9
星条界での生活二日目、魔王側。
変身魔法をかけてもらい、ダリアさんの部屋に到着して。テーブルの上に置かれていた服に着替えて。ビルスは天蓋ベッドに寝転がり、僕は立ったまま伸びをしていた。
ちなみに本日の衣装はゴスロリ服ではなく、シンプルな黒のドレスだ。ホッとしたような、ちょっと……いや、違うな。別に今回はどんな可愛い服なんだろうかとか、そんなことを考えていたわけではない。断じてない。既に女物の服を着ることに対する忌避感が減り始めていることには、見て見ぬふりをした。
それにしても、ダリアさんどうしたんだろう。人の気配か少ない部屋を見渡す。遅くなるから先に魔界側(こっち)に来ていてくれとのことだったけど、未だに帰ってこないとは。
事情を聞こうにもクローネさんまでおらず、来て早々僕とビルスで顔を見合わせることとなった。とりあえずこっちの準備は先に全て終わらせたけれど、部屋の扉は開く様子がない。
まだお仕事が終わっていないんだろうか。王様だし、そういうこともあるよな。勝手に外に出るわけにもいかないので、待機するしかないか。
辺りをぐるりと見渡すと、窓の外の景色が目に入る。空はすっかり闇に染まり、夕方の雨のせいか未だ雲が残っていた。星は見えず、雲の灰色を透かして月だけが僅かに顔を出している。今日の月はどんな形なんだろうか、そんなことを考えているとついに部屋のドアが開いた。ノックもなく急いだ様子で入ってくる二人組。ダリアさんとクローネさんだ。
「すまない、遅くなった!」
「遅くなりました、申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。お仕事お疲れ様です」
「おお、翼! 直接会ったのは召喚の時以来か? また顔を見れて嬉しいぞ」
「いえいえ、そんな」
にっこり笑顔で言われて、ちょっと照れてしまう。ポリポリと頬を掻いた。
「おっ、ダリア! クローネ! 遅かったな。大丈夫かー? 転移魔法はもう起動できるぜ。準備できたら言えよ~」
天蓋ベッドでゴロゴロしながらビルスは言う。どう見てもリラックス状態だ。前回もそうだったけど、本当にそのベッド好きなんだな。豪華でふかふかだし、気持ちはわかる。
「ああ、そのことだが……ビルス、迷宮に移動する前に少しだけ時間をくれないか。翼に話したいことがあるんだ。ちゃんと顔を合わせてな」
明るい笑顔を仕舞い、真面目な表情を見せるダリアさん。声のトーンが低くなる。
「話したいこと?」
僕と同様にビルスも頭にハテナマークを浮かべていたが、すぐに何かを察した様子でゆっくりと頷いた。何もわからない僕はビルスとダリアさんの顔を交互に見ることしかできない。
「翼、そこに座ってくれ」
「は、はい」
豪華な椅子を指さされ、おずおずと腰掛ける。ダリアさんも向かいの席に座った。椅子の座り心地は良かったが、とてもそれを堪能できる空気ではない。
「……クラウディアの話は聞いたんだろう? あの子が今、人間たちの世界でどんな立場にいるか、どんなことをさせられてるのか」
「っ! は、はい」
この質問をされるということは。ダリアさんが話したいことっていうのは、もしや。
「まだ翼を元の世界には帰してやれないようだし……それにクラウディアが言ったんだ。余も言わなければ」
「…………それはつまり、ダリアさんも僕に言っていなかったことがあるってことですか?」
「そうだ、申し訳ない。これを聞けば、影武者を怖がると思ってな。わざと伝えていなかったことがある。だけどこれからのことを考えるのなら、隠してはいられないと思ってな」
「……教えて、ください」
僕が言うと、ダリアさんとクローネさんが顔を見合わせる。お互い同時に頷くと、ダリアさんは僕に向き直って、
「余の父の話や、魔族が今どんな状況にあるのかの話はクローネから聞いたそうだな」
「あ、は、はい。そうです」
黒岩病の流行。最期まで黒岩病対策の最前線にいた、先代の王にしてダリアさんの父であるルキウスさん。長く続いている魔族と人間との確執。モンスターの人工的な製造という謂れもない誤解を受けて始まった魔人戦争にも、勝つことはできなかった。人間よりも寿命が長い者もいる分、今も色濃く残るその屈辱の記憶。病魔の苦しみだけではない。その記憶も魔族の民を戦争に駆り立てているのだと。
