようだ。それぞれ右から六番目と五番目の位置へと着いている。

「三分経過だ。みんな位置に着いたみたいだな。それでは一年第一回等別試験を開始する」

 開始という言葉が放たれた直後、角笛のような音が洞窟内いっぱいに響き渡る。

 俺たちが選択した三番目の扉は手前へと引く扉。右側と思われる道が現れる。

「ブー」と、タブレットが音もなく振動する。

「青のランプか」

 俺たちがいるのはBのエリアであり、青ランプが点灯している。もう一つの赤ランプは開始直後で誰もいないDエリアで点灯している。

「あれがそうなの?」

「それしか考えられないな」

 小蝿程度の大きさの物体が、左右の壁を足場に素早く空中に線を描きながら飛び回っている。

「おそらくは瞬発力と敏捷性を重視したモンスターだろうな」

「私には目で追うことさえ厳しいわ」

 確かにあの程度の速さを単に目で捉えることはほぼ不可能に近い。となるとこちらも速さで対応するのはほぼ不可能だと見ていい。

「良い実験体だ」

 回避の目を発動させる。目で捉えられない以上、支配を使うことは出来ない。それなら、見えるようにすればいいだけのこと。

 回避の目はその名の通りあらゆる己に降り注ぐ事象を回避することが出来る。だが、目の発動速度は使い手の反応速度に起因する。

 モンスターの起動が線となって見えるため、見えない不安に駆られることなく発動したことで姿を捉える。

 そしてモンスターが俺目掛けて仕掛けてきた攻撃を、まるで体が勝手に動くかのように避ける。

「うそ、天月君は見えているの?」

「ああ、だが少しまずいな」

 回避の目はまだ扱いなれていないため、同時に支配を行使することは難しい。

 俺は追尾で様々な角度から繰り出されるモンスターの突進を全て交わしきる。

 見えるが体による攻撃に移るための速さが足りない。

「試してみるか」

 俺は再度、しっかりとその姿を目で捉えながら目の発動を切り、脊髄反射による支配へとスイッチする。

「止まれ」

 モンスターの動きはピタリと止まる。

「流石ね」

「まずは一体だな」

 俺は足の裏でモンスターを踏み潰す。

 タブレットにそのポイントと数が表示される。

「まだ時間は残ってる、次行くぞ」

 俺は夢冬見を連れ、他のモンスターを探しに先へと進む。

 開始から五分が経過し、次に青ランプがCエリア、赤ランプがAエリアへと切り替わる。

「俺たちは今Bエリアの左上にいる。だがわざわざ赤ランプエリアに行く必要はない。Cエリアに向かうぞ」

 タブレットに自分たちの位置情報は記されていないが、道の形、周囲にある扉の数とその向きで把握することが出来る。そのため、現状自らポイント稼ぎへの抵抗となる赤ランプに飛び込む必要は皆無。

「そうね、そうしましょう」

 そしてBとCエリアの境界線付近に位置する扉へと手をかける。

 ピロピロピロンッという繰り返される通知音がそこら中から鳴り始める。

 タブレットを開くと、デカデカと問題という文字が画面いっぱいに記されている。

 画面が切り替わりそこには、Q.の後に続く文章が記されている。

 Q.冥王学園を中心として張られた結界内の面積を答えなさい。(この問題に関しては、答えに最も近い者にカウントとポイントを付与する。また、正当者が出た場合は正当者の順位によってカウントとポイントを付与するものとする)

 結界自体を目で認識することは出来ないため、正解するのはほぼ不可能。そのため以下の二つを材料として考えていこう。ショッピングモールとリゾートパークはほぼ真反対に位置していることからその二つを元にそこから奥へ多少の距離を足して円を形成していく。後は、リゾートパークへ向かった際の所要時間とバスの時速により距離を導き出し、計算していく。

 問題を解くのは強制ではないため、全員が参加しているわけじゃないだろう。

 俺は答えを打ち込み、早々に行動を再開した。茜もほぼ同タイミングで行動を再開し始める。

 Cエリアへと踏み込み、早速モンスターを見つける。

 先程のBエリアの時よりもモンスターは湧き出て来ているため、俺と茜はそれぞれ別のモンスターに取り掛かる。

「このデカいモンスターは俺がもらう」

「なら私はこっちのモンスターをいただくわ」

 俺は僅か数秒でモンスターを片付けタブレットに表示がされる。

「だいぶ手こずってるな」

「ええ」

 どこか煮え切らない表情に違和感を覚える。

「大丈夫か?」

「天月君・・・貴方に任せてもいいかしら?」

 俺は箱型のモンスターへと近寄る。

 モンスターの顔と思われる部分は液晶の画面になっており、そこには一つの問題が記されている。要するに頭脳系のモンスターだ。

 Q.ノワール プリメラの好物を答えろ

「何だこれ?分かるわけないな」

 くだらない・・・だが、それだけかなりの難易度な筈。

「時間の無駄だな。他行くぞ」

「そうね。私としては戦闘系でないのは歓迎だけれど、これは酷いわね」

 俺は迷わずその場を後にした。

 その後Cエリアは赤ランプへと変わり、青ランプは再びBエリアに移動し、迷路図の十分おきの更新が入る。

 だが、この状況で更新の意味はそれほどなく、多少の足止めをくらう。

 次の五分は赤ランプはDエリア、青ランプはAエリアへと移動する。

 俺は赤ランプによる通路への影響がないか調べるために周囲に存在する三つの扉の内、入って来た扉を除いた二つを開け閉めする。

「何をしているの?」

「あーまーちょっとな。それよりも別行動をした方が良さそうだな」

「そうね、あまり固まって行動するのは得策じゃないわね」

「この試験は青ランプを狙う傾向があるからまた会うことになるだろうけどな」

 そうして俺たちはそれぞれ別の扉を開き、移動する。

 俺も今回の試験は一位を取ることが目的であるため、どうしても一緒に行動していると茜へのポイント分配を考慮出来なくなってしまう。

 だが、別行動を取った理由としてはもう一つの別の理由がある。

「いい加減、出て来いよ」

 俺は今Bエリアを背としており、背後にある扉の他にドアノブが付いていない扉が二つ存在している。

 そして背後の扉と右斜め前にある扉の二つから一人は見慣れた顔、もう一つからは知らない顔が姿を現す。左手に位置する扉は鍵が閉まっているらしく、ガチャガチャと揺さぶっているのが伺える。

「んだよバレてたのかよ!」

「スタートから俺への殺意がただ漏れだったぞ。それで、こいつは誰だ羅神」

「気安く名前を呼ぶんじゃねーよカスが、てめぇに教えるわけねぇーだろが」

 どちらにせよ茜と別行動を取ったのは正解だったな。

 今回の試験は私物の持ち込みは禁止とされておりタブレットの持ち込みのみが許されている。そしてタブレット内では何の制限もかけられることなく試験に挑むことが出来ていることから生徒間でメッセージを共有して協力し合うことも可能となっている。

 つまり、どこの誰かは知らないがこいつと羅神は位置情報を共有しているということだ。

「こんにちはです。僕は過去の教室、無色 十吾です。よろしくです」

 名前にそぐわず緑という目立つ髪色をしているが、今まで認識すらしていなかった。まぁ過去の教室と接する機会もあまりないため、不思議なことではないな。

「で、二人で俺に勝てると?いい加減現実を見ろ」

「いつまでその減らず口が叩けるのか見ものだな!」

 羅神は持ち前の身体能力と死神の力によるスピードで素早く俺へと距離を詰めてくる。

 だがその攻撃は回避の目を使うほどでもなく、軽々と交わす。

 その後足元からの見えない圧が襲い、前髪に少し触れる。

 その際体が多少後ろへと仰け反り、隙を逃すまいと空間による多方向の圧と目の前の羅神の素早く打ち込まれる連打を回避の目を発動させ、その全てを華麗に交わす。

 俺は一度空中へと舞い、タブレットを起動させる。

 赤ランプはBエリア、青ランプはDエリアとなり、迷路図の更新が再び入る。

「予想通りだ」

 タブレットをしまい、一度二人から距離を取り、壁を背にして向き合う状態となる。

 その直後背後の壁から違和感を感じ、壁からも距離を取る。

 バキバキバキッという音を立てながら壁の中央が崩れていく。

「あっごめん。扉は鍵がかかってたからつい」

 壁の破壊は何かしらのペナルティを受ける対象となっている。未来の教室にのみ説明があり、過去の教室にその説明がなかったとは考えにくい。

「おっいたいた。こいつを倒せばいいんだよね、羅神?」

「あー、ぶっ殺せ」

 ペナルティを食らうよりも、俺に対する執着の方が上回っているのか。

 俺が知らないということはまたしても過去の教室か。

「次は随分とチビが現れたな。何人でかかってこようと、お前らじゃ相手にすらならない」

「チビ?今俺のことチビって言いったのお前?」

「あーあ、稀を怒らせてしまいましたね。終わりです。残念です」

「覚悟しなよ未来の人、俺がすぐに終わらせてやるからさー!」

 語尾を伸ばすと同時に向けられた両手を合図に、巨大な氷の柱が形成され俺へと迫る。

 交わそうとするが、体が動かない・・・。

 羅神は命の裁きの力を有し、先程の攻撃から無色という奴はギフトということも考えられるが、おそらくは空間の力を有している。そして稀と呼ばれるこいつは時間の力を有しているということか。

「ふっ、少しは楽しめそうだ!」

 体に触れた瞬間拒絶により氷を消滅させ、足に思い切り力を込め一瞬にして稀の懐へと潜り込む。

「どうし——-」

「飛べ!」

 拳を顔面へと繰り出し上向きではなく、下向きへと力を加える。

 拳の威力と支配の力に押し潰させそうになり、地面へと潜っていく。

 殺してはリタイアとなってしまうからな。手加減は当然しているが、やはり脆いな。

「無色!」

 羅神のバカデカい声に反応した無色により、俺の周囲一体を無数の空間の歪みが包み込み、そこから放たれる無数の空気圧。

 例え目で見えなくとも感じ取ることは出来る。だが、ここまでの攻撃はそう簡単にはいかないだろう。俺は素早く再び回避の目を発動させる。

 正直邪魔な追手により足止めはくらったが、力を使いこなすための良い練習材料になってもらおう。

 まるで多方向からガトリングガンで撃ち込まれるかのような攻撃全てを回避の目と拒絶を交互に駆使しながら、最小限の動きのみで避けていく。

 流石に命中はしないものの、多少攻撃がかする。

「ちっ、ふっ—————、はぁ——————-」

 回避の目を発動状態にしたまま目を瞑る。

 すると、避けていた動きは止まり拒絶の力が表へと出てくる。

 例え発動した状態であっても目を開けている時のみ効果は有効となるということか。

 目を開けると、無色との攻防の一瞬の最中で、羅神が地面を砕き魔術師の正位置の力と命の裁きの力によって作り出したと思われる何十体もの黄金の兵士や動物型の戦士、ドラゴンが出現し、幅五十メートルほどある道いっぱいに広がっているのが伺える。

「行くぞ蘭木、俺を見下したこと後悔させてやるよー!」

 そう言って、兵士とともに一斉に俺へと迫り来る。

 俺は目をかっぴらき、再び支配を口にする。

「沈め!」

 降り注ぐ攻撃は一瞬にして止まり、視界に捉えた全ての兵隊と無色が地へと伏す。

「蘭木ー!」

 一人視界から外れた羅神が全身に黄金の鎧を纏った状態で無謀にも向かってくる。

「砕けろ」

 羅神の放たれた拳に俺の拳をぶつけ、鎧全体を粉々に粉砕する。

「ころ——-」

 羅神の言葉を遮り反対側の拳を腹部へと押し当てる。

「飛べ」

 その場から一瞬にして姿を消し、後方の壁へとものすごい勢いのまま衝突する。

 壁は羅神を中心としてヒビが入った後に崩れてしまった。

「やべ、少し威力が強すぎたな。あーあペナルティか」

 まぁポイントマイナスのペナルティだとしたら、そこまで気にする必要はないな。

 俺は一人意識がある無色の元へと近寄る。

「お前と稀って奴のギフトを教えろ」

 襲撃の理由はどうでもいい。知りたいのはこの先も役に立つ情報だ。

「意識があるのは分かってんだよ。答えろ」

「ぼ、僕のギフトは力の逆位置です。重力を操ります。稀は節制の逆位置です——-」

「氷を造形する力か、ありがとな」

 そう言って顔面に一撃蹴りを放ち、無色の意識を刈り取る。

 再び五分が経ちランプのエリア交換となる。

 次は赤ランプはAエリア、青ランプはCエリアとなる。

「おっいいね、早速遅れを取り戻すチャンス到来だな」

 

 時系列は、夢冬見が天月と別れた後の、試験開始から四回目のランプが点灯した時点へと遡る。

 夢冬見は青ランプが点灯しているAエリアへと移動しようとしていたが、Cエリアから直接繋がる扉が閉まっており、Bエリアに繋がる扉が近くにはないため一度Dエリアへと足を踏み入れていた。

