リバーサス〜英雄回帰〜

融合

リバーサス〜英雄回帰〜

 一、継ぐ者

 

 かつて千年前、一人の大魔導士によって太陽と月は元々の世界の軌道から外され新たに誕生したそれぞれの世界の軌道へと移された。その後、象徴の神ファルマスと導きの神ユグレスにより互いの存在を補うためそれぞれの世界に青い太陽と赤い月が与えられた。

 結果として青い太陽の民は涙を失い夜の世界となり、赤い月の民は憤怒を忘れ朝の世界となった。

 そうして魔法も失われた。

 

 俺、楽魔 憂士は今年で十五歳になったため二つの世界の境界空間「亜楽」に位置する中立神王学園への入学が許される。

 学園の目的は神ファルマスとユグレスの後を継ぐ、光輝の権化と月華の巫女を生み出すこと、この二つの存在になった者はそれぞれの世界の神となり万能の力を手に入れられると伝えられている。

 そして魔法が失われた今、それぞれの世界には原初の神になぞらえた力が授けられている。

 青い太陽の世界はファルマス回路、赤い月の世界にはユグレス回路という力だ。

 両世界はこの二つの回路を使い、青い太陽と赤い月からの力を内部に蓄えてあらゆる力を行使する。

 本来なら赤い月の民である俺もユグレス回路を有している筈なんだけど、神に見放されたのか回路を有していない。もしかしたら青い太陽の民なのではと、疑われたりもしたが同様にファルマス回路も有してはいなかった。

 両世界の出産は中立世界である境界空間の亜楽で行われるためたまに赤子を取り違えるという事態が起こり、俺もその内の一人なのではないかと疑われた訳だ。

 俺は世界の創造主である偉大な導きの神ユグレス様の後を継ぐ月華の巫女になることが夢。神は子供たちにとっての憧れの的であり大魔導士から世界を救った救世主なんだ。それなのに回路を有していない俺は学園の入学試験すら突破するのは絶望的。

 でもとりあえず父上である楽魔 業の許可をもらえなければ、試験さえ受けることが出来ない。

「父上、少しよろしいですか?」

「入れ」

 扉の先から聞こえる深い声により一気に緊張が走る。

「失礼します」

「要件は何だ?」

「・・・中立神王学園への入学を許していただけないでしょうか?」

「貴様には無理だ。諦めろ」

「ですが———」

「回路を有していない貴様が何のために学園へ行く?精々私の後を継げるよう勉学や民との親交を深める努力が関の山だろう。話は終わりだ」

 俺の言葉を遮りそう淡々と言葉を並べる父上の視線は終始こちらへ向くことはなかった。

 入学試験まで残り一ヶ月を切ったというのにこのままじゃ俺の人生は一生誰かの手の平の上のままだ。

 一体どうすれば父上を説得出来るのか・・・。

「憂士、落ち込んでいるようだが今回も父上を説得出来たかったみたいだな」

「姉上・・・」

 彼女は楽魔 暁。俺の二つ上の姉だ。

 姉上は俺に対してはとても優しく温厚な性格だけど、外では凛々しく逞しい姿をしている。そして学園における「プリズム」といういわゆる生徒会に属する会長だ。つまりは学園における生徒のトップ。

「相変わらず目すら合わせてもらえませんでした。姉上、一つ聞いてもよろしいですか?」

「何でも聞くといい、私は憂士の家族なのだからな」

 そう言ってそっと優しく微笑みかけてくる姉上は今日も一段と美しい。さらりとした真っ白な髪に青い瞳、まさに才色兼備、俺なんかじゃ一生かかっても手の届かない存在。俺の誇りだ。

「姉上はどうして無力な俺にこんなにも優しくしてくれるのです?」

 静かに伸ばされたその手の平が俺の頬に優しく触れる。

「弟が可愛くない姉などいない。憂士、お前が私を誇りに思っているのと同じくらい私もお前を誇りに思っている。例え力がなくともその志は決して偽りなどではない、自分の意思で夢を持ち常に突き進もうとするお前が可愛くて仕方がない。心から愛しているのだ」

 そう言って手の平は次第に俺の背中へと回り込み強く抱きしめられる。

「俺は姉上の弟になれて本当に幸せ者ですね」

「恥ずかしいが、嬉しいことを言ってくれる。そういえば先程、花夏を見かけたな。あいつもお前のことを心配している、あまり心配させないことだな」

「そうですね、どこへ行ったか分かりますか?」

 俺は屋敷から数キロ離れたヒーラマの森へと足を運んだ。

 ここは比較的獰猛な生物は生息しておらず、温厚な生物の生活場となっているため様々な人が日々訪れている。

「今日もまた食糧採集?」

「憂士おはよう、少しでも仕事の手伝いになればと思ってね」

「向こうの世界との関係も良好なんだしあまり無理しないようにな。花夏はあまり体が強くないんだからさ」

 青い太陽の世界とこちらの世界はお互いに協力関係にある。青い太陽の世界では食糧が育たないためこちらは食糧を主に提供しており、赤い月の世界は水分が枯渇しているためパイプを繋ぎ水分を供給している。この関係は最早両世界にとっては命綱のようなもの、もし断ち切られてしまえば一気に衰退してしまうことになるだろう。まぁ、戦争でも起きない限りこの関係が切れる心配はまずない。

「憂士は何しにきたのー?あっ、もしかして私に会いに来てくれたとか?」

「ばっ、おまっ、そそそんな訳ないだろ!」

「そんなに慌てて否定されるとなんか傷つくー」

 言葉とは対照的に多少の笑みを浮かべる。

「言ってろ」

「ねぇ憂士、お父さんには許してもらえたんだよね?」

 先程の笑顔とは打って変わり、不安そうな表情をこちらへと向けてくる。

「それが・・・」

「えっまだなの?どうするのよ!学園の入学試験ってもうすぐなんでしょ?大丈夫なの?」

「正直厳しい、父上の俺に対する興味はないも同然だからね」

「だけど憂士のお父さんは憂士を当主にしようと———」

 俺は花夏の言葉を遮り、感情のままに言葉を吐く。

「分かったような口を聞かないでくれよ!父上は、俺に一ミリたりとも期待なんかしてないんだ」

 なぜか俺は、憤怒を忘れたこの世界で憤怒を持つことが許されているらしい。

 父上は情けをかけているだけであり、当主の座には学園卒業後に姉さんがつくことになるだろう。

 しかし少し言い過ぎてしまった。花夏は俺を心配してくれているだけなのに。

「ごめん、私———-」

「謝るのは俺の方だ。花夏には俺のことで心配をかけたくないんだよ。とりあえずこの話は終わりにしない?」

 多少不満気は残っているものの、この場は俺の提案を呑み次の話題へとシフトする。

「そういば知ってる?俺はこの森に来るのはこれで二回目なんだ」

「私はほぼ毎日のように来てるけどなー、あっそうだ私たちが初めて来た時のこと覚えてる?」

 花夏は膝についた土を払って落とすと、俺と共に歩き出す。

「そりゃあね、あの時もこんな感じの大きな湖があってさ、同じように俺たちを呼ぶ声がしてたよね」

 俺たちが初めてヒーラマの森を訪れたのは六歳の頃だ。森に生きる美しい植物や動物に目を奪われながら奥へと進んでいくと、赤い月の世界とは思えないほど広大な水の宝庫に辿り着いた。そしてどこからともなく知らない言葉を放ち誘うような声がしてきたのを今でも鮮明に覚えている。

 俺は当時の情景をあの時と同じ環境に置かれることで黄昏れるように思い出す。

 しかしあの時と唯一違う点は言葉の意味をはっきりと理解していることだ。昔の俺はこの現象が何かオカルトの類だと思い一目散に逃げてしまったが、日々の積み重ねによる知識を身に付けたことで言葉に込められた意味を感じることが出来る。

「ねぇ憂士、やっぱり私には何も聞こえないし、湖なんてどこにもないわよ・・・気のせいじゃないの?」

 そんな訳はない、俺にははっきり見えているし聞こえている。なぜならこの言葉は魔法書に出てくる言葉の一つ、「カーシア」意味は、私はここだ。

 魔法書の言葉が意味もなく聞こえてくるとは到底思えない。

「悪い花夏、先に戻ってほしい。俺はこの声が一体何なのか突き止めてくるよ」

「待って憂士、待ってよ!一人で行ったら危ないよ」

 次第に花夏の俺に投げかけてくる言葉は聞こえなくなり、振り返ると姿もなかった。

 気が付くと相当森の中を進んだのか湖の姿は跡形もなく消え、そこら中に光り輝く小さな粒が浮いている。

「何だこれ?」

 人差し指で軽く触れると光の粒は指先から俺の体内へと入ってゆき、体の底から心地よい熱さがみなぎると同時に自信に満ち溢れていくような感覚に陥る。

『この時代に魔力を持てる者がいるとは、嬉しい誤算だ』

「一体誰なんですか?何で俺にしか声が聞こえないんですか?」

『こちらへ来るといい』

 声と同時に体が勝手に空中を移動していく。

 まるで————-。

 再び身動きが取れるようになり辺りを見回すと、腰ほどある植物が生い茂る中、一点のみ植物が干渉していない場所に横たわる何かが確認出来た。

「これは・・・えっ!」

 俺は思わず言葉を失い後退り尻餅をつく。

「な、な、なんで、なんで骸骨がこんな場所に・・・」

 そこには約半径一メートルほどの円内に胸に両手を当てて姿勢よく横たわる骸骨の姿があった。

『私の骨だ』

「は?」

『死の直前、肉体と意識を切り離し、こうして回路をプロテクトしておいたのだ。ようやく私の努力が身を結ぶ』

 回路をプロテクト?どう見てもただの骨じゃないか。

「俺にも分かるように説明してくれませんか?」

『魔法が失われた今の世界でもファルマスとユグレスによって新たな回路が存在している筈だ。そして回路は肉体ではなく骨の内に存在している。つまり私は、自身の骨をプロテクトすることにより魔力回路を保存しておいたのだ』

 魔法、遠い昔に失われた古代の力か。

「あの骸骨さん、魔法が失われた世界で魔力回路を保存する意味があるんですか?」

『私の回路の存在理由?愚問だな、それを君が聞くとは、無知ゆえの愚かさか』

 声だけのくせしてなんて生意気な人だ。そもそもこの人は一体誰なんだ。

「そういえば、まだ貴方が誰なのか聞いてませんけど」

『失礼したね。私は』

 声の主はそう切り出すと、どこか高らかに言葉を継ぐんだ。

『世界を分けた張本人、元大魔導士スクエア・ミキセルだ』

 その瞬間胸の底から不愉快な思いが込み上げてくる。

「貴方が、貴方のせいで・・・・・二人の神様がいなかったら今頃世界は滅びていたかもしれないんですよ!よく俺を、この場所に呼べましたね」

『悪かったと思っている。だが、ああする他手段がなかった』

「手段?何言ってるんですか?」

『元々一つだったこの世界は自然のマナで溢れていた。マナは様々な力で応用できるが、そのほとんどが魔法への行使に使われていた時代、戦争によりいつしか膨れ上がった魔力の残滓は大気を通じてこの星の命綱である太陽と月へと蓄積されていったのだ』

 俺は自身の常識が根底から覆されていく感覚に都度襲われながら、ただただスクエアの話に耳を傾けることしか出来なかった。

『磁石というものが同じ極では反発するのと同じく、魔力という本来なら生命体の内に秘められるべき力が太陽と月に蓄積された結果、いずれ互いの存在を打ち消し合い全てが消えてなくなってしまうのを防ぐため、私は無理矢理二つの星を軌道から外し、かつて親友だった二人の者の力を借りて二つの世界を作ったのだ』

 スクエアが言うには青い太陽と赤い月が存在する理由は、世界が別れたことによって生じた犠牲だと。二つになった世界は不完全なものとなり、それは世界に生きる生命体も例外ではない。

 世界の軌道を支えるだけの役割を持つ青と赤の惑星は、犠牲によって亡くした主たる悲しみと怒りの感情が包含されているためにその色を象徴するものとなっていると、スクエアは言う。

 何かを得るためには何かを犠牲にしなくちゃならない。

「嘘・・・だ」

『真実だ。魔法を失い、何かしら犠牲を強いることは分かっていた。しかし、不完全であろうと滅びて終えば何一つ残りはしない』

「それは・・・」

『しかしな少年よ、私は信じているのだ。再び魔法が日の目を見る時代が訪れることを・・・世界が一つに戻るその時を』

「魔法がないこの世界で一体どう戻すっていうんですか」

『・・・少年よ、君は不思議な瞳をしているな、とても美しい』

「美しい?こんなのただの呪いですよ」

『右眼の何重にも様々な色の輪が重なった虹のような瞳に、左目の白銀に輝く瞳の中に描かれる螺旋状の模様。呪いではない、それは加護だ』

「加護?」

 俺は今までこの不気味な瞳を周囲からは呪いだと蔑まれてきた。

『加護には大きく分けて二種類ある。継承によるものか、新たに誕生したものかだ。どちらにしても加護を授かった者は無敵の存在への可能性が秘められている。そして左眼の加護は私からの継承による加護だ。恩恵は最強の魔力量を保有することが可能というもの。右眼については新たに誕生した恩恵のようだな』

 気がつくと無意識に頬を伝い零れ落ちてゆく何かが俺の目に大量に浮かんでいた。

「俺にも・・・回路が存在しているんですか?」

 淡い期待・・・スクエアの口から直接この期待を肯定してもらいたい。不安で不安で押し潰れそうなんだ・・・希望の光を照らしてほしい。

『君には魔力回路が存在している。だが、どうやらこの世界のマナの循環は相当に鈍っているようだ。何年も埃を被っている君の回路では今のマナを上手く回路に取り込むことは難しいだろう』

「そんな・・・」

『君の目の前にあるのは何だ?もう、忘れたのか?』

 目の前・・・骸骨?

「もしかして・・・」

 全てがその瞬間繋がった。

 嬉しい誤算、信じていた、無知ゆえの愚かさ、その全てが俺のことを示唆していたのだと。

『私の魔力回路を君に授けよう。君なら私をも超える大魔導士になれる可能性を十分に秘めている』

 そう言って骸骨の額から黒く輝く光の粒が宙に浮かび上がり、俺の胸へと飛び込んで来た。

「何も起きない?」

『当然だ。与えた回路の種は君の研鑽、時とともに次第に立派な回路へと成長していくのだ。そして私の魔力回路に記憶された魔法も次第に使えるようになるだろう』

 すると先程までしっかりと形を保っていた骸骨は次第に崩れて灰と化し、風に吹かれて舞っていく。

『どうやら君には湖が見えているらしいな』

「えっ、今消えた筈じゃ?」

『君は勉学においては優秀なようだが、どこか抜けている。私の意識と肉体は最早別物だ。君と私はいわば意識の共有体』

「えぇ!共有体って・・・湖ってあの湖のこと?」

 俺は後方にあだろう巨大な水の宝庫へ視線を向ける。

『あれは水ではなく、マナの集合体だ。空気中に浮いている粒子状のものが私の回路に釣られて集まったのだろう』

 だから魔力回路を持たない花夏には見えていなかったのか。

『それと君には言っておくことがある。私は一年後に消えてしまう』

「消えるって・・・」

『私の意識は自身の魔力回路の力により可能としているものだ。君に与えた魔力回路が完璧に育つ時が一年後であり、そうなれば私の回路は正真正銘君だけのものとなる。私に働く力も同時に消え失せるというわけだ』

 つまりは、俺が魔力回路を与えてもらったおかげでスクエアの存在が消えてしまうということ。

『私は待っていたのだ。私の回路を受け継ぐ者のことを、だから気にするな・・・いや、気にしてはいないな。既に憎しみは見られないが、私のことは嫌いか?』

 嫌いとは違う気もするが、信用までは到底いかない。

『そう簡単に割り切れるものでないことは分かっている。君に一ついいものを見せてあげよう』

 次の瞬間、おそらく世界がまだ一つだった頃の、魔法により人々の笑顔が溢れていた景色が頭へと流れ込んで来た。

「すごい・・・」

『少年よ、魔法は素晴らしい力だ。私のことは嫌いでも、魔法を愛す心を持て。そしていつしか君の手で世界を一つに戻し、魔法を蘇らせるのだ』

「俺にはそんなこと・・・」

『謙遜は己を弱く見せる、これから一年間私の意識は君の意識と共にある。それまで君の成長を側で見守ることを許してほしい』

「はい」

『感謝する。そういえばまだ、名を聞いていなかったな』

「俺は楽魔 憂士と言います。一年間お願いします」

『そう改まるな、それに敬語もよせ。先程から何度かタメ口が漏れていたが、今後も私に対してはタメ口で結構だ』

 急に魔法に対する見方が変わったせいか、情緒の不安定さが態度に出ていたらしい。

 まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。

 俺に希望の光を照らしてくれた存在大魔道士スクエア・ミキセル、この人は敵じゃない。今まで伝えられてきた真実は偽り、スクエアは、その身を犠牲にしてでも世界を守った英雄なんだ。

 神ユグレス様、ファルマス様への憧れは変わらないまま、この先も抱き続けるだろう。だけどこの先の自分の人生、俺にしか出来ないことをしてみたくなった。

 俺は、スクエアと同じ大魔導士になって世界を救う第二の英雄になる。

「今日の風はとても気持ちいいな」

 

 その後俺は人物の名は伏せ、先ほどの顛末を話し再び父上の説得を試みたが、魔法が使えることを知ってもなお父上は俺の学園入学を認めてはくれなかった。いや、これまで以上に険しい表情を浮かべている様子だった。

 

 亜楽 中立神王学園 入学試験当日。

 

 俺は、父上と縁を切る覚悟を持って今この場に立っている。俺にしか成しえない夢のために前を向いて進んでいくと心に決めたんだ。

「ありがとうございます姉上」

「礼など不要だ。父上はお堅い人だからな、今は何も気にせず、ただ全力で挑んでくるといい」

「はい!では、行ってきます」

 そう言い、姉上に背を向け学園の門を潜り抜ける。

 試験会場は学園の十ある体育館で一斉に行われる、俺はその中の第六体育館での受験となる。

「姉上はこんなにも大きな学園のトップなのか・・・」

 天井は巨人族の住処と思えるほど高く、廊下は先が曇るほど続いている。

 亜楽には合計五つの学園が存在し、その中でも中立神王学園は一、二を争う規模を誇る。

 改めて姉上の偉大さが窺えるな。

「えっと、どこだっけここ?」

 その広さ、美しい装飾に見惚れていたら迷子になってしまったらしい。

「君は、受験生かね?」

「はい、でも迷子になってしまって」

 ひらりとした赤いマントを羽織り、黒く長い髪にくるりとした髭をしている。今この学園内には外部の人はいないため、教職員の誰かだろう。

「ワシが会場まで連れて行ってあげよう」

 そう言い俺の肩に手を置くと、体育館と思われる入り口へと一瞬にして移動した。

「貴方はもしかして———-」

「随分と綺麗な目をしているのー」

「見えるんですか?」

 俺の疑問は単純なものだった、なぜなら男の瞳は瞼により閉ざされていたからだ。

「目ではなく、心で見ているのじゃよ。入学式でまた会えることを楽しみにしているよ」

 そう言い残し、煙のように姿を消してしまった。

 俺は一度ゴクリッと唾を飲み、体育館の扉を開ける。

 会場内には既に多くの受験生の姿があり、緊張が伝わってくる。

 俺が列の最後尾に並んだところで試験内容の説明が始まる。

 内容は簡単なもので、体育館の壁に沿って置かれている二十の亜空間BOXに一人ずつ入り、その中に出現する敵を五分という短い制限時間内にできる限り倒すというもの。

 そして監督者の開始の合図により、まず最初の二十名がBOX内へと入っていくが、五分も経たずに気絶した状態で何人かは出て来る。

 そしていよいよ俺の番。

「大丈夫かな〜?」

『安心しろ、私がついている』

 スクエアの一言に勇気づけられBOX内へと足を踏み入れる。

 

「憂士!」

 試験が終わり門へと向かうと、こちらへ手を振っている姉上の姿があった。

「待っていてくれたのですか?」

「当然だ、可愛い弟を一人残しては帰れない」

 俺は俯き、下唇を噛み締める。

「姉上、俺精一杯やりました」

「ああ」

「やりましたけど、多分・・・・・」

「憂士は十分頑張った、今はそのことを誇るんだ。ただでさえ憂士は魔法という特別な才能を持っているんだ。胸を張って家に帰ろう」

 そうして俺は父上の姿が頭に浮かびつつ、姉上に連れられ帰路に着いた。

 

 それから数日後、家に一通の手紙が届く。

「あ、あ、あ、う、うそ!」

 俺は急ぎ姉上を屋敷中探し回った。

「姉上ー!」

「どうしたんだそんなに急いで、私に何か急ぎの用事でもあるのか?」

 俺は息を整え、まっすぐ姉上の瞳を見つめる。

「俺、受かりました・・・学園に受かりました!」

 その瞬間姉上は目一杯俺のことを抱きしめてくれた。

「これで私と一緒に通えるな!」

「はい!」

「問題は父上か・・・」

「はい」

「試験は何とかなったが、入学となるとそう簡単ではないからな。最悪、本当に親子の縁を切られかねない」

「・・・行ってきます」

 俺は再び勇気を出して父上の自室の前へと足を運ぶ。

 父上と交わす最後の会話になるかもしれない。

 俺は二回扉をノックする。

「父上、憂士です」

「入れ」

 部屋へ入ると相変わらずこちらには背を向けているが、窓に反射した父上の姿が見えた。

「父上俺、試験に合格しました」

「そうか」

「学園への入学を許してもらえませんか?」

 少しの間沈黙が続き、静寂が流れる。

 窓に映っている父上の表情は再び険しいものとなっていた。

「ちちう———-」

「苦しむことになるぞ・・・学園は、きさ・・・お前に不幸をもたらすものとなる。いや、学園に限った話ではない、お前のその力は・・・」

 初めて見る父上の姿に多少の面を食らう。

「父上、試験の日に少し変わった人に会いました。俺と同じ魔法を使える人でした」

 その瞬間、父上の視線は初めて俺の方へと向けられた。

「その人は俺に言ったんです。また会えることを楽しみにしているって。俺、学園へ行って沢山のことを学んでみたいです。そしていつか、夢を叶えたいです!」

「・・・夢か。それがお前の本心か?」

「はい」

「・・・入学を許そう」

「ありがとうございます」

 

 季節は春。

 これからは学園の寮生活となるため、長年暮らしてきたこの家を離れる時が来た。

「父上は見送りに来ないな」

「ですが姉上、俺は今まで父上を誤解していました。父上は、俺のことを見ていてくれていました」

「そうか」

「はい」

「憂士!」

 振り向くと、息を切らせてこちらへ走ってくる花夏の姿が見えた。

「花夏」

「行っちゃう前にこれを渡そうと思って」

 そう言って差し出されたのは、小指の爪ほどの薄ピンク色の花が幾つにも連なったブレスレット。

「これは?」

「ユメミヨっていう春にだけ咲く花、お守り代わりに持っておいて」

「本に載っていた桜にどこか似ているね」

 まだ世界が一つだった頃、桜という春にだけ満開に咲く花があったらしい。

「ありがとう大切にするよ」

「それでは行こうか」

 歩き出そうとしたその時、視界の端にいつものように外を眺める父上の姿が見えた。

 俺は深くお辞儀をし、晴れた気持ちで新しい生活へと向かう。

「行ってきます!」

 





























 二、New origin

 

 無数の色に染まった空の下、満開のユメミヨが咲き誇り迎えた中立神王学園の入学式。

 晴れた気持ちの裏側で、朝を見慣れている俺にとって亜楽に宿る色はとても奇妙に感じる。

「亜楽にもユメミヨは咲くんだな」

 そう、ふと呟いた俺の一言に呼応するように校長先生が壇上へ姿を見せる。

「あっ!」

 初めて会った時そこそこの年齢だとは思っていたが、まさかこの学園の校長だったとは。

「新入生諸君、ワシが今年から新たに校長の座に就くことになったユリシオス・バーランドじゃ」

 俺が校長先生に視線を向けていると、閉じている目をこちらへと向け、優しく微笑みかけて来た。

 これがいわゆる心の目というやつか。

「さて、ここにいる君たちは五個ある学園の中でこの学園を選んでくれたわけじゃが、目標のある者、ない者と様々いることじゃろう」

 亜楽にはそれぞれ、擬似魔法、商い、社会貢献、ハンター、神を主題とする五つの学園が設けられており、この学園は神を主題としている。

「じゃが、ワシが校長を務める今年から少し制度をいじってのー、それまで二つしか存在しなかった学園の科を三つに増やすことにしたのじゃ」

 校長の言葉を受け、皆に動揺が走る。しかし俺は反対に高揚感を抱いていた。

「先導者の力を磨くユグレス科、鎧を鍛えるファルマス科、そして新たに生まれたのが、魔法を研鑽する魔法科じゃ。そして神と同様に王も誕生させようと思おとる。文字通り神王学園の名にかけてのー」

 すると一人の生徒が立ち上がり校長先生に向かい威圧的な言葉を放つ。

「魔法科なんて誰が入るんですか?というか、誰が入りたいと思うんですか?第一魔法を使える者はこの世界には誰一人いませんよ」

「ほぉほー、なぜいないと言い切れるのかね?」

「そんなこと決まっているでしょう。それが真実、この世の摂理だからですよ」

「なるほどの、ではその者に今から皆に一言述べてもらうとしよう」

 その瞬間、根拠のない寒気が俺を襲う。

 確証はない。

 しかしこの場で名前を呼ばれたらまさしく公開処刑だ。冷ややかな視線を浴びせられるのは確実。なぜなら魔法は、この世で最も恐れ、忌み嫌われているのだから。

「楽魔 憂士、彼が学園初となる魔法科生徒の一人目じゃ」

 案の定、頭の中が真っ白になる。もし俺の魔法科所属が決められていたことだったとしても、いささか配慮に欠けるやり方だ。

「あいつが魔法を使えるだと?バカ言わないでくださいよ校長先生。楽魔家と言ったら、無能がいることで有名だ。この学園に受かったのも何かの手違いでしょう」

 二つの世界同士は些細な情報すら共有しているのか。

「ではカルマ、君も舞台へ上がると良い。どのみち最優秀の君には一言述べてもらうつもりでいたからのー」

「先生、俺何も聞いてないんですけど・・・」

 俺は嫌々ながらもゆっくりと舞台の上へと足を進めるが、みんなの視線は俺一点に釘付けだ。

「な〜に、ちょっとしたサプライズじゃよ」

 全く嫌なサプライズを用意してくれたものだ。しかしこうなっては覚悟を決めるしかないな。

「おい無能。名前は?」

「楽魔・・・憂士」

「憂士か、俺は馬門 カルマ。なぁ憂士、なんなら今ここで魔法とやらを見せてくれないか?」

「え?」

「いいだろ!減るもんじゃないし。それとも魔法なんか使えないのか?校長のハッタリか?できるもんなら見せてみろよ」

 馬門は俺を見下ろすように高らかな笑みを浮かべている。

 嫌な奴だ。青い太陽の民はこんなやつばかりなのだろうか。

 俺は一度校長先生へと視線を向ける。

「構わんぞ、ワシのいる手前、被害は出させまいて、思う存分やるがよい」

「はぁ」

 スクエアが言ってた、例え一つも魔法を覚えていない魔導士だとしても魔力を身に纏い、身体強化をすることは可能だと。そして俺はその身体強化のみで学園の試験に見事合格した。

 そして入学を果たした今、入学までの短い期間での修行もあって一つの魔法を覚えることに成功した。

 俺は余裕の笑みを浮かべる馬門に向け、風圧で髪が揺れるほどスレスレに顔の横へと拳を放つ。

「なん———」

「アルフレア」

 そう小さく呟いた瞬間、拳から一気に炎が吹き出し天井に直径一メートルほどの小さな穴を開けた。

「・・・まさか本当に魔法が・・・俺は信じない」

 今は信じられなくてもいいさ、俺にはそれだけの力がまだない。

「今はこのくらいしか出来ないけど、俺は絶対立派な魔導士になって見せる!」

 俺は壇上にあるマイクを手に取る。

「俺は魔導士見習い魔法科一年の楽魔 憂士です!」

 魔法という存在を知ってからは常に勇気をもらっている。変わってゆくんだ、前までの弱い自分を脱ぎ捨てて。

「調子に乗るなよザコが!俺に恥をかかせやがって」

 そう言って馬門は無理矢理俺からマイクを奪う。

「俺はな憂士、お前らザコとは違うんだよ。俺は必ずこの学園のトップになって、最強の権化になってやるよ!」

「なるほどの、よぉ分かった。皆の者もこの二人に負けないくらい頑張るように。ほれ、もう戻ってよいぞ」

 めちゃくちゃな人だ。たが、あの人からは底知れない魔力を感じる。

 ただならない使い手なのは間違いない。

「それではワシから最後にこの学園における新たな先生方を紹介しよう」

 そうして壇上に計十名の教師が横並びになる。

「自己紹介の前に、ここにいる十名の先生方の中には賢者と呼ばれる存在が七名おる。月華の巫女と光輝の権化は、賢者である者しか辿り着くことが出来ぬ領域じゃ。つまりこれから諸君には学園生活の中で賢者になることを目指してもらいたい。そしてここにいる七名の者と肩を並べる存在となるのじゃ」

 賢者、初めて聞く言葉だ。

 要するに先生でもあり、みんなにとってはライバルでもあるということ。

 そうして一通り先生方の自己紹介が済んだところで式の終わりも見えて来た。

「おっとワシとしたことが忘れるところじゃった。セラフ先生、壇上へ」

 忘れられてた教師が壇上に姿を現す。

「彼はセラフ・ブロンツォ、ワシが直々にスカウトして来たユグレスとファルマス、そして魔法の三つの力を全て使うことが出来る唯一の存在じゃ」

 姉上以外にもいたのか、二種類以上の回路を持つ者が。

「ご紹介に預かりましたセラフ・ブロンツォです。僕は主に魔法学を教えるため、魔法科専門教師となります。ですので、これから三年間よろしくお願いしますね憂士君」

 あの先生が俺に魔法を教えてくれるのか。

 スラッとした高身長のイケメン、そしてあの爽やかスマイル。いかにも女子にモテそうな感じだな。

 しかし俺はその笑顔の裏側に潜む、どんよりとした違和感を一瞬感じた。

 おそらく気のせいだろう。

 

「申し訳ありません姉上、手伝わせてしまって」

「構わない。しかし、魔法科の寮がまさかテント一つだとは何を考えているのだ新しい校長は」

「ほんとですよね、流石にテントはキツイです」

「私の部屋を使わせることが出来たらよかったが、あいにくと他の生徒と共同のためそれも叶わないからな」

「大丈夫ですよ。ああは言ってましたけど、魔法科の塔が出来るまでの間のことでしょうし。俺は全然平気です!」

 なんていうのは嘘だ。

 正直、誰でもいいからしっかりとした部屋に泊めてもらいたい。

 校長先生は本当に何を考えているのか分からないな。

 

 一時間前

「憂士よ、魔法科はほぼワシの独壇場で決めたことでもあっての、まだ塔が完成していないのじゃ。もしかしたら憂士が卒業した後に完成するやも知れぬ。そこでだ、これを使うといいぞ」

「これは何ですか?」

 渡されたものはツルツルした手触りの布のような物。

「これはテントと言ってな。昔はよく好まれていたのじゃよ」

「どのくらい昔のことですか?」

「さぁ、どうじゃったかの?もう、忘れてしまった。立てれたらワシの元へ来なさい」

 そう言い残し、校長先生はまたもやその場から姿を消してしまった。

 

 そして今に至る。

「できたー」

「ようやくだな」

「ありがとうございます。姉上」

 それにしても見た目以上に時間がかかってしまった。

 テントに付いていた説明書を見ながら組み立てたが、初めてだったためかなりの苦戦を強いられた。

「それにしても頑丈なテントだな」

「そうですか?」

「ああ、何度か無理矢理引っ張ったりもしてみたが、びくともしなかった」

 姉上が本気でないとはいえ、ただの布が姉上の力に耐えられるものなのだろうか。

「憂士、早速入ってみたらどうだ?」

「そうですね」

 まぁあまり乗り気ではないけど、ずっと落ち込んでいても仕方ないしな。

 俺はゆっくりとテントのファスナーを開けてみる。

 しかし不思議なことにテントの中は暗闇になっており、先が見えない。

「姉上、このテント何かがおかっ!・・・うわぁぁぁぁぁ!」

「どうした憂士⁉︎」

 姉上の方へ振り向こうとした瞬間暗闇へと吸い込まれ、目がまわるような不思議な感覚に陥る。そして、視界に明るさが飛び込んで来たところで視界が元に戻る。

「うそ‼︎」

 驚くあまりまともに声が出ない。

「一体何だというのだ。怪我はないか憂士」

「姉上も見てください、この素晴らしい景色を」

「冗談だろ、何だこれは?まるで夢でも見ているようだな」

 目の前に広がる景色はどこまでも続くような景色に囲まれた広大な海。

「何ですかね、これ?」

 俺はその空間の壁と思われるところに付いている。赤、青、緑、白、黄のボタンを順々に押していく。

「おー‼︎」

 これは凄い。青は広大な海の景色、そして赤は灼熱の炎の景色、緑は緑広がる大自然、白は吹雪舞う極寒の地。最後に黄は心休まる豪華な部屋。

「まさかテントの中身がこのような仕組みになっていたとは驚きだな」

「姉上の驚く姿は新鮮ですね」

「そうか?私は様々なことに心動かされるぞ」

 姉上は普段、隙のある姿を見せていないためこういった無邪気な姿はとても貴重だ。

「あの、あのあのすみません、誰かいませんか?」

 不意に誰だか分からない声が聞こえる。

「誰だろう」

 俺は一度黄色のボタンを押して部屋の景色へと切り替え、外部の景色を映し出す水晶を覗き込む。

「知っている奴か?」

「いえ、この学園ではまだ誰とも・・・姉上?ま、待ってください!」

 俺の言葉を待たずして腰に収めていた剣を抜こうとしたので急いで止めに入る。

「とりあえず、彼女からは敵意は感じられません。一度テントの中へ招いて話だけでも聞いてみませんか?」

「そうだな、そうしよう」

 姉上の了承も得られたところで、彼女をテントの中へと案内する。

「わぁ!」

 驚く彼女を前に早速本題を切り出す。

「まず君が誰なのかを教えてくれない?」

「そ、そうですよね。ごめんなさい。私は嬉紀 かぐやというます!いや、いうです!」

 そうして俺はかぐやと名乗るその女子生徒の事情を一通り聞き、話を整理する。

「それじゃあ、嬉紀さんは、入学式での俺の魔法を目にしてファルマス科からわざわざ魔法科に移動してきたってこと?」

「ですです!」

「それで校長先生にここに来るように言われたと」

「そうです!楽魔君と先輩がテントの中に入っていく姿を見て私も試してみたんですけど、バリアのようなものが張られていて入れなかったのです」

 つまり、オートロック式で自動的にバリアが作動してくれるということか。

「話は分かったよ。だけど、自分の寮はどうするの?もしここに移動してくるとしても、男女二人きりの生活を学園側は許してくれるかは別の問題だよ」

「そ、そ、そうですよね・・・」

「どうした、何かやましいことでも考えているのか?」

 姉上の威圧的な態度はこの場合は逆効果だ。

「校長先生からの指示なら、大丈夫じゃないですかね」

「えーっとそれはどうかな〜、でも校長先生に言われたのならしかたないのか?」

 俺は独り言のように呟くが、目線は恐る恐る姉上の方向へと向かっていた。

「姉上・・・」

「憂士と二人で生活?うらやまっ、いや、思春期の男女を同じ空間で二人きりにさせるわけにはいかない」

「えっ、あっ、もしかして楽魔君のお姉さんなのですか?安心してくださいお姉さん!私は決して間違えた行動は取りませんです!」

「それは、私の弟に魅力がないということか?」

「いえいえいえ!そうではないです!偉大な魔法を使う楽魔君には敬意を表し、私ごときが間違いを犯すなんてとんでもないことです!」

 悪いな嬉紀。魔法科に入ったということは、こういう姉上とのアクシデントも避けては通れない道だ。姉上はどうにもブラザーコンプレックスという言葉が最も当てはまる。

 全く、最高の姉上を持ったものだ。

「嬉紀さん・・・」

「かぐやでお願いしますです」

「分かった。かぐやは魔法を嫌ってないんだね」

 そう、魔法は本来この時代では嫌厭されているもの。

 俺も数ヶ月前まではそうだった、スクエアの伝承が間違った風に今に繋がり、今日の世界を作り出した元凶をスクエア一人になすり付けていることを知った。

 真実は、全く別にあると言うのに今の世界は愚かそのもの。

「私は魔法は素晴らしいものと思っているんです。私には想像出来ない色々なことを可能にしてくれる力」

 かぐやは実に楽しそうに話す。心の底から魔法が好きだという証拠だ。

「かぐやは変わってるね」

「そうです?でも、小さい頃読んだ魔法書は魔法をとても素晴らしいものと思わせてくれたのです。大魔導士さんだってきっといい人だった筈です。私はそう信じてます!」

 聞こえてるよなスクエア。今でも世界には、貴方を信じ認めてくれようとする者が存在している。

「改めて歓迎するよかぐや。それと話しておくことが———」

 魔法に関する世界の真実を二人に話そうとしたところで、姉上の言葉がそれを遮る。

「こほんっ、あー、そのことなんだが」

 姉上は一度咳払いをし、そのまま話し始める。

「三人で暮らすというのはどうだ?」

「どういうことですか?」

「憂士を女子と二人きりにしておくのはやはり心配だ。そこで、校長に許可が得られれば、私もテントで寮ができるまで暮らすとしよう」

「賑やかで楽しそうです!」

「俺も姉上がいてくれたらとても心強いです!」

 まぁ真実はいくらでも話す機会はある。焦る必要はないな。

「そ、そうか、そうだな!うん!」

 その後無事に校長先生に三人で暮らす許可をもらい、晴れて塔建設の間、魔法が編み込まれたテントで生活することとなった。

 