「では、兄弟のことはどうだ?」
「え?」
「そっちは知らないようだな。余にはな、三人の兄がいたんだよ」
ダリアさんがクローネさんに合図すると、クローネさんが僕に何かを差し出してくる。見れば、額縁に入れられた写真だった。
「余の家族写真だ。ずいぶんと昔のものだけどな」
写っているのは六人。男性が四人に女性が二人、三人ずつ前後に分かれて映っている。前列には銅像と同じ見た目の男性——おそらくルキウスさんと手を繋いだ、幼い姿のダリアさん。空いたもう片方の手は、お母さんと思われる女性と繋いでいる。その後ろに並んでいる背が高めの男の子たちがきっとお兄さんなんだろう。三人とも額に角を生やし、角の下には紋様のようなものが浮かんでいる。
「良い写真ですね」
みんな笑顔で、とても幸せそうだ。見ていると心が温かくなるような、そんな写真だ。
「ああ、幸せだったなその頃は。みんな生きていたし」
「……お父さん、最近亡くなったんでしたっけ」
「そうだ。母の元に行ってしまったよ、奇しくも同じ黒岩病で」
お母さんも既に亡くなっていたのか。しかも黒岩病でとは。つくづく恐ろしい病気だ。
「父と母だけじゃない。兄たちも死んだ。もうこの中で生きているのは余だけだ」
「え……黒岩病、ですか」
「いいや、事故死ということになっている。父が亡くなって葬儀を終えて、骨を余と兄たちで山の上にある王家専用の墓に埋めにいったのだが……その道中で、土砂崩れに巻き込まれて死んだのだ」
「ええっ!?」
ルキウスさんが亡くなったのって今から三ヶ月と少し前だったよな。それで、その葬儀の直後にお兄さんたちが全員死んだ!? しかも土砂崩れによる事故死って!
「そんな……まさか……」
愕然とする。そんな短期間に人が、しかも王族がバンバン死ぬなんてありえるのか。
「……! ダリアさんは大丈夫だったんですか? 葬儀ですし、一緒にいたんですよね!?」
「ああ、無事だ。余は兄たちより少し遅れて墓場に到着したので、巻き込まれずに済んだ。心配してくれてありがとうな」
それはよかったとホッと胸を撫で下ろす。ダリアさんは僕に笑顔でお礼を言うが、その目はどこか悲しげだった。
それにしても信じられない。こんなことがあるのか? 黒岩病が死因のルキウスさんはまだしも、次の魔王候補だったろうお兄さんたちの死因は、まるで——
「一人ならまだしも、三人同時とは。タイミングから考えても怪しすぎる。そうは思わないか?」
ダリアさんが言いたいことを言ってくれた。僕は頷く。偶然にしてはあまりにも出来すぎだ。
「しかし明確な証拠はなく、前日に大雨が降っていたのもあり事故だろうと片付けられてしまった。余は納得しておらんがな」
「ダリアさんは、事故死ではないと?」
「…………ああ、そうだ。兄たちは殺されたと考えている」
驚くほど低い声。普段のダリアさんのものとは似ても似つかない。その眼光は鋭く、周囲の空気を一気にひりつかせた。僕はごくりと唾を飲み込み、膝に置いた拳を強く握る。
「……もし殺されたとして、王族の命を狙うような人がいるってことですか」
そこまで言って気がついた。魔族の民、更にはダリアさんの部下にまで、戦争賛成派は数多くいるとのことだった。
——まさか。
「おそらく翼の想像している通りだ。戦争賛成派……もっと言うなら、ローザリオン家の人間を玉座から引きずり下ろし、実権を握りたいと考える内部の者だろう。それならば兄たちを殺してもおかしくない」
玉座を奪おうとしてるって、そんなのクーデターじゃないか! 背筋がぞわっとする。そして気づいた。ということはつまり、
「じ、じゃあ次に狙われるのは……」
そう言いかけて、まずいと思って口をつぐむ。けれどダリアさんは首を振って、言った。
「心配するな。余を殺す気なら、土砂崩れの時にやっていた。むしろ逆、余だけ生かした。奴らは、余を魔王にしたかったのだろうよ」
「……? えっと……」
ダリアさんが何を言っているのかよくわからない。クーデターを起こして玉座を奪おうとしてるのに、ダリアさんは生かす? むしろ魔王にしたい? どういうことなんだ。
「……余はな、本来ならば決して魔王にはならない、いいや『なれない』立場だったのだ」