「赤ランプは厄介ね。けれどもしこのまま進んだら——-」

 時間的に赤ランプ二度目の点滅が来る。

 扉の移動はないため二十五の扉がランダムで開閉される。

 その後三度目の点滅を待たず夢冬見は手前へ引く扉を開きAエリアへと移動し、モンスターを二体クリアする。

「あら奇遇だね、夢冬見さん」

 二体目クリア直後に後方から声を掛けて来たのは、同じ教室の楽羅 水。

「貴方もAエリアにいたのね。みんなも考えることは同じということね」

「ねぇ、夢冬見さんに一つ聞きたいことがあるんだけど」

「やっほー!二人とも偶然だね〜」

 陽気な態度で姿を見せたのは、過去の教室の室長であり有格者の雨乃 桜だった。

「ここに来たのは私の責任だけれども、貴方たちはどうしてここにいるのかしら?」

 夢冬見は自身に向けられる二人の表情が、決して偶然なんかの鉢合わせではないことを理解していた。

「それは、ほら、夢冬見さんと天月君との関係を探るためだよ〜」

 そう当たり前のように答える雨乃。

「あっさり白状するのね」

「隠したところで時間がもったいないしさ」

「で、どうなの?この前桜から夢冬見さんと天月がデ、デ、デートしてたって聞いたんだけど!」

 楽羅のその一言をきっかけに、試験中という緊張とは別の緊張が三人を丸ごと包み込む。

「言っとくけど隠したって無駄だからね!」

「はぁ、今は試験中なのだけどわざわざそんなことを聞きに来たのかしら?」

「夢冬見さんにはそんなことでも、私たちにとっては割と大事なことなんだ〜」

 口角を上げ笑っているかのような表情をしている雨乃の目は、一切光を帯びず、心の底をのぞくかのように深い。

「デートはしたわ、しっかりと男女の関係としてね。だけど貴方たちにとやかく言われる筋合いなんてないわ!」

「夢冬見さん、私が天月に告白したの聞いてたよね?」

「ええ、質問に紛れてちゃっかりね。貴方の方こそ、とやかく言われるべきじゃないのかしら?」

「はぁ!何逆ギレしてるの?本当にあり得ないんだけど!」

 抑えていた怒りの感情が徐々に昂りを見せ始める楽羅。

「ん?ちょっと待って、水、天月君に告白したの?私それ知らないな〜」

「え?言ってなかったっけ?あははっ、いやーでも、ほら、まだ返事貰ってないし、それより今は夢冬見さんを何とかしなきゃでしょ!」

「水はともかく夢冬見さんにはこの試験で脱落してもらわないとね〜」

 そう言い雨乃が夢冬見へと先制攻撃を仕掛けていく。

 雨乃から繰り出される拳の数々は一つ一つが相当の威力を備えており、空を切る度に音を奏でている。

 夢冬見も多少武道の心得は持っているものの、攻撃の威力、動きの機敏さ、正確さのどれもが相手より遥かに劣っている。威力については、死神の因果の力を得た時に付加能力として得られる身体能力向上が影響していることは言うまでもない。

「っ!貴方一体何者なの?私も武道経験者だけれど、普通じゃないわね」

「だから夢冬見さんに勝ち目はないよ〜、殺さない程度に痛めつけてあげるね」

 繰り出される拳を必死に避け、捌こうともがくが、夢冬見の体を刻一刻と痛めつけていく。

 雨乃が繰り出す攻撃はまさに、夢冬見自身へと引き寄せられているかのような見ている者への錯覚を起こさせるほどだ。

 その後雨乃による強烈な脇腹への蹴りをもろにくらってしまい、地面へと横たわり悶え苦しむ。

「かッ」

「苦しいよね?なんせ死神の力を乗せてるんだもん」

「どぉ・・いう・・・こと?」

 雨乃は一度しゃがみ、横たわる夢冬見へと顔を近づける。

「私実はね、因果の力を持ってるの。私の攻撃から避けられない因果を結んだから、どう足掻いても夢冬見さんはここで終わりだよ」

 立ち上がり、ただ二人のやり取りを呆然と眺めている楽羅の方へと視線を向ける雨乃。

「水も最後に何か言いたいことあるでしょ?」

 急に声をかけられたことで多少の驚きを見せるが、直ぐに夢冬見の元へと近づいてくる。

「夢——-」

 そう楽羅が言葉を発しようとしたところで夢冬見の言葉が遮る。

「天月君は、貴方たちのこと嫌いだそうよ」

 この状況においては信じるに値しない根拠のない発言だが、形勢を逆転するには十分なものだった。

「うそ、うそよ!そんなの絶対にあり得ない!」

 急に大声を発して最初に取り乱したのは楽羅だった。そして、それに続くように雨乃も冷静さを欠き始める。

「天月君が、私のことが嫌い?そんなことあるわけない、あるわけない、絶対にあるわけないもん。やだ、やだやだ!」

「見るに耐えないわね」

 時間が経過して徐々に呼吸が安定してきた夢冬見は、地面へと頭を抱えて膝をつく二人を見下ろすために立ち上がる。

「やだ・・・・・・夢冬見さ〜ん、私たちに何したのかな?」

「もう、ほんっとにあったまきた!絶対に許してあげないんだから」

 徐々に冷静さを取り戻し始めた楽羅と雨乃の表情は怒りを帯びるものとなっていた。

「後悔しても知らないよ」

「それはこっちのセリフよ」

 雨乃と夢冬見は互いに一言ずつ交わした後、動きが硬直する。

 しかし、それを絶好のタイミングと見るや否や楽羅がギフトにより夢冬見の意識から完璧に存在を消し、先程雨乃による蹴りを受けた脇腹へと重ねるようにして力いっぱい込めた蹴りを見舞う。

「くっ!」

「偉そうなこと言ってたくせにやっぱ大したことないじゃん。あんたは天月に相応しくない!」

 再度横たわる夢冬見に追い討ちをかけようとする楽羅を雨乃が止める。

「何?邪魔しないでよ!」

「少し静かにしててくれる?」

 雨乃の顔からは既に怒りを含んだ表情は消えており、どこか嬉しそうな表情をしていた。

「今はその面白さに免じて勘弁してあげる〜、でもさ、いつまでも天月君は騙せないよね。どうするのかな〜」

「桜、あんた一体何のこと言ってるの?この女が天月のこと何か騙してるの?余計許せないんだけど!」

「今日のところはもうダメだよ、私たちも試験に集中しなきゃね。じゃあまたねー夢冬見さん」

 雨乃が半ば強制的に楽羅を連れて、夢冬見の元から去っていった。

 夢冬見は、思わず硬直してしまう少し前に、雨乃の未来を改変するため覗き込もうとしたが暗闇で何も見えなかったことに疑問と同時にデジャブを覚えていた。

 ブーとタブレットが振動する。

 残り三十五分時点での六回目のランプエリアの通達だった。

「随分とロスをしすぎたわね」

 四十分時点、五回目の通達に気づかないほどに楽羅と雨乃との女同士の戦いが繰り広げられていたことに他ならない。

 

 俺は六回目の青ランプ点灯時にプラスしてモンスターを十体倒し、七回目の点灯でCエリアでは再び赤ランプが点灯している。ちなみに青ランプはBエリアで点灯している。そしてタブレット更新も入っている。

 試験時間の丁度半分が経過したところで俺はまたしても足止めを食らっている。だが今回は人為的なものではない。

 赤ランプ点灯時には三度点滅するというルールがあり、今回一度目の点滅は移動のみ、二度目の点滅は開閉となった。俺はその二度目の点滅の際、周囲に存在するこちらから干渉出来る全ての扉が閉鎖され、まさに閉じ込められている状態。

 点灯開始から二度目の点滅まで約二分強で起きたことを考えると、この状態が後二、三分は続くことを意味している。

 そんなことを考えていると、タブレットから大音量の通知音がそこら中から聞こえ始める。二度目の全生徒対象となる問題だ。

 Q.第二回特別試験の内容は?

 一、人狼  二、鬼ごっこ  三、サバイバルゲーム

 明らかに高難易度問題だが、三分の一の確率で正解出来る。つまり、考えている時間はない。

 俺はとりあえず人狼を選択した。

 普通三択というものは出題者の心理的に二番目か三番目に答えが置かれやすい性質がある。だが、サバイバルゲームはほぼないと見ていいだろう。単純な内容は迷路と異なるが、三つの中では最も個人ベースとなるものだからだ。俺は次の試験、ルール上でチームを組む形式となると考えている。

 となると残りは人狼と鬼ごっこだが、ここまで絞れば後は好みの問題だ。

 今回はすぐに回答が終了したらしく、俺のタブレットへと難易度ポイントとモンスター撃破数一が記載される。

 俺の今の総合ポイント数は366ポイント。

 やはりモンスターの難易度、問題の難易度の差はかなりある。実際一つ目の問題の際は45ポイントだったのに対して今回は15ポイントと30ポイントの開きがある。

 学園側は一つ目の方が高難易度だと判断したみたいだな。

 ルール説明時に難易度によるポイントと着順ポイントの詳細は明かされていなかったが、前者は少なくとも、上と下の難易度では50ポイントほどの開きがあると見ていいだろう。

 そして赤ランプが三回目点滅を見せ、扉の移動が開始する。

「?」

 俺はここであることに気がつく。閉鎖されている扉を含め、回転する方向にばらつきがない。つまり、二十五ある扉の半分ずつが交差するように目の前を通りすぎてゆく。

「少し調べてみるか」

 青ランプがAエリアとなり、赤ランプがDエリアとなったため、今回はDエリアへと足を進める。

「なるほどな、そういうことか」

 扉が移動する際、道に影響はなくまた、扉が収まる位置にも変化は生じていない。

 俺はタブレットに乗っている迷路図の全ての地形の形、扉の位置とDエリアのみの扉の種類の配置を覚える。配置に関しては更新前のものとなる。

 赤ランプ最後の点滅が終了し、そこから次のエリアへのランプが切り替わる約二分。俺は、考えを実証するためDエリア内を周回した。

 そして九回目のランプの切り替えで、赤ランプはAエリア、青ランプはCエリアとなり最短ルートでCエリアへと向かう。

 俺はある程度モンスターを倒した後、九回目つまり試験時間残り二十分における迷路図の更新を確認する。

「完璧だな」

 ついでに茜の位置も確認しておきたいため、メッセージを飛ばした。

「あいつはAエリアにいるのか、てことは赤ランプエリアだな」

 そろそろ終わりも見えて来たし、一度茜と合流しておくのもいいかもな。

 俺はAエリアへと向かおうと目の前にある押す扉へと手をかける。

「天月君かい?」

 声のする方へと振り向き、すぐにその声の正体が誰かを理解する。

「目春か」

 今試験初となる目春との遭遇。青ランプエリアへの密度が高まる傾向からして、この遭遇比率は低いな。まぁ他の生徒もちらほら見る程度だと考えると妥当なところか。

 まぁだとしても楽羅はともかく雨乃に関しては、因果の力で意図的に遭遇しないようにしている可能性があるな。

「試験も半分を切ったみたいだね。天月君は今のところ順調かい?」

「まぁな、俺はこの試験で一位を取るつもりだ」

「決して簡単じゃないと思うけれど、君なら出来てしまいそうだね。そうなると、徐々に着順の方が気になり始めるね」

 そう、この試験はモンスターの撃破数や難易度、扉を通った回数によりポイントが加算されていく仕組みだが、重要なのは着順ポイントの方だ。

 具体的なポイントが公開されていない分、もしかしたら、着順以外の三つが総合ポイントの主体を担う可能性も否定は仕切れないが、順位が付けられる試験においてその考えは最も危険なものだ。そのため、着順五位以内には入っておく必要がある。