 入学から早一週間が経ち、ユグレス科とファルマス科の生徒は着々と授業を受けていく中、魔法科の俺とかぐやだけは今日が授業初日となる。

 教室内は黒板を正面として奥に行くほど、段差が高くなっていく仕組みとなっており、とてつもなく広い。

「楽魔君、何で魔法科の授業にこんなにも大人数がいるんですかね?」

「おそらくセラフ先生が原因だと思うよ」

 三日ほど前に風の噂で偶然耳にした。それは、ユグレス科の授業初日にセラフ先生が担当講師を見下すような発言をしたことが原因で、お前の授業も見させろとの要望があったらしい。今日の授業において教室内に二、三人の先生の姿が伺えることからおそらく本当のことだろう。

 だけど、余計な観客が多いのも確かだ。

 開始時刻の鐘が鳴ったと同時に教室の扉が開かれる。

「おっはよーみんな!おっ僕は人気者だね。この前のアドバイスが聞いたようだ。初めての授業ということで少し気合い入れていこうかな!」

 入学式の日には気が付かなかったが、とてもノリのいい先生だな。

「この授業では主に魔法についてを教えたいと思うけど、こんなに人数がいるんだ。君たち全員に、この僕が自分たちの力の正確な基礎を叩き込んであげるとしよう」

 セラフ先生の言葉が一度止んだところで、何やら後方から数人の話し声が聞こえてきた。

「またあの男はあんなことを・・・私の教えが間違っているとでも言いたいのか?」

「まぁまぁ落ち着いてくださいよサイモン先生。まずは彼の話を聞いてみようではありませんか」

「じゃあまずはユグレス回路とファルマス回路、この二つから来る力が魔法とはどう違うのか。分かる人はいるかな?・・・小さい頃に魔法書を読んだことがあるとは思うんだけど、分からないかな?まぁ他の教師があのレベルじゃ無理ないよね」

「何をバカなことを」

 後方にいる一人の教師もまたセラフ先生を見下すように笑っている。

「今まで君たちは力の仕組みもよく分からずに、ただ神から授かった力だ何だと騒ぎ立てろくに仕組みを知ろうともしなかった」

 サイモン先生は立ち上がり、ゆっくりとセラフ先生へと近づく。

「この前のサイモン先生の授業なんて新手の宗教か何かだと勘違いしてしまったよ。アハハ」

 流石に我慢ならなくなったのか、サイモン先生が一瞬にして何頭もの百獣の王であるライオンをセラフ先生の周囲に出現させる。

 憤怒とはいかないものの、本能として体が反応してしまったといったところか。

「これはすごい!ライオンを支配しているとは、とても立派な記憶領域を持っているんですね」

「記憶領域だと?」

「あー、やっぱりその程度か、本来魔力回路はそれ自体に力の情報が蓄積されていくのであって回路が力そのものなわけじゃない。だけど、ユグレスとファルマス回路は、初めは回路に情報として宿っていたものが脳の記憶領域に保存された形となる。つまりは、予め記憶されている力しか使うことが出来ないということでもある」

「だから何だと言うんだ」

 セラフ先生はこれ見よがしに呆れた態度を取り、更にサイモン先生を煽りたてる。

「だからさ、干渉不可能な回路と違って脳には干渉出来ちゃうってこと」

 そう言って、目には見えない波動のようなものをサイモン先生へ目掛けて放つ。

 すると、周囲にいたライオンは跡形もなく消えた。

「知っての通り僕は魔法も使える身だ。記憶領域を一時的に麻痺させることなんて朝飯前だよっ。それとユグレス科の生徒は覚えておくように」

 セラフ先生は教壇へと広げた教科書をまとめ始める。

「魔法は召喚だけど、君たちが使うのは支配術。導きの神ユグレスの導きはすなわち支配のことだ。今度の座学ではそこら辺を詳しく進めていくから、聞きたい生徒は遠慮なく来なよ。じゃあ行きましょうかサイモン先生、この件は校長先生に報告させてもらいますんでっ」

 セラフ先生はまだたっぷりと授業時間が残っている中、サイモン先生を連れて教室を後にした。

 しかしすぐにまた扉が開かれる。

「そうだそうだ。午後には戦闘授業があるから魔法科の二人!遅れずに来いよー」

 戦闘授業か、今はまだ気が重たいな。

 まぁでも入学して一週間、テント内は修行場に最適でアルフレア以外にも色々と魔法を使えるようになった。

 今の俺がどこまで通じるか、試すのには良い機会か。

 

 昼食を終え、戦闘授業が行われる校庭へかぐやと一緒に向かう。

「セラフ先生の授業を受けて私気付かされたことがあるんです!」

「何を?」

「時々夢の中で不思議な夢を見るんですけど、それは全て記憶に刻み込まれた力の情報だったということですよ!」

 俺はユグレス回路とファルマス回路については全くイメージすることが出来ない。

「そうなんだ。でも俺は、魔法のことしか分からないや」

「ならその魔法、今度は正々堂々と見せてもらおうか」

 入学式以来一度も姿を見なかったが、突如馬門が姿を現し会話に割り込む。

 顔を見た瞬間、胸の辺りがざわついた。

「俺は逃げないよ馬門君、絶対君に魔法を認めさせてみせる」

「面白い。やってみろよ!」

「おーし、お前ら整列しろー」

 授業開始の鐘が鳴り、セラフ先生ともう一人姿を現す。

「おそらくここにいる奴のほとんどが俺の授業は初めてだよなー。じゃあとりあえず軽く自己紹介でもするか」

 そう言って少し気だるそうに自己紹介を始める。

「俺はヤミル・ウェストン。一応賢者をやらしてもらってる者の一人だ。まぁ気軽によろしくー」

「じゃあ早速授業を始めるわけだが、まずは、僕とヤミル先生とで軽く見本を見せる」

 そうして互いに一定の距離をとり、向かい合う。

「ルールとしては相手が降参を認めるか、時間切れによる負けかで勝敗を付ける。まぁ当然だけど、死に至らしめる行為はもってのほかだから気をつけるように。では、早速始めましょうか、ヤミル先生」

「そうですね。まぁ、お手柔らかに」

「スタート!」

 一人の生徒の合図により、セラフ先生が一瞬にしてヤミル先生との間合いを詰める。

 先程まで気だるそうな表情を浮かべていたヤミル先生の表情には、少し焦りが垣間見えた。

「流石は速いですね!」

「いやいやとんでもない」

 ヤミル先生の拳が懐に潜り込んだセラフ先生の顔面へと素早く繰り出されるが、易々と避けられる。

「僕が使っているのはただの身体強化魔法ですよ。賢者というのは、名ばかりの肩書きですか?」

「洒落せぇ〜・・・吼えろ、白虎!」

 その瞬間、ヤミル先生の全身を青白いオーラが覆い始めた。

「あれ?完全には具現化しないんですね」

「今ここで全力を見せる必要はねぇーだろ」

「それもそうだ。じゃ、遠慮なく」

 そう言って、セラフ先生は最早目だけでは追いきれないほど超加速で移動し始めた。

「あれはただの身体強化なんかじゃないよねスクエア?」

『その通りだ。あれは高次の身体強化魔法だ。魔法は使うごとに成長、進化していく。つまり、憂士の使える身体強化の更なる上位互換と言ったところだ。だが、彼から感じる違和感は今のところ不明だな』

「やっぱりスクエアも気付いてたんだね。まぁ当然か」

『憂士、次からは言葉で発するのではなく。念じるんだ。そうすれば、私との会話は成立する』

 念じるだけか。

 俺は心の中に直接語りかける要領で言葉を念じる。

『スクエア聞こえる?』

『ああ上出来だ』

「逃げ回るだけじゃ俺は倒せぇねーよセラフ先生〜」

「さ〜てどうかな?」

 ヤミル先生は目を瞑り、一切の動きを止める。

 それを隙と見るや否やセラフ先生が再度ヤミル先生の懐へと姿を現す。

「もーらい!」

 拳を放とうとしたその時、ヤミル先生の右腕がセラフ先生の左手首をがっしりと捕まえる。

「おっーと、やべっ」

「油断しすぎなんだよセラフ先生。それと、あまり賢者を舐めてんじゃねーぞ」

 ヤミル先生の拳に青白く輝くほどのオーラが纏わりつき、セラフ先生目掛けて放つ。

「お互い様でしょ!」

 セラフ先生が掴まれている左手の指を軽く鳴らした次の瞬間、ヤミル先生の放った拳はヤミル先生へと放たれる。

 自身の拳をなんとかギリギリで回避したその隙を見逃さず、セラフ先生の拳がヤミル先生の顔スレスレで止められる。

「俺に何をした?」

 ヤミル先生は酔っ払いのように足がふらつき始める。

「な〜に、少し酔わせただけですよ」

「クソが———-」

 最後にそう言い残して地面へと伏せてしまった。

「おい嘘だろ、授業だとしても賢者に勝つなんて」

「あー、セラフ先生、ハンパなさすぎだろ」

 ところどころで生徒の驚くような声が聞こえ始める。

 無理もない。賢者でもないセラフ先生が賢者であるヤミル先生にあっさり勝ってしまったのだから。

 この学園は賢者になることが魔法科の生徒以外は目標としているため、神に最も近いとされる賢者が負けたとなれば、騒ぎにもなる。

「静かにー」

 セラフ先生の一言で、一斉に何十人もの生徒が静まり返る。

「今日の主役は僕じゃない。君たちだ。とまぁ今から同じように戦ってもらうわけだけど、アドバイスをあげよう」

 そうしてどこか楽しそうにセラフ先生はアドバイスを送る。

「まずユグレス科の生徒だけど、さっきも言ったように、君たちの力は召喚じゃない。支配だ。記憶されてる力の生命体をいかに支配するか工夫をこらせ、そしてファルマス科ー!」

 瞬時にファルマス科の生徒へ緊張が走ったのが見て取れる。

「君たちは記憶されてる力をその身に纏うことが出来るんだ。自分の力を知り尽くせ、知識でも何でも役立つものは全て使え。僕が言えるのはここまで・・・じゃあ早速、スタートテープを切りたい者はいるかー!」

 俺のすぐ横にいる馬門が迷わず手を挙げる。

「俺がやりますよ」

「おっいいね!で、相手は決まっているかい?」

 企みを込めた笑みを浮かべて、こちらへとまっすぐ指を指す。

「憂士君か・・・よし、じゃあ二人とも前へ!」

『大丈夫かな?』

『短い間だが、修行で確実に成長している。だが、気を付けなければな、あいつは学年一位の秀才だ。間違っても油断は禁物だ』

 俺は先ほどの先生二人のように馬門と向き合う。

「叩き潰してやるよ」

 見てろよ、絶対に一泡吹かせてやる。

「準備はいいかい?じゃあ、始め!」

「力を貸せ!火の鳥」

 開始早々燃えたぎる炎の鎧を纏った馬門が猛スピードで突進してくる。

 俺は冷静に手の平を地面へと向ける。

「共鳴!」

 地面を伝って馬門の周囲の空気を振動させる。今、馬門の耳にはとてつもなく不愉快な音が響いていることだろう。

「わぁぁぁぁぁ!くっ」

 顔を伏せうずくまる。

 俺はその間に身体強化により馬門との距離を詰める。

「アル——-」

「舐めるなよ!」

 馬門の纏っている炎が更に勢いを増していき、容易に近づくことが出来ない熱さを放ち始める。

「この火力には対応出来ねーよな?」

 そう発した矢先、馬門を中心として半径十メートルほどの炎の波が放たれ俺に襲いかかる。

「前の俺なら死んでたな。ウラビティ」

 俺は重力を体一体に纏わせ、炎の波を薙ぎ払いながら馬門へと近づいていく。

「クッソ!落ちこぼれが!」

 俺は両手を天へ広げた後、力一杯振り下ろし、馬門自身へと下方向の重力をかける。

「憂士ー‼︎」

 憤怒を忘れた赤い月の世界では一切見ることのなかった鬼のような形相。

「頭に血が昇りすぎだよ馬門君!」

 確かこうだったよな。

 俺は先程の授業でセラフ先生が使っていた振動の波を作り出し、馬門へ向けて放つ。

 あの時、目で捉えることは出来なかったが感覚で掴むことに成功していた。というより元々スクエアの回路に記憶されていたおかげだ。

 次の瞬間、馬門の纏っていた炎は一瞬にして消え、俺は迷わずトドメを刺しに行く。

『上出来だ』

「ふっ」

 微かな鼻で笑うような音が耳に届いた後、俺の体はその場で停止した。

「どういうことだ?」

「さぁな、やっぱお前はそんなもんなんだよ!」

 記憶領域を麻痺させた筈の馬門は再度炎の鎧を纏い、右腕にありったけの炎を集中させた後、身動きの取れない俺の腹部に力一杯拳を打ち込んできた。

「かはっ!」

 攻撃の勢いによりかなり遠くへと飛ばされる。

『おそらくセラフ・ブロンツォの時間魔法による妨害だ』

『一体どうして?』

『今は分からないが、やはり信用すべきではないことは確かだ』

『馬門君が力を使えたのもセラフ先生の仕業?』

『間違いない』

『一体どうして・・・』

 しかし気がつくと痛みは消え、出血も止まり骨の損傷すらなくなっていた。

「どういうこと?」 

『なかなかに興味深い』

『興味深い?』

『その話はまた今度にしよう』

 俺の元へとセラフ先生が近づいてくる。

「大丈夫かい?憂士君」

 白々しい。みんなが魔法を知らないことをいいことに堂々と戦闘を妨害しておいて。

「はい。大丈夫です」

「よかったよ〜、怪我してたらどうしようって思ってたからさ。とりあえずみんなのところに戻ろうか」

 この不自然なくらいに明るい笑顔。常に感じるこの違和感。

 この男、必ず何かある。そう確信した。

「おい、これで魔法がどんなに必要のないものかはっきりしたな。これからは俺に楯突くんじゃないぞ」

「それは———」

「何だよ、言いたいことがあるなら言ってみろよ」

 今この場でセラフ先生の妨害行為を指摘したところでしらを切られるだけだ。

 それに俺を余計惨めに見せるだけ、ここは踏み止まる時だ。

「自分の意見もまともに言えなくなったか、まぁもうお前と関わることはない。俺に近づくなよ」

 そう言って馬門は俺の元から立ち去った。

 その後の授業は特に問題もなく終えた。

 やはりかぐやは魔法は使えないようで、なぜ校長先生はかぐやの魔法科移動を許したのかが不明なままだ。

 

 俺とかぐやは食堂で夕食を食べ始める。

「今日の楽魔君、とてもすごかったです!」

「負けちゃったけどね」

「そうですけど、あの時の楽魔君は少し変でした」

「変?」

「なんかいきなり動きが止まったような、それに馬門君の驚くような表情も変でしたよ。楽魔君に攻撃する際、なんで自分の力に驚く表情を浮かべるんですか?変じゃありませんか?」

 なるほど、俺の動きが止まったのはほんの一瞬のことだったが、かぐやにはそれが見えていたのか。

 あの一瞬に反応した馬門も馬門だが、あいつの場合はセラフ先生の妨害によって俺の魔法効果は消され、再度力の発動に意識が向けられていたと考えれば反応出来た点には納得がいく。

 しかし、かぐやの場合は俺だけでなく馬門の表情までも含む状況を把握している。

「かぐや、少し目を見てもいい?」

「え?あっ、う、うん」

 俺は両手を机に置き、前のめりに顔を近づけてかぐやの瞳をじっくりと覗く。

 見たことのない色をしている。初めて会った時は気が付かなかったが、瞳の色が黄金色に輝いている。

 これはもしかして・・・いや、かぐやは魔力回路を持っていない筈。例え魔力回路を持っていなくとも、加護が備わることがあるのか。

「ち、ち、近いです・・・」

「ごめん!」

 かぐやとの距離後数ミリというところまで顔を近づけていた俺は急いで距離を取る。

「いえ、大丈夫ですよ」

『スクエア』

『何かな?』

『魔法回路を持っていない者でも加護を授かることはあり得るのか?』

『彼女のことを言っているのか?なんとも言えないが、確かに加護である可能は高い。いや、ほぼ間違いなく加護だろう。その証拠に彼女の左目からはとてつもない魔力を感じる』

 なぜ魔力回路を持たない者が加護を持っているのかは今の俺に分かるはずもない。そしてその理由を話さないということは、スクエアも理由が分からないでいるのか、もしかしたら何かを隠している可能性もある。

 俺が様々な思考を巡らせていると校内全体に放送が流れ始める。

「キューブ探索を申請する者は明日の放課後、第三体育館へと集まるように。繰り返す・・・」

 キューブ。俺たちは今日が最初の授業のため、キューブに関する説明を受けていない。

 しかし、小さい頃に少しだけ魔法書で見たことがある。

 キューブとは、魔法の時代で存在していたダンジョンを人工的に組み換えた資源の宝庫。ダンジョンも資源の宝庫であったが、キューブになってからはダンジョンの魔力回路も消滅し、魔物という存在は絶滅した。つまり、ダンジョン自体が巨大な魔力回路となっており、そこから供給される魔力が消滅したことで魔物は死を余儀なくされた。そして現在、キューブ自体も巨大なユグレスとファルマス回路となっており、魔物の死骸を再生利用した人工回路体・・・ツヴァイテの住処となっている。

「キューブって確か、元はダンジョンですよね?」

「そうだね」

「私行ってみたいです!」

「俺も丁度そう思ってた」

「ですです!そうと決まれば、明日の放課後一緒に行きましょー!」

 

 そうして次の日の放課後になり、俺とかぐやは第三体育館へと足を運んでいた。

 既に百人ほどの人だかりが出来ており、その集団が三つほどの列を成している。

「かなり並んでますね」

「そうだね。俺たちも並ぼうか」

 そうして俺たちは長蛇の列の最後尾へと並び、雑談をしながら順番を待っていく。

「やはり来たか憂士」

「姉上?どうして姉上がここに?」

「一応私はプリズムの一員だからな、受付係をしているところだ。それよりも申請しに来たのだろ」

「そうですね。じゃあお願いします姉上」

 そして名簿用紙に名前と学科、学年を記入し、簡単な力量審査のため別室へと通される。

「うむ、憂士もかぐやも共に問題はないな。初のキューブ探索楽しんでくるといい」

「姉上は行かないのですか?」

「今回の探索は一年生に限られている。だが、五人一組の探索班に一人だけ三年生の同行人を付けることとなっている」

「では、その役目は姉上に・・・」

「そうしたいのは山々なのだが、あいにくプリズムの仕事で手一杯でな、プリズムのメンバー以外から選出される決まりとなっているんだ」

「そうなんですね」

「悪いな憂士」

「いえ、もう俺は昔の俺じゃありません。俺の成長した姿を見ていてください!」

「頼もしいな、期待しているぞ」

「はい!」

 キューブ探索は今日から二週間後に開始となり、三日間かけての探索となる。

 二週間もあれば、思う存分修行が出来るな。

『スクエア!』

『どうした?今日はいつもより機嫌がよさそうだ』

『俺、今すぐにでも修行したい。一日でも早く強くなりたい!』

『いい心掛けだ。では、早速テントへ戻り修行といこうか』

『おう!』

 テントへと戻り、いつもと同じように入口付近に修行中の看板を立てておく。

『今日も瞑想をするの?』

『それでも構わないが、キューブとは元はダンジョンなのだろう?それならば、今日は違うメニューといくとしよう』

 俺は入学してから約一週間、魔力の流れをより正確により速くイメージし、感じられるように瞑想というものをほぼ毎日繰り返している。

 おかげで入学当初に比べ、様々な魔法を覚え、スクエアの回路に宿る記憶も蘇ってきた。

『瞑想で魔法を発現させていくのじゃダメなの?』

『瞑想には限界がある。より魔力の流れを洗練させることができたとして、高レベルの魔法を発現、想起させることは出来ない。そのため、憂士には今日から二週間、体で私の魔法を思い出してもらう』

『え?・・・』

『新たに魔法が発現したところで、今の状態では程度が知れている。つまり、まずは私の魔法を優先的に思い出させることが、強さへの近道なのだ』

 そうして俺はその後のスクエアの指示に従い、テントの状況を緑の大自然へと切り替える。緑での修行は初めてだが、大自然というほどだから何かしらの生き物が生息していることは分かっていたが。

『ねぇスクエア、今からこの熊と戦うってこと?』

『いいや、熊への攻撃は一切認めない。今日から三日間君は守りに徹することだ。では検討を祈る』

『ちょ、ねぇスクエア?・・・スクエア!・・・』

 ものすごいスピードで熊による攻撃が繰り出される。

 熊ってこんなに動きが速いものなのか?力を纏っている馬門とあまり変わらない、いや、むしろそれより速い気がする。

 そうして三日間、放課後は修行に励んだ。

 当然熊の攻撃を全て避け切るなんてことは出来ず、何度かまともに攻撃を喰らってしまったが、その都度自動的に回復魔法が働いてくれた。どういうわけか不思議ではあるが、今は考えている暇はない。

 目の前の試練を乗り越えなければ。

「くっ!・・・あれ?」

 痛くない。というよりむしろ何も感じない。

 自身の周囲に見えない防壁が張られているようなそんな感覚。

『成功のようだ。まだまだ未熟だが、上出来だろう。では、次に移る』

 そして次に課せられた試練が、赤の姿灼熱の炎と白の姿極寒の吹雪による生き地獄試練。

『キューブがダンジョンの今の姿というのならば、どんな環境が広がっているのか分からない。実際ダンジョンでは極悪の環境は珍しいことではなかった。つまり、多様な環境へと適応を生み出しておく必要があるのだ。私の魔法の中には常時環境適性を促す魔法も存在していた』

 そうして俺はそこから更に六日間に及ぶ極悪の環境下での修行を行った。

『やはり憂士に回路を託した選択は間違っていなかったようだ。ところであれからセラフ・ブロンツォによる異様な干渉は見られないみたいだな』

『授業も普通って感じだね。それに実技の授業に関してはみんなに的確なアドバイスをしてるよ』

『少し異様ではあるが、何もないのなら何よりだ。では、残りの時間は攻撃魔法の想起を中心としていくとしよう』

 短いようでとても長い約二週間を終え、キューブ探索前日の夜を迎えた。

「いよいよ明日ですね憂士君、もし別々のチームだったとしても頑張りましょうね!」

「そうだね、チーム分けは当日発表されるから緊張するなー」

「自信を持て憂士、ここ二週間、何のために修行をしてきたんだ?」

 そうだ、自分の力を信じるだけの実力は既に身に付いている。

「そうですね姉上。胸を張って行ってきます!」

 

 キューブ探索当日。

 

 さながら空に浮かぶ巨大な要塞を彷彿とさせる物体。

 表層は白銀一体で覆われており、その名の通り空高くに位置する巨大な立方体。

「あれがキューブ、実物は初めて見るな」

「私もです!どことなくルービックキューブみたいですね」

「ルービックキューブ?」

 俺は初めて聞く単語だ。

「パズルの一種だそうですよ。時々、ファルマス科とユグレス科の人たちが遊んでいるのを見たことがあります」

 パズルか。そういえば昔に読んだ本に空間認識能力が主題となる遊びを目にした記憶がある。

 次第に続々と生徒が集まりだし、参加者全員が集まったところでいよいよ探索が目前に迫る。

「キューブ探索の監督を任されたセラフ・ブロンツォです。よろしくねー!」

 何か底知れない嫌な予感がする。十分に注意しておく必要がありそうだな。

「じゃあ早速チーム分けの発表といこうか」

 今回のキューブ探索には計二百名ほどの生徒が集まっており、一年生の約三分の一の人数に相当する。

 つまり、ここから約四十数個のチームに分かれる分けだが、なんて運の悪いことだ。

「よりにもよってお前とか、憂士」

「よろしく馬門君」

「な〜に?僕たち魔法使い君と組まされるってことー〜?嫌だな〜、メグミもそう思うよね?」

「私は別に。太陽、私とあんたを一緒にしないで、組めるなら誰でもいいし、ただ私も魔法使いと絡むつもりはないから。それにかぐやあんたともね」

「まぁメグミが嫌うのも無理ないよね〜。かぐやちゃん、魔法科に行っちゃうんだもんなー。そんな魔法使い君と一緒にいたらおかしくなっちゃうよー」

 俺は自分が嫌われていることを認識しているが、ここまで露骨にアピールしなくてもいいと思うけどな。

「くだらない茶番をしている暇があるのなら、少しは効率よく探索できるよう話し合いをしたらどうだ?」

「余計な口を挟むなよ。ユグレス科の奴は黙ってろ」

 馬門の高圧的な態度にも屈せず、ユグレス科の生徒は堂々としている。

「僕は至極真っ当なことを言っているつもりだが、猿にでも分かるように言えば、時間の無駄だということだ」

「へ〜君、カルマ相手にその態度はやるね〜。名前な〜んていうの?」

「道角 蒼間だ」

「ていうか、一チーム五人までじゃないの?何で私たちのチームだけ六人なのよ」

「仕方ないよ。参加人数的にどこかのチームが必然的に多くなるんだし」

「私に気安く話しかけないでよ、魔法使いなんかがこの学園にいられること自体本来はありえないんだから」

「まぁせいぜい足を引っ張らないようにだけ気を付けろ」

 こんな感じでまともな探索が出来るのだろうか。

 俺たちのチームを指揮する先輩には少し申し訳なさを感じるな。

「このチームの指揮を任されたノボリ・ミハエルです。何か分からないことがあったら、遠慮せずに質問してください。そして今回は入り口から半径百メートルの範囲しか探索しないので、初めてのキューブはぜひ楽しんで欲しいと思います」

 一年生はそれぞれのチームごとに監督生の指揮の下、着々とキューブへと足を踏み入れていく。

「では、僕たちの班も行きましょうか」

 そうして俺たちもキューブ内へと足を踏み入れる。

 キューブ内はそこら中が真っ白く、方向感覚を見失いそうだ。

 入り口を抜ける際、何かモヤっとする違和感を感じる。

『スクエア、この気配はもしかして』

『かなり薄いが魔力の気配で間違いはない』

 キューブ内に魔力は存在していない筈、キューブには魔力回路が存在しないのだから。

「さぁ、せっかくだから入り口付近のツヴァイテに挑戦してみようと思うけど、どうかな?」

 監督生であるミハエルが率先して俺たちのチームへ課題を与える。

「異論なんてありませんよ先輩」

 馬門が代表して意見を述べる。

「みんなも大丈夫かな?入り口付近のツヴァイテはそこまで強くないから安心していいよ」

「それってやる意味あるわけ?」

「確かに、その意見には僕も賛成だ」

 しかし、メグミと道角がその提案を強く否定する。

「悪いね僕の言い方がダメだったみたいだ。そこまで強くないとは言ったけど、それはあくまで僕たち三年生としての意見だ。君たち一年生にとってはいい経験になると思うよ」

「俺はやりますよ」

 少しでも強くなれる可能性があるのなら迷わずに挑戦する。

「おいおい憂士、雑魚のくせしてあまりでしゃばるなよ」

「決まりだね。僕について来て」

 キューブ内はまるで何かの施設のようになっており、視界で捉えられる範囲だけでもいくつもの部屋が存在している。

「もう気が付いてると思うけど、キューブ内には無数の部屋が存在していて、部屋ごとに眠っている資源や部屋のレベルに応じたツヴァイテが出現する。そしてキューブは常に変化している・・・着いたよ。そこまで強いツヴァイテは出て来ないけど、僕にもどんなツヴァイテが現れるのか分からない。心の準備はいい?」

 そうしてミハエル先輩が部屋の扉を開き、中へと入る。すると、全身を赤く染め上げたまるで熊のような見た目をしているツヴァイテが何体も姿を現す。

「‼︎どうしてレッドベアーが、変化するとは言ってもこの範囲にいていいツヴァイテじゃない!」

「何?一体どういうこと?」

 何か違和感を察したのか、すぐさまメグミが反応する。

「本当ならキューブは、いくつもの層ごとに分かれて変化していく筈なんだ。だから、入り口から五階層をも離れたレッドベアーの部屋がここへ回ってくることは絶対にあり得ない・・・何かがおかしい」

「おかしいって、どうするんですか?」

 同様にかぐやも異常を察したのか、焦りを見せ始める。

「一旦引き返そう!」

「行くか太陽」

「そーだねカルマ〜」

「君たち、自由行動は慎め。既にここはキューブの中なんだぞって、おい!僕の話を最後まで聞け!」

 静止を促す道角を無視し、最初にレッドベアーへと飛び込んだのは馬門と太陽。二人はミハエル先輩の指示を得ていないのにも関わらず、単独での戦闘を開始する。

「何をしているんだ君たち!今すぐ戻るんだ‼︎」

「先輩〜こんなやつら僕たちなら楽勝ですよ〜」

「今すぐに引け!これは命令————」

「危ないです‼︎」

「ゴフッ」

 次の瞬間、レッドベアーは太陽の一瞬の隙をつき、頭を切り飛ばす。

「っ⁉︎」

 流石に不味すぎる状況だ。どう考えても誰一人として予想していなかった異常事態。

 確信は出来ない。しかし最初に感じた魔力に、その魔力に当てられたと思われるキューブの不規則変化。仕組まれたこととすれば辻褄が合う。

 だけどやはり理由が分からない。

「ミハエル先輩、扉は開かないんですか?」

「一度部屋の扉が閉まれば、ツヴァイテを倒すまでは出られないんだ」

「そんなのってないでしょ!どうにか無理矢理出られないの?」

「無理なものは無理だろ。現実を受け入れろ」

「道角って言ったっけ、何なのあんた?このまま死んでもいいっていうの?」

「そんなことは言ってない。だけど」

「だけど何?」

 こんな状況だというのによく喧嘩が出来るな。ここまで来ると感心するレベルだ。

「喧嘩をしている場合じゃないだろ!僕は、先輩として君たちを無事に連れて帰る義務があるんだ!」

「なぁ先輩、これのどこが無事なんだよ。あ?綺麗事ばかり言ってんじゃねーよ」

 馬門は自分のことを棚に上げてミハエル先輩を怒鳴りつける。

 太陽は助からないが、今ならこれ以上の被害は出さずに済む。

「楽魔君?」

 俺はレッドベアー向かって歩き始める。

『スクエア』

『何かな?』

『今ならアルフレアはどのくらいの火力が出せる?』

『おそらく、ここにいる生命体を一掃するくらいは容易だろう』

「馬門君・・・いや、馬門、端によってくれ」

「雑魚のくせに何命令して———-」

「速く寄れー!」

 馬門の目つきはこちらを睨むように変化しながらも端へと寄る。

「何?あんたなんかに何が出来んの?私は魔法なんかには頼らない」

「個人の想いは別として、状況を見て判断するべきだ」

「こんなことになるならプリズムを始めから監督生にするべきだったんだ」

 ミハエル先輩は今にも絶望しそうな表情を浮かべている。

「みんな楽魔君を信じて!私は知っています。楽魔君は絶対に私たちを裏切らないです!私は楽魔君の力を信じています!」

「ありがとう、かぐや」

 俺はレッドベアー向けて勢いよく拳を繰り出す。

「アルフレア‼︎」

 拳から放たれた炎は入学式のものとは比べ物にならないほど大きく、目の前にいる三十体ほどのレッドベアーを一掃した。

「・・・お前」

「何だその威力は、魔法の力はこれほどなのか・・・」

「うそでしょ」

「今すぐキューブの外へ出よう。探索は中止だ」

 俺たちは急ぎキューブの出入り口へと向かうが、バリアのようなものが張り巡らされており、周囲には既に多くの生徒の姿がある。

「ミハエル、そっちの班の様子は?」

「・・・一人、死なせてしまった」

「そうか、俺たちもかなりの負傷者を出した。見たところほとんどの生徒が負傷しているが、お前のところは一人以外を除けばほぼ無傷か。流石だな」

「いや、僕じゃない。そこにいる白髪の子のおかげだ」

 異様に体の大きな人物がこちらへと向かってくる。

「俺はセラボス・アルバート、ミハエルと同じく三年だ。よくやった」

「い、いえ。俺はそんな大したことは何も」

「謙遜する必要なんてないだろ。素直な気持ちを伝えただけだ」

 他人に褒められるのは久しぶりすぎて、どう反応したらいいのか分からないが、嫌な気分じゃないな。

「ミハエル!そして三年生はまず、ここにいる生徒を一か所に集めてくれ。その後、何とかしてこのバリアを突破する」

 次の瞬間、いきなりキューブ全体が大きく揺れ始める。

 そこら中から悲鳴や叫び声が聞こえ始めるがしばらくして揺れは収まる。

「ここは・・・」

 実際に目にしたことはない空想の景色が今まさに目の前に広がっていた。

 暗闇に包まれた洞窟の中、様々な色の輝きを放っている。

「う、嘘だろ。そんなの信じられない、だって魔力回路はとっくの昔に消滅している筈だ」

「道角さ、もっと分かるように言ってくれない?」

 道角は震えを必死に堪えて、ある言葉を口にする。

「ダ、ダンジョンだ。ここは、ダンジョンだ」

「待ってくれ、確かに見た目は変わってしまったが、そんなことがあり得るのかい?」

「ミハエルの言うように確かに信じられない。だが正しくはダンジョンの魔力回路は死んだ後、キューブの回路としてユグレス回路とファルマス回路の機能を果たすのに使われていると聞いたことがある」

「それって要するにこいつのせいってことなんじゃないの?」

 メグミの指先は真っ直ぐ俺へと向けられていた。

「どうして楽魔君のせいになるんですか!おかしいですよ!」

「いやいやいや、ダンジョンの魔力回路とかいうのが今のキューブの回路の元になってるならさ、こいつの力に回路が反応したって考えるのが普通でしょ」

「確かにそう考えると納得できるが、確定じゃない。それに僕たちは彼に助けてもらった。恩を仇で返すのは褒められたことじゃない」

 するとメグミはさらに不機嫌な表情を浮かべ言葉を強める。

「はぁ!道角あんたほんとに・・・どうせあんたもこいつが原因だと思ってるんでしょ。偽善者!」

「理論的に言えば、確かにその可能性はないとは言い切れないが、ダンジョンはそれ自体が回路そのもの。そんなものを彼一人の力で干渉出来たとは到底思えないと言うことだ」

「道角さぁ、この際だからはっきり言ってあげる。私たちみんなが魔法を嫌ってる。なら、全ての責任をこいつに押し付けたところで誰も私たちを責めない、違う?」

「そ、それは・・・」

 メグミの心理を突く言葉を受け、周囲の誰もが言葉を発しようとはしない。

 もうこの際、その可能性があるというだけで事実は関係がない。魔法は今を生きる者たちにとって必要とせず、拒絶の対象にすぎない産物。

「お前はずっと黙ってるけど自分の意見はないのかよ、憂士」

「馬門君・・・」

「カルマあんた・・・こいつのこと嫌ってたんじゃないの?」

「あー、嫌いだね。だけどこいつの強さは認めてやる。分かったな憂士、お前の意見を聞かせろ」

 俺へと一気に視線が集まる。

「俺は———」

『憂士構えろ、何かが来る』

 スクエアの声が頭に響いたとほぼ同時に、ダンジョン中に黒板を引っ掻くスクラッチ音のようなものが響き渡る。

「くっ、頭が割れるみたいだ」

「何これ!何かの鳴き声かなんか?」

 鳴き声か。そう思えば確かに生き物の鳴き声のようなにも聞こえてくる。

 ふと音が止み、ダンジョン内に静寂が流れる。

 直後、背後に何か悍ましい気配を感じ振り返ろうとするが、行動よりも先に何か強烈な一撃が俺の横脇腹へと撃ち込まれる。

「ガハッ」

「楽魔君‼︎」

 俺はダンジョン内のいくつもの壁を突き抜け、飛ばされる。

 まずい・・・速くみんなのところへ戻らなければ。

 しかし、右半身の感覚がなく、体のコントロールが完全に効かない状態。

 無意識に、左手首に付けてある花夏からもらったユメミヨのブレスレットへと視線をやる。

『安心しろ』

『スクエア・・・』

『以前私は君に言った筈だ憂士。私の加護の他にもう一つ加護を得ていると』

 右眼の加護のことか。

『左眼は最強の魔力量、そして右眼は不死身に近い自己回復力だ』

 気が付くと体の損傷は全てなくなり、むしろ先ほどよりも体が軽くなった気さえする。

「速くみんなのところに戻らなきゃ」

 俺は身体強化をして、全速力で出入り口へと戻る。

 既に何人かは重症を負わされており危険な状態。

 しかし、今交戦している馬門たちの状況を見るに、敵は俺たちを弄んでいるようにも見える。

『あれは悪魔という存在だ。私たちの時代に存在していた闇を司る種族の一種であり、とても知恵の働く存在だ。奴らは闇魔法を行使してくる、決して気を抜くな』

 悪魔か、魔法書には載っていなかった初めて聞く言葉。

「こいつ強すぎ!」

「俺たちの攻撃が一切通用しないだと⁉︎」

「僕が奴の弱点を探る。馬門、君は引き続き奴を引きつけておいてくれ」

「癪に触るが、仕方ないか。速くしろよ」

「僕を誰だと思ってるんだ」

 メグミ、道角、馬門の三人が再び攻撃を仕掛けようとしたその時、悪魔は一度ピタリと動きを止めて何かを話し始める。

「ムノウナニンゲンドモメ アソブノニモアキテキタゾ ミナゴロシニシテ アイツノシタイヲカイシュウシヨウ」

「逃げるです‼︎」

 かぐやの大声が響くと同時に悪魔は一瞬で馬門の懐へと潜り込み、急所へと狙い撃つ。

「させない!」

 俺は悪魔の体へと強烈な一撃を喰らわし、馬門から攻撃を逸らす。

「楽魔君!」

「お前」

「ニンゲン イキテイタノカ」

 俺はウラビティを使い怪我人を含め、全ての生徒を一か所へと集める。

「プロテクト」

 これは熊との修行で身に付けた防御魔法、それでみんなを覆うように施す。

 俺は右眼へと意識を最大限に集中させ、プロテクト内に回復魔法を発動させる。

「これは!」

「憂士、お前一人で大丈夫かよ」

「馬門君、君らしくない言葉だね。大丈夫・・・かは分からないけど、俺がみんなを守る!」

「そこまでする義理はねーだろ」

 正直不安で逃げ出したい。だけど、ここで逃げ出すわけにはいかないんだ。

「確かに義理はない。だけど理由ならある」

「理由?」

「俺は、俺の夢のためにここにいるみんなを守り切る」

 先ほどの一撃で実力の差は把握出来た。まともにやっては勝てない。

「楽魔君」

「あんた・・・」

「ワカレハスンダカ」

 カタコトで聞き取りづらいが、人間の言葉を先ほどから話している。だけど、意思の疎通が出来たところで見逃してくれるとは到底思えない。

 おそらくこいつの狙いは俺一人。初撃の威力がそれを物語っている。あれは明らかに命を狩る威力だった。

 他の生徒とは比較にならない。

 何としてでもここで倒す。

「コイ ニンゲン」

 俺は初撃を放つ。

「アイスブレイク‼︎」

 