ダリアさんは赤い髪を耳にかけ、淡々とした口調で言った。
「魔王になれない……?」
「そうだ。余の額には、王紋が出ていないからな」
額にある角の下をするりと撫でながら、言う。額、王紋。その言葉を聞いて、もしやと思いさっきの写真を見返す。先代の王ルキウスさん、そして三人のお兄さん、全員の額に生えた角の下にあるこの紋様がそれなのか。確かに、あの銅像にも額にもそれが描かれていた。
「王紋は魔族特有のもので、非常に高い魔力を持つ者の額に浮き出るんだ。ローザリオン家の血を引くものたちはみな、額にこの王紋を持つ……ただ一人、余を除いて」
写真の幼少期ダリアさんの額には、角こそあっても紋様のようなものは見当たらなかった。現在の彼女も同様だ。
「生まれつきそうだったんだ。年を取っても、出ることはなかった」
「で、でも紋様がないくらいでそんな……」
「いいや、それはとても重要だ。王紋がなければ、魔術障壁を作ることができないからな」
魔術障壁って、ダリアさんのお祖父さんが作ったものだよな。あれって王紋を持っている人じゃないと作れないものだったのか。
「新たな魔術障壁を作れないどころか、今ある魔術障壁の修繕もできない。攻撃などで綻んだとしても、余では直せないのだ」
ぐっと歯噛みする様子のダリアさん。クローネさんも俯き気味で、口を真一文字に結んでいた。
「魔人戦争で人間に逆転されて、軍に甚大な被害が出て。これ以上犠牲者を増やさないよう、祖父が己の魔力を極限まで費やして魔術障壁を作り、大陸を分断した。戦争に勝ちきれなかったのはそうだが、あの壁がなければこちらの被害はより酷かったろうな」
「そうですよね……」
「人間への憎しみや屈辱に燃える者も、それはわかっているんだ。だからあの魔術障壁は、我々魔族にとって魔人戦争の苦い記憶でありながら、安全の象徴……そして、王家の威光を示すものでもある」
ビルスが魔術障壁について言っていたことを思い出す。地上でも空の上でも地下でも関係なく、一切の侵入を防ぐと。例外として聖神の迷宮の地下までは無理だったようだが、それでも地上ではどうにか壁を維持できているのだ。人間から差別され迫害を受けた魔族たちにとって、その壁があることがどれだけ安心できるものなのかは想像に容易い。
「魔術障壁の修繕に他の魔術は使えないんですか?」
「余も色々と試している。だが、どれも不完全だ。やはり王紋が出るほどの高い魔力の持ち主にしか使えない、至高の魔術がなければならないのだろうな」
ダリアさんは目を閉じて項垂れる。ビルスもクローネさんも一言も喋らない。険しい表情で僕たちをじっと見つめている。
「……あの、もし魔術障壁が修繕できなくなって、穴とか空いてしまったらどうなるんでしょう」
「それが人間側にバレれば、高確率でその場所から攻撃を受ける。それこそ守護兵団という奴らは、隙を見逃さないだろう」
「……っ!」
「無理もない。そもそも魔人戦争だって完全に終結したというよりは、魔術障壁の登場による停戦という形をとっているだけだからな。原因の壁の効果がなくなれば、再戦も十分あり得る」
戦争への道が次々と舗装されているのを感じて身震いした。ダリアさんは椅子に座り直し、背筋を伸ばす。
「ローザリオン家は長らく魔族の王に君臨してきた。王とは民あってこそ存在するもの。だからこそ王は民を守り、民は王を信頼する。どちらか一方でも欠けてしまえば、この関係性は成立しない」
クローネさんが頷く。表情に色はなく声も出していないが、視線はダリアさんを真っ直ぐに捉えていた。
「しかし今はどうだ。魔術障壁の修繕はできず安全の象徴が揺らぎ、黒岩病の流行、かつての屈辱。それらが渦巻く中で即位したのは余だ。前の王の末娘であり、若くて経験に乏しく、おまけに王紋がないときた。なのにローザリオン家の血を引く最後の生き残りというだけで、魔王になった。さて……果たして、そんな王を民は信じられるのだろうか」
瞬時に思い出されるのは、聖神の泉で悲痛に叫んでいた魔族の男性の姿。自分の表情が歪んでいくのがよくわかる。手がわなわなと震えた。
「民からの不信をもってして、王家の権威を失墜させる。そうすれば、ローザリオン家以外の者が玉座を奪い取るのも夢ではない」