「とりあえず今はモンスターだな。沈め!」

 周囲一体のモンスターを全てたおす。

 どうやら頭脳系は混ざっていなかったみたいだ。

「流石だね。だけど僕の分も少し残しといて欲しかったかな」

「悪いな全部とっちまって、まぁまたうじゃうじゃ湧いてくるから、心配するな」

「そうだね、会えてよかったよ天月君。君はもう行くんだろ?」

「ああ」

「それじゃあまた後で」

 そう言って、手前へと扉を引いて奥の右側の道へと進んで行った。

 俺も再び扉へと手をかけ、右側の道へと進んで行く。

 途中で十回目の切り替えとなり、赤ランプはCエリア、青ランプはBエリアとなる。

 試験も終盤だが、おそらくBエリアにはそこまで生徒は集まらない。俺は茜へと再度メッセージを飛ばし、BエリアとCエリアの境界線付近で落ち合う約束をした。

 迷路図を見ることが出来るのは残り五分のみ、俺は念のため再度しっかりと図を頭に叩き込む。

 つまり残り時間十分間は迷路図を見ることが出来なくなるため過密は避けられない、次の切り替え時間までにはゴール付近で待機しておく必要がある。

 そして十分を切った辺りが勝負時だ。ここを逃せば、一位の可能性は完璧に消え失せる。

 BとCエリアの境界線付近まで後百メートルくらいに差し掛かったところで、Bエリアの中央に上半身が丸ごとはみ出すほど巨大な二本の角を生やしたモンスターが五体現れる。

「あれを倒せばかなりポイントが貰えそうだな」

 俺はペナルティとモンスターを天秤にかけ、地面を蹴り巨大モンスター一直線に飛んでいく。

 俺はモンスターに触れながら言葉を発する。

「消えろ!」

 それと同時に反対側から何者かによるモンスターへと攻撃が繰り出される。

 生憎と手前側の三体は俺が貰ったが、奥の二体はそいつに持っていかれた。

 だがまぁいい、目的は達した。

 俺は地へと足を着くと、そのまま振り返り茜の待つ境界線付近へと扉を開き向かった。

「六体か、やるな」

 茜の元に着くと、周囲には六体ものモンスターが倒れていた。

「あんなに堂々とペナルティを犯して大丈夫なの?」

「まぁポイントマイナス以外にどんなペナルティがあるのか分からないが、あのモンスターはそれだけの価値があったからな」

 あのモンスターの難易度ポイントは一体につき200ポイント。つまり三体で計603ポイント得たことになる。

「話し中よろしいか?」

 声の方へと目を向けると、先程の巨大モンスターを横取りした生徒がいた。あの煌びやかな金髪は強く印象に残っている。

「貴方は・・・」

「知り合いか?」

「知ってるも何も・・・」

 確か未来の教室にも似たような金髪がいた気がする。

「お前、向坂 恵か」

「覚えていてくれて嬉しいです。蘭木君」

 そう言ってプリメラと少し似たような姿勢で一礼した後、こちらへと近づいてくる。

「悪いな、お前にかまってる暇はない」

「そうですか、それは失礼なことを。ですが私は蘭木君の後ろにいる夢冬見さんにお話があるのです」

「茜に?」

「茜・・・?んんうん、まぁいいでしょう。夢冬見さん、このような場で大変申し訳ないのですが、私と結婚を前提にお付き合いしてもらえないでしょうか!」

「え?」

「は?」

 耳を疑うような言葉が向坂から発せられる。

「私は入学当初からずっと貴方のことが——-好きでした。一目惚れでした!」

「お前女だろ、何言ってんだよ?」

「蘭木君、君は何なんです?試験では一緒に行動をしていたんでしょう?夢冬見さんの何なんですか?」

 終始行動を共にしていたわけではないが、実際に行動していたのは事実だ。

「何か、か」

 茜が俺へと視線を向けてくる。

「・・・俺の彼女だ」

 思い切って言ってみたはいいものの、少しくさいな。

「そぉーですかそーですか、それなら・・・無理矢理にでも別れさせてあげましょう!」

「下がってろ」

 俺は更に後ろへ下がるよう、茜に指示を出す。

「沈め」

 向坂の体は一度支配により地へと伏すが、自身の右手に鋭利な鎌を形成し、それを勢いよく振り上げ立ち上がる。

「どういうことだ?」

 そして鎌を俺へ向けて振り下ろすが、刃の先端に人差し指を当てて止める。

「止まれ」

 そのまま鎌に拳を押し当てる。

「飛べ」

 鎌は一瞬にして粉々となり、向坂はもの凄い速さで後方の壁へと飛んでいく。

 先程のことがあるからな、威力はかなり抑えた。

「ほぉーやるな、咄嗟に両手で防御したか」

「はぁー、ふぅー、流石は蘭木君。他の生徒とは一味も二味も違うみたいですね。仕方ありません。その強さに免じて、ここは一旦引くとしましょう」

「いや、もう茜に近づくな」

「いいえ、そういうわけにはいきません。それでは、またの機会に」

 ふざけるな、茜は俺のものだ。絶対誰にも渡したりはしない。

 Bエリアの扉が次第に移動し始める。

「まずいな」

 ゴールはほぼ反対側のためここから一分以内に向かわなければならない。

「このタイミングでBエリアに赤ランプが転倒するなんて」

 残り十分では迷路図が見れなくなるため、更新もない。そして、最後の残り二十分時点の更新から扉の配置が変化していないのはDエリアのみ。

「心配いらない。俺なら全ての扉の配置を把握しているため最短ルートを導き出せる」

「そんなことが可能なの?」

「問題ない。だが、少しの間お姫様抱っこさせてもらう」

「え、え?」

 茜にこの歪な迷路をクリアして一分以内にゴールへ辿り着くことは不可能だ。

「行くぞ」

 今いる場所からならCエリアを経由した方が早いな。

 先程のDエリアでの実験で閉鎖されている扉に拒絶を促したら開くことも確認済みだ。

 俺は常に閉鎖に対する拒絶を促しながら、記憶の図を頼りに素早く最短ルートで突き進む。

 そしてDエリアに差し掛かり、モンスターの大群と鉢合わせる。

「潰れろー!」

 モンスターは一瞬にしてその形状を保てなくなってゆく。

 支配と拒絶を触れずに混合して使えたのは、踵との戦い以来だな。

 遠目でゴールを目視出来る位置まで来るが、ゴール手前五十メートル付近に数多くの生徒がごった返している。

「突破するしかないな」

 俺は迷いなくその集団へと突っ込んでいく。

「退け!」

 ゴールへと続く道幅は二十メートル程しかなく、その左右の壁に張り付くように目の前にいた全生徒が支配の影響を受ける。

 茜をゴール十メートル付近で降ろす。

「行くか」

「複雑だけれど、そうね、行きましょう」

 そうして俺たちは三位と四位でゴールする。

 その後すぐに集団に姿は見えなかったが、五位で向坂がゴールする。

「話しかけてこないみたいだな」

「そうみたいね、それよりも、どうやって赤ランプの仕組みを見抜いたのかしら?」

「単純な話、全ての扉の動きを把握しただけのことだ」

「本当にそんなことが出来るの?」

「ああ出来る。一度しか言わないからよく聞いてろよ」

「ええ」

「まず、この試験では二つの扉しか存在しない。奥へ開く扉と手前へ開く扉だ。そしてその二つは移動の際に必ず決まった動きをしている」

「決まった動き?」

「ああ、奥へ開く扉はエリア中を右回転、つまり時計回りで移動し、手前へ開く扉は左回転、つまり反時計回りで移動する。そしてそれは閉まっている扉も同様にだ。それに扉を繋ぐ道と扉が収まる位置にも変化は生じていなかった」

「話の内容は理解出来るのだけれど、扉の移動は目で捉えることが出来ない速さだったわよね?」

「まぁ、普通ならな、だが俺だけは例外だ」

 そう、俺は踵から継いだ回避の目を使い扉の動きの法則を突き止めた。

「確かに貴方なら出来てしまいそうね」

「そして扉の移動の規則性と扉が一つずつ壁に沿って移動していることさえ分かれば、後はここを使うだけだ」

 俺は自身の頭を右手の人差し指で二回優しく叩く。

「移動前の扉の種類とその配置を頭に入れ、迷路図の形と広さ・大きさを実物大として考える。そしてそこに移動時間と速度をプラスする。そうすることで全ての扉を追うことが出来るって訳だ」

 あくまでこの方法は、回避の目と俺の頭脳があってこそ実現出来るものだ。他の奴は真似することは出来ない。

「驚きすぎてなんて言っていいか困るわね」

「素直に褒めればいいんじゃないか」

「すごく上から目線ね、けれど流石だわ」

 試験も残りわずか、続々と生徒たちがゴールしていく。

 そして残り時間五分時点でゴールする生徒の中には楽羅、雨乃、目春の三人の姿もあった。

「やあ天月君、お疲れ様」

「目春もな、だいたい順位は中盤あたりか」

「天月君は何位でゴールしたんだい?」

「俺は三位だ」

「やはり君は僕の自慢だよ」

 おそらく一位は硬いと思うが、唯一の懸念材料なのは向坂 恵だ。彼女は生徒の中では俺に次ぐ実力を持っているだろう。

「ねぇ天月、ちょっといい?」

 続いて話しかけてきたのは、楽羅。そしてその後ろに雨乃の姿もある。

「ああ、なんだ?」

「気まずくて聞けなかったんだけど、夢冬見さんのことどう思ってるの?」

 そう問いかける楽羅の目は、これまでにないくらいに真剣だった。

「俺は————」

「いや、やっぱりいいや、ごめん変なこと聞いて」

 そう言って、両手をパーにして俺の方へと向ける。

 この場で答えるのが正しいのかは分からないが、答えは出たんだ。なるべく早い方がいいだろう。

「楽羅、お前の気持ちには答えられない。悪いな」

「あ・・・そう?別に今言う必要ないのにね・・・うん!そうだね分かった、ごめんね、この前は変なこと言っちゃって」

 必死に下唇を噛み締め涙を抑えているが、徐々に大粒の雫が楽羅の瞳から滴り始める。

「あーっとごめんね!私邪魔だよね、あっち行くね」

 涙を流しながら、比較的人の集まりが少ない場所へと移動していく。

「あーあ、泣かせちゃったー、ここで言う必要あった?でも私も天月君のこと好きだからショックだな〜」

「場所は関係ない、後で泣くか今泣くかだ。それなら早い方がいいだろ」

「分かってないな、はぁあ、私も後で泣こーっと!」

 そう言って楽羅の後を追いかける雨乃。

「天月君、君はもう少し人の気持ちを勉強した方がいいかもしれないね」

「いや、無駄なことだな。知識として蓄えたところで俺の心じゃ理解できないからな」

「そっか、天月君らしいと言えばらしいのかな。まぁでも、とりあえずはお疲れ様。僕は少し他のクラスメイトの様子も見てくるよ」

 目春はどこか寂しそうにされど優しい笑顔を俺へと向けた。

「ああ」

「大丈夫かしら、試験中も貴方とのことについて少し問い詰められたから、なんていうか複雑な気持ちだわ」

「茜こそ大丈夫だったのか?相当揉めたんじゃないのか?」

 女同士の喧嘩は俺には予想出来ないほど陰湿なものだろう。楽羅のようなタイプなら尚のことだ。

「私なら大丈夫よ、心配いらないわ。あまり私が言えることではないと思うのだけれど、彼女のこと今後どうするつもりなの?」

「まぁ楽羅は大事なコマだからな。しっかりと管理しておくさ」

 使い道がなくなるまでは俺の手元に置いておく。ただそれだけのことだ。

「残酷ね」

 茜も大概だけどな。

「こちらへ注目してくれ」

 俺たちは一斉に迷路とは逆方向へと視線を向ける。

 気づくと目線の先に教師が数名立っており、その中には赤坂の姿も見え、開始の時と同じ声の人物が話し始める。確か入学式の際話はしていなかったが、終始舞台下の教師席に座っていた人物だ。校長という訳ではないと思うが、見た目だけならそう言われても納得してしまいそうなくらい貫禄があるな。

「とりあえずお疲れ様と言っておこう。リタイアした者はゼロと、素晴らしい結果だ。しかし、壁の破壊や乗り越える行為をした者が数名いる。その生徒たちにはペナルティとしてポイントのマイナス、そして次回の特別試験において一部ハンデを背負ってもらう」

 なるほど、次回の内容次第では大きなペナルティとなり得るな。だが、今はポイントの方が優先だ、多少のマイナスで済んでいるといいんだが。

「それではこれより発表に移る。なお、口頭での発表は上位三名のみとし、下位三名を含みその他の順位は全てタブレットのアプリ内に記載する。その際見ることが出来るのは自身の順位だけとなる」

 そうしてほぼ全員のタブレットに通知が届き、各々が自分の順位を確認してゆく。

 当然俺も確認するが、タブレット内に結果は載っていない。つまり、俺の場合は口頭での発表というわけだ。これで上位三名は確定したが、重要なのはここからだ。

 今回何度か邪魔が入ったが、一位を取れるだけの力は出したつもりだ。

「鎮まれー!・・・」

 結果に興奮する者、絶望の色を見せる者、安堵する者とそれぞれいるが、あまりにもデカい声が響き渡り洞窟内が静まり返る。

「ではまず一位は、合計3259ポイント獲得となる・・・蘭木天月」

「おし!」

 その瞬間、一斉に俺へと視線が集まる。その中には向坂の鋭い視線、そして赤坂の笑みを浮かばせ、期待を思わせるような視線も当然の如く見受けられた。

 やはりペナルティではなく巨大モンスターを選んだ判断は正しかった。

「続いて二位は、合計2833ポイント獲得向坂 恵」

 巨大モンスター約二体差か。あれほどのモンスターは特殊だが、思ったよりも点差が狭いな。あれ以上の足止めを喰らっていたらどうなっていたかは正直分からない。現にあの時、巨大モンスターを見送っていたら余裕で抜かれていた。

「最後に三位は、合計2315ポイント獲得倉敷 馬周」

 倉敷?その名前を聞くのは教室同士の集まり以来だな。

 雨乃に早々支配された教室だと思っていたが、少し認識を改めておく必要があるな。

「以上で特別試験の全工程が終了となるが、学園へ戻り次第下位三名は職員室に来るように。また、上位三名には後日報酬を贈呈するため追って日程を連絡する」

 そうして俺たちはバスへと乗り込み、一時間という短い間だったが、とても長い戦いの舞台である地を後にした。

 帰りのバスでは、疲れて寝てしまう者が多少見受けられるが、ほとんどの生徒が友人同士の会話に花を咲かせている。行きのバスでは緊張状態となり、一層のピリつきを見せていたとは思えないほどだ。