 キューブ探索から二時間経過時点。外部。

「一体中で何が起きているのですか?」

「お〜っとこれは、プリズムのみなさんじゃないですか〜」

「キューブ内から発せられる波動に異常が検出されたから来てみれば、セラフ先生、貴方は一体何をなされてるんですか?」

 学園は常に、管理下にあるキューブの状態をそこから発せられる波動の波を感知して把握している。

 そして今、キューブ内に魔力が蔓延しているという異常事態を検知したプリズムのメンバー総勢五名がその様子を見に来たというわけだ。

「何っていやだなー監督に決まってるでしょ」

「私たちプリズムが気が付いていないとでも思っているんですか?」

「何のことだかさっぱりだな〜」

「私たちがキューブの異常を察知したのがつい先ほどであり、調べたところ探索開始直後から異常があったものと思われます。なぜ先生は一貫して傍観に徹しているのでしょう。焦る素振りすら感じられず、報告もなし・・・理由をお聞かせ願えますか?」

 セラフは多少の笑みを浮かべながら暁たちプリズムへゆっくりと視線を向ける。

「僕を疑いたければそうしろ。けどな、アイツらだって子供じゃないんだ。焦るタイミングでもないのに子供の成長を奪っていいのかねぇ〜。安心しなよ、本当にやばかったらその時は、この僕が命落として生徒を守るさ」

「焦るタイミングではないとおっしゃいましたが、明らかに異常事態です」

 暁はだんだんと普段の冷静沈着な態度を崩し始める。しかし、それは怒りではなく、不安。

 大切な弟憂士の存在が時間の経過とともに強く胸を締め付け、暁の奥にある不安や焦りの感情を引き寄せる。

「ダンジョン化!これは予想外〜。さぁ、僕の出番かな!」

 そう言って、セラフが膝を曲げ屈伸運動に入ったその時、ダンジョン表面に大きくヒビが入る。

 そうして入った一つのヒビは、次第に大きくダンジョン全体を崩壊させる道筋となって様々な角度へと走ってゆく。

 ダンジョンは粉々に内側から砕け散り、探索へ出発した生徒たちが何かに守られて上空から地上へと落下してくる。その際、元ツヴァイテである魔物たちの姿は一体たりとも見当たらない。

「一体何が起きているのだ・・・⁉︎」

 暁の視線を逸早く奪ったのは、真っ黒い歪な形をしている腕に力強く首を絞められる一人の生徒の姿だった。

「憂士⁉︎・・・・・」

 そしてこの場の全員が悟った。中に潜む怪物たちを一掃したのが、凶々しい歪な黒いオーラを放ち、虫のような見た目をしている人型の生命体であることを。

 

 こいつ、魔物を食べたことで更に強くなった。

 俺の首に巻かれた指はまるで岩のようにびくともしない。

「ワタシノヤクメハイジョウダ シネニンゲン」

 そうして悪魔は俺の腹へと自身の鋭利な爪を突き刺してきた。

「カハッ!」

 首に巻き付いていた指は離れ、コントロールの効かない体は真っ逆様に地上へと落ちてゆく。

 このまま頭から落ちれば、ただでは済まないな、いくら何でも頭を失った状態で加護が働くとは思えない。

「ちく・・・しょ・・・・」

「憂士!」

 俺は聞き覚えのある声の主に受け止められる。

 重い瞼を開いて、その人物を確認する。

「・・・姉上?どうして、ここに・・・」

「助けに来たのだ。今は喋るな」

 徐々に加護による自己回復が始まる。

「これは⁉︎」

「回復魔法です」

「魔法というものは、とても素晴らしく偉大なものだな」

 姉上は優しい笑みを浮かべると、俺をそっと地面へと寝かせて、悪魔の下へと歩み寄る。

「私の大切な弟をよくも、お前だけは許さんぞ。怒りを忘れた私の中にこれほどの昂りを与えてくれたことに感謝する。これが怒りなのかは分からないが、貴様を葬る理由にしては十分だ!」

 姉上が宙に浮かぶ悪魔へと飛びかかろうとしたところで俺の言葉が姉上を止める。

「待ってください姉上‼︎」

 我儘なのは分かっている。だけどこれは、俺の戦いなんだ。

「憂士、お前は怪我を!」

「大丈夫です姉上。この通り回復しました」

「だが」

「姉上、俺に任せてください。これは、俺の戦いなんです」

 俺は今まで弱者の地位に甘えていた自分を変えたくて努力した。だけど、弱者は弱者の地位を簡単には抜け出せずに馬鹿にされ、蔑まれ、冷たい視線を浴びせられる。

 俺は変わるんだ。こんなところで立ち止まってはいられない。

 俺はいつか大魔導士になる男だから。

「本気なんだな」

「はい!」

 悪魔へと向き合い、見上げる。

 俺は先ほどの恐怖を宿した瞳ではなく、覚悟を秘めた瞳を向ける。

『悪魔の弱点は光。これは私からのアドバイスだ』

『ありがとうスクエア』

「やめとけ憂士、お前一人で勝てるわけねーだろ、さっきだってボロボロだったじゃねーか」

 馬門は俺に対して引くように促す。

「これは俺の戦いなんだ!君は口を出さないでくれ」

 俺は今日、俺という一人の存在を認めさせる。

「シブトイ ニンゲンダ」

 さぁ行こう。この悪魔を倒して俺は俺になるんだ。

 先程はみんなに魔法を施していて上手く使えなかったが、今なら思う存分魔法が使える。

 俺は以前よりも更に成長した身体強化魔法を自身に付与する。

 地面を思い切り蹴り、猛スピードで一直線に悪魔へと飛んでいき、遠心力を十分に乗せた拳を放つ。

 初手を易々と避けられた後、手の平を悪魔の腹部へと当てて魔法をかける。

「共鳴!」

「キェェェェェェェェェ‼︎」

 共鳴で発せられた高音な音波は悪魔の発した叫びにより一瞬でかき消されてしまう。

「うそだろ!」

 後ろへと体勢を崩す俺の隙をつき、悪魔のどす黒いオーラを纏った拳が俺の顔面へと直撃する。

 殴られたことによって体が大きく回転するが、逆にその回転のエネルギーを利用して、悪魔の顎に一発強烈な炎を纏ったアッパーを撃ち込む。

 だが浅い。

「ソレデオワリカ」

「まだだ」

 そうして体勢を整え、悪魔の胸元に指先を置く。

「ウィークポイント!」

 この魔法は意図的に相手の弱点を作り出す魔法。魔法効果時間は、術者が相手に触れている間のみ。

「フォルゴレスト!」

 俺の指先を起点に放たれた超速の雷の矢が悪魔の胸を貫く。

「クェー!」

 しかし、悪魔から放たれる見えない圧に押されて空中を後退する。

「シズメ」

 そう言い鋭利な指先を上から下へと振り下ろすと、俺の体が勢いよく下降し始め、地面へと激突する。

「ガハッ」

 あの高さから勢いの乗った落下はこたえる。体に力が入らない。

「動け、動けよー!」

 何とか腕に力一杯力を込めて立ち上がろうとするが、上から更なる圧がのしかかる。

「くーーーーーーーーーーー‼︎」

 その後、黒い球体に体全体が包み込まれ、崩れたダンジョンに立つ悪魔の元へ引き戻される。

「シネ ニンゲン ブレス!」

 放たれた黒い咆哮が球体を包み込むが、俺は球体をぶち破り、咆哮を放ち続ける悪魔の顔面へと手を伸ばす。

「ナニ⁉︎」

「悪魔でも驚くんだな」

「ナゼカイフクシテイル」

 俺は球体に包み込まれた瞬間、瞬時にプロテクト魔法を自身にかけ、自己回復を発動させた。そしてそれと同時に炎の力を手の平に集中させ、ウラビティによってブレスを防ぐ重力の盾とした。

「アリエナイ ドウジニヨッツノマホウヲハツドウサセルナド キサマノレベルデハマダソノイキニハタッシテイナイハズ・・・」

 もちろん俺の実力ではまだそれだけの魔法を本来なら扱えない。だが、俺が授かったのは大魔導士スクエアの魔力回路。

 魔力回路の成長が思ったよりも早くて俺の適応が追いついていない部分はあるが、着々と成長している。

「マサカ イヤ アリエナイハナシデハナイ キメタゾニンゲン オウニハワルイガ キサマヲイケドリニシテモチカエル アノオカタノヨロコブカオガメニウカブ」

 王?あの方?一体何のことだ。しかし、こいつの気が変わろうとも、俺の覚悟に狂いはない。

「スパーク!」

 悪魔目掛けて右足からの刃を繰り出す。

「キサマー!」

 そして同じように放たれた蹴りが俺のみぞおちへと直撃し、再び地上へと飛ばされる。

「くっ!」

 しかし俺は、回転しながら落下することで威力を逃し、しっかりと地に足をつけて着地する。

「デスタラム」

 悪魔の今までとは異なる低く、飲み込まれるような声が響き渡った直後、上空一体に直径十センチメートルほどの黒い球体がいくつも出現する。

「イケ」

 合図とともに一斉に地上へとその球体が豪雨のように降り注ぐ。

「プロテクト・・・ダブル!」

 俺はある条件を倍に出来るバフ魔法をプロテクトに付与し、倍にしたプロテクトを後方で眺める姉上たちに施す。

 そのせいで俺は無防備となり、無数の攻撃を全身で浴びてしまう。

「ぐあー!」

 だんだんと意識が朦朧とし始めたその時、不思議な感覚に陥る。

「ここは、どこ?」

 視界一体に宇宙空間のようなものが広がっており、一寸先は闇。

 しかし暗闇に浮かぶ一つの輝き。

「何だこれ?本?・・・」

 ペラペラとページをめくっていると、次第に勝手にページがパラパラと動き出し、空間全体に輝きが舞っていく。

「こんな景色生まれて初めて見た、すごく綺麗だ」

 そうして周囲一体に舞った輝きたちは俺一点へと集まり始め、空間が暗闇へと戻ると同時に目を覚ます。

 不思議な感覚だ。常に攻撃を受け続けているというのに、負ける気がしない。

 先ほどの出来事が何だったのかは分からない。だけど何かとてつもないことがこの身に起こったことは確かだ。

「終わらせる」

 今まで使っていたのはそれぞれ一つずつの魔法を組み合わせていたものだが、それとは違う。

 氷魔法と時間魔法の融合魔法。二つの魔法で一つを成す魔法。

「クロノスグラーシャ‼︎」

 俺は攻撃の雨を浴びながら地面に指を沿わせて、一気に上空向けて振り上げる。

「ナ ナンダト⁉︎」

 振り上げた動作から作られた氷の柱が悪魔の動きの一切を封じる。

 必死に足掻くが、氷の柱は時間魔法により時間が止まっているためびくともしない。

 俺は瞬時に悪魔へと距離を詰める。

「くらえ、黒炎波‼︎」

 全力で悪魔の胴体へ拳を撃ち込み、氷の柱が崩壊すると同時に突き抜けた黒い炎は、魔法書で見たドラゴンの咆哮のように悪魔の背後に巨大な炎の波を見せる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 力尽き、悪魔と同時に地上へと落ちてゆく。

「憂士!」

「姉上」

「よくやった。知らぬ間にこんなにも立派に成長していたのだな」

 姉上の瞳は潤み、雫が滴り落ちていた。

「泣かないでください姉上。まだ終わりじゃありません」

 悪魔はもう動けないとはいえ、意識を保った状態のまま。

「姉上、俺を悪魔の下へと連れて行ってくれませんか?」

 膝を突く俺は姉上の肩を借りながら悪魔の下へと歩み寄る。

 なぜなのかは分からない。ただこの魔法が適したものであることは直感的に理解した。

「パージ」

 俺は悪魔の額へと指先を当てる。

 その瞬間、悪魔は光の粒となり空高くに舞い上がっていった。

「憂士、今のは何だ?」

「俺にもよく分かりません。多分ですけど、浄化の類いの魔法だと思います」

 パージを施したことで周囲に散漫していた邪悪な気配はなくなった。

「そうか、何はともあれよくやったな」

「ありがとうございます。姉う・・・ぇ———」

 俺はそのまま気を失い、眠りについた。

 

 暗闇が広がる無限とも思える空間、その至る箇所に浮かんでいる本の数々。それらを手に取ろうとするもすり抜け、手に取ることは叶わない。

 どこか悪魔との戦いの最中に見た景色に似ている。

 無数に浮かぶ本の先、強く輝きを放つ一点の星。

 どこまで続いているのか分からない。遠近感覚が狂いそうな錯覚に襲われながらも、ただその一点に意識を向けて増してゆく輝きに目を奪われ歩みを進めていく。

「・・・ぃ・・・・れしぃ・・・」

 一つの方角から聞こえてくるというよりは、空間全体に響き渡っている感覚。

 誰かが俺を呼んでいる。

「・・・・・憂士君」

 眩しい。先ほどの輝きに負けないくらいの眩しさが俺の瞳をさす。

「やっと目を覚ましたです。憂士君〜!」

 光の正体は天井の照明。

「か、かぐや⁉︎」

 意識がはっきりとし始め、俺は自身の状況を理解する。

 まず気を失った俺は今まで学園の保健室と思われる部屋のベッドで眠りについていたこと。

 そしてかぐやが目を腫らし、大量の涙を流しながら俺へと抱きついていること。

 そして・・・。

「かぐや、その・・・ずっと付いていてくれたの?」

「そうですよ!生きていてくれてよかったです。私憂士君が死んじゃったらどうしようって不安で不安で怖かったです」

「ごめっ・・・ありがとうかぐや。それと、憂士君って、急に下の名前で呼ばれるとなんか恥ずかしいんだけど・・・」

「憂士君もかぐやって呼んでるんですからおあいこですよ」

 そう言って元気よく微笑みかけてきたかぐやに対して、俺の心臓が小さく鼓動を打つ。

「目覚めて早々何をしているかと思えば、イチャつくのもほどほどにしておけ。それと憂士、お前に客人だ」

「姉上!俺は別にイチャついてなんか・・・」

 姉上へと視線を向けると、その背後に見覚えのある二人の姿が見えた。

「げ、元気?」

「失礼する」

「メグミ、それと道角も、二人とも無事で良かったよ」

「憂士、君が僕たち全員を守ってくれたからだ。正直君のあの姿を見て心打たれたよ。魔法使いごときが何言ってるんだと思ったけど、僕が間違っていた」

 そう言って差し出された手は、生まれて初めて見る、自分に向けられている意思の込められたものだった。

 実家にいる時、何度か姉上にも手を差し出されたことはあったけど、それとは違う自分自身で掴み取った信頼の証。姉上も俺を信頼してくれている。しかし、姉上から差し出される手は俺を弟として見る優しさの意思が込められていた。

「私は今でも魔法は好きになれない。だけど、あんたのことは嫌いじゃない、かも。色々と悪口言ってごめん・・・その、守ってくれてありがとっ」

 メグミもそう言って、俺の手を取る。少し俯きがちで頬を赤らめ、恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

「じゃあ私は行くから、またね・・・楽魔」

 魔法使い呼びから苗字呼びとは、かなり進歩したな。

「僕もこれで失礼する。また授業で会えたら会おう」

「うん、ありがとう二人とも」

 まぁ、魔法科と他の科の合同授業がなければ授業で会うことは難しいが、こちらから会いに行こう。

「ねぇかぐや、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい、何でも聞いてくださいです!」

「何でかぐやは涙を流せるの?」

 赤い月の民は憤怒を忘れ朝の世界となり、青い太陽の民は涙を失い夜の世界となった。

 かぐやは少し不思議そうに首を傾ける。

「どうしてですかね?私にも分かりませんです。この目に何かあるのかもです」

 この目とは、かぐやの持つ特殊な左目のことだ。

 かぐやだけではない、赤い月の民である俺もまた憤怒を抱くことが出来ている。

「魔法・・・」

「何です?」

「いやいやいや、何でもないよ」

 俺は思わず考えを口に出してしまったため、慌てて否定する。

 かぐやはまだ自身の左目の真実に気が付いていない。そしておそらく二つの感情については魔法が関係していると見ていいだろう。

「だけどこの目は、亡くなったお母さんと同じものなので、とても大切なんです」

「そうなんだね。お母さんはきっとかぐやに似て、とても優しい人だったんだろうね」

「はい、私はそんな優しくて素敵なお母さんのことが大好きでした」

 その一切曇りのない表情から、本当にお母さんのことを愛していたことが分かる。

 そういえば、かぐやの家族について聞くのは初めてだな。俺もほとんど自分のことについては話さないが、また機会があれば話してみるのもいいかもしれない。

「それじゃあ、私も失礼するとします。目も覚ましたことですし、あまり長くいては悪いですからね」

「悪いことなんてないけど、それならまた寮で会おうね」

「はい!それと憂士君、またお客さんですよ」

 一体誰のことだろうか。確かに言われてみればドアの後ろから微かに何者かの気配がする。

 かぐやは笑顔を浮かべながら俺へと一度手を振り、保健室を後にした。

 少しして客人と思われる人物が姿を現す。

「・・・全然気づかなかったよ」

「まぁ気配を消すのは得意だからな。それより入っていいか?」

 そう言って馬門は空いていた保健室の扉を閉め、俺のいるベッドの横にある椅子へと腰を下ろす。

 それにしても先ほどから保健の先生の姿が見えないな。

 ものすごく気まずい空気が流れ始める。

「その、ごめん。あの時は冷静じゃなかったから君に酷い言い方をしちゃて」

「そんなこと気にしてない。正直守られていい気はしなかった。けど、俺にはどうすることも出来なかったことくらい理解してる」

「馬門・・・」

「そんな目で見んなって、別に落ち込んでるわけでもないし、お前の強さはもう十分に分かってる。まぁだからこうやって話に来たわけだしな」

 そう言って、逸らしていた視線をこちらへと向ける。馬門の瞳は、いつもの俺を揶揄う蔑んだ瞳では決してなく真剣そのものだった。

「なぁ憂士、お前に一つ聞きたいことがある。お前は、魔法が嫌いじゃないのか?魔法を使えることはおいといても、お前自身が魔法を受け入れてるように見える。その理由を聞かせてくれよ」

「それは・・・」

 以前俺もみんなと同じように魔法を嫌っていた。しかし、スクエアのおかげで信じてきた真実は偽物であることを知り、今では魔法を受け入れている。

「これから話すことを誰に話そうと君の自由だ。だけど、もしこのことが広がれば世界は混乱に陥ると思う。だからそれだけの覚悟を持って聞いてほしい」

 信じてきたものの崩壊、それは一朝一夕で受け入れられるものではない。こと俺にとってはプラスとなる要素が大きかったおかげで受け入れられたが、みんながみんなそうとはいかない。

 目標を失う者、行き場のない感情を様々な方向へとぶつけてしまう者、そういう者たちが連鎖を成していき、結果的に取り返しのつかない事態になることだってあり得る。

「話してくれ」

 俺は馬門へとスクエアから聞いた二つの世界の誕生の真実を話した。

「なるほどな、だけどこんな話他の奴らにしたところでだろ。誰も信じない」

「だからまず魔法の認識を俺が変えていく」

「言うは易しだな」

「だけど馬門、君は信じてくれただろ」

「まぁ、確かにな。お前がどんな風に変えていくのか、俺が側で見といてやるよ」

 直接言うのは恥ずかしかったのか、こちらに背を向け窓を眺めながらそう話す。

 まずはみんなの意識を変えていくところからだ。魔法に対しての嫌悪感をなくしてもらわなければ魔法を受け入れることなど出来はしない。

「今まで色々と悪かった、ごめん」

 馬門は少し恥ずかしそうに、そう口にした。

「ふふっ」

「何がおかしんだよ」

「いや、ごめん」

 今まで常に俺は格下と認識され、馬鹿にされていたせいで一際大きく見えていた馬門の存在が今や小さく思える。以外な面を見ることが出来たな。

「じゃあこれで俺たちは友達だね」

「友達か、こんな性格だからまともな友達は憂士が初めてかもな」

「俺も男子の友達は初めてだよ!よろしくね馬門」

「カルマだ。俺だけ上の名前呼びじゃ味気ないだろ」

 確かにな。カルマは始めから俺のことを憂士と呼んでいた。また一人、仲間が増えた。人と人との繋がりは不思議なものだな。

「よろしく、カルマ!」

「あーよろしくな、憂士」

 俺たちは互いの拳を差し出しコツンと当てる。男の友情の素晴らしさを、俺はこの日初めて知った。

 









 三、悪魔王

 

 キューブ探索から一週間が経ち、この日は最も大きな規模を持つ第一体育館へと全学年の生徒が集まっている。

 姉上の話によると、この学園では滅多に生徒全員が集まる会が開かれることはないそうだが、今回その会が校長先生によって開かれたということはそれ相応の内容が伝えられるということだ。

「生徒諸君に今日集まってもらったわけはワシから二点伝えることがあったからじゃ」

 その内の一つは何となく予想がつく。入学式のようなのはもううんざりなので、念のため覚悟をしておくか。

「まず一つ目は、先日起きたダンジョン化についてのことじゃ。ダンジョンはキューブとは異なり魔力を宿した存在じゃ。昔、魔法が大半を占めていた時代、ダンジョンは一般的には自然発生したものであり、自然のマナで満ちていた。じゃが、今回発生したダンジョンからは自然のマナに混じった何者かの魔力残滓が確認できた」

 そう、俺はもとよりあの場にいた者なら誰もが気が付く。あれは決して偶然起こったことなのではないということ。

「つまり、意図的に魔力がダンジョンへと流し込まれ必然的に起きたということじゃ。諸君の大半は楽魔憂士に疑念を抱いていることじゃと思う。じゃが、それは勘違いじゃよ」

 周囲の者の刺すような視線を今この場にいる俺は浴びせられる。

 確かに冷静になって考えてみれば俺ではないことなど容易に分かるはず。あの時メグミが言っていたように本当のことなど関係ないのかもしれない。しかし、校長先生がこの場を設けてくれたおかげでその考えは変わりつつある。

「キューブに使われている回路はそれ自体は元は魔力回路じゃが、一切の魔力を発してはいない。諸君の思う通り、何者かの魔力が原因でダンジョン化が引き起こされたことは紛れもない事実じゃが、キューブやダンジョンはそれ自体が回路そのものであり、ましてや死した回路を蘇らせる魔力量はまだ彼の中には存在していないのじゃ。つまり完全なる外部の犯行というわけじゃ」

 人とは権力を持つ者の前ではひれ伏し、その者の言葉を肯定する傾向が見られる。

 今、まさにそれと全く同じ現象が起こっている。校長先生の言葉を受け入れ、自身の考えが誤っていたと気が付く者がほとんどだ。

 魔法を嫌厭しているため、例え気が付いたとしても俺に対する態度が変わるとは思えないが、こういった日々の積み重ねが重要となる。

「してここからが本題なのじゃが、今後魔法科の授業においてその他の科の者が自由に参加する規定を設けた。魔法の凄さを身近でその身に感じてみると良い。勿論、魔法科の二人においては逆も然りじゃ。先日、勝手に魔法科の授業に潜り込んだ教師含め生徒がいるそうじゃが、とりあえずは不問としよう」

 そして二つ目の話へとシフトする。

「続いて二つ目についてじゃが、中立神王学園創設以来からの伝統ある神王祭について、今年から魔法学園との合同神王祭を行おうと思っておる」

 神王祭とは生徒一人一人が己の力を証明・披露するための武道の祭りであり、今のプリズムのメンバーは去年の神王祭においての勝者ということ。そしてプリズムの会長を務めている姉上は神王祭の優勝者だ。

 この祭りのミソは、全生徒が学年問わず参加するところにある。

「それと今回、もう一つ新たな要素を設けた。教師による参加枠じゃ。勿論、学生と教師はそれぞれ舞台を分けるつもりじゃが、賢者による戦いを見たいと思おとる生徒も多いはず。教師の参加は自由じゃが、これも立派な実績に入ることを覚えておくとよい」

 賢者、今最も神への存在に近いとされている者たち。そのような者たちの戦いを間近で見られるとなれば、神王祭は過去に類を見ない盛り上がりを見せることは間違いなし。

「では諸君、一ヶ月後の神王祭まで研鑽に励むがよいぞ」

 そう言って校長先生は舞台の上から姿を消し、生徒はそれぞれ教師の指示に従い体育館を後にした。

「憂士君なら優勝間違いなしですよ!」

「そ、そうかな?」

 歯切れの悪い俺の反応に対してどこか不審に思ったのか、かぐやが眉をひそめる。

「謙遜することない、お前なら十分可能性あるだろ」

 するといつの間にか横にいたカルマがこれまでとは真反対の言葉を投げかけてくる。

「いや、まぁ、そうかもしれないけど」

「姉のことでも気にしてんのか?」

「え?」

「プリズムの会長、あれお前の姉なんだろ。まぁお前も色々と大変なんだな」

「なーに、何の話をしてるんですか!」

 思わず意識から外されていたかぐやが我慢ならなくなったのか、頬を膨らませ俺たち二人の前に立つ。

「もし俺と姉上が神王祭で戦うことになったらと思うと、ちょっとね」

「申し訳ないか?それは、おかしな話だな」

「ですです。愛する弟に手を抜かれて嬉しい姉なんていないですよ。ましてや、お姉さんは余計に傷つくことになってしまいます」

 それくらい二人に言われるまでもなく分かっている。どの道今のままでは勝負にすらなりはしない。

 しかし俺の成長速度を考えると、一ヶ月後ならどうなっているかは分からない。

「そうだね。姉上はきっと手を抜かれたら喜ばないと思う。二人ともありがとう」

「いえいえこれくらいのこと何でもないです!」

「俺も、家族に関しての苦労なら分かるからな。何でも相談しろ」

 カルマの変わりようにはかなり目を疑う部分があるが、俺は良い友に恵まれたようだな。

「そうさせてもらうよ」

 この後はカルマを魔法科の寮であるテントへと招待することとなっている。

 寮へ着くと、そこには見知らぬ男女二人組がテントを足蹴にしていた。一人は水色の瞳を持ち金色の綺麗な長髪をなびかせており、もう一人はキリッとした目鼻立ちに俺よりも少し濃い白髪の容姿だ。

「なんですのなんですの!このテントは」

「人がいる気配はしないな」

「君たち誰?この学園の生徒じゃないよね」

 中立神王学園に通う全生徒は上下白色の制服を身に付け、左胸に拳サイズの聖杯と剣の模様が刻まれているが、この二人に関しては上下の制服が真っ赤に染め上げられている。それに左肩の模様は、魔法陣のように見える。

「わたくしは魔法学園一年、サリー・フォン・リゼローテと申しますわ」

「同じく魔法学園一年の葉洋 政宗だ。これはお前たちのテントで間違いないか?」

「そうだ。だから傷つけるのはやめて欲しいんだけど」

 見たところ傷一つ付いていないが、要するに行為そのものをやめて欲しいというお願い。

 それにしても、内装も素晴らしい上外装も頑丈、卒業までの三年間このテントでの生活は癖になりそうだ。いや、もうなってるかもしれない・・・。

「傷なんかついてませんでしょう!言いがかりはやめてくださいまし!」

「おい、人の物を蹴っといてその態度はないだろ」

「いいよカルマ」

「こういう性格ブスにははっきり言わないと分からないんだよ」

「ブッ‼︎貴方、今わたくしのことをぶぶ、ブスと、そうおっしゃいましたわね!」

 リゼローテはリンゴのように顔を赤らめカルマの発言に対して激怒する。

「貴方についてのお噂は、青い太陽の世界にいる時、予々聞こえてきましたわ・・・家族を裏切った不良品とね」

「私はそんなの初耳です!聞いたこともありません!」

 不良品とは大層な価値をつけられたものだ。カルマが先ほど俺に向けてきた言葉は相当の重みを秘めた言葉だったことを俺は今理解する。

 そして裏切りとは、家族に関して俺と同等な苦労をしていたことの裏返しとも取れる。

「その反応、お噂は本当のようですわね。貴方はわたくしに意見できる立場ではありませんの。さぁ、先ほどの侮辱的な発言を心から詫びてくださいまし」

「サリー、やめろ。俺たちはそんなくだらないことでここに来たわけじゃない、目的を忘れるな」

「政宗、従者のくせにわたくしに意見するつもりですの?」

 結局のところ魔法学園の生徒と名乗る二人の目的も分からないまま着々と無駄な時間を浪費していく。

 話が通じないからといって武力行使に回るわけにもいかないため、解決策が見えてこない。

「だとしたら何か問題でもあるのか?もしこのまま無駄な浪費を続けるなら、学園へと報告させてもらう」

「わ、分かった。分かったわよ・・・・貴方方は命拾いしましたわね。特に馬門さん、貴方のことを許したわけではありませんから。ふんっ」

「失礼する」

 そう言って二人がそそくさとこの場を立ち去った後、嵐が過ぎ去ったかのような静けさに包まれた。

 

 その後俺たちは魔法科の寮内、つまりテント内をカルマに案内した。やはり見た目に反する内装をしているため、初めて景色を目にする者はその素晴らしさに目を見張る。

 カルマも同様な反応を見せてはいたが、やはり先ほどのことが効いているせいか一貫して態度は暗いままだった。

 友達になるということはその人の内面をも詳しく知っていくということ。俺と馬門は似ている過去があり、強く共感してしまうためかける言葉に困ってしまう。

「そうだ憂士君。私この後メグミちゃんと約束があるんでした!」

「そうなんだ、行って来なよ」

 俺がカルマと友好関係を築こうとしているようにかぐやもまたメグミとの関係を築こうとしている最中。

「じゃあ馬門君もゆっくりしてってくださいね」

 そう言って地上へと上がったかぐやの姿を確認したところで話を切り出す。

「そういえば、さっきの裏切りが何とかって話、どういうことなんだ?」

「あぁ家族を裏切った不良品ってやつか・・・親に直接そう言われたわけじゃないが、実際俺のいた世界じゃかなり広まってた噂だ。全ては俺の兄貴が仕組んだことだ」

 カルマは椅子へと腰掛け淡々と話し始める。

「まぁ実際その通りだから、さっきは何も言い返せせなかったけどな」

 触れてはいけない境界線は理解しているつもりだが、必然的に好奇心が込み上げてくる。

「どうしてそう言われているのか理由を聞いてもいい?俺も似たような経験があるから少しだけど理解できると思うんだ」

「憂士には隠したところでだしな。ただ理解はしても同情はするな」

 そうしてカルマはそこへ至るまでの経緯を順序立てて話してくれた。

 端的にまとめると青い太陽の世界で有名な地位ある家族の三男として生まれたカルマは、その非凡的な回路の才能を幼い頃から認められ、両親や周囲の人から浴びせられる期待の重圧に日々苦しんでいたということ。そして嫉妬した二人の兄によってその弱みにつけ込まれた挙句、両親含め全ての人から見放され、僅か十歳で自らの意思で家族の元を離れた。

「俺が最初お前に敵意剥き出しだったのもそのせいだ。今はもう何ともないが、一時期回路の成長を魔道具という物で止められていたせいで全ての信頼・期待を失った。期待が重圧だっとしても見向きもされなくなるのは精神的に削られた。おかげで俺は伝承とは別に、魔法のことが大嫌いになったってわけだ」

 要するにカルマが家を飛び出した後、兄二人が流した噂こそが、家族を裏切った不良品ということか。

「今話したことがだいたいの真実だ。まぁこっちとしても出来る限り家族と接触しないようにしていたら余計な技術が身に付いたけどな」

 少し元気を取り戻して来たのか、会話の節々に笑顔を見せ始めるカルマ。

 余計な技術とは、この前言っていた気配を消すのが得意ということだろうか。

 それにしても一つ引っ掛かる。

「お兄さんたちはその魔道具をどうやって手に入れたの?」

「それは俺にも分からねぇ。ただ、兄貴たちが魔道具を手にする少し前、屋敷内に怪しげなフードを被った奴を見た・・・まぁ、あまり覚えてないけどな」

「話してくれてありがとう。過去は確かに辛いものだったかもしれない。だけど、今ここにいるのはあの頃とは違う自分だ。そうだろ?カルマ」

「ふっ、カッコつけやがって」

 その後、俺が魔法を披露したり、テントの仕組みを使った遊戯や互いの恋愛話などを交えながら時間を過ごした。

 時間が過ぎるのは早いものでカルマが自分の寮へと戻った数分後にかぐやが帰宅し、更にその数分後に姉上が帰宅した。

『憂士、少し外に出れるか?』

 一週間ぶりのスクエアからの呼びかけに驚く表情が顔表面に出てしまう。

「ん?どうかしたのか?憂士」

「いえ、何でもありません」

 ここ一週間、俺が話しかけても何一つ反応を起こさなかった理由は一体何なのか?