ダリアさんは足を組み、ふうっと大きく息をついて椅子の背もたれに寄りかかる。しばしの間目を閉じ、やがて開いた。
「……つまり余は、ローザリオン家を完全に潰すために生かされたということだ」
重い、重い沈黙が場を支配する。この部屋だけ重力が変わってしまったのかと思うほどだ。
そんなことがあっていいのか。底知れない恐ろしさと、悪意。生きたまま胸を裂かれ、心臓を直に握られているような、そんな感覚に襲われる。ひゅー、ひゅーという自分の細い呼吸音だけが耳に届いていた。
沈黙を破り口火を切ったのは、やはりダリアさんだった。
「そのことに気づいた時は、絶望したよ。谷底へ突き落とされたような気分だった」
無理はない。僕だって、誰だってきっとそうなる。これが絶望と言わずに何というか。聞いているだけで頭がくらくらする。
「目の前が真っ暗になって、何もかもが信じられなくなって。何日も部屋に閉じこもって、クローネとすらほとんど口を利かなかった。泣いて、泣いて、涙で海が作れそうなほど泣いた」
「……ダリア様」
「大丈夫だ、クローネ」
ついに声を出し、その場から一歩踏み出したクローネさんをダリアさんは片手を上げて静止する。クローネさんは口を閉じ、元いた位置へと戻って姿勢を正した。
「……もう何もかもが嫌になって、死んでしまおうと思った。だから深夜、王宮を抜け出して一人飛行魔法で聖神の迷宮へ行った。今からちょうど三ヶ月前のことだ」
「えっ、あそこに行ったんですか」
「そうだ。入ったまま帰らぬ者も多い魔の迷宮。それでいて大量の聖神水が隠されたと伝わる神聖な場所。黒岩病に苦しむ民がみな欲しがるその水を、体の動く限り最期まで探してやろうと思ってな。ほとんど自暴自棄だったよ」
「……全く、一人で行ってしまわれるなんて。早くに気づいてよかったです」
クローネさんはゆっくりと話し出す。一つ一つの言葉から、恨みがましさが滲み出ている。ダリアさんに向けている視線も刺々しい。
「そうだそうだ。入り口に差し掛かったところで声を掛けられて、振り返ったらクローネが汗だくで立ってたんだよ。あの時は驚いたんだぞ」
「最高速度で飛んで行きましたから」
「よくどこに行ったのかわかったな、何も言わずに出て行ったというのに」
「甘いですね。貴女が生まれた時から仕えているのです。そのくらいわからないとでも」
「はは、クローネには敵わんな。黄泉路にまで付いて来る気とは」
「当然です。主人に先立たれるなど、侍女の恥ですから。地獄の果てまでお供しますとも」
きっぱり言い切ったクローネさん。ダリアさんは一瞬目を丸くして、困ったように笑う。
「……こうしてクローネと共に、聖神の迷宮に足を踏み入れた。これで全てが終わると思っていた。だが——クラウディアとビルスに出会ったのだ」
「お二人とも、同じ夜に迷宮に来ていたんですもんね」
「ああ。しかも顔がよく似ているなんて、運命のいたずらにもほどがある」
あの時は本当に驚いたな、とダリアさんは苦笑する。クローネさんも頷いた。
「色々な話をした。そしてクラウディアのことを知った。ビルスの存在を、自身の置かれた立場を、戦争を防ぎたいという願いを。そして本気で風の間を見つけようとしているとわかって——目が覚めたんだ」
顔をぐっと上げ、語気に力を込める。ダリアさんの瞳は強い光を湛えていた。
「クラウディアは逃げなかった。なのに自分は逃げようとした。己を心から恥じたよ」
「ダリア……!」
ビルスの声。天蓋ベッドから起き上がり、体をダリアさんへ向けている。
「一度は失意のまま、全てを諦めようとした。だけどクラウディアに出会って思い出した。王紋がなくとも愛してくれた、自慢の子である、妹であると肯定してくれた家族のことを」
テーブルに置いた写真に手を寄せる。懐かしさと慈しみを込めた声色。
「……もうみんな、いなくなってしまった。けれど、貰った想いは今もここに残っている」
ダリアさんは胸に手を当てる。少し悲しげだったけれど、口元は笑っていた。
「ローザリオン家に生まれた者としての責務を果たす。もう二度と逃げない——そう決めたんだ、『私』は」
彼女の一人称が違っていて、はっとする。ダリアさんは僕を見て、笑う。クローネさんに見せてもらった懐中時計の写真の、あの笑い方だった。