 だがまぁ少なくとも三名はこの状況は歓迎していないことだろう。そしてその中の一人にとっては、まさに生き地獄。これから本物の生き地獄へ落とされる予行練習だ。

 学園側は悪としてその者に猶予を与えたのか、それとも善として与えたのかは分からない。

 今後おそらく特別試験には時の狭間への強制送還が付いてまわるが、決して俺たちは生き残りを賭けた戦いをしているのではない。

 理想を掴み取るために戦う。

 この学園の生徒の多くは、それを履き違え現実ばかりが先行している。だから敗者へと沈んでゆく。

 理想より現実ではなく、理想を抱いてこその現実なのだ。

 俺は必ず理想の体現者となる。これは確定事項だ。

 

 


























 

 五、破壊

 

 

 私、夢冬見 茜は人というものが昔から苦手だ。

 他人を蔑み、それでいて群れていなければ無力な存在。

 関わるメリットなんて何もない。哀れで悲しい存在。

 けれど私の心は動いてしまった、そう、かつて唯一大切な存在を持ってしまったあの時のように・・・・・・。

 私は当時十五歳。一つの区切りを付ける卒業間近の時期のこと。一人の女子生徒が私へと話しかけて来た。彼女の名前は桜木 五月。クラス内のカースト上位層の人たちの一人。けれど、あまり目立った印象はなく、自身の身を置く環境に日々怯えている様に見えていた。

 話しかけて来た時期、周囲の態度を見ていれば嫌でも分かる。彼女は概ね罰ゲームか何かで私へと近づいて来たのだと、くだらない、相手にするだけ時間の無駄・・・・・そう思っていたわ。

 だけど理由はどうあれ、彼女の私へ向ける視線は真剣で、そして私も次第に彼女に心を開いていくようになった。

 私は少しずつだけれど、人を大切に思う心を学び、彼女もまた笑顔が増えていった。

 それをクラスの連中は面白く思わなかったのでしょうね。私を嘲笑う筈が、思わぬ方向に事は転んだのだから。当然、彼女たちは行動を起こした。

 私は、気付くのが遅かった・・・遅すぎた。

 五月がいじめの対象となり、ボロボロにされていくのに気付けなかった。人に興味がなかったことが仇となった結果。

 けれどもう遅い、一度大切になってしまえば、失うことが怖くなる。ならせめて、私が味方であるべきだった。彼女に手を差し伸べてあげるべきだった。

 自業自得ね・・・自分の気持ちすらも満足に伝えられないなんて、本当に情けない。

 ・・・・・・・・五月は命を落としてしまった、自殺だった。

 私のせい?彼女をいじめていたあの子たちのせいでしょ!私じゃない、私は関係ない。こんなにもめんどくさくて辛いのなら・・・

 ・・・私は一生孤独がいい。

 そんな誓いは願いで終わり、私は今、恋をしている。呑気なものよね、自分でもそう思うわ。彼女を救ってあげられなかったのになぜ私だけってね。けれど彼を一目見た時、その異様なオーラに引き込まれてしまった。

 私も所詮は孤独になりたがってただけの哀れな存在にすぎなかったということよ。

 彼は五月よりもずっと強い存在。それこそ私程度では足元にも及ばないほどに・・・私は今、彼に夢中。とても大切な存在。

 ・・・信じてもいいのかしら?・・・・・いいえ、彼もまた人間。いついなくなってしまうのか分からない。

 打ち明けなければいけない。それはきっと正解ではないのだろうけれど、私は彼と接していく内に思いを伝えることが少しずつ出来るようになって来た。

 伝えるのよ、止まった時間を動かすためにも。

 私は決して過去の亡霊に縛られているわけではない。私は未来を見ているのだから。

 私は—————。

 告白を聞いた彼の表情には、心の底からの笑みが浮かんでいた。

 

 特別試験から六日後の七月六日。

「今日はこれで終わりとする。しかしタブレットにも通達があったと思うが、蘭木と向坂は放課後職員室へと来て欲しい」

 俺たちは放課後特に意味はないが、別々に職員室へと向かった。

「ついて来てくれ」

 そうして俺にとっては二度目の生徒指導室へと足を踏み入れた。

「通達でもあったと思うが、賞金の百万円と五十万円は各自のタブレットに支給済みだ。その後自身のスマホにタブレットと同様のマネーアプリをダウンロードすれば移動が可能となっている」

 赤坂の言う通り賞金はタブレットへと支給されていることは既に確認済みだ。

「では次に報酬の本題へと入ろう」

 そう言って俺へと、視認出来るほどの濃く淀んだ黒いオーラを纏った状態の一枚のカードが手渡された。

「このギフトカードに宿っている力はプリメラさんの力の欠片と聞いている。そして向坂にはこっちだ」

 次に見せたのは長さおよそ一メートル程度の肘から指先にかけての一歩の腕。見た目は年老いた老人が石化したようなもので、何かを捕まえるかのように指先が折曲がっている。

「これは確か、ヴィステの・・・・」

「カルーチェ」

「そうだ。蘭木、お前よく知ってるな」

「プリメラから少しだけ聞いたことがあっただけです」

「そうか。これに向坂、君の血を一滴垂らしてくれ」

「血ですか?分かりました。喜んで捧げさせてもらいましょう」

 そう言って一滴どころか、力強く握った拳から果物の搾り汁のようにヴィステの手へと流れ落ちてゆく。

「っ!」

 すると向坂の左手首に五センチメートル程度の手の模様が写し出された。

「それが無期限のジャッジを有する資格だ。しかし、一度使えば消えることを覚えておくことだ」

「じゃあ俺はこれで」

「蘭木は少し待て」

「では、私は失礼致します」

 最後に向坂は俺へと、目を細め鋭い視線を向けてくる。

「見事だったな」

「まぁ危なかったですけどね」

「何にせよ、結果が全てだ。君は見事に一位を取り俺の期待に答えてくれた」

「はぁ前にも言いましたけど、先生は俺に期待できるほどの存在ではない。期待したいのなら、次は先生が存在を証明する番ですよ」

「期待は、俺自身が劣る存在故に抱くものだ。君に存在を証明出来る程度の人間ならば、期待を寄せることはない。しかし、俺の期待は君の助けとなる筈だ」

 確かに赤坂の言う通りだな、俺は他人に期待した記憶がない。

 期待とは弱者の武器であり、強者の糧となるべきだ。

「聞かせてもらいましょうか。先生の期待が、俺にどんなメリットがあるのかを」

「いいだろう。有格者は特別試験では必ず不利になるよう作られる。もし、君が有格者になった時は、俺が全力で君にとって有利なルールを一つ付け加えよう」

「物は言いようですね。先生一人の力でそんなこと出来るんですか?」

「無論だ。俺は特別試験においてルールを含め内容考案者の内の一人だ」

 なるほど、赤坂 一、使える奴だったか。乗ってやるとしよう。

「これから卒業までお願いしますね赤坂先生」

「俺の期待を裏切る真似はしないと信じているぞ」

 使えるコマがどんどん増えていくな。増えれば増えるほど、要らなくなれば迷いなく切り捨てられる。

「そうだ、一つだけ聞いてもいいですか?」

「言ってみろ」

「時の狭間、俺たちの学年最初の一人は誰ですか?」

「・・・過去の教室、道角 稀だ。リタイアにはならなかったが、200ポイントすら届かず最下位となった」

 まぁ、俺との戦いが影響したのは確実だが、自業自得だな。

「ありがとうございます」

 そうして部屋を出た俺を一人の人物が待っていた。

「何の用だ?向坂」

「一度蘭木君とはじっくりと話してみたいと思っていたんです。ある時を境に、別人のように人が変わりましたよね?確か・・・地下での出来事があってからです」

「事情が変わっただけだ。もう隠す必要がないからな」

「以前の少し不気味な好青年が演技であったということですか?」

 不気味か、精一杯隠しているつもりだったが、側から見るとそう見えていたのか。

「お前には関係ないことだ」

「ありますね。君のような得体の知れない存在は夢冬見さんに相応しくないんですよ」

 向坂は俺へと距離を詰め、下から笑みを浮かべて睨みつけてくる。大きな目なだけに迫力があるな。

「知るか。俺たちの間にお前の入る隙間はない。失せろ」

「ちょちょちょい喧嘩?職員室前で何やってんのー、平和にいこーぜなぁ?」

 俺の肩に手を回し馴れ馴れしく接してくる。確かこいつは過去の教室担任、新武 深夜。

「何でもないですよ、じゃ失礼します」

 新武の手を振り払い、俺は一度向坂へと嘲笑うかのように笑みを見せ、その場を後にする。

「何だよあいつー、三ヶ月前とは別人じゃんかよ!」

「それでは私も失礼致します」

 向坂の存在は俺にとっては邪魔でしかないな。

「消すか?」

 いや、プリメラに気付かれたらただでは済まないな。既にこの感情も筒抜けかもしれない。

 PM六時。

 部屋に着くとタブレットに一通のメールが届いていた。

 内容は茜から「今日の午後七時に校舎の屋上で待っています」というもの。

「まだ少し時間があるな」

 俺は七時少し前までベッドに横になりテレビを見るなどして適当に時間を潰した。

 屋上へ行くのは初めてだな。ドラマやアニメなどでは屋上のシーンはよく見るが、実際の学校は立ち入り禁止になっている場合が大半。俺の中学も例外ではなかった。

「先に着いてたのか」

「ええ」

 空はオレンジ色に焼け焦げており、その色が景色全体を染め上げている。

 俺の視線の先、そんな景色に一人佇む茜の背中は、どこか儚さを彷彿とさせた。

「特別試験の時に言ってたわよね天月君、私のことを・・・彼女と」

「言ったな」

「すごく嬉しかったわ・・・その気持ちに答えたいと思う・・・だけどその前に、話しておかなければならないことがあるの」

「そんなに真剣な表情は初めて見るな」

「覚悟を・・・決めたのよ。だからお願い、何があっても私の話を最後まで聞いていて欲しい。これから天月君と真剣に向き合うために必要なことなの」

 俺はその言葉に沈黙という手段で返答し、茜は神妙な面持ちで語り始めた。

「三ヶ月前の室長、副長決めの際、私と天月君が戦った時のことを覚えているかしら。私はあの時、貴方のギフトが私と反対であることを知ってその力の内容に目星をつけていたの。星の逆位置は嘘を真実と思わせる力。そして思った通りギフト同士が反発し合った」

 あの時のことは俺も詳細に覚えている。茜の真実だけ見ることが出来なかった。つまり、対となる力同士がぶつかり合うと反発を引き起こすということか。

「けれど問題はこの後、私のギフトは突然効果を失った」

「俺が拒絶をしたせいか、だが、見えた真実と結果は違っていた」

「そう、それが一回目」

 一回目?何のことだ・・・。

「私たちが初めて教室で目を使った時のことを覚えてる?」

「ああ」

「界門から数体ものドラゴンが姿を現し、炎を吹き荒らしていた映像・・・けれど現実は違った」

 実際に現世に姿を現したドラゴンは一頭のみ、その瞬間界門は崩れ、そのドラゴンも呆気なくプリメラによって始末された。

「それが二回目よ。そしてその後手を使ったのは、特別試験での三回のみ、もう、分かったかしら?」

 そういうことか。俺は今までただ気付かなかったのか、それともわざと気付かないふりをしていたのか。

 俺も星の逆位置の内容には薄々目星が付いていたが、じゃんけんの結果はどう考えても不自然だった。

 思い返せば踵との戦いの際も、プリメラの気まぐれだったのかも知れないが、茜の姿がそこにはあった。

 迷路に関してもそうだ茜のギフトではあれほどのモンスターを倒すことはほぼ不可能に近い。そして茜は試験中に楽羅と会ったと言っていた、あれももしかしたら予め知っていた上で遭遇したのかも知れないな。

 茜は一度視線を落とした後、浅く吸って、そして深く息を吐いた。

「私は有格者よ」

 この先出会えるか分からない俺の心を動かした存在。

「何で明かした?」

「もう同じ後悔はしなくないの・・・あの時、伝えておけばよかったなんて思いはしたくない。例え自分が危険になってでも」

 茜には茜の過去がある。だが俺には到底理解出来ないな。自身の命に関わる秘密を明かして、後悔しないなんてな。

「一つ聞いていいか?俺は過去の教室の有格者を知っている。そしてそいつから過去を操る有格者の力の詳細も聞いた。茜・・・未来の力はどんなものなんだ?」

 踵からも聞いたが、一応確認しておく必要がある。

「隠す気はないから話すわ。一ヶ月でリセットされる手の他に、任意の未来を見通せる目を三回使うことが出来る力。けれど、力を使う際その人に起こりうる特定の場面、または特定の状況が分かっていないのなら、ランダムで未来が見えるというものよ」