『今まで一体何をしていたの?いや、何をしていたはおかしいか・・・どうして何の反応もしてくれなかったの?』

『少し考え事をしていた。そしてようやく確信に至ったのだ。ここでも構わないが、君の力についてのことだ。少し外に出よう』

 誰もいない静かな場所の方が集中して話を聞けるため、スクエアの提案通りテントの外へと出る。

『話とは関係ないことだが、あの赤髪の少年は魔道具について何と言っていた?』

『んー、特に何も言ってなかったけど、その魔道具は誰かから渡されたものかもしれないってことくらいかな』

『それはどんな奴だと言っていた?』

『フードを被ってたってことくらいかな?スクエア何か知ってるの?』

 明らかにいつもとは異なる様子、何かに動揺している。

『おそらく私の思い違いだ。本題に移ろう』

 こうして真剣に話せる場をわざわざ設けたということは、かなり重要な話であることは間違いないが、俺の力の何についての話だろうか。加護の説明は以前に受けたし、回路についての追加事項だとも考えにくい。となると、悪魔戦で見た光が関係していそうだ。

『まず魔力回路は力の発生機関だけではなく魔法が記憶されていることは知っていると思う』

『セラフ先生の授業で前に習ったところだよ。確かユグレス回路とファルマス回路は元々回路に宿っていた力が脳に記憶されているのに対して、魔力回路は回路に魔法がどんどん記憶されていくって』

『補足しておくならば、魔法は回路だけでなく、脳にも記憶されている。ユグレス回路とファルマス回路は魔法と比較すれば下位の力にすぎないのだ。そして魔力回路と宿す者の脳には魔法を記憶しておくための空間が存在しており、それを私たちは書庫と呼んでいる』

『書庫?』

 書庫といえば、空間一体に数えきれないほどの本がびっしりと棚に整理されているイメージがある。

『魔法を使用する際、具体的にイメージするために名を口にすることがあると思う。もちろん無詠唱と言われる名を発せず魔法を使用することもできるが、その発する名が刻まれ、刻まれた名を見ることでその名を口にする、または思い浮かべる。そのため名を刻む物を本と例え、魔法の記憶領域を書庫と名付けたのだ』

『つまり、どんな魔導士でも書庫を回路と脳の二つに持ってるってこと?』

『その通りだ。しかし、一般的な書庫とは意図的には一切干渉することの出来ない自動的なもの。そして反対に干渉可能な書庫を宿す者が奇跡的に誕生することがある。私がまだ生きていた頃、私を含め一体何人が宿していたのかは不明だがな』

 俺はその時ある出来事をフラッシュバックしていた。

 それは、悪魔戦後の保健室で見たあの夢のこと。無数の本に囲まれ、光り輝く何かを目にしたあの時のことを。

『率直に言うとしよう。憂士、君は、アトストラダムスの書庫を宿している』

『アトストラ・・・何?』

『アトストラダムスの書庫だ』

『その書庫を宿すことが奇跡ってこと?』

『以前、私の他にその書庫を宿していた男を一人しか知らない』

 スクエアが生きていた時代は魔法大国がありとあらゆる土地に範囲を拡大していた時代。大魔導士ともあろうスクエアが魔法好景気に、その書庫の持ち主を一人しか知り得ていないとは、一体どれくらいの確率を俺は引き当てたのだろうか。

『あっでも、スクエアの回路を受け継いだ時にアトストラ何とかの書庫も受け継いだんじゃないの?』

『アトストラダムスだ。それはあり得ないことだ。なぜなら、一般的な書庫は回路と脳それぞれに空間を持っているが、アトストラダムスの書庫は脳にしかその空間領域が存在していない。つまりは、生まれながらの資質ということだ』

 その後スクエアは長々とアトストラダムスの書庫についてを語ってくれた。

 テント内へ戻った俺は、自室のベットに横たわり天井を見つめる。

 スクエアの説明によればアトストラダムスの書庫には主に二パターン存在しており、この書庫を宿す者はその内どちらか一パターンを扱うことが出来る。

 まず一つ目が自己意識により、魔法の生成が可能というもの。これは自身の意思によって自由に固有の魔法、いわゆるユニークマジックを作り出せるという書庫パターンである。そして過去、スクエアとスクエアの知るもう一人の人物が宿していたアトストラダムスの書庫でもある。

 二つ目がユニークマジック以外の現在まで存在して来た全ての魔法を行使出来るというもの。本来魔法は、自動的に自身の書庫に記憶された魔法のみを使うことが出来るが、アトストラダムスの書庫に記憶された過去、そして現在全ての魔法を無理矢理自身の書庫に刻み込んで行使可能。また、存在している全ての魔導士の情報も同時に知ることが出来る。

『悪魔戦で見せた浄化の魔法パージと時間魔法と氷魔法の融合魔法クロノスグラーシャは、どちらも私の回路には記憶されていないものだ。そして今の回路のレベルでは、自動的に発生することはまずない』

 つまり俺はその二つの魔法を二パターンのどちらかで行使したことになる。

『アトストラダムスの書庫は無限の宇宙空間のような見た目をしていて、その空間に情報として存在している魔法が本として可視化している。そして魔法を作ることができる部分はまだ見ぬ未知の領域を意味するように眩しいほどの光を放っているのだ。そして私はパージの魔法を生前目にしたことがある』

 つまり俺に宿るアトストラダムスの書庫は全ての魔導士の情報、魔法の情報を知ることができるパターンということになる。

 しかし、見る書庫の内に、作るものが存在している。俺は夢の中で光を放つ存在を確かに目にした。

『その通り、君は奇跡が生んだ子だ』

『俺にそんな力は大きすぎるよ』

『奇跡には因果として使命が宿る。君は逃げる選択肢ではなく、切り開く選択肢を取るべきだ』

 それこそ言うは易しだ。だけど、このまま逃げ腰になっていては以前へと逆戻りしてしまう。

『背負えるかな?』

『君を支えるために私がいるのだ』

 心強い言葉だ。

『ねぇスクエア、もしかして融合魔法って俺のユニークマジックだったりする?』

『氷と時間の融合魔法か、中々に面白い。融合魔法は数々見て来たが、君の魔法はとても興味深いな』

 スクエアははっきりとは答えてくれなかったが、少なくともスクエアが初めて見る魔法であったらしい。

 

 ここ二週間の内にある二人組の話題が学園中を駆け巡っていた。

「ねぇねぇ聞いた?例の二人組の話」

「うん、聞いた聞いた」

「またこの学園の生徒が被害に遭ったらしいわよ」

「そもそも内の学園の生徒じゃないんでしょ?なんか噂じゃ赤い服を着ているらしいしね」

「でも、男子の方はイケメンらしいよ〜」

「うわぁーそれなら私もつけまわされてみたいかもー!」

 被害とはストーカー被害のことであり、二週間で被害に遭った者は十四人にのぼる。つまりそれは、一日一人のペースで被害にあっていることになる。

 

 セラフ先生による魔法学の授業が終わり、着々と生徒が教室を出ていく中、俺とカルマ、そしてかぐやは席に着席したまま今話題となっている二人組の存在について話し合う。

「そういえば今日、廊下で話している女子たちの会話が聞こえたんだけど、二人組は赤い服を着ている男女らしい」

「ほんとですか?」

 俺たち三人は記憶に新しい映像をほぼ同時にフラッシュバックしていることだろう。

「あいつらの仕業か?」

「間違いないと思う。あの時何か目的があるみたいなことを言っていたし」

 つまり、その目的とやらの被害に生徒が巻き込まれているということだ。

「まぁでも俺たちには関係ないな」

「そんなことないです!同じ学園の仲間がストーカーされてるんですよ!見てみぬフリはできないです」

「確かに放っておくのはよくないけど、ここ二週間日毎にターゲットを変えてストーカー行為なんて普通じゃないよ。あまり関わるべきじゃない」

「確かに少し怖いですね」

 会話に間が生じた瞬間、その時を待っていたかのように背後にいた者が席を立ち近づいてくる。

「あっ、メグミちゃん!」

 かぐやがその存在に気が付き声を上げるが、その呼びかけには反応を示さず俺の前へと立ち止まる。

「久しぶりだねメグミ」

「ひ、久しぶり。あ、あんた、今日この後何か予定とかあるの?」

「メグミ、お前、ひょっとして・・・」

 俺の右隣に座っていたカルマが何かを悟ったらしくメグミへと探りを入れる。しかしそれをメグミは制止させる。

「うるさい!カルマ、あんたは余計なこと言うな!」

「仲がいいんだね」

「ちがっ、それで、今日はこの後空いてるの?空いてないの?」

「あ‼︎」

 かぐやも何かに気が付いたらしく思わず大声を上げてしまった自分の口を手で押さえる。

「空いてるけど、二人ともどうしたの?ん、メグミ?」

 話を持ち出した張本人であるメグミまでもが手で顔を覆っている。

「話があって、今日一緒に帰れたりする?」

「うん、いいよ」

「じゃあ門の前で待ってる」

 そうしてメグミは足速に教室を後にした。

 久しぶりに話したせいか、メグミの様子が少しおかしい気がした。かぐやとカルマの反応も少し不自然だった。

「話はまた今度にするか、行ってこいよ憂士」

「憂士君・・・」

「うん、じゃあそうさせてもらうよ。かぐや、先に寮に戻ってるね。カルマもまた明日」

 俺はメグミが待っているため早々に教室を後にした。

 俺とメグミはそれぞれ寮の方向が違うため少し遠回りをしながら帰ることにする。

「話すのは久しぶりだよね?まさかメグミから話しかけてくれるとは思わなかったよ」

「あんた待ってたら、いつまで経っても話しかけてこないでしょ」

「そうなことないよ。まぁ今日話しかけてたかは分からないけど」

 メグミの足が止まっていることに気が付き、俺も足を止めて後ろを振り返る。

「なんか、さ、急にあんたと話したくなったんだよね。今・・・よく分からないけどすごく楽しい?気がする」

「俺も楽しいよ」

「なら・・さ、今度の日曜、私と出かけない?・・・・・二人で」

 俺はここに来てようやくメグミが話しかけてきた理由を理解する。

「それって、デートってこと?」

「そ、そう」

 俺はふと無意識的に左手首へと視線を向ける。

「好きな人いたりするの?」

 おそらく今、メグミの神経は過敏になっているため、俺の行動一つ一つを見逃さない。

「好きな人なのかな?でも、大切な人だよ」

「そうなんだ・・・」

「メグミも俺の大切な友達だよ。かぐやもカルマもね」

「何それ、そういうこと平気で言うんだね。まぁあんたらしいけどさ」

 そういえば、先ほどの返事をまだしていなかった。同性と遊んだこともない俺が異性と、ましてやデートなどまともに出来るのだろうか。

「俺でよければよろしく」

「えっほんとにいいの?」

「だけどあまり期待はしないでね。デートの経験なんてないからさ」

「私だって初めて———-」

「何か言った?」

「うっさい、聞いてくんな!」

 これでこそメグミだ。少しツンとしている部分もあるが、俺は別に嫌いじゃない。

「確か休日は外に出ることは許されてたよね?」

「うん、私は何回か外に出たことあるし」

「それじゃあ、日曜日の十一時に学園の門の前で待ち合わせでいいかな?」

「分かった、じゃあ日曜日ね」

 そうして俺たちは各々の寮へと戻り帰路に着いた。

 かぐやはすでに帰宅しており、姉上と一緒に優雅にテレビをつけお菓子を食べている。

「帰りました」

「おかえり憂士、帰って早々悪いが話がある。ここに座ってくれ」

 そう言われ、俺は机の空いている席へと腰を下ろし、真正面には姉上とかぐやという構図が出来上がる。

「早速で悪いが、弟に一つ質問がある。同学年の女子とデートへ行くとは本当のことなのか?」

「私が教えたです」

「えっでも、かぐやにはそのことまだ言ってないよね?」

「ということは行くのだな、いつだ?私もついて行こう」

 男女のそれも思春期真っ盛りの二人のデートに付き添いなど聞いたことがない。

「いえ、心配しなくても大丈夫です姉上、しっかりとエスコートしてみせますので!」

「そういうことではない憂士・・・私の可愛い弟をたぶらかしたのは一体誰だ」

「ですです。メグミちゃんは抜け駆けがすぎるのです」

「ほぉ、メグミと言うのか。私がしかと見極めてやるとしよう」

 全く姉上は俺のこととなるといつもこうだ。まさか本当について来たりはしないだろう。流石に姉上といえどそこら辺の判断はしっかりとしている筈だ。

 

 デート当日、朝十時半。

 少し早めに来てしまった。待たせるわけにもいかないし、気長に待つとしよう。

 やはり姉上も三日前に言っていたことは冗談だったらしく、特にそれらしき姿は見えない。

「よかった」

 本当について来られてはどうなっていたことか。

「お、おはよう、楽魔。あんた結構来るの早いんだね」

 まだまだ待ち合わせにしては早い時間だが、俺が到着してすぐにメグミも到着する。

 気の強い性格とは真逆のイメージを抱かせるピンクや水色と淡い色が散りばめられたカーディガンを着こなし、だぼっとした白色のバギーパンツ的なものを履いている。

「寮にいても落ち着かなかったからね。それよりメグミの今日の服すごくいいね」

「ありがと、楽魔も結構似合ってんじゃん」

 俺は黒のスリムパンツに上は白いボタンシャツととてもシンプルなもの。

「そうかな?ありがとう・・・じゃあ行こうか」

 境界空間亜楽は東西南北の主に四つの区分分けがなされており、中立神王学園が属し、俺たちが今いる場所は東に区分される地帯だ。

 そしてメグミの話によると東には商店が立ち並ぶ栄えた都市的存在があるらしく、俺たちはそこへと向かっている。

「あれだよ」

 視界の前方に巨大な要塞に囲まれている一つの国のような物が見えてくる。

「あれって入れるんだよね?」

「まぁ私は何回か入ったことあるけど、学園の生徒だって分かる物何か持ってる?」

 俺は財布の中を除き、学生証を探し始める。

「あった、学生証で大丈夫だよね?」

「完璧」

 その後俺たちは学生証の提示をし、いくつか質問をされた後、無事に中へと入ることが出来た。

 質問された内容は主に身元に関することで、学生証をログインキーとしてプライバシーの情報へとアクセスした後に記載項目をいくつか質問されたといったところか。

「すごいねここ」

「誰だってこの景色を見たら一度は驚くわよね」

 そこに広がる景色には、予想以上に人の行き交いが激しく、辺り一帯が様々な種類の店で埋め尽くされている。

 その中でも特に存在を放っているのが飲食店だ。

 今日はメグミとのデートのため、朝食は抜いて来ている。

 まだ昼食の時間ではないため香りを楽しむだけにしておこう。

 さてここから何をするかだが、デートの経験がゼロな上に、ここまで様々な店があるとなると判断に困ってしまう。

「私について来て、ちょっと連れて行きたいところがあるんだよね」

 道中、何度かメグミと逸れそうになりながらも見失わずについていく。

「やっぱり今日はやるみたい」

 そこには設営されたステージの目の前に百席はあるだろう椅子が綺麗に並べられている。

「何かの劇?」

「まぁそんな感じ。題名は「世界が別れた物語」、あんたみたいに魔法を嫌ってない人たちがこうして定期的に劇やってるみたいでさ、魔法のことは嫌いだけどあんたとなら見てもいいかなって思ったんだよね」

「そうなんだ」

「私たちも並ぶよ」

 俺たちは受付へと並び、代金を払った後中列の席に着く。

「メグミも初めて見るんだよね?」

「私は初めてだけど、劇見た友達は理想が強すぎてキモかったって言ってた」

「すごい率直な感想だね」

 つまり、真実ではなく役者側が理想とする物語ということだろうか。

「始まるみたいだね」

 舞台の裏手から司会役と思われる男性が片手にマイクを持ちながら登場する。

「これよりみなさま、約一時間半の演劇にどうかお付き合いいただけますようお願いします。それではこれより開演致します。世界が別れた物語」

 そうして各シーンを役者が演じる個性豊かなキャラクターたちで作り上げられてゆき、物語はテンポよく進行していく。

 ストーリーはこの世界のことをモデルにしたもので、物語上では魔法は世界を救うために使われていた。

 おそらくメグミの友達はそれを理想だと言っていたのだろう。

 それにしても魔法を嫌っている者がほとんどだとは思えないほど、劇はとても盛況なものだった。クオリティはかなり高く見応えがあったため見ものとしては映えるのだろう。

「以上で本公演は終了となります。お気をつけてお帰りください」

 その後俺たちは時間的にも丁度いいので無数に立ち並ぶ飲食店の内、カレーと書かれた店へと入る。

 正直、カレー一つ作るのにもかなりの材料を要するので、水分量が足りない赤い月の世界そして、陽の光が存在しない青い太陽の世界のどちらか一つの世界では作れず、生まれて初めて口にする。

 メグミもカレーは初めて食べるのか、とても驚いたような表情を見せ、朗らかな笑顔を何度も見せた。

 ルーと言われるものが米に絡みつきまろやかな舌触りを演出した上で、鼻を優しく突き抜けていくスパイスの香りと刺激がとても癖になりそうだ。

「次行くところは俺が決めていい?」

「いいけど、楽魔初めてなのに分かるの?」

「大丈夫」

 正直何一つ分からないが、男としてエスコートされ続けるわけにもいかない。

 先ほどの劇に加えて、この食事場所さえもメグミが選んだ場所だ。

 

 昨日、かぐやがこんなことを言っていた。

「仕方ないですね、一つだけアドバイスしてあげます!メグミちゃんはとてもお洋服が好きなのです。いいですか、絶対に服装を褒めてあげてくださいね」

 このアドバイスのおかげで、俺は今日のスタートを気持ちよく切れたと言っていい。

「メグミ、よかったら洋服を見に行かない?俺もメグミを見習って服を選んでみたくて」

「私を見習うって、そんな大した服装じゃないでしょ」

「さっきも言ったけど、すごく似合ってるし可愛いよ」

「なっ!そんなこと言われてないしー」

 最後の方はごもり気味で言葉を発していたためよく聞こえなかったが、赤面するメグミを見て、今口走ってしまった言葉の重みを俺は遅れて理解する。

「い、行こうか」

「うん」

 お会計を済ませる際、店の店主がスースーする飴をくれたため、食後には丁度いい。

「おら、どこ見て歩いてんだ!」

 怒鳴るような声が背後からする。

「メグミ!」

 俺が気が付かずに先へ歩いていたせいで、背後にいるメグミが急ぎ男性とぶつかってしまったらしい。

「謝れよ、このガキ!どんな教育受けてんだよ、あぁ!」

 二人の周囲から徐々に人がいなくなってゆく。

「あんたが先にぶつかって来たんでしょ!マジで有り得ないんだけど」

「んだとクソ女!」

 男の右腕が大きく振り上げられ、メグミへと振り下ろされる。

「行くよメグミ」

 俺はメグミの手をしっかりと握り、その勢いでお姫様抱っこする。

「ちょ、ちょ、えっ?楽魔?」

「捕まってて」

 俺はメグミを抱えたまま宙に浮き、遠くの方まで飛んでいく。

「ごめんね、俺が気が付かなかったせいでメグミに嫌な思いさせちゃたね」

 目立たないところへ移動して地上へと降り、メグミをゆっくりと降ろす。

「別にあんたのせいじゃないでしょ。私もムキになってたし」

「メグミ?」

 握っていた手を離そうとするが、メグミは手を握ったまま離そうとしない。

「いや、ちょっと怖かったしさ、それに人多いし、また逸れるっていうかそうなったら困るでしょ」

「確かにかなり人多いね」

 俺たちはお互いの手を握った状態でデートを再開させる。

 再び通りに出ると、偶然にも目の前に洋服店が見えた。

「あの店に入ってみようか」

「だね」

 手を繋いでいないもう片方の手で扉を開けようとする。

「ちょっと待つですのよ!」

 聞き覚えのある声、特徴的な喋り方が聞こえ、半信半疑で振り返る。

「えっ、その髪・・・」

 ツインテールに形作られた髪型にりんごのような真っ赤な色。先ほどの劇に登場していたキャラクターの一人にそっくりだ。

 そしてウィッグと思われる赤髪を取り、さらりとした金髪が目の前をひらりと舞う。

「もしかして世界が別れた物語って魔法学園の生徒がやってるのか?」

「そうですわ!魔法は神聖なるもの、崇めるもの、敬うものですわ!」

 こんな魔法が消えた世界でも、こうして魔法を好きでいてくれる者たちもいるのか。

「今日はもう一人はいないんだね」

「もうそろそろ来ますわ。ここで待ち合わせしていますの」

「そっか、なら俺たちは失礼するね」

「知り合い?」

「うん、少しこの前知り合って・・・他の店探そっか」

 魔法を好きでいてくれていることは嬉しいが、今はメグミとデート中のため、俺とメグミはその場を後にしようとする。

「少し待つですのよ」

「待てと行ったのが聞こえなかったのか?」

 リゼローテの呼び止めを無視して立ち去ろうとした俺の右肩を何者かが強く掴む。

 振り返りすぐにそれが誰かを理解する。

「俺たちにかまう理由なんてないと思うんだけど、行っていいかな?」

 葉洋の肩を掴む力がより増す。

「貴様、私の弟から手を離せ!」

 声と同時に肩が一気に軽くなっていく。

 まさかと思い声のする方向へと視線を向けると、こちらへ向かい歩いてくる姉上とその後ろにかぐやの姿があった。

「嘘だろ・・・」

 気配を悟らせないとは流石は姉上だが、かぐやもなかなかのものだ。しかし、今はそんなことはどうでもいい。考えるべきは、いつから付けられていたのかということだ。

「あんた・・・」

 メグミの方へ視線をやると、眉をひそめ鋭い視線で俺を睨んでいる。

「いや、わざとじゃないよ!昨日ついて来ないように言ったんだけど、まさかほんとについて来てるなんて・・・」

「本当に?」

「ほんと、ほんと!」

「まぁそれなら、楽魔を責めるのは間違ってるか・・・」

 メグミの誤解は一先ず解けたみたいなのでよしとしよう。問題はここからだ。

「私の弟は今日、大切なデートなんだ。できれば邪魔はしないで欲しいんだがな」

「そういうわけにはいきませんですわ、貴方の弟さんには聞きたいことがありますの、少しお借りしても?」

「聞こえなかったのか、私は邪魔をするなと言ったんだ」

「あら、聞こえませんでしたわ。ブラコンヤローは引っ込んでいてくださいまし、政宗」

「仕方ない。この男の姉とやら、悪く思わないことだ」

 そう言って葉洋の右腕から冷気が流れ始め、姉上へと拳を放つ。

「ほぉ、中々の腕前と見た、だが、相手が悪かったな。一之太刀『一閃』、峰返し」

 素早く抜かれた姉上の刀は放たれた葉洋の拳を捉え、しなやかに刀の峰を当てて攻撃をいなす。

 その際生じた風圧により、葉洋はバランスを崩し地面へと尻餅をつく。

「安心しろ、峰打ちだ・・・・・憂士、私は先に帰るとする」

 そうして突然現れた姉上は風のような速さで帰っていった。

 去り際少し様子がおかしかったが、気のせいだろうか・・・。

「憂士さんと言うのですね、貴方のお姉さんは一体何者ですの?」

「俺が知るかぎり最も素晴らしい人だよ」

「そうですの、先ほどは突然声をかけてしまい、申し訳ありませんでした」

 急にしおらしくなられると反応に困るな。

「話だけでも聞いてあげたら?」

「いいのか?」

「デートはその後でもできるしね」

 メグミの寛大な心遣いにより、俺はリゼローテの話を聞くことにした。

「話だけなら聞いてあげてもいい」

「本当ですの!では、場所を移しましょうか、ここではかなり目立ってしまっていますし」

 気がつくとかなりの人だかりが出来ていた、あれだけの騒ぎがあった後だ。注目を浴びないわけがない。俺とメグミとかぐやはリゼローテと葉洋に案内され、同じく東に位置する魔法学園へと向かった。

「ここは?」

 俺たちは一面真っ白な壁で覆われている部屋へと通された。

「模擬試験室ですわ。まぁ主に擬似魔法の実験を行う部屋ですのよ」

 擬似魔法とは初めて聞く言葉だな。後でスクエアに聞いてみるとするか。

「お前の姉は凄まじい強さだったからな、お前にも期待している」

「何の話をしてるんだ」

「順を追って説明しますわ」

 そうして説明された内容は、今中立神王学園で話題となっている二人組のストーカーに関係のあるものだった。

 以前リゼローテと葉洋と接触した俺、かぐや、カルマの三人はその犯人に心当たりがあったが案の定、俺の今目の前にいる二人が犯人とのこと。

 そして犯行に及んだ理由だが、ここ魔法学園は本物の魔法ではなく、擬似魔法という魔道具を使用しての魔法を学ぶ場所である。そのため、中立神王学園で魔法を使うものが現れたという噂の真相を確かめるため、侵入という行動を取ったとのこと。つまりストーカー行為は魔法を使う生徒を見つけ出すための行動だったというわけだ。

「つまり、俺がその魔法使いだと?」

「言い逃れはできませんわよ!わたくしたちは見たのです。貴方がそちらの女子を抱えて空中を移動しているところを」

 随分目立った行動をしてしまったと思ってはいたが、リゼローテたちに見られていたのか。

 別にここで隠す理由もないが。

「どうやって確かめる?力ずくか?」

「必要ならそういった手段も取らせてもらうつもりだ」

「ここで貴方がすんなりと魔法を披露してくだされば助かるのですが、あいにくわたくしたちはちょっとやそっとの魔法は見慣れて———-」

「黒炎波」

 俺は手の平を天井へと向け、悪魔戦で見せた黒い炎を勢いよく放つ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 反応が返って来ない。もしかしたらもう少し魔法だと分かりやすいシンプルなものを見せた方が良かったかもしれない。

 再び天井へと手の平を向けて構える。

「ちょちょちょ待つですの、待つですのよ!」

 リゼローテが慌てて俺へと近づき、天井へと向けていた俺の手を取り、握る。

「貴方がいえ、貴方様が魔法使いであらせられたのですね」

 急な手のひら返しにより俺は少し困惑してしまう。

「俺たちはずっと探していたんだ、よくやく見つけることができたんだな」

 リゼローテに続き葉洋までもキラキラとした表情を俺へと向けてくる。

「貴方様を何とお呼びすれば良いのでしょうか?確か先ほど、憂士と、そう呼ばれていましたわね。そうですわ、今後は憂士様、そう呼ばさせていただきますわ!」

「様はよしてくれないか」

「そうもいかない、俺たち魔法学園の生徒は魔法を神聖視しているからな」

 仕方ないと割り切るのはいささか不満が残るが、ここは折れておいた方がいいな。

「じゃあせめて上の名前で呼んでくれないか」

 様を付けて呼ばれること自体恥ずかしいが、下の名前ではむず痒すぎる。

「姓は何と言いますの?」

「楽魔だ。楽魔 憂士」

「楽魔 憂士、素敵なお名前ですわ・・・では憂士様で」

「変えてくれないのか」

「諦めなよ楽魔、なんか尊敬されてるみたいでいいじゃん」

 メグミが俺の肩をポンと叩き、そう呟いてくる。

「メグミなんか面白がってない?」

「別にそんなことないし、それよりせっかくの私と楽魔の時間が・・・」

 面白いわけがないか。デートを邪魔されているメグミからするとこの状況は歓迎したものではない。まぁそう促したのはメグミなのだが。

「リゼローテ、今日のところはこの辺で終わりにしてもいいか?」

「そうですわね。せっかくの休日に申し訳ありませんでしたわ。また改めて憂士様の学園に伺わせていただきますわ」

 そうして俺たちはリゼローテと葉洋とは別れ、一先ず魔法学園を後にした。

「大丈夫か?かぐや」

 先ほどから一言も発していないため流石に心配になる。普段のかぐやは口数が少ないわけではなく、むしろ多い方だ。

「大丈夫ですよ。すみません、私は先に戻ってるです」

 そう言って向けられた背中は、どこか寂しさを彷彿とさせた。

「俺たちもさっきの場所に戻るか」

「そうね」

 先ほどの洋服店へと戻るが、どうやら飲食店以外のお店は全て閉まってしまった様子。

 亜楽の両端にある二つの世界同様、境界空間の亜楽の空も常に一定の表情を浮かべているので、時間が分かりずらい。

 俺はポケットに入れておいた水晶携帯と言われるものを取り出して時間を確認する。

 この世界には、水晶の中に回路が埋め込まれ連絡手段として用いられている水晶携帯というものが普及している。

「まだ五時みたいだけど、随分閉まるのが早いんだね」

「うん、まぁそこら辺は私にも分からないよ。楽魔さ、まだ時間あるよね?」

「まだ大丈夫だよ」

「ちょっとさ、見せたいものがあるんだけど何か移動できる魔法とかある?」

 重力を操り空を飛ぶ魔法以外なら、最近覚えた魔法が一つあるが、まだ扱いに不安定さが残っている。

「あるにはあるけど・・・まだ扱いに慣れてないんだよね。試してみる?」

「あんたならできるでしょ、少なくとも私はそう信じてるし」

 メグミは少し照れながらそっぽを向いて言葉を口にする。

 随分と好感を持たれたものだな。なら、その期待に答えなければ。

「行きたい場所をイメージして」

「え?」

「目を瞑ってイメージするんだ」

 俺はメグミの肩に手を添えてメグミへとイメージの具体化を促す。

「できるだけ具体的、そして鮮明にイメージをして」

 俺は目を瞑り、脳へと流れ込んでくるメグミのイメージを元に、必要な情報だけを抜き出して頭の中に転移魔法陣を構築し始める。

「少し酔うかもしれないけど、我慢して」

「え?」

「テレポート」

 そう口にした瞬間、視界一体が変化して様々な色の光が瞳へと飛び込んでくる。

 メグミはぐっと目を瞑り、俺の腕にしがみついている。

 やはり何度試してもこの上下左右の方向感覚が狂いそうになる感覚は慣れない。いつもはこの感覚に狂わされ、イメージした場所とは大きく異なる場所へとテレポートしてしまう。

 しかし今は女子も一緒だ。そんな格好悪いところを見せるわけにはいかない。

「着いたよ」

 俺は優しく目を瞑るメグミの肩を叩き、目を開けるよう促す。

「あんたって本当何でもできるんだね」

「たまたまだよ」

 本当に偶々かは分からないが、成功率から考えるとそうなるだろう。

「気持ち悪くない?」

「まぁ少しだけ、でも全然大したことない」

「そっか、なら良かった。それにしてもここってまさか——-」

 メグミのイメージが流れ込んできた時、まさかとは思ったが・・・。

「そのまさか、青い太陽の世界だよ」

 生まれて初めて見る夜の景色は辺りに灯りがないため、ただの暗闇という感想だ。周囲の物やメグミの輪郭がかろうじて捉えられるが、表情までは読み取ることが出来ない。

 本来ならばこの暗闇に意識を奪われてしまうだろう。ましてや人生初となれば尚のことだ。

 しかし俺は今、全く別のことに意識を削られてしまっている。

「ねぇメグミ、この森ってもしかしてヒーラマの森って名前だったりする?」

「何それ?この森は禁忌の森って言われてるけど、危険なものなんて何もないただの森。ほとんどの人は噂に踊らされて近づきもしないけどね」

 メグミは笑いながらそう答える。

 似ている。学園の天井ほどある木々が立ち並び形作っている通路を進むと、三メートルほどの木々が密集している場所へと突き当たる。そしてその中でも一メートルほどの木を目印に先へ進んでいくと見えてくるあるもの。

「間違いない・・・ヒーラマの森だ」

「うわぁ、でっかぁー。こんなに大きい湖初めて見た」

 先程の口ぶりから何度かこの森に立ち入っているであろうメグミはこの湖を見るのは初めてらしく多少口を開けたまま湖から目を離さない。

『ねぇ、スクエア』

 返答がない。

 また何か別の考え事をしているのだろうか。

 それにしてもよく似ているが、二つの世界の全てが似ているわけではないだろう。異なる人々、環境の中で同じ構造が構築されていくのは考えにくいからだ。

 ならどうして同じ森が二つの世界に存在しているのか今はいくら考えても分からないな。

「ねぇ、空見てみてよ」

 メグミに言われ、俺は空を見上げる。

「これは・・・すごいね」

 そこには空一体に無数の光が存在していた。木々に囲まれていた時は分からなかったが、星の輝きが湖へと映し出され、幻想的な景色となっている。

「一緒に写真撮ろうか」

 俺はメグミへと近づき、湖を背景として水晶携帯を構える。

 そうして撮れた写真はとても満足のいく素晴らしい一枚となった。

「メグミの水帯にも送っておくね」

「ありがとう・・・ねぇ楽魔、私さ」

 メグミがそう切り出した瞬間、偶然にもお互いの視線が合う。

「っ⁉︎私さ、あんたのこと好きみたいなんだよね」

 一瞬時間が止まったかのように辺りが先ほどよりも静まり返る。

「俺こんなの初めてで、自分の気持ちとかよく分からないんだ。だけど、しっかり考えるよメグミのこと」

「うん、待ってる」

 その後俺たちは亜楽へとテレポートし、お互いの寮へと戻った。

 テントへ入ると何らやらニヤニヤしている姉上がいたのでその理由を聞いてみたところ、先ほどの葉洋との手合わせで最後に口にした「安心しろ峰打ちだ」を言えたことがよほど嬉しかったらしい。相変わらずよく分からない人だ。ということは帰り際妙に態度がおかしかったのはそのせいか、無駄に心配して損した気分だ。

 次にスクエアへと擬似魔法についての質問をしてみた。どうやら擬似魔法とは、魔法陣と呼ばれるものが組み込まれた魔道具を使用することで使える魔法のことらしい。

 しかし、この時代に学園として成り立たせるほどの魔道具が一体どこから湧き出てきたのかは甚だ疑問だ。

 かぐやはどうやら先に寝てしまったらしく、姿は見えなかった。

 

 更に一週間が経ちストーカーに関する話題が落ち着いてきた頃、既に別の話題が学園内を駆け巡っていた。

 それは三日ほど前から突如起こり始めた無差別襲撃について。年齢・性別など問わず、無差別に生徒や教師を何者かが襲っている事件で、中立神王学園だけで見ても被害者数は十を超える。リゼローテ達ともあれからは頻繁に交流を深めており、魔法学園に関しての情報は逐一仕入れている。それによると、魔法学園での被害者数は十三人と、三日間の間だけで少なくとも二十以上もの生徒、教師が被害に遭っている。犯人は特定されていないが、無事に被害を免れた者たちは口を揃えて、不気味な見た目をしている人間ではない何かと供述している。正直このまま被害が更に拡大すれば、取り返しのつかない事態になりかねない。

「最近は物騒な事件が多くて嫌ですね」

「まぁな、俺たちもいつ被害に遭うか分からない。ところで憂士、お前メグミに返事したのか?」

 カルマが俺へとストレートに聞いてくる。

「返事って、え?カルマなんでそのこと知ってるの?」

「知ってるも何もこの前のデート結構目撃者いたらしくてな、お前らところどころで噂されてるぞ。そうでなくてもメグミがお前に好意を抱いてることくらいすぐ分かったからな」

「ですです」

 かぐやもすごく共感しているのかいつも以上に大きく頷いている。

「実はさ、まだなんだよね。自分の気持ちがよく分からなくてさ」

「気が強いって言ってもメグミも一応女子だからな、あまり待たせてあげんなよ」

「うん、分かってる」

「え、な〜に、恋バナ?先生も混ぜてよー」

 いきなり後ろから何者かが肩を組んでくる。

「ちょっ、え?セラフ先生?」

「アッタリー!久しぶりだね憂士君。授業で合うことはあってもこうして話すのは何週間ぶりかな?」

「さぁ、どうでしょうね・・・・・ん?あの、セラフ先生」

「なにかな〜?」

 セラフ先生から過去一度だけ嗅いだことのあるニオイがする。

 俺は全身の鳥肌が一気に立つ感覚に襲われる。

 まだ記憶に新しい、とても不快なニオイ・・・悪魔のニオイ。

「何か香水を付けているんですか?」

「・・・どうしてだい?」

 セラフ先生の顔はまっすぐこちらを向いており、いつもとは違う奥底では笑っていない不気味な笑顔を俺へと向けて来る。

「い、いえ、とてもいい香りがしたので、気になっただけです」

「そっか、そっかー、残念だけど何も付けてないかなー。僕自身がいいニオイってことだね、憂士君いいこと言うじゃないかー。じゃあ僕はこれで失礼するよ、邪魔して悪かったね」

 そう言ってこちらへ振り向くことなく俺たちから離れて行った。

「あっごめん、俺も予定があるからまた明日ねカルマ、かぐやはまた後で」

 そうして二人と別れ、向かった先は魔法学園。

「憂士様!今日も来てくれるなんて光栄ですわ!魔道具を気に入られたのですね」

「そうだね・・・」

 確かにそれもある。魔法が消えたこの世界で魔法が使える俺が、魔道具に興味を示さない筈がない。しかし、もう一つ気になっていることがある。

「二人に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 リゼローテと葉洋は互いに顔を少し見合わせた後、静かに頷く。

「ここ数日かなりの魔道具を見せてもらったけど、ここまで精度の高い魔道具を一体どうやって見つけたの?」

「というより、大半はこの学園に元々あったものたちですわ」

「捕捉すると、書物にあった魔法陣というものを使って新たに俺たちで作ったものもある。学園は創設されて間もないが、建物自体はかなり前からあったらしくてな」

 葉洋の話が正しいなら、何者かが意図的に魔道具を継承させた可能性が高い。

 その時、俺の脳内にはある話が思い出されていた。カルマの兄たちに魔道具を渡したフードの男の存在。

「引っ掛かるな」

「何かおっしゃいました?」

「ううん、何にも」

 俺はその後その書物というものを見に書庫へと案内され、様々な文献を目にした。そこには魔道具についての作り方から魔法陣の構築の仕方、その応用的な知識までもが記されていた。

「じゃあ今日はもう帰るよ」

「それは寂しいですね、ぜひまた遊びに来てくださいまし」

「うん、そうさせてもらうよ」

「憂士様、やはり慣れないな、俺は憂士と呼ばせてもらうぞ」

「敬意が足りませんわよ」

「今試作段階中の魔道具がいくつかある、次来たときは試していってくれ」

 次はどんな魔道具が扱えるのか、今から胸が高鳴る。

「楽しみにしてるよ」

 背を向け帰ろうとした時、リゼローテが少し荒げた声で声をかけてくる。

「憂士様、その、無用な気遣いかもしれませんがくれぐれもお気をつけください。今話題になっている被害の件はおそらく、悪魔の仕業ですわ・・・わたくし実際に見ましたの、まるで書物に出てきた悪魔そのものでしたわ」

 俺は実際被害現場を見たわけではないため断言は出来ないが、話の筋から察するにそのような気がしていた。

 つまり、セラフ先生が関与しているということだ。

「教えてくれてありがとう」

「お気をつけください」

 俺は中立神王学園へと急ぎ戻り、校長先生の元を訪ねる。

「校長先生大変です。もしかしたら今起きている事件にセラフ先生が関与しているかもしれません」

「そう慌てるでない。事態の深刻さは君に言われずともよぉ、分かっておる」

 俺の態度をよそに校長先生の焦りを見せない余裕の振る舞いに、俺の焦りは更に増していく。

「先生、セラフ先生から悪魔と同じニオイがしました。今手を打たないと大変なことになります」

 俺は必死に事態の異常さを訴えかける。

「分かっておる憂士、あやつを学園に招いたのは他でもないワシなのじゃ、落ち着くのじゃ」

 俺は大きく息を吸い、呼吸を整える。

「申し訳ありません。取り乱しました」

「うむ。君には話すとしよう、セラフ・ブロンツォ・・・またの名を悪魔王マーデラスについて」

 

 魔法の時代、魔の存在と称されていた悪魔と人間との共存が図られていた時期がある。

 しかし悪魔は本来、人を含めたあらゆる事象へ精神的に干渉する存在であったが、パラハマディア個体の誕生により物理的に干渉が出来る存在へとシフトして行った。

 パラハマディア個体とは悪魔の干渉範囲を精神から物理的にシフトさせるための人工個体あるいは人工宿主。

「共存へと近づいた、そう思った矢先じゃった。悪魔王が全ての悪魔を支配し、人間へと攻撃を始めたのは」

 悪魔王マーデラス・・・パラハマディア個体ではなく、人の死体を宿主として生きながらえる最悪の存在。

「あやつは以前の宿主の力を全て引き継げる。セラフとなった今三つの力を行使できているのはそのためじゃ」

 悪魔王マーデラスは古き時代に一人の大魔導士により消滅ではなく、封印という形で敗北をきした。

「その封印が解け悪魔王が復活した今、次は確実に消し去らねばならない」

「え?」

 封印が消滅したことにより悪魔王の復活を察知でき、その存在を確実に消滅させるためにその機会を自身の近くに置くことで常に伺っていると校長は述べる。

「今はまだ時ではないのじゃ、敵意に気づかれればあやつは姿を消してしまう。今はただ待つのじゃ憂士」

 悪魔と悪魔王は繋がっているため、封印が解けた今悪魔王の呼びかけにより悪魔が次々と復活し始めている。

「ではやはりキューブ探索の事故はセラフいや、マーデラスの仕業だったのですね」

「そうじゃな、じゃが、あやつは眠りについている悪魔に起きるよう呼びかけただけじゃろ。その呼びかけに応じた悪魔の魔力によりダンジョンは再び息を吹き返したというわけじゃ」

「全てが繋がりました」

 