けれどすぐさまその表情は消えた。彼女は椅子から立ち上がる。堂々たる立ち姿を見せる彼女の顔に、最早悲しみは浮かんでいない。あるのは鋼鉄の意志と、激情のみだ。
「『余』は『魔王』だ。王紋がなかろうと、最後の生き残りだからだろうと、先代ルキウスからその位を受け継いだのは、間違いなくこのダリア・ヴァン・ローザリオンだ!」
地面を踵で穿ち、ヒール音が夜の静寂を打ち破った。腕を組み、長いマントを靡かせ、赤い髪を振り乱して、業火のような瞳を僕へ向けている。纏う空気は灼熱のごとく、側にいるだけで焼かれてしまいそうだった。
「余がいる限り王家が、ローザリオンが潰えることはない! いや、潰してなるものか!」
叫ぶ言葉の数々に、僕はダリアさんの足元から炎が噴き出す様を幻視した。一気に燃え上がり火柱を立てる紅蓮の炎の中で、彼女は眉一つ動かすことなく立ち続ける。その姿は正に王というに相応しく、僕を圧倒させた。
「民からの信頼を失いつつあるというならば、再度手に入れるのみ。そのためならば余は、迷宮にだって足を踏み入れよう」
言葉一つ、眼差し一つから感じる、覚悟。そして威厳。
「父が言っていたんだ、王とは太陽であるべきだと。苛烈で豪快で、美しく、輝くもの。魔族も人間も関係なく全ての民を照らし、守る者こそが王だと」
シャンデリアに照らされ、赤髪が淡く光っている。髪と同じ色をした目は、燃え盛る天球とよく似た輝きを宿していた。
「例え周りが何を言おうと、自分が何者になるのか、それを決められるのは自分自身だ。余はそう思っている。だから余は諦めない」
僕、クローネさん、ビルス、全員の目を順番に見て、最後に額の角が指し示す天を見上げた。遠い場所にいる誰かに向かって、この星条界全てと繋がる空に向かって、ダリアさんは宣言する。
「たとえどれだけ未熟だとしても。余はいつか必ず——父のような、偉大な王になってみせる」
愛する家族を、王家を守らんと立ち上がったダリアさん。自身を魔王であると、そしていずれ父のような王になると誓った彼女の様は、情熱的に燃え上がる、赤い炎を纏った太陽のようで。熱く、それでいて暖かく。目が潰れてしまいそうなほど眩しく、輝かしかった。
怖いという感情はやはり沸き起こっている。クーデター、お兄さんたちが殺されたかもしれないことを考えると、ダリアさんだって危なくないとは言い難い。命を狙われる危険があるのは恐ろしいし、嫌だ。
けれど僕の意識を捉えて離さないのは。クラウディアさんの時にも感じた、あの輝きで。ダリアさんの少し違うそれもまた、僕の心の奥に大きな爪痕を残していった。彼女の言葉が、表情が、頭の中でリフレインしている。
「…………さて、長くなってしまったな。そろそろ探索へ行かなければ。クローネ、翼のことを頼んだぞ」
長らく話していたらしい。はっと気づけば壁掛けの時計の針は随分と動いていて、空模様もすっかり変わっていた。灰色の雲を押し退け、丸い月がその存在を主張している。
「承知しました」
「ビルス、転移魔法の用意を頼む」
「わかった、ちょっと待っててくれ」
ビルスは手から光の球を出す。ダリアさんは僕の方を向いて、
「ああ、そうだ。余も翼に言っておかなければな」
「えっ、僕に?」
「あと少しで起動すっから、手早くな!」
「ああ、わかってるよ」
つい最近見たやりとりにはっとした瞬間、ダリアさんが深々と頭を下げた。
「まずはすまない、この通りだ。二日三日で翼を元の世界へ帰せなかった。こんなことしか言えないが……本当に、ごめんなさい」
頭を下げたまま、続ける。赤い髪が垂れ下がり小さく揺れていた。
「クラウディア同様、翼の身の安全を第一に考えるし、クローネも常に側にいさせる。一刻も早く本物の風の間を見つけて、翼を元の世界に帰す。ローザリオンの名にかけて誓ってもいい。だからそれまでは、余の代わりに——」
転移魔法が起動した。ダリアさんの体を眩い光が包んでいく。彼女の姿はどんどん見えなくなっていき、やがて消えた。けれど転移する直前、最後の言葉は聞き取れている。
「——魔王に、なってくれないか」
頭の中でその言葉が何度もこだまする。彼女が立っていた場所を眺めながら、僕はしばらく立ち尽くしていた。
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