 つまりドラゴンについて言えば、元々の状況が分かっていたから、特定の場面での力を行使出来たということか。

「もしかして未来を見ていくうちに俺の姿でも見えたのか?今の説明を聞いて一時期茜が俺に向けていた異様な視線の理由が理解出来たよ」

「ええ、だけど自分の目で真実を確かめるまではどうしても完璧には信じられなかったわ。そして貴方は未来の映像と同じように、圧倒的な存在だった」

「そうだったのか」

 茜は一切目を逸らさずただただ俺の瞳を真剣に見つめている。

 この先の選択は俺に委ねられている。茜の覚悟は俺たちの間にある数メートルという距離を超え、ビシビシと伝わってくる。

「茜・・・俺はお前を大切に思っている。正直心は揺れたが、それでも俺はお前を選ぶ」

 俺は心の距離を表しているかのような距離を、歩みにより埋めていく。

「心を曝け出してくれたこと、本当に嬉しい。だけど怖かったよな、心を曝け出すってのは」

 俺のように心が痛まない者と違い、茜は入学当初こそ周囲を寄せ付けないでいたが、みんなと同じ普通の高校生なんだ。

「茜、俺を信じてくれ・・・必ずお前は俺が守る」

「ありがとう」

 覚悟を決めていたからこその涙・・・。

 俺は優しく腰に触れ、全身を包み込むように茜を抱きしめる。

「茜・・・話してくれてありがとう」

 短い間だった。

 だが十分夢は見させてやったし、見させてもらった。

 本当に残念だよ・・・茜。

「なぁ、茜・・・」

 俺は茜の耳元へと口元をそっと近づけ、かすめた声で小さく囁く。

「・・・ジャッジ」

 茜の顔を再び見ると、水滴のようにポロポロと溢れていた先程の涙とは打って変わり、声を押し殺し大量の涙を流している。

「そんな顔をするなよ。俺も同じように自分の心を曝け出したんだから」

「貴方らしいわね・・・・ねぇ、私のこと好き?」

「嘘偽りなく好きだ。こんな気持ちは本当に久しぶりだよ」

「それなら、どうして・・・どうしてよ・・・」

 分かってはいたことだが、希望から絶望へ経路を辿ったことにより受け止めきれなく、ついにその場へと膝が折れ座り込んでしまう。

 俺は堪えきれずに心の底からの笑みを浮かばせる。

「好きだからこそ、理想の糧になってもらうんだよ。愛があるからこそ、自らの一部にしたい・・・・・茜は、恋する相手を間違えたんだ」

「最低・・・ね」

「だけど俺は茜を愛している、それは紛れもない事実だよ」

 徐々に茜の体が足のつま先から消え始める。

 ジャッジされた者はこうして時の狭間へと転送されるのか。

「私は後悔してない、貴方に恋をしたこと。初めてだった、誰かを好きになることがこんなにも辛くて、楽しくて、幸せなことだなんて、一生の宝物だわ・・・ありがとう」

 俺にとってもあまりいい気分ではないみたいだな。恋というものはやはり怖い。だが、制御出来ないほどじゃない。

「最後に一つ言ってこくことがあるわ、私が初めて貴方の未来を見た時、未来で貴方は火の海に包まれ、ただ孤独に泣いていた・・・・・それと、貴方のおかげだわありがとう」

 最後にそう言い残し、そして消えていった。

 別れを思わす夕暮れが、次第に孤独の闇へと変わる。

 

 私は後悔はしていない。彼に全てを明かしたこと、彼を好きになったこと。

 取り乱してしまったけれど、彼ならああすると分かっていた。そのために選んだ屋上だもの、誰にも気付かれることのないように。

 だけど思っていたよりもきついものね、信じていた存在に見捨てられるということは。

 この漆黒の闇に包まれた時間の止まった空間でただただ永遠の時を過ごすことになる。

 五月、私はようやくあの時の貴方の気持ちを理解してあげられることが出来たわ。不安で孤独でどうしようもないくらい悲しい気持ち・・・貴方に会いたい、会って謝りたいそれで許されるとは思わないけれど、そしてあの時みたいにもう一度・・・。

 いいえ、私のすることはもう過去を振り返ることじゃないわよね。

 五月、例えもう会えなくても、貴方は私の大切な友達よ。貴方の次の人生に幸せが訪れることを心から願っているわ。

 

 一人佇む屋上で俺は暗闇に包まれながら空を見上げる。

「は、はっ、はっはっはっはっはっはっはっはっは———」

 そして俺は誰もいないその空間を深く見つめるようにして正面を向く。

「俺の時代だ」

 ノワール、ユグドラ、ヴィステと統率者全員の力を不完全ながらも手にした俺は、これから何者になっていくのだろう。

 まずは、俺自身の未来の姿を覗いてみるか。

 初めて見る自身の未来、当然知り得ないためランダムとなる。

 俺は目を一度行使する。

「どういうことだ」

 ランダムに見えた未来は、多様な色を宿す空の下、広大な空間で無限とも見える無数の生命体が俺一人に牙を向ける映像だった。生命体の中には見慣れた種族、人間の姿も数多くある。

 目は残り二回、異なる可能性の同じ時間軸の未来を見るか、その先を見るか。

 俺は異なる可能性を見ることにした。

「はっ、これが人間・・・いや、生物の本質か」

 二つ目の可能性の未来には、映っているのは人間のみ、だが、王・・・つまり俺に対する反乱が起きている。

「・・・俺も所詮はこの程度か」

 俺が求めているのは、全ての世界が自らの思い通りになる支配だ。こんなものは俺が求めていた理想の姿ではない。

 目は可能性として存在し得る未来しか見ることが出来ず、それらの姿へと改変することしか出来ない。

 幾度となく力を行使すれば、真の支配を体現している可能性を見つけることが出来るかも知れない。だが、生物の本質を改変出来るわけではない。いずれ同じような未来に収束してしまうだろう。

「もういい、目が覚めた」

 俺は最後の目を行使する。その先の未来に向けて・・・。

 そこにある未来は、俺の終着点。

 無数の鋭利な刃物に体を貫かれ、支えられながら無惨に横たわる俺の姿があった。

「俺も死ねるんだな」

 心臓を潰されても再生する力を有しているのにも関わらず、未来の俺は死んでいる。

 理由は分からないが、数の多さに淘汰される。

「何が支配だ・・・何が理想だ、世界は俺を認めない。ようやく分かったよ」

 そうか、そうだったのか。俺がしたかったのは支配なんかじゃない、今までずっとそう自分に言い聞かせてきたんだ。どうやら俺は王になる可能性は辿らないらしい。

 余計なネジが外れたみたくどこか澄んでゆくこの気持ち。

 心臓がバクバクと音を立て反発しているかのようだ。

 世界の意志に感謝する。

「俺は全てを破壊する!」

 俺はもう見ることの出来ない景色をじっくりと目に焼き付けるかのように、ただ呆然とその場に立ち尽くした。

 気がつくと夜は開け、いつもとは違った空気の味がする。

「行くか」

 時刻はAM八時を過ぎたあたりか。

 時間を確認する手段はないが、学園へ登校し始める生徒の気配を感じる。

 俺は自身の部屋へと戻らずにそのまま教室へと向かう。

 教室にはいつもと変わらぬクラスメイトの姿、そして皆が着席したところで赤坂が姿を見せる。

 いつもと変わらない日常になる筈だった今日は、明日の来ない終末へと成り果てる。

「蘭木、なぜ制服を着てない?」

 おそらく皆は気づいていただろう。だが俺から発せられる異様な圧力にそれを問うことは出来なかった。

 俺は赤坂の発言を引き金にゆっくりと席を立ち、教壇へと向かう。

「先生、俺の話を聞いてもらえますか?」

 おそらく俺の目から光は消えている。そんな死んだ魚のような目に宿る圧力が空間全てを支配していた。

「ありがとうございます」

 赤坂は体が無意識のうちに後退りを始め、段差から一歩足を踏み出した瞬間地面へと尻餅をつく。

 悪いな赤坂、そして目春・・・もうお前たちは必要のない存在だ。

「これからみんなには消えてもらう」

 その瞬間、冗談だと笑う者、理解が追いつかない者、怒りをあらわにする者とで異なる反応を見せる。

 この場にいる大半は、俺の力に気付いていないからな。

 ガタンッと大きな音を立て、それと同時に小さな悲鳴が教室に響く。

「おい、あんま調子乗んなよクソが!なんなら今ここでリベンジマッチといくか?」

 ざわつきを見せていた教室内は羅神が勢いよく机を倒したことで静まり返る。

「ごちゃごちゃうるせぇよ、来るなら来い」

「いいぜー!やってや————-」

「消えろ」

 俺は羅神へと意識を向けて支配・拒絶を口にする。

 迷路での試みが影響しているのもあるとは思うが、有格者の力を手に入れたのが大きかった。おそらくは多様な力を手に入れたおかげで、今まで分離していた支配と拒絶の力が収束を始め、本来あるべき姿へと変化し始めたということだろう。

「きゃあーーーーーー!」

「おいおいおい嘘だろ!冗談じゃねーのかよ!」

 先程とは違い、教室内が悲鳴で埋め尽くされていく。

「天月君・・・本気なのかい?僕たちは親友だよね?」

「お前はコマだ、もう俺には必要ない、だから消えてくれ」

 俺の言葉を受けた目春は、目を血走らせ俺の胸ぐらを思い切り掴み上げ、黒板へと押し当てる。

「ふざけんなよ天月‼︎僕は・・・僕は、また大切な友達に裏切られるのか・・・僕は精一杯変わろうと努力していたんだ、君と出会えて本当に嬉しかったんだ・・・」

「安心しろ、俺とお前は始めから友達なんかじゃない」

 胸ぐらを掴む手に更に力が込められる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 叫びとともに、目春の目からは大量の涙が零れ落ちてゆく。

 悪いな、こうすることでしか俺は自分を守れないんだ。

「消えろ」

 この学園で唯一の友と呼べる存在が俺の前から消えていった。

「一つ、質問に答えていただきたい」

 中央の一番後ろの席に座っていた向坂が立ち上がり、俺へと一直線に視線を合わせてくる。

「夢冬見さんの姿が見えなのだけれど、君が何かしたのですか?」

 わざわざそれを質問するのは、俺に慈悲を与えているのか。甘いな。

「ふっ、そうだな今この教室の有格者は・・・俺だ」

「そうですか・・・・・・はっ!」

 一度俯き鎌を作り出した向坂は、鎌を自身の横へと一直線上に持ち上げ一瞬にして巨大化させた後、そのまま俺へ向かってスイングさせる。

 窓側の壁は切り裂かれ、そのまま黒板をも後ろから切り裂いて俺へと刃が届く。

「危ねぇな」

 俺は背後から迫る巨大な刃を右の指先で掴む。

「砕けろ」

 一瞬にして鎌は砕け散り、ガラス片とともに空中を舞う。

 俺は向坂へと視線を向けたまま、右足を大きく上げ床へと振り下ろす。

「崩れろ」

 校舎全体にヒビが入りものすごい勢いで崩れ始め、ほとんどの者がパニック状態に陥り動けない状況。

 俺は瞬時に向坂のみぞおちへと回転を乗せた拳を繰り出す。

「ジャ————-」

 ほう、体も追いつかない時間の中で素晴らしい判断だ。だが俺には通用しない。

「飛べ!」

 崩れ落ちる無数の瓦礫の中で向坂の体が風車のように回転しながら吹き飛んでゆく。

「さて———-」

 地に足をつけ、チリ一つ残さず消そうとしたその瞬間、砂煙の中で無数の矢が俺を襲う。

「まずはあいつからだな」

 俺は回避の目を発動させ、全ての矢を交わしながら飛んでくる方向向けて一直線に走り抜けていく。

 砂煙のせいで視界が悪く、突然目の前に人の手が顔を出す。

「ジャッジ!」

「ふっ、惜しいな」

 二回目のジャッジを華麗に避けた後、五度の連打を素早く打ち込む。

「うぅっ!」

 最後の攻撃に再び支配を乗せて飛ばし、砂煙は次第に晴れてゆく。

「次は盾かよ、それに巨大化・・・前に俺の支配を逃れたことも気になる」

 向坂のギフトは世界の正位置。それがどんな力なのかは分からないが、おそらくプリメラが入学時に言っていた二つの教室で一つしか存在しないギフトとはこのことだろう。

 盾や弓などは隠し持っている感じではなかった。となると・・・。

「世界の正位置は異空間などへの収納、あるいはイメージの具現化といった感じか」

「流石ですよ蘭木君。少ないヒントでそこまで分かってしまうなんて、そうです。世界の正位置はイメージの具現化です」

「巨大化と無数の矢の正体もギフトの力ってわけか」

「それはどうでしょうね」

 例えそうだとしても、支配から抜け出せた説明が付かない。

「夢冬見さんと君はお互いに愛し合っていた筈ではないのですか?なぜよりにもよって君がそんなことを・・・」

「俺には愛よりも大切なものがあるんだよ。だが、今となってはそれもどうでもいいがな」

「イカれています、私が君を楽にして差し上げましょう!」

「ほざけ」

 向坂は自身の周りに計五体の獣、いやモンスターを召喚させる。その内の一体は記憶に新しい。

「お前、死神の力の保有者か」

 残る力は後一つ、事象の裁き。羅神の命の裁きの力が命を奪い、そして与える力だったことから事象の裁きもどこか類似した力だろう。

「お見事ですね。これは召喚ではなく再現、間違いのないようお願いします」

 そう言って、一斉にモンスターがこちらへ向かってくると同時に頭上からのもの凄い圧力が生じる。

 重力?いや、再現ということはこれは俺が以前向坂へとかけた支配。なるほど、抜け出せた理由はそれか。

 俺は巨大モンスターの強烈な拳の一撃を回避の目により弱点をリークし、デコピンで弾き返す。

 その間に距離を詰めたモンスター他四体が俺の周囲を囲むが瞬時に消滅させる。

 モンスターへと注目が逸れた一瞬、気がつくと空一体が暗くなり、俺目掛けて巨大な稲妻が落とされる。

「吸収と再現、それが事象の裁きか」

「無傷・・・流石です」

 俺はゆっくりとした足取りで向坂へと近づいてゆく。

「終わらせる前に一つ謎解きショーといこう」

 イメージの具現化はそれ自体が思考によるものであり、あれほどの無数の矢を一気に具現化することはまず不可能だ。巨大化は可能かもしれないが、この二つを同じ線上で考えた時見えてくる答えは一つ。