 セラフ先生から感じた違和感の数々、その全てに合点がいった。

「校長先生、校長先生が当たり前の様に流したので触れなかったのですが、もしかして先生は・・・」

 話の内容からほぼ確信していることが一つある。それは———。

「スクエアという名前に聞き覚えはありませんか?」

「っ⁉︎」

 校長先生の表情が硬直する。

「な、一体どこでその名を・・・あやつの名はどこにも残されてはいない筈じゃ・・・・・大魔導士スクエア・ミキセル、ワシの友人だった男じゃよ」

 その瞬間魔力回路が反応し、心臓の鼓動が大きく一度鳴る。

『バーランド・・・生きていたのか・・・まるで別人のように変わってしまったな』

『スクエア、もしかして先生も』

『君の考えている通りだ・・・一つ頼みがある』

「校長先生、実は———-」

 俺はスクエアとの出会いについてを初めて誰かに打ち明けた。

「まさか、そんなことが可能なのか・・・いやあやつならあり得るの」

「これから俺がスクエアの思いをそのまま伝えます。久しぶりの会話を楽しんでください」

 少し図々しい言い方になってしまったが、緊張しないようにしっかり橋渡しの役目を果たさなければな。

「ミキセル・・・お主に大きな責任を背負わせてしまったこと、ずっと謝りたかった」

「あれは私にしかできなかったことだ。バーランド、君が気に病む必要はどこにもない」

 いささか悪い気分に陥るが、今は自身の役割に集中しなければ。

「友として、最前線で戦った仲間として力になれなかったワシ自身が惨めじゃった。お主は最も偉大な大魔導士じゃ」

「私はもうただの死人だ。全てはこの楽魔 憂士に託してある。おそらく次の冬が訪れた頃私の意識もこの世を去る。その時はバーランド、君が憂士の力となるのだ」

「ワシにミキセルの代わりが務まるかは分からぬが、引き受けよう」

 大魔導士による友情、とても遠くて素晴らしい光景だ。話しているのは俺だが、二人のやりとりを外から見ている気分に陥る。なんとも不思議な感覚だ。

「感謝する、バーランド。それにしても随分と老いたな」

「色々あったのじゃ」

「そのようだな。最後に一つ言っておく、おそらくあいつが動き出した」

 あいつとは一体誰のことだ?悪魔王ではない何者かが他に動いているのだろうか・・・。

「じゃろうな、肝に銘じておく。また話せるかの?」

「消えるまでだがな」

「それを聞けただけで十分じゃ・・・感謝する憂士、久々に昂りを感じることができた・・・これ以上ない喜びじゃ」

 俺は校長先生の部屋を後にし、みんなが寝静まった頃、帰路に着いた。

 

 いよいよ神王祭まで残り一周間となった。

「おいおい、なんか今外で面白いことが起きてるらしいぞ!」

「なんだよそれ、行ってみようぜ!」

 校内がガヤガヤといつも以上に活気を見せている。

 どうやら騒ぎの中心は学園の敷地内で起きている揉め事らしい。

「・・・引け!」

 はっきりとは聞こえないが、だんだんと近づくにつれ騒ぎの中心である人物の姿が見えてくる。

「引けと言っているのが聞こえないのか?」

「せっかくこちらの学園へと足を運んだのですから、話だけでも聞いてくれたら嬉しいんですけどね?」

「貴様は私を馬鹿にしているのか?姉である私に向かってよくもそのような発言をできたものだな」

 姉上と相手方の集団のリーダーと思われる人物とが対立している様子。どうやら話の中心は俺のようだ。

「姉上これは一体どういう——ってリゼローテ!それに葉洋までも・・・どうしてここに?」

 姉上と対立していたのは魔法学園の生徒であり、ざっと十人近くの生徒が見受けられる。

「君が憂士君かい?話はこの二人から聞いていてね、もしよければ僕たちと一緒に魔法学園へと来てくれないかな?」

 そう言って、リゼローテと葉洋二人の肩にそれぞれ手を乗せる。

「いや、急にそんなこと言われても困ります。それとあなたは一体・・・」

「おっと失礼したね、僕は坂道 スバルという者だよ。よろしくね!」

「嬉しいお誘いですけど、すみません。俺は、この学園で大魔導士を目指していくと決めているんです」

「んーそれは残念だな、憂士君がこだわる理由がよく分からないのだがね。もしかしたら君は、月華の巫女、光輝の権化、そして大魔導士を資格か何かだと思っているのではあるまいね」

「資格ですか・・・」

 言われてみれば中立神王学園にこだわる理由などない。むしろ魔法に関しては魔法学園の方がよほど学びの環境、質は豊かなものだろう。

 大魔導士など、生徒の大半が目標としているものは様々な功績を積み重ねた先にある、みんなから称される栄誉である。

「大魔導士とは資格ではない、なるものではなくされるものだよ。そこを履き違えてはいけないね」

「分かっているつもりです」

「それならこだわる理由などない筈だよ」

「同じ方向を向く仲間と学べることはとても素晴らしいと思います。ですが、違う方向を向く者と手を取り分かり合える素晴らしさを学ぶことができるのはこの学園なんです」

 カルマやメグミ、かぐやと共に壁を乗り越え成長してきた過去があるからこそ胸を張ってそう言える。

「なるほどね、だけど僕たちもそう簡単に引くことなどできないのさ。では、こうしよう、おそらく後一週間ほどで武道の祭り、神王祭が君たちの学園で開かれる筈だ。本来ならシャッフルのトーナメント戦が行われる筈だったが、学園対学園で勝ちを争う形式とするのはどうかね?」

「そんなもの私たち生徒の判断だけで決められる話ではない!それに貴様の提案にはこの学園へのメリットが何一つ感じられないのだがな」

 姉上は終始鋭い目つきを保ち坂道へと睨みを効かせている。

 俺が魔法学園へ行かないことは分かっているだろうが、引き抜こうとするその行動に腹が立って仕方がないのだろう。

「話は聞かせてもらった」

 周囲で見ている多くの生徒までも包み込む声量を発してその人物が扉の先から姿を現す。

「バーランドさんではないですか!お会いできて嬉しいですよ、全然お変わりないのですね」

「そういうお主は随分と図々しくなったようじゃの、スバルよ」

「貴方に教えを乞うていた僕が今では貴方と同じ校長ですからねー」

 生徒であると認識していたが、どうやら校長先生自らが生徒約十名を引き連れてお越しくださったようだ。

 姉上も同じく勘違いをしていたらしく、驚いた表情を見せている。いや、ここにいるほとんどの者が驚かされていることだろう。

 なんせ校長と名乗るその者の外見は肌ツヤがとてもよく、若々しい見た目をしている。時々そのような者はいるにはいるが、至近距離で話していた俺が気づかないほどだ。

「それでその校長ともあろう者が無理矢理他校の生徒を引き抜こうとは褒められたことではないの」

「バーランドさんも分かっているでしょうに、憂士君の力は素晴らしい。話を聞いただけの僕がここまで興味を持っているのです。いや、むしろ話を聞いただけだからですかね?」

 そう面白おかしく話す坂道の態度を正すかのように校長先生が真剣な表情で話し始める。

「お主の先ほどの提案をのむ条件としてのメリットをまず聞かせてもらいたいのじゃが、よいかの?」

「メリット・・・ですか」

 そうして明かされたメリットとは、中立神王学園による魔法学園買収の件について。

 魔法を扱い始めた中立神王学園において魔法分野の幅が広がるだけでなく、今後魔法学園への入学をする生徒は全て中立神王学園の生徒の扱いとなる。これは魔法学園から持ち出した賭け事なため、買収の際に発生する費用は一切生じない。いわゆる吸収のようなもの。

「それともう一つ・・・ここにいる誰もが味わったことのないグルメを提供させてもらうよ」

「確かに食の恨みは恐ろしいと言うほど人が食に持つ欲は絶大じゃ、して、一体どのようなグルメを提供してくれるのかの?」

「それは勝ってからのお楽しみさ〜、ただ約束しよう。君たちの知らない未知のグルメであり、絶品であると」

 しかし坂道は一つ重要な情報を開示していない。

 一体そのグルメが何によって生み出されるのかと言うことを。

 それでも生徒たちは意欲を掻き立てられたらしく、生徒にとってはプリズムが当然第一の目標となり、第二の目標はそのグルメというものを求めて神王祭に挑むことになるだろう。

 かくいう俺も魔法学園が提供するグルメに少なからず興味が湧いている。

「よかろう。この件に関してはワシから皆に伝えておくとしよう」

「ありがとうございます。では僕たちはこれで失礼しますが、こちらが勝った時の条件も忘れないでくださいよ」

 魔法学園が勝った時の条件、それは、俺の魔法学園への転入。もちろん俺の意思とは関係なくこの話し合いは終わりを迎えた。

 

 それから一週間が経ち迎えた神王祭当日。

 俺たちは学園が保有する闘技場へと集められた。

「これより神王祭開幕となるのじゃが、以前伝えたように今年は当学園と魔法学園の学園対抗の形式となる」

 初めは神王祭の伝統に沿った、魔法学園混合のトーナメント形式での開幕を予定していたが、予期せぬ事態により学園対抗形式へと変更された。

 ただでさえ魔法学園の参加は例を見ないことだというのに伝統ある形式まで変えてしまうことになるとは、生徒たちの動揺は至極当然のものだ。

「じゃが、今回もう一つ特別に設けた教師たちによる戦いは、予定通り生徒による全てのプログラムが終了した後行うものとする。では次に全体のプログラムの説明へと移るのじゃが、司会の続きはお主に任せようかのヤミル先生」

「え?俺ですか〜、勘弁してくださいよ〜・・・まぁ、あーうっうん・・・それじゃあプログラムの説明をする」

 プログラムは全てで六つの要素で構成されており、開会式、閉会式、教師トーナメント戦もそこには含まれている。つまり、残りの三つが生徒によるプログラムだ。

 まず一つ目が結晶障壁による単純な力量を測る種目で、一定の間隔でフィールドに置かれた幾つもの結晶障壁を一撃でいくつの障壁を破壊出来るかというもの。ちなみに石などでできた障壁と比べて結晶障壁の強度はその十倍にも及ぶ。

 二つ目は校長先生による模倣で作り出されたツヴァイテの撃破数を争う種目。全てで三層に及ぶ用意された建物内へと入り、その中にうじゃうじゃ湧いているツヴァイテを制限時間内にできる限り撃破するというもの。当然一層に比べて三層のレベルは高く、およそ五倍の差がある。

 三つ目は互いの学園の生徒同士による一騎打ち。これはトーナメント戦ではなく、各学園からそれぞれ腕に自信のある生徒を五名選び、順々に勝ち抜き戦で勝負していくというもの。

 そして第一と第二種目に関しては上位五位以内に入賞している学園の生徒が多い方が勝ちとなる仕組み。つまり、先に二勝した方の学園の勝利となり、俺の今後の学園生活が決まる。

 当然俺の学園生活など他の生徒にとってはどうでもいいことだが、今年は買収と未知のグルメが景品として出されていることに加え、例年通り成績優秀者にはプリズムへの切符が手渡されることとなる。賢者になるためには実力は欠かせない要素であり、プリズムの称号はその実力を少なからず示すことになる。

 手を抜く生徒はほとんどいないと思いたい。

「第一種目は結晶障壁だ〜、お前ら気合い入れていけ〜」

 第一、第二種目は全生徒参加のため続々と列が出来ていく。

「始め‼︎」

 ヤミル先生の掛け声を合図に、前列の五人が一斉に技を放つ。

 その後も破壊された障壁は自動回復を繰り返しながら次の生徒へと交代していく。

「俺の番か」

 現在千人ほどの生徒が第一種目を終え、周囲でその様子を眺めている状態。

 見たところ障壁は一列につき百や二百は並んでおり、両学園の全校生徒の約半分が終えたところでの最高破壊記録は八十五枚。

「フォルゴレスト」

 俺は障壁に右の人差し指を向け、親指を上へ立てる形で拳銃の構えを作る。そしてそこから放たれる高速の雷の矢がいとも容易く無数の障壁を破壊していく。

「た・・・ただ今の記録三百枚、オールクリアです・・・」

 記録係りと思われる生徒が目を丸くし、呆気に取られたような表情を浮かべながらボードに映った俺の記録を申告する。

「いや〜流石は憂士君だ。僕の目に狂いはなかったようだね」

 競技場の客席へと腰掛けている坂道の言葉が少しだけ耳に触れる。

 しかし、俺の意識は一ミリたりともその言葉には向かない。なぜなら次は・・・。

「次は私だな」

 第一種目終盤に差し掛かってきたところでいよいよ姉上の出番となる。

 おそらく姉上はこの祭りで手加減など一切考えてはいないだろう。

「久しぶりの姉上の本気・・・」

 姉上は腰にある刀に両手を置き、技を放つ体勢へと入る。

「目醒めろユニコーン」

 そう口にし、刀の柄と鞘を握る両腕にファルマス回路による鎧を纏う。

 姉上のファルマスはユニコーン。何者にも屈しない、絶望を断ち切る強い力を宿している。

「悪いが、私から全員離れてくれ・・・五之太刀『華月』」

 勢いよく抜刀した刀の鋒が光り輝くと同時に千五百枚ある全ての結晶障壁が巨大な華の形をした幻影により破壊された。

 昔、姉上から聞いたことがある。

 姉上は全部で十の抜刀術を使うことが出来、五之太刀からは回路の力を使用しなければ使うことは出来ないと。

 五位以内に入賞すればいいためここまでやる必要はないが、それほど姉上は俺のために怒ってくれているということだ。

 怒り・・・なぜ姉上が・・・。

「た、たたたただ今の記録・・・・・千五百枚です・・・」

 その驚く光景に坂道までもが空いた口が塞がらないまま、ただ呆気に取られている。

 結果は姉上が一位、そして俺と魔法学園の生徒一名が同立二位となり、その後も三、四、五位と中立神王学園の生徒が占領したため、第一種目は俺たちの学園が勝ちとなる。

 かぐやとメグミは五十枚未満と、めぼしい結果ではなかったが、カルマは百枚以上もの障壁を破壊して見せた。

「流石だな憂士、この前よりも更に強くなったんじゃないか?」

「そう言うカルマこそ、一、二年の中じゃトップの成績じゃんか」

「俺も負けてばかりじゃいらんねーからな。それよりアイツ、ずっとお前のこと睨んでるから少し気をつけとけよ」

「あー、うん。確か俺と同じ二位の・・・魔法学園の生徒だよね?」

「ああそうみたいだな」

「まぁでも、俺に嫌な視線を向けてくるのは一人じゃないんだけどね」

 中立神王学園の生徒からしてみれば伝統ある神王祭に、魔法という概念を持つ魔法学園の参加事態望まないことであり、その上、俺が原因となりその形式まで変えてしまったとなると、普段向けられていた嫌悪の視線の何倍もの威圧的な視線を向けられるのは当然のことだ。

「アイツら真実知ったら、お前に頭下げるだけじゃ足りねーな」

「それはちょっと困るね」

「んだよそれ」

 けど、いつか魔法が認められる世界が来る、といいな。

 そうこうしている間に第二種目の開始時間となる。

「第二種目はツヴァイテ戦だ〜。気合い入れてけ〜」

 気だるそうなヤミル先生の声が闘技場全体に響き渡る。

「この種目は順番など関係なく、一斉に始めてもらう。制限時間は三十分だ」

「では皆少し離れておれ」

 校長先生の指示に従い、生徒全員が端へと寄る。

 校長先生が何やら呪文のようなものを唱え始め、両手を上へと振り上げる。

 すると、高さ五十メートルはあるだろう巨大な円柱の塔が闘技場の中央へと姿を現した。

「準備のできた者から中へ入るとよい、全員が入り次第開始じゃ」

 その圧倒的な存在感にほとんどの者が呆気にとられている。その後何人かの生徒は重たい足取りで塔へと進んでいく。

 先ほどまで聞こえていた会話もなくなり、静かな空間に足音だけが響く。

 両学園の全生徒が塔の中へと入ったところで門が閉まる。

 隙間から差し込んでいた陽の光がなくなり一帯が闇に包まれるが、直後、塔内の青白い炎が辺りを照らしていく。

 それと同時に、全生徒の数を余裕で上回るほどのツヴァイテが現れる。

「キューブん時にいた奴らは少しトラウマかもな」

 行動を開始しようとした俺の横でカルマがそう呟く。

「強さは大したことないと思うけど、あの時よりも随分数は多いね」

 ツヴァイテにトラウマを持っている者は中々動き出せないことだろう。

 現にかなりの人数が動き出せていない。

 俺はここで何やら違和感を感じる、明らかに動かない生徒の数が多過ぎるのだ。

 キューブ探索に参加した生徒はそのほとんどが一年生だった筈。

「悪いね神王学園のみなさん、ピリッと魔導具で痺れさせてもらったよ」

 あまり強力ではないようだが、制限時間がある以上足止めは歓迎すべきことではない。

 これでは数で優勢を掴んでいるこちらが不利に回ってしまう。

「憂士、私に任せておけ!」

「姉上」

「このようなくだらない賭け事は早く終わりにする・・・起きろアンデット・・・目醒めろユニコーン」

 姉上はユグレス回路とファルマス回路の両方を宿す存在。そしてファルマス回路による力はユニコーンととても美しい力だが、ユグレス回路に関しては才色兼備の姉上には似つかない、いわゆるゾンビを従える力だ。

「待っていろ憂士!」

 そう言って先ほどと同じように刀へと手をかける。

「三之太刀『雲蘭』」

 姉上は刃で横に直線を描くように抜刀し、前方のツヴァイテ数百を紫色の煙で包み込む。

 次の瞬間、煙に包まれたツヴァイテは跡形もなく消滅した。

 回路の力を使った状態での抜刀術により、三之太刀でもその威力、範囲は桁違いに上がっている。

「強いとは思ってたけどよ、お前の姉流石にやばすぎだろ」

「姉上は俺の誇りだよ」

「それに回路を二つ以上使えるなんて今まで・・・あー、そういや一人いたな」

 カルマはそう言うと外にある何かを見つめるように塔の壁に視線を向けた。

「俺たちも行こう。姉上にばかりいい格好はさせられないからね」

 しかし、すでに一層のツヴァイテはほとんど姿はなく、姉上に続きみんなは二層へと移動し始めている。

 その後俺たちはすぐに二層へと移動するが、そこには一層と同じ景色が広がっていた。

「なんか相当に力入ってるみたいだけどよ、このままじゃ俺たち五位以内に入れるか怪しいな」

 そう、今回の勝利条件は各種目で五位以内に入ることのため、姉上一人がツヴァイテを倒してしまうと残った生徒間の順位変動が起きやすくなってしまう。

 その後俺たちは残りのツヴァイテを倒すも、ブザーのような音が塔内に響き渡り、次第に塔は消滅していく。

「流石ですね姉上」

「あぁこれで私たちの勝利だな」

「それなんですけど、勝利条件を覚えていますか?」

「勝利条件?・・・あっ⁉︎」

 やはり忘れていたのか目を開き、ハッとした表情を見せる。

 姉上は常に一番という順位しか見てこなかった人だ。その癖が抜けきらず、一位のみに意識が向いてしまうのは仕方のないことだろう。

 それに今回は加えて俺のこともあるからな。相当に視野が狭くなっていたのだろう。

 第二種目の結果がヤミル先生により発表される。

 結果は二対三で魔法学園の勝利となる。

 姉上がほとんどのツヴァイテを倒したことには変わりないが、第一、第二種目は五位以内に入賞した生徒の数で勝敗が争われる。

 これで一対一、全体の勝敗は次のトーナメント形式ではなく、勝ち抜き戦に委ねられた。

「僕から一つよろしいかね〜?バーランドさん」

「言うてみよ」

「憂士君は三種目は見学、ということでどうでしょうか?擬似魔法しか使えない魔法学園の生徒が、本物の魔法に勝てる筈もありません」

「それは本人次第じゃ。どうじゃ憂士よ、正直お主にとってはメリットのない話じゃがな」

 確かにここで断る理由など何一つないが、魔法学園にも気の許せる友が出来たのは紛れもない事実。ここで俺が全てを終わらせてしまってもいいものか・・・。

「私に任せておけ、事情は分からないが、何やら気が引ける様子をしている」

 俺の考えを察した姉上が肩をポンっと叩き、優しく言葉を投げかけてくれる。

「校長先生、俺はその提案をのみます」

「うむ、では双方選手選定に取り掛かるのじゃ」

 そうして選出された五人は魔法学園からは、リゼローテ、葉洋、そして三人目は一種目が終わった直後に俺へと睨みを効かせてきた人物で名前は勇利。残り二名は初めて見る顔ぶれ、騒動の場にはいなかった人物だ。

 中立神王学園からは姉上を含めたプリズムのメンバー四人と本人の希望によりカルマが出場することに。

「それじゃあ、初戦の生徒は前に出ろ〜」

 常時気だるそうなヤミル先生の合図が出され、カルマとリゼローテが前へと出る。

 その後互いに一礼し、一定の間隔を空けてその場で向かい合う。

「始め!」

 開始の合図とともにカルマがギラついた炎のオーラを纏い、リゼローテへと一直線に向かっていく。

「潤しなさいアクアパール」

 その瞬間、リゼローテは水で作られた美しいドレスに身を包む。

「そういやお前も回路持ってたんだっけな」

 魔法学園の生徒といえど、どちらかの世界の住人。当然、ユグレス回路とファルマス回路の片方を宿している。

「行きますわよ!馬門さん」

 そう言って左手首につけた魔道具をキラつかせるとリゼローテの吐く息がだんだんと白くなっていく。

 そうして柱のように放たれた一撃は水と氷の複合攻撃。

 カルマはその攻撃をスレスレで交わすとリゼローテの懐へと潜り込み、腹部目掛けて一撃を寸止めする。

 体勢を崩したリゼローテの隙を見逃さず、カルマは炎の火力を更に上げリゼローテのドレスを蒸発させる。

 その後もう一撃をリゼローテへと寸止めで放つ。

 勝負あったな。

 力の質は魔道具を有している魔法学園がリードするも、こと戦闘においてはこちらの学園がリードしている様子。日々魔道具の開発に時間を費やしているか、強さの研鑽に費やしているかに差が生じた。

 しかし、カルマはその後勇利に手も足も出ずに敗北した。勇利は回路を使用していなく、魔道具だけを使用していたが、恐ろしく扱いに熟練していた。

「なるほどね」

 魔道具の思考、開発だけでなく、それを操る研鑽を積んでいるということか。魔道具は誰が使っても同じだという認識を改める必要があるな。

 次に姉上の番となり、当然の如く勇利の攻撃を華麗に捌き勝利を収めた後、葉洋のリベンジも打ち砕き、残る二人もあっという間に打ち負かした。

「流石は会長だな、出番がなかったぜー」

「素晴らしい太刀筋でした」

「これからもついていきます!」

 姉上は、学園のリーダーとしての責務をまっとうするだけでなく、プリズムのメンバーからも十分に慕われている。

「坂道校長、僕から提案したいことがあります」

「何かね〜勇利君?」

「確かにこの勝負は僕たち魔法学園の負けです。しかし!コイツの実力もまともに知れずにノコノコと引き下がるわけにはいきません!魔道具も立派な魔法を扱う手段です。僕は、コイツが僕たちの憧れる存在に相応しいか否か、この身をもって確かめたいです!」

 初対面でいきなりコイツ呼ばわりか。随分と舐められてるな。まぁそれもそうか、一種目では引き分けという結果だったからな。

「いうじゃないか、まぁいいでしょう。憂士君、君には申し訳ないが一戦だけ付き合ってもらえないだろうか?」

「いいですよ」

「すまないねぇ、賭けは僕たちの負けだというのにこのようなお願いをしてしまって。祭りが終われば大人しく学園に帰るよ、だけどその気になったらいつでも歓迎するからね」

 俺と勇利は互いに一定の距離を空けて向かい合う。

「開始じゃ」

 この後は教師によるプログラムのため、ヤミル先生含めて教師たちは移動を始めており、開始の合図は校長先生が代行している。

 勇利が使うのは雷系統の魔道具、すでに手袋状の魔道具に大量の雷が纏われている。

 俺はファルゴレストを何度か使用することにより雷を生み出す感覚を掴んでいた。そのため詠唱をせず右拳に勇利同様の雷を纏い、出された拳に自身の拳を身体強化を上乗せした威力でぶつける。

 その瞬間、勇利の体は後方にものすごい勢いで吹っ飛ぶ。

「カハッ」

 やりすぎてしまったな。

「望つけ白兎」

 すると勇利の背後に全長三メートルほどの真っ白な兎が三体現れる。

「行くよ」

 そう言って再度手袋に雷を纏わせた後、その雷を分散させると三匹の兎に雷で作り出した武器を持たせる。

 変わった形の武器だな、刀のように刃が直線に伸びているわけではなく直角に曲がっている。

「そんな使い方があるのか」

 俺は手袋へと意識を集中させる。

「アポーツ」

 これはあらゆる場所から物を取り寄せる魔法。

 伸ばした方の手の中に勇利が先ほどまで付けていた手袋が出現する。

「ブロック」

 その後ブロック状にその手袋を分解してその機能を失わせた。

「なっ!どうなってるんだよ!」

 当然兎に与えた雷の武器も消滅し、勇利の手段は回路のみとなる。

「くそー、いけ!」

 勇利の合図とともに三匹の兎が一斉に俺へと突進してくる。

 巨大な物体が横並びに向かってくるため、威圧感だけはすごいな。

 俺はウラビティにより兎を三匹とも押し潰した後、勇利に向けて拳を向ける。

「アルフレア」

 顔スレスレに魔法を逸らすと、勇利はその場に座り込んでしまった。

「ナイスファイトだったよ、勇利」

 俺はそう言って座り込む勇利に手を差しのべる。

「認める、認めるよ。コイツなんて言って悪かった。楽魔君」

 俺の差し出した手を取る勇利。こうしてまた一人、俺は友を作ることが出来た。

「やはり君の力は素晴らしいよ憂士君、うん、流石だね〜」

 そう言って拍手をしながら近づいてくる一人の人物。

「・・・セラフ先生」

 違和感・・・今までとは何かが違う。

「セラフ先生、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「他の先生たちはどうしたんですか?」

「さぁ、どうしただろうね〜」

 セラフ先生はニヤリと不気味な笑みを浮かべている。

「気絶させただけさ、魔法学園の校長含めてね」

「なら、バーランド先生は?」

「あそこさ」

 セラフ先生が指差した先、真っ黒な球体が空中に浮かんでいる。

「今は邪魔だからとりあえず封印させてもらったよ。この封印魔道具は素晴らしいねぇ〜、気に入らないがあいつの言うことに間違いはない、全くいい光景だよ。封印していた相手に封印される気分はどうだろうねー、これで・・・心置きなく君をいただける!」

 今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。セラフ先生・・・いや、悪魔王マーデラスの纏う凶々しいオーラを俺の体が拒絶している。

「本当はキューブ探索の時に君の体を貰おうとしたんだけどね、あの使えない悪魔のせいで失敗しちゃってさ〜。全くせっかく起こしてやったっていうのに」

 何もかも校長先生の言っていた通りだ。つまり、マーデラスは今、俺の体を新しい宿主としようとしている。

「どうして俺なんだ?」

「んー、どうしてか。最初あいつが学園に誘ってきた時は、バレないように始末してやろうって思ってたけど・・・君を見つけちゃったからね、見れば見るほど素晴らしい君の力を得てから大魔導士を殺してやろうと思ったんだよ。だからまぁ、結果的には悪魔が失敗してくれてよかったのかもねー」

 マーデラスは一瞬体を縮こませた後、背中から真っ黒な羽を六つ生やす。

「君が、いや君こそが次の僕の宿主に相応しい存在だと確信した・・・今の君を食べれば、僕は大魔導士をも超える存在になれるんだから‼︎」

「くっ」

 マーデラスの発したバカでかい声により数十メートル先にいる生徒さえもその場に座り込んでしまう。

 なんという圧、これが悪魔王。たかだか声一つでここまで圧倒されるとは、まともにやり合うのは危険だ。

「悪魔王マーデラス、お前の狙いは俺だろう。他の生徒は関係ない筈だ」

「確かにその通りだ。だけどねー、君は道端にいる虫ケラをいちいち避けては歩かないだろう?」

 俺は勢いよく放たれたマーデラスの拳を両手を盾にして防ぐ、だけどこのままじゃ押し込まれる。

 俺は両足に精一杯力を込めると同時に両腕にも力を込める。

「逃げろ・・・逃げろみんな‼︎」

 正直こちらは今出来る最大の身体強化魔法を施しているというのに、マーデラスは余裕の表情を浮かべて放った拳に更に力を乗せてくる。

「これは・・・きつい・・・くっ」

 視線をちらりと背後へと向ける。

 半分以上の生徒が客席の最上階へと避難しているが、残りの生徒がまだ逃げ遅れている。

 マーデラスがその尖った牙を剥き出しにしてニヤリと笑う。

 感覚が麻痺していると錯覚するほどに、全身に鳥肌が一気に立つ。

「ダークブレス」

 口を大きく開け、黒く光る何かが瞬きも許されない速度で放たれる。

「プロテクト!」

 俺は無意識のうちに発動した防御魔法を障壁の要領で自身とマーデラスとの間に張り巡らせる。

 パキンッと音を立てて障壁に少しずつヒビが生じ始めるが、まだ闘技場のフィールドには数名の生徒の姿がある。

「何やってる、早く逃げろー‼︎」

 その瞬間障壁が破られマーデラスの放ったブレスが一直線に俺へと迫る。

 この状況では回避するのが正しい判断だが、ここで俺が避ければ後ろの生徒は跡形もなく消えるだろう。

 俺は地面へ足をめり込ませて踏ん張りを効かせ、右腕に全力の魔力を乗せて放つ。

「黒炎波‼︎」

 ブレスを相殺するつもりでぶつける、今の俺に出せる最大火力。

「愚かな」

 右腕は弾かれもの凄い勢いで後方へと吹き飛ばされるが、ブレスの相殺はなんとか出来たようだ。

「あーー、くっ、うぅっ」

 右腕の感覚が一切ない。元々の肌の色は見る影もなく黒く焼け焦げているが、加護によりすぐ回復する。

「素晴らしいね。君の魔力量といいその回復力、やっぱりとても魅力的だよ」

「六之太刀『楽連』」

 一瞬だけ気配の消えた姉上の刀がマーデラスを捉えるがかわされる。

「邪魔だなー」

「憂士、ここからは私たちに任せろ」

「任せろ?君たち風情に何ができると言うんだい?」

 俺を庇うように姉上含めた五人のプリズムがマーデラスの前に立ち塞がる。

「俺は——-」

「沈め」

 放たれた深く呑み込まれそうな声が響くと同時に空間全体が歪むほどの下向きの重力が発生する。

「っ‼︎」

 姉上以外のプリズムのメンバーは重力に耐えきれず地面へと伏せてしまい、俺の後ろにいるカルマとかぐやも同様に地へと伏す。

「少々勿体なかったかな〜?言霊は一度使うと再度使うまで相当時間がかかる。まぁ、それまでには君の体を奪えてるとありがたいんだけどね」

「憂士、私に一つ考えがある」

 俺は姉上にその考えを聞かされ、一か八かかける覚悟を決める。

「いくぞ憂士・・・九之太刀『叢雲』」

「これは⁉︎次元を切り裂くことで、一時的に別次元と僕とを縫い付けたのか、やるねぇ」

 流石は姉上。

 俺はその隙を見逃さず、続いてすぐに魔法を放つ。

「クロノスグラーシャ」

 時間と氷の融合魔法、俺のオリジナルだ。

「こ、これは・・・・・・・・・・・・・」

 マーデラスの全身が氷に包まれ、その時間を俺の魔力が続く限り永遠に止める。

「・・・うん、中々だね」

 マーデラスは易々と俺の魔法を打ち砕く。

「うそ・・・だ」

「嘘じゃないよ、そうだな〜・・・まずは君からにしようか」

 そう言い、姉上へと人差し指を向けて一度指を鳴らす。

「あぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 バキバキという不愉快な音と同時に姉上の悲鳴が闘技場に響き渡る。

 両の手足が粉々に砕かれた音だ。

 その後姉上には一切触れずに闘技場の端へと勢いよく吹き飛ばした。

「お前‼︎」

「動くな」

「あ、くっ」

「言霊は格上の相手にはあまり効果がないけれど、格下の相手には随分効くんだよね、じゃあ・・・死んでくれ」

 そう言ってマーデラスの鋭い爪が俺の心臓数センチのところで動きを止める。

 次の瞬間、ひらりとした赤いマントが視界に飛び込む。

「貴様の刃が憂士に届くことはない!」

「おいおい嘘だろ、このタイミングで復活とか、形勢逆転されちった?」

「ワシの生徒から離れろ!」

 校長先生の周囲に勢いよく業火が散漫し、マーデラスは一度そこから距離を取る。

「テンプル」

 そう発した瞬間、校長先生の背後へと黄金に輝く巨大な車輪のようなものが出現する。

「憂士よ、お主は怪我人を手当てしてやっとくれ。頼んだぞ」

「こうなったら仕方ないねー、やるだけやってみよっか」

「今度こそ貴様の存在を消し去る。ワシの手でチリ一つ残すまい」

「言ってくれるじゃん、じぃさんめ」

 

 バーランドは全てのデバフを無効とし、自身に強力なバフを付与する魔法「テンプル」により、マーデラスの魔法のことごとくを打ち消している。

「死に損ないの老いぼれがー!」

 マーデラスは先ほどの憂士へ向けて放った黒いブレスを全身から四方八方に放つ。

「所詮は小物の悪知恵よのぉ、アミュリトカーテン」

 バーランドは自身の身長の倍ほどある巨大な杖を空中に円を描くように回す。

 すると自身とマーデラスとを光り輝くオーロラ状のものが包み込み、マーデラスのブレスを打ち消す。

「かつて二千年前、ワシはまだ未熟じゃった。ワシはお主を封じていた約千年もの間、聖域での聖魔法の習得に励んでおった」

「聖魔法だと⁉︎」

「お主の闇魔法ではワシには勝てぬ。今ここで、二千年前の過ちを断ち切らせてもらうぞ!」

「ほざくなよ、最弱の大魔導士がー‼︎ダークインパクト!」

 マーデラスは宙に浮かんだ状態で天を仰ぐ。すると次第に空は黒い雲で覆いつくされ凄まじい雷が天を走る。

「何をするつもりじゃ」

「あんたには見せたことなかったよな、魔神龍バラン!」

「キゥェェェェェェ!」

 この世のものとは思えない悍ましい叫び声が亜楽全土に響き渡る。

「あんたは終わりだ。大魔導士ユナイト・バーランド、いや今はユリシオスだったか」

「決着じゃ」

「逸るなよじぃさん、サクリファイス!」

 そうマーデラスが発した途端、マーデラスの全身を宙に舞う赤褐色をした龍が丸ごと呑み込む。

 矢先、龍は黒く滲む紫へと色を変化させ、その形態はまさに外側から中心へと何重にも円を描く巨大な魔法陣のよう。

 計り知れない大きさ、学園など余裕で呑み込まれてしまうほどに。

「二千年の恨みだ‼︎」

 怒りの籠ったマーデラスの声が地上へと響き渡り、マーデラスはそのまま地上へと急降下し始める。

 中はブラックホールのようになっているのか、背の高い木々は次々と吸い込まれていき、次第には校舎の瓦礫などが剥がれ始める。

 

 このままじゃ逃げ場がなくなる。

 俺は姉上の治療を終えると自身にプロテクトを施し校長先生へと駆け寄る。

「先生!」

「これが大魔導士の力じゃ」

 校長先生は巨大な杖を地面へと突き刺すと天向けて両手を広げる。

「魔法の極地の一つ、神器、聖剣トリテウムフォレングナーデ」

 空に浮かぶ雲の一部に巨大な穴が空き、黄金の光とともに巨大な黄金色の矢が降りてくる。

「くそっくそっくそっが!バーランドー!」

 矢は巨大化したマーデラスへと突き刺さる。

 次第に空は色を取り戻し、マーデラスの体は元の大きさへと戻り始め魔法陣は矢とともに消えていく。

「ハァハァハァ」

 校長先生は杖に手を置き、呼吸を少し整えている。

「終わったのですか?」

「決着はついた。じゃが、完璧に浄化は出来ていない」

 俺と校長先生は黒く萎んだマーデラスの元へと歩み寄る。

「ようやくじゃ、さらば悪魔王マーデラス」

 校長先生のマーデラスへ向けた指先へと光が集まり始める。

「パージ」

「逸るなよバーランド」

 耳元で聞いたこともない声でそう囁かれる。

 俺はふと前方へと視線を向ける。

「あれは、一体誰ですか?」

 目の前にはフード付きのコートを着た三人組の姿があった。

「逃げるのだ憂士・・・」

「先生?」

『バーランドの声が聞こえなかったのか?今すぐここから離れろ』

 スクエアまでもが声を荒げて俺へと逃げるよう勧告する。

「その声はミキセルかな〜?」

 スクエアの思考が読まれた・・・一体どうなってる。

「会いたかったよミキセル。君の魔力回路の継承先はその少年か」

「指一本触れさせぬぞプリンスト!」

「怖いなバーランドは、だけど君にはお礼を言わないとね」

「何のことじゃ」

「そこの死に損ないを始末してくれたことだよ。こいつには支配が効かず色々迷惑しててね。僕が封印を解いてあげたというのに、ろくに復活のための力を集めて来ようともしない。こいつの部下の悪魔たちの方がよっぽど役に立ってくれたよ。おかげでまだ本調子とはいかなくてね、完全復活とはいかないんだ」

 逃げれる隙はいくらでもあるように見えるが、身体が震えて思うように動けない。

 確かカルマの話に出てきた人物も同じようにフードを被っていた。

「少年の考えている通りだよ、僕はこの世界で魔道具を与えてその存在を広めている張本人だ・・・ちなみに言うと魔法学園を作らせたのは僕だよ」

「どうして——-」

「どうして思考が読めるのか?どうしてそんなことをするのか?ここは僕の作り出した結界の中だ。僕たち以外の時間はみんな止まっている、思考の一つや二つ読めるとは思わないかい?」

 辺りを見渡すと、周囲の生徒はみんな動きの一切が止まっている。

「お主はあの戦いでスクエアと共に死んだものとばかり思おとった。なぜ生きておる?」

「外見だけでなく、中身までも老いてしまったのかバーランド。単純な話だよ、ユニークマジックシャーデンフロイデは魔力だけでなく生命力をも吸収できる・・・スクエアの最後の燈を奪ったのは僕だよバーランド。まぁ魔力回路は保護されていて魔力を奪うことは出来なかったけど」

「お主はまだ争いを望むのか?」

「争いがしたいわけじゃないよ。ただね、僕が最強になるためには戦争という要素は避けては通れない道なんだ」

 千年前に起きた戦争は、かつてスクエアによって終わりを迎えた。そして戦争を起こした張本人がこのプリンストという人物。

「だけど今日はもうおいとまさせてもらうよ。死に損ないの元悪魔王の無様な姿を見にきただけだからさ。替えはもういる、消えろ」

 そう言って意識すらないマーデラス向けて闇魔法を放ち、その存在を跡形もなく消し去る。

 そしてフードをとり、三人がその素顔を見せる。

「始めに紹介するよ。右が悪魔女帝エラリアル」

「初めまして、女帝でーす」

 とてもノリの軽い口調をしている。しかし一切侮ることは出来ない。

「それでこっちが吸血鬼最後の生き残りのキリエトだ」

「なぁプリンスト、あのガキの精力吸収すりゃー、お前完全復活できるんじゃねーか?」

「それはいい考えとは言えないな。僕が最強を目指している理由を忘れたとは言わせないよキリエト」

 プリンストは目玉をギョロッと吸血鬼の方へ向ける。

「わ、悪い」

「理由じゃと」

「あれ、君には話したことなかったかな?僕が最強を目指す理由、僕の目的は、昔も今もスクエア・ミキセルを越えることだよ」

 プリンストはスクエアの生命力を吸い取るような真似をしたんだ・・・それでは、言ってることとの矛盾が生じている。

「矛盾などない。僕が吸わなくてもスクエアはどの道、助からなかったさ。ならいっそ、スクエアがその回路を継承した後でそいつを僕が殺せばいいだけの話」

 全てが読まれていた。魔力回路を譲り受けた時点でプリンストと戦うことが決められていたということだ。

 プリンストはこちらへとゆっくり手を伸ばす。

「少年、けれど今の君では足りないよ。バーランド、またあの頃みたいに仲良くしよう。もう僕たちは世界に二人しかいない大魔導士なんだからね」

 魔法書にはかつて三人の魔導士が存在していた記述があった、このプリンストという男が三人目の大魔導士であり世界を分ける原因となった張本人。まさか大魔導士が世界を滅亡寸前まで追い込んだなんて。

 魔法に満ちた世界にするには、みんなに魔法を好きになってもらうことが大前提。しかし、結局・・・。

「魔法は、悪なのか・・・」

 俺の脳内には一斉にこれまで魔法に対して人々から浴びせられてきた批判が流れ込んで来る。

「それは違うぞ憂士よ。魔法は使い方次第で、人々を感動させる素晴らしいものなのじゃ。お主の魔法を信じる心は決して折れてはならぬ!」

 思い出せ、スクエアに見せてもらった魔法に満ちた世界のことを。

 俺は決めたじゃないか、いつか世界を一つに戻して魔法に満ちた笑顔溢れる世界にすると。

 そして、英雄になると。

「プリンストよ。お主をここで止めねばならぬ。それがワシができるせめてもの友への情けじゃ」

「決別とは実に寂しいよバーランド。これで君の存在理由は完璧に消えてしまったんだから」

 プリンストがそう言い放ったタイミングで左右に立ち尽くしていた悪魔女帝と吸血鬼の二人が校長先生ではなく、俺へと迫る。

「憂士!」

 俺は拳に全力の魔力を集中させ突き出す。

「黒炎波!」

 しかし正面から直撃したのにも関わらずかすり傷一つ付いていない。

「くそ!」

「ベルターム」

 結界内にベルの音が鳴り響くと同時に、悪魔女帝と吸血鬼の動きが完全に止まる。

「先生!」

 その隙を突くようにプリンストが白銀の剣を生成し、校長先生へと距離を詰める。

 校長先生も遅れて光の剣を創造し、プリンスト目掛けて振り下ろす。

「ガッカリだよ」

 耳元に微かにプリンストの言葉が届くと同時に血液が頬に付着する。

「先生!」

 振り下ろした校長先生の左腕は、プリンストの一撃により切断された。

「アミュリトカーテン」

「無駄さ、ユニークマジック『天落』」

 防御魔法など始めからなかったかのように刃が貫通すると校長先生の心臓を貫く。

「天落は、どんな魔法でも貫通させることができる万能魔法の一つだよ。天国へのいい手土産ができたね」

「先生ー‼︎」

「うるさいよ。君には特別に特等席でバーランドの死を見せてあげよう。解除・・・トレース」

 次第に結界は消え止まっていた時間が動き出す。

 今し方あったプリンスト含め三名の姿はすでに消え、そこにはない。

「お、おい。何やってんだよお前」

「はやく誰か先生呼んで!」

「きゃあー!」

 そこら中から叫び声や悲鳴の嵐が俺へと向けられる。

 一体どうし———-。

「え?」

 ぬめっとした手触りを感じ手先に視線を向けると、校長先生の腹部から伸びる剣を握り締めている。

 刃を伝って滴る血液、俺の手が赤く染まっていく。

「憂士・・・」

「憂士君・・・」

「みんな違うんだ、俺じゃない。これは・・・」

 焦りで視界が歪んでいく。次第に周囲の音も聞こえなくなり、キーンという音のみが耳奥に響き渡る。

「先生・・・バーランド先生」

 俺はこれ以上の出血を防ぐため剣を抜かず、腕の中で校長先生を横たわらせる。

「ゴホッゴホッ、憂士よ。お主はミキセルをも超える才を秘めておる。どうかプリンストを止めてやってくれ、ワシにはできなかったが、お主にならできる」

「先生・・・俺、俺のせいで」

「お主のせいではない。皆を守ったではないか。誇るのだ憂士、誇るのだ・・・最後に一つ頼みがあるのじゃ」

「はい」

「かぐやのことだ。彼女はワシの妻だった女性の加護を受け継ぐ存在なのじゃ、恩恵はあらゆる事象を見破り回避する力・・・後のことはお主に任せる」

「分かりました」

 やはりかぐやは加護を宿す存在。それならば、青い太陽の民であるかぐやが涙を流せることにも納得出来る。魔法を使える者は失われた感情を持つ。現に俺も憤怒を忘れてはいない。

「ミキセルよ、約束を守れずすまない、お主とまた話せたこと本当に嬉しく思う。ワシも死んだら、また天国で会えるだろうか・・・のぉミキセルよ」

『私ももうじきそちらへ行く、少しの間だけ待っていろ』

 そう独言のように発したスクエアの言葉を俺は自身の胸の中にしまい込む。

 校長先生は息を引き取り、安らかに眠りについた。

 全身が少しして光を帯び始め、黄金色の灰と化して天へと舞い上がる。

「埋葬くらい、させてくださいよ」

 生徒や来賓の人たちによる数々の冷たい視線を一身に浴びせられる。

 少し涼しげに吹く風が、湿った頬にひんやり馴染む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四、旅

 

「おい!誰かそいつを捕まえろよ!」

「今すぐこの学園から出ていけ!」

「俺じゃない、俺はやってない!」

「言い訳するな!この人殺し!」

 俺の言葉は届かない。何度目だろう、周囲から蔑みの眼差しを向けられるのは。

「まさか中立神王学園の校長ともあろう者が魔法使いだったとは、いやはや薄汚い魔法ごときに乗っ取られるところでしたな」

 なに?

 俺の場合は濡れ衣とはいえ周囲にしてみれば今や人殺しだ。

 だけど、校長先生はここにいる全員を守るために戦ったんだぞ。それを・・・。

「どうせ私たちを助けたのだって、自分のしようとしていたことに負い目を感じてのことでしょう。世界の改変といい、殺人犯といいその全てに魔法が関わっている。魔法などこの世界に存在してはいけない力なんですよ」

「黙れ」

「はい?」

「何も知らない奴が、知ったような口で魔法を語ってんじゃねー‼︎」

 俺の纏う魔力のオーラがビシビシと周囲に伝わり、先ほどまで向けられていた言葉がピタリと止まる。

「命懸けで俺たちを守ってくれた人の姿を見てなかったのか?確かに魔法は世界を変えたかもしれない。だけど!今俺たちが生きていられるのは誰のおかげか、その真実に目を向けるべきなんだ!」

『憂士、悪い知らせだ。武装をした大勢の兵士らしき者たちがこちらに向かってきている』

 おそらくここ亜楽における警備隊の兵士たちだろう。

 騒ぎを聞きつけこんなにも早く駆けつけてきたのか。

 兵士たちが到着する前に立ち去らなければならない・・・もう、この学園にもいられそうにないな。

「リゼローテ、・・・葉洋、新しい魔道具を試す約束、ごめん、守れそうにないや」

「憂士様、今はそんなこと・・・」

 俺はこちらへ不安そうな表情を浮かべて手を伸ばすリゼローテに優しく微笑みかける。

「姉上、俺のために怒ってくれたこと本当に嬉しかったです。ありがとうございます」

 赤い月の民である姉上が怒りを思い出したということは、おそらく姉上の中にも魔法の何かが眠っているのだろう。だけどこの場でそのことに触れてはいけない。

 姉上にも周囲の矛先が向きかねない。

「かぐやも、ごめんな。こんな形で別れることになって」

「別れなんて嫌です」

「メグミ・・・」

 会場内に多くの足音が響き始める。

『時間だ』

「じゃあみんな元気で、カルマ・・・後は頼んだ」

「嫌、嫌です。嫌!どこにも行かないで、これ以上、私を置いていかないでください!」

 かぐやの心の叫びが俺の心に響く。

「テレポート」

 俺は魔法を発動させその場から一瞬にして姿を消した後、寮のテントへとテレポートした。

『スクエア、この後俺はどうすればいい?目標は今も変わらないけど、もうこの学園にはいられないからさ』

『誤解なのだ。解けばいいだけの話だろう』

『それだけじゃないよ。あのプリンストって奴はスクエアの回路を持つ俺のことを狙ってるみたいだった。みんなを巻き込むことはできないよ』

『・・・私は最強がゆえに下の者を見ようとはしなかった。プリンストの真意さえ先ほど本人の口から聞くまで知りもしなかったのだ。私のせいで起こった戦争を自身の手で止めた挙句に力を使い果たし、奴にトドメを刺される始末・・・なんと愚かなことだ』

 言葉の節々にその悔しさが滲み出ている。

『スクエアは俺だけじゃない。世界に生きる全ての人たちの英雄だよ。だから自分を責めないでほしい』

『君に慰められる時が来るとはな。君には、大魔導士プリンストが起こした事の顛末を話そう』

 千年前の世界では、魔法を使える者とそうでない者とが存在することにより世界の均衡は保たれていた。しかし、プリンストはそんな魔法を使えない者たちを魔道具の力を使って無理矢理魔導士へと覚醒させた後、シャーデンフロイデという奴のユニークマジックにより戦争を誘発させ、人々の魔力と生命力を吸収していった。

 通常魔法とは、外界へと放たれれば空気中のマナへと還元され再びそのマナが魔力の源となる仕組みがある。しかし、大量に吸い上げられた魔力はマナへと還元出来ずに太陽と月へと蓄積されていった。

 その後スクエアにより救われた世界が今の姿を成す結果となった。

「じゃあ、結局そのシャーデンフロイデとかいう魔法を使われたらこの学園のみんなを巻き込むことになるってことなんだね・・・」

『しかし先ほど自身でも言っていたようにプリンストの狙いは君だ。君自身が更に強くならなければならない』

『でも相手が大魔導士ともなればこれまでと同じような修行じゃいつまで経っても追いつけない』

『プリンストは十中八九君が自分に匹敵する力を持った時点で仕掛けてくるだろう』

 つまり逆に言うと、戦いの火蓋は俺自身が握っているということ。

『しかし、あまり時間をかけ過ぎれば、敵に塩を送る形となってしまう』

 確かに時間が経つほど成長するのは相手も同じことだ。

『憂士、君には私が生前使用していた魔法の杖を探し出してもらいたい。その旅に出よう。杖は本来体の一部であり回路の分身のようなものだが、私自身ですら居場所を掴めずにいる。長旅になるぞ』

 杖とは校長先生がマーデラスとの戦闘の際持っていたあの大きな物のことか。

『手始めにキューブをダンジョン化しながら探索に入ろう。マナの濃いダンジョンならば、可能性があるかもしれない』

『じゃあ今日の夜出発しよう』

『なるべく早い方がいい。見つかってしまってはまた面倒なことになる』

『分かってる。だけど一人だけ会いたい人がいるんだ』

 俺は夜になりファルマス科の寮のある敷地内へと忍び込み、塔の外からある人物の姿を探していると、窓を開け、物思いにふけっている人物の姿が目に入る。

「いた」

 俺はその人物の元へと静かに飛んでいく。

「え?楽魔!」

「しっ!」

 俺はメグミの口を手で塞いで、自分の口元に指を立てる。

「とりあえず部屋の中で話せないかな?」

「分かった・・・」

 灯りがついておらず部屋の中は多少の薄暗さを纏っているが、きちんと整理整頓してあるのが伺えてかつとても女子らしい内装になっている。

 俺は部屋の中央で立ち尽くすメグミと向かい合う。

「てっきりもう会えないんじゃないかと思ってたけど、もう一度あんたの声が聞けてすごく嬉しい」

「メグミ・・・待たせてごめん。こんな形になちゃったけど告白の返事をしに来たんだ」

 先程まで優しい笑顔を見せていたメグミの表情が緊張により固くなっていく。

「告白なんて生まれて初めてされたし、正直すごく嬉しかった。けど、メグミの気持ちには応えることはできない・・・ごめん」

「他に好きな人がいるとか?あんた見た目はかっこいいし、そりゃモテるよね・・・好きな人ってかぐや?それともそのブレスレットをくれた人だったりして」

「そうじゃないよメグミ。かぐやは友達だし、このユメミヨのブレスレットをくれた人も大切な幼馴染なんだ。だけどそうじゃない・・・」

 メグミの瞳は真っ直ぐ俺を見ている。

「最後に会いたいと思ったのはメグミだったし、告白してくれたあの日から君のことが頭から離れないんだ。だけど、これ以上メグミの側にはいられないから、気持ちには応えられない」

「なんで側にいられないの?もし、今日のあの事が原因なんだとしたら、私も楽魔についてく!」

「それはダメだ。学園が安全とは言い切れないけど、少なくともこの先の旅で何が起きるか分からない。メグミを晒さなくてもいい危険に晒すことになる」

「それでも——-」

「ダメだ・・・今の俺じゃメグミを、みんなを守れない。だけどいつか迎えにくるから、待っていて欲しい。これが今できる精一杯の返事だよ」

 メグミは理解してくれたのか一度目を瞑る。

 しかしメグミはその場にしゃがみ込み顔を伏せるが、青い太陽の民は涙を失っているため、もどかしい感情は奥に秘めたまま。

「いつもはクールなのに、今日はすごく泣き虫だね・・・ねぇメグミ?今から俺のすることを許してね」

「私泣けないの知ってるでしょ」

 俺はメグミの体を包み込むように抱きしめ、互いの視線が合ったところでメグミの額に俺の唇をそっと触れる。

「え?え?今、え?」

 とても気恥ずかしいな。

「じゃあ、行ってくるよ」

『気は済んだか?』

『ありがとうスクエア、おかげで思いを伝えられたよ』

『上出来だ』

 そうして俺の約二ヶ月という短い学園生活は幕を閉じた。

 中立神王学園・・・父上をやっとの思いで説得して入学した学園。

 怒られるだろうか、更に失望されるだろうか。実家にもいつかは帰らないといけない。

 

 学園を出て一ヶ月が過ぎた頃、俺は実家へと足を運んでいた。

 いつぶりだろうこの扉を前にするのは、入学前は、扉をノックするだけでも足がすくんでいたほどだ。

「父上、憂士です。少しよろしいですか?」

「入れ」

 懐かしい感覚だ。

 学園側から既に連絡を受けている筈だが、自分の口から謝罪しておこう。

「父上、入学を許してくれたのにも関わらず学園をやめてしまいました。本当に申し訳ありません」

 覚悟はしている。何を言われようと受け止めるつもりだ。

「学園から話は聞いている、強制退学になったようだな。憂士、お前の話を聞かせてくれないか?」

 叱責を受ける覚悟をしていたが、父上らしくない態度だ。

「はい」

 俺は以前父上へとある人物の魔力回路を継承したことを話だが、その人物が大魔導士スクエアであること、そのスクエアの回路を持つ俺を狙っている別の大魔導士が学園に攻め入り俺が退学する原因になったことを全て話した。

「どうやら予期していた最悪の状況らしい。憂士、お前には自身の母のことを話したことがなかったな」

 確かに俺は今まで母上についての話を何一つ父上から聞かさせたことがなかった。唯一、聞かさせていたのは俺が生まれる以前に病気で亡くなってしまったということだけ。

「お前の母、楽魔 アリス。旧姓をアリス・ミキセルという」

 ミキセル・・・スクエアと同じ名前だ。

「既に気づいていると思うが、アリスは大魔導士スクエア・ミキセル様の子孫にあたる存在だ。そして例え姓は変われど、お前と暁も子孫にあたる」

 このことをスクエアは知っていたのか?

 スクエアからの反応は特に何もないため判断に困る。

「アリスは魔導士と呼ばれる存在であり、彼女には未来を見通せる力があった。そして憂士、アリスはお前の未来を見通し、元々体の弱かった彼女は私にお前の未来を託し、その生に別れを告げたのだ」

「未来・・・ですか?」

「お前は最早魔導士になってしまったが、このことは心の奥に留めておいて欲しい」

「はい」

「憂士、近い未来お前を狙っているその大魔導士によって命を奪われることになるのだ」

 いくら未来を見通せると言っても、母上は生前十年以上も先の未来を見通したということなる。

 この運命には自分自身で勝たなければならない。

「父上・・・母上のこと、未来のこと、教えてくれてありがとうございました」

「これからどうするつもりだ?」

「俺は一人じゃありません。今自分がやるべきことをやるだけです」

「やるべきことか、昔から自分の意志をしっかり持つ子供だったが、見ないうちに更に成長したのだな。お前が決めた道を行け、私はそれに口出しはしない。何を優先すべきか私もようやく気がついたからな」

「行ってきます父上、どうかお元気で」

 以前は姉上の支えなくして父上と話すことなど到底出来なかった。俺が成長したのか・・・あるいは父上が成長したのか、初めて親子のような会話が出来た気がする。

 そうして屋敷を後にして再びダンジョンへと向かった。

 

 憂士君が学園を出て行ってから約三ヶ月が経過しました。

 神王祭の後の学園内は色々と慌ただしさを見せていましたけど、壊れた箇所の復興作業は着々と進められ、今では通常の授業が進められているほどです。

 しかし学園にはこの三ヶ月の間で変化が起こりました。魔法科を新たに推奨していた校長先生がいなくなってしまってから魔法科は撤廃され、魔法に関する一切の知識を耳にすること自体なくなってしまったのです。

 そして変化といえばある人物にもある変化が見られるのです。

「メグミちゃん、メグミちゃん!」

「あっごめん。聞いてなかった、もう一回言ってくれない?」

「大丈夫?最近ずっとぼーっとしてるですけど」

 メグミちゃんは憂士君が学園から姿を消してからずっとこんな調子のままなんです。

 私も憂士君のことがとても好きだったからいなくなって残念な気持ちは痛いほどよく分かります。

 だけど、それだけじゃない気がするんです。なんていうか女の感?ですけど、他にも何かあるんじゃないかと思うんです。

「うん、大丈夫ありがと、かぐや」

「ねぇメグミちゃん?」

「何?」

「憂士君に告白の返事もらったんですよね?」

 そう、ただ学園から姿を消したということだけでなく、告白の返事にメグミちゃんの変化の真実が隠されているんじゃないかと私は思います。

「うん、断られちゃったけどね。フフッ」

「なのに何で笑ってるんです?」

「笑ってない」

「いえ、笑ってたですよ。見ました」

「あー、多分、悲しいせいでしょ」

「誤魔化してもダメですよ・・・キス、されたんですか?」

「は⁉︎えっ?は?いやいやいやそんなわけないし、ありえないでしょ」

 これほど分かりやすく動揺する人は初めて見ました。

 もう三ヶ月経つというのに今だに何をしていても気がつくとぼーっとしている。

「メグミちゃんもクールに見えて、意外とうぶなんですね」

「て、ていうか、そういうかぐやはどうなのよ!楽魔に気持ち伝えられてもいないんでしょ?」

 確かに、私は憂士君に自分の気持ちを伝えられてもいないまま・・・どちらがうぶだって話ですよね。

「はぁあ、あいつ今頃何してるんだろ?」

 メグミちゃんの口からふと零れた言葉を私も今心の中で思っていた。

 

「ここが古のダンジョン・・・」

 スクエアによるとダンジョンは主に三種類に分けられているらしくナチュラルダンジョン、ディバイズダンジョン、古ダンジョンがある。ナチュラルダンジョンとは自然的に突然発生した天然のダンジョンのことで、そのナチュラルダンジョンに人の手が加わり意図して作り替えられたのがディバイズダンジョン。そしてナチュラルダンジョンが時を経て世界遺産的天然記念物になったのが古ダンジョということらしい。

 ちなみに言うと俺が最初に戦った悪魔のいたダンジョンはナチュラルダンジョンであり、キューブ化以前に悪魔の住処と化していたとのことだ。

『覚悟を決めろ、古ダンジョンはかつてその危険度の高さからほとんど挑戦する者が現れなかったダンジョンだ。私の杖探しとはいえ、これは修行だ、気を引き締めることだ』 

『ここ三ヶ月の俺の成長を見てきたでしょ!ディバイズダンジョンだって余裕だったんだ、今度だってクリアして見せるよ!』

『では行こうか』

 俺は植物の根で覆われた緑色の扉をくぐり、薄暗い階段を下へと降りていく。

 階段を下り終えたところで上下左右の壁一帯が青く点灯する。

「なんか気味が悪いな」

 すると俺の目の前に突然髪の長い子供が現れる。

「誰?」

 そこから一歩歩み寄った瞬間、隠れていた顔がいきなり俺の目の前へと飛び出し、後数センチという距離で何とか反応して回避する。

「こわっ!」

 もちろんいきなり飛び出して来たことには驚いたけど、何よりも顔一面がブラックホールのようになっていて不気味さMAX。

「うそうそうそだろー」

 視線を外したわけでは決してない。だけど、気がつくと道の先が埋め尽くされるほどの子供モンスターで溢れかえっていた。

「だけどまぁ、こんなんでびびってたらプリンストには勝てないよな!」

 古ダンジョンはこれまでのナチュラル・ディバイズダンジョンとは常軌を逸しており、四肢を何度も切断されながらなんとかクリアを成し遂げた。

「はーはーはーはーはー、加護がなかったら今頃死んじゃってたよ・・・間違いなくね」

 正直ボスに関してはマジで死ぬかと思った。腹に一撃くらっただけで、口から臓物が飛び出すかと思うほどだった。

『おかげでかなり回路を使いこなせるようになり、実力がついて来た筈だ。だが、中々杖が見つかる気配はないな』

『うん、自分でも実感できるほど成長したと思うよ』

 ここ三ヶ月、ほぼ毎日のペースで古ダンジョン以外のダンジョンを自身の魔力によってダンジョン化させた後、クリアするを繰り返してるんだからな。

『ていうか何でダンジョンに杖があるって思うんだよ』

『杖はマナに引き寄せられる特性を持っている。そのためマナの濃いダンジョンには可能性を感じていたんだがな』

『なるほど、ねぇスクエア』

『どうした?』

『俺が子孫だってこと、もしかして初めから知っていたの?』

 自分と似ている波長を持つ俺に対してなんらかの違和感を覚えていたとしても不思議ではない。

『子孫だということは君の父親の口から聞いて初めて知ったが、初めて君自身の魔力回路を感じた時に私と同じ魔力の波長を感じていたのは事実だ。私と憂士が出会うことは運命で決められていたのかもしれないな』

『運命か・・・』

 そんな俺が二つの加護を宿し、アトストラダムスの書庫を二種類とも宿すことから、俺は運命に英雄となることを課せられた存在なのかもしれないな。

『休んでいる暇などない、次のダンジョンに向かうとしよう』

 

 そうして俺の人生初めての旅は半年が経過した。

『君はこの半年の間で私の想像を遥かに凌駕する成長を見せてくれた。まさか古ダンジョンを素手のみでクリアしてしまうとは、流石に驚いた』

『今の俺はプリンストとやって勝てると思うか?』

『正直、勝算は五割にも満たないだろう。やはり杖を見つけることが必要だ』

 杖は使用者の魔力回路を強化し、魔力の量や質、発動の速さに強度、範囲までも著しく増強するとんでもアイテムらしい。

 そして自分に最も合う杖を持つことが出来れば、その効果は目を見張るほど絶大なものとなる。

『俺の勝手な考えだけど、ダンジョンにはない気がするんだ。一つだけ思い当たる所がある』

 ヒーラマの森はそのマナの豊富さによって豊富な食料の宝庫となっている特徴がある。

 そして俺とスクエアが出会った場所は、視界で捉えることが出来るほど濃いマナで満ち溢れていた。

『俺たちが初めて会った場所なら杖がある可能性はない?』

『私と杖は一心同体のようなもの、仮にあったとしてあの時私が気がつかない筈がない』

『だけど探してみる価値はあると思う。スクエア、もう時間がないんだろ?』

 そう、スクエアは俺に回路を譲渡してから一年間で存在が消えてしまう。

 そしてその時が刻一刻と迫りつつある。

『私が憂士といられるのは、後一ヶ月だけだ。しかし、あの森は私の回路に引き寄せられたマナたちによって作られたものだ。つまり、あの時あの場所において私はあの場のマナを全て支配していた。杖の存在は感じ取れなかった』

『だけど・・・なぁスクエア』

『今、スクエアの回路によって森が作られたって言ったよな?』

『それがどうかしたのか?』

『確か、青い太陽の世界にヒーラマの森と同じ森を見た』

 あれはメグミとデートをした日のことだ。

 ヒーラマの森で見た湖はマナの塊だったけど、同じような湖が向こうの世界にも存在していた。

『可能性は十分にある。今すぐ向かうぞ』

 しかし一つ気になることが、まぁ向えば分かることだろう。

 俺は目を瞑りメグミと一緒に見た森の景色のイメージを具体的に再構築していく。

 テレポー・・・。

『スクエア・・・』

『予想よりも遥かに早いな』

 この世界を呑み込んでしまいそうなほどの凶々しい魔力の気配がビシビシと遠く離れた俺の肌へと伝わる。

 

 憂士がいなくなってからもう半年か、随分とあっという間に時は過ぎてゆく。

「暁、何か考え事か」

「いえ、何でもありません」

「久しぶりに会えた娘との食事だ。悩みがあるなら聞こう」

「父上も憂士が学園を退学となったことは耳にしているここと思います。父上は、憂士のことが気にならないのですか?お嫌いですか、自分の息子のことが」

「私は、お前と憂士のことを————」

 父上が何かを口にしようとしたその時、屋敷全体がとてつもない揺れに襲われる。

 机に乗っていたお皿は全て割れ、家具もバタバタと倒れ始める。

 更には壁に無数のヒビが入り始める。

「戦いを始めようぜー!いるんだろーなぁ?早く出てこいよ!憂士とかいうガキが来る前にお前ら家族皆殺しにしてやるからよ‼︎」

 憂士を知っている?だが口調からして敵なのは間違いなさそうだ。

「出るな!」

 立ち上がろうとした私の腕を父上が強く掴む。

「放してください。奴は敵です、このまま隠れているだけではいずれ殺されるだけです」

「お前はここにいるんだ。私に任せろ!」

「父上・・・」

 これほど鬼気迫る父上を私は知らない。

 息を呑むほど圧倒される気迫、私では父上の足手纏いになるだけだ。

「おっなんだ、出て来たのはおっさん一人かよ!もう一人、デカい気配がするんだけどなー」

「私の家族に指一本触れさせはしない」

「はっは、威勢だけはいいみてぇだけどよぉ、俺は一応吸血鬼最後の生き残りにして元吸血鬼の王だぜ!人間なんかが勝てるわけねぇだろ」

 吸血鬼は口を大きく開け膝を曲げて体をのけぞらせる。

 そして顔の正面へと真っ赤なエネルギーの球体が出来上がる。

「死んじまえー‼︎」

 吸血鬼はエネルギーの球体をものすごい勢いで父上へと放つ。

「異流門」

 父上が指先で上から下へと正面に真っ直ぐ線を書くと、その線が面へと変わり光の門が開かれ吸収する。

「ほぉ人間の割には楽しめそうじゃねーかよ」

「楽しませるつもりはない。すぐに終わらせる」

「いいじゃねーか」

 今のところ父上と吸血鬼はほぼ互角。ならば、私が加勢する事でその均衡を崩すことが出来るのでは?

 いや、加勢する隙がどこにあるというのだ。

 もしかすると父上お一人で本当に・・・。

「くはっ」

「んだよ、思ったより手応えねぇーな〜」

 今の一瞬、私は思考へと意識をほんの少しずらしただけ・・・だが、再び二人へ視線を送ると鋼のような太い腕が父上の胴体を貫いていた。

「ち・・・・・父上‼︎」

 窓に足をかけ乗り出そうとする。

「来るな暁!」

「うるせぇーよお前」

 そう言って吸血鬼は父上の顔面へと強烈な一撃を喰らわせ、後方へと吹き飛ばす。

「貴様ー!」

「んなとこいねぇーで降りてこいよ剣士様」

「待っていろ、その首今すぐにでもはねてやる」

 私が窓に手をかけ、全身を外へ乗り出そうとしたその時。一人の少女が姿を現す。

「え?何・・・これ———-」

「早く逃げろ!花夏ー!」

 まさかこのタイミングで花夏が現れるとは思わなかった。

 そうか、今日は憂士の——-。

 私にも直接この吸血鬼の力を感じ取ることは出来ないが、近くにいるだけでも不気味な威圧感はビシビシと伝わる。

 しかしそれはあくまでその姿を目にしたらの話、遠くからでは感じ取ることは出来ない。おそらくこの吸血鬼が使っている力は魔力と呼ばれる力。なおさら魔力回路を持たぬ上に戦闘において縁遠い花夏はその凶々しさを感じ取ることは出来ない。

「目醒めろユニコーン!七之太刀『迅界一閃』」

 私は瞬間移動したかと思えるほどの速さで吸血鬼に近づき抜刀する。

「おせぇーんだよ、物足りなくてしょうがねぇー」

「ぐっ」

 痛みよりも速く視界が歪む、その大きな体で私の刃が届くよりも早く反応し拳を繰り出して来た。

 そしてその放たれた拳圧により、刀を握っていた右腕は吹き飛ばされ、全身の骨が砕かれるような感覚に陥る。

「あ・・・あ」

「暁さん!」

「お前は弱そうだが、美味そうだ。その血全部貰ってやるよー!」

「いやぁぁぁぉぁ!」

 くそ、どうしてこんなにも私は弱いのだ、直接攻撃が当たったわけでもないのに痛みで声すら出せない有様。

 まずい、花夏がこのままでは殺されてしまう。

「か、かな・・・つ!」

「失せろ」

 深く落ち着いた声が聞こえた瞬間、大きな体がものすごい速さで屋敷へと飛ばされる。

「遅くなりました」

 花夏は・・・気絶はしているが無事なようだ。

「ふ〜はぁ」

 先程まで苦しかった呼吸が楽になっていく。

 体の痛みも次第になくなり、吹き飛ばされたはずの腕が元通りになっている。

「憂士、なのか?」

「ただいま。ここから先は俺が引き受けます」

 本当に憂士なのか?

 背も少し伸び弱々しかった目つきも頼もしく力強いものとなり、一段と大人っぽくなっている。

 しかし、見た目は紛れもなく憂士だ。

 根拠はないが、もう大丈夫だと安心することが出来る。

「憂士、父上も頼む。胴体を貫かれ、瀕死の状態なんだ」

 憂士はすぐに父上へと駆け寄り、何やら術を施している。

「姉上、父上は俺の力じゃ・・・」

 憂士は拳に力を込めてギュッと握り込む。

「いいじゃねーかお前、楽しめそうだ。前会った時とはまるで別人みてぇーなツラしやがってぶち殺してやるよ!」

「姉上、父上のこと頼みます」

 憂士はそう言ってゆっくりと吸血鬼の元へと近づいていく。

「確かキリエトって言ったよな?悪いがお前にさいてる時間はねぇーんだ、こいよ・・・力の差を教えてやる」

「ガキが!一丁前に力の差を教えてやるだー、それは俺のセリフだぜ・・・フゥ〜ウォー‼︎」

 吸血鬼は再び口を大きく広げて鼓膜が破裂しそうなほど大きな雄叫びを放つ。

「ハァー・・・しっ」

 憂士が自分の口元へ指を当てた瞬間、周りの音の一切が遮断される。

 吸血鬼は呆気にとられた様子で何かを怒鳴り散らすように発しているが何一つ耳に届かない。

 しかし次第に耳に音が届き始める。

「今何をした!」

「少し静かにしてもらっただけだ。だけど、やはり効果なしか」

「何言ってんだ、ぶっ殺してやる!」

 吸血鬼は一瞬にしてその場から姿を消してしまう。

「何⁉︎一体どこに行ったというのだ」

「目で見えなくても気配は感じる・・・少しは楽しめるかと思ったけど、そんなもんか」

 憂士は何もない背後の空間へと腕を伸ばす。

「一体何を・・・」

「ウィークポイント」

「ぐはっ!」

「っ⁉︎」

 何もなかった筈の空間から、腹部に大きな穴を開けた状態の吸血鬼が姿を現す。

「燃えろ」

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 吸血鬼の体が燃えたぎる炎で包まれると、心の底からの叫びがしばらくの間響き渡るが、次第に何一つ言葉を発しなくなり炭となった状態で地に横たわる。

「パージ」

 憂士の指先が、炭となった吸血鬼に触れると次第に光を帯びた全身は灰のように宙に舞って行った。

「吸血鬼にも浄化魔法は効いたみたいだな」

 

 初めてキリエトと対面した際は実際に戦闘はしなかったが、かなりの実力差が存在していることは瞬時に見てとれた。

 今の俺はその差を埋めるどころか、圧倒するまでになっていたのか。

 だけど、成長した俺の力を持ってしても、決められた者の死を覆すことは出来ない。

「父上」

 俺と姉上は瓦礫にもたれかかる父上の傍でその姿を看取る。

「すまないな憂士、暁、私は最後にお前たちの顔さえ見ることが許されないようだ」

「父上・・・一つだけ聞いてもいいですか?」

 今までずっと胸に秘めていた思い、ここで聞かなければ必ず後悔してしまう。

「父上は、俺のことは嫌いでしたか?」

 父上はいつも厳しく俺をあしらうように接していた。

 愛がないと思うのは当然のことだ。

「・・・お前はアリス、そして私の息子だ。嫌う筈がないだろう」

「・・・父上」

「しかし常に冷たくあたり、ひどいこともたくさん言ってしまった・・・私は、お前に生きて欲しかったのだ、憂士」

「え?」

「アリスからお前の未来を聞いた時思った。例えどんなに嫌われようとも、この子を、息子を戦場から遠ざけねばと」

 その瞬間じわじわと涙が浮かび出し、視界が歪む。

「未来は変えられると信じていた・・・しかしそれは私の我儘、憂士、お前の気持ちを何よりも優先すべきだったのだな。本当に辛い思いをさせてしまった」

「何だよ、それ」

 最後に文句の一つくらい言ってやろうと思ってた。

 だけどこれじゃ・・・。

「死なないで・・・父上にも生きていて欲しい」

「・・・涙もろいところはアリスそっくりだな。しかし暁は昔から泣かない子供だった」

「父上、私」

 姉上が何かを言おうとしたが言葉を止める。

「よく怒るところもアリスによく似ている。若い頃はよく私も怒られたものだ」

 やはり魔導士であった母上も憤怒の感情を忘れてはいなかったのか。

「俺は父上に怒ったことなど」

「気づいていた、お前が私の知らないところでものすごく怒っていたのを」

 確かに直接怒りをぶつけたことはなかったが、隠れて発散してたっけな。まぁ、バレてたみたいだけど。

 要するに俺は外見は父上に、中身は母上に似たんだな。そして姉上は外見と中身の両方が父上に似たらしい。

「憂士、お前は私たち赤い月の民、皆が忘れてしまった怒りの感情を持っており、それは暁、お前も同様にだ」

「私もですか?」

 一瞬呆気にとられた表情を見せる姉上。

 つまり、姉上が見せた憤怒は無意識によるもの。

「まだ自覚していないだろうが、最も魔導士に近い存在であるお前はいずれ思い出すだろう」

「俺は以前、姉上が怒っている姿を見たことがあります」

「本当か?」

「はい」

「しかし暁、憂士よ・・・くれぐれも家族仲良くするのだぞ、喧嘩はほどほどにな」

 徐々に父上の呼吸が浅くなり始める。

「不器用な父親でごめんな・・・私はアリス、そしてお前たちを心の底から愛しているよ」

「父上・・・父上、死なないでください。やっと俺・・・」

 いや、最後くらい安らかに眠らせてあげよう。

 男なら、辛い気持ちをぐっと堪えるんだ。

 姉上は止まらない涙を何度も拭い、父上の顔を見つめている。

「憂士、誕生日・・・おめでとう—————」

 父上は目を瞑り、まるで一時の眠りについたかのような表情。

 しかしもう二度と目覚めることはない。

 俺と姉上はその後、ヒーラマの森へと父上の墓を作った。

「憂士、少しいいか?」

 俺は姉上に案内され屋敷の厨房へと連れられる。

「何でこんなところに?」

「これを見てみろ」

「これって」

 姉上は両手に直径三十センチほどのホールケーキを持ち、それを俺へと見せる。

 ケーキの上にはチョコレートプレートが乗せられており、そこには「憂士16歳の誕生日おめでとう」と書かれていた。

「父上は、お前が帰ってきた時のためにこれを用意していたそうだ」

「姉上は知っていたんですか?」

「さっき、父上の洋服のポケットからこんなものが出てきた」

 それは手紙。しわくちゃになり、まともに字を読むことが出来るだろうか。

「父上・・・」

 俺は涙を零す。

 手紙は愛する息子への続き、俺の十六年間の成長に対する父上からの嬉しさのメッセージが込められていた。

 そして右下に以前俺が父上の元を訪れた時の日付が書かれていた。

 この手紙をあの時くれようとしていたということなら、その時にケーキも用意していたことになる。

 だけど見たところ目の前にあるケーキは新鮮そのもの。

「どんだけ不器用なんですか」

 今日の俺は本当に涙もろいな。

 修行して強くなったというのに、どうしてこんなにも涙が溢れてくるんだろう。

 俺と姉上は広い食卓でケーキを全て食べ終えた後、俺は姉上に花夏を任せて青い太陽の世界へと向かった。

 