「鎌の巨大化、矢の複製は再現であり、イメージの具現化とは世界に存在している形でのみ具現化できるコト。なら事象の裁きとは何か」

「まさに恐怖ですよその思考力。付け加えるなら、私のギフト世界の正位置は生命以外なら何でも具現化することが出来ます」

 向坂は俺とは対象的に素早い動きでレイピアのような細長く鋭い剣を具現化させ、突き出した刃が瞬きの速さで延長線上にある俺の顔へと伸びてくる。

「遅い」

 俺は首を左へと傾けて最小限の動きで回避する。だが、伸ばされた刃全てを高熱の炎が纏い始めその勢いを増していく。

「面白い使い方だな。踵以来、俺を楽しませてくれる奴はいないと思ってたんだがなぁ、いいねー向坂 恵!」

「私の愛すべき人を消した貴様は、必ずこの手で葬り去る!」

「砕けろ」

 レイピアが砕け散り炎の渦が大きな障壁となって目の前一体に燃え盛る。

 そして巨大な炎をかき消すように急傾斜した氷壁が姿を見せ、宙へと飛び回避するが氷の形成が角度を変え、追尾してくる。

「消えろ」

「チェックメイトですよ蘭木君」

 背後に直径五十メートルほどの球体をした巨大な岩が出現し、真っ逆さまに降下してくる。

「期待外れだ」

 俺は回転による遠心力を乗せそのままの勢いで岩へと拳を突き当てる。

 その瞬間バコっと岩が真二つに割れ、次第に内側から爆発する要領で砕け飛ぶ。

「行け!」

 支配により砕けた岩が地上に降り注ぐ流星群のように向坂を襲う。そしてその大群に紛れ込み向坂へと近づいた後、勢いよく顔を鷲掴み地面へと叩きつける。

「これが実力の差だ。吸収、保存した事象を再現、または事象の要素を吸収、再現出来る。これがお前の力のカラクリだ」

「私は貴様を———-」

「黙れよ」

 俺は再度力強く向坂の頭を地面に叩きつける。

「茜のことがそんなに好きだったのか、あいつは良いコマだったよ、はっはっはっはっは」

「貴様ーーー‼︎」

「誰も俺を止められない・・・」

「貴様は一体何なのだ」

 俺は向坂の顔から手を離し、垂れた髪をかき上げる。

「破壊者、この腐った世界をぶっ壊す‼︎」

 放った圧により大気が揺れ、俺を中心とした地面が湾曲に沈む。

「かっ!」

 向坂の声にもならない微かな苦しみの音が耳へ届いたと同時に存在を消滅させる支配と拒絶をかける。

「少し手加減しすぎたな。新たなギフトを試すのを忘れていた。まぁそれは次の機会だ」

 次は雨乃と楽羅だ。消滅させる前に別れの挨拶をしておかないとな。

 だがまぁ、探す必要はなさそうだ。

「止まれ!はっは危ねぇーな。俺を時の狭間に送るつもりか?楽羅」

 俺は斜め左下へと視線を落とし見つめる。

「どうして、何で分かったのよ!」

「所詮はギフト、俺の目は欺けない。二人まとめて消されに来たか」

「どうも〜」

 いつもと変わらない笑顔を見せる雨乃。

「天月、どうして、どうして裏切るのよ。私はあんたに振られてショックだったけど、それでも私はあんたを信用してた」

「裏切り?甘いんだよどいつもこいつも!いいか、この世界はクソだ。いいや、この世界だけじゃない。存在しているあらゆる世界はいつか俺を拒絶する。なら、そんな世界は滅んで終えばいい。だからこの手で破壊するんだよ」

 何だその目は、雨乃・・・俺のことを哀れむような見下した目が気に食わない。

「言いたいことがあるなら言えよ」

「醜いよ天月君」

 次第にポツポツと季節的には少し冷たい雨が地上に降り始める。

「何だと」

「天月君、天月君はね、私がこの世界に来て初めて信頼出来た人なんだよ」

「どうにも引っ掛かる言い方だな。この世界に来て?じゃあお前は元々どこの世界にいたって言うんだ」

 雨乃の普段は常におろした状態の前髪をかきあげ見せられた額には、星のマークが刻み込まれていた。

「私の故郷は聖域、魔界とこの世界との間に存在する世界。この印は力を抑えるためのものだよ」

「聖域の住人がこの世界に何のようだ。そんなお前がなぜ俺なんかに興味を示す」

「戦争が嫌になって逃げてきたんだ〜、だけどこの世界の人たちは聖域の住人以上に欲深くて、深い闇を抱えてることを知った。私もさ、こんな自分を偽る性格だけど、こんな性格じゃなきゃどうにかなりそうだったんだよ。天月君は、私と同じように自分を偽ることでしか自分を保っていられない。そんな君だからこそ、私は心を許すことが出来たんだよ」

「要するに俺が弱いと、そういうことか?」

 雨乃は俺の顔スレスレに自分の顔を近づけてささやかに笑う。

「少なくとも今の天月君はね。以前の天月君は信念を持って突き進んでいるように見えていたんだ〜。だけど今は違う、ただ恐怖を認めたくないために全てを破壊しようとしてる様に私には見えるよ」

 恐怖?この俺が、ありえない。俺は恐怖を与える側だ。こいつの話には付き合ってられない終わらせよう。

「もうどうでもいい。消えてくれ」

 その瞬間何もない空間から黄金色に輝く光が差し込む。

「私は帰るよ。聖域で浄化すればここでの制約は全て解除されるからね。いつか私のところまで破壊の手が届いた時にまた会おうよ。その時は精一杯答えてあげる。だけど私は、天月君の寂しさを埋めてくれる存在がまた現れてくれることを願ってるよ。じゃあーね!」

 光の中へと消えていく雨乃、次第にその光は消え冷ややかな感覚と雨の匂いだけが神経をくすぐった。

「怖い?寂しい?何だそれは、そんな感情あるわけがない」

「天月、私は————-」

「うるさい、消えろー!」

 何かを言おうとしていた楽羅の言葉を遮り、存在を消滅させる。

 俺は大粒の雨に打たれながら顔を上に向けてただその場で立ち尽くす。

「・・・よし」

 とりあえずまずは有格者と卒業に関する制約を何とかしないとな。

 プリメラの支配と拒絶の力だけではどうしようもないが、今はユグドラ アフキスの目、そしてヴィステ カルーチェの手がある。

 まずはプリメラの力で制約の消滅を試みながらアフキスの目でその隙を潜り抜けていく。そして最後に生じた綻びをカルーチェの手により改変させる。

 俺はそうして支配と拒絶、回避の目で制約の綻びを生じさせた後、手によって卒業した未来、神格者になった未来へと改変することに成功する。

 手による改変は未来を見通せる目とは異なり、例え目がなくとも明確な目標をイメージさえすれば行使出来る。

「ふぅーー、これで俺を縛る物は全て消え失せた」

 神格者による三つの権利は俺一人では行使出来ないため既にないも同然だが、卒業だけは自力で達成出来たためよしとするか。

「じゃあな冥王学園・・・消えろ」

 雨が止み差し込む太陽に照らされ蒸発してゆく校舎とその他の生徒たち、後戻りは出来ない。俺は、破壊者としての道を歩き出した。

 それから俺は地球上様々な土地へと赴き、大規模な破壊活動を日に日に繰り返した。流石に地球という巨大な存在を一度に破壊することは俺といえど不可能、面倒だがこうして地道に消してゆくしか方法はない。

 それにしても変だな。学園消滅から既に一週間が経過しようとしているが、一向にプリメラはおろか冥府の使いさえ送られて来ない。

 そして一ヶ月が経ち、日本を含め西側に位置する国の破壊はほぼ完了し、俺は今アメリカのロサンゼルスにいる。

「その光、俺が奪ってやるよ」

 夜の暗闇の中、ギラつくほど眩しい光を放つロサンゼルスの街は見違えるほどにその光を失い、僅か数分の内にほとんどが荒地と化す。

 俺はその変わり果てた姿を高い位置から見下ろす。

 姿を言うなら俺も変わった。黒髪は長く伸び、季節感なく真っ白なコートを纏っている。

 闇を抱き、全てを破壊し尽くすという思いが込められている。まるで悪のヒーローみたいだ。

「あ、かね・・・・・ゴホッ」

 何を言っているんだ、無意識に心にもない言葉が出てしまった。

 もう少しだ。もう少しでこの苦しみから解放される。

「行くか」

「おやおや、どこへ行かれるのですか?」

 懐かしい、聞き覚えのある声。ついに来たか。

「久しぶりだな、プリメラ」

「随分と変わってしまったものですね。貴方こそ次代の冥王に相応しいと思っていたのですが、踵さんを消してしまったのは間違いでした」

「どういうことだ?」

 踵を消した?あれは単なる偶然によるリンクの食い違いじゃ・・・・・。

「私が初歩的なミスをする筈がないでしょう。魔神化してしまったのは予想外でしたが、結果的に貴方の糧になるという価値のある死を彼は遂げてくれました」

 なるほどな、つまり冥界を自身の姿のままにしたのは意図的に仕組まれていたということか。

「全ては貴方を冥王にするため!ですが、破壊の権化となってしまった以上、貴方にはここで消えてもらうしかありませんね」

「今の俺は、そう簡単に止められない」

「そうでしょうね、アフキスとカルーチェ、そして私の力を有している貴方は、脅威そのもの。ですから、こうしてこのタイミングで貴方の目の前に現れたのです。既に限界でしょう」

「限界?寝ぼけたことを言うなよ、まだまだ破壊はこれから、ゴボッ!」

 何だこれは、真っ白なコートに赤色が滲んでいく。口からは大量の液体と鉄の味、そして次第に視界も悪くなってゆく。

「どうして、何でいきなり——-」

「教えて差し上げましょう。死にゆく、いや、消えゆく些細な贈り物です」

 そうして俺はプリメラに連れられ地上へと降り立つ。

「ゴホッゴホッゴホッ・・・はぁ、はぁ」

「冥府の民は皆、平和を望み、創造するための力を行使します。そしてそれは私の力も例外ではありません。平和を創造するため余計なものを排除する、立派な創造力です。ですが貴方は、力を創造ではなく、破壊のために行使した」