『確かにこの森にも豊富なマナが存在しているようだ。そしてどこか懐かしい匂いがする。どうやら君の考えは間違ってはいないらしい』

 やはりヒーラマの森に似ている。

 俺は湖の場所へとゆっくり足を進める。

『それにしても人の気配が全くしないのはどういうことだ?君の世界では人の出入りが活発だったようだが』

『こっちの世界では禁忌の森と言われているらしくて、誰一人近づかないらしいんだ』

『これほどの食糧に恵まれているというのに宝の持ち腐れだな』

 確かに表面上の状況だけを見れば、スクエアの意見は決して間違ってはいない。

『おそらくだけど、互いの結束状態を維持するために意図的に人を近づかせないようにしているんだと思う』

 青い太陽の世界は水を、赤い月の世界は食糧を交換し合い互いに助け合う繋がりが生じている。

 勿論水や食糧面だけでなく、人と人との心理的支え合いやその他の資源を互いに有効活用していくなどの多様な分野での協力関係が成されている。

 だが、青い太陽の世界のこの森の存在によって赤い月の世界に対する存在価値が減ってしまう可能性がある。すると、どちらか一方の優位性が次第に生まれ支配という概念が誕生することになる。

 幾つもの糸に繋がれた世界と世界の間に起きた小さな糸の綻びは、時間とともに一本一本断ち切れていく。それは即ち、世界の衰退を意味することとなる。

『なるほどな・・・この感じは⁉︎』

 スクエアは何かを感じ取った様子。

『この中からだ、湖の奥深くから私の力を感じる』

『え?湖の中にあるってこと?』

 夜で湖の中は闇そのもの。

 いや例え明るかったとしてもこれほど巨大な湖の中は見えないだろう。

 それと気になっていたことだが、なぜ初めて青い太陽の世界に来た時にはスクエアは反応を示さなかったのだろうか。

『なぁスクエア、俺はここに来るのが初めてじゃない、てことはスクエアも初めてじゃないんだよ』

『それがどうかしたのか?』

『どうしてその時は杖の気配に気が付かなかったの?』

 思い返せば、俺の呼びかけに対しても返答がなかった。

『何か考え事をしていた線も否めないが、気配に気が付かない理由としては希薄だ。杖には意思がある、仕方ないことだったとはいえ、杖としても私が命を犠牲にしたことに思うところがあったのだろう』

『よく分からないんだけど』

『つまりは、私に気づかれないよう気配をコントロールしていたのだろう。私と杖とは一心同体、片方が拒絶したことで無意識に私の意識も一時的にだが影を潜めていたということだ』

 あたかも信じ難い内容だが、これまで我が身に降り注いだ信じ難い出来事はその全てが真実だった。

『早くしないと、また拒絶されてしまうかもしれないな』

「行くか」

 俺は全身にプロテクトの魔法を薄く施す。

 その後湖へと飛び込み、スクエアの案内を都度受けながら奥深くへと潜っていく。

 プロテクトである程度体温が保たれているとは言え、流石にそう長くは持ちそうにないな。

『あれだ』

 キョロキョロと視線を動かしてそれらしい物を探す。

 すると何やら巨大な魔法陣らしき円の中心に突き刺さる氷の柱を発見する。

『氷?』

『私と同じだ。私が回路をプロテクトしていたように、杖自身も身を守っているのだろう』

 魔法陣へと近づくと、次第に温かさが肌に触れ空気が生じる。

 どうやらこの中は特殊な結界で覆われているらしい。

「温かい」

 中心にある氷の柱へそっと手の平を触れると、じわじわと温かさが伝わってくる。

『杖には命が宿っている』

『命が宿る?』

『言葉を発し、人のように意思疎通ができる訳ではないが、杖は己の意思を持っている。使う者と成長し、次第に眠りについていく。今回のようにな』

 もし本当に意思があるのだとしたら、この杖は俺のことを認めてくれるだろうか。

 スクエアと離れたくて離れた訳では決してない、運命がそうさせたんだ。

『・・・憂士、少しの間触れたままでいてくれ』

 スクエアに氷の柱に触れた手を離さないように言われ、更にもう片方の手の平も付ける。

 毎日一緒にいるせいか、スクエアがこれから何をしようとしているのか手を取るように分かった。

『随分と独りにさせてしまったな。だが信じていた・・・必ず生きていると』

 手の平に伝わる熱が更に強くなっていく。

『私の命は尽きてしまったが、君には新たな時代で担うべき役割がある。どうか私の弟子をよろしく頼む』

 弟子、などと初めて言われた気がする。

 これまで俺とスクエアとの関係に名などないと思っていたが、その響きは随分としっくりくる。

 だがなぜか手の平に伝わってくる熱はだんだんと弱まっていく。

 もしこれが杖の感情を表しているのなら、そう簡単に受け入れてもらえるはずがないことくらいは分かっていた。だとしても、少し胸に来るものがあるな。

『今の私は幻影のようなもの、時期に消える存在だ。しかし気がついているだろう、この少年の内に私がかつて秘めていた物と同じ回路が秘められていることに』

 再び熱さを取り戻すと、柱の内側から弱々しい光が放たれ始める。

『この少年とともに生きるということは、私とともに生きるということ。例え私はいなくとも、残した思いは真実だ』

 そう、俺がこの世に生き続ける限りスクエアの残してくれた魔力回路も存在し続ける。

 どうやら杖を奮い立たせるには十分な理由だったようだ。

『名前を呼ぶのは千年ぶりだな。起きろ・・・ノゥトアス』

 スクエアに名前を呼ばれた杖は、纏っていた氷の柱、いや、結晶を砕きその姿を現した。

 今にも折れてしまいそうなくらい細く、そして長い。だいたい俺の肩くらいはあるだろう。

 そして白く輝くその様はまさに、この夜の世界に降り立った英雄のようだ。

 俺は宙に浮かぶ杖にそっと触れる。

『もう杖は君のものだ。一度ついてみるといい』

 俺はスクエアに言われた通りに湖の底へと一度杖を軽くつく。

 すると湖全体がまるで竜巻のように渦を巻き、天へと昇ると消滅した。

『どうやら別れの時が来てしまったようだ』

『は?別れって、何だよそれ』

『ノゥトアスの存在が引き金となり、君自身の魔力回路と私の回路が融合を始めたようだ。おそらく後数分で完了するだろう』

 それはあまりに突然のことだった。

 心の整理をする暇もなく訪れた。

 別れはいつも、予期せず起こる。こればかりはどうしようもならない世の摂理。

「まだ何も、感謝の気持ちを伝えられてないのに・・・」

 心の中だけでは感情が抑えきれなくなったことで口から言葉が零れる。

『感謝か、私は君に責任を押し付けてしまっただけだ。感謝などされるに値しない』

「俺は少なくともスクエアと出会ってなかったら、ずっと弱いまま、地に足のつかない夢や目標ばかり追いかけていたと思う」

 今抱いている夢、目標も十分無謀に近いことなど初めから理解している。けど俺は、夢に向かって歩くことの出来る力をスクエアのおかげで得ることが出来た。

『責任ではなく、目標か。憂士、私は君に救われたのだ』

「救われた?俺に?」

『本当に救われた。守るためとは言え、私は私のしたことに疑念を持っていた。他の道はなかったのか、これでは残されたものが苦痛を味わうことになるのではないかと、だが君が言ってくれた言葉にどれだけ救われたことか。君は知る由もないか』

「俺の夢が、スクエアの救いに・・・」

『その通りだ。憂士、君が私に返すのではなく、私が君に返したくなっただけのこと。感謝など必要ない』

 俺たちはお互いがお互いを救い、そしてその役目を今果たし終えた。

 これから俺の待ち受ける未来は決して楽なものじゃない。

 だけど前を向かなければならない。スクエアの思いを背負い、決められた自分の未来を打ち砕くために。

「大魔導士にこんなこと言うのはどうかと思うけど、なんか、親友が出来たみたいですごく嬉しかった。俺は必ず、夢を叶えて見せる」

『親友・・・友か、久しい響きだ。私にもかつて三人、いや、四人の友がいた。憂士、君で五人目だな。君ならできる私はそう確信している』

 学園に入ってからは、花夏以外にも様々友人たちに囲まれるようになった。

 そのどれもがスクエア無くしては成し得なかったこと。

『君の回路は君自身のものであり、私の回路も君のものだ。皮肉なことに魔道具のおかげで世界のマナの巡りがよくなり君の回路もいずれ鼓動を取り戻すことだろう』

「複雑だね」

『だが、最早今の君は私を超える力を得た。安心して未来を委ねることができる』

 スクエア・・・俺があなたを超えた?まだ全然超えられてなんてない。

 俺にとってスクエアはヒーローなんだ。

 感謝しないなんて出来ないよ。

「スクエア・・・今までありがとう」

『憂士・・・感謝する』

 ほぼ同時に発した二人の言葉は交れど、しっかりと耳に届いていた。

 その後胸の奥が熱くなる感じがした、回路の融合が完了したのだ。

 スクエアの言葉はピタリと止み、内なる気配は既にない。

 俺はフワッと頭がとても冴えていく感覚に襲われ、この広い湖の底に独り佇む存在の小ささを強く感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 五、戦争

 

 二つの世界に生きる全ての人は今生きるこの世界の姿しか見ていない。ならなぜ魔法は忌み嫌われているのだろうか、答えは単純、二つの世界が抱える不況を誰かのせいだと決めつけているだけ、それが偽りか真実かなどは関係ないんだろ。

 魔法のせいにしてしまえば大抵のことは説明が付くし理解出来てしまう。そうして受け継がれた概念が次世代へと紡がれていく。

 あぁその通りだ。俺も魔法を嫌厭していた者の一人であって、だけどそれには理由があった。だが今思い返してみると、自分の不幸を魔法のせいにしていただけなんだ。まぁ、まともに言い伝えを信じている奴の中には憎しみを抱いている奴もいるかもしれないが。

 だから気に入らなかった。

 真っ直ぐな瞳で魔法を肯定する夢を語るあいつ、憂士のことが。もう存在してないものにいくら執着したところで仕方ないだろ、世界に逆らうなんてバカなだけだ。

 だけどあいつは諦めない、いつしか俺には輝いて見えるようになっていた。お前なら本当に出来ちまうんじゃねーかとさえ思わせられる。

 だから俺は信じてやることにした憂士の夢を、そしてあいつ自身を・・・俺の、馬門 カルマの初めての友として。

 

 今日の亜楽ではいつもと変わらない多様な色を宿す空模様の下、言いようのない不吉な空気が一帯を包み込んでいた。

「はぁ、今日も朝からあんのか〜ヤミル先生もよくやるよな、校長になった途端これだよ。マジでいい加減してほしいぜ」

「多分ですけど、セラフ先生が影響してますよね?」

「間違いなくあの化け物のせいだな」

 嬉紀、馬門、メグミの三名は、学園の食堂で朝食を食べている最中。

 話の議題は、バーランド校長に代わりヤミル・ウェストンが校長になってから変わってしまった学園について。今年から魔法に対する学園の姿勢が変わった矢先、校長交代により再度魔法に嫌悪的な体制へと戻ってしまった。

 このことは、憂士との関わりの中で魔法に好意的印象を持ち始めた三人にとっては納得のいかないこと。

 更にヤミルは校長という権利を振るい、毎日のように集会を開き魔法がいかに害ある存在かを、あることないこと生徒へと吹き込む事態が起きている。

 しかし変わったのはそれだけではない、神王祭の勝利により魔法学園を買収したことで色々と変化があったが、やはり一番大きな変化は食事に関してだ。

 いつか坂道が口にしていたグルメが導入され、生徒間では高評価を獲得している。グルメは魔道具により再現された昔の食であったり空想の食だったりと様々だ。まさに今馬門たち三人が口にしているのもそのグルメの一つ。

「何でそこでセラフ先生が出てくるのよ」

 メグミはヤミルとセラフとの一件を知らないため、首を傾げる。

「俺たちが入学して早々、セラフ先生にボコボコにされたんだよ。まぁあんなんでも賢者だからプライドが傷ついたんだろーな」

「何それ」

 あり得ないとでも言うようにメグミは眉間に多少のシワをよせ、引き気味にそう答える。

「・・・憂士君、大丈夫ですよね?」

 ふと嬉紀がそんな言葉を口にする。

「今頃どこで何してるんだろうな」

「はい。少し二人に聞いて欲しいことがあるんです」

 嬉紀は暁と同じ寮のため、先日の屋敷での事件について大まかな内容を暁から聞かされている。

「うそでしょ・・・」

 メグミは息を呑み、動揺した様子を見せる。

「マジかよ、あれからそんなことが起きてたなんてな。だけどよ、俺たちがこんな感じじゃ憂士が帰ってきた時、あいつは気まずいだけだろ。堂々としてるべきだ」

「あんたなんかに言われなくても分かってるし」

「です。退学なんて私たちが覆してやるですよ!」

 三人は朝食を食べ終え、体育館へと向かった。

 

 集会のため朝早く体育館へと集められた生徒間には、今日もまた魔法に対するヤミルの愚痴を聞かされなければならないのかと、険悪なムードが漂っている。

「じゃあ手短に連絡事項をまずは伝えるぞ〜」

 連絡事項という前座を終えたヤミルは、もう何度も繰り返しているだろう同じ内容の愚痴をただただこぼし始める。

 まさに中立神王学園は、魔法によって新たな可能性を見出せたと言えるが、魔法により前のような凛々しい姿は見る影もなくなったとも言えなくもない。

 後どのくらい続くのか、そんな疑念が都度生徒たちを蝕んでいく。

 近くの友人と談笑する者、眠りに落ち夢を見始める者と、話に耳を傾けている生徒など一人としていない。

 しかしヤミル・ウェストンはお構いなしに愚痴り続ける・・・が、終わりは不意に訪れた。

 フードで顔を隠した二人組。

「例え校長という小さな役割だとしても、バーランドの後継者として君は相応しくない・・・エラリアル、食事の時間だよ」

 コートを脱ぎ捨て女体の人物が姿を現し、ヤミルの胸を背後から素手により貫通させた後、心臓を抜き取り口へと放り込む。

「味はまぁまぁね。ギリギリ及第点ってとこかしら」

 その瞬間、会場は悲鳴に包まれ、皆が一斉に立ち上がり出入り口へと駆け出す。

「人の悲鳴はやはりくせになるねー。さぁ、千年前の続きを始めようか・・・・・シャーデンフロイデ!」

 フードを取り姿を現したプリンストは両腕を大きく広げて天井を見上げる。

 その瞬間、嬉紀、馬門、メグミたちは目には見えない何かどんよりとした感触を肌で感じる。そしてそれは、この学園にいる全ての者も同様に。

「ふっふっふ、戦争の始まりだぁ」

 シャーデンフロイデにかけられた生徒は次々と強烈な憎悪にかられ、他の生徒に襲いかかる。その中には友人、恋人もいるだろう。しかし皆が同じ理解不能な憎悪にかられ、感情のまま地獄絵図と化していく。

 生徒はそれぞれファルマスとユグレス回路の力を使い、学園は既に悲惨な状態。体育館は瓦礫に埋もれ、戦場は学園の外にまで飛散していく。

「素晴らしい、これこそ長年待ち侘びた瞬間だよ!・・・・・最高だ〜」

「プリンスト〜もうそろそろ私も遊んできていいかしら?」

「いいけど、あまり食べ過ぎないように。僕の分がなくなってしまうからね〜」

「了〜解」

 そう言ってエラリアルはその場から姿を消す。

「そろそろ僕が長年温めてきたスパイスを投入しようかな。君たち魔道具が日の目を見る時だよ」

 プリンストはこれまで様々な土地へと赴き自身の作った魔道具を広めてきた。その中には馬門の兄の件も含まれており、勿論青い太陽の世界だけでなく、赤い月の世界にまで魔道具は知らぬ間に各地に広がりを見せている。

 そして出来事の中心である魔法学園には魔道具が集中化している上、神王祭をきっかけに中立神王学園に買収されたことで中立神王学園にまで魔道具が普及し始めた。

 しかし、校長であるヤミルが魔道具の存在を認めなかったため、使う機会は失われ今の今まで埃を被っていた。

「エンペラー」

 魔道具とは擬似的存在として内に魔力を蓄えている物。

 それらが全て赤い光を纏った細長い柱と化す。

 光の柱と化した魔道具はその光で亜楽全体を赤く照らしていく。そしてその現象は青い太陽の世界、赤い月の世界でも同時に起きていた。

「不完全ながら君たちは再び、魔道士となる。さぁ僕に今一度味合わせてくれ、君たち魔導士の魔力と生命力を‼︎」

 天へと伸びる光の柱は一斉に消滅すると、制御しきれない魔法の力が先ほどまでの比じゃない規模で放たれ始める。

 魔法を扱い慣れていない上に憎しみという憎悪の下で力を行使するため制御不可能となる。

「これこそ至高の味、まさに絶品だ・・・おやおや、この時代でもシャーデンフロイデに抵抗する者がいるようだね。自我が強い者には困ってしまうね」

 プリンストの視界の先には暁、嬉紀、馬門、メグミの四名の姿があり、どうやら互いに背中を預けた形で他の者たちの対処をしている。

「一体何が起きてるんです?」

「分かんねー、だけどさっき肌に触れた違和感が関係してるのは確かだろうけどな」

「何か急に体軽くなってない?得体の知れない力がこう、体の底からみなぎってくるような感じ?」

「俺の回路も何だか不安定になってる、気を抜いたら力が爆発しそうだ」

「私、何だが目が———」

「かぐや前を見ろ!」

 少しよそ見をした嬉紀に対して赤い服の生徒が遠慮なく剣を振り下ろすが、二人の間へ割り込んだ暁によって攻撃は弾かれる。

「大丈夫か?」

「はい、ありがとうですお姉さん」

「それにしても、魔法学園の生徒まで現れるとは、ますます逃げ場がなくなってきたな・・・」

「何かおかしくない?あいつらまるで何かに怯えてるようにも見える」

「メグミちゃん、それってどういうことです?」

「いやまぁなんとなくだけどさ、ほら、今向かってきてる連中とか何かから逃げてるみたいじゃない?」

 メグミが指差す方向から次々と魔法学園の生徒たちが押し寄せてくる。

 その誰もが、憎悪にも勝る恐怖を抱いているかのような顔つきになっている。

「あの人・・・」

「あの金髪の生徒がどうかしたのか?」

 暁がメグミにそう問う。と、同時にこちらに向かう魔法学園の生徒の背後に紫色の線が走る。

「もうそろ、おかわりいただこうかしら」

 背後に現れたエラリアルが生徒へと襲いかかる。

「いや、いやですわ・・・こんなところで死にたくありませんわ」

 次々と襲われていく生徒の中から一際目立つ悲鳴が聞こえる。

「ちっ、あいつには散々ひでーこと言われたのにどうしたかな?かぐや、メグミ、会長ここは任せる」

 その瞬間、一人の男が迷いなく悲鳴の元へと飛び出す。

「ちょっ、まっ、カルマ!」

 メグミの声は既に馬門に届いてはいない。馬門の思考は既に悲鳴の原因であるリゼローテに集中していた。

「あら、あなた私のタイプだわ〜。一体どんな味がするのかしら」

 馬門はエラリアルの横をすり抜け、リゼローテを抱えると一旦距離を取る。

「馬門さん、どうして・・・」

「体が勝手に動いちまったんだよ」

「あら、無視?」

「俺はあんたのこと一ミリもタイプじゃないね。できればどっか行ってくんねーかな」

 するとエラリアルは腹に手を当て笑い出す。

「ふっふっふ・・・・・・ぶち殺してあげるわ!」

 エラリアルが物凄い形相で再度二人に襲いかかる。

「悪いリゼローテ!」

 馬門はリゼローテの肩を強く押して強引に自分から距離を取らせる。しかしエラリアルの狙いはリゼローテ。エラリアルは襲いかかった体勢から方向転換してリゼローテに向けて大きく口を開ける。

「くっそ!」

 馬門は全身の炎を物凄い迫力で激らせエラリアルの前へと立ち塞がるが、鋭く長い鉤爪によって胴体を掻き切られてしまう。

「くっ!」

「馬門さん!」

 その光景を見ていた暁が鞘に収まる刀を握りしめて迫る。遅れて嬉紀、メグミも馬門の元へと到着する。

「くそっ、力が制御できない・・・七之太刀『迅界一閃』」

「丸見えよ、お嬢ちゃん」

 エラリアルは暁の一瞬の攻撃を易々と回避した後、刀を握る方の手首を掴む。

「なっ!」

「随分と細い腕ね、年頃の女子はしっかり栄養を取らなきゃダメよ」

「六之太刀『楽連』」

「はぁ、分からない子ね。見え見えなのよ」

 楽連により放たれた刃はその鋒が一時的に気配を断っているため止めることなど不可能。しかし、指一本で止められてしまう。

 エラリアルは暁の腕を掴んでいた手を放し、宙へと浮かぶ。

「う〜ん、やっぱりここには私が楽しめそうな相手はいないわね。キリエトを倒した奴なら楽しめると思ってたけれど、どうもここにはいないみたいだし、貴方たちも食事としては文句はないわ。ってことで死んでもらおうかしら」

 エラリアルは食事を楽しみつつ、まだ見ぬ強敵への期待を膨らませていた。が、自分の求める存在がいないと知り諦めた今、先ほどの遊びとは比べ物にならない魔力をその身に纏い、手を伸ばせば雲にも届きそうなほどに巨大化した。

「うそ・・・でしょ・・・あんなのどうやって止めれば」

「・・・リゼローテ、葉洋はどうした?」

「馬門君、今は喋らない方が・・・」

「・・・殺されてしまいました」

 リゼローテは先ほどの悪夢をフラッシュバックしたのか、その場に縮こまり腕の中に顔を沈める。

「私が時間を稼ぐ。その間にできる限り遠くへ逃げるんだ」

「いくら会長のあんたでも無理でしょ、さっきだって・・・」

 暁の覚悟を決めた瞳を見た瞬間、メグミの言葉が止まる。

「それに・・・逃げ場なんてもうどこにも・・・」

 周囲はどこもかしこも争いの波で埋め尽くされている。血の海へと化している。

「私は、憂士が大切にしていた友人である君たちを守りたい・・・今にも心が壊れてしまいそうだ。しかし、私は最後まで折れない・・・強い覚悟を胸に刻んだ!」

 ついに巨人と化したエラリアルが攻撃を開始する。

 口から漆黒の咆哮を地上へと放ち、右足を上げ暁たちに向けてそのまま下ろす。

「くっ、私は!この命をかけて、弟の大切な者たちを守ると誓ったのだ!」

 暁は一人でエラリアルの巨大な足から背後にいる者たちを守る。しかし暁とて限界に近い、徐々に押され始める。

「くっまだだ・・・まだ私は諦めない!貴様などに決して奪わせてなるものか‼︎」

 その時暁の肩にそっと手が触れる。

「ありがとう姉上、俺の大切な友人を守ってくれて・・・だけど姉上も俺にとっては大切な存在なんだ」

 暁より一回り大きな手がエラリアルの足裏に置かれる。

 直後、エラリアルの巨体は地へと横たわる。

「・・・憂士」

「後は俺に任せて」

 そう言って回復魔法を施そうとした時。

「遂にきたようだね、ミキセルの弟子よ」

 シャーデンフロイデの領域内の憂士の存在に気がついたプリンストが姿を現す。

「なるほどな、これがシャーデンフロイデか」

 憂士は周囲を見回した後、右手に持っていた杖を地面へと一度つく。

「何⁉︎」

 その瞬間、ピタリと争いは収まりを見せる。

「あんたは俺の手で終わらせてやるよ」

「シャーデンフロイデを解くか・・・あの頃とは別人という訳だ。だけど敵は僕だけじゃないよ」

 既に体勢を立て直したエラリアルが憂士へ巨大な拳を、地面に沿わせるように繰り出す。

 しかし、憂士は微動だにせず片手で拳を受け止める。

「金魚のフンは所詮その程度か」

「へぇー言ってくれるじゃない!はぁー‼︎」

 直後エラリアルによる連打により一帯に物凄い風圧が生じる。

「はー、はー、はーこれでも生意気な口を叩いていられるかしら?」

「軽いな」

「なっ⁉︎くそ・・・ガキー!」

 エラリアルは自身の体を縮こませ、どす黒いオーラをその身に纏う。まるで天変地異そのもの。

「さぁ、君の力を見せてもらおうじゃないか、楽魔 憂士」

 その後の展開を誰もが予想出来るほどエラリアルの存在は周囲の者たちに絶望の二文字を刻み込んだ。

「借りますね・・・先生」

 そう小さく呟いた後、右手の杖を天へと掲げる。

「聖剣・・・トリテウムフォレングナーデ」

 天から降り注ぐ黄金色の光に当てられたエラリアルの全身を巨大な黄金矢が貫く。

「魔法の極地・・・まさかその若さで使えるとは、あっぱれだねー」

「次はあんたの番だプリンスト」

 憂士は鋭い視線をプリンストへと向ける。

「いよいよだ、ミキセルの回路を持つ君を倒して僕が最強になる。その前に・・・パレードは楽しんでもらえたかな?」

「パレード?」

「君は僕の魔力を道しるべに来ると思ってね、君の母校であるこの学園を中心にシャーデンフロイデを張らせてもらった・・・おかげで友の傷つく姿を見れただろう」

 プリンストは心の底から湧き上がる不気味な笑顔を見せる。

「安心しろ、挑発なんかしなくてもあんたは俺の手で倒してやるよ」

 憂士は二回ほど杖で地面を叩く。

「レジリエンス」

 するとみるみる内にプリンストサイドを除く全ての者の傷が癒えていく。それに伴い、皆の力が普段よりも増していく。

「姉上たちは赤い月と青い太陽の世界をお願いできますか?」

「憂士、私も——-」

 そう暁が切り出したが、自分では足手纏いにしかならないことに気がつき続く言葉を呑み込む。

「これを持って行ってください」

 そう言い、憂士から暁たちへとガラス瓶に詰められた液体状の物が手渡された。

「これは何だ?」

「いわゆるポーションのようなものです。命あるものなら、どんな傷でも治癒することが可能です。今あるのはこれで全部です」

 憂士は異空間から大きな袋を取り出す。

「これ全部か⁉︎」

「お願いします。おそらく亜楽だけでなく、二つの世界でも先ほどまで争いが起きていたはずですから」

「分かった」

 暁は憂士から預かったポーションを周囲にいる者たち全てに三〜五瓶ずつ配る。

「楽魔、私はあんたのこと信じてるから」

「ですです!」

「憂士様、私も信じていますわ」

「ありがとなメグミ、かぐや、リゼローテ、姉上も、信じていてください」

「・・・ああ、そうだな」

 この後、アリスによる未来視では憂士はプリンストの手で殺されてしまう。しかし暁はその未来を知る筈もないため、ただ純粋に家族として払拭出来ないほどの不安を抱いている。

「勝てよ親友」

 憂士は一度振り返える。

「・・・勝つよ親友」

 憂士と馬門、まさに二人には言葉以上の何かが互いの胸に刻み込まれていることだろう。

 憂士は仲間からの声援を受け、遂に、プリンストと一対一の対面を果たす。

「待たせて悪いな、始めようぜ」

「別れは済んだようだね」

「来いよ」

「お先にどうぞ」

 最初に仕掛けたのは憂士。杖をプリンストに向けて構える。

「クロノスグラーシャ」

「ほぉー」

 氷と時間の融合魔法によりプリンストの動きを止めた後杖を地面へと突き刺し、続けて両手に形成した二本の光の矢を放つ。

 その後一瞬で矢に追いついた憂士の拳が黒炎を纏っていくと同時に、両サイドに存在する光の矢もそれぞれ黒炎に包まれていく。

「黒炎波‼︎」

 大魔導士にすら引けを取らないほどに成長した今の憂士が放つ超絶火力。

「ふっふっふっ、やるねぇ。かつてのミキセルの黒炎波とほぼ同等と言っていいほどの威力だ。だけど、それじゃ僕は倒せない」

「そんなのありかよ・・・」

 どう見てもプリンストの胴体は吹き飛び、生きていられる状態ではない。しかし、傷口の細胞がぬくぬくと再生を始めていく。

「僕は遂にユニークマジック、不老不死を完成させた!今まで老いないことしかメリットのなかったこの体が、死を超越せし存在へと至ったのだ」

「なら再生しきる前に消すだけだ」

「いや、不可能だ」

「くっ!」

 憂士はプリンストの眼力による圧力により後方へと飛ばされる。

「やっぱり、あんたも腐っても大魔導士なんだな」

 今の一撃で憂士は理解した。決して自分の実力をおごっていたわけでは決してない。しかし、スクエアに認められるほど強くなった状態だとしてもプリンストに必ず勝てると言い切る自信はない。それほどまでに大魔導士プリンストという人物は強敵なのだ。

 そして理解すると同時に自分の未来の死が脳裏によぎる。

「あんたの強さはよく理解してる。だけど最強にはなれない」

「なんだと?」

「スクエアの最強は、俺が受け継ぐ」

「ほざくなよ青二才が。ユニークマジック・・・レッドパージ」

 いきなり地上へと真っ赤な雪が降り始める。直後、地上が生き物のように動き始めた。

 巨大な角のような物を数本造形した後、一斉に憂士へと放たれる。

 憂士は無数の攻撃に対して膝を曲げ重心を落とすと杖を構える。

「エクスプロード」

 すると地面から生じた鋭利な造形物は一瞬にして破裂しチリと化す。しかしすぐに第二波が憂士を襲うと同時に、背後には地面から誕生した複数の操り人形たちが挟み込む形で迫る。

 更に上空からの落雷に加えて流星のように降り注ぐ火炎球らしき魔法の全てが憂士一人に集約された形で放たれる。

「ふぅー」

 憂士は目の前に構えていた杖を横へと動かし空を切る。

「もっとだ、ふぅー・・・・・・」

 目を瞑りただ一点に集中力を凝縮する。

 しかしプリンストの攻撃は通常なら目で追えても体が反応出来る速さではない。

 つまり、憂士が集中に要した時間は一秒にも満たない・・・そして全ての攻撃が肌に触れるギリギリに迫ったその時———

「氷羅」

 周囲数百メートルが一瞬にして氷で覆われ、プリンストによる攻撃全てが目と鼻の先数ミリで動きを止めた。

「記憶にない魔法だ、やはり君も持っているんだね・・・全くその才能に惚れ惚れするよ。素質だけならミキセル以上じゃないか!」

 憂士はそんなプリンストの言葉を他所に素早く互いの距離を詰めると、目にも止まらぬ速さで次々と魔力を纏った拳を繰り出していく。が、奇怪な動きをする地面にその全ての連打を捌かれ一撃たりとも届きはしない。

「厄介な魔法だな」

「このままじゃ、君の攻撃がもう一度僕に届くことはないよ」

「このままならな」

 憂士は杖を力強く握りしめると再び地面に杖を突き、地面は静止する。

「またか!」

 憂士はそのままプリンストの懐へと手刀を叩き込んだ。

「下月」

 真っ白な三日月型のような斬撃が手先から生じると、プリンストの全身を切り刻んでいく。

「ぐあぁぁぁ!・・・・・・なんちゃって」

 切り刻んだ全身は刻んだ直後から再生していき、大したダメージは与えていない。

「楽魔 憂士、やはり君は魔法を無効化する魔法を使うことができるようだね。実に厄介だ」

「おかげであんたを倒す糸口ができそうだ」

 しかし今はまだ兆しすら見つけられてはいない。

「ふふ、あまり調子に乗らないことだよ。連続で使わないところを見ると、使えないと言ったところかな?おそらく一度の魔力消費が半端ではなく、次の行使までにかなり時間を要するのだろう、いくら加護持ちだからと言っても、万能という訳じゃない。戦闘とは、経験がものを言う世界だよ・・・それを今から分からせてあげよう」

 戦闘の経験において憂士はプリンストに比べて豆粒ほどの経験しか積んでいない。

 ただ単に纏う魔力の量や質だけでなく、戦闘における姿勢、判断力、センスそのどれもが一級品。

 プリンストと直接相まみえた憂士だからこそ感じたその偉大さ。それらの要素が徐々に憂士の精神力を無意識に刈り取っていく。

 しかし、その経験差をカバー出来得る才能、センスを憂士もまた秘めていることを忘れてはいけない。

 憂士は唾を飲み込み喉を鳴らす。

 これは、不安の現れに他ならない。

 憂士が勝つためにはやはり、プリンストの不老不死攻略が必要だ。

「テンプル」

 憂士の背後に光り輝く何重にも重なる輪っかが現れる。

「また真似事か。僕より劣る者の力を借りたところで、僕には勝てないよ」

「悪いが、俺は劣るとは思わない」

「なんでもいいが、君が僕の目的となった以上生半可は許さない」

 

 同時刻青い太陽の世界。

「おいおいうそだろ・・・」

 馬門は言葉を失う。

 しかしそれは無理のないこと、生まれて初めて見る戦争の景色。既に争いは収まったとはいえ、その痕跡は血生臭い酷いものだ。

「これだけでは到底足りませんわね」

 リゼローテはポーションを握る自身の手の平に視線を落とす。

「やっぱりあいつの回復の力がないと・・・」

「とりあえず今は生存者を探しに行こう。瓦礫の下とかに埋まっているとも限らないからな」

「そうね」

「そうですわね」

「メグミとリゼローテはあっちを頼む。俺はこっちに行ってみる」

 馬門はそれぞれの方角を指で指して指示を出す。

 その後三人はそれぞれ分散して生存者の救出に急いだ。

 

 同時刻赤い月の世界。

「見るに耐えない光景だな、大丈夫か、かぐや」

「はい、大丈夫です」

「とりあえず避難を急ぐのが先決だな。かぐやは向こうの世界に行かなくて本当に良かったのか?」

「です。あっちにはメグミちゃんたちが行ってますし」

 嬉紀は青い太陽の世界の住人、暁の発言はそれを思ってのもの。

 しかし何か腑に落ちないような言い方。何か他に理由があるのかもしれない。

「そうか、私は助かるから歓迎するが」

 暁と嬉紀は行動を共にし、生存者の救出を開始した。

 捜索をしてから十分ほど経過し、かなりの生存者を見つけることに成功する。

「重症者はやはり多いな。しかし、死者があまり出ていないのは、不幸中の幸いだろう」

「よかったです」

「しかし、私のポーションは底をつき、かぐやのも残り一つだけだ・・・やはり足りないな」

 ポーション一つにつき、二、三人の傷を癒すことが出来たため効率よく活用できたが、やはり数には限界がある。

 しかし、ポーションを受け取ったのは暁、嬉紀、馬門、リゼローテ、メグミだけでなく、その場にいた者全員が同じ数を手にしている。

「後の回復は他の人たちに任せましょう。私たちは引き続き生存者を探しに行くです」

「そうだな」

 その後暁と嬉紀は手持ちのポーションも使い切り、大方の生存者は見つけ出した。

「この後はどうするんです?」

「私たちが亜楽へ戻ったところで、憂士の足手纏いだろう。ならば、青い世界の手助けに行く方が正解だろうな」

「ですね。もしかすると、向こうも既にほとんど済んでいるかもですけどね」

「かもしれないな。しかし私も一度見てみたいのだ。青い太陽の世界をな」

 場違いな発言かもしれないが、暁だけでなく誰しも反対側の世界には興味を抱くというもの。要するにないものねだりだ。

「気持ち・・・分かります。私は今日初めて陽の光を目にして、失礼かもですけど、とても気持ちいいんです。憂士君の生まれた世界を一度でいいから目にしてみたかった」

 つまり、嬉紀は今の暁と同じ思いを抱き、メグミたちとではなく暁とともに赤い月の世界の救助に向かったということ。

「かぐやが生まれた世界もさぞ、美しいところなのだろう。今は戦争により荒らされてしまってはいるが、自分たちの手で美しさを取り戻そう」

「です!」

 青い太陽の世界に向かうためには途中に位置する亜楽を経由しなければならない、二人は覚悟を決めて移動を開始する。

 