「だから俺も破壊されると?」

「その通りです。創造せし力を破壊のために振りかざす、なんと愚かな所業でしょう。よって力は自身をも破壊し得るものとなります。私はそのためのお手伝いに来たまでです」

 この場を逃れたとしても、俺に未来は訪れないと言うことか。俺は最後の最後まで結局搾取される側で終わるのか・・・んなこと俺は

「絶対に認めない!」

 俺はプリメラへと光の速さで拳を振るう。だが、元から幻影であったかのように煙になって消えてゆく。

「どこに目をつけているのですか?」

 上空を見上げると朝日に照らされ、神秘的に輝きを放つプリメラの姿があった。

「ショーターイム!」

 放った言葉と同時にプリメラは親指と人差し指の音を響かせる。

「めちゃくちゃだな、おい」

 プリメラの上空からは凄まじい迫力と音を発し、太陽らしき燃え盛る球体が落ちてくる。

 実際に日の出は確認出来ているため、これはプリメラによって作り出されたものだ。

「それが落ちたら地球はお終いだな」

「安心してください。これ以上は落ちません。これは貴方と私が戦う舞台です」

 そう言って、地上にいる俺を一瞬にして手元に引き寄せ球体に向けて蹴飛ばす。

「ぐぅぅぅ、あぁぁぁぁぁ!」

 熱い、体が溶けそうだ。

「貴様ー!」

「そう、熱くならずに、どちらにせよ死ぬ運命。貴方には出来るだけ苦しんで貰いますよ」

 あの時、大聖堂でのことを思い出せ、プリメラが纏っていたオーラ、その色、形状、雰囲気。

「行くぞ」

 俺は両手に漆黒のオーラを纏わせる。

 これは以前手にした新しいギフト「模倣」の力。今の俺ならば、プリメラの技を模倣することが出来る。

「ほぉ、それは私の真似ごとですか。面白い、さっさと来なさい!」

 プリメラへ拳を打ち込み、ブロック状になり吹き飛ぶが、瞬時に再生の繰り返し、だが、それはこちらも同じことだ。

「死ね!死ね!死ね!」

 プリメラは別人みたくただただ同じ言葉を連呼しながら俺へと攻撃を繰り出して来る。

 一撃だけでいい、一撃だけ避けることが出来れば、そこから勝利への糸口を導き出せる。

 俺は右目を思い切り血が出るほど開く。

 見極めろ・・・こいつの攻撃を、探るんだ弱点を・・・勝利への鍵はこの目にかかってる。

「ここだ」

 瞬時に再生した後、繰り出される次の攻撃をギリギリでかすりながらも避ける。

「飛べ!」

 攻防の末見出した弱点であるみぞおちの数センチ横へと支配を込めた強烈な一撃を見舞う。

「んあー、いいですねー。痛みとは懐かしい」

 その後プリメラはどす黒い不気味なオーラを大きく全身に纏い、作り出された太陽を黒く染め上げてゆく。

 何も見えない。

「ぐあっ」

 何かに思い切り首を捕まれ、体ごと宙に浮かされる。

 なんて力だ。声が出せない。

「痛かったですよ、天月さん、この私に・・・痛みを与えるなどふざけるな‼︎」

「うぅ、あぁ」

 まずい首が引きちぎれそうだ。どう足掻いてもこの手から逃れることが出来ない。

 その瞬間、鋭利な感覚が首へと伝わり視界が九十度に回転する。

 俺は瞬時に理解した。痛みは感じないが首から下に重みも感じない。おそらく簡単に再生はさせてくれないだろう。ならば、頭が地に着くまでが勝負だ。

 絶対に負けられない。俺はこの世界の全てを破壊し尽くすまでは終われない。ここでこいつを倒さなければそれすら叶わず消えてゆく。

 俺は・・・破壊の果てに消えていく。

「来い!」

 遠くに飛ばされた俺の体が頭を求めて回転しながら飛んでくる。

 こちらへ手を伸ばすプリメラの首元に今までにない強烈な蹴りによる一撃を入れる。

「う、あーーー・・・二度目ですよ‼︎」

 再度俺へと手を伸ばそうとしたところで口を開く。

「消えろ」

 作り出された太陽は一瞬にして消えていく。

「ほぉ、予想以上ですよ。まさかここまで私を楽しませてくれるとは思いませんでした。ですが、それもここまでのようです」

「勝負はここから———ゴフッ、ガァーーー」

 俺は地面に膝をつき、手をついた状態で俯く。

 プリメラの他、もう一人の気配がする。そいつは上空から降りて来ると、俺の前へと立つ。

 今は顔を伏せているため、誰なのか確認出来ないが、誰であろうと破壊するまでだ。

「なかなかのタイミングですね。後は貴方に任せます。終わらせなさい」

 俺は立ち上がり、側に立つ者の顔をありったけの力を込めて睨み上げる。

「きえ・・・・・・」

 顔は青白く、胸部には緑色の円を中心に植物の根のような物が張り巡らされている。変わり果てた姿、俺の知っている何もかもが変わってしまっている。だが、ふと俺の心臓がトクンッと鼓動を打つ。

「・・・・・カイト?」

 不意に漏れたその言葉は、何の確証もなく出てきたもの。だが、確信できる何かを俺は感じ取った。

「誰だお前?」

「カイ————-」

 再び名前を呼ぼうとしたその時、腹部に激痛が走る。

「うぐっ!」

 なんて重たい一撃だ。

 息つく暇もなく右のフックが顔めがけて飛んでくるが、二発目は左腕で防御する。そこからこちらも攻撃を放とうとするが、攻撃への一歩が踏み出せない。

 何でだ、俺は散々破壊してきた筈だ・・・今更一人や二人手にかけたところで何も感じない筈。愛する人をも手にかけ、俺の心は死んだんだ。

 次に繰り出された回転蹴りをもろに喰らい、体勢を崩した隙に首を捕まれ、地面へと押し込められる。

「クッソ!」

 なんて力だ。先程のプリメラに引けを取らないほどの強さ。

 俺はカイトの手を力強く握ると、首から引き剥がしその手を掴んだまま立ち上がる。

「プリメラー!お前、カイトに一体何をした」

「貴方と同じように心臓を与えただけですよ。ですが、心臓二つは負担が大きすぎたようですね、自我が消えてしまいました。まさに私の操り人形ですよ」

「お前・・・殺してやる‼︎」

「不可能ですよ。ふっふっふ」

 カイトの腕を握りしめている手に更に力が込められる。

「ですが、結果的にカイトさんの命を救ってあげたのですからむしろ感謝してほしいくらいですね」

「お前の心臓は一つでも別人格になる。二つ与えるなんて何考えてんだ」

「貴方と同じステージに上げるためには仕方のなかったことなのです。私と貴方が初めて出会った時のことを覚えていますか?」

 初めて出会った日・・・よく覚えている。カラオケの駐車場でのことだ。俺たちがクソみたいな連中に人生を狂わされた日。

「当たり前だ」

「貴方はあの時、あの場所に行かなければと後悔していると思いますが、それは大きな間違いです。貴方はどの道私に心臓を埋め込まれる運命でした」

 何を言ってる?運命・・・俺がカイトを巻き込んだのか?

「どういうことだ?」

 既にカイトは動きを止めており、腕を掴む手から力が徐々に抜けていく。

「あの時カイトさんと貴方を襲った連中は、私が使役していた人形たちです。黒い心臓は少々特別物でして、私の意思と心の底からの怒りが必要だったのです。つまりどの道カイトさんにはトリガーになってもらう予定でした」

 俺はプリメラへと飛びかかり、互いの腕がぶつかり合い交差して拮抗した状態となる。周囲にはビシビシとその衝撃が蔓延していき、凄まじい砂煙が舞っていく。

「落ち着いてくださいよ。話はまだ途中なんですから・・・」

 俺は一度攻撃を止め、再びプリメラの言葉に耳を傾ける。

「ですが私は考えました。貴方には善の心も強くあれば、悪の心もより濃く存在している。もし、悪の心が先行して破壊をし尽くす権化に成り果てたのなら冥王どころではありません。ですので、カイトさんにも黒い心臓と同等の力を授けることにしたのです。そしてカイトさんは私の秘密兵器として秘密裏に育てていきました」

 つまり、プリメラの読み通り俺が破壊の権化と成り果てた今、冥王の資格を持つのはカイトというわけか。皮肉な話だ。俺はカイトの分まで世界を掴むため冥王になり、全てを支配する理想を抱き続けてきた。だが俺は現実に絶望し、破壊の権化と成り果てた。そして死んだ筈のカイトが冥王。

「何だよそれ」

 全てプリメラの掌の上で転がされていただけ・・・俺の存在は一体何だったんだろう。こうなってしまった以上、カイトの代わりに冥王になることすら出来ない。

 雨乃の言っていた通り、醜く、惨めだ。

「ようやく理解したようですね。では、改めて貴方には消えてもらいましょう」

 プリメラの言葉に反応したカイトが動きを再開させる。

「カイト・・・」

 俺はカイトへと視線を向ける。

 俺はもうお前の運命を変えてやることも支えてやることも出来ないが、お前を取り戻さずに俺はまだ終われない。

 カイトは全身に炎のようなギラギラと沸る真っ赤なオーラを纏い始めると同時に、身体中から飛び出した植物の根っこのような物が地中へと潜り込んでゆく。次第に放たれるオーラは周囲の岩を溶かし始め、凄まじい熱気を放ち始める。更にそのような極悪の環境の中草木が生い茂り始め、俺の体から力がもの凄い勢いで抜けてゆく。

 だが、これでいい。俺の破壊はここまでだ。

「うわぁーーーーー‼︎」

 カイトの雄叫びが大気を震わせ、ありったけの力を込めた一撃が俺の胸を心臓ごと貫通させる。

「グハッー!」

 三度目の光景。

 俺の体を貫通した瞬間、留まりきらなかった炎の力が周囲の植物を全て燃やす勢いで一気に広がっていく。

「ガハッ・・・・・生きててくれて・・・本当に良かった」

 俺はゆっくりと下げていた顔を上げてカイトへと視線を向ける。

 足へと完全に力が入らなくなったところで膝が地面へと付き、同時に貫通したカイトの腕も抜けていく。

「天月・・・なのか?」

 俺はだんだんと言うことを聞かなくなる体に力を込めて、ゆっくりと見上げる。

「おせぇーよ、バカ」

「俺がやったのか・・・?」

「お前じゃない、俺だよ」

 俺は周囲を見渡しながらそう言う。

「そうじゃねーよ、お前の胸に穴開けたのは俺なのかって聞いてんだよ!」

「どの道消える運命だ、お前のせいじゃない」

 カイトも俺と同じように膝を付き座り込む。

「何が運————」

「覚えてるか?カイト、いつか俺に言ってくれたよな。少しはお前らしくいてもこの世界は変わらないってな・・・・・変わっちまったよ、世界は」

 そして俺の体は小さな破片が剥がれ落ちてゆくかのように崩壊し始める。

 それと同時に空から大量の光が地上へと降り注ぎ始め、俺による破壊の再生を始める。

「素晴らしい・・・仕組みは分かりませんが、貴方が破壊されることで世界が再生を始めています。もしかして天月さん貴方は・・・いえ、全ては再生が終わった後に分かることですね」

「カイト・・・お前は俺みたくなるなよ。支配なんて考えるな、お前の側にいてやれないけど、命を無駄にしないようにな・・・最後に会えてよかった」

 そう言って俺は地へと横たわり、掠れゆく意識の中自らの死を受け止める。恐怖はない、むしろようやくだ。今なら分かる、雨乃の言っていたことは全て正しかったと、俺は孤独に恐怖を抱いていた。カイトが生きていると分かって涙が出そうになった、だから茜を愛せる心が残っていた。茜・・・茜、もう一度会えるのなら謝りたい。

「行きますよカイトさん、これ以上現世に用はありません」

「天月、ごめん、ごめん、ごめん!俺もお前と会えて良かった、死ぬな、死ぬな天月!待ってくれプリメラ、やっと会えたんだ・・・天月を助けてくれ」

 カイト、見た目はお互い随分変わっちまったけど、お前は相変わらずお人好しだな。じゃあな、俺の親友。

「天—————」

 声が止み、炎が沸る音だけが耳へと届く。

 俺は力を込めて、何とか立ち上がる。

「何だこれ?」

 止まらない、止まらない。視界が歪み、頬を滴り落ちてゆく。

「これが茜の見た未来か・・・・・」

 炎の海に包まれ、一人佇み涙を零す。

 次第に炎は消えて再生が始まる。

 一瞬目線の先、いる筈のない人の姿が見えた。

 俺は涙を拭い、目を凝らす。

「・・・何で」

 俺が過去に切り捨てた二人の姿。

「雪目・・・・・さん、茜?」

 どうして茜が、時の狭間にいた筈じゃ?それに何で雪目さんがこんなところに、破壊に巻き込まれなかったのか?

「雨乃 桜、天月君はもう知ってるよね彼女が聖域の住人だってこと」

 何で雪目さんの口から聖域なんて言葉が出てくる。彼女は普通の人間じゃなかったのか。

「桜と私は現世で言うところの姉妹の関係なの。雨乃と雪目は、関連する文字を付けて現世で暮らすための名前。同じ名前でも良かったんだけど、それだともし聖域からの使いが来てしまった時に色々と不都合が起きてしまうから」

「笑える話だ」

 今更だが、倉敷という男と雨乃が幼馴染と言うのは、嘘。いや、因果の力、そして有格者の力を持ってして操作していたということか。

「空と桜、どちらも晴れやかな平和を意味する言葉、誰よりも平和を好んだ両親が付けてくれた大切な名前。私はその思いを無駄にしたくない。だから本当ならここで天月君に手を差し伸べるべきじゃないことは分かってるの。だけど・・・この思いはきっと永遠だと思う」

 すると隣でやり取りを見ていた茜が口を開く。

「罪な人ね」

 そう言って、俺の顔へと平手打ちが飛んでくる。

「貴方には五月のことも含めて色々と感謝しているけれど、世界を破壊することが貴方のやりたかったことなの?」

「俺は、こういう人間なんだよ」

「違う!貴方は、何を考えているのか分からない人だけれど、紛れもなく私の愛した人よ。優しい人」

「ふっはっはっはっはっは」

「何がおかしいの?」

「優しいなんていつぶりに言われたかな、懐かしすぎて笑わずにはいられなかった」

「天月君のそんな笑顔、久しぶりに見た。あの時と変わってないね」

 雪目さんには悪いが、それはない。明らかに俺は変わってしまった。

 そろそろ体の崩壊が半分に差し掛かる。

「天月君を死なせはしない」

「何言って———-」

「夢冬見さんを時の狭間から救い出したのは私なの」

 何となくそうじゃないかという予想はついていた。だが、それとこの崩壊を止められるのは別の話だ。それに、俺の崩壊を止めてしまったら、おそらく再生も止まってしまう。

「私と桜は聖域における姉妹巫女。桜も天月君の死は望んでいないわよ。私たちの力は生の恩恵」

「生の恩恵?」

「生を促し、与える力。つまり、あらゆる世界の摂理に反する力。この力を持って、夢冬見さんの止まっていた生の流れを促したの。そして天月君には生を与える」

 雪目さんは俺の穴の空いている胸にそっと手の平をかざす。そしてまるで極上の湯船に浸かっているかのような感覚に陥り始める。

「うお!」

 次第に胸の穴は塞がり、崩壊した体も再生を始める。やはり今度は環境の再生は逆流を見せ始める。

「分かってるのか?俺を助けるってことは、この世界を見捨てるってことだ」

「これが私、いえ、私たちが導き出した答えよ」

 俺は今まで孤独だと思っていたが、思ってくれる者たちもいるんだな。その想いだけで十分だ。

 有格者の力は、学園を消滅させたことによりリセットは起きなくなったが、まだ一回分残っている。

 たいてい過去を改変して行うのがフィクションなどでは通例だが、未来でもそれは可能だ。

「ありがとな空、茜」

 俺は二人に優しい眼差しを向ける。そしてそれに応えるように二人も優しく笑いかけてくる。

 最後の一回、失敗は出来ないな。

 未来というものは無限と言えるほどの無数の可能性が広がっている。ある筈だ・・・俺が存在しない未来が、再生が起きている今、存在しない未来へ変えるということは、俺の存在が全ての世界からなくなるということだ。

「・・・良かった」

 俺は最後の一回を行使する。

 次第に俺の体が再び崩壊を始め、環境の再生が起きる。

「どういうこと?」

「天月君、貴方・・・手を使ったの?」

「手って何?巫女の力はすぐには繰り返し使えない。どうしたらいいの?」

 明らかな動揺を見せる空を茜が優しく牽制する。

「これが彼の答えってことよ。私たちはどうしようも出来ないわ」

「そんな・・・・・」

「最後まで勝手でごめんな」

「本当よ・・・バカ」

「俺のせいなんだ、俺がケジメを付けなくちゃ」

「それでも私は、天月君がいない世界なんて嫌だよ」

 先程まで巫女と名乗るだけの風格を醸し出していた空だが、その目には大量の涙が浮かんでいる。

「こんな俺のことを愛してくれてありがとな・・・俺のことは忘れて新しい世界で生きてくれ」

「忘れるなんて出来るわけないでしょ!」

「大丈夫、俺のことは忘れるよ。だからせめて笑顔で終わらせてくれよ」

 二人の目からは次々と溢れ出す涙が流れてゆく。そして、俺の目からもポロポロと零れ落ちてゆく。

 本当に今日の俺はよく泣く。手で涙を払い、二人に向けて昔を思い出すかのように笑顔を向ける。心臓が消えたせいか不思議と気分が晴れてゆく。

「素敵な女性になって、素敵な恋をして、幸せになってほしい。心の底からそう願ってる」

 空と茜は涙を何とか堪えて、俺へと抱きついてくる。

「天月君、私幸せになるよ・・・でもやっぱり無理かもしれない。だって天月君のことが大好きだから」

「私は、世界で唯一愛した貴方を決して忘れたりしない。抗えない力、そんなの知らない!私は今も、そしてこの先も天月君のことを愛してる!」

 まったく、締まらないな。

「茜、ごめんな」

 俺は抱きつく二人を精一杯の思いを伝える気持ちで抱き寄せる。

「愛してる。俺のことは、忘れてくれ———-」

 次第に言葉が聞こえなくなり、雪目と夢冬見を抱きしめていた両腕も消え、天月の存在は、全ての世界から消滅した。

 しかし、天月の最後の言葉とその温もりは彼女たちに残り続けた。

「天月君・・・私は・・・・・やだ、やだよ、思い出せない。君は誰?私は何で泣いているの?」

「私も何で泣いているのかしら?こんなことこれまでに一度もなかった筈なのに・・・だけど、胸の奥に残るこの気持ち、とても落ち着くわ」

 記憶は次第に消え始める。しかし、胸に秘めた思いは残り続ける。なんて悲しい結末か、それともその思いに誇りを持つか。それは彼女たちにしか分からない。

「前を向いて生きましょう!この思いをくれた人のためにも」

「夢冬見さんの言う通り、前を向かないとダメだよね。私もこの思いを一生大切にしようと思う」

「雪目さん、貴方ともまた会えるかしら?」

「会える絶対にね。この世界が元通りになるまで、私の家に来る?良ければだけど」

「お邪魔させてもらおうかしら」

 そうして雪目と夢冬見の二人はともに聖域へと姿を消していった。

 

 世界は冥王の不在によりそのバランスが崩れ始めた。しかし、蘭木 天月の破壊によってその再生も含めたバランスの崩壊までも再生し、十年後の今、新たな冥王により全ての世界のバランスは保たれている。

 各地での小さな争いは常に起こり続けているが、聖域での戦争は多数の死者を出しながらも終結を迎えた。

 天月が破壊した全ての人たちは、再生により生を取り戻した地球での平和な日々を送っている。その中には、目春、楽羅の姿もあった。

 また、死んだ筈の踵の姿もあり数人の家族に囲まれ裕福に幸せな日々を送っている。

 夢冬見は天月の消滅後聖域へと足を踏み入れた後、空と桜の姉妹巫女を支える立場となり聖域の住人としてその生をまっとうしている。

 

 六、冥界

 

 

 冥界 冥王の姿

 中央界ビラマンテ 冥王城

 

 巨大な柱が一列に立ち並ぶ通路を歩く二名の姿。

「もうあれから十年ですか、早いものですね」

「そうだな、この胸にある結晶の色も随分と変わったしな」

「まるで黒い心臓だと勘違いしてしまいそうですね。貴方に与えたのは緑と赤い心臓だというのに・・・おや?以前誰かに黒い心臓を与えたことがあるような言い回しですね、私としたことが」

 男は自身の胸に手を当て、何かを思い出すような表情を浮かべる。

「黒い心臓か、俺には受け止めきれないな。もしあいつがここにいたら、冥界はどんな風に変化を見せていただろうか・・・あいつ?」

「先程から何かを忘れているような感覚に陥るのはどうしてでしょう?」

 天月の消滅により破壊の再生だけではなく、冥王の消失で傾きかけていた世界のバランスをも再生した。

 天月の存在は二人の心の奥底に薄らとだが、残っている。

「確かにいた筈なんだ。俺ではなく、世界を救った冥王が」

「何を言っているのかさっぱりですが、カイトさん、貴方も今では世界のバランスを担う冥王ではありませんか。正確には、まだ正式な冥王ではありませんが」

 プリメラとカイトは冥王誕生を全ての民に知らしめるため、その会場となる冥王の間へと向かっている。

「それにしても結局、お前たちが作った学園はどれだけの可能性があったんだ?」

「もしかして学園は必要なかったと、そう思っているのですか?」

「結論そうだな。平和を愛する民の割に無駄な犠牲を払っただけじゃないか」

 プリメラはその発言を否定するように両手を上げ、顔を左右に振る。

「いえいえ、見込みのある者はかなりいました。神格者になる者まで出て来たのですから」

「なぁ、その神格者になれば冥王の資格があるのは理解できるんだが、前に聞いた教室の真髄を揃えることでも資格があるのはどうしてだ?」

 プリメラは一度足を止め、様々な色が混じり合う夜空に浮かぶ真っ赤な月へと視線を向ける。

「カイトさん、貴方は冥王とは何か分かりますか?」

「過去、現在、そして未来と全ての時を手の平で転がし、全ての世界のバランスを常に均衡に創造し続ける存在。その上で、新たな創造物を冥界へと授ける者、だろ?」

「そうです。そして真髄は世界のバランスに寄与するもの・・・未来が運命であり、運命を受け入れ、時の赴くままに身を委ねることで真実となります。過去は真実であり、真実を運命であると受け入れる強い心を持ち、前を向いて歩くことこそが私たちが求めていた教室の真髄です」

 つまり、未来や過去を知りながらそれらを受け入れて改変することなく皆で協力して生きてゆくことが冥王へのカギだったということ。しかし、それでは過去、現在、未来を操ることと矛盾してしまうように思えるが、冥王とはそれらの矛盾を逸脱し、一つの存在として生を成す者のことを言う。

「ですからやはりあの方は素晴らしかった・・・・・未来は運命、破壊者となることで本来あるべき姿に世界が戻るのなら、真実と言えます」

 学園での手段として真髄によってバランスを創造出来る素質が試されていたが、バランスの創造は決して真髄だけには限られない。

 しかし天月は力を行使した上、雪目から伸ばされた救いの手を改変により拒絶し、自身の運命を真実として全てのバランスを創造した。

「確かに仕組みとしては学園は意味あるものだったのかもな。なぁ、プリメラ」

「何ですか?」

「どうしても思い出せないんだ・・・あいつを、大切な存在だった筈なのに・・・」

 カイトはプリメラに背を向けたままそう語る。

「私もです」

「・・・そうか」

 カイトは短くそう答え、歩き出す。そしてプリメラもそれに続く。

「着きました。心の準備はよろしいですか?」

「開けてくれ」

 門が開かれたその先には、こちらに背を向けて佇む玉座と、前方に連なる列が見えなくなるほどの冥府の民の姿がある。

 カイトは玉座へと座る。

 死神たちは目の前でカイトへとこうべをたれ、統率者であるノワール、ユグドラ、ヴィステの三名は玉座の背後へと立つ。

 統率者であるユグドラが口を開き、民へと言葉を告げる。

「初代冥王は我ら冥界の統率者を作り出し!」

 次にヴィステが言葉を紡ぐ。

「二代目冥王は騎士となる十五の死神を創造した!」

 最後にプリメラの言葉が送られる。

「そしてここに有せられる緑馬 カイトさんは冥界に我らの王国を創造しました・・・皆こうべをたれひれ伏しなさい!このお方こそ、我らの王!三代目冥王の誕生です‼︎」

 一斉に冥府の民による巨大な声援がカイトへと送られる。

 待ち侘びた冥王の誕生、その悲願がようやく叶った瞬間。感情の爆発の嵐が巻き起こる。

「静粛に!ではこれより新冥王様より我ら民にお言葉を頂戴したいと思う」

 ヴィステの言葉で一体が静まり返り、カイトへとバトンが渡される。

「三代目冥王緑馬 カイトだ。だが、真の冥王は他にいる!」

 カイトの言葉にざわつき始める多くの民。

「何を言っているのですか、紛れもなく貴方が冥王ですよ」

「プリメラ・・・あいつのことを忘れていたのが嘘のように、今は鮮明にあいつの顔が浮かぶ」

 プリメラへと向けていた視線を前方へと向け直す。

「みんな聞いてくれ、世界のバランスを再生したのは、俺ではなく天月だ!みんなは知らないかもしれないが、天月が真の冥王だ!」

 すると、地上に立つ一人の民が言葉を投げかけてくる。

「例えそれが真実だとしても、俺たちにとっちゃあんたが冥王なんだよ・・・俺たちの冥王はあんたなんだよ!」

「そうだー!しっかりしてくれよ冥王!俺たちの王様なんだろ」

「私たちは冥王様について行くわ!」

 民から民へ意思が伝達していく。

「天月さん・・・」

「プリメラ」

「彼は確かに冥王でした。誰にも気づかれることなく冥王になり、そして消えていったということですか・・・私が黒い心臓を与えたのは間違いではなかったようですね」

 カイトは前方のどこまでも続く地平線を眺めながら涙を流す。

「天月、お前もこんな気持ちだったのか。お前がいない世界、創造して何になる?・・・違うか、お前が残した世界だからこそ創造する価値があるんだな」

 天月はもういない、世界からも人々の記憶からも・・・しかし、彼の意思を継ぐ者たちの心で生き続けている・・・雪目、雨乃、楽羅、目春、夢冬見、そしてカイト。

 思い出さなくていい、いない者を思い出すほど苦しいことはない。

 カイトはその苦しみの中、選択を強いられる。覚悟を決めろ・・・過去を振り返るな。

「確かに天月さんは真の冥王でした。ですが、今民に示すべきはカイトさん、貴方の道です。貴方こそが冥王なのですから」

 プリメラの言葉を受け、カイトの目の色が変わる。

 涙を拭い、真剣な眼差しで民へと言葉を告げる。

「俺は、全ての世界を支配する存在になる!」

「・・・本当に醜いですね、人間は」

 

 カイトの示した道筋は民への道しるべとなる。どんな選択をしようと彼らは冥王を信じて疑わないだろう。カイトが冥王としてどのような道を歩んでゆくのかそれは誰にも分からない・・・・・・

 私たちは彼が天月のようにならないことを祈りましょう。

 

        

            

                                       完結。

 

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