 境界空間「亜楽」

「先ほどから逃げ回るだけ、ミキセルの回路を継ぐものとして恥ずかしくはないのかい?」

 まるで隙がない。

 テンプルを使用して自身の基本能力を飛躍的に向上させたのと同時に、あいつはそれに合わせるかのように自身の分身を一体作り出した。

 いや、分身ならまだ可愛い方か・・・あれは分身ではなくリアルにとてつもなく近い精度の何かだ。

 同時に二人の大魔導士から攻撃を浴びせられているようなもの。まるでテンプルが意味を成さない。

「隙だらけだよ」

 プリンストは俺の一瞬の隙を見逃さず、瞬時に前後から距離を詰められる。

「プロテクト、アミュリトカーテン、カウンターハンドレ!」

 俺はプロテクトとアミュリトカーテンの二つの防御壁の上に、更に加えて相手の攻撃を百倍の威力で跳ね返す魔法を施す。

「君はあの時、一体何を見ていたんだい?愚かだね〜」

 気がつくとプリンストは白銀の剣を握りしめ、それを俺へと向ける。

「天落」

「ぐはっ!かっ・・・かはっ、はっ」

 まずい・・・背後からも連動した攻撃で剣を突き刺される。

 今俺の心臓は前後から二本の剣により貫かれている状態だ。

 早く、早く抜かなければ・・・息が、再生が出来ない。

「くっ・・・あっ、かはっ・・・くるぁ‼︎」

 俺は杖をつきプリンストの擬似体を消滅させる。

 そしてプリンストの握る剣の刃をへし折った後、背後から刺さる剣と破片を抜き取る。

「はー、はー、はー」

 後数秒遅れていたらおそらく死が待ち受けていた。

 いくら加護により魔力量が最強クラスと言っても、回復に要する魔力は計り知れない。またその時の魔力消費量は負傷の度合いに比例するため、今のでかなりの魔力を消耗した。

 魔導士は空気中にあるマナを魔力回路により魔力に変えたものを蓄えて魔法へと還元するが、マナを魔力に変える回路の組織は自然的に回復していくため、無限に蓄えられるわけではない。だから魔力総量に個人差が生まれる。

「僕の勝利はすぐそこだ!」

「何言ってんだ?俺は負けない」

「では、これは止められるかな?」

 プリンストが天へ手の平を向けると、空に浮かんでいる赤い雲が巨大な龍のように渦を巻いて地上へと降りてくる、直後俺目掛けて追尾型の攻撃が放たれる。

 何とか高速で放たれる攻撃をギリギリで避けるが、完全には避けきれていない。負った傷は加護により回復しているが、魔力の消耗は避けられない。

「動きが読めない」

 龍のような雲は全身をくねらせ、攻撃を仕掛けてくるため一切次の動作が分からない。

 次第に周囲に無数の落雷が落ち始め、いよいよ逃げ場がなくなる。

「今日はこんなのばっかりだな」

 俺は目を瞑り、全神経を集中させる。

「あまり僕を失望させないでくれよ」

 あの雲にプリンストの魔力が乗っているんだとしたら気配は必ずあるはず・・・目で追えないなら感じるんだ。

 プリンストは再び俺に向け龍と化した雲を放つ。

 直接俺には当てずギリギリのラインで高速移動させている。

 俺は周囲の音が聞こえなくなるほどまで深く・・・深く集中する・・・。

「黒炎波!」

 目を瞑り雲の気配を捉えた瞬間、思い切り魔法を放つ。

「その魔法はもう見飽きたよ」

「そうか?だけど今回のは、少し違う」

 研鑽に研鑽を積んだ際稀に生じる魔法の具現化。魔法の極地。

「聖剣、両刀カルメ」

 漆黒と金色が合わさった二本の短剣。

 俺は素早く雲を切り裂くと、目にも止まらぬ速さでプリンストの背後に回る。

 しかし攻撃はギリギリのところで避けられてしまう。

「今のは惜しかったかな?当たらなきゃ意味ないけどね」

「そうだな。だけど次も避けられるかは別の話だ」

 プリンストの右頬から少しだけ、血が垂れていた。

 プリンストは親指でその血を拭き取るとそのまま舐める。

「面白い」

 その後プリンストから放たれるありとあらゆる攻撃を全て切り裂いていく。

「これは素晴らしい!これでこそ倒し甲斐があるというものだ」

 プリンストは宙へと浮かび何もない空間を引っ掻く動作をすると、その空間に亀裂が生じる。

「僕からのプレゼントだ!」

 するとその亀裂から数百という悪魔が飛び出してきた。

「何で悪魔が⁉︎消滅したはずしゃないのか?」

「こいつらはその複製体だ」

 俺は短剣の鋒に魔力を集中させ、爆発的な威力の黒炎を放ちながら次々と悪魔を切り刻んでいく。

 おそらくこの短剣の刃は炎そのもの。つまり、刃全体に高熱を帯びているため何もかもが豆腐のように手応えなく切れる。

 直後、視界一体に大きな影が落ちる。

「なっ⁉︎」

 先ほどの巨大化したエラリアルと同等の大きさを持つ、巨大な黒い物体が計四体、俺を囲む形で立っている。

 前後左右は囲まれて逃げ道は完全に絶たれた。

 全員が一斉に己の等身ほどある巨大な剣を振り上げると、そのまま振り下ろす。

 魔法をその身に宿すのにはかなりの危険が伴うが、そうでもしなければ受け止めきれないだろう。

「ハァ〜〜・・・氷羅装甲」

 振り下ろし俺の体へ触れた直後一瞬にして全てが凍結する。

 この魔法はその身に魔法の力を凝縮し、触れたものを全て凍結するというもの。俺は今回、自身の腕で剣に触れたことで凍結を発動させた。

 おかげで魔法が届くよりも速く腕の骨が一瞬にして砕かれた。

「今の俺は止められない」

 俺は粉砕された腕を瞬時に再生すると全ての巨体を一刀両断した。

「ふっふ、ガラ空きだよ」

「っ!」

 攻撃の直後の隙を狙い、俺の懐へと攻撃を仕掛けてきたが、短剣を交わらせる形で受け止める。

「ディシディアマジック『コロージョン』」

 その瞬間俺の両腕は容易く吹き飛び、腹部にどデカい穴が空く。

「かはっ」

「僕の勝ちだ。ディシディアマジックまで出させるとは、流石だ。以前の僕より強くなっているというのにまさか奥の手まで出させるなんてね。僕たちの時代に君が生きていたなら、四人目の大魔導士になっていただろう」

 ディシディアマジック、聞いたことのない魔法だ。

 それにしてもまずい・・・傷が悪化していく一方で全く回復が効果を成さない。

 一体どういう———

「最後に一つ教えてあげよう。ディシディアマジックとは古代に存在していたとされる別名禁忌の魔法。使用者の魂を蝕むため禁忌とされていたようだけど、あいにくと不死身の僕には関係のないことだ。そして今君にかけたのは永遠の腐食、ありとあらゆる回復魔法が意味をなさない・・・儚く散ってくれ楽魔憂士」

 だんだん意識が朦朧とし、呼吸がしづらくなっていく。

 これが死、未来は変えられなかったのか。

 悪い、みんな。

 悪い、スクエア。

 俺は英雄にはなれないみたいだ・・・。

「くん・・・れし・・くん・・・・・憂士君!」

 小さくけれど鮮明に届くその声に朦朧とする意識の中、視線を向ける。

 すると、抱き寄せられたのか首元に微かな温もりを感じる。

「だ・・・れ」

「私・・・です!・・・です!」

 誰だろう?聞きなれた声に落ち着く温もり、孤独な死を迎えずに済んだことに感謝しなければな。

「・・・必ず私が助けて見せます憂士君!」

 先ほどまで朦朧としていた筈の意識が徐々に戻り始める。

「何をしても無駄だ。もうじきその少年は息絶える」

「私が、私が助けるんです!」

「・・・ありがとうなかぐや、借りができた」

「・・・う、憂士君・・・よかった、よかったです〜」

「一体どうなっている⁉︎ディシディアマジックが破られた、だと・・・あり得ない、そんなことある訳がない」

 初めて見るプリンストの焦りを含んだ表情。

 つまりそれほどまでにかぐやのしたことが規格外であるという証拠。

 未来を変えたイレギュラー。

「もしやその左目、君も加護を持っているのか?見たところ魔道具の影響を受け、一時的に魔力が存在しているみたいだけれど、君のように魔力回路を持たずして加護を授かった存在を目にするのは初めて・・・いや、薄くて弱いが存在しているね〜」

 バーランド先生が最後に言っていた、あらゆる事象を見破り回避する力とは既に起きたことさえも無同然にしてしまうのか。

 使い方次第で最悪の武器となり、最高の武器ともなり得る。

「感謝するよプリンスト」

「何?」

「魔力回路ごと破壊してくれたおかげで眠っていた本来の回路が目を覚ましてくれたらしい」

 スクエアが消えたことによりスクエアの魔力回路と俺自身の魔力回路は融合したが、元々この世界のマナに適用出来ず眠っていた俺の回路は融合した後も動きを見せてはくれなかった。

 だけど今のプリンストの一撃により眠りから醒めることが出来たみたいだ。

 決して俺一人の力なんかじゃない。

 スクエアの存在、仲間の存在に支えられてここまで来られたんだ・・・そして強大な敵の存在が俺の全てを引き出してくれた。

「あんたにスクエアは超えられない」

「何だと・・・」

 構築するんだ、不死身をも凌駕する俺だけの魔法を。

 俺は数メートル先に横たわる杖を手元に引き寄せる。

「ユニークマジック『アマテラス』」

 魔法を発動した直後、全身が神々しく光で包まれると同時にとてつもない重圧に襲われる。

「ぐっ!」

 魔力消費が半端じゃない。持って一分といったところか。

「一瞬で終わらせてもらう」

「できるものならやってみろ‼︎」

 アマテラスの力は主に二つ、未来と過去を改変する力と現在を創造する力。

 再開早々再び先ほどと同じ禁忌の魔法をプリンストが放とうとするが、創造力で魔法を消した後、相手の拳を上から握りしめる。

「なっ⁉︎」

「言ったろ、あんたにもう勝ち目はない」

「勝ち目がない?僕を倒せないのは君も同じことだろう!」

 プリンストは勝ち誇ったような笑顔を向けてくる。

「不死身がどうした?」

「あ?」

「そんなものあんたの過去には存在しない・・・これからもな」

「意味のわからないことを言うね、そんなことあるはずが・・・ぐはっ」

 俺はプリンストの腹にアルフレアを撃ち込み穴開きにする。

「なぜだ・・・なぜ再生しない!」

「終わりだプリンスト・・・黒炎波」

 プリンストは黒炎波を自身の防御魔法により防いだ後、素早く後退する。

 だが逃しはしない。

 俺は再び黒炎波から聖剣を作り出しプリンストの後を追う。

「クロノスグラーシャ」

 氷と時間の融合魔法によりプリンストの動きを止める。

「クソがー‼︎」

 俺はフォルゴレストにより発生した雷の矢を聖剣に纏わせる。

「ウィークポイント」

 そうして素早く動く鞭のように両手をしならせプリンストを切り刻んでいく。

 一体どんな防御魔法を施しているかは知らないが、全ての四肢を切断するには至らないものの、片腕を切断する。

「ぐっ」

 宙に浮いていたプリンストは地へと落ちていくとそのまま仰向けで横たわる。

 そして俺もアマテラスのタイムリミットが来てしまったため、体に力が入らずうつ伏せ状態で横たわる。

「憂士君!」

「憂士」

 聞きなれた二つの声が近づいてくる。

「ふっはっはっはっ」

「・・・くるな・・・来るな二人とも!」

「実に惜しかったね楽魔憂士、僕の勝ちだよ、シャーデンフロイデ」

 まだそれほどの魔力が残っていたのか・・・。

「これはブラフだよ」

「どういう———-」

 不覚、完全に見過ごしていた。

 プリンストはまだ虫の息だが生きているエラリアルの魔力と生命力を吸収した。

「感謝するよ、エラリアルを生かしておいてくれたこと」

 俺は自分の力におごっていないつもりでおごってしまっていた。その少しの油断がこの状況を招いてしまったんだ。

 プリンストは立ち上がり天を仰ぐ。

「シャーデンフロイデ」

 再び全ての世界で争いが起きてしまう・・・今ここでこいつを止められるのは俺だけなんだ。頼む立ってくれ、立ってくれよ。

 だけど俺の体はびくともしない。

 すると視界が宇宙らしき空間へと変化する。

 そこには大量の本が宙に浮かんでいる。

「アトストラダムスの書庫・・・」

 アトストラダムスの書庫はどちらもこのように宇宙空間のような領域が広がっている。

 だが、通常意識して入ることを前提としているため、無意識に書庫に入るのはこれで二回目だ。一度目は人生初めて悪魔と対峙した時。

「懐かしいな」

 すると俺は一つだけ一層の輝きを放つ一冊の本を見つける。

「これは・・・」

 そこには偉大な大魔導士の一つの魔法が載っていた。

「ありがとう、スクエア」

 視界が元に戻り、俺は全身に力を込めて立ち上がる。

「バースト・・・オン。いくぞプリンスト」

「これが正真正銘最後のようだね」

 俺は杖を引き寄せ、地面へと力強くつく。

「使ったね」

 プリンストは白銀の剣を再び創造すると、一瞬にして俺の懐へと忍び込む。

「天落!」

 剣はオーラに触れた瞬間パキンッという音を立てて折れ、刃が地面に突き刺さる。

「バ・・・バカな」

 ここに来てスクエアが守ってくれたのか。

「お前の仕業か、ミキセル‼︎」

 鬼の形相へと表情を変化させ、三度目の禁忌魔法が放たれる。

 だが、これまで回復に要していた魔力を全て魔法無効化へと集中させる。

 俺はもう一度杖で地面を叩く。

「う、うそだ・・・この僕が」

「あんたはあまりに多くを傷つけすぎた。終わりだプリンスト」

 魔である悪魔や吸血鬼の協力により力を取り戻したのだとしたら、可能性はある。

 俺はプリンストの胸に杖を突き当てる。

「パージ」

 すると不死身ではなくなったプリンストの体は崩れ始めた。

「ミキセルに勝たなくちゃいけないんだ!僕は、僕はー‼︎」

「あんたは負けたんだよ、俺にも・・・そしてスクエアにも」

「くっ・・・ふっふっふ、だがもうじき世界は崩壊する・・・そう、千年前と同じようにな!お前たちは結局何一つ守れやしないんだよ、俺に全て奪われ、結局は死んでいく運命なん————」

 言葉は途中で途絶え、全て小さな破片となって宙を舞い、天へと昇って行った。

 一人称が僕ではなく俺へと変わり、君がお前になっていた。

 最後の最後に本当のあいつが見えた気がする。

「勝った・・・」

 俺は天を見上げた後、辺り一帯を見回す。

 目に見える景色には、争いの跡が色濃く浮かび上がっている。

 千年前と同じ、いや、千年前以上の規模かもしれない。

 目で捉えられる範囲では数名の死者が地に横たわっているが、これだけの犠牲で収まったのは不幸中の幸い。しかしあくまでそれは認識出来る範囲での話、現在目にすることの出来ない二つの世界の状況においては把握出来ていない。

「憂士、私はお前を心から誇りに思うぞ」

 そう言ってボロボロの俺の体を、姉上は優しく抱きしめてくれた。

 かぐやも目の前で大粒の涙を浮かべている。

「あれ?何ですかこれ、不思議です・・・目からお水が止まりません」

 魔道具の影響により一時的に魔力がその身に宿っている影響か、あるいは———-。

「それは涙だ。かぐやたち青い太陽の民が忘れていたものだよ」

 しかし、次第に涙は影を潜めてしまう。 

 通常涙は次第に止まる現象ではあるが、今回のかぐやの場合は魔道具の効力が切れたから、と表現する方が正しいだろう。今はまだ。

「何事だ⁉︎」

 先ほどまで鳴りを潜めていたかのようにいきなりものすごい揺れが亜楽を襲う。いや、亜楽だけじゃない、赤い月と青い太陽の世界も同様の揺れが襲っている。

 その証拠に亜楽と二つの世界とを隔てる次元の壁が歪み、計四つの惑星の姿が視界に入る。

「・・・千年前と同じ」

「憂士何か知っているのか?」

「もっと早くに話すべきだった、世界の真実を」

「真実って何です?」

 かぐやが今にも泣き出しそうなくらい不安な表情を向けてくる。

 俺は学園在学中に最初のステップとして学園のみんなに魔法を認めさせるつもりだったが、色々あってその目的とは真逆の選択へと進んでしまった。

 だけど、こんな状況で、いやむしろこの状況だからこそ、今目の前にいる二人には真実を聞かせなければならない。

 そして、俺が英雄になるためにも。

 英雄には観客が必要だろ。

「千年前、今と同じように世界の崩壊が起こった時———」

「崩壊だと⁉︎」

「その時、一人の大魔導士と呼ばれる存在が世界を救うため元の世界を二つに分けた」

「それってもしかして・・・」

「ああ、赤い月と青い太陽の世界のことだ。今日までの千年間、その真実が伏せられ偽りが伝えられてきた。だけどこれが真実だ」

「つまり、千年前と同じことが今まさに起きようといや、起こっているというのか?」

「そういうことだよ」

 その瞬間、更に二人の顔が青ざめる。

「安心して、俺が何とかするから」

「できるのか、憂士」

「俺は今最強の存在だ、俺にしかできないよ」

 大魔導士が全員消えてしまった今、最強は俺だ。だけど、世界を救うことが出来なければ、本当の意味でスクエアを超えられたとは言えない。

 それに————。

「そうか、そうだな。お前が来てくれなかったら私たち全員とうの昔に殺されていた」

「随分と差ができちゃいました」

「かぐや、俺はあの時お前が助けに来てくれなかったら死んでいた。本当にありがとう」

「はい」

 俺は二人に背を向け、天を見上げる。

「憂士、聞き忘れていたことがある。千年前、世界を救った者はその後どうなったのだ・・・」

 姉上の震える声が俺の耳に届く。

 大切な者を失うかもしれない恐怖か・・・。

「これは大切な人との約束であり、俺自身の目標なんだ。姉上のことずっと見守ってますから」

 質問の答えになってはいない、その質問に答えることはできない。

 俺は天へと舞い上がる。

 昇れば昇るほどそこは別世界のように尋常ではないほどの雷や強風が吹き荒れ、無数の竜巻が発生している。

 スクエアはユニークマジックにより、世界を二つに分けた。それなら逆に一つにするイメージを構築するんだ。

 俺だけの英雄になるための魔法を。

 魔法書にこんな言葉が載っていた。

 虚無が形作るは万物なり、と。

 当時の俺には意味がよく分からなかった、今も理解出来たわけではないが、なんとなく、目の前に広がるこの景色を見ているとどこかしっくり来る。

「神秘的な光景だ・・・・・」

 更に上昇を続けて見えてきた心奪う景色、おそらく二度と見ることの出来ない最初で最後の景色。

 元々の月と太陽、そして赤い月と青い太陽が周囲の闇により一層の存在感を放っている。地上からでは見ることの出来なかった絶景。

 興奮をしたせいか妙に頭が冴えていく。

「これで最後だ・・・ユニークマジック『ユナイト』」

 魔法を発動した直後、真っ白な空間に辺り一面が包まれる。

「やぁ初めましてだよね?」

 声のする方向へ向くと、そこには半身ずつが透明な青と赤色で分かれている存在が立っていた。

「一体誰だ?」

「僕、私はユグレスそしてファルマスという者だよ。地上では神何て言われているみたいだね」

 一人の存在から二人分の声がする。

「神・・・それって」

「そうだよ、まぁ君たち人間が勝手にそう呼んでいるだけだけどね。それに光輝の権化と月華の巫女だっけ?君たちは本当に想像力豊かで羨ましいよ」

「想像力・・・・・嘘ってことか?」

「そうだね、君たちが作り上げた妄想話だよ。まぁ世界の偽りを作った時にでも一緒に作り上げたんだろうね」

 プリンストによる危険が訪れず、学園での研鑽の日々がまだ続いていたならば、人の行き着ける領域は精々賢者までということで光輝の権化と月華の巫女は永遠に現れることがなかったということか。

 残酷だな。

「残酷ね、まぁ過去の過ちは未来への責任となる、要するに自業自得だよ」

「思考はお見通しってわけか」

「ここは僕、私の空間だからね。とりあえず君にはお礼を言わなくちゃだね、ミキセルの意志を継いでくれたこと本当にありがとう」

 スクエアの名前が唐突に飛び出したことにより多少の面を食らうが、次第に理解していく。

 スクエアが過去に世界を救ったのなら、面識があっても不思議ではない。現に俺は今こうして対面しているのだから。

「うーん、不正解かな。ミキセルとは彼が幼い頃からの付き合いなんだ。まぁ出会いは偶然なものだったんだけどね。さぁさぁ、本題に移ろうか、ミキセルとのことを語りたいのは山々だけどさ、時間は有限だからね」

 話が一方通行なのは気になるが、俺もスクエアの過去について聞いてみたい気持ちはある。

 だけどこの空間は一時的なもので、それほど長くは保たないらしい。

「ここに君を呼んだ理由は、補足と使命を伝えるためだよ」

「補足と使命?」

「そうだよ。じゃあまずは真実の補足から、千年前の世界は魔法で溢れていたことは知っているよね?」

「知ってる。スクエアから教えてもらった」

「その魔法は元々僕と私が地上の生命に授けた力なんだ、世界の活性化を促すためにね。何でこんな話をするのかは、この後の話に必要だからさ」

「あんたはファルマスとユグレス回路を授けた張本人じゃないのか?」

「うん、間違ってはいないよ。ただ足りないね」

 俺はてっきり二人の神が今の人々にファルマスとユグレス回路を授けたものとばかり思っていたが・・・。

「僕の力ユグレスは万物を従える力。私の力ファルマスは万物を身に宿す力。そして魔法とはこの二つが融合したもの。ここまでは大丈夫?」

 本人もややこしいことを言っている自覚はあるみたいだな。だけどおそらくこの確認は理解してくれないと困るという意味合いを込めてのもの。

「大丈夫だ」

「続けるよ。そして千年前二つの世界が誕生日した時、僕、私はそれぞれの力の一部をそこに生きる生命に授けた。魔法ではなくどちらか一つの力をね。そして力の核となる月と太陽を作り出したんだ」

 つまりその作り出した太陽と月が、青い太陽と赤い月だということ。

「まぁ赤い月と青い太陽は擬似的なものだから軌道を支える役目しか出来ないんだけどね。その辺については力足らずでごめんね」

 流石にユグレスとファルマスといえど、本物の惑星を作り出すのは不可能だったということ。二つの世界が朝と夜に偏っているのにもようやく説明がつく。

 要するに、陽の光を宿しているのは本物の太陽だけだということだ。

「何で魔法じゃなかったんだ?」

「ミキセルの願いだよ」

「スクエアの?」

 なぜ、魔法を消さなくて済む未来があるのにスクエアはそうはしなかったのか。

 ただ、初めて会った時の口ぶりからして本心で魔法を消したかったわけではないのは確かだ。

「魔法は危険だからさ、巨大な力はそれだけの負担を世界に強いることになるからね。誰かが悪用してしまえば取り返しのつかないことになる。ミキセルは二度と同じ過ちを繰り返さないために僕、私に魔法を消すことを願ったのさ。また、どちらか一つということは、僕と私がそれぞれ分担して持っている感情の一つが欠落してしまうことにもなる。それが今の世界の涙と憤怒の欠落の理由」

「なるほどな・・・」

 これ以上何と言っていいのか分からない。

 それほどまでに重たく大きい覚悟を痛感した。

「だけど最後にもう一つ、ミキセルは僕と私に使命を授けた。それは・・・いつの日か世界を一つに戻して魔法を再び蘇らせること。だけど僕、私は自身の力を他の者に与えることしかできない。そこで君だ」

「俺の魔法との融合ってわけか?」

「理解が早いね、流石はミキセルが選んだ存在だ!そう、君が魔法で世界を一つに戻す、そして僕、私が再び魔力回路を与えるってわけ。まぁ、僕、私はこれでお終いなんだけどね」

「どういう意味だ?」

「与えた力は戻って来ない。つまり、もう限界ってこと、次は自分たちの命を犠牲にして魔法を蘇らせるんだよ。って、君も同じか、あれほどの大魔法は命を犠牲にしないと発動できないもんね」

 俺は薄く笑顔を作る。

「覚悟ならとっくにできてる。俺は英雄になるんだからな!」

 そして目の前にいるこいつも同じような笑みを浮かべる。

 透けていて分かりにくいが、何とか口元の動きが確認出来た。

「・・・最後に何か聞いておくことはない?」

「なら一つだけ、あんたとスクエアは一体どういう関係だったんだ?」

 神と謳われるそいつは、そのまま俺に背を向け歩き出す。

 そして透けているその体が目を細めて認識出来るか出来ないかくらいになった辺りで口を開く。

「僕、私の弟子であり、親友だった。話ができてよかったよ、弟子の弟子・・・これは、感謝の気持ちだよ」

 そう言ってファルマスとユグレスは姿を消し次第に現実へと引き戻される。

「くっ、うおぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 目と鼻から血が垂れていく。

 プリンストの手によって死する未来はかぐやのおかげで変えることが出来たが、ファルマスとユグレスが言ったように世界を救えば俺は死ぬ。

 以前の俺なら絶対にこの選択はしなかっただろう、肉体的にも精神的にも弱く、守りたいものなんて一つもなかった。

「随分と増えたな・・・」

 俺には今、守りたい者たちがいる。

 それだけで十分命を使える覚悟が出来る。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉー・・・っ!」

 視界がぐるっと一回転したかと思うと、一気に空が晴れていく。

 様々な色で覆い尽くされていた空は青い輝きを取り戻し、荒れていた景色は静寂となる。

 そして陽の光を全身に浴びた俺の体は地上へと落ちてゆく。

「よかっ・・・た」

 正確にはまだ夢の途中、これから先の未来、一体どんな世界になっていくんだろう・・・それが楽しみで仕方がない。

 みんなが笑える世界だと、いいな———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 六、魔法

 

 憂士により世界が一つに還元され、ファルマスとユグレスにより人々が魔力回路を取り戻してから約一ヶ月が経った。

 

「んん」

 目を開けると見覚えのある天井が視界に飛び込んできた。

 そして視線を横へずらすと俺が寝ているベッドに顔を伏せ寝ている一人の女性の姿があった。

「・・・メグミ?」

 目を覚ますと、途端に上体を起こした俺に抱きついてくる。

「よかった、本当によかった。もう目を覚さないんじゃないかと思った・・・」

 体は石のように硬いが、思考はだんだんと冴えていく、だがこれは一体どういうことだ?

 俺はあの時・・・。

「なぁメグミ、俺が生きてるのってもしかしてかぐやのおかげ・・・-」

「ん?どうしてかぐやが出てくるのよ」

「あいつには事象を見破り回避する力が宿っているんだ。だからもしかして俺の死もその力を使って回避してくれたかと思ったんだけど・・・」

 メグミは少し首を傾けた後、何かを思い出したかのように目を開く。

「そういえば、あの時楽魔に何かしてたかも・・・しれない」

 なるほど、やはりかぐやのおかげということか。死の運命さえ回避出来となると、それはあまりにも————。

「だけど、あいつが一番泣いてたんだよね・・・楽魔に向かってずっと謝りながらさ」

 つまり、かぐやではないということ。

 確かに死の運命まで回避出来たとしたら、どんな力よりも脅威になりかねない。

 だとしたら一体なぜ俺は生きているんだ・・・間違いなく俺の死は決まっていた筈なのに。

 そう、ファルマスとユグレスも言っていた。

「ファルマスとユグレス・・・・・」

 俺はその瞬間、あの二人が最後に残した言葉を思い出した。

 あの時は気に留める余裕はなかったが、今考えてみると明らかに不自然だ。

 あの二人はこう言い残した「これは感謝の気持ちだよ」と、これはとは、一体何を指していたのか。

「食えない神様だな」

 ふと無意識に零れた笑みにメグミが反応する。

「変なの、何でいきなり笑うのよ」

「ごめんごめん、ちょっとね」

 スクエアの意志を受け継いだことに対するお礼だったんだろうけど、スクエアの意志はもう俺の夢でもあったんだけどな。

「俺、どのくらい眠ってた?」

「ちょうど一ヶ月くらい」

 どうりで体がガチガチなわけだ。

「いたっ、メグミ・・・ちょっと痛い」

 再度メグミは俺へと抱きついてくるが、離れようとはしない。

 サラサラな髪に華奢な体、心の奥底から何やら胸を締め付ける思いが込み上げてくる。

「・・・メグミ、好きだよ」

「え?」

 テコでも離れなかったメグミがのけぞり目を丸くする。

「これからは俺の近くにいてほしい。一度振っておいて言える立場じゃないことは分かってる」

「本当、私一度振られてるんだけど!」

「うん」

「だけどそれとこれとじゃ話は別でしょ?」

 そう言ってメグミは自分の唇を俺の唇へと触れさせてきた。

 その後俺たちは何度かキスを交わす。

 これが誰かを愛するということか、姉上に対する家族の愛や花夏に対する幼馴染の愛情のどちらとも違う感情。

 その人が愛おしくて離れたくなくなるような、ずっと頭からその人だけが離れなくなるような感覚。

 新鮮だけど、どこか居心地がいい。

「ありがとう」

 その後俺は身支度を整え、先ほどからの違和感をメグミに問う。

「そういえば、姉上たちはどこにいるの?」

「あー、それなら・・・」

 俺はメグミに連れられ、活気溢れるとは言い難いどんよりした空気が蔓延している近くの街へと案内される。

 この街は世界が一つになった後に新しく出来た街のようだ、俺の屋敷からこれほど近くに以前は存在していなかった。

 世界が一つになり変わらないものもあれば変わってしまったものもある。

 街の中央へと足を運ぶと何やら騒がしくなる。

「みんな聞いてほしい、魔法に関する真実を」

「姉上?それにかぐやとカルマまで」

「それとリゼローテもね。ああやって毎日毎日魔法を受け入れてもらうために呼びかけているの。だけど反応は見ての通り最悪ね」

 メグミの言葉通り立ち止まる人はほとんどおらず、その中でも足を止めている人もいるにはいるが、野次を飛ばす者がほとんどみたいだ。

「魔法なんか必要ないんだよ!俺たちの回路を返せ!この疫病神がー!」

「そうよ!世界が豊かになったかと思えば、魔法を使えなんて言われるし、もう最悪よ!」

 姉上とかぐやはあの後、メグミとリゼローテにも真実を伝えたようだ。元々カルマには俺から伝えてあるため、これで俺の身近な人は皆世界の真実を知ったことになる。

「まさか、今まで感謝するべき魔法をずっと恨んでいたなんてね・・・恥ずかしい話よ」

「みんなの誤解も早く解かないとな、メグミの言うように魔法は恨むべきものじゃない」

 俺は姉上へと近づき、俺の存在に気がついた姉上含めカルマ、かぐや、リゼローテがお化けでも見たかのような驚きの表情を見せる。

「久しぶりみんな」

「よく生きててくれた憂士」

「はい」

 姉上の涙を流す姿を見たのはいつぶりだろうか。

 強い人なだけに弱い面を決して見せない。

 しかし家族を失う辛さは俺も十分理解しているつもりだ。

「憂士君・・・本当に、本当によかったです〜」

「憂士様はわたくしにとっても世界にとっても英雄ですわ。死ぬことなどないと信じていました」

「英雄・・・か」

 面と向かって言われるとかなり恥ずかしいが、悪くない響きだ。

「かぐやももう泣くな、だけどまぁ、心配かけたな」

「はい〜」

「憂士」

「カルマ」

 数秒男同士で見つめ合うというきつい時間が続くが、突然カルマが拳を差し出してくる。

「お前は俺の誇りだ」

「ありがとな」

 差し出された拳に対し、こちらの拳を軽くぶつける。

「おい!あんたがこのイかれた集団のリーダーか?魔法魔法って毎日毎日迷惑してるんだ!いい加減にしてくれよ!」

 仲間たちとの再会に水を差したのは、先ほど文句を言っていた観客の一人。

「魔法が憎いですか?」

「憎いね」

「どうして?」

「どうしてってお前、そりゃーよ・・・あれだよあれ、分かるだろ?」

 魔法により一時は世界が崩壊する危機に陥ったが、今に生きる人々は言い伝えにただ踊らされているだけの人形にすぎない。

 すがるものが欲しいのなら、俺がその認識を新たにすり替えよう。

「見ててください」

 そう言って俺は炎系と操作系の魔法を合わせたちょっとした魔法を上空へと放つ。

 ヒュ〜〜〜〜〜〜バーーーーッン

 空に一輪の花が咲く。

「これは花火というものです。一瞬だけでも心奪われたでしょう?」

「な、何言ってんだ、そんなわけ——-」

「そんなわけない?ならこれなら?」

 俺は操作系と時間魔法の力を駆使して、建物の修理している箇所に修繕を施していき、建設途中の建物は一気に完成までもっていく。

「な、なんじゃそりゃ!」

「魔法を使えば今より人類は更に進化することができるんです。それをみすみす逃すつもりですか?」

「だけどよぉ、魔法のせいで世界は滅びかけたんじゃねーのかよ。なのに今更認めるなんて」

「魔法は素晴らしい力です。それに魔法が滅ぼす原因になったんじゃなくて、魔法に救われたの間違いですよ」

「それってどういう———」

 俺はその後世界と魔法に関する真実を話した。

「ほんとうに魔法を信じてもいいのかよ」

「魔法は決して嘘はつかない。さっき貴方に与えた感動は嘘じゃなかったはずですよ」

 こうして俺は、同じような手法で毎日のようにこの街に住む人々に魔法を認めさせていった。

 だけど魔法を認めたとしても、使えなければその素晴らしさは実感出来ない。

「まだまだ先は長いな」

「イテッ!」

 ふと俺の足元に六歳くらいの男の子が飛ばされてくる。

「お前いつも何考えてるか分かんねーしキメェーんだよ!」

「そうだそうだ、もう俺たちに近づくなよな」

「ハハハハ、言い過ぎだよ、こいつもキモくなりたくてキモいわけじゃないんだからさー」

 なるほど、いじめという悪質な行為だな。

 子供と言えど三対一とは中々に卑怯な構図だ。

 それに見たところやられている子から魔力残滓が確認出来る。

 小さな子供に憎しみなど理解出来るはずもないからな、おそらく力を持つ者が持たない者に対する弱者への攻撃、それに愉悦を感じている。未熟な者たちには起こりがちなことだが、子供だけに限った話では決してない。

 俺は多少遠くにいる三人へ睨みを効かせる。

 すると即座に尻尾を巻いて逃げていった。

「なぁ、どうして君はいじめられてるんだ」

「そんなの知らないよ、僕が何の力も持ってないからかも、前まではみんなあの力を嫌ってたのに最近は急に心を入れ替えたみたくなってるんだ」

 魔法に対する人々の認識を変えたことによる影響か。

 大人の影響は子供に大きく影響する。大人が嫌いなものは子供も距離を置き、好むものは子供も興味を持つ。それと同じように魔法に対する好意的な大人の行為が子供への魔法の興味を引き出し、魔法を使えない者を邪険にし始めたと言ったところだろう。

「君は魔法が嫌い?」

「ううん、嫌いじゃない。だけど僕にはその力がないから・・・」

「魔法はね、魔力回路を持つ者なら誰でも使えるんだ。だから君もいつか使えるようになる」

「ほんとに?」

「ああほんとうだ」

 俺は少年の背中に手を当てる。

「目を瞑って大きく深呼吸をして」

 少年は言われた通りの動作を行う。

 俺は少年の回路へ自身の魔力で少しだけ干渉する。そうすることで自分の回路の存在に気づきやすくなる。

「内にある回路を意識してみて」

「意識・・・なんか分かるよ、僕の回路!」

 俺はほんの少しだけ魔力を少年の回路へと流す。

「あっ、なんか力が少しだけ湧いてくる!」

「その力を外へ放つイメージをしてみて、自分の中にある力を手の平まで持ってくる感じで」

「こう?」

 その瞬間、少年の手の平から三十センチほどの雷が生じる。

「君は雷の適性を持つみたいだね」

 本来魔法とは属性というものがあり、人それぞれその属性は異なる。しかし俺に限っては例外らしく全属性を扱うことが出来、その上加護とアトストラダムスの書庫を宿しているためまさに規格外。

「これで僕も!ありがとうお兄ちゃん」

 そう言って、立ち去ろうとする少年の腕を掴む。

「お兄ちゃん?」

「仕返しに行くのか?」

「そうだよ!あいつら絶対許さない」

「一つだけ、俺の話を聞いてくれない?」

 少年は小さく頷くと、腕から徐々に力が抜けていく。

「魔法は誰かを傷つけるためのものじゃない、大切な人を守り、誰かを助けるために使うんだ」

「だけどあいつら・・・」

「君にも大切な人はいるだろ?」

「うん、お母さんとお父さんと弟」

「魔法は大切な人を守ろうとする時、ものすごい力を発揮できる。だから君もいつか強くなれるよ。だけど傷つけるための強さはいつか必ず終わりが来る」

 少年は一度頷くと、俺の瞳を凝視する。

「僕もお兄ちゃんみたくなれる?」

「俺みたく?」

「うん、僕もお兄ちゃんみたく誰かを助けられる人になりたい!」

「諦めなければ、夢は叶うよ。だから約束だ、魔法は誰かを助け、守るために使うんだ」

「分かった。なんかお兄ちゃんヒーローみたいだねエヘヘッ」

 ヒーローか・・・。

「まぁな」

 俺にはこの先一体どんな試練が待ち受けているのだろうか。

 未来は誰にも分からないが、この先長い人生幾つもの困難に突き当たることだろう。

 だけど折れないスクエアの意志を継ぐ第二の英雄として。

 そしてこれから先も大切な存在は増えていく、それも俺の手が届かなくなるほどに。

 だけど俺は守り続ける、手が届かなくなるのなら届くくらい強くなればいい。強くなってもまだ届かないのなら仲間に頼ればいい。

 そう、幾つもの仲間の存在が俺を英雄にしたように。

 

 

                                       完結。

 

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リバーサス〜英雄回帰〜 融合 @BURNTHEWITCH600